「高泌乳・多頭飼育・生産性向上」って悪者なの?

BSEに関連して、次のような論調を最近ちょくちょく見かけるようになり気になっています。

『BSEが国内で発生したのは、肉骨粉を含む配合飼料を給与したのが原因である可能性がある。
だから配合飼料が悪い。
牛は本来草食動物であるのに、どうして配合飼料などという穀物や肉骨粉の混じった高栄養のものを与えなければいけなかったのか? それは、現在の酪農が高い生産性を追求しているからである。
また、効率アップ、生産性の向上を求めて農家1軒あたりの飼養頭数が増えてきており、コンピュータを用いて飼料計算がなされ、マニュアル通りに飼料給与が行われる。このような状況では、牛1頭1頭に手をかけ、愛情をかけることなどできない。牛は動物として自然な飼い方はされず、システムの一部としてまるで機械のように取り扱われ、牛乳をむりやり搾り取られている。そのような状況では牛は本来の抵抗力がなくなり病気にかかりやすくなる。
BSE発生の背景には、このような、動物の福祉を無視した「高泌乳・多頭飼育・生産性向上」があったのである。』


ちょ、ちょっと待ってください。これは、あまりにも一方的な決めつけです!

一般の消費者の方がこのような意見に接すると「なるほど」と思われるような、一見、核心を突いた辛口の批評のようではあります。しかし、我々専門家からすれば、全然酪農のことを分かっていない人が書いた乱暴な意見と言わざるを得ません。

まず、最も理解していただきたい、基本的で大切なことは

健康な牛がお乳をたくさん出してくれる

ということです。
乳とは本来、母が子に与えるものです。劣悪な状況に置かれた病気の牛から、大量の乳を搾り取ることなど不可能です。清潔で快適で落ち着いた環境にいて、おいしくて栄養のあるものをたっぷり食べている、健康な牛がお乳をたくさん出してくれます。つまり「生産性の向上」=「牛をより健康に快適にしてやること」なのです。

私が健康診断でお伺いしている農場の多くが100頭以上を搾乳する大規模農場です。こういうところでは、確かに多頭飼育を行い、栄養学に基づいた飼料の給与を行い、高泌乳と生産性向上を追求しています。しかし、だからといって牛が病気になって悲惨な思いをしているかというと決してそんなことはなく、獣医の目から見ても牛たちはより健康で快適で幸せな暮らしをしています。つまり、こういった成功している大規模農場では乳牛の生産性と福祉が両立しているということです。
「配合飼料の中に何が入っているかなんて、知らない」という農家の言葉は有名になってしまいましたね。確かに、配合飼料の中に肉骨粉が混入していた可能性があり、それがBSE発生につながったのでは?というのはもっともな意見だと思います。(感染ルートが明らかにされていない現状ではあくまで可能性としてですが。)しかし、コンピュータを用いてエサ組成を考えるほど熱心な農家ならば、中身の分からないようなものは本当はあまり使いたくないのです。従って「牛の栄養を追求したから配合飼料を使用した」というのは当たりません。
栄養学に基づいた飼料給与に関して誤解があると思うのは、数字を追いかける理由は、牛を機械のように考えているからではなく、牛の健康を気にしているからなのです。「医食同源」の言葉通り、牛の場合も適正な飼料給与が健康の要です。私もコンピュータを用いてエサ計算をしますが、心ある酪農家ほど、牛の健康のため最新の乳牛栄養学を現場に反映して欲しいと思っています。そのためにひとつひとつ飼料原料を吟味し、分析所に出して成分を調べ、納得した上で使います。この作業は、マニュアル通りというほど簡単ではありません。牛の栄養生理の全てが解明されているわけではないので、机上の計算と実際では違ってくることもあり、常に牛を観察し微調整することが必要です。数字も参考にしながら、牛の観察もおろそかにせず、目指すものは牛の健康と、その結果としての生産性の向上ということです。
従って、牛を健康にすることで生産性のアップを目指しているわけですから、「病気にかかりやすい云々」は当たりません。(もともとBSEは通常の疾病と発生機序が異なるため、牛の抵抗力と発生の間に相関があるのかどうかは分かりません。)高泌乳牛は病気にかかり易いとも言われていますが、これも必ずしも当たりません。1日に50キロ以上も泌乳する彼女たちは、例えて言えばオリンピックの選手。身体能力が高いため、健康管理がデリケートなだけです。私の役割は、選手がよい成績を出せるように、環境や衛生や栄養についてアドバイスすること。消費者の皆さんのイメージと違って、緑の草原でのんびり草をはんでいるわけではありませんが、科学的な手法で考えうる最高の住環境を提供されているのです。
とかく、多頭飼育、生産性向上、高泌乳、栄養学に基づいた濃厚飼料の給与などということが悪者にされがちです。これらは消費者の皆さんの持つ牧歌的なイメージと正反対の概念であるため、それらを疑問視する論調がウケるのはわかります。しかしこれらは、貿易自由化時代のコストダウンという課題に対する経営努力の結果であり、必ずしも乳牛の健康や福祉と矛盾しないのだということをご理解いただきたいと思います。実際、私が伺っている農場で一番大きいところは500頭を搾乳しており、1頭あたりの乳量も多く高効率ですが、病気も少なく10歳以上の牛もたくさんいて快適に暮らしています。
一言付け加えますと、我々の業界内部でも、多頭飼育、生産性向上、高泌乳といったものを追いかけるのはやめて、昔に帰ろうと言う人はおります。問題はそれで経営が成り立つのか?ということです。牛乳に付加価値を付け、高い乳価で販売することでその方向性を模索する動きもあります。酪農と一口で言ってもいろいろな形態があり、どれが正しいということはありません。年に数頭しか生まれないメス仔牛の誕生に家族が喜びに包まれる酪農・・・私もそんな時代に生まれたかったと思うこともあります。オーストラリアやニュージーランドのような放牧の季節酪農(春に全頭分娩させるやり方)、ヨーロッパでされているようなグリーンツーリズムを前面に出した酪農・・。おいしくて安全で栄養価の高い牛乳を安定して供給することができ、動物の福祉が保たれ、酪農家の生計が成り立つなら、どんなやり方があってもいいと思います。
酪農とは、牧場経営者にとって、ライフスタイルでありビジネスでもあります。
経営者の方々は皆、牛を愛し、牛飼いという生き方に誇りを持ってやっています。牛たちが皆元気で生き生きとしていれば酪農家は機嫌がよいですが、病気の牛が一頭でもいるととたんに機嫌が悪くなります。「牛の健康」は酪農家のプライドでもあるのです。
酪農経営は彼らが生計を立てるためのものであり、酪農を取り巻く経済状況は年々悪化していますから、生産性の向上を目指し、効率アップに取り組むのは当然のことです。そしてそれがすなわち、牛をより健康に快適にしてやることなのです。酪農家の日々の努力を知っていると、上記のようなしたり顔の意見に接するといたたまれない思いになります。

おまけですが、次のような意見も目にしました。

○ 牛乳や、牛肉なんてものはエネルギー効率から言うと非常に効率の悪い食物である。BSEの発生は、我々人類にそのような贅沢を止めろと警告を発しているのだ。

これはもう、価値観の問題
でしょうね。農耕と牧畜から始まった人類の文明社会を、ある意味否定しているのかもしれません。(牛は9000年前から飼われ、酪農は5000年前から行われていたといいます。)畑で草ととうもろこしを作り、それを輸送して牛に食べさせ、乳や肉にして加工し、流通してから食する。確かに壮大な遠回りではあります。この過程で消費されるエネルギーは無駄であり、排出される二酸化炭素などは環境を破壊するというわけです。牛の吐くげっぷに含まれるメタンガスが地球温暖化に一役買っていると主張する人もいます。・・・しかし、この長い過程のひとつひとつに、多くの人々がたずさわっているわけですから、雇用を創出していると捉えることもできますよね。私は消費者として、牛乳や乳製品、牛肉はおいしいと思うし、栄養の面からもこれからも食べたいと思います。生産者の端くれとして、良質の動物性タンパク質を国民に提供する「畜産」という産業をすばらしいと思います。また、動物の命を扱うこの生業は、子供たちに「自分の命が自然と繋がっている」ということを伝える教育的な資源としての価値もあると思います。

○ 何でもかんでもリサイクルというのが悪かったのだ。

肉骨粉というのは最近のリサイクルブームに乗って現れたものではなく、かなり昔から使われていたもので、BSEの問題さえなければ大変安価で価値のある飼料であるという意見もあります。BSEの発生を受けて、肉骨粉の製造や使用は世界的に規制される方向に進んでいます。この規制をどこまで徹底できるかというのが焦点ではないでしょうか。