作者学習日記
【北京三月目】



黒字部分−1994年の手紙から抜粋
青字部分−2002年の視点から追加


−5月 2日(月)付けの手紙より−(体系的文法学習の意味)
−5月 3日(火)付けの手紙より−(そうは言わない)
−5月 8日(金)付けの手紙より−(全ての能力が向上)
−5月10日(火)付けの手紙より−(たまにサボっても)
−5月15日(日)付けの手紙より−(初級の方が上手かった?)
−5月17日(火)付けの手紙より−(日中字体ブレンドミックス)
−5月25日(水)付けの手紙より−(なるほど3ヶ月)


−5月 2日(月)付けの手紙より−(体系的文法学習の意味)


この春休みに入ってから、毎日最低5時間。
大抵は6〜7時間自習しています。

これまでの文法の復習や学校の授業の予習・復習など、
一日があっという間です。
明日はF老師の個人授業なので、今からそちらの予習をします。


この頃でも日本から持って行った30日間完成トレーニングペーパー (1・2巻とも)
パラパラめくって復習していた。

中級班で使う教材では、基礎文法を体系的に細かに載せるより、
よくある文型の説明とその使用練習に重点が置かれていた。

よくある文型をマスターするには、基礎文法の知識が必要だったし、
実際自分が話したいことを話すのは、
「基礎文法の語順に単語を放り込む作業」だった。

書き込みが面倒でドリル式は避けたい方も
基礎文法が体系的に説明された参考書を一冊利用されると
会話教材だけで一つずつ文型を暗記されるより、
話したいことを早く話せるようになると思う。


−5月 3日(火)付けの手紙より−(そうは言わない)


今からF老師の個人授業に行きます。
F老師はいつもお茶とおやつ(北京伝統菓子)を用意して下さっていて
それも授業の楽しみの一つです。


F老師はおやつはくれても宿題はくれない、
最高に私好みの先生だった。(笑)

拙いながらも自分なりの造句をするよう努め、練習問題に答えた。
F老師は「そういう言い方はしない」、
「この言い回しの方が北京語らしい」などと丁寧に教えて下さった。

文法としては問題ないが、北京語の習慣としてその表現はおかしい
(例:【日】私には医者の息子の友人がいます)
(例:【北】私には一人の友人がいて、彼は医者の息子です)
等の指導をして下さった。

どんなに自習しても、習慣としてそうした表現をするかどうかは
実際にネイティブに聞いてもらわなくては分からない。
言葉は文法というルールで割り切れない、何か奥深いものがある。


−5月 8日(金)付けの手紙より−(全ての能力が向上)


10日余りの休みがあっという間に終わりました。
この休みについての作文が宿題です。今から書きます。

北京語を学び、インプットとアウトプットの能力の差に驚いた。
聞けば分かる単語も、話す際に使えなかったり、
読めば分かる単語も、書く際に思いつかなかったりする。

これも確か聞取りの先生が言われたのだが、
「教科書の本文をそのまま書き写す訓練をして下さい。
単語も覚えられますし、文法も身につきます。
最初はただ写しているだけでも、書くという事に抵抗が無くなり、
いざ自分で文を書かねばならなくなった時も、すらすら書けます」。

この学習法は本当に効果的で、この訓練をしていた頃、
読む、聞く、書く、話すの全ての能力が向上した気がする。

書く為には集中してその文を読み、
読む声(もちろん北京語読み)は黙読でも耳に届き、
手・目・耳から深く脳に刻まれる。

これはレベルを問わず、手軽で有効な学習法。
是非お試しあれ。


−5月10日(火)付けの手紙より−(たまにサボっても)


今S大から戻りました。
この後、Jさんが来てくれます。

F老師と2時間、Jさんと2時間、
その後、更に明日の授業の予習をします。
最近、相当無理に詰めこんでいるので、少し頭が消化不良気味です。

以前より多くの知識が入っているのに上手く整理できておらず、
以前よりも話せなくなってきました。

F老師に相談しましたら誰にでもある一種の退化現象なので
心配しなくて良いと励まされました。

初級から中級には比較的楽に進めますが、中級から上級に進むには
大変な努力が要るようです。

また、中級になると進歩も確認しにくいそうです。
この話しを聞いて、自分は真に中級になれたのだと少し嬉しく、
少し疲れたような気持ちになりました。



これは何人が何語を勉強する時でも起こる、一種の踊り場現象。
いくら上達の過程だと聞かされても、やっぱり気が滅入る。

気が滅入るのでちょっと手を抜いたりする。
少し時間が経ってみると、
あんなに頑張っても分からなかったことやできなかったことが、
結構サボっていたのに難なくクリアできたりする。

あの瞬間は最高に嬉しい。
その瞬間を迎える為にも、語学学習は継続が大切。
たまにサボっても良いけれど、止めてはいけない。


−5月15日(日)付けの手紙より−(初級の方が上手かった?)


今も中級の伸び悩みを味わっています。
初級ほどぐんぐん伸びず、上級ほど難しいことは分からない。
何より継続が大切と、諦めずに頑張ります。
今学期は、もう残り2ヶ月ありません。


初級の頃は挨拶言葉から始まり、身振り手振りを交えて会話する。
「このように」「あのように」とか言いながら、
ジェスチャーで殆どの動詞や形容詞を補う。

会話できていることが嬉しかったし、それだけで上達してると感じられた。
中級になるとそのジェスチャー部分を言葉で表現しようとする。

そこで如何に自分が単語を知らないかに愕然とし、ショックを受ける。
「初級の頃の方が話せてたんじゃないか・・・」
全てジェスチャーで補い、幼稚な会話で満足していたことを忘れ、
自分の上達の遅さに失望する。

振り返ればこれは健全な錯覚で、
気を揉んだり、心配したりする必要は全然ない。


−5月17日(火)付けの手紙より−(日中字体ブレンドミックス)


S大の個人授業に出かけようと準備していましたが
F老師より電話があり、授業は明日になりました。
せっかくなのでイワ園に遊びに来ています。

今、園内の茶館でこの手紙を書いていますが、
辞書が無いので日本の漢字が良く分かりません。
最近は簡体字の方が身近で慣れてしまいました。


書いてない字は忘れる。
中国にいるとごく自然に、簡体字がメインの頭になってくる。

今でも自分にとって便利な字が、あるものは簡体字、あるものは日本字だったりする。
手紙を書いたり、正式に何かを記す時、
あやふやな漢字があれば、極力辞書で確認するよう気をつけている。
読む側は、私独自の日中字体ブレンドミックスに違和感を覚えるだろう。

漢字だけでなく、単語でも使わないものは忘れる。
北京語を話していてそこだけ日本語、とか、またその逆、の現象も発生する。
このまま日中交流が進めば、この現象を体験する人が増え、
もしかすると今では考えられないような言語環境になるかもしれない。(笑)


−5月25日(水)付けの手紙より−(なるほど3ヶ月)


今週末の金曜日、テストがあります。
教科書の復習テストです。
なかなか量も多く、テスト勉強ははかどりません。
この27日で自分が北京に来て、丁度3ヶ月過ぎたことになります。


テストの結果は、いつも大したことなかった。
それでも入ったばかりの頃は落ちこぼれだった自分も
「それなりに授業を聞いて、内容を理解しています」、
と周囲にアピールするには充分な結果だったので、満足していた。

授業が始まった頃「3ヶ月経つと全部聞取れます」と言われたとおり、
3ヶ月というのは色んな意味で一つの区切りだったと思う。

がむしゃらにインプットしてきた知識がこなれ、
自分の知識として使いこなせるようになっているとか、
ものすごく疲れを感じる作業だったことが、
何とも感じず出来るようになっているとか、
約100日の蓄積にはそんな力がある。

「自分って駄目だな−」と落ち込む時は、
他人や自分が理想とする自分とではなく
「3ヶ月前の自分」と比べるのが良いと思う。

−これ以降、学習状況についての記述は激減する−



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