・弥勒U(横山12m)のコンセプト

平成17年11月
弥勒Uオーナー代表 伊藤 猛

 霞ヶ浦のディンギーからの仲間でヤマハフリートのリーダーだった東京のS氏から、〈舵〉誌11月号のクルーザー熱風伝〈弥勒U〉(大洗から世界へ、自作チームの飽くなき挑戦)が掲載され出版された夜に早速電話が来た。久し振りに話したが「あれじゃ弥勒の詳細が分からないョ…」と云っていた。今回は自作艇の歴史やメンバーの紹介が主で、艇の詳細の内容ではなくクルーザー熱風伝はクルーザー紳士録の続編で、新艇紹介やタダミのイラスト入りの惚れぼれボートとは違うからだ。12m(40フィート)の量産艇の主流を占める大半は豪華な内装とステアリング・ホイールによる操舵システムが採用されており、オーナーのステイタスを満たすものだが、横山12mの最大の特長はシンプルな内装と舵棒(ティラー)式のキックアップ・スケグラダーと4.5tの超軽量な排水量である事だ。
 2005年1月号の〈舵〉誌に紹介された2隻の12m艇の仏製のウォーキエ・センチュリオン40Sは「高級感を演出するのは、いったいどういう要素なのだろうか…」と云う書き始まりで紹介されているが、カタログの排水量は8,600sとあった。次頁の岡崎401はジャーマン・フレーズの設計による「クラフトマンシップには定評のある…」と云う紹介記事で始まり、排水量は7,400sと記されてあった。ちなみに海のロールスロイスと云われているスワン40Sの排水量は8,800s(2001年舵9月号)です。流行のベネトウの40.7は6,900sで、グランドソレイユは6,800qとカタログにあるが、両方共にレースの方にポイントを置いた設計方針の様だ。大まかの12mの排水量を7tとすると、7−4.5=2.5tとなり、その差の2.5tは30フィートの軽いレース艇1隻分の排水量となる。
 昔の舵誌に横山氏の設計の同じ25フィートの艇で、同じオーナーが重い艇と軽い艇と2隻を作らせて乗ってみた事で面白い記事があった。「重さが半分なら何をやるにも半分で楽でいい…」「アンカーも半分、セイルを上げ下げする労力も半分と云う事になる…」とあり、なる程と教えられた。同じ12mのクルーザーでも快適な設備にポイントを置く艇は10tもの重量がある訳で、クルージングには最適かも知れないが、アンカーの上げ下げは人力では大変で、電動や油圧の設備を使用する事になる。

 コンセプトの違いで倍の排水量になる話だが、ここにコンセプトの違いを説明する事で、弥勒Uの共同オーナー以外の方々に真の理解を得てもらおうと想い書き始めました。

 日本海軍の主力戦闘機だった零戦が、当時、世界に抜きんでたと云われて誰でも名前位は知っているが、詳細を知っている人は少ないものだ。設計主務者の堀越二郎氏の苦労は、吉村昭氏や柳田邦男氏の「零式戦闘機」に詳しく記されているので、物作りに拘わる人でなくても一読してもらいたい本だ…。「十二試艦戦(零戦)の設計における重量管理は「気狂いじみている」とチームの者が云うほど徹底していた。」と柳田氏のものにありますが、同じ12m(40フィート)艇で話を進めると、2.5tの重量をどうしたら軽く出来るか、それは設計コンセプトの範疇なのだが、横山設計事務所から郵送されたFRPの積層プランの図面を見ると、設計者の重量軽減の狙いが見て取れた。
 長距離航海時の睡眠は大事なもので、傾いてセイリングする事の多いヨットの場合、バース(寝床)は水平に調整出来るものが最良だ。バース軽量化の一案はカーボン製のパイプバースだが高価であるし、二案のアルミ製のパイプバースはアルミパイプの曲げや溶接をプロに依頼せねばならないので、三案のFRPサンドイッチ工法の弁当箱のフタ状の物を作ることにした。全周囲FRPの立ち上がり部があるので、当然クッションはずれない事になる。
 白石康次郎氏の「七つの海を越えて(史上最年少ヨット単独無寄港世界一周)」の中でも、毛糸の帽子をかぶってバースで毛布と寝袋にくるまって寝ている写真があったが、50o厚位のクッションで、バースはFRP単板(それともアルミ製?)で四方に木製のクッション押さえを取り付けた自作艇らしい作りだった。白石氏のスピリット・オブ・ユーコーは、以前の名前はコーデンオケラ[で故多田雄幸氏の設計・製作であったが、弟子の白石氏がシドニーで自ら命を絶った多田氏の後を継いで、苦労のすえの快挙だった。
 弥勒UのバースはIMSのルール通り100o厚のウレタンフォームのクッションで、オケラより快適で手間がかかった作りの物だが、ヨット保険のM氏が大洗の隣の艇に来艇した時に、御茶を飲んでキャビンで話して行かれたが、オケラのメンバーで多田氏と親交のあったM氏は「こんな艇はないョ…、こんな人いないョ…」と云って帰られた。
 零戦と同様にライトホール(肉抜き穴)はバースの底部もたくさん開けたが、それでもまだ軽くする余地はそうだが、チャートテーブルの椅子のチークのバラ打ちの裏側のFRP製のフタは、今迄になく本気でライトホールを開けて軽量化し自慢のものだが、チークのバラ打ちを取り付けるのと、ライトホールを開けるのに一日掛りになってしまった。「堀越チームは、ちょっとでもいい案があれば、それを採用した。そして、すこしでもいい飛行機を作ろうと、全員で切磋琢磨したが…」と柳田氏の零戦にあるが、「アイデアをくれョ…」と事ある毎に皆に云ったが、なかなか良いアイデアは出て来なかった。
 小笠原レースの最後の航程で相模湾で北東風にさんざんたたかれたが、大波の砕けたものが、キャビン入口のスライドハッチに当たると、スライドハッチの透間からキャビン内に海水が流れ込み中はズブ濡れになった。濡れる毎に解決案を考えた…。翌月に、スライドハッチの戸袋部の両側の側面に水抜き穴を多く開ければ良い事を思いつき、ライトホールにもなるのでT氏に手伝ってもらって作業したが、「よく考えましたネ…」とT氏に云われる事はなかった。
 小笠原では小笠原ヨットクラブの会長さんに何かと御世話になったが、船尾のキックアップ式のスケグ・ラダー支持梁(ラダーブリッジと呼んでいる)は、会長さんが「アルミ製ですか?」と聞かれたので「いいえFRP製です…」と話し、「ライトホールの所に500mlのビール缶やペットボトルが入るようになっています…」と云ったら、「良く作りましたネ…」と云ってくれた。ポリ合板製のメス型を作り、ピッタリと合う様に長さには気を使ったが、チョコレート色に塗装してあるので、後日又別なベテランセーラーにも同じ様に聞かれた。
 小笠原レース準備の合間にラッキーレディのオーナーI氏とA氏が来艇し、ブームテントの下で色々話して行かれたが、コーミングの内側に取り付けられたコンパスを見て「見やすい位置ですネ…」と云われた。コンパスベースも勿論型から作ったFRP製品だが、両舷共に同じ位置に取り付けられている。
 量産艇の多くは燃料タンクやLPガスボンベの位置は船尾近くにある物が多いが、重量物はなるべく艇の中心位置に集めたいので、弥勒Uのそれらは各々熟慮の末の取付けで、今でもこれ以外に無いと思っている…。何処を見ても苦労して型作りをした故のFRP製品で、見えない所にライトホールを開けた事は今では懐かしく思い出される。
 弥勒Uは零戦と同じモチベーションで作られたものだが、今でも時折「40フィートなのに何でステアリング・ホイールじゃないの…」と云う人がいると調子が狂ってしまう。横山晃氏のエンジンの機走能力のグラフによると、1GMで7.5ノット、2GMで8.2ノットとあり大いに迷って2GMにしたが、今でも「40フィートなのに、どうして3GMじゃないの…」と云う人がいる。流体力学によると艇速は水線長の函数に比例し、排水量に反比例すると云う事を全く理解していないからだ。前出のセンチュリオン40Sも岡崎の401もエンジンの馬力は共に40〜56馬力で、我等の18馬力と比べると皆倍以上で、勿論、燃料タンクも倍以上の200l以上の物だ。それでも機走能力はたいして変わらない。
 セイルエリアはセンチュリオン40Sではメインとジブを合わせて102uとあり、岡崎の401はスワンの40と比べてブームが30p短いだけでほぼ同じ位の98.4uで、弥勒Uのそれは70u位のものだ。約3割少ない面積をどう考えるかがキーポイントになる訳だが、少人数でコントロールするならセイル面積は少ない方が良いに決まっている。バルチックの35やパイオニアの10−2等、皆排水量が4.5tの艇で、同じ材料で作られたとすると、船価は同じ位になると思うが、勿論、軽排水量艇程安価になるのは当然だ…。