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生き物に100%はない。
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先日W牧場で、人工授精の練習のために子宮を食肉検査所からもらってきて、それで頚管を通す練習をしようという相談をしていたとき、S君からこんな話を聞きました。 それで、F県K牧場での数年前の出来事をみんなにお話ししました。41日の妊娠鑑定だったのですが、子宮の収縮が強くて、小さな黄体と立派な卵胞がありました。私は空胎で発情と診断して人工授精をしようと言いました。K牧場には繁殖を得意とされる開業獣医師のI先生(動臨研の山根先生の一級下という大ベテランです)が来ておられるのですが、その日もたまたま行き会って、「どれどれ、では私が授精をしましょう」と、みてくれました。I先生は腟鏡を使うのですが、「腟鏡で見るとどうも外口部が開いていない。卵胞とは別に黄体もあるようだ。PGを投与して発情誘起をしてみては?」という意見でした。私はなるほどそれが正しいかも知れないと思いましたが、2人の意見が分かれたので、様子観察として何もしませんでした。そして後日の検診で、実はこの牛はこの時点できっちり41日で妊娠していたことが分かったのです。 ちょうど2周期目では、羊水(厳密に言うと尿膜腔液)が少なくて収縮が強いと鑑定できないことがあります。そのため、より慎重に診るように努めていますが、このときは外してしまいショックでした。しかし私だけでなくてI先生にも分からなかったのですから、本当に診断の難しい、まれな例だったと思います(言い訳モード)。妊娠していても発情兆候を示す個体はたくさんいます。黄体ホルモンのレベルが低いと、卵胞波を抑えきれずにエストロジェンの影響を受けてしまうのでしょう。尿膜腔液の量は個体差が大きいので、極端に少ない場合、妊娠鑑定は難しくなります。その上、エストロジェンのせいで子宮が強く収縮していると、さらに困難になります。私の感覚では、妊娠日齢30日では、子宮のアンシンメトリーと波動感、しかも大きい側に黄体があるということで「たぶんついているでしょう」とは8割程度のもので言えると思います。しかし30日で安全に素早く羊膜嚢の触診をして、妊娠の確定ができるのは、全体の2割程度だと思います。33日で6割くらい、35日で8割くらいです。38日を越せばほぼ100%診断できます。しかし、この症例のように41日でも確定診断の難しいものが、確率は小さいけれども、まれにいるということです。 このように、動物にはすべて「個体差」というものがあります。生き物を相手に100%ということはありません。100%と言ってしまうのは科学的態度ではありません。妊娠時の子宮の大きさ(尿膜腔液の量)も、ある平均値を中心に正規分布を描くと考えて良いでしょう。尿膜腔液の量が少なければ30日で妊娠鑑定するのは無理です。獣医師がいくら訓練しようとも、できないものはできないのです。直腸検査という診断方法の限界であると考えるべきです。自分の力量と、技術的限界、この2つを熟知した者にしかその技術を使いこなすことはできないと思います。なんのために妊娠鑑定をしているのかよく考えて、妊娠牛にPGを投与したり食肉送りにしたりすることのないように、安全のマージンを取りつつ、なおかつ効率の落ちることのないよう最善を尽くすべきと思います。 蛇足ですが、早期流産は一定の確率で必ず起こります。エコーや直検でせっかく早期鑑定しても、良くインフォームドしておかないと、その後流産した場合、「誤診」とか「流産させられた」などとも受けとられかねません。再鑑定も必要でしょう。それから、冒頭の米国獣医師の話ですが、彼らは本当に優秀です。ただ、優秀な中にも、ベテランから駆け出しまでいろんな先生がおります。視野の広い人から思いこみの激しい人までいろんな方がおられると思います。また、牛は産業動物である以上、経済的に見合わないと判断したら、たとえ妊娠牛でも出荷されることもあります。特に米国の企業的な大規模農場の場合は、そんな傾向が強くなるかも知れません。 2003.12.15. Kazunori Ishii D.V.M. |