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これは、雑誌にインタビュー形式で紹介された記事に加筆して再録したものです。石井動物病院の仕事の内容と、酪農や獣医療に対する院長の考えなどが読みとれると思います。 獣医師とは、動物の診療を通して、人間社会に貢献する役割を持った人のことです。 人と動物が接する場所に、獣医師はいます。 |
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動物、ひと、そして獣医師の役割
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牛の手術。個体の治療が獣医師の重要な仕事のひとつであることに変わりはありません。 |
動物の福祉と生産性の向上 ――まずお仕事の内容から教えてください。 専門は乳牛です。獣医師と言うと「動物の病気や怪我を治療する」という仕事を想像されると思いますが、私たちの場合は牛たちが病気にならないように、農場を定期的に訪問して健康診断を行い、エサや飼い方についてのアドバイスを行うという仕事をしています。牛に健康になってもらって、おいしくて安全な牛乳をたくさん出してもらおうということです。 ――プロダクション・メディスンとは? 直訳すると生産獣医療というのですが、牛に健康になってもらって、より生産性を上げようということです。乳牛の場合は、おいしくて安全な牛乳をたくさん出してもらおうということですね。 ――たくさんお乳を搾るということは、牛たちに無理をさせてしまうことにな らないのですか? その質問はよく受けます。ここはすごく重要なことなのでぜひ理解していただきたいのですが、劣悪な環境で飼われている痩せ細った牛では、生産は上がりません。ストレスのない快適な環境で、バランスのとれたエサをたっぷり食べている牛こそが、よりたくさんのお乳を出してくれるのです。一般の人からは逆説的に聞こえるかもしれませんが、乳牛の福祉と生産性の向上は両立するのです。 ――なるほど、よく分かりました。 |
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*アメリカの先生はよく、酪農はビジネスであってライフスタイルではないといいます。でも、 100%ビジネスだけで酪農をやっている日本の人は少ないと思います。皆、 牛飼いという生き方が好きで、誇りを持って酪農をやっています。そういう価値観を大切にできるか、その人が本当に求めているのは何かを理解するところが大切なのかもしれません。
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動物を良くするために人の説得
乳量や乳質が良くなかったり、病気や事故が発生したり、なかなか妊娠して くれないといった問題がある場合は、原因を追及し、解決のために何をすればよいか考えます。原因はひとつではなく、たいてい複合しているので、解決まで時間のかかることも結構あります。また、自分が獣医師として農家さんから信頼を得ていなければ、アドバイスしても実行してもらえません。自分の提案したことが、面倒なことだったり、お金のかかることであったりすると、一時取り組んだとしても長続きしません。いくら理想的な管理プログラムがあろうとも、それを現場で実行できる形にして提案しなければ絵に描いた餅で終わっ てしまいます。その人が本気で取り組むように、仕向けて行かなくてはならないのです。そのために、知識や理論で説得したり、データを示してうまくいく (儲かる)ということを強調したりします。しかし、人は理屈やお金ではなか なかやる気が出ません。最後に必要なのは愛*です(笑)。牛に直接注射するだけでは済まないところに、この仕事の難しさと面白さがあると思っています。また、このことは牛だけでなくて他の動物でも言えることです。人間の飼い方がよくないために動物を病気にしてしまっている事って結構あるものです。 |
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搾乳場。消費者の安全の対するニーズの高まりから、衛生にも投資をしなくてはならなくなりました。 動物に直接注射するだけでは済まないところに、この仕事の難しさと面白さがあると思っています。 |
雇用の問題 今、酪農家が抱えている最大の問題点は、「時間的余裕のないこと」だと思っています。農産物自由化の波は乳価や仔牛価格の下落という形で、酪農家に経営規模の拡大や効率化によるコストダウンを強いてきました。これまでぎ りぎりの労働力で規模拡大してきたため、慢性的に人手不足なのです。問題解決のための良い案が頭に浮かんでも、1日十数時間労働している農家さんに対 し、これ以上何かをやってくれとはなかなか言えません。そこで、雇用をどうするのかという問題が出てきます。「自分に人を雇う能力があるのだろうか?」と悩むのです。私は、能力云々ではなく、好きか嫌いかで判断したらどうかと言っています。若い人とお話しするのが好きか、楽しいと思えるか? ということです。 従業員を雇ったら、今度は教育という問題が出てきます。「牛は機械でなく生き物なのだから、優しく、ストレスを与えないように扱ってください。」 「あなた達は食品を製造しているのだから、衛生には気を配ってください。」 といったことを教えていかなければなりません。この部分でも、従業員の方と毎月ミーティングを行うなどして、私たちが積極的に関わっています。従業員さんたちの質が高まることで、牛がより健康になり、生産が向上するのですから、これはもう立派な獣医学の一分野です。実際にアメリカなどでは従業員教育のノウハウについての議論が、盛んに獣医師の間で行われています。 |
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ダルメシアンじゃないよ |
夢のある診療車 ――話は変わりますが、キャンピングカーで農場に行かれるそうですね。 農場が遠方なので、以前はビジネスホテルなどに泊まっていました。女房も獣医師で、最初の子供が産まれたときに、家族一緒に診療に回ろうと思って買いました。さすがに二人目ができてからは淋しく一人旅になってしまいました。朝が弱いので、農家の庭先に駐車して寝ています。寝坊すると、農家さんが起こしてくれます(笑)。 ――白黒の模様が良いですね 。 町中では目立って恥ずかしいのですが、乳牛に携わる誇りというか喜びというか。それから、これは北海道のある先輩獣医師の言葉ですが、「牛柄の診療車には夢がある」のだそうです。確かに子供には絶大な人気があります。「夢を与える獣医師」を目指していますので、まず車からです。 |
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総頭数1万8000頭という |
憧れの獣医さんがくれた夢 ――アメリカで勉強されたと聞きましたが。 かなり早いうちから牛の獣医になろうと決めていましたので、日本の大学を卒業してすぐに渡米し、牧場で3年ほど働きました。総頭数1万8千頭という巨大な牧場でしたので、毎日20頭前後のお産があります。夜勤の時に私の手に負えない難産があると、いつも来てくれた憧れの獣医さんがいたのです。身長180センチくらいでスタイルの良い、まるでモデルのような若い女性の獣医さんで、いつもジーンズとウエスタンブーツをはいて、シェビーのピックアップトラックを改造した診療車で登場するのです。そして、「私、ホントは犬猫が専門なんだけど、診療所で一番新米だから夜間の緊急は当番で回ってくるのよね。」などと言いながら、ササッと帝王切開をやってしまうのです。私はいつも手術を手伝いながら、その先生の美しさと、技術の高さに惚れ惚れしていました。専門外で、しかも新米の先生がこんなにテキパキと牛の帝王切開ができてしまうなんて、それだけでアメリカの獣医師のクオリティの高さがうかがえます。それと同時に、牛さえ診ることができればいいと思っていた自分が、獣医師としてどれだけ狭い考えに陥っていたかを知らされたのです。その先生の勤務していた診療所は4人のチームで、一人一人が複数の専門分野を持っており、大家畜から小動物までをカバーしながら、高い技術レベルを維持していました。そんな診療所を持つことが、現在の私の夢になっています。現在は一ヶ月の内 20日間ほど乳牛の仕事をやり、残りは犬猫などの小動物の診療をしています。 |
| 大動物は人のお腹を満たし、小動物は人の心を満たしてくれる。それに対し、 野生動物は未来の子孫へ残す美しく豊かな自然環境につながる。考えように よっては最も重要な獣医学の分野といえるかもしれません。 | 野生動物は子孫への糧 ――野生動物にも興味がおありと聞きましたが。 女房の専門が野生動物だったので影響されました。野生動物学会にも連れて行かれまして、それ以来毎年参加しています。大学の時、尊敬する内科の教授がこのような言葉を私たちにくれました。 「大動物は体の糧、小動物は心の糧」 牛や豚などの産業動物は、乳や肉として私たち人間の体の糧となってくれる。また、犬や猫などの愛玩動物、伴侶動物は、私たち人間の心の糧となってくれる。獣医師の社会的意義を、短い言葉の中に凝縮した名言です。私はここにこう付け足したいと思います。 「野生動物は子孫への糧」 環境や生態系の変化に弱い野生動物は、人類がどれだけ地球を傷つけたかの指標となってくれます。美しく豊かな自然環境を、自分の子供たちに残してやりたい、誰もがそう思うのではないでしょうか。多様な生物それ自体も、未来の子孫たちへの贈り物です。野生動物を研究することは、動物のためでも地球のためでもない、私たち人類の未来のために必要なことだと考えます。 ただ、獣医師の中にさえ、このように思ってくれない方が多いのが残念です。大変なお仕事に携わっておられる先生方のバックアップのためにも、野生動物医学の意義というものを周囲に発信するよう努めています 。 |
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ママー、この牛も診てー |
新分野で女性獣医師の活躍 ――獣医師、と一口で言っても、いろんなお仕事があるのですね。 獣医学というのは比較的新しい学問です。日本では、大国主命が因幡の白ウサギを治療したところから始まっていますが、その後停滞して第一次大戦ごろの軍馬の治療まで待たなければなりません。その後、牛や豚などの産業動物から、犬猫などの小動物へとシフトしてきました。また専門細分化して深く掘り下げるようになりました。それと同時に、伴侶動物の問題行動治療や、私のやっている生産獣医療分野など、獣医師がより広い範囲をカバーするようになってきました。このように、獣医療というのは石に刻まれたものではなく、時代の要請に合わせてどんどん変化し、広がって行くものだと思います。 ――問題行動治療とは何ですか? 人とともに社会生活を営む上で障害となる、吠える、噛みつくといった行動について、いかに対処していくかということです。具体的には、基本的な飼い方から、動物との接し方、しつけや訓練について、飼い主さんにアドバイスを行います。この領域で活躍されている先生は女性が多いですね。行動学に限らず、野生動物や農場の従業員教育にしても、新しい獣医学の領域では女性獣医師の活躍が目立ちます。 |
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おじさん、今日もウンコ取りするの?
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子供たちに命の大切さを教える
学校飼育動物と酪農教育ファーム 獣医師という職業のポテンシャルとして、子供たちに命の大切さを感じてもらえるような活動ができれば良いなと思っています。具体的には、学校飼育動物に積極的に関わっていく活動。また、「酪農教育ファーム」というのですが、牧場に子供たちを招いて、「農」の体験、つまり、自然や生き物がいかに自分の命とつながっているかを知ってもらう活動などが各地で取り組まれています。 ――いろんな分野があって、興味は尽きないですね。 興味があるばかりで、活動はこれといってしていないんですけどね。本業である牛の診療がおろそかにならないように、スタッフをそろえて、徐々に取り組んでいきたいと思っています。 |