作者学習日記
(2001年:広東語サナギ中期〜サナギ中期ミイラ化)
2001年 1月- 3月 (広東語サナギ中期)
2001年 4月- 6月 (広東語サナギ中期)
2001年 7月- 9月 (広東語サナギ中期)
2001年10月-12月 (広東語サナギ中期ミイラ化)
2001年 1月- 3月 (広東語サナギ中期)
個人レッスンは引き続きVCDの聞き取り。
サイト関連では「くいだおれてホイサム!!」を書き上げ、大阪の観光案内をつける。
初めて素材集なるものを購入し、各課観光案内の「足を伸ばして」に貼り付ける。
画像ってとても楽しくて、使い出すとどんどん色々欲しくなる。
ちょうど実用的で退屈しない発音教材を作りたかったので、香港や中国各地を旅行する内容に決定。
(プラス青春編・社会人編等のストーリーあり)
各地の写真はさすがプロの撮影で、とても美しい。
北京語版が先になり、広東語版はまだ未公開だけれど、仕事でなかなか旅行できない生活の中、
自分が一番喜んで作業している。見てくれた人が実際旅立ちたくなるような作品にしたい。
自分のサイトで学んだ人が、その発音教材を見て旅行に行くようになり、現地の人と言葉を交わせたならロマンだ。
話はパラパラあちこち飛ぶが、発音に関してー長音はこれまで「長く発する音」だと認識していたが、
「長いだけでなく、大きな声で強く発する音」だと気づいた。
言うならば「強音」、声自体が大きい、というカンジ。
そう思って聞くととても分かりやすい。
広東語独特のリズムや北京語との大きな違いの一つはここにある。絶対に!
発音が苦手な方、そう思って長音に取り組んでみて下さい。きっと理解できるようになりますよ!
2001年 4月- 6月 (広東語サナギ中期)
個人レッスンは『甜蜜蜜』のビデオを使っての聞き取り。けれど正直、自分の広東語学習は手が回りきらない状態。
というのも「バーチャル飲茶(広・北)」、「発音教材バーチャル旅行(広)」、「広・北整理学習教材」を
この期間に続々公開した為。(こうして振り返ってみても確かに自分が勉強してるゆとりはないと納得)
広東語の場合、声調は前後の音とのバランスでその音が何声か聞き分ける傾向が強いので、
この漢字五文字からなる点心名はとても効果的だ。
長音は「強音」とイメージし、声調は「前後の音と比べて判断するのがコツ」と知っていれば、
広東語マスターの速度はぐっと速まるだろう。
北京語も合わせてしている人は、北京語バージョンの飲茶もするといい。
同じ漢字(と言っても簡体字だが)五文字からなり、余計な文法の違い等考えず、
音の違いだけに集中して練習できる。それぞれの音にさえ慣れてしまえば、
「初級会話整理:開けゴマ編」を聞いても、広東語と北京語の音が混じる事は殆どない。
きっと中国語学習は北京語をはじめ、どの中国語方言(広東語・上海語・福建語など)でも、
全発音と声調を自分の中に取り込み、その上に、その方言独特の単語や文法を肉付けしていく作業なのだと思う。
(もちろんその音声特徴により、その取り込む各方法は異なってくるだろうけれど)
学校に行かず個人レッスンになってから、広東語に関する遊びの部分が減ってしまった。
「これではイカン。学習意欲が落ちる!」と危惧し、6月下旬、東京台場にある
「デックス東京ビーチ 台場小香港」に行ってきた。
「香港麺 新記」で750円のワンタンメンを食べ、
「アワン・アワン」というマッサージ・セラピー&スパのお店で
クイックマッサージとフットマッサージ(角質取り付)、5000円をしてもらう。極楽、極楽。
ワンタンメン(スープなしのヤツ)は私の大好物で、あれを食べるとすぐ香港で永住したい気持ちになってしまう。
話はそれていくが、日本人の香港・大陸への移民は現実化していくと思う。
もちろんワンタンメンの為じゃなくて、やっぱり仕事の為。
特に今年に入ってから、中国の変化には目を見張るものがある。
私は中華系アパレル商社勤務で、そう強く感じる。
商社は以前からもちろん、今じゃ素材(布)、付属(ボタン・ファスナーなど)、検品、タグつけ(値札など)の会社が
大陸に工場を持ち、(中には本社まで大陸に持っていく日本企業がある。日本には支店だけが配置される。本当)
商品は売り場ごとに分け、ハンガーにかけて日本に運ばれてくる。
連絡事項のレスも素早く、今までののんびりムードは一遍にどこかへ吹き飛んでしまった。
もう、商社マンが駐在員でという時代じゃなく、誰もが移民でという時代がすぐそこまで来てる感じだ。
その日の為にも、今からよく勉強しとこうっと!
2001年 7月- 9月 (広東語サナギ中期)
恐ろしい事に再開するはずの広東語学習は一切始まらず、広東語との接触が無いまま過ぎてしまった。
これまでレッスンに使っていた週末の自由時間は全て「北京語上達頁―自己紹介」に費やした。
(画面に従い、音ファイルを真似るだけで、誰もが簡単に北京語で自己紹介できるコンテンツ。
日本人の名字約3000個・1〜100歳・全都道府県名あり)
しかもこの日本人の名字を5000個まで増やす計画なので、次の3ヶ月も広東語学習はヤバそう・・・。
これは北京語学習をしていた頃の話だけれど、どんなに躍起になって勉強していても分からなかった発音や声調が、
暫くブランクがあってから、急にストンと聞き分けられるようになってたことがある。
それまで不安定な技能だった聞き分けの力が、そのブランクの間に自分に根付いたという感じで・・・。
でも私の広東語学習において、今はすでに発音云々の段階を過ぎ、どんどん単語を増やしたり、実践会話をしていくべき段階。
不安と焦りに包まれるが仕方がない、物事は一つずつしかできない。まずは目前の自己紹介作成に没頭しようと心に決めている。
そんな中、9月30日(日)、大阪御堂会館で開かれた香港政府観光局主催イベント「感じる香港−香港ファン大集合」に出席した。
アグネス・チャンさんのトークショー・香港ポリスバンドのバグパイプ演奏・子供たちによる広東オペラショー等など、
楽しくてあっという間の2時間。
アグネスさんが「好味−美味しい」「好leng3−キレイ」を紹介され、会場は大広東語教室と化して盛り上がった。
香港ではこの年末から更に豪華なライトアップが施され、イベントも目白押し。行くなら今こそチャンス!なのらしい。
詳しくはどうぞ香港政府観光局のサイトへ。
2001年10月-12月 (広東語サナギ中期ミイラ化)
もはや広東語との接触は一切ない。
「北京語上達頁―自己紹介」追加分のお名前作成に自由時間を全てつぎ込んだ。
サナギ中期の広東語は半年ほど放ったらかしにされ、完全にミイラ化した。
しかも広東語に対して、以前のような情熱を感じない。
接触しないから情熱が消えるのか、情熱が消えたから接触しないのか、考える気力もない。学習開始以来、最大のピンチ。
北京語が語学の脳を独占し、広東語の居場所はゼロ。苦労して学んだことは全部忘れた・・・。暗くなる。
が、この時期ちょうど上海APECがあり、小泉総理と江沢民中国国家主席がガッチリ握手されている様子が報道された。
それを見た瞬間、「そうだ!自分はただ自分の語学レベルを上げたかったのではなく、
この新世紀により多くの人が自由にいろんな言葉を操り、アジアが一つの塊となってゆくのを、
このサイト運営を通して促進したいのだった。
そしてその第一歩が「北京語上達頁―自己紹介」作成で、更に多くの方に対応したいとお名前の追加作業を始めたのだった。
いつの間にか作業の煩雑さに取り紛れ、初心を忘れていたではないか!」と気づいた。
すると広東語と接触がなくても暗さはなくなり、作業が一段落した12月中旬、
「年明けからレッスンを再開したいので、まずはお正月休みに遊びに行っても良いですか?」と、
明るい気持ちで先生に連絡できた。
暗い気持ちで何かを諦めそうな時は、きっとその初心を忘れ、その始めた目的も見失っている時だ。
人間何もかも継続するなんて無理だけれど、諦めてやめてしまう前に、
「自分が始めた目的は何だったのか、振り返るのはとても大切」と感じた。
そうして気持ちは爽やかに、広東語はキレイに忘れ、先生にお会いするのを楽しみにして、2001年を締めくくった。
(レッスン再開後、私はやっぱり先生に大迷惑をかけてしまうのであった。(苦笑))