最終更新: TOPPAGEへ バックナンバー[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]
(2003/8/6) (106)
ヒロシマの日に始まった核開発会議 地中貫通型モグラ核爆弾の配備を決定
8月6日はヒロシマの日。1945年のその日、その朝、広島に原爆が投下されました。
仙台一高出身の作家、井上ひさしさんのお芝居に「父と暮らせば」というのがあります。ヒロシマがテーマです。
原爆で死んだ(化けて出てきた)父親と、生き残った娘の対話劇ですが、教えられました。「地上600メートルのところに突然、太陽が2個、出現した」それがヒロシマの原爆だというんですね。
ノーモア・ヒロシマ、ノーモア核兵器と叫ばざるを得ません。
そんな反核の声を、ヒロシマからの叫びをせせら笑うように、きのう(8月6日)から、きょう(7日)まで、2日間の日程で、アメリカのある場所で、核兵器の開発計画を最終決定する会議が開かれています。
会議の開催場所は、アメリカのオファット空軍基地にある「米戦略司令部」。
中西部・ネブラスカ州の都市、オマハから車で南へ10分のところにある基地です。
そこに、米国防総省のトップら関係者150人が集まって協議をしました。
その内容を、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙がすっぱ抜きました。
で、この会議で何が話し合われ、どんな決定が行われるかというと、ヒロシマに投下したと同じか、数倍程度大きな、現在の分類でいえば「小型核」の開発と配備なんだそうです。
ヒロシマの原爆は空中で爆発しましたが、アメリカが開発に着手しようとしているのは、地中で爆発するタイプのもの。
といって、地下核実験のように最初から地中に埋めて爆発させるのではなく、航空機から投下する爆弾、あるいはミサイルの弾頭のかたちで目標に向かって投射し、地中深く潜ってから爆発する、いわば「地中貫通型」核爆弾、核弾頭を開発するそうです。
地表で爆発するのではなく、モグラのように潜ってから爆発する小型核……つまり「モグラ核」を開発しようというわけです。
ではどうして、アメリカはモグラ核をつくろうとしているのか?
こたえは簡単、重要な戦略目標が地下にもぐっている実態があるからです。
最高司令部とか、核兵器開発基地とかが、地下に潜っている。
米国防総省の推定によると、そうした地下司令部、地下兵器廠が今現在、世界20カ国に、計1400ヵ所もあるんだそうです。
そういうところに「モグラ核」で狙い、ピンポイントの先制攻撃でたたいてしまえば、アメリカとしては枕を高くして眠ることができるーーそういう計算なわけです。
この「モグラ核」構想、国防総省が昨年、連邦議会上院に提出した「核配備見直し」レポートのなかで明らかになったものですが、反核活動家ばかりか、議会関係者からも批判が上がっているそうです。
目には目を、核には核を、ということで、ますます核拡散が進みかねない、のがひとつ。
もうひとつは、「モグラ核」を持っても、今回のイラクの大量破壊兵器問題で明らかになったように、敵の地下戦略施設に関する情報収集能力がお粗末であればーーどこに何があるか、つかむことが至難の業である以上――、結局は宝の持ち腐れか、無駄撃ちに終わりかねない、という批判があるそうです。
会議の開催場所に近いオマハでは、反核のデモ行進が行われたそうです。
被爆国・日本のわれわれとしても、「モグラ核」に「ノー」を叫びたいところですね。
(2003/7/22) (105)
ケータイで蚊をゲキタイ
ケータイが、どんどん進化しています。
動画まで送受信する機種まで現れた。ケータイを定期券代わりにする、なんて計画もあります。
この先、どこまで進化するのか、ケータイに代わるものが現れて、恐竜のように姿を消すのか、興味深深です。
そのケータイに意外な使い道が生まれました。それが今日の話題です。
ケータイって、音を出しますよね。受信した音声をミニ・スピーカーで再生したり、とにかく音を出す機械であることは間違いありません。
そこに目をつけて、お隣、韓国最大のケータイ・オペレーター(まあ、韓国のNTTドコモといったところでしょうか)である、SKテレコムというのが、画期的なサービスを始めました。
蚊――カッカカッカカカの蚊――人間を刺す、あのモスキートのことですが、その蚊をゲキタイするケータイ・サービスを開始したんです。
ケータイで蚊をゲキタイするこのサービス、笑ってはいけません、あのフィナンシャル・タイムズ紙――世界でももっとも権威のある経済専門紙の、なんと1面フロント・ページに紹介されました。
これってなかなかないことなんです。すごいことなんです。
フィナンシャル・タイムズ紙によりますと、韓国の研究者チームが、ケータイから出る、ある種のサウンドに対し、蚊が忌避反応(つまり、いやがって逃げる、ってことですが)を示すことを発見して実用化に漕ぎ着けました。つまり、ケータイからある種の音波を発射して、蚊を追い払いわけです。
で、具体的には、どいうことかというと:
とくにこれからの季節、星空の下でデートしたり、アウトドアで活動する際、蚊にぶんぶん付きまとわれ、刺され、血を吸われるって、とっても嫌なことですよね。しかし、蚊取線香をつけるのも、防虫スプレーをかけるのも、けっこう面倒くさい。
そういうとき、SKテレコムからダウンロードすればOK。蚊ゲキタイ・サウンドをダウンロードし、サウンドを再生すれば、蚊が寄りつかなくなるんだそうです。
ダウンロード代は、3000ウォン(日本円で300円程度)。そう高くありませんよね。
で、問題はそのサウンドなんですけれど、オスの蚊の羽音なんだそうです。人間の血を吸うのはメスの蚊たちですが、メスの蚊ってオスの蚊のサウンドがいやなんだそうです。
たっぷり人間の血を吸って、子孫を産む態勢がととのわないうちに、オスの蚊に言い寄られるのが嫌らしい。
だから、オスの蚊の羽音に似たサウンドをケータイで出せば、メスの蚊は「あっ、ここにオスの蚊がいる」って誤解して、近寄らなくなるんだそうです。
実験によりますと、ケータイの半径1メートル以内には近寄らない。
これだったら、ほぼ完璧ですよね。カップルのうち、どちらかが音を出していれば……
この蚊ゲキタイ・サウンドにも、問題もあります。人間の耳にも聴こえるってことがひとつ。
もうひとつは、バッテリーの消費量が大きいってこと。
でも、蚊に食われるくらいなら、そんなのたいした障害じゃないですよね。
ケータイで蚊をゲキタイ……意外な秘密兵器が開発されました。
ケータイ進化の歴史の1ページを刻むエピソードではあります。
(2003/7/19) (104)
世界で一番、犬を大切にする国
世界で一番、ワンちゃんたちを大切にする国って、どこでしょう?
比較するのがそもそも難しいことですが、ヨーロッパあたりかと思ったら、そうでもないのですね。
昔なら、まあ、生類憐れみ令を出した、犬公方さまがいた時代の、日本の花のお江戸――当時、世界最大の都市だったそうですが――あたりが、候補になりそうですが、現代世界ではどうも、タイあたりが最有力候補らしいんです。
東南アジアの、あのタイ。
そのタイが世界でも最も犬を大事にする国候補の一番手らしいのです。
タイにはホームレスの犬が数百万匹もいるそうです。なんで、そんなにいっぱいいるかというと、ふたつ、理由があるそうです。
ひとうは、野犬狩りとか虐待をしていないんですね。
インドの牛みたいなもの。タイは仏教国で、生類憐れみの国なんです。
もうひとつは、タイの国が皇室以下、国民ぐるみ、犬が大好きで、大事にする国柄であること。
ちょっと、びっくりしたんですが、タイの昨年のベストセラー・ナンバー1になった本って、シンデレラ犬の実話なんです。
それもなんと、タイの王様、ブンミボル・アデュラデジ国王が書いた本なのです。
バンコクのストリートをうろついていて、アデュランデジ国王に拾われ、ペットとなった雌犬、トングダングの物語。
そのトングダングちゃんが、実はどれだけエレガントで賢く、素敵な犬に変身したかを、飼い主になった国王自身が書いた。
それで、トングダングちゃん、いきなりタイのスーパースターになっちゃったんです。一夜にして野良犬が憧れのヒロインに。
アデユランデジ国王が書いたこの本は、人口6200万人のこの国で、100万部以上、売れました。書店に列ができたほど。
タイの人たちがどれだけ犬が大好きか、物語るエピソードです。
で、このアヂュランデジ国王がことしの春、自分のペット犬を2匹――ジュリアスとシーザーって名前なんですが、麻薬犬として陸軍の軍用犬訓練所に差し出しました。
タイのミャンマー、カンボジアの国境地帯って、世界最大のアヘンの産地で、黄金の三角地帯っていわれています。クンサーという支配者がいる、無法の王国になっていて、その麻薬がタイに流れ込んでいる。
その結果、国民の5%が麻薬中毒に。
そんな悲劇をなくすため、麻薬が入った荷物を国境で嗅ぎ分けて、国内流入を未然に防ぐのが、麻薬犬の役割なのです。
タイの人たちが大好きな犬たちに、麻薬からタイの人たちを守ってもらおうという狙いなんです。
自分のペットまで差し出した国王さまの心意気に、タイの陸軍では、新しい試みを始めました。
バンコクのゴミ捨て場に住みついている野犬たちを訓練して、麻薬犬に仕立て、ミャンマー国境地帯などに派遣する作戦をはじめました。
現在42匹の元ホームレス犬が前線に展開し、水際作戦にあたっているそうです。
ゴミ捨て場で生きている犬たちって、嗅覚がおかしくなっているかと思ったら、実は逆で、臭いを嗅ぎ分ける能力が意外と高いらしいんです。
これまで、タイ陸軍ではジャーマン・シェパードとかドーベルマンといった血統書つきの外国の犬を購入して軍用犬にしていたんですが、ホームレス犬は雑種で、ただ。それもたくましく生きる力を身につけていて、人間にもなぜか優しい。
そんなストリートの犬たちの力を生かすタイの人たちって、もしかしたら、犬好きだけじゃなくて、犬たちのことを尊敬している、のかも知れません。
(2003/7/8) (103)
理念の味のアイスクリーム
理念の味がするアイスクリーム、またはベン&ジェリーのアイスクリーム。
ご存知でした?
恥ずかしながら、ぼくも知らなかった。
先日、東京の大学のクラスで、学生たちに聞いてみたら、たったひとりだけ、名前を知っていると手をあげた男子がいました。
どうも、世界的にはチョー有名で、日本では知られていない話のようなので、紹介したいと思います。アイスクリームが恋しい季節になってきたこともありますし。
ベン&ジェリー、トム&ジェリーじゃありません。世界的なアイスクリーム・メーカーだそうです。
ベンとジェリーの仲良し2人組が創業した、アメリカのメーカーなんですね。
そのアイスクリームに「社会理念」の味というか、フレーバーがついている。
日本の清涼飲料水に「初恋の味」っていうのがありますが、そういう意味での「理念の味」です。
どういうことなのか?
ベンとジェリーはニューヨークっ子です。ロングアイランドって郊外に育ちました。一緒に勉強しようと、いろんな大学院に願書を送るのですが、みなだめ。
最後に残ったのが、ある大学院のアイスクリーム講座。そこにそろって合格し、アイスクリームの製法を学ぶんです。
それが人生の転機になった。
卒業後、2人は北のバーモント州に行って、バーリントンという街のガソリンスタンドの一角に手づくりアイスクリームの店を出すんですね。
バーモント州は別名「グリーン・マウンテン・ステート(緑の山の州)」っていわれる、山のなかの農業州ですが、零細の酪農家も多い。
そういう、大規模経営の波の取り残された、小さな牧場と連帯し、共生しようというのが、ベン&ジェリーが掲げる社会理念なんですね。
「われわれはバーモント生まれのアイスクリーム屋。バーモントの零細な酪農家以外から原料のミルクを買いません」って宣言をしたんです。
つまり、地域の酪農業を守るんだ、地域社会に生きるものとして、小さいなりに社会的な使命を果たすんだって、言い切って、それをずっと実践してきたメーカーなんです。
アイスクリームだけでなく、フローズン・ヨーグルトとかをつくって、それが大成功するのですね。
CMしないのに、ベン&ジェリーの「社会理念」に共感する人が買ってくれて、口コミでどんどん広がっていった。
そしていまや世界のマーケットに進出するグローバル企業に。バーモント州のウオーターベリーという町の工場からは、ベルギーやペルーなど世界各国に製品が輸出され、年間2億ドルの大メーカーに発展を遂げたのです。
大きくなってのベン&ジェリーは、自ら掲げて出発した「社会理念」を捨てていません。
貧しい国の孤児やアイスクリーム屋さんを開いて自立するのを助けたり、スエット・ショップ、汗の工場と呼ばれる劣悪な労働環境で搾取される、後進国の子どもたちを守る運動を支援したりしているのですね。
このベン&ジェリーを、じつはわたしは、経済評論家の内橋克人さんの近著、『もうひとつの日本は可能だ』って本で教わり、自分なりに調べて、いまここで紹介しているわけですが、バーモントはアメリカの東北地方です。日本の東北からも、こういうベン&ジェリー型の企業が生まれてほしいですね。
社会理念を掲げ、社会的に支持されて発展していく、新しい時代の「理念型企業」。
地場の生産者を守るメーカーを、ぜひ若い世代の力で生み出してほしいものですね。
企業活動って、金もうけだけではないんです。
(2003/7/1) (102)
戦場のグローバル化、ここまで 対イラク遠隔戦争の実態
イラク新法で、戦後日本にとって初の本格的な「海外派兵」が行われようとしています。そのイラクにはまだ「平和」は訪れていない。訪れていないどころか、なお戦闘が続いている。「終戦」にはなっていなのですね。
どんな実態なのか、自衛隊関係者ならずとも、気になるところです。
なお続く「イラク戦争」――その現実の姿(のすくなくとも一端)が、最近のニューヨーク・タイムズ紙の報道で明らかになりました。
一口に言えば「遠隔戦闘」。
実際にミサイルなどが発射されるなど、戦闘の現場はもちろん、イラク国内ですが、現地の情報を管理し、「攻撃指令」が発せられるのは、現地から1万キロも離れたアメリカ国内という、リモートコントロール戦争(リモコン戦争)が続いています。
その実態を、タイムズ紙の記者が初めて報じました。
記者の取材現場は、イラクではなくて、首都ワシントンに近いバージニア州のラングレー空軍基地。
そこにイラク情報の分析チームが駐屯していて、日夜、現地からリアルタイムで送られてくる視覚情報を解析しているんだそうです。
イラク現地から実況中継で送られていく視覚情報は、U2という有人のスパイ機からのものと、プリデーターという無人偵察機からのものの2種類。
レーダー情報もあれば、ビデオ映像もあって、これを専門チームが解析し、攻撃すべきかどうか判断し、指令を出しているんだそうです。
U2機による偵察活動は一日6回。プリデーターは常時、3、4機がイラク国内を飛んで、空から監視している。
プリデーターって無人偵察機の遠隔操縦も、どこでしているかっていうと、アメリカ西部のネバダ州の基地で、だそうです。あのラスベガスがある……
先日、シリア国境近くで、サダム・フセインが乗っていた疑いの強い車の隊列に対し、米軍がミサイル攻撃をしましたが、これもこういう、「リコモン監視によるリモコン攻撃」だったそうです。
攻撃による死者のなかにサダム・フセインがいるかどうかは、現在DNA鑑定中だそうですが、実際、この攻撃でサダムが死んだとすれば、たいへんな「リモコン戦果」になるわけです。
アメリカとしてはなんとしても、一刻も早く、サダムの死亡確認宣言をしたいところですから。
こうしたリモコン司令部は、ラングレー基地以外にあと一ヵ所、カリフォルニア州のビール基地にもあって、2ヵ所で情報を解析し、イラクの現地に指令を出しています。
でも、いくらリモコンとはいえ、ビデオ映像で現地の生々しい戦闘場面が送られてくることもしばしば。
とてもテレビゲームのような、感覚にはなれないのが実態だそうです。
だから、従軍牧師さんとか心理カウンセラーがはりついていて、ショックを受けた分析チームのメンバーを慰め、正気を保たせている。
リモコンといえども戦争は戦争。
組織的な人殺しに変わりないわけです。
戦場がグローバル化し、戦闘がリモコン化したとはいえ、血を流すのは現地の人間。
そういう戦争の現場に、自衛隊員を送り込むことに、ぼく個人をしては、やはり抵抗がありますね。
(2003/6/24) (101)
しのびよるダーティー爆弾の恐怖 バンコクで売人摘発
今日は深刻な話題を。
忍び寄る「ダーティー爆弾」の恐怖についてレポートしたいと思います。
「ダーティー爆弾」、汚い爆弾……お聞きになったことありますか?
核爆弾ではない「放射能爆弾」とも言われているものです。
ふつうの爆弾といっしょに、放射性物質を爆発させる。そうすると、原水爆ほどではありませんが、現場一帯が放射能で汚染され、人が住めなくなってしまうわけです。
アメリカやイギリスがテロリストに使われたら大変なことになると、最も警戒しているのがこれです。
ニューヨークやロンドンで爆発されたら、市民生活も経済活動も麻痺してしまう。それで神経をとがらせているわけです。
いまから2週間前、6月13日に、こんなことがありました。
東南アジアのタイの首都、バンコクでのこと。
ホテルの駐車場で、ウラニウムの受け渡しがありました。売人は47歳のタイ人の男。買い手は、その筋の人間を装った、タイの警察当局者。
ウラニウムを30キロ、タイに持ち込んでいて、売りさばこうとしている男がいるとの情報から、売人と接触、1000万バーツ(日本円で5000万円)で買い取りたいと伝えておびき出したわけです。
捕まえてブツを調べてみると、ウラニウムではなく、セシウム137という放射線物質でした。
医療機関とか、農産物に対する放射線の照射に使われているものですが、だからといって安心できるものではありません。
これで環境が汚染されたら、たいへんなことになるんですね。そして実際にたいへんなことがおきている。
このセシウム137のせいで、1987年、ブラジルの都市、ゴイアニアで、4人が死亡、数百人が避難する事故がおきているんです。
閉鎖された癌のクリニックから泥棒が盗み出したことで環境が汚染され、人が住めなくなってしまったのですね。
1996年には、未遂に終わりましたが、ロシアの首都、モスクワの公園に、チェチェン分離運動のゲリラが仕掛けて、モスクワ市民を被爆させようとしたこともある。
そういう代物なんですね。
売人を追及すると、隣のラオスから持ち込んだもの判明しましたが、出所はどうやら、ロシアらしい。ロシアの研究施設から流出したものらしいんです。
それが回りまわって、東南アジアに出回った。
たぶん、タイあたりは警戒が手薄だと思って、売りさばこうとしたようなんです。
今回、結果的にタイ警察がオトリ作戦で売人を逮捕することになったわけですが、もともとはアメリカの情報機関が追跡していたケースだったそうです。
アメリカ本土に持ち込もうとするだろうと予想していのが、バンコクでの現地販売になったので、急遽、タイ政府に通報して逮捕してもらった、というわけです。
バンコクでは、このちょっと前、アメリカなどの大使館に爆発物を仕掛けようとした、タイのイスラム過激派3人が、シンガポール警察からの通報で逮捕されたばかり。
こうした放射性物質のマーケットは、監視が手薄なアフリカにも広がっているそうです。
ナイジェリアとかタンザニアといった国に。
IAEA(国際原子力機関)が警戒を呼びかけています。
英国の情報機関、MI5のブラー局長のいう通り、わたしたちはいま、いつダーティー爆弾が破裂してもおかしくない、とんでもなく危険な時代を生きている、ということなのかも知れませんね。
怖い時代が来ました。
(2003/6/17) (100)
イラク競馬、再出走に向け、苦闘中
イラク戦争がまだ続いています。終わったかと思っていたら、そうではなかった。サダムの残党が支配する都市の掃討作戦が、米軍の手で続いています。
そんなところへ自衛隊を出して大丈夫なのでしょうか?
イラクの人々の反米感情には根深いものがあります。米軍に追従する日本に対し、憎悪の鉾先が向けられる恐れ、なきにしもあらず。
そんなイラクで、いま競馬復興への動きが強まっているそうです。
イラクと競馬との間に、どんな関係があるの――ですって?。
イラクって(というよりも、メソポタミアって)、サラブレッドの祖先が生まれたところなんだそうです。そういえば、日本の競馬でも「アラブ3歳ステークス」など、アラブ種のレースが組まれていますね。
イラクを含むアラブ一帯は、世界的な競走馬の産地で、サラブレッドのルーツはいまのイラクあたりなんだそうですね。
知りませんでした。ちょっと驚きですね。
そんなイラクの競馬のメッカは、首都バグダッドの西郊にある「アブ・ガライブ競馬場」です。
こんどのイラク戦争でも、開戦後、実に2週間も、レースが行われていたというから、これまたビックリですね。空をアメリカの戦闘機が飛んでいるそのさなか、地上では馬たちが走っていた。
1日平均、7000人もの競馬ファンが詰めかけ、戦争そっちのけで声援をおくっていたといいますから、すごいですね。
サダム・フセインの勝ち負けより、自分が賭けた馬の勝ち負けの方が大事だってわけです。
ところが戦争が進むにつれ、アブ・ガライブ競馬場も無傷ではいられなくなりました。砲弾の破片で、前途有望な3歳馬が重傷を負ったり、馬券売り場が破壊されたり、写真判定用のビデオ設備とかが盗まれるなど、レースを成立させることができなくなったわけです。
米軍も競馬場を占領して、戦車部隊の基地にしてしまった。
こういうなかで、イラクの競馬界からレース再開を望む声が強まっていて、アメリカの許可かおりさえすれば、すぐに再開準備をはじめられる状況にあるんだあそうです。
競馬で最も大事な鞍も保管庫のなかで無事でしたが、なによりも、コースに砲弾・爆弾が落ちなかったことと、競走馬がほとんど生き残ったということが大きい。
だから、アメリカのゴーサインさえ出れば、短期間のうちに出走準備が整う態勢になっているんだそうです。
これから9月にかけて、イラクを猛暑が襲います。だから日中はレースを組むことはできない。イラクの夏競馬は、ですからナイター競馬になるわけです。
なんだか、見てみたいですね。
イラクの競馬ファンにとって、サダム体制が崩壊してよかったことがひとつあります。
それはサダム一派により仕組まれた八百長レースがもうなくなるということです。八百長レースは、サダムの息子のウダイが組んでいたそうですが、だれも文句を言えなかった。もう、そんな八百長もないということで、競馬ファンは喜んでいるそうです。
そこで、突如提案なんですが――というより、あるルートを使って、小泉首相周辺に提案したんですが、日本政府として、イラクの競馬復興を支援すれば、対日感情の悪化を防げるはず、日本の自衛隊も歓迎されるはずです。
略奪被害にあった、アブ・ガライブ競馬場の発電機を、日本製の最新鋭のものに取り替えてあげたり、「ジャパン・カップ」といった懸賞レースのスポンサーになってあげれば、自衛隊員に向かって石を投げるイラク人も、ぐっと減るはずです。
自衛隊の派遣の前にイラクの競馬支援を。
いかがですか? 小泉さん。
(2003/6/10) (99)
ビリー・ザ・キッドは生きていた?
ビリー・ザ・キッド。ご存知でしょうか? アメリカの西部劇の悪漢です。悪役だけど、ヒーローなんですね。
日本でもけっこう有名です。中年以上の人は知っていますね。
実際、どんなことをした人なのかは知らなくても、名前ぐらいは聞いたことがある。
アメリカの西部、リンカーンというところのシェリフ、パット・ギャレットに、最後には射殺されたといわれる、あのビリー・ザ・キッドです。
そのビリー・ザ・キッドが、実はパット・ギャレットに射殺されていなかった、1950年まで、90歳まで生きて天寿をまっとうしたのじゃないかって説が出てきて。DNA鑑定までする騒ぎになっています。
今日はその話を。
ビリー・ザ・キッド伝説は、1881年の春に遡ります。
人殺しを重ねたお尋ね者のキッド(ガキとか小僧って意味ですね)が捕まって、リンカーンの拘置所に留置されます。
拘置所のなかにいるのに、キッドはなぜか拳銃を入手し、4月28日にシェリフの助手2人を射殺して脱獄、リンカーンの北東160キロのフォート・サムナーに逃げるんですね。
それをシェリフのパット・ギャレットが探し当てる。そして、6月1日に、隠れ家に潜んでいたキッドの心臓を射抜いて、ついに仕留める。
これがキッド伝説のあらましです。
ところが、これがフィクションじゃないかって説が出てきた。キッドが脱獄して、馬にのって逃げたところまでは定説通りなんですが、そのまま逃げおおせてテキサス州で生涯を終えたという説なんです。
90歳まで生きて大往生した、これがキッドじゃないかと見られている人は、ブラッシー・ビリー・ロバーツという人なんです。
このブラッシーさんのお墓からDNAを採取し、ビリー・ザ・キッドの実の母のDNAと照合してみる計画がすすんでいます。
ニューメキシコ州の州知事さんが、白黒つけなくかいけなっていっていて、調査予算をつけたんだそうです。
照合の結果、DNA的に母子の関係あり、と出たらどうなるか?
こんどは正義のヒーロー、ポール・ギャレットに殺人疑惑が出て来る。
つまり、ギャレット保安官が誰か別人を殺して、キッドに仕立てあげた可能性が出てくるわけです。
それでいま、ギャレットさんの子孫を交えて、名誉毀損だなんのと、たいへんなバトルになっているんだそうです。
もし、このブラッシーさんが「別人」とわかっても、ほかに1人、候補者がいて「出番」を待っています。
1937年に死んだジョン・ミラーさんという人で、「おれはビリー・ザ・キッドだ」って生前、言っていたらしい。
こうなると、まるで西部版の「義経伝説」ですね。
ビリー・ザ・キッドは生きていた!!??
関心のおありの方は、リンカーンにはまだ、当時の拘置所が昔のまま残っていているそうですから、たずねてはいかが。
ちなみにリンカーンの今の人口は38人。
そこに年間35000人のキッド・ファンが毎年、押し掛けているそうです。
(2003/6/02) (98)
ヒバはなぜ自爆したか?
ロード・マップ、道路地図のことですね。悲劇の地、中東のパレスチナに敷かれた、平和へのロード・マップ。
日本語では「行程表」と訳されています。
ロード・マップを描いたのは、アメリカのブッシュ政権です。イラク戦争でサダム・フセイン体制を叩き潰した余力でもって、イスラエル・パレスチナ紛争に一気に終止符を打とうとしています。
それもこれも、例のネオコンの戦略ですね。ブッシュ政権に影響力を持つ、アメリカのネオコンって、ユダヤの知識人が多いのです。
そこから、今回の「ロード・マップ」構想が生まれた。「2005年の末までに、パレスチナ国家を創設、イスラエルと共存を図る」といったシナリオです。
うまくいけば、半世紀以上、続いてきた、中東の血塗られた歴史にピリオドが打たれる。
世界中に期待感が高まっています。
しかし、流れに抵抗する人たちがいる。妥協を潔しとしない人たちが、パレスチナにもイスラエルにもいる。
そんな前途多難を告げる悲劇が、またひとつ、繰り返されました。
ヒダさん、19歳。パレスチナの女性に関する悲劇です。
ヒダさんはイスラエル軍が再占領したヨルダン川西岸、ツバスの町の大学生でした。ツバスにあるアル・カドゥ・オープン大学の学生でした。英文学を専攻する、模範学生だったそうです。
敬虔なイスラム教徒でした。いつもヴェールをかぶっていて、他人に素顔を見せたことがない女学生でした。
その朝――5月23日の朝、自宅で夜明けの祈りをささげて、これまで同様の一日をはじめました。
お母さんの話では、ヒダさんは家族のために、朝ごはんを自分でつくるといって、キュウリのサラダをつくったそうです。
朝食がすむと、ヒダさんは食器を洗って、そのあと庭に出ました。アーモンドやオリーブの木のあるその庭で、ヒダさんは薔薇の花に顔を寄せて、匂いをかんでいたそうです。
そのとき彼女はなぜかうれしそうに笑った。
お母さんが「どうしたの?」と聞くと、ヒダさんはこうこたえたそうです。「わたし、あたらしい人間になったみたい。お母さんもきっと、わたしのこと、誇りに思うわよ」
そういって家を出て、二度と返って来ませんでした。
4時間後、彼女はイスラエルの北にあるアフラの町に現れます。
ツバスではヴェールをぬぐことはなかったのに、ジーンズ姿でアフラの町に来た。
ヒダさんはそのまま、ショッピング・モールを目指します。アマキムというモールです。
そこでユダヤ人女性のセキュリティー・ガードに呼び止められます。不審に思われたんですね。
ヒダさんはかまわず、なかに入ろうとします。ガードの女性が止めようとします。
そのとき、ヒダさんはスイッチを押したんですね。腰に巻いていた爆発物の点火スイッチを。
ヒダさんはもちろん、即死。女性ガードも即死。ほかにモールの店内にいたイスラエル人2人が死亡、48人が負傷しました。
パレスチナ人女性による自爆テロ。
女だと疑われにくいということで増えているんだそうです。
ヒダさんで5人目。
イスラエル・パレスチナ紛争で自爆テロが始まって2年8ヶ月。テロの犠牲になった死者は360人を数えるそうです。
ロード・マップは、ヒダさんを自爆テロの実行犯とした憎悪の連鎖を乗り越えることができるのでしょうか?
ヒダさんをリクルートした「イスラム聖戦」という過激派は、ヒダさんの死後、彼女の顔写真を公表しました。
あどけない顔、大きくて澄んだ瞳のヒダさん。
ロード・マップをより確実なものにするために、日本政府にも何かできることはあるはず。
ヒダさんの遺族と、テロ犠牲者の遺族の話し合いを仲介するとか、何らかの役割を果たしてもらいたいですね。
(2003/5/26) (97)
甦るビッグ・フット伝説
サスカッチ……猿人のことです。
毛むくじゃらの猿人。大男(女性だっているはずですが……)ってことになっています。
ヒマラヤにいるとか、中国の奥地にいるとか。
アメリカでは、西海岸、カリフォルニア州の北部の山奥にいるという伝説があります。
BIG FOOT。「大足男」と言ったよいのでしょうか。
BIG FOOT、ほんとうにいるのでしょうか? そんな話題を紹介したいと思います。
サンフランシスコの北の方に、ユーレカという海岸町があります。レーガン大統領は、たしかこの町にあるユーレカ大学を出ているはずですね。
そのユーレカの町から、東へーーつまり内陸部へ入ると、そこはもう、原生林が続く山岳地帯。
トリニティー川沿いの渓谷に、人口1500人のウィロークリークという小さな村があるだけの、無人の森林地帯が広がっています。
アメリカの秘境のひとつですね。昔は樹齢何百年という大木を伐採する製材業が盛んだったそうですが、いまでは製材工場も閉鎖され、深い静寂に包まれているそうです。
このウィロークリークが、BIG FOOT伝説の地なんですね。
このあたりの森に猿人が住んでいるという伝説は、もともと先住民族、インディアンの人たちの言い伝えだったんです。
それが19世紀の白人入植者に引き継がれ、いまに至っています。
ウィロークリークには「わたしは見た」「森で鉢合わせになった」という人が結構、いるんだそうです。
ふたつの出来事が、BIG FOOT伝説を決定づけました。
最初は1958年のこと、レイ・ワラスさんという製材業者が猿人の足跡を「発見」して、石膏にとったんですね。
その石膏の大きさですが、写真でみると優に50センチはある。巨大な猿人の存在が確認されたって、大騒ぎになりました。
ふたつめの事件は2年後の1960年のこと。
ロデオ・ショーでカウボーイ役をつとめるロジャー・パターソンって男の人が、16ミリフィルムで猿人の撮影に成功したんです。川のそばを大またで歩いているところを遠くから撮ったっていうんです。
おかげでウィロークリークは一躍、アメリカ猿人のメッカということになって、博物館がつくられ、なんと「BIG FOOT バーガー」(ハンバーガー)なんて名物もできたりした。
研究者がライフル片手に森に入って、猿人ハンティングを行うなど、伝説はいちだんと現実味をおびはじめました。
ところが、昨年、BIG FOOTの足跡に発見者のワラスさんて方が84歳でお亡くなりになったんですが、あの石膏、実はでっちあげだった、死んだ親父のジョークだぜ、ジョーク、ジョークって暴露しちゃったんですね。
で、これでもうBIG FOOT伝説は一巻の終わりか、と思われたんですが、ところがどっこい、これをきっかけに、いるのかいないのか、決着をつけようじゃないか、って、いままた盛り上がっているそうです。
ことしの秋、9月には、世界各地から300人もの研究者が集まって、国際シンポジウムが開催されますが、これって「BIG FOOT実在」の可能性をさぐる目的で開かれるんだそうです。
BIG FOOT伝説は死なず。
それにしても、猿人ってほんとうにいるんでしょうか?
(2003/5/20) (96)
「ツール・ド・アフリカ」って、知ってますか?
「ツール・ダフリーク」――ご存知ですか? フランス語です。リエゾンを解除して、英語読みに直すと、「ツール・ド・アフリカ」。
もう。おわかりですよね。あの「ツール・ド・フランス」のアフリカ版です。
ツール・ド・フランスのように、ちゃんとした道路を走るわけではありません。アフリカ大陸の道なき道あの「パリ・ダカ」の自転車版、といったら、イメージをつかみやすいかも知れません。
ぼくも知りませんでした。こんな自転車レースがあるだなんて。
実は、この前の土曜日――17日にゴールインしたんです。アフリカ大陸の南端、南アフリカのケープツンのビーチに。
それがニュースになって流れて知ったんです。
スタート地点は、アフリカの北端、エジプトの首都、カイロ郊外のギザのピラミッド。
そこを1月18日に出発して、一路、南下の旅に出た。それから、4ヵ月かけて、ようやくゴールインしたわけです。
ことしが第一回。それもあって、知られていないわけです、この日本では。
「ツール・ダフリーク」……文字通り、史上、「最も苛酷な自転車レース」(英国の専門誌による表現)が、アフリカをフィールドに繰り広げられたわけです。
企画したのは、カナダ人のエンジニア、ヘンリー・ゴールドさん。
10年前から準備を始め、ようやく開催に漕ぎ着けたんだそうです。
「ツール・ド・フランス」は、3週間の競技日程、3350キロの競技行程ですが、アフリカを縦断するとなると、距離的には3倍の11000キロもあり、日程的には道路状態の悪さから、3倍どころか、5倍はかかる、という、超ハードなレースにならざるを得ませんが、インターネットで募集したところ、世界各地から33人の健脚自慢がエントリーし、実現しました。
最高齢は、63歳のアメリカ人男性。女性も2人、入った、男女混合レースになりました。2人の女性のうち、ひとりは62歳で、参加者中、2番目の高齢。もうひとりは26歳でした。
で、このうち、何人が無事、全行程を走り通したか?
ピラミッド前を元気に出発した33人のうち、途中で棄権したのは、たった2人だけ。1人は転倒による負傷リタイアでしたが、もう1人はアメリカの自分の家が嵐の被害にあって、急遽、戻ることになった人だそうです。
ということは、脱落は実質1人だけ、ということですね。
コースはアル・シンベル宮殿を横目にみてス-ダンに入り、青ナイル川沿いを遡って、マラウィ湖に至り、ジンバブエからボツワナに入ってカラハリ砂漠をよぎり、南アフリカを目指す、8カ国縦断の旅。
最大の敵なやはり暑さで、摂氏50度以上の猛暑を駆け抜けるので、脱水症状になる選手が続出したそうです。
さすがに、ライオンやチータに追っかけまわされるようなことはなかったらしいですけど。
レースの公式HPには、各行程のスナップ写真や選手たちの手記が掲載されていて、読んでいて楽しいですし、アフリカのことがよくわかって、ためになりますね。
実は、「ツール・ド・アフリカ」を企画したゴールドさんたちの、もうひとつの狙いは、アフリカの人たちとの草の根の交流で、それが行く先々で実現した。
地元の人が自転車で先導してくれたり、土地の料理を振舞ってくれたり、さまざまな出会いと交歓があったんですね。
ちょっと残念だったのは、日本人の参加が一人もなかったこと。来年もまたあるらしいですから、ぜひ、誰かに出場してもらって、HPを通じて、日本のわれわれに「現地報告」を届けてもらいたいですね。
日本の学校の先生が参加して、こどもたちのためにHPで、アフリカのことを現場からレポートしたら、たいへんな国際交流教育になります。
先生を、「ツール・ド・アフリカ」に、「出張」扱いで参加させる、そんな太っ腹の教育委員会がひとつ出てきても、よさそうですよね。
(2003/5/12) (95)
エビ養殖 過当競争時代に
エビ。日本人が大好きなエビ。刺身に天麩羅にフライに……どんな食べ方でもおいしいエビ。
それが世界的な過剰生産、過当競争の時代に入っている。
きょうは、そんな話題をお伝えしたいと思います。
エビの養殖大国といえば、タイです。エビでタイ(鯛)を釣る、ならぬ、タイでエビを獲る。
そのタイには、CPグループという、世界最大のエビ養殖企業があって、世界各地へ輸出しています。ヨーロッパやアメリカにも。そう、エビ好きは日本人だけではないのですね。
タイではマングローブの森や湿地帯が「エビ池」にどんどん変わっていって、環境破壊を引き起こしている、という古くて新しい問題があります。
先進国のわれわれにも問題がある、といえばあります。現地のことなんか、気にしないで、うまい、うまいって食べているわけですから。
そのエビの養殖大国、タイで、いま異変が起きているんだそうです。
ひとつは価格破壊です。世界的な過剰生産で、卸値が急降下し、1ポンド(453.6グラム)あたり5ドルって値段。
これは1年前より50%以上も安い値段だそうです。
どうしてこうなったか?
ひとつは中国、ベトナムが超安値で世界のマーケットに殴りこみをかけている。そのほか、インドやマレーシアなども、養殖戦線に参戦し、グローバルな価格競争が展開しているわけです。
とくに中国の躍進が著しい。昨年はタイを抜いて、世界1の座についてしまいました。
で、世界的にどのくらい、エビが養殖生産されているかというと、昨年(2002年)時点で、年間150万トン。1990年の60万トンから、2.5倍増というのびです。
これでは値段がさがるわけです。
もうひとつ、タイで問題になっているのは、ウイルスによる病気の広がりです。
それで、台湾の二の舞になってしまうかも知れないという不安も高まっている。台湾では1980年代後半に病気の蔓延で、エビ養殖事業が壊滅的な打撃をうけたんです。
とくにブラックタイガーというエビがウイルスに弱いので、ホワイト・シュリンプという種類に切り替えて、危機を乗り切る動きも出ているそうです。
室内養殖という新技術で、年間5回、水揚げする(池の場合は2回)する方向にも進んでいる。
そんなこんなで、タイ現地では必死の生き残りのための取り組みが続いているそうです。
タイではこのように「守りの戦い」になっているわけですが、バングラデシュやフィリピンなど、エビ生産後進国では「押せ押せ」の生産拡大が続いている。
国連の「世界遺産」に指定されたようなマングローブの森にブルドーザーが入っており、環境保護団体は警告を発しています。
安くておいしいエビ。
これって少々考えものなのかも知れません。
「エビとタイで学ぶ」
日本の子どもたちってエビが好きですから、総合学習のテーマにして、研究してみたらいいと思いますね。
(2003/5/6) (94)
対イラク戦で場外乱闘 米仏ワイン戦争、勃発
イラク戦争の「場外乱闘」といったらよいのでしょうか? 米軍の圧勝で終わった「第二次湾岸戦争」が思いがけないところに、飛び火しています。
「乱闘」というと、盛り場などで酔っ払いがらみで起きがちですが、この「場外乱闘」も、お酒がらみ。
実際の戦闘は終結したのに、こちらの戦いはこんごさらに続きそうです。
どんな「酒」にからんだ戦争か、というと、これが「ワイン戦争」なんです。
そう、ぶどう酒のワイン。赤と白。別に赤勝て、白勝てと、運動会の引きをしているわけではありません。
ワインといえばフランス。そのワインの本場と、アメリカがワイン片手に戦っている。
「米仏ワイン戦争」が、「イラク戦争」の場外戦で、静かに、熾烈に戦われています。
しかけたのは、ここでも米側です。
「アデュー(さよなら)、フレンチ・ワイン」とばかりに、一方的に絶縁状を突きつける動きが広がっているのです。
たとえば、アメリカ・南部、ジョージア。
そう、あの「ジョージア・オン・マイ・マインド」のジョージア州アトランタで、こういうイベントが行われました。
アトランタを流れる川に、市民たちが、フランス・ワインをつぎつぎに流し込んだんです。
「ドブ」ならぬ、「川」に「ボルドー」を投げ捨てた。
もったいないことをするものです。
別に魚たちに「ボルドー」を飲ませたかったわけではありません。「フランスのワインなんか飲んでやるものか」のパフォーマンスだったわけです。
こういうことが、アメリカの各地で起きている。それも、酒屋さんが率先して、ワイン棚から売り物を下ろし、ハンマーで割って見せたりしているそうです。
別にワインだからといって、見境なく、廃棄しているわけではありません。イタリアとかスペイン・ワインなどについては、攻撃のターゲットにしていません。あくまでも、フレンチ、フランス・ワインなわけです。
なぜ、フランス・ワイン、なのか?
今回の「イラク戦争」に、フランスが「ノン」を言ったからなんです。シラク大統領以下、フランスの指導者が、国連主導の話し合い解決にこだわり、アメリカの足を引っ張った。それで、アメリカ人(の一部)が、アタマにきてるんですね。
それで、フランス・ワイン排撃運動が広がっている。
ニューヨークのワイン輸入業者によると、フランス・ワインのアメリカ国内のセールスは、すでに5%弱、落ち込んでいるんだそうです。
とくに、ボルドー産の高級ワインに対する「ワイン離れ」が大きい。
シャトー・ムートン、とか、ラフィティといった、超高級銘柄が忌避されているそうです。
こういうのって、ニューヨークの高級レストランのワイン・リストに載っているやつですが、いまなら、「あっ、これ、フランスだから、やめよっ」って、いえるわけ。見栄を張らずにすむわけで、それで売れ行きが落ちているのかも知れません。
下種のかんぐりが過ぎたかなぁ?
ボルドー産のワインの値崩れ傾向も出てきているそうです。2000年産のボルドーだと、実際の生産年の2年間から、1ケース(12本)あたり、2000ドル以上の高値がついていたそうですが、これからつくるやつは、20%、ぐらいの安値になるんじゃないか、って観測もあるそうです。
米仏ワイン戦争が激化すれば、日本でもフランス・ワインの値段が下がる?……ワイン党のひとりとして、アメリカの人たちには、もっとがんばってほしいものですね。
値段を下げて「勝利の美酒を」。
えっ、お前たち、日本人はフランス・ワインを飲むのか、って?
当然です、わたしたちはそこまで米国追随はいたしません。