ありがとう&いってきます

2月19日(日)



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イシワタマリ展「記憶バター」は無事に幕を閉じました。
足をお運びいただいたみなさん、POINTのおふたり、ありがとうございました!
とくにオープニングパーティ予想以上の大盛況となって展示をゆっくり見ていただけなかったのが心残りですが、みなさんにも楽しんでいただけてたらうれしいです。

よかったらまた感想聞かせてくださいねえみなさん。



私は明日から2週間スペイン(+5日間ロンドンに寄り道)行ってきます。スペインのバスク地方、サンセバスチャンていう街でライブペインティングと展示をしてきます。
よいご報告ができるように張り切ってやってきま〜す*

そのあとは3月16日(木)、教室改造イベント「学校で遊ぼう」でのパフォーマンスが控えています、
(詳細はこちら↓)
http://blog.goo.ne.jp/uminnchu1121/
http://homepage2.nifty.com/ishiwatamari/_INFO_.HTM

これからも是非よろしくどうぞ〜。


今後とも末永くよろしくお願いいたします!


*麻*

ハイ ハイ ハイ ハイ ハイテンション!      1月30日(月)

昨日くらいからものすごくハイテンション。
自分で言うのもなんだけど今すごく忙しい。自分が八つあしのタコになって八つの手で八つのことやってるみたいなイメージで、アレやってこれやってあれやってこれもやってを平行してくるくるくるくるやってる。私からのメールや電話があっちからこっちからポイポイポイポイ立て続けに来ている被害者がちらほら・・・。

最近とけた思い込みは、私は忙しすぎることが嫌いだってこととか、人にものを頼むのが嫌いだってこととか、細かい雑用をしているとイライラするってこととか、睡眠をとらないと生きていけないってこととか、アナログ派だってこととか、「キチン」とはできない人間だってこととか、影でがんばるのが嫌いだってこととか。そういうふうに自分を決め付けてきたけど、意外とそうでもなかった。自分で選んだこと、自分で決めたことをやっている限り、どんな思い込みも乗り越えられる気がする。

それに最近いい縁の波がきている。今、ほんとうに歯車がうまく合っているかんじで、お互いがハッピーになりながら人に手伝ってもらってる。今まで、人に何かをお願いするのは恐縮で恐縮で、自分の頼み方の無礼さに反省してまたブルウになったりして、なんかうまくいってなかった。最近は喜んで助けてくれる人っていうのがまわりにちらちらいて、それはほんとうにほんとうにうれしくて、うれしくてついハイテンションになってしまう。私もお返ししたいし、喜んで手伝えるようなことをどんどん手伝いたい。「ギブアンドテイク」って悪い意味なんじゃなくって、ギブとテイクが延々と続いていきながらいつまでも関係がどんどん紡がれていくみたいな、そんなギブギブテイクテイクギブテクギブテク∞だったら素敵なんだよ。いい意味でのビジネスライクが好き。ギブテクの∞をちゃんと紡いでいける関係。

よしよしもっと、私もがんばろう。

具体的に今、私がかまけていることは、卒業祭りの3大イベント。1つめは2週間後にせまった個展+作品集「記憶バター」の準備。2つめは3月に学校の教室でみんなでわいわいやるライブ&展示イベント、その名も「学校で遊ぼう」。そして3つめのサプライズは、来月末のスペインでの展示会とライブペインティング。これが決まっていまほんとにうきうきしている。大親友のナディもいっしょだしね。

ほんとうにいい縁が来ている。3つのイベントは3つとも、ほんとにたくさんの人にお世話になりながら楽しくやっている。毎日やってること自体はすごい地味で地道な作業だけど、それなのに楽しい。こういうの嫌いだと思ってたんだ。それとか、行事前の準備のピリピリした感じとかもすごく嫌いだった。でもそれは自分が未熟だったんだと思うし、自分があんまりやりたくないことのために準備してたからだと思う。
それから、今までイベントといえば誘われて乗ることがほとんどだったし自分から開こうと思うタイプではなかったけど、今回「学校で遊ぼう」イベントの言いだしっぺになってみて、この楽しさは病み付きになりそうって思った。自分が言い出したことだから最初はすごく不安なんだけれど、みんなが楽しそうに関わっているのを見たとき。こんなに嬉しいなんて思わなかった。自分の縁でひとを集めていっしょになにかやるなんて、なんか私がそういうことをやる立場になるとは、思ってなかった。私ってアウトサイダーぶってたんだな。卒業までにいちどやってみたかったこと、すごーくいいかたちで念願かなって、興奮している。機会を与えてくれた大学のゼミの先生と同期たちのおかげでもある。

それとか、今まで「絵を描く」ことを純粋に神聖にとらえすぎてたけど(ま、そうでもないけどね)、今回作品集やチラシのデザインとしてクールダウン、自分の絵を冷ややかに見つめなおしてみて、すっごく新しい見え方がしてきた。今まで、見せれるもんはぜんぶ見せたい、描けるもんはぜんぶ描きたい、っていう欲張りだったんだよね。自分の絵を外から見ること、絵を描く自分の外側(姿や環境)をととのえること。病み付きになりそう。

そうっ説明しよう。

卒業祭りの3大イベント。

1)記憶バター

作品集のほうは、こっそり書いていたウラ日記?エッセイ?の文章と、それにまつわる絵の世界。

2)学校で遊ぼう
3月16日(木)12:00〜18:00
慶應義塾大学 三田キャンパス
第一校舎 133教室

こんな題名してるけど、ゼミの同期たちの卒業制作発表を兼ねた場。ゼミの先生が三線を弾いたりもする場。でも「卒制発表会」っていうわけじゃなくて、みんなで遊ぶ会。ふだん学校の外でいろんなことやってる大学生が学校の中でいろんなことやってみる会。遊ぶ会。たぶんすごく楽しそう。モラトリアムパワー炸裂さ。大学時代、大学生という立場である自分をどんなふうにとらえてた?大学生だけど、大学という場所に自分の所在は無かったよ。空間的な意味でも、ね。ロッカーもないしね。サークルとかがあれば違っただろうな、でも。大学生という肩書きに甘んじる自分がいながら、学校の外へ外へと居場所を求めてた。それを言ったら、高校のときもまあ、私は同じだったけど。そんな、アウトサイダーぶってたタイプの大学生たちの逆襲です。いつも外でやってること、教室を使ってやってみる。ファッションショーとか、写真展示とか映像とかラップとかDJとかダンスとかね。そういうやつね。私もライブペインティングやります。さいごに好きなひとたちと好きなことができてとっても幸せ!

3)スペインでのライブペインティングと展覧会

ついに初めての海外進出。これこそはほんとうに縁のたまもの。NYでできた友人が私の絵をスペインで紹介するために尽力してくれている。今回はボディペインティングのモデルとして仲良しのやまとなでしこナディを連れて行く。スペインの彼女たちに再会できるってことも含めて、楽しみでならないビッグニュース。



自分がこの手の日記を書いていることにものすごくびっくりする。こんな、なんかまっすぐな。読んでる人にとってよい悪いはべつとして。


以上、あかるい近況報告でした。
       記憶バター      1月9日(月)


タイムマシンや玉手箱といったアイテムは私には日ごろから別段珍しいものではない。たとえばこうして、記憶の倉庫みたいなごちゃごちゃの部屋にこもって、こんこんと絵を描きながら、自分が記憶の波の中に飲みこまれてしまいそうになることってある。

でも、

ねえ、私は思うんだけど、自分が毎日毎日変化していくのと同時に、過去の記憶もどんどん変化しているんだ。振り返るたんび、たぶん私は記憶の捏造行為を続けている。それはすごく、べつにいけないことなんじゃなくて、おもしろいことだと思う。あのとき夜空を飛んでいたのは小鳥だったかもしれないし、金魚だったかも、そのどっちでもないかもしれない。それはけっきょく、どちらだっていいのだ。あのとき悪かったのはあいつのほうだ、ほんとかも嘘かも、夢かもしれない。どちらだっていいのだ。大事なのは、今の私が生きていること、生きてる私が、そのように記憶しているということ。それからもっと大事なことは、その記憶はただのつくりものなのかもしれない、ということ。

ものごとはいつだって、ごちゃまぜになって矛盾している。私とあの子の色眼鏡の色が違うように、今とあの頃とでは、私自身が別の眼鏡をかけている。だから世界の見え方は、今日も明日も全然違う。記憶はただの、つくりものだ。今鮮やかに思い出せる記憶たちすべて、嘘とほんとがごちゃまぜで、だけれど全部たしかに大切に、私の身体に刻まれている。それは当たり前のことで、それはべつに、なんにもいけないことじゃないと思う。つくりものなのかもしれない、という危険をいつでも孕みながら、だからこそよりいっそう、いいものも嫌なものもすべての記憶が大切に光る。

ところで今年の3月で大学を卒業することになりました。思えばこれまで私の人生はほとんど学校に行きながら暮らしていたのだから、それが終わるということはとても新しい。新しく変化すること、それが私は好き。そしてこんなチャンスにこそは、倉庫の中からいろんな記憶をひっぱり出して、まるで蚤の市みたいにぜんぶ並べて売りさばいてしまいたい。記憶なんてどうせつくりものなのだから、自分の内側に隠して守る必要なんてどこにもないのだ。嘘もほんともごちゃまぜに、大昔のことや昨日のこと、記憶はぐるぐる回って溶けてバターになる。トラたちがぐるぐる回ってバターになる、みたいに。


*麻*
1月1日(日)

a happy new year!!!

▽・ヱ・▽



▼・*・▼



▽・刀E▽



出会ってくれたみなみなさん、2005年はありがとうございました。今年も素敵な1年になりますように。



 *   *

   *




*麻*
私のこわいひと          3月13日(月)

(旅から戻って書きたいことは色々あるなか、とりあえずはこんなお話・・・(旅とは直接はかんけいなし))


私には「すごくこわいひと」ってのがいる。男のひと限定で。
ポイントはよくわからないんだけど、表情のわからないひと(笑っていないひと)、クールでワルでいわゆるイカツイ感じで、ダサさが全くかいま見えないひととか、(あとは痴漢に顔が似てるひととか・・・←それは恐怖体験の記憶によるものなのか、それとも痴漢もいつも無表情だからなのかな?わからないけど。)とにかく「すごくこわいひと」っていうのがいる。(まずエグザイルの中にひとりいる。最近見慣れたけど、なんかこわい。でもあとはケースバイケースで、出会ってみたら、「このひと!」って言える。)


その「すごくこわいひと」の部類に入りそうな感じのアーティストがいて、描いている絵ももろ私とは無関係な感じのグラフィティ(HIPHOP文化とともにあるあのラクガキのやつね)の系統で、HIPHOPなんてのはまさに私の「こわいひと」の部類なのに
それなのになんかそのアーティストのことが気になって惹かれている。最初にグループ展で彼の作品と彼自身を見たときにはとくになんとも思わなかったんだけど、そのひとのホームページを見てみると、案外ねちねちとダメ人間ぽいことが書いてあって、言葉遣いもけっこうばかっぽくて、「案外ぜんぜんかっこよくない!」と思ったら途端に惹かれてきたのだ。しかもきっと来ないと思っていたのに私の個展にも来てくれて、静かに見てにっこり笑って握手して消えていった。

「絵を見る」「見られる」という関係はとてもおもしろい。
「絵を見られる」っていうことは自分の裸を見られるような、心のなかの奥の奥の奥まで見られるような、そんなぐらいのことなのよ。だけれど、展覧会なんかの場合、私はあくまでも自分の陣地(テリトリー?ホーム?お部屋?)に人々を招いて見てもらっているわけだから、なんだか強気なの。でも他人の世界によいしょと足を踏み入れて他人の絵を見ることは、なかなかアウェイであったりもして、少々勇気がいることだ。さっきの話の人物を仮にXさんとすると、私は最初Xさんの陣地でXさんを見たからなんとも心細くて、Xさんのことが強く見えたんだ。でも私の部屋に足を運んでくれたXさんは、私の世界を訪問してくれたたくさんのお客さんのうちのただひとりに変化して。

そうしてなんか、関係が変わった。

そうしてそれからXさんを見ると、なんだか、やっていることは違っても、年齢や活動の度合いは違っても、「同志だな」っていう親近感と好奇心が湧いてしまう。描きかたや生きかたは違っても、おなじように心の裸をさらしながら真剣に真剣に生きている描いているそのひと。


私はいつもこういう体験をかさねながら、「ほんとはこわいひとなんていないな」、って思う。かっこつけて見えるひとも、完璧に見えるひとも、ださいとこが無いひとなんていなくて、恥ずかしいとこが無いひとなんていない。けっこうみんな、かっこわるい。そう思うと、なんかみんなすごくきらきらして見えてくる。
だから生きててたのし。

*麻*
GELLERY 2006 も近日中にUPしまーす


*麻*
spirit butter in TOKYO のようす↓
はじめてのヨーロッパから

3月11日(土)

ただいま。
スペイン(バルセロナ・サンセバスチャン・グラナダ・バレンシア・マドリッド)+ロンドンの旅から帰ってきました。

初めてのヨーロッパはほんとうにいろいろな考え方が変わったな。
みなさんありがとう。

お知らせしたライブペインティング+展覧会のようすはこちらです。
実り多いイベントでした。

あとちなみに

マドリッドに置かれているアートのフリーペーパー「el Duende DE MADRID」の次号にインタビューが掲載されることになりました。わくわく。どのくらい載るかはわからないけれど、発行され次第ご報告しますね。



spirit butter in SAN SEBASTIAN (SPAIN) のようす↓

* はじめに。
文字が重なってしまって読めないなどのトラブルを避けるために、
文字のサイズは「中」に設定してからお読みください。
(画面ハジの「表示」→「文字のサイズ」→「中」を選択します。)

それでもトラブルがある方は、ご一報いただけるとうれしいです。

遊ぼう  3月18日(土)


3月15,16,17日の3日間(準備・当日・かたづけ。)
「学校で遊ぼう」@慶應義塾大学133教室

学校で遊びました。
ほんとに遊びました。

こんなに楽しいって思ってイベントしたの初めてだった。
こんなに学生が楽しかったの、生まれて初めてだったかもしれない。初心に帰らせてくれた。

私が今まで絵を描いてきて、ずっとね、
学生っぽく見られたくなかった。素人っぽく見られないようにした。「学生のお遊びでやってるんじゃ無い」ってこと、それをアピールしたい一心だったんだ。

だけど私がそもそもなぜ絵を描いているのかって?それは楽しいからに決まっているんだ。それがいちばんの「遊び」だから。

ねえ、遊ばなくちゃ生きてる意味なんてないね?

そんなこと思い出した。

私はにこにこ顔が止まらなくて、夢みたいに楽しかった。






日本ちゃちゃちゃ   3月18日(土)


私がアジアを旅行したときにもヨーロッパを旅行したときにも実感したことは、「日本人はアジア人だ」ということ。「日本は欧米型の生活を送っている」と言われて久しいけど、私はそうじゃないと思う。「生きてやろう」という必死さのアジアと、「生きることを楽しもう」という余裕のヨーロッパとの対比。そういう意味で、私たちはヨーロッパよりもアジア人だと思う。でもそれはいやなことじゃなくて。「日本人は仕事するために生きていて、ヨーロッパ人は生きるために仕事をしている」と話には聞く。だけどそれがどんなことなのか、いまひとつわからなかったんだ。だけど行ってみてわかった。彼らはほんとに、生きる合間に仕事している。だけどそれは仕事を愛していないわけじゃ無い。
私たちと彼らは決定的に違うと思った。私たちはアジア人だと思った。帰国してテレビをつけてまず目に入ったのが「しゃべり場」で、なぜ私たちはそんなにストイックにガツガツしていてそれでいて将来の心配をしてそれでいてちかごろ流れがおかしくなってきて、つねにどんよりと絶望的なムードにつつまれているんだろうって、どうしてヨーロッパみたいにリラックスして生きられないんだろう私たちはって、私はとっても悲しくなったけれど、でもね。
次に気づいたことは、けっきょくのところそれは、国の力の違いなんじゃないかっていうことだった。あんなのんびり暮らしてる国たちにパワーがある(あるいは昔あった)だなんて信じられないけど、けっきょくいまのところ私たちはヨーロッパがつくったしくみの世界の中に生きていると思う。だからなんだと思う、あの余裕は。だからヨーロッパを見て悲観するのは違うと思った。日本で暮らす中で団塊の世代の人たちが嫌いでたまらなくて、あのひとたちの言っていることがまったくわからなくて、私たちの世代は彼らとのギャップの中で価値基準を失って迷ってる気がする。だけどそれは、なんだかどうやらヨーロッパと同じ(に見える)風な生活スタイルを始めてしばらくたってしまった今だからこそこんなずうずうしいことを思ってしまうだけなんだ。団塊のあの人たちが、日本を作ってくれたんだ。一生懸命。なんかそういう気がしてきて、団塊の世代が憎めないような気がしてきた。
だけどこれは必然で、私たちの世代が日本を変えていくと思う。それは「日本を変えていこう!」なんて野望ではなくて、そして「いったい将来どうなってしまうんだろう」なんてどんよりした杞憂でもなくて、ただただ、自然に変えていくと思う。
そして私はあらためて、こんな日本ていう国が好きだ。





こうじょうしんのないやつはばかか  3月18日(土)


向上心のないやつは馬鹿だ。って夏目漱石の「こころ」に書いてあった、それ、高校のとき授業でやったの、なんか忘れられないフレーズ。

私にとって、なによりも大事なことは向上心だった。

スペインに行って、たとえばレストランとかお土産ものやさんに入って、あの無邪気なハビトゥスとしての「オラ〜(←挨拶)」と笑顔と、商売っけのなさ(言い方を変えれば向上心のなさ)にはとっても度肝を抜かれた。ロンドンはさすがに違うだろうと思ったら、ロンドンもそうだったんだよね!そしてそれはニューヨークとは全然違うんだ。とてもふしぎ、おなじイタリア人でも、ニューヨークで出会ったイタリア人のキスやハグはずるくていやらしいのに、ロンドンではただただフレンドリーなのだ。場所の力ってすごい。その場所には、その場所に集まるべき人々が集まっているのだ。


違うかもね、私間違ってるかもね。でも私は今回そう思ったんだよ。

でもでもま。
で。

私はニューヨークを選ぶかロンドン(あるいはスペイン?)を選ぶか、という命題について、ロンドンにいる間じゅう考えてた。


でも、らちが明かないから考えるの、もうやめにした。

考えても仕方ない。

流れに身を任せよう。

ニューヨークVSヨーロッパ。
というそれは私には、
単純に言ってしまえば、

向上心や変化し続けようという気持ちをとるか、
遊び続ける気持ちや仲間との遊びをとるか、の二択に思えたんだ。だけど、もしかしたら、そんなこと決めることじゃないのかもしれないし、そもそもそんな単純な二択はきっと嘘だし。

とにかくね。ヨーロッパで私の目のうろこは落ちた。





卒業と学校と友達と遊び、そして人生  3月18日(土)


なっちゃん

スペインにいっしょに行ったなっちゃんについての大切な話をしながら大学の話題に戻ってみよう。

2週間半いっしょにいて、けんかしたり多少むかついたり気まずい瞬間があったりするのかなって思ったのに、皆無だった、なっちゃんのことが好きで好きでたまらなくなっただけだった。なっちゃんみたいに母性を感じて、そして女を感じる友達が私は初めてだったよ。やっぱりひとってのは、歩んできた道と経験がものを言う。頼りになって、それでいてあまり賢くはない(しかし地図が読める)なっちゃんがそばにいたことに、旅の道中、救われた。そしてこれからの人生の道中、同じ世界になっちゃんが生きててくれるという実感に救われるよ。ほんとにね。
ありがとうが止まらないの。
(追伸:賢くない、というのは良い意味で。もし賢かったら、私がむかつく人間だっていうことがばれちゃうんだけど、なっちゃんにはばれなかったみたいだった。)

なっちゃんと卒業旅行ができたこと。
そして「学校で遊ぼう」でほかのみんなと学校で遊べたこと。

このできごとたちがあって私はほんとに思ったの、ああやっと私の学校人生に健康なばら色の時代がやってきたんだなって。大学は、小学校より中学校より高校よりずっと楽しかった。

中学校のとき「なにを聞いてもつまらなそうに答えるだけ」だったと母のいう私が、望んでK高校に入学して、それは確かに新しい世界で楽しくて、母も「ほんとによかったね」って言ったけど、だけどさ、最終的にはほとんど全くといっていいほど「学校の友達」を紹介してあげられなくて、楽しいエピソードも聞かせてあげられなくて、これはほとんど親不孝だとさえ私は思っていた。そりゃ、少々はあったけど、両親に聞かせてあげれた楽しいエピソードよりもよっぽど、「友達いっぱいで楽しそう」にみせかけてついた嘘のほうが多かった。そんな嘘たちをついた理由は、友達がいるふりをするためというよりは恋人と遊んでいたことを隠すための嘘だったけれど、結果的には大差なかったと言っていい。私にはほんとに友達がいなかったし、恋愛関係もほんとうに閉鎖的だった。「今日は○○ちゃん」「今日は●●ちゃん」と親に言い訳しながらめちゃめちゃ胸が痛んだのは、嘘をつくことの罪悪感に加えて、ほんとうは全然そんな深い友人関係なんどこにもひとつも無かったからなんだ。二重に親不孝だったよね。

ねえねえお父さんお母さん。今私には、あの頃みたいな嘘じゃなくて、自慢したい友達がほんとに大勢いるよ。大学に大勢、さかのぼって小・中・高校にも大勢、学校の外にも大勢、それに世界中ほかの国にまでいるよ。私は、嘘なんかつかなくてもいつのまにか自分がこんな場所まで来たってことに、ほんとに驚くし目頭が熱くなっちゃうよ。自分をここまでにしてくれたのが、紛れもなく絵の存在だったりもしてね。

「卒業」がこんなに「卒業」なのは人生で初めてだ。
「学校」がこんなに「学校」なのも、「遊び」がこんなに「遊び」なのも、「友達」がこんなに「友達」なのも。

私にはね、今まで欠けてたものがいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっっっぱいあったよ。

今ようやくなんだ、こんなのは。
まだまだまだまだ欠け続けてるけれど、生きてて楽しいのは、欠け続けているからなんだ。



*麻*



電車の子    3月19日(日)

今日うれしかったことのひとつは、私が2年くらい前に勝手に名前の響きの関係から「ニモ」ってあだなをつけた子が、こめつぶ大のニモっぽい魚を携帯電話につけていたこと。「誰からもらったの?」と聞いたら「わたしから。」と自分で言っていた。「ニモ」という名前がけっこう気に入っていたのだな、と思いいとしくなった。



今日、ニモ、ゆいちゃん、えみちゃんといっしょに南北線に乗っているときに、恐ろしくへんな男の子(5歳くらいかな)を見た。電車の中で靴もくつしたも脱ぎ捨てて、はらばいになって床にほっぺたをつけたりしたり、ドアのきわのとこに座ってドアが開くたびに電車とホームのすきまに足を挟んだりして遊んでいるのだ。

車内の全員の目が彼にくぎづけになっていた。
事故が起きるのは時間の問題だ、とみんな思っていたと思う。

私はとっさに彼のうでを引いて、「お願いだからやめて?いすに座って?」と言った。

そうすると彼はこっちをじっっと見る。そしていちどはいすに座るのだけれど、すぐにまた同じことを繰り返す。

けっきょく車内の大人が入れ替わり立ち代り、そのようにして彼を引っ張っていすに座らせることを繰り返した。私たちは溜池山王で降りなければならなくて、そのあと彼がどうなったのか、気にせずにいられなかった。

私の顔をじっっっっと見た男の子の目が、頭に焼き付いている。「ねえ、お願いだからいすに座って。みんな心配しちゃうから。」とか言ったけれど、「いったい何て言ったらこの子に通じるだろう」って思っていた。「もっとマシな言葉は見つからないのだろうか?」とも思った。

男の子は、どの駅でどちら側のドアが開くのかを知っていた。知っていて必ず間違えずに開く方のドアの前でスタンバイしていた。

私は男の子に、その遊びをやめてほしかった。それは、いつかうっかり電車とホームの間に落ちるかドアに足を挟まれるかもしれないからだった。だけど私は思うけど、私はほんとは男の子にその遊びをやめてほしかったんじゃなくて、ほかの遊びに切り替えてほしかった。そのときは気づかなかったんだけど、帰りの電車の中でえみちゃんに話していて、「私はあの子に絵を描くことを教えたい」と気づいた。私はあの子に絵を描くという遊びを教えたい。

きっとあの子はじっとしていることができないタイプの子どもなのかもしれない。そしてえみちゃんたちいわく、となりに座っていた女の人はお母さんかもしれないという。お母さんなのにあの子に何も言わないなんておかしいし、ほかの大人たちがあんなにやっきになっているのにそれでもなおほったらかしだなんて、あの女の人の心のことが心配にもなるけれど、きっとお母さんはあの子について途方に暮れていたのかもしれない。

だけど私は白状するとあんな子どもが少しうらやましい。なぜって私はあんなに自由な子どもではなかったから。あの子の遊びはけして物悲しいものではなくて、なんだか「おいおい、あまりにも自由すぎるよ(電車の中にしちゃあ)」という感想を私の唇にのぼらした。
あの子にとってあの遊びはたしかにけっこうおもしろかったと思う。だけど電車の中ではあんなふうに遊ばないで欲しい。それはただただ危ないから。「絵を描くっていう遊びがあるよ」ってあの子に言いたい。電車のゆかにほっぺたをつける代わりに大きな白い紙の上に寝そべって筆に絵の具をつけて踊ってみたら?

あの子には、電車の中でなぜいすの上にじっとしていなくてはならないのか、そのルールに理由がただわからなかったのかもしれない。なぜじっとしていられない子どもがいるのかわからない子どもだった私がいたのと、同じように。

私はあの子とあの子の母親にもういちど会うためにもういちど南北線に乗ってみようかしらとも思うし、もしかしてそれはしないかもしれないとしても次にこんな子どもに会ったときはもっと違う言葉をかけてみようかなと思う。

私はあんな子が描く絵を見たい。


*麻*
最終回    4月21日(金)

こんにちは。
おひさしぶりにして最終回のお知らせです。

よくあるよね?こういうのって!

そう、お気づきのとおり、時代の流れに逆らうことなくブログに移行します。
もちろんこの手作り感も好きだったんですが、
やっぱり便利さには負けますねということで、

もっと頻繁につぶやきを更新できると思うのでよろしくお願いいたします。


新しいdiary

http://mariishiwata.blog63.fc2.com/