気まぐれハムのパパの子供にならないか?
(この物語は、無線技術以外は、ウソです。)
ぼくは、中年で独身で気まぐれで、おちこぼれのサラリーマン。趣味はハム。子供はすきだが、勿論いない。子供のママになるはずの人物もいない。
そんなぼくが、名前もなく、男か女かもわからず、この世にかげもかたちもないぼくの子供に、ぼく、つまり「パパ」のことを、話してやろうと思った。
話は、“ハム依存症”という病気のこと、ハムを始めた学生の頃のこと、仕事なんかやめてしまって、すぐにやりたいことなど。
実は、ぼくには、超能力がある。まだ、生まれるどころか、ぼくの妻たるべき女が妊娠もしていないぼくの子供と話ができるというすごい能力だ。
この能力については、自分でははやくから気が付いていたが、他人に話すことはしなかった。あたりまえだ。誰も本気にしないだろ。それどころか、バカだ、気が変だ、と気持悪そうにぼくをジロッと見る。そのうち、ソソクサとその場を立ち去り、こっそりと救急車を呼んでいて、ぼくをむりやり精神病院に送り込みかねない。
そうでなくても、ぼくには、いろいろ変なところがある。そんなことは、自分でちゃんと分かっている。だからこれまで、黙っていた。
でも、もういいや。欲張ったからって、そう金儲けできるわけでも偉くなるわけでもない。ぼくはもともと子供が好きだ。隠すことなんかない。だから、堂々と、話しちゃう。自分の子供じゃないか。
おーい、君。
おいったら。
そんなに篭の中であばれても、こうのとりさんは、まだ、飛ばないよ。
首にかかってるラベル見てごらん。行先が半分しか書いてないだろう?
きょろきょろしているな。おちつきのないのは、父親のぼくに似たのかな。ほら、こっちだよ。ぼくだよ、ぼく。
こんにちわ!
は・じ・め・ま・し・て。
ぼくは、君のパパだ。正確にいうと、君のパパになる予定の人間だ。
詳しいことはそのうち話してやるが、ぼくは君のことをよく知ってるんだ。今まで事情があって、話しに来なかったけど、これからは遠慮なく来ることにした。これからね、ぼくの子供になるはずの君に、パパのことやいろんなことをはなしておいてやりたいと思うんだ。
当分の間、パパひとりでしゃべるからな。
だって、君はまだ物理的にはここにいない。君は、バーチャルにしかこの世に存在していない。だいいち君には、まだ君のママになるべき人がきまってないんだもんな。
内緒の話だが、本当を言うと、ああいう人に君のママになってほしいなあって思う女の人がいないわけでもないんだ。けど、あちらにだって都合とか好き嫌いとかあるわけだろ?
ま、このさいママは関係ないことにしておこうか。これは君と君のパパになることに一応きまってるぼくとの内緒話なんだからね。あとでベラベラとママにしゃべったりしないよーに。
勿論のこと、君にはまだ名前はない。男の子なのか女の子なのかもわからない。おしっこするときやなんか、不便かもしれないけど、文句はいうな。
なにしろ僕は君のパパなんだ。僕がいなければ君は絶対に生まれてくることができないんだからな。
生まれてこないというと、そこいらを裸で走り回ることも、ママのおっぱいをしゃぶることも、お好み焼きをたべたソースだらけの口でアイスクリームにかぶりつくことも、カエルさんをいじめることも、ひっくりかえって泣くことも、パパの部屋に勝手に入って勝手に機械の電源入れたりなんかして、パパの真似をして、マイクに向かってCQとかなんとか勝手に喋ったりすることも、なーんにもできないんだからな。
どうだ。まいったか。
あ、泣くなよ。いじめてるわけじゃないんだから。困ったな。なあってば。
いっとくけどさ、パパはとても子供好きなんだよ。こんな中年になっても独り者なんだけど、これでもパパは結婚したら、案外いい夫でいい親になるだろうと思ってるんだ。本当だよ。
この間なんかさ、パパが住んでる高層マンションのエレベータに小さな女の子が一人で乗ってきたんだけど、その子がパパに向かってにっこり笑うんだ。ほかにもう一人別のおばさんがのってたのに、おばさんの方なんか全然見ないでだよ。
それから、エレベータでいっしょだった21階だか22階だかの間、女の子は、きのう臨海公園につれてってもらったとか、うさぎさんを飼いたいけどマンションの中で飼ってはいけなくて、つまんないから駐車場であそんでたら叱られたとか、ひとりでしゃべりまくって、パパが、大人として一応、やっぱり駐車場で遊ぶとあぶないよって注意してやったのを聞いてたのかどうかよくわからなかったけど、降りるとき「また会おうネ」って、もう一度にっこりわらって、パパだけに手を振って走って行っちゃったのさ。
なんてかわいいんだ。
(誘拐してやろうか!)パパは本当にそう思った。
あの子は、パパが声をかけたら、よろこんでついてきたに違いない。幼児ユウカイなんて、やろうとおもえば簡単なことだ。失敗するのは、親から身代金を取ってやろうとか、子供に嫌らしいことをしようとか、自分のことばっかり考えるからだ。子供のことだけ考えてやれば、決して失敗することなんてないんだよ。
だけどパパは考えた。独り者のパパが、女の子を自分の部屋へ呼んだだけで、世間のひとはすぐに、パパのことを、変質者で、女の子にいたずらをしようとした、なんて云うにきまってる。
パパは、独り者だとか変り者だとかいわれるのはしかたないけれど、ヘンタイみたくいわれるのは、困る。これでも一応は、品行方正な社会人のふりをしていなければならないと思ってるんだからな。君だって、パパがよその人にわるくいわれるのは、いやだろ?
それはそうとして、パパは少しばかりロリコンなのかもな。あ、ロリコンって言葉の意味がわからなかったら、言葉がしゃべれるようになってから、ママに訊きなさい。ただし、そんな言葉どこで憶えたのなんてきかれても、パパのことしゃべっちゃだめだ。適当に関係のないことでもつぶやいて、ごまかしておくこと。いいね? 子供だって、ときにはウソついてもいいことがあるんだから。
とにかく、パパはこんなに子供がすきだ。君のことだって、きっとかわいくて仕方がない。だからその君にも、パパのことを知っておいてもらいたいと考えたわけさ。
何からはなそうか?
そう、パパのとしは**ウン才。A型で山羊座だ(実は、血液型や星座で自己紹介したのははじめてで、ちょっと照れる)。
コンピュータとか通信とかに関係した仕事をやっている。一応、そういう技術者だってことになってる。けれど本当いえば、最近のコンピュータのことなんかそれほどよく知ってるわけじゃあないんだ。特に、複雑なのはな。
仕事で知っている、パパよりずーっと若い人たちの中には、パパがよく知ってると思って、コンピュータ言葉でベラベラ話しかけてくるのがいるけれど、実は、パパには、ちっとも分からない。分かってるふりしてるだけさ。いまにバレるだろうけど。
でも、この世にコンピュータが存在するおかげで飯をくってるのは事実だ。それに、あまり知らないパパといえども、パパより歳とっててパパよりエライといわれている連中にくらべたら、ずっとよくコンピュータのことを知っている。うん、そう思う。
なんだか、ややこしい話になってきちゃったな。けど、まあそういうことはおいおいしゃべることにして、と。
パパの身長は161cm、体重は60Kg。
君よりチビかな? 最近の若い連中ときたら背丈ばっかり大きいんだから。
おっと、最近の連中を悪く言うのは、よかないな。だいたいそーゆー言い方をするのは、おじんにきまってる。パパの仕事仲間にもいるわさ。おじんっぽいのが。それも、パパよりずーっと若いくせに「最近の若いヤツらは」なんて言い方するのがいる。これにはまいる、というよりわらっちゃうね。
パパはそんな言い方はしない。
大体、パパは、まあ普通にエッチな中年男だけれども、精神的には子供みたいなもんだ。ガキなんだよ。だからこそまだ結婚できないで独り者なのさ。まあ、威張っていうことでもないけれど。
常識でいったら、パパ位の歳になれば、誰だってそれなりの風格とかカンロクとかを身につけていないといけないんだろうな。そういうのを、よき社会人とかよき家庭人とかいうのかな。
でもパパは、そのどちらにも、今のところ縁がない。
とにかく、パパは、子供なんだ。君の仲間なんだ。だから、よろしくたのみたいな!
パパが精神的に子供だということを説明するために、突然だけど、パパとハムとの関係から話そうかな。コンピュータを仕事に選んだきっかけだって、子供のころラジオ作ってて、その続きがハムってわけだけど、コンピュータも、ほら、コマーシャルでいうだろ? 電気なければタダのハコとか。そういう意味で、ハムの無線機とまあ同じようなもんだから。
パパはビョーキだ
ともかく、パパの趣味はハムだ。
ハムがアマチュア無線家だってのは知ってるね? CQ,CQ,なんていいながら、無線機使ってよその人と話してるアレさ。
ところでいいかい。あまり世の中のことを知らない君に教えてあげるけれど、ただハムってのとハムが趣味ですっていうのとは、違うんだよ。
たとえていえば、パパは自動車を持ってるけど、ただドライバーだというだけで、ドライブが趣味というわけじゃない。
ドライブが趣味なんて奴は、スピード狂、でなきゃあ放浪癖、ともかくろくなものを想像しない。
先日もパパが100キロではしっていたら、そのパパの車ををスーッと追い抜いてったやつがいた。高速道路ならともかく、普通の道路でだ。全く、あきれたヤツだ。あーゆーやつは、絶対にスピードが趣味だ。確実にびょうきだ。
ハムにしても、わざわざ趣味ですなんていう人は、病気なんだ。
ところで、病気だということ自体は、恥でもなんでもない。なぜなら、ハムは、病気ったって、自動車なんかと違って、世の中に害毒をおよぼさない。いや、全然およぼさないってわけでもないが、害毒といっても、極く小さい。
それから、ことわっとくけど、パパは、趣味なら何でも病気だなんていいたいわけじゃない。ほら、よくいるじゃないか。お見合いなんかで、ご趣味はってきかれて、読書ですとか、映画鑑賞ですとか、登山ですとか、あるいはいかにもとりすました顔で、囲碁を少し、なんての。ああいうのは、趣味というより単なるアクセサリーだ。勿論、病気なんかじゃない。あ、それからな、山登りだけはいかん。アレは本当にわるい病気だ。他人に非常な迷惑をかける。が、ながくなるから、その話はまた後にしよう。
ともかく、わざわざハムが趣味ですなんていう奴は、病気だ。胸をはって言うけれど、立派な病気だ。とりあえずそれを“ハム依存症”とでも呼ぶことにしよう。
これはたいへんなことだ。なにしろ、読書が趣味ですってのとちがって、簡単になおらない。パパは明らかに“ハム依存症”という、不治のヤマイだ。
この病気にかかってるのは、決してパパだけじゃない。病気そのものは昔からあるにはあったんだが、世間はあまり気付いていなかったんじゃないかと思うね。
気付いてたとしても、昔は寛大だった。小学生がハムの試験に合格したと聞けば、すごい、なんたる天才!と賞賛したものさ。
ところが最近ちょっとばかり風向きがかわってきた。
「ハムってえのは小学生でもできるのか。幼稚な趣味なんだな」という具合いだ。
パパの知ってるあるコンピュータ・ハッカー(ハッカーというのは、元来はちゃんとしたコンピュータ技術者の意味だったんだが、今では、コンピュータをみると、だまして悪いことをさせてやりたくなる連中だということになってしまった。これも、一種のびょーきだな。)は、小さいときにハムをやろうかなと思ったそうだ。ところが、おなじクラスにハムをやってるやつがいて、こいつが彼のキライなタイプの、典型的なおぼっちゃんで、はなもちならないやつだったんだって。それで彼は、ハムをしなかったっていうんだよ。しゃくだけど、わからんでもない。奴の言うのは、子供のころのパパとは違うけれど、いやなハム小僧の一種のステレオタイプだ。
どうやら最近、世間でもハム依存症というものの存在には気付いたらしいんだよね。
はたせるかな、ある先輩が、学生たちに、就職試験やお見合いの席では気を付けろと、忠告してたな。趣味をきかれてもハムですなんていってはだめだ、ネクラで協調性のない人間と見なされるにきまってるからと。
パパ自身のことを考えれば、あたってないこともないけど、実のところもうどうにもならない。
ハム依存症の害なんてたいしたことはないが、隣近所とよくゴタゴタをおこすのは困る。
近所の連中は、パパのこと、夜中まで起きているヘンな奴だとか、挨拶もなくでかいアンテナなんぞ建てやがって、もしも倒れてきたらどうしてくれるんだとか、うわさしているかもしれない。パパは相手にしないけど。
まてよ、中には、深夜ウロウロの痴漢か、爆弾マニアの過激派か、でなきゃあ、某国のスパイじゃないかなんて、いってるのもいるかもしれないぞ。パパの家で、夜、怪しい外国人の声が聞こえたとか。
パパなんか大人だからまだいいが、少年ハムや少女ハムまでこういうこといわれたのでは、かわいそうだ。
そうだよ。先日も近所の中学生がパパのマンションにやって来て、半ベソで訴えるんだ。隣の住人がいやーな奴で、ハムをやってるその中学生にネチネチ文句を言うんだって。テレビのうつりが悪いのは、少年のウチの大きなアンテナのせいだって。
「そういう非科学的な奴は、な」パパは少年を勇気づけるためにビールをついでやった。
「今にテクノストレスという恐ろしーい病気になって、悲惨な人生をおくるであろう。ほうっておいても滅び去るのだ。相手になんかすることはない」
少年は、いじけていて、まだ元気がなかった。
「以前、関西で大地震がおこったときに、ハムが大活躍した話、知ってるか? 東京でケーブル火災があったときだって、・・・・まぁ、飲めよ」
あとのことは、酔っぱらってしまってよくわからん。ともかく、パパは、確実に病気だ。
青森県の天気なんか知らない
ハム依存症は、家庭内で一層トラブルの種になるんだ。
パパ(といっても、ぼくじゃない。よそのパパだぞ)がハムで、無線機を買いたい。ママはハムじゃなくて、無線機なんて買うのは大反対、こういう家庭だと、当然サイフの奪い合いだ。
そのよそのパパは、おさだまりのへそくりを作ろうとするな。会社の給料を銀行振込にして、通帳を2重にして、片方だけ奥さんに渡す。会社で宴会があると、奥さんからは二次会の分の予算も貰っておいて、一次会だけで帰る。ベースアップがあっても、黙ってる。ボーナスは、うちは景気が悪くて年1回しか出ないんだ、とかなんとかいって、たとえバレても、奥さんには半分しか渡さない。おまけに、こんなに出たからオレにも半分くれといって、奥さんに渡した半分を取り返えしたりして、結局4分の3取ってしまう。そこまでいくと、相当な豪傑だが、それほどの勇気のない奴でも、奥さんとデートしたときに、わざとサイフを忘れるくらいの小細工はする。
もちろん、奥さんだって、馬鹿じゃない。お金に余裕があるようなことをパパにさとられるようなすきは見せないで、常に注意する。パパがへそくりを隠しておいても、ちゃんと見つけてしまう。まあパパがへそくり隠す場所なんて、どうせわかってる。ハム雑誌の頁の間か、でなきゃあ無線機のハコの中だ。
そこでよそのパパは、また別の手を考える。ドラ息子(君のことじゃないからな)を呼んでこういう。
「ハムをやりなさい。外国人と話をすれば語学の勉強になる。エレクトロニクスや地理にもつよくなる。話題が豊富になり、視野が広くなるから、人間として成長する」
ははーん、子供を無線機要求闘争の仲間に引き入れる魂胆ね、と奥さんはすぐに気が付く。
「ダメですよ! 無線なんかしてたら、成績が下がるにきまってるんだから」
息子は息子で心配する。
「ハムなんかやりだしたら、家の中にとじこもってばかりいて、デートもできないで、暗ーい青春をおくるんじゃないかなあ」
「そんなことどうしてわかるんだ」とよそのパパ。
「わかるよ。パパ見てれば」
奥さんの言葉は、真実ではあるけれど、それはそれで、よそのパパさんをひどく傷つける。
よそのパパさんはくさってしまい、それでも男のコケンみたいなものがあるから、すぐに八つ当りするようなこともできない。で、精神的に非常に欝屈した状態になるわけだ。そういうときにたまたま団地の自治会かなんかあって、議事の隙間をぬすんで、近所の若いまあちょっときれいな奥さんとクルマの話なんかしてウサばらしした気になるんだけどね。その奥さんは奥さんで、実は日頃から、なぜかわからないが(本当になぜかわからないが)でかいアンテナを突っ立てた車に密かに憧れをいだいてたりして、ワタシ車庫入れが苦痛で苦痛でとか、グチるふりして甘えるわけ。
「いやー、私、免許とってウン年にもなるけど(歳がわかるじゃないか)今でも車庫入れも縦列駐車も、いやですよ」
「そんなことありませんわ。夕べなんか、ほら、私がもたもたしてるのじっと待っててくださって、そのあと、しゅっ、しゅって、一度でお入りになって、教習所の先生みたいに。やっぱり男の方はお上手なのねえ。力がおありになるからかしら」
「力っても、パワステ車ですけど」
「でも、アノ、切れっていうの。違うんですよねえ」
「夕べ先に駐車されてたの、奥さんだったんですか。近くだったんですね。あそこ51番だったかな」
「ええ、おたくの隣の隣。ねえ、こんなことお伺いしてはいけないかもしれないんですけど」
奥さんはあくまで無邪気に尋ねる。
「おたくの駐車場の番号49番でしょう。気になさいませんの? 死イとか苦ウとか」
「あ、あれはね・・・・」
団地の駐車場は抽選できめることになっている。抽選に当たった順番に、空いている駐車場のなかの好きな番号を選べばいいんだけど、よそのパパさんは、ハムが使うシーキュウに似た番号をわざわざ選んだんだ。だけど、そんなことを近所の奥さんに話しても、どうせキョトンとされるか笑われるだけなんだから、49番しか空いてませんでしたんでね、ぐらい言ってごまかしておけばいいものを、ビョーキなんだなあ。つい、クドクドとしゃべっちゃう。
「49はCQ、つまり“誰か応答してください”っていう無線用語なんですよ。それで、アノ番号に。この歳でハムなんておかしいでしょ。おまけに、番号なんかにこだわったりして」
恥じつつ、本人は内心得意なんだ、これが。
「あーら、じゃあ、あのアンテナみたいなのは、ハムのでしたの。いいご趣味じゃありませんこと。うちの主人なんかと大違い。おたくの奥様がうらやましいわ」
「とんでもない。もうブーブーですから」
そろそろ八つ当りがはじまるぞ。
「ブーブーなんて、どうして。お金かかるからですの」
「それほど金かかるわけでもないんですけどね。それでもなかなか」
「でも、費用とか、ちゃんと認めていただくんでしょう」
「いやー、あーだこーだ文句言って、やっとね。もう、狸と狐の化かし合いみたいなもんですよ」
やっぱり、ぐちっちゃった。そのへんでやめておけばまだいいものを、つい、よけいな一言まで付け加える。
「俺が狸なら、アイツは狐、じゃないよな。いうならば眼鏡手長マントヒヒだ」
まーあ、眼鏡手長マントヒヒだなんてひどいことをいうわねえと、横で聞いていた副議長のおばさんが、たしなめつつ、実はピッタリじゃないの、などと感心する。おかげでこのうわさは、その夜の内に団地中にパーッと広まってしまって、家に帰ったら、奥さんはもうかんかんだ。
「もうっ、マントヒヒとはなによ、マントヒヒとは。あしたPTAなのよ。恥しくて行けやしないじゃないのっ!」
ところでな、奥さんがハムに理解があったって、それはそれで、問題がないわけじゃないぞ。
たとえば、ある少女ハムが「アーン、ママに無線機を取りあげられちゃったよー」
「どうせ、オマエ、成績さがったんだろ?」
「ちがうわよ。ママが免許とって、ハムを始めちゃったのよ」
しかし、こんな程度のことなら、どっちみちたいしたことにはならないだろう。
このへんで、ぼく、つまり君の本当のパパが遭遇した、もっと深刻なケースについて、しゃべろう。
ある男(これはぼくじゃない)は四六時中ハムにふけったあげく、家族をろくにかえりみなかった。うちに帰っても、ただいまもいわないで自分の部屋に入ってしまうんだって。それからずーっと無線機の前にすわりっぱなしというわけさ。
その男ときたら、たまに家族と口をきいたとおもえば、今交信した相手からきいたばかりの、他人には面白くもなんっともない話をする始末だった。
「おい、青森は今雨だってさ」
なんてね。これは、ひどいよな。
彼の奥さんはキレた。そして「暮しの手帖」という家庭雑誌に投書した。
“私は、ラジオのお天気おじさんと結婚したんじゃありません。ハムなんて嫌いっ!”とぶちまけたのさ。
パパはたまたま、雑誌のその奥さんの投書をみて直感した。これは、不吉だ。世の中のすべてのハムにとって、容易ならざる事態だ。ほかの連中にも注意してやらなくては。
パパは純粋の親切心から、「CQ」というハムの雑誌の編集部のひとに教えてやったんだ。こーゆートラブルがあるから、お互いに注意しよう、ってな。
ところがなんてこった。CQ出版社のKという早とちりの編集長は、ジャーナリストとしてあろうことか、僕の妻、つまり君のママが「暮しの手帖」誌に投書をしたと誤解し、そういう記事をそのCQ誌に掲載してしまったんだ。
最初いったようにパパはまだ独り者だ。で、そのことを知ってる近所のハムはパパのことをさんざん笑った。今少しパパのことを知らない人は、オマエは独身と称しているが奥さんがいるんじゃないか、と疑いだした。そのくらいなら、たいしたことはなかった。
問題は、その後だった。もっと驚くべきことがおこったんだよ。
さっきいった早とちりのK編集長が、「CQ」誌の次の次の号に、“私ならだんなさまを理解してあげられるんだけどなー”“津軽の雨って、とてもロマンチックなんですよ”なんていう、女性ハムたちの投書を載せてしまったんだ。バカな奴だ。
どうも女性にもハム依存症患者がいて、君のママのことを物わかりの悪い女ということにしてしまったらしいんだよな。
えらいことだ。まだ見ぬ妻とはいえ、パパはママのことがかわいそうでならなかった。なんとか弁解してやらなければ。
そう思っているところへ、長い手紙が来た。こんな書き出しではじまる手紙だ。
「つい最近まで淡い緑色だった木々が、ふと気付くとすっかり濃い緑に変わっていて、さわやかな季節になりました・・・・」
え、誰だ? 知らない女だな。きれいな字だ。ママもこんな字を書いてくれるといいんだが。それに「淡い緑色の木々」なんて、“青森は雨だって”なんていうのとはひと味違うぞ、などと感心しているときじゃない。
かといって、ぼくの妻は投書なんかしないっ!などと喚いたりしたら、ますます話がおかしくなってしまうんじゃないだろうか。
パパは相当とりみだした。あとの顛末は、そう、とても話してやるわけにはいかないよ。ねえ?
昔はみんな病気だった
さっきもいったけど、ハム依存症は昔からあった。というより、昔のハムは皆大なり小なりハム依存症だったものさ。
いわゆる、屋根裏少年という奴。
坊っちゃん刈りで牛乳ビンの底みたいなメガネをかけ、ダサい白シャツ黒ズボン。人づきあい悪く、薄暗い部屋のすみにとじこもり、いつもブツブツとわけのわからぬことをつぶやく。突然出かけたと思ったら、妙な部品なんか買ってきて、にやにやしながらなでまわしている。こんなヤツは、コンピュータ・ハッカーでなくたって、いやになるよな。
だからって、馬鹿にしてはいけない。これこそ第一世代以前の“科学者のタマゴ”の姿だったんだからね。
あ、第一世代ってのは、コンピュータがまだ真空管なんか使ってた時代のことだ。パパにとっては学生時代、君にとっては、きっと想像できない昔ってことになるんだろうなぁ。このあと、トランジスタとかICとか、世代が代わっていくんだけどね。エヘン。
ともあれ、むかしのハムにとって、ハムをするよりそれを始めるまでの準備が大変だった。無線機は自分で作るしかなかったし、自分で作るには屋根裏にでももぐりこむよりなかったんだから。
反面、その苦労が楽しみでもあったんだよ。
数カ月の大構想のはて、徹夜で作り上げた受信機のスイッチを、夜明けになってやっと入れるときの、あの心臓が破裂しそうな瞬間が、君にわかってもらえるかな。
その後つづいて、スピーカから何かが聞こえてきたときのおどろき、うれしさ。そこへ東の空に堂々と朝日が昇ってきたりすると、もう感極まって、ハム依存症はますますひどくならないではいられないじゃないか。
ところが、第二世代、第三世代もすぎた現代、大規模集積回路で固体化され、コンピュータで制御されるようになった無線機は、著しく性能が向上してしまって、もはや容易に自作できる代物ではなくなった。
その代わり、メーカー製の完成品がまあまあの価格で手にはいる。
ドラ息子たちは親にねだって、簡単にハムをはじめることができる。
明るく、楽しく、かっこよく、な。
かっての屋根裏少年たちのうすぎたない機械いじりのイメージは、もはやほとんどなくなった。ハムは若者にとって、クルマ同様、ファッションの一つになった。
親は親で「成績が下がったらやめさせるからね!」などといいつつも、ウチの子は暴走族にも不純異性行為にもはしることなく健全に育っているわいと、安心して見ている。
やがてドラ息子たちも大人になる。彼らの机の上でさんざんピーピーガーガーさわいでいた無線機は、その持ち主たちの青春とともに押入れのすみに放りこまれ、靜かにほこりをかぶる。持ち主たちはといえば、就職、結婚、育児、仕事といった忙しさの中で、ハムをやった時代なんか、すっかり忘れてしまうことだろう。
これでもう慢性のハム依存症にわずらわされることもない。ただ・・・・
いつの世にも例外というのはあるもので、たとえばパパがそうなんだが、これは君がいないからそうなのか、そうだから君がいないのか・・・・。
DXのことなど
ハムが趣味だなんて宣言した以上、DXということについて、ウンチクのひとつも、聞かせてやらなくてはなるまいな。
DXとは“ディスタンス”、つまり遠いところと通信することだ。ふつう海外のハムと交信することを、こう呼んでいる。
DXということには、ハムは誰でも一度はあこがれる。
日本の、たとえば東京都江戸川区にいて、ニューヨークとかサンマリノとかアイボリーコーストとかと、電話代を気にしないで話ができるなんて、すばらしいじゃないか。ましてハム依存症にとっては、な。
DXったって、遠ければ遠いほどよいというものじゃない。
だいたい素人というのは仕方のないもので、アメリカと交信しているというと、「へえ、そんな遠くと」と感心して(いるのかどうかは知らないが)、東京にいて富山県と交信できたといっても、なんだそんな所としか交信できないのかとしか思わない。
富山県と東京とで5600MHzという高い周波を使って交信するのは、まだすっごく難しいことなんだぞっなんて云ってみても、全然わかろうともしてくれない。
だからもういいっ。
他人が、ハムやってるんですって、交信した一番遠い所はどこです?なんて聞いてきたら、パパは面倒だからこういう。
「地球の裏!」
地球上で一番遠いのは地球の裏だくらいのことはどんな方向音痴でも知ってるだろうが、ハム音痴はすぐにはパパが何を云ったのかわからないでキョトンとして、それからさすがにからかわれたのを知って、そうですか、へぇ、なんておあいそう笑いかなんかして退散する。内心はなんとひねくれた奴だぐらいに思っているんだろうが、かまうもんか。
でもな、君はパパの子供なんだから、少しばかり真面目に話してやる。
ハムにとって、とりわけDXをめざす人にとって、交信したいところは、遠い所とは限らない。それよりも、ハムがいない無人島のような所や法律でハムを禁止している国なんかとの交信だ。
たとえば、すぐお隣の中国は、わりと最近まで、外国とのハム交信を禁止していた。そのころは、世界中のハムにとって中国は交信したいところのランキング・ナンバーワンだった。
いまでは、中国のハムは世界と交信するようになったので(おかげでパパも交信したけれど)、ランキングはがたがたに下がってしまった。もっとも、中国のハムが「誰か応答してください」と電波を出すと、たちまち日本のハムが大勢で応答してしまい、アメリカの人たちは、番がまわってこないといって、おこっているそうだ。
地球の裏の話にもどるけれど、日本からみて地球の裏の南米は、昔からハムがたくさんいたので、たいして珍しくはなかった。パパなんか、フォークランドで戦争があったころでさえ、アルゼンチンのハムと交信していた。相手の人どうしたかな。
ともかく、遠距離だからどうってわけじゃあないのさ。
厳密にいうと、地球の裏より遠距離の通信があるんだよ。ロングパスといって丸い地球を物好きにも遠回りしてくる電波がある。地球の裏はせいぜい2万キロだが、お隣の国のロングパスは4万キロ近いから、その方が遠いってこともあるかもしれない。
それより桁違いに遠いのがムーンバウンスといって、月の表面に電波をぶつけて反射して返ってくるのを受ける、実に76万キロの遠距離通信だ。人がロケットで月へ行ったのは1969年が初めてだが、そのずっと前にハムは月に自分の電波を届けているんだ。どうだ、ハムって偉いだろ。
理屈っぽい話はさておいて、大昔、はじめの頃の無線通信が遠いほどよかったのは本当のことだ。ともかくも、できるだけ遠くへ、できるだけ遠くへと、人は電波を飛ばそうとした。
無線通信の元祖はマルコーニという人だ。だから、世界初のDX記録はマルコーニの家の屋根裏と階下の部屋との間だったんだろう。もっとも、マルコーニは大金持ちのおぼっちゃんだったから、屋根裏なんぞにこもることはなかったかもしれん。
その次の記録が彼の家の端から端までの何10mかだったのかどうかはさておいて、もっと遠く、もっと遠くと、マルコーニさんも頑張ったな。そしてついに1901年暮、モールス信号のトトト(s)という電波が大西洋を渡ったんだ。カナダのニューファウンドランド島のセントジョンズという所にある小さな無線局の寒い部屋の中だった。マルコーニおじさんは、3500キロもかなたのイギリスのコーンウオールからやってきた“カチカチカチ”という音を、すっごく緊張しながら聴いたんだよ。
マルコーニはハムの元祖でもあるだろう。というのは、彼は後年になって、無線通信を商業局が使うのに反対しているからだ。
ただし、パパがマルコーニに感心するのはここまでだ。マルコーニは、実はこのころから、他人の発明をただ寄せ集めただけのくだらない通信装置で特許を取り、それを武器にして、以前自分が否定したはずのあこぎな商売で金儲けをする俗物に落ちぶれてしまった。
ところで、マルコーニと同じころ、同じような意見をはいていたのは、三極真空管を発明したド・フォレストという人だった。三極真空管は、弱い電波を増幅する作用がある。これのおかげで、無線通信は大きく進歩したんだ。
が、このド・フォレスト先生は罵詈雑言が多くて、しばしば品格を欠いた。沢山のすぐれた発明をしながら、世渡りが下手だった。はにかみ屋で引っ込みじあんのくせに、人にケンカをふっかけるようなことばっかりやっていた。マルコーニの功績について、やっかんだ挙げ句、“マルコーニ君の聞いたトトトの音は、イギリスじゃなくて、火星からでも来たんじゃないかね”なんて、疑りっぽい評論をした。彼の三極真空管の発明は立派なものだったが、誇大宣伝したりしたために、世間から詐欺師みたいにいわれた。
でも、ド・フォレストは、ロマンスに恵まれ、3度結婚した。55才で結婚した相手は、若い女優だった。70才でホイットニー山に登ったりして、87才まで生きた。パパみたいにハム依存症からみると、愛すべき人物だった。
世間には、才能はあるのにちょっと変わっていて、周囲の常識的な人々とうまくやっていけないで、なんとなくおちこぼれる人がよくいる。キミはそういう人たちをばかにしてはいけない。このことは、今度また改めて話してあげようね。
さて、元祖マルコーニの考え方はともかくとして、その後商業局は長波帯を乗っ取り、電波を飛ばし、それといっしょに札束もとばした。
ハムたちはまいったか。断じてそんなことはなかった。彼らは、当時使い物にならないとされていた短波帯を開拓し、そこで電離層と地球の表面との間を電波が反射して地球の裏までとどくことを発見したんだ。
これは偉大な功績だが、怪しからぬことに、功績者である最初のDXをやったハムの名が、教科書にも歴史の本にも載っていない。シャクだからパパは調べた。なかなか分からなくて苦労したけど、日本のハムの草分けといってもいいえらい人(梶井謙一さんというハムの先輩だ)の話で、アメリカのフレッド・シュネルとジョン・レイナルツがフランスのデロイと1923年11月、波長100mでアマチュア無線で交信したのが最初だと書いているのをみつけた。
汚れをしらない君にこんなことをいうのはよくないかもしれないけど、でも敢えて言っておく。君がこれから生まれてくる世の中には、不合理なものがいっぱいある。権威主義なんてのもそのひとつだ。
しかめっ面をした大学の先生の言ったことなら立派な功績として有り難がって教科書なんかに載せるのに、ハムのしたことは、たかがしろうとの遊びだからといって、公式の記録にのこさない。こうして大切な真実が歴史から抹殺されていく。実に怪しからんことだ。
もっと怪しからんことがある。商業局は、短波帯が商売になることを知って、その大部分をハムから取り上げた。以来、ハムが苦労して開拓した電波帯を商業局が乗っ取るというパターンが繰り返されてきた。
ことほどさように世の中には怪しからん連中がいる一方、頑張ってる純粋なハムだっている。
そういうハムのことをしろうとだから技術レベルが低いなどという認識不足の手合いは、テクノストレスにでもなって悲惨な人生をおくるがいい。ニューメディアだ、衛星だ、INSだ、い(I)ったいな(N)にす(S)るねん(関西某)とあわてふためく商業局関係者こそ低レベルだ。ハムは誰もそんなことで慌てないっ!
怒っていても仕方がないから、DXの話に戻ろう。
DXに必要なのは、語学力よりも(とパパは信ずる)根気と情報収集とホンの少しの幸運だ。
たとえばミニコミ誌とか口伝えとかで、いつ誰がカリブ海の無人島に無線機を持って遠征するらしいとのニュースが入るとする。ハム依存症患者たちは、寝職(誤字じゃない)を忘れて、無線機にかじりつく。
やがて世界中のハチの巣をいっぺんにつついたような大騒ぎだ。その中で雄々しくも他人を押し退け踏みつけて交信に成功したとき、彼はペルセウスのように誇らしくなる。そこへアンドロメダが、あんたご飯よとかなんとかいいながらそばへ寄ってくる。と、つい教えてやりたくなるんだ。
「おい、ナバッサ島は雨だってよ!」
さて、そのあとどうなっても、パパは知らない。
きっかけのころの話
パパ自身のこと、もっと話しておくね。
パパがハム依存症なんかにになったきっかけは、多分パパが中学生のときだ。
美術部で絵をかいてたパパは、理科部にどんちゃんというワルがきがいて、その男がラジオを作るのを見て、どういうわけか自分も作りだした。
わけといえば、パパとどんちゃんとは同じ女の子を追いかけまわしていたけど、そういうことは関係がない。
このどんちゃんとは、ずっとつるんでいたずらをしたりして、一緒に先生に叱られたりした。そして、後でパパがハムをやりだしてからも、この付き合いは続くことになるんだが・・・・
ともかくもパパは、美術にいささか才能を発揮するところがあったものだから、その方面の専門学校へ進学してほしいと美術の先生がすすめてくれたのだが、その先生の期待を裏切って、パパは、普通高校から大学の電気科へすすんでしまったんだ。ねぇ、人間の一生なんてまことに些細なことで左右されるものさ。そういえば、モールス電信で有名なモールスは、もともと画家だったんだって。
大学一年だったパパは、ハムの試験を受けようとしたんだけど、あいにくドイツ語の試験と同じ日だとわかった。どこの大学でも、語学の授業というものは、大抵出席にうるさい。試験を抜けたなんてのは、まず許してくれない。
しかし、パパは勝手にドイツ語の試験をさぼって、ハムを受験してしまった。
あとで聞いたところ、教室では、ドイツ語の試験を受けていたパパの友達の真面目な電気科の学生たちは、パパが欠席した理由を直ちに察知し、試験の最中だというのに「ちくしょー、やりやがった」と吠えたんだと。
こういう奇行をみればパパのような学生が普通でないことはすぐわかるから、大学側当局としては厳しく指導するべきなんだろうが、学校側の対応ときたら、またじつに甘チャンだったね。
学生部長のK教授は、パパたちが「アマチュア無線部の部室をよこせ」と要求したのを、簡単にOKして、自動車部のガレージのとなりだったけど、アマチュア無線部の部屋を作ってくれた。そして、新しい部室を見にやってきて、パパたちに、これでいいかななんていいながら、ニコニコしたりしていた。
電気科部長のU教授は、パパたちが大学の屋上にアンテナを建てようとしたとき、それをなにかと妨害しようとした施設課の事務員を、これは授業の一部みたいなもんだといって、叱りつけてくれた。結果として、そのころとしてはスマートだった校舎の屋上に、あたりの景色にぜんぜんそぐわない不格好なアンテナがそびえることになったが、パパたちは、ニヤニヤしていた。
試験をさぼったドイツ語については、正直パパは、落第を覚悟した。ドイツ語の先生は、ひごろから、決して追試験をしない方針だと公言していたからな。
ところがなんと、この先生は、節を曲げて、パパのために特に追試をしてくれた。おかげでパパは、単位を落とさずにすんだ。
パパとしては、先生方に感謝をしてしかるべきなんだが、なにしろハム依存症だろ? 北杜夫先生じゃないけど、たちまち躁状態になり、新しい部室の壁に次のようなラクガキをしたんだ。
We are surprized at "CQ"!
We are absorbed in "CQ"!
We do nothing but "CQ"!
(我々はびっくりしてる! 我々はイレ込ンでる! 我々はハムしかしない!)
事実、ラクガキ通りに、パパは授業にほとんど出席せず(ドイツ語だけは義理があるからなるべくさぼらなかったけど)、アマチュア無線部の部室にとじこもり、あまつさえ教室から机やら椅子やら実験器具などくすねては、さかんに運びこむしまつだった。こういうのを、世間ではどろぼうというが、参考までにいえば、かのマルコーニも結構あっちこっちから資材をくすねたといわれており、パパのみを責めるにはあたらない。かといって、君はやっちゃあいかんよ。エッヘン。
といっても、なんでもかでもどろぼうしてたわけじゃないよ。
今の無線機からみたらばかでかいだけの鉄のかたまりみたいな無線機で、しかもろくに動作しない代物だったけど、手をいれたら使えそうなのを、先輩が寄付してくれて、真空管やトランスなんかどこかから持ってきて、部室に泊り込みで、まさに寄ってたかってって感じでさ、それでも半年ちかくかかったかなあ。なにしろ、大構想だった。
冬に入った日の夜明け頃だったと思う。徹夜で作った無線機を調整しながらはじめて電波を出したら、北海道の局が呼んできてくれたんだ。
「えーっ、ホッカイドー、ホンマかぁ」
言うのを忘れてたが、パパが居た大学は、関西にあった。そのころは、北海道といやあ、超DXだったよ。
パパたちは、大西洋横断通信に成功したマルコーニにも負けないくらい興奮した。声の震えるのがとまらなかった。 もっとも、かなり寒かったのに、暖房は何もなかった。真空管のヒーターが灯っていたけど。
そのあと、屋上に建てた不格好なアンテナから、電波はけっこうよく飛んだ。ときどきだけど、海外のDXにもな。
パパみたいなのが落第もせずに卒業し、就職できたのは、奇跡なのか、それとも、北杜夫先生なら“悪魔のハカライ”とでもいうんだろうな。
そんなに入れ込んだハムを、パパは就職後しばらくして、中断してしまった。理由は、謎だ。結婚でも育児でもないのは当然だが、少なくとも仕事が忙しかったからじゃない。
ハムを中断した理由はともかくとして、送信機や受信機は捨てないで持っていた。気まぐれで何度も引っ越しを繰り返したが、そのたびに、ほかの荷物とは別に、こわれないように手で持って運んだ。
そして、10何年かが過ぎた。
* * *
ある日のこと、パパは、今度はその持ちまえの気まぐれから、押入の奥をのぞいて、ほこりをかむったダンボールの箱をとりだした。
そこには、昔自作した真空管の受信機が、何回もやった引越しのどれかのときに梱包されて入っていて、そのままになっていた。パパはそれに電源を入れたんだ。
十何年も前、膝に乗せて大阪から東京まで持ってきた真空管は、まだちゃんと動作するようだった。パパは、短いビニール線をアンテナにして、団地のベランダに掛けた。
突然、ひどいなまりのある英語の音声が、ガツーンと聞こえてきた。たまたま太陽の黒点がたくさん暴れ回っていたときで、空中の状態が良かったんだな。古い受信機に世界中の国の電波が飛び込んできたんだよ。
わっ! なんてことだ。
ダイヤルを回した。あっちでも、こっちでも、ハムバンド中、ほとんど途切れるところがないぐらい、わきたっていた。
パパは知らなかったが、パパがハムを休止していた間に、ハムの人口は、けた違いに増えていた。そのため、空の様子が、昔とひどくちがっていた。けれど、昔パパたちをおどろかせ、イレ込ませ、これしかやらないといわせた以上のものは、タイムスリップしてきて、ほこりだらけの受信機の中で、パパを待っていてくれたんだ。
とたんにパパのハム依存症は再発した。だって、仕方ないだろう。もう、とても我慢できなかったのさ。
ハム雑誌をみると、昔パパが作る計画を立てた最も完全無欠な無線機よりも、もっと性能のよい無線機の広告が載っている。さすがにそれをこえてさらに完全無欠な無線機を自作する気はおこらなかったけれど、その代わり、お金ならすこしばかりあった。だから、秋葉原へとんでいって、かなり高価な無線機を買ってきて、アマチュア無線局の免許も再申請した。
本当にびっくりすることにでくわしたのは、その後だった。
パパがハムを再開してから3日目だったかな、無線機からとんでもない声が聞こえてきたのは。それはなんと、例のワルがきハムのどんちゃんのコールサインじゃあないか。
パパは、ドキドキして耳をすませた。たしかに、あのどんちゃんが、オンエアしている!
どんちゃんは他の誰かと話していた。なかなか割り込むことができない。やっと話しがおわって、パパは必死でどんちゃんを呼んだ。そして、彼を捕まえた。
「エーッ」
あのどんちゃんは、スットンキョウな声で応答してきた。あんまりスットンキョウなので、パパのほうが驚いた。どんちゃんはもっとびっくりしたらしいな。
「おまえ、まだこんなことやってたんかーっ!」
ハムの交信は、出会いと別れと、それらの中間とからなる。
君だってこの世に生まれたら、そのあと幾度か経験するだろうが、別れは人を詩人にし、再会は人を大詩人にする。パパとどんちゃんとは、不思議な再会に大々詩人になり、やたら感激しあった。ハムをやっていてよかったなあ、とパパは思った。
とにもかくにも、こうしてパパは、ごく短期間でハムの世界に戻ってしまったんだ。
そのハムの世界ときたら、無線機の中身は確かにすっごく進歩していたけれど、しゃべり方とか習慣とかは、涙がでるくらい昔とかわっていなかった。長さ1メートルそこそこの寸詰まりのアンテナで、2時間たらずのうちに6っの大陸のハムと交信をしたときは、ジーンとして、本当に涙がでた。
いまパパの持っている無線局は、ハムに許される周波数、電波形式のほとんどをカバーする。それでもパパはゆきつくところまで来たとは考えていない。
そもそも、夢とかロマンとか、サスライとか冒険とか、ハム依存症とかは、キリがない。それに、パパにはもう「成績が下がったらやめさせるぞ」なんていううるさい人間はいないしな。
これからのことだけど
パパは、いずれサラリーマンをやめる。
だからって、いまの仕事を、パパは決して嫌いじゃない。むしろ、気まぐれのパパに親切にしてくれていると思う。
だけど、その仕事のほうで、あんましパパのことをのぞましい人間と思っていないことは明らかだ。
なんのかのといっても、サラリーマンとかビジネスの世界でのぞましい人間とは、趣味をきかれたら、スポーツですとか、囲碁ですとか、物静かにこたえるようなタイプだ。そういうのを、悪いのなんのというつもりは、さらさらない。
ただ、パパは、そういうタイプじゃない。趣味をきかれたら、勿論いまでも、「ハムです」とこたえる。相手がパパのことどう思おうと、これはパパの選択だ。
サラリーマンにおちこぼれたからいうんじゃないけど、いまの仕事からは、早いこともらうものは貰って(といっても、お金のことじゃなくて、ノーハウとか、情報のことなんだけど)、それ以上しがみつくのはよくない、と考えている。
子供の君にはパパを選ぶ自由はない。こんな気まぐれパパがいやだからって、隣りのこうのとりさんがぶらさげてる篭に乗り移るなんてことできない。
だけども、君には、君自身の人生を選ぶ自由がある。パパは、パパのタイプに一種の誇りを持ってるけど、だからって、それを君におしつけたりしないよ。君が君自身の選択で歩いて行くのなら、パパは決して反対せずに、何をしてでも君を手伝ってあげるから。
だから、おねがいだ。
早く、パパの子供になってくれないか。
中年で、身長161cmで、体重60kgで(これ、最近またメタボる傾向にあるんだけどね)、ぜんぜん風采のあがらないパパだけど、パパのダサい分、ママがきっとカッコいいとおもうよ。
パパにもいいところはあるんだぞ。
たとえば、パパは、今でも、とても子供がすきだ。パパは、歳とっても君とつきあえると思う。
仕事をやめると、ひとはよくボケるんだって。家族を犠牲にして、まじめくさって必死でサラリーマンやってた人ほどボケるんだって。せっかくサラリーマンやめても、ボケて、家族とつきあえないんだって。
パパはボケない。なにしろパパは、もうハム依存症というびょーきにかかっているから、そのほかのストレスには免疫がある。
いずれ仕事をやめて時間ができたら、パパは、ワゴン車に無線機を積む。それから、中学以来ほとんど縁がなかった絵の道具もつむ。そして、静かな旅をする。ド・フォレストみたいにホイットニー山まで行くのはちょっと無理にしても、日本中あちらこちら旅をして、パパにしかできないやり方でハムをして、パパにしか描けない絵を描くんだ。
よかったら、君も一緒に連れてってあげるよ。できたら、パパがいちばんピカピカしていた時代をもう一度とりもどすのをみてほしい。パパにしかできない話を、君に聞いてほしい。
ただ、ちょっとした問題があるな。
パパは車の運転にあまり自信がない。それに、片手運転で無線機を操作するのは、たいへんあぶない。パパのくるまが走ったあとに怪我人や死人がゴロゴロしているなんてのは、こまる。
こうなったら、問題の解決策は、ただひとつだ。誰かがパパのかわりに運転してくれればいいんだ。
そこで君にお願いなんだけど、いいかな? 君からクルマの運転をたのんでみてほしいんだよ。
誰にだって? もちろん、君のママにさ!
じゃ、また話そう。今夜はおやすみ!
ホムペのトップへ/エッセイ目次へ