BSEパニック総括
BSEに端を発した、マスコミの近代畜産に対する攻撃に対して、このHP上でいくつか拙文を書いてきましたが、少々尻切れの感がありますので、一旦総括したいと思います。
日本人のリスクに対する反応の特徴
日本人は社会問題に対し、最近とみに過剰に反応するように思われます。これは、自分勝手で自己の権利ばかり主張する大人が増えてきたことと無関係ではないと思います。農業、工業、サービス業、我々の日常どこをとってもいろんな産業の成果や恩恵があふれています。これらの便利さや快適さを当然のことと享受している現代人は、感謝の心も、それらの裏にあるリスクのことも忘れているのです。しつこいようですが、世の中に100%のことなどありません。しかし、この人たちにとって「100%安全であること」は自分が受けられる当然の権利なのです。過剰反応するわけは、100%安全ではないと分かると自己の権利が侵害されたと感じるからでしょう。

費用対効果の低い税金の投入
100%ではないにせよ、我々が現在手に入れることのできる食料は、99.9999%以上の確率で安全なものばかりです。2001年以前にはBSEの安全対策が何もありませんでしたが、日本人がvCJDに罹患する確率は、1億2千万人中0.04人でした。すなわち、vCJDが発生する可能性はなかったのです。食肉から特定危険部位を除去するだけで、この人数はさらに減って、0.0004人になります。アメリカの対策はここまでです。EUではさらに30ヶ月以上の牛の全頭検査を行っています。日本はこの上に、莫大な費用をかけ全年齢の牛の全頭検査を行っていますので、vCJDの発生する確率は0.0004→0.0003人に減ります*。100億円投入して、たったこれだけの効果しかありません。しかもこんなことをやっているのは世界中で日本だけなのです。「安全と安心は違う。安心が得られたのであるから続けるべきである。」このような主張をよく聞きますが、消費者の情緒的・非科学的エゴに迎合して得られるものが、真の安心だと言うのでしょうか。全頭検査だけでなく、耳票の装着、番号の登録、カルテの保存、病牛への診断書添付など、これまた費用対効果の低いと思われる事務作業が増え、ただでさえ人手不足の現場では大きな負担となっています。現場の混乱を見ていると、全国の末端の農家ですべて正しく事務が行われているのかにも疑問を感じます。魚粉や何も関係がないと思われるプロピレングリコールまでもが禁止の対象となり、ご丁寧に死亡牛の全頭検査まで行い、費用はすべて生産費に上乗せされています。米国産牛肉を解禁するなら、これら効果の低い対策はすべて取りやめにして欲しいものです。


マスコミに公共心はない
新聞記者を辞めて酪農場で働いている人と、最近知り合いになりましたが、その人は「マスコミに公共心はない」と言明しておられました。新聞、テレビ、雑誌を問わず、メディアは総じて、国民の「食品の安全性への不安」を煽ることによって売り上げを伸ばそうとしています。第四の権力といわれる程までの影響力を身につけたのですから、少しの正義感や公共心は期待したいものです。一人一人の記者の中には理想があるのでしょうが、組織に埋没してしまうとその理想を貫くのは難しいと言うことでしょうか。

勘違いの正義感
また、勘違いの正義感ということもあるでしょう。理想を貫いているつもり、世直しのつもりが、全くのボタンの掛け違いで、まじめにこつこつやってきた農家に打撃を与えるだけの結果となってしまう。最もよい例が「カイワレ騒動」や「所沢ダイオキシン問題**」です。あるカイワレ農家曰く、「十数年かけて築いてきた市場が一瞬にして破壊された。」
新聞やテレビの獣医畜産関連の報道や特集には、いつも違和感がつきまといます。「うーん、つっこみが甘いなあ」というものから、「ちょっと違うけど、まあいいか」「まるで分かってない」「いかん、これは抗議だ!」というものまで、程度の差はありますが、正しい知識を報道していると思われることはほとんどありません。どんな綿密な取材をしようとも、切り取り方、構成、表現のしかたによってどのようにも作り変えることができます。つまり制作者の理解が低ければ、その程度の報道にとどまるでしょうし、もし作為的なら制作者の意図が大きく反映されてしまいます。自分の専門分野以外のことではみんな素人です。記者や制作者の方々は、報道や文章を書く、番組を作るということに関してはプロでしょうが、それ以外の分野では素人です。もしかして、新聞やテレビで表現されているすべてのことが、それぞれの分野の専門家から見ると皆このレベルなのかと思うとぞっとします。毎日ありがたく、世の中のことを知るためにと見ている新聞やテレビの内容が、すべて、一旦、記者という名の素人さんのフィルターを通して勘違いされたものなのかも知れません。

マスコミのいじめ体質
BSEパニックでは、過熱した報道の末、自殺者まで出しました。「BSEで牛肉は危ない! 今の日本の畜産は危険だ! 大規模酪農は反自然的でダメだ! 牛肉の偽装表示、許せない! 国民をバカにしている! 養鶏場の病気隠し、許せない! あんな社長はどんどん叩いてやれ!」 A農産の会長を自殺に追い込んだことに関して、マスコミ各社は確信犯的だったと感じるのは私だけでしょうか。異常なまでのバッシングでした。まるで、不貞を働いた女性に群集が石を投げつけているかのようでした。「こいつは、いじめてもいい。絶対的な悪人である。」となったら、どんどん叩く。これをマスコミの「いじめ体質」と呼ばずして何と呼ぶのでしょう。同じ事が今、三菱ふそうに向けて行われています***。悪代官と悪の越後屋を斬る、時代劇のヒーロー気取りです。この手の人種の方々は、「自分たちは絶対的に正しく目的が崇高である」から、それを訴えるためなら「手段は多少道から外れていてもいい。少々の誇張や嘘は許される。」と思っているフシがあります。メッセージがいくら正しくても、嘘やだましはいけないし、誇張にも限度があります。有名な朝日新聞の珊瑚事件は、教訓になっていないのでしょうか。正しい道を示すためなら手段は多少手荒でもいいと思っているとしたら、それはカルト宗教かテロ組織です。もちろん、薬害エイズ事件や北朝鮮拉致問題でマスコミが果たした役割は大変大きかったと思います。被害者の味方となって、より大きなものには挑んでいただきたい。しかし、被害者の味方のふりをして、大騒ぎして、結果日本の貴重な産業を破壊したり自殺者を出したりすることは許されません。マスコミの皆様にお願いしたいことは、少なくとも、紳士的にやって欲しいと言うことです。言葉遣いを丁寧に。建設的に。ナポレオン・ヒルという人の言葉に、「新たに作り上げる覚悟がないのなら、何も壊してはいけません。」というのがあります。東に悪い奴がいれば行って叩き壊し、西にいれば行って叩き壊す。そんなことをやっていると日本は廃墟になってしまいます。

踊らされるな!少なくとも自分の専門分野では。
獣医畜産関連の方々に申し上げたいことは、メディアとはそういうものだということを肝に銘じ、少なくとも自分の専門分野では、「踊らされない」ということを心がけようということです。週刊誌に「犬猫病院はボッタクリ」と書いてあっても「牛肉は危ない」「鶏肉は危ない」とテレビで報道していても、騒がない。情報を再発信して拡大させるのはもってのほか、否定しようと躍起になっても騒ぎが大きくなってマスコミの思うつぼです。一般の人から「そうなんですか?」と聞かれたら、「そんなことないですよ、それはね・・・」と冷静に明解に科学的に説明してあげる。そのために日頃から、リスクコミュニケーションや騒ぎになっている事柄の科学的背景について勉強しておく。そのようなスタンスが良いと思います。

アピールする力
獣医畜産関連の各団体の幹部クラスの方々に提案したいことは、そのような報道を手をこまねいて見ているだけではなくて、逆にマスコミを利用してでも、自分たちの言いたいことを訴える「したたかさ」を身につけて欲しいということです。乳価や会費から広告宣伝費を取っているのですから、「マスコミ対策室」を作って窓口とし、優秀な人材をおき、CIAばりの情報収集と調査分析を行い、ことが起こったらタイミングを見計らって情報を流し世論を味方に付ける。「まじめにこつこついい物を作っていればよい、いつか認められる。」なんてのんきに構えていると、マスコミの理不尽な攻撃で潰滅させられてしまいますよ。いい物を作るのは当然のこととして、そのことを広く世の中にアピールする力がこれからは必要です。

2004/07/17 Kazunori Ishii D.V.M.

*唐木英明先生が獣医師会雑誌の7月号に書かれていた論説によります。
**ここで問題にしているのは、事実の確認という報道の最も基本的なことをないがしろにし、センセーショナルな報道をしたニュースステーションの姿勢です。汚染元や、汚染を放置した行政の不作為を弁護する意図はありません。
***これも同じで、記者会見で三菱ふそうの幹部に罵声を浴びせる記者の態度など、破壊的で見苦しいメディアの姿勢を問題としており、三菱側の犯罪を弁護する意図は一切ありません。