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丹羽 長重
(にわ ながしげ)
どんな人?
丹羽長秀
の長男で、豊臣秀吉に疎まれ
加賀の小大名に転落してしまう。
秀吉死後は徳川家康に接近し、
陸奥白河藩主となり、御伽衆として重用された。
また、築城の名手としても知られている。
丹羽長重関連の本
オススメ度
関ケ原敗者たちの復活戦
★★★☆☆
関連史跡写真
白河小峰城(フォトライブラリー)
生年
1571年
没年
1637年
居城
古渡城・棚倉城・
白河小峰城
父親
丹羽長秀
母親
織田信広の娘
兄弟
丹羽長昌・藤堂高吉・蜂屋直政
丹羽長俊・丹羽長次
妻
報恩院(織田信長の五女)
子供
丹羽光重・酒井忠正室・浅野長直室
長重の歴史
コラム
1 豊臣秀吉に疎まれ、小大名に
1 築城の名手であった長重
2 長重の関ヶ原『浅井畷の戦い』
3 陸奥白河初代藩主となった長重
参考文献
戦国人名事典・コンパクト版
(新人物往来社)・
〈新訳〉名将言行録
(PHP研究所)
信長の野望天下創世武将file
(KOEI)・
豪壮秀吉軍団
(学習研究社)