効率的な酪農を否定する風潮を危惧する
(産経新聞への抗議)

 3月26日の産経新聞の社会面に、「食肉パニック」の第2回として、「BSE/ある畜産農家の死」と題した記事が載りました。
 記事ではまず、ある農家が自殺したことを伝え、「BSE騒動が引き金になったことは間違いない。」とし、自殺者を出すまでのパニックを引き起こした原因は、「『牛肉を食べるとBSEに感染するかも知れない』という不安が広がったため」と分析しています。「だが、政府はそんな消費者心理をつかめなかった。」焼肉パフォーマンスの失敗、遅い対応、見解の二転三転などを繰り返し、極めつけは「『感染牛は焼却処分した』と発表した3日後に『実は肉骨粉に加工されていた』と訂正したこと」で、事態を収拾させるどころか、消費者の不安を増大させた、政府の対応のまずさについて述べています。
 ここからが問題なのですが、こう書かれています。「その後も、農水省が英国産肉骨粉の輸入禁止や牛への使用自粛を通知した平成8年以降も、多くの酪農家が牛への給与を続けていたことが判明。にもかかわらず、同省がすべての肉骨粉の輸入と国内産の製造販売の一時停止を決めたのは10月1日だった。」
 最後に、82歳の酪農家の意見で締めくくられています。少々長いですが引用します。
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 「BSE騒動で私たち酪農家が受けた被害は計り知れない。だが、私たちが反省しなければいけないことも少なくない」。北海道○○町の酪農家、○○○○さん(82)はこう話し首を振った。
 酪農家たちが草食動物である牛に肉骨粉を与えたのは、少しでも多くの牛乳を搾るためにタンパク質やカルシウムを効率よく与えるためだった。
 もともとは大豆かすなどを使っていたが、コスト高だった。代わって魚粉が使われたが、十年ほど前に高騰し、酪農家は安くて効果の高い肉骨粉に飛びついた。「農協も盛んに薦めてきた」とある農家はうち明ける。
 肉骨粉だけが原因ではないが、一頭あたりの年間乳量3000リットル前後だった30年前に比べ3〜4倍に増加した。一方で、搾乳期間は4〜5年とかつての半分になったが、その方が廃乳牛として肉用に出荷した際の価格が高く、トータルでのもうけは増大した。
 だが、○○さんはこう分析する。
 「牛は機械じゃない。BSE騒動は、農業を工業と取り違えた現在の酪農家への厳しいしっぺ返しだったのではないでしょうか。」
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このように、金儲けのため工業のように効率を追求し、安易に肉骨粉の給与を行った、と酪農家を批判する内容になっています。
 しかしこれは、全く事実と違う、私たち専門家から見ればまことに乱暴な一方的な決めつけです。「不適切な肉骨粉の使用を行った一部酪農家の責任」として全責任を生産者に押しつけようとする農水省の主張とも一致します。また、このような論調は今に始まったことでなく、BSE発生直後から業界の内外を問わずいろんなところで発表されてきたと思います。それらに共通するのは、
「効率を追求した酪農家も悪い。昔の非効率な酪農に戻るべきだ。」
と主張する点です。私はとうていこの意見には同意できません。この稿では、この記事をお借りして、問題点を整理しながら、数ある誤解を解く努力をしてみたいと思います。
1.酪農において、生産性の追求は悪?
 まず、最も理解していただきたい、基本的で大切なことは「健康な牛がお乳をたくさん出してくれる」ということです。
 乳とは本来、母が子に与えるものです。劣悪な状況に置かれた病気の牛から、大量の乳を搾り取ることなどできません。清潔で快適で落ち着いた環境にいて、おいしくて栄養のあるものをたっぷり食べている、健康な牛がお乳をたくさん出してくれます。つまり「生産性の向上」=「牛をより健康に快適にしてやること」なのです。乳牛においては生産性と福祉が両立すると言い換えることもできます。
 「医食同源」の言葉通り、牛の場合も適正な飼料給与が健康の要です。泌乳量に見合った量の飼料を、栄養のバランスを考えて給与することが「牛の健康=生産性」にとって最も重要です。逆に言うと、もしここに心ない酪農家がいて「儲かりさえすれば牛が不健康になってもいいや」と考え、肉骨粉を大量に与えたとしても、栄養のバランスが崩れて牛は病気になり、乳量は減って儲かるどころか損をすることでしょう。もちろん酪農家は常識としてこのことを知っていますから、こんなバカなことをする人はいません。
 高泌乳の実現は記事にあるような簡単なものではなく、上述のように、栄養のバランスを取り、環境衛生に気を配り、牛の快適性を追求して初めて実現できるものです。やる気のある酪農家はこれをめざし、日々涙ぐましい努力をしています。経営を改善しようという努力は事業者の自由意志のはずです。しかも動物の福祉に反していないなら、とやかく言われる筋合いのものではありません。酪農家の努力を知ろうともせず、偏った意見を鵜呑みにし、「酪農における経営努力は動物の福祉に反するからするべきでない」とでもいうような根拠のない情緒的な意見を垂れ流しにするとは、報道機関としての姿勢が問われるところです。
 また、一部の論調に、「放牧した牛の乳の方がおいしい」というように、非効率な酪農から生み出された牛乳に価値があるとするものがあります。しかし私は、効率に関わらず、健康な牛の乳はおいしく、そうでない牛の乳はおいしくないのだと思います。
 私が伺っている農場で一番大きいところは500頭を搾乳しており、1頭あたりの乳量も多く高効率ですが、病気も少なく10歳以上の牛もたくさんいて快適に暮らしています。消費者のイメージと違って、緑の草原でのんびり草をはんでいるわけではありませんが、科学的な手法で考えうる最高の住環境を提供されているのです。我々は決して、農業と工業を取り違えるようなことはしていません。
2.草食動物に草以外のものを与えるのは悪?
 自然界で、家畜化される以前の牛は季節繁殖動物だったと思われます。羊のように春に分娩するのです。分娩すると泌乳が始まりますが、そのころには春から初夏にかけての自然の恵みが豊富にあったのです。豆科牧草の新芽など、春に成長する植物は牛にとって消化の良いセルロースと糖分、タンパク質やカルシウムを豊富に含みます。これらの栄養の助けがあって、母牛は仔牛に必要なお乳をたくさん出すことができたのです。秋、仔牛は徐々に離乳し始め、自分でエサを食べるようになります。母牛の泌乳量も減ってきます。秋の植物は再生段階にあり、イネ科牧草の種子にはでんぷんとタンパク質、豆科牧草の種子にはでんぷんとタンパク質と油脂が多く含まれます。これらの自然の恵みが、冬に向けて牛を肥えさせてくれたのです。
 牛が家畜化されて9000年といわれます。その間に通年繁殖動物となり、一年中いつでも繁殖するようになったため、例えば冬に分娩した場合は野の草だけでは栄養が足りなくなりました。また育種改良のおかげで泌乳量も増えたので、栄養の要求量が増えました。人の手によって、泌乳量に見合った、糖、でんぷん、セルロース、繊維、タンパク質、カルシウム、油脂その他をバランス良く与えることが牛の健康にとって必要となりました。
 金儲けのため草食動物である牛に草以外のものを与えていると酪農家を非難することが、いかに非科学的で根拠のないことかご理解いただけたでしょうか。
3.牛の第一胃のすばらしさを知ってください。
 牛には胃が4つあります。中でも第一胃は200リットルもある大きな発酵タンクで、この中にはたくさんの微生物が住んでいます。牛が摂取した食物を、微生物たちは分解し、自分の体のタンパク質として再合成して増殖します。この微生物が下の胃や腸に流れて行って牛の栄養になるのです。ホ乳類が持っていないセルロース分解酵素を持つ微生物も住んでいるので、草だって分解して利用できます。草だけでなく、産業の副産物として生じるいろいろなものも、おいしくいただいて、乳や肉と言った良質の動物性タンパク質に変えることができるのです。例えば、綿花を取った後の綿実、豆腐を搾った後のおから、米を取った後のワラ、ビールを搾った後の麦のかす、etc、etc。そしてもちろん魚粉も血粉も肉骨粉もおいしくいただけます。最近になって人間がやり始めたリサイクルということを、牛は何万年も前から能力として持っており、ここ数千年は人類のために尽力してくれて来たのです。たかだか15年前にBSEなんてものが発生したといって、このすばらしい特性を否定してしまうのは大変もったいないことです。問題は「飼料がBSEプリオンに汚染されていたこと」であって、特定の飼料(肉骨粉)が悪いわけではありません。ましてやそれを酪農家が牛に与えたことや、牛のこのすばらしい第一胃の特性が悪いわけでは決してありません。
4.日本の大多数の酪農家は肉骨粉を使っていない。
 記事にはこうあります。「農水省が英国産肉骨粉の輸入禁止や牛への使用自粛を通知した平成8年以降も、多くの酪農家が牛への給与を続けていたことが判明。」この書き方では、農水省が再々通達を出したにもかかわらず、酪農家はそれを無視して肉骨粉を給与し続けたかのような印象を受けます。しかし、この「通知」というのは、「諸君!」の3月号で櫻井よしこさんが指摘しているように、実際には「WHOで反芻動物への肉骨粉使用禁止勧告が決定されたので、『貴管下関係者に対し周知を図られたい』」という本文たった5行の簡単なものが各県の農政部に一度送られただけで、とうてい重要性が感じられるようなものではなかったということです。担当者の記憶にさえ残っていないという程度のもので、生産者まではまったく届かなかったのです。
 また、記事には「多くの酪農家が牛への給与を続けていた」「酪農家たちが草食動物である牛に肉骨粉を与えたのは、少しでも多くの牛乳を搾るため・・・」「安くて効果の高い肉骨粉に飛びついた」と書かれており、この表現では、大多数の酪農家が、自分の意志で、不適切な飼料給与をしたような印象を受けます。しかし調査によれば、全国3万戸の酪農家のうち、肉骨粉等の給与をしていたいわゆる「給与農家」は約160戸に過ぎないとされています。この中には、肉骨粉ではない「血粉」を給与していた農家も含まれます。また、それらを自分の意思で給与していた農家も、配合飼料等に含まれていて知らずに給与してしまった農家も含まれていると思われます。事実はこの記事から受ける印象とは全く違うのです。
 さらに、このような表現では、3戸のBSE発生農家が肉骨粉を給与していたという誤解を与えるおそれがあります。今回不幸にもBSEが発生した3戸の農場はいずれも、肉骨粉を購入していないし、与えていた事実もありません。感染ルートが未だに解明されていないのは、この3戸の農場でも、発症牛の導入元の農場でも、肉骨粉を使っていなかったからです。だから、配合飼料に混入していたんだろうか、代用乳に混入していたんだろうか、配合飼料メーカーで豚のエサを製造した後に混ざったんだろうか、いやいや魚粉に混じっていたぞと、あれこれ考えあぐねているのです。
 そもそも肉骨粉という飼料は、日本国内では使いたくても一般の酪農家は入手することさえ簡単にはできませんでした。国内でBSEが発生した後で初めて、肉骨粉という飼料の存在を知ったという酪農家もたくさんいたほどです。記事では、「(肉骨粉を)『農協も盛んに薦めてきた』とある酪農家はうち明ける。」と、さも生産性追求のために肉骨粉を買って与えましたと言う人がいるかのような書き方をしていますが、信じられません。いったいどこの農協を取材してきたのでしょう、この部分が創作なら許されないことです。もし真実であるとしても、きわめてまれなケースであって、日本中の農協がそうであったかのような書き方をすることには大きな問題があります。
5.酪農家は被害者であって加害者ではない。
 約160戸のいわゆる「給与農家」の中に、肉骨粉と知りつつ与えていた酪農家が本当にいたとしても、それは「栄養のバランス=牛の健康」と、「その結果としての生産性の向上」のために与えていたのであって、自分の牛を病気にするために与えていたのではありません。酪農家は皆、牛を我が子のように愛し、牛飼いという生き方に誇りを持ってやっています。牛たちが皆元気で生き生きとしていれば酪農家は機嫌がよいですが、病気の牛が1頭でもいると、とたんに機嫌が悪くなります。「牛の健康」は酪農家のプライドでもあるのです。少しでも健康になるよう、なおかつ生産コストが下がるように、飼料原料を吟味し、組み合わせを工夫しながら、安全だと信じて与えていたエサ。その中にBSEプリオンが混入して発病に至ったのだと仮定すれば、そんな酪農家こそ被害者です。
 報道被害もあります。今回BSEが発生した3戸の農家は、まるで犯罪者であるかのようにマスコミに取り上げられました。1戸が離農してしまったのは、奥様の精神状態を心配されたからと聞いています。誠に遺憾です。
6.効率?非効率? 日本の酪農が目指すべき道はどちら?
 私は、「放牧」に代表される非効率な酪農を否定しません。牛乳に付加価値を付け、高い乳価で販売することでその方向性を模索する動きもあります。酪農と一口で言ってもいろいろな形態があり、どれが正しいということはありません。年に数頭しか生まれないメス仔牛の誕生に家族が喜びに包まれる酪農・・・私もそんな時代に生まれたかったと思うこともあります。オーストラリアやニュージーランドのような放牧の季節酪農(春に全頭分娩させるやり方)、ヨーロッパでされているようなグリーンツーリズム(観光)を前面に出した酪農・・・。おいしくて安全で栄養価の高い牛乳を安定して供給することができ、動物の福祉が保たれ、酪農家の生計が成り立つなら、どんなやり方があってもいいと思います。また、経営的には成り立たないとしても、非効率な酪農を保存することで、国土を保全し、子供の教育に役立て、観光資源として利用できるというような価値を広くアピールし、日本の酪農を守っていこうという国民的合意を取り付けることができるか? このような実現可能性について検討することは必要だと考えます。また、食糧危機の時代が到来すれば、日本は未利用の中山間地の利用のため「放牧」を行わざるを得なくなる可能性があり、基礎研究は必要であるという意見も聞きました。産業が活性化するためには多様性も必要であるという意見もあります。いろんな方向から、日本の酪農の未来の可能性を探って行けば良いと思います。
 しかし、一部に、非効率な昔のやり方が唯一正しい酪農のあり方だと主張する人たちも残念ながらおります。もしもそれを主張するならば、日本のような放牧に適さない気候で、土地の単価も高額な状況で、どのような技術的裏付けでもってやれば成立するのかということを検討すべきなのですが、彼らはそのような科学や経済の土俵にはおりません。「自然に近い酪農がより素晴らしいのだ」という一種の信仰の世界におります。彼らは自らの正当性を主張したいために、消費者やマスコミを利用します。多頭飼育、生産性向上、高泌乳、栄養学に基づいた濃厚飼料の給与などは、消費者の持つ牧歌的なイメージに反するため、疑問視する論調はマスコミ受けするのです。BSE問題も持ち出して、それみたことかと効率的な酪農を糾弾します。エイズが世界で初めて見つかったとき、輸血を拒否する宗教団体がそれみたことかと言ったのと似ていますね。農とは、科学であり産業です。我々が飢えないために、いかに自然をコントロールし共存していくかという技術体系です。私たちは原始狩猟採集生活に戻るわけにはいきません。かといって倫理的に疑問のある技術を無批判に受け入れる必要もありません。動物の福祉に反するとか、倫理的に問題があると思ったら、その畜産物を買わないのも消費者の自由であり責任です。煽動的な報道に惑わされずその判断をするためには、やはり正しい知識を身につけていなければなりません。
7.効率的な酪農を目指す努力が、日本の宝である。
 もしも効率的な農業に異を唱えるのであれば、その矛先は「WTOによる世界経済の枠組み」に向けられるべきで、生産者を責めるのは筋違いです。好むと好まざるとに関わらず、国際的な貿易の垣根はどんどん低くなっています。心ある農業者はそれを理解し、努力を開始しています。10年後、20年後に酪農を続けているのは彼らだけかも知れません。北海道のある先輩獣医師はこう言います。
「意欲ある酪農家がその限られた土地の中で国際競争力をもとうとするその努力こそ日本の財産そのものであると私は考える。」
 BSEの発生を理由に効率的な酪農を否定するのは議論のすり替えです。情緒的な意見で、ただでさえBSE問題で翻弄されている酪農家をむち打つようなことはして欲しくありません。むしろ、ぜひ彼ら意欲ある酪農家を応援してもらいたいと思います。