[モールス符号は発明か?]
ディジタル通信のルーツ、モールス符号は、発明か?ということを考えてみましょう。
電信機というハードウエアが発明であったことは当然です。電信のソフトウエア、つまり、トンとツーとからなるモールス符号による通信方法は、発明だったでしょうか。
一般的に言って、符号そのものは人間社会の取り決めごとです。自然法則ではありませんから、発明ということはできません。
では、モールスの電信符号による通信方法は、どうでしょうか?
「日常言語で使用するアルファベットや数字を、長点と短点とスペースとの組合せからなる離散的な要素の組合せに変えて伝送する通信方法」
といったクレームがあったとします。あくまでフィクションですから、レトリックとかについて、かなりアバウトなのは、お許しください。
おおざっぱな言いかたですが、このクレームは、自然法則を利用した技術的思想としての、発明の構成を表現しています。文章で表された情報を、長点と短点とスペースとの組合せからなる単純な符号に変換して伝送することによって、雑音に影響されにくい、誤りの少ない通信をすることができる、技術的課題が達成できるからです(真空管増幅器も変調器もまだありませんから、はたして雑音という概念があったかどうか、多少疑わしいのですが、そのことはちょっと忘れてください)。長点、短点及びスペースの組合せということで、情報を表現する能力が増したことも、技術的効果といってよいでしょう。
では、長点と短点とスペースとの組合せ符号自体はすでにあったとして、その内で特定のパターンの組合せを考えた、という場合、これは発明でしょうか?
符号パターンそのものは、先ほど申し上げたように、いくら新しくても、新しいだけでは、発明ではありません。人為的な取り決めにすぎませんから。
ところが、モールス符号には、別の工夫があったのです。
モールス符号は、文字をトンとツーの組合せで表現するのに、でたらめな組合せを割り当てるのでなく、通常文章の中で頻繁に使用する文字ほど短い組合せを割り当てました。頻繁に出現するEはトン、Iはトト、Aはトツー、Tはツー、といった具合いです。一方、頻度の少ないJはト・ツー・ツー・ツー、Qはツー・ツー・ト・ツー、?マークはト・ト・ツー・ツー・ト・ト、これらは長いですよね?
そのように工夫して割当てたモールス符号によれば、でたらめに組合せを割り当てた符号を使うよりも、自動的に、全体として短い時間で文章を伝送することができます。これは、通信システムを効率的に利用する上で非常な効果があることで、間違いなく技術的思想であるといえます。
したがって、次のような発明が成立します。
「長点、短点またはそれらの1以上の組合せを日常言語で使用する文字に対応させた符号とし、符号に応じて電流を断続することを特徴とする文字の伝送方法であって、文字の使用頻度が多いものほど点の数の少ない符号を割り当てる、文字の伝送方法」
もちろん、このクレームのような発明が、かりに今出願されたとしても、新規性がないので、特許されませんが、それは別として、少なくとも、特29条柱書き“成立性がない”の拒絶理由に出会うことはないでしょう。
ところで、クレームの記載形式として、他に「Eはトン、Iはトト、・・・・」のような、各符号を直接特定するようなスタイルも考えられます。
しかし、そのようなクレームでは、特36条の要件は別としても、技術的範囲を広くとれないことが致命的でしょう。別の人が、符号の割当を少しでも変えたり、また、たとえ同じ割当でも、EやIの使用頻度が少ないような言語や文章の伝送に使用したときには、発明の範囲が及ぶかどうか微妙だからです。
[モールス出願前の秘話]・・・追って補充