学んだことを実行に移す力をあなたに!
 書籍や○○マニュアルからいくら知識を学んでも、その内容をあなたのなかで孵化させてあなたが実践していなければ、結果は出ません。
 成功したAさんは、学んだことを実行して、体験を増やしたのだと思います。
 成功していないBさんは、その逆です。
 本を読んで知識だけ増やしたのです。増やさなければいけないのは内容を実行していく体験です。


 FAQ7 心を積極化するために、他でもない、あなたが実践していることを教えてください。朝日の浴び方いろいろ ( 0.5秒・・一発で人生が変わるシンプルな方法 )

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感動を増やし、成果の上がる習慣を身につける黄金の法則>FAQ7 心を積極化するためにあなたが実践していることを教えてください。あなたを元氣にする朝日の浴び方いろいろ
 
 このサイト・ページでは、皆様から寄せられたご質問のうちで、多かったものを中心に掲載していきます。
 あくまでも、私のパッと閃いた直感を実体験で検証した主観的な経験に基づいたお答えですから、 全ての方によい
 とかいうのでもないでしょう。 

  

 ですが・・相当に入念に検証していることは確かです。

FAQ7 

 
心を積極化するために、他でもない、あなたが実践していることを教えてください。※あなたを元氣にして運気をあげる朝日の浴び方いろいろ 旭日の光による観念更改法について


ANS7


 
このご質問にお答えする前に・・

 まず大事なことを述べておきます。 

 
人それぞれ経てきた経験・・受けてきた教育

 境遇やら千差万別ですし・・各人各様の独特の背景、、バックボーンを背負っています。

 立場もそれぞれ違います。


これまで生きてきたなかで教え込まれた学習や受け入れた知識、、人それぞれ色々な出来事に遭遇し独自の体験をしたなかで培われてきた体験に対する解釈( 反応 )
 
 個々人特有の価値観によって形作られた既成概念が情報の取捨選別の評価システムとして働いて
プロテクター兼フィルターになっていますし



  難しく言うなら STEP1 でも詳しく説明しましたように 人それぞれ、本人も知覚され得ない表面の心の識閾下にズボンと沈んで集積された観念要素の内容、状態が・・
みーーんな違います。

 異なる二人の人間が

 客観的には全く同じ場所に旅行し、時間を共にし

 
同一の共通行動を取って体験を共有したとしても
 共感できる部分もあれば

 感じ方( 繊細な感受性 )が全く異なる、、というのは
あたり前のことですよね。
( なぜなのか??この理由を明確に説明出来る方は心理学の専門家でも難しいと思いますが )


これは

 着眼点や得られる主観的な知覚体験がそれぞれ独特で異なるため、 過去のプログラミングの影響や感じ方、心身の状態等( 例えば、何の恐れや心配もなく感謝に満たされているAさんと
懊悩煩悶、不平不満、苦悩が渦巻いているBさんとが全く同じ行程の旅行をしたとして )

 
まったく同じ風景が

一方は、とても楽しく掛け値なしにヴィヴィッドに美しい、、うっとりした素敵な景色として知覚される( Aさん )のに対し
 他方は、退屈で詰まらない、、あるいは、癇癪の種、頭痛の種として灰色の風景に( 見たくないのに )見えたりする( Bさん )ことがあるのも・・

 信念体系やら、思考パターンが 識閾下に沈み込んで蓄積された観念要素の内容や状態
( 心の奥底に詰まった感じ、思うための観念材料等の内容の差異 )やら
心身のコンディションにより感じ方の違いがあるからという説明もできます。


ライフスタイルやら・・何を最も大事にして優先するか・・何に強く鋭い喜びを感じているかも・・十人十色です。

 



 当然、観方や考え方・・内面の感じ方もいろいろです。

 これから説明することも


 読む人によっては

いかがわしい・・科学的とか書きながら・・結局疑似科学じゃないの・・とか思う方もいらっしゃるでしょうし・・

これを書いている私( 岡崎 )ですらも書きながら


 ときどきこれはトンデモだと思われてもしかたないな・・とフト感じ
自らをあざ笑いたくなることもありますので・・(汗


 ( 当然 )そう思われても仕方のない記述があることもキッパリ認めます。


 


 ですので・・これから解説する方法も
決して鵜呑みにせず

 
拒絶したい方は拒絶してもらって一向に構わないです・・



ですが


結構いいんじゃないの・・と共鳴、共感したら

ソロリと実践されて自らの体験で確認されたらよいでしょう。  

 

この方法も潜在意識( 領 )をクリーニングするシンプルな方法のひとつでして、

あまりにも素朴な方法ですが

人によっては0.5秒・・一発で人生を変えてしまう可能性を秘めた方法であると思っていますが、
それにもかかわらず高度な設備や技術は要しませんので。(^_^;)


 それに

 このページを執筆している私( 岡崎 )自身が研鑽する中で偶然発見し系統的に整理できたことは、お日さまという美しい光の本体、、特に、、あの日の出直前〜直後の
初々しい日の出の光が人間の心身に与えるプラスの佳き影響、、
あまりに簡単で当たり前で純朴すぎて多くの方々が見落としてきたこと、、その秘められた重要性を深く再認識させ

 かつ

心身が弛んで意識が離脱したようなとき

 脳波が、ぼーーっとしたα1波〜θ波状態くらいの・・・脳の活動が穏やかになっているとき、、

 言い方を変えるなら


( 疑心も湧きにくい抗暗示障壁のバリアが弱くなっていて )心が外界の印象をスポンジのように吸収し同化( 感化 )されやすくなっているときに行う、という「 暗示の原則 」を使うことで、速効的な効験が出やすいようにきちんと系統的に整理しただけに過ぎない
のですから。

 

何れにしろ
これからご紹介する方法は最初に閃きと言いますか、、インスピレーションがあって
 
  後で生理学やら心理学等の理屈付けをしています。
 
 
  心が満足しやすくなり生かされていることに対する謙遜や感謝が自然に強まって、感応性能にもよい影響を与えて生き抜く力、自らを進化、向上させようという意欲も高まる方法です。
 
 
   
 ですが・・
 
 私ができるのは、説明を深く深くしてあげて、きっかけを作ってあげることくらいです。
 
 結局は、ご自身の体験や試行錯誤で掴み取るしかありませんので。






 さて



 これからお答えし解説する内容( 0.5秒・・一発で人生を変えてしまう方法 )も

心をそれこそ奥底から漂白しクリーニングする・・
( 想い自体、思い描く際の組み立て材料である思念材料自体 )を綺麗にする・・もっとシンプルな方法はないかな?
という素朴な疑問から端を発したものです。




 そもそも人間は万物の霊長なんだから

「 心に成功の炎を 」等でも定義されている
不要残留本能心由来の低級で劣悪な動物的な感情情念、、つまり邪欲、邪念を心( の基底領域 )から除いてクリーニング( 心の奥底の自覚できる表面意識に思考原料を提供しているところをスッキリお掃除し漂白 )をするということ
思考、想念の雑音を徐々に純音にする・・ということ



心の奥底の浮かばせる元の雑念・妄念の材料を拭って
 不要残留本能心の邪な欲望やら悲観的なこと
( 建設的な準備や用心ではなく )くだらない取り越し苦労的なことを考えることから解放し

整理し( 以前より )純にし、より値打ちあることに昇華させ

心が肉体、身を思いにくく( 捉われにくく )なって


心が心を思いにくく( 捉われにくく )なる・・のに



 別の言い方をすれば

低劣で劣悪な動物的な情念をスッキリ漂白し
  ・・・力強く尊く人間らしい

   ( 本来内在の )生命が生存する・・内容量というか・・受け入れ量を徐々に豊富にして

 内在の( 積極精神 、積極的性質 )を少しずつ掘り出し


( 精神的苦痛、葛藤・・束縛等を軽減させて )

( 動物的、獣的本能心由来の奥座敷の汚れ、邪念を拭ってもらい )

 生かされている方面の命の力が強くなって

 その一方で

想い方を取り締まる・・精神作用を行なう舞台よりも、もう一丁上の所から出る内なる意志の力、理想に近付けるための新たな意欲の出力をちょっとずつ強めていくのに




ぶっちゃけ

 真・善・美に憧れ希求してやまない本心・良心の出やすさや心を生命の要具として取り扱う意志力の煥発の妨害になる心の奥底に溜まった邪欲、邪念という垢をとって
 生かされている方面の力が亢進し
 弱い心を強く明るく
勢いに満ち満ちたものに・・
対象格の心身を意志の力で( じわじわ )取り扱えるように仕向けて昨日よりも今日!今日よりも明日!プラスの新しい気持ち、日々新たな視点で事柄を感じ、受け止め、( 諸事万事を )さばいていくのに


 


何も小難( こむずかしい )ことをしなくても
   いいんじゃないかい

  もっと単純な方法で、できないかなぁ・・
という素朴な疑問と言いますか・・問題意識から
パッと閃いた方法のひとつです。

( もっと素朴で平凡な問いかけは・・

そもそも論として

 心を体のように自在にコントロールし、さらに向上発展しよう・・向上発展の波に乗って行き行こう・・という純な意志の力より、
私たち人間一人ひとりの進化、向上を促そうとする敬うべき大きな大きな・・在りて在る何か
生きとし生ける生命を生々化育せしめよう・・生かさずにはおれない大きな力・・
発展を促す背後の大きな欲と申しますか・・のほうが、自ら成長、発展しよう・・という自らの意欲より強いのじゃないかしらん・・
ありゃりゃ??・・というシンプルで平凡な問いかけからパッと閃いた方法です。
 本音は閃くのにも目茶目茶悪戦苦闘し苦労したし、
 サイトにも書けないような・・かなり非常識な・・アブノーマルなことをやっていまして検証作業にも相当に時間がかかっています。

 閃いたのは一瞬で、本音は、このページも非公開で有料にしてあげたほうがよいのかもしれない・・とも思っています。
 無料だと意識的にも、無意識的にも、価値がない・・と軽んじてしまうみたいでどうもよくないみたいですね(汗 )



 それはさておき

 ・・この方法 
( うまくいけば0.5秒・・一発で人生が変わるシンプルな方法:仮称 旭日の光による観念更改法 )も・・天風先生の口述書である

「 成功の実現 」「 心に成功の炎を 」
「 盛大な人生 」等を

しっかり読み込んで何かをつかんでいる
方じゃないと


ピンと来にくいはずです。

※天風哲人の心身統一行法と結び付けようと思えば出来なくはありません。
 旭日の光による観念( 要素 )の更改法( 仮称 )は、
心身統一法に強いて結び付けるなら「 暗示の分析 」とリンクしているのではないかと思います。



 あるいは

この方法
( 起きた直後の意識朦朧 日の出直後の朝日光を浴び背後の見えざる何かに瞑目し・・ただ有難し・・としみじみ感謝すること )

 軽い自然クンバハカ体勢にして瞑目しブザーを

  ブーーーーーーーーーーーーーーーーーッと鳴らして
ブザーの音に聴き入り( 内面に注意を集中し )


音が途切れた刹那に、内在の生きる力・・生命エネルギー( 内面に )引き上げて、憩い・・浸す・・



そうして

雑念、、雑音( 心のおしゃべり )から精神生命である心をスッと引き上げて内面に向け

シーーーン・ジーーーンとした心境を味わい( 無念無想 )に浸るようにする


 これを10秒でも・・3分でも10分でも脊柱を真っ直ぐにした楽な姿勢で安住し静寂を味わうという贅沢な時間を確保する
安定打坐法とかも




以下でも述べるような石川素童老師の如き

秩序と調和に満ちた自然法則に自らを順応させるための生き方や修練を自らに課して

道徳的純潔さを保ち・・

自然と調和した純朴な生活を淡々として心身の精錬浄化に努めておられたような方なら


その価値が深ーーーーーーーーーく骨髄で認められるようなものなのでしょう。





 深い意味を感受できないで
方法の上ずみ・・断片だけ聞いた場合

あるいは

 
雑念妄念を出し難くする脳神経回路を作りやすくする・・
( 忙しい日々を送っているような方でも )短時間で心のマイナスのおしゃべりを止めて心をたちどころに空に持っていくことが可能になる安定打坐法以外の

  人間が人間らしく日々滋味深く力強く逞しく生きるには、何を実践すべきか?ということを
具体的、かつ科学的に体系化した心身統一法で急所的手段として推奨されている方法

 再三再四、サイトでも解説している


 心の奥座敷の連想を浮かばせる元締めのところのお手入れ

 進化・向上に向けて

 心が本来の性能を発揮してくれるように


しっかりメンテナンスして、奥底をリクリエイトする妙法である

観念要素の更改法や

感覚を制御するために体を特別な持ち方にする

 ( 感覚制御 )のために( 植物 )神経の反射を( 心を取り締まる最高権能の実力のある意志と想念の力で )制御する方法


更には

内省検討や暗示の分析などが主な柱になっている積極観念の集中法等をしっかり実行して心を積極的に耕す努力を怠らず



肉体が吾だ・・とかいう誤った錯覚・・迷妄から・・

吾を覚まし・・そこから引き剥がし高め


( マイナスの悪習を枯らし枯弱させつつ )



 本来的な吾由来の内在性質( 積極的な尊く清いプラスの性質 )をちょっとずつ強めて


自己訓練によって内面生活を綺麗にする心がけ・・

要するに体の主人となる自己の力を取り戻すための日々の地道、地味な日々の精進努力がない場合は


「 成功の実現 」等の口述書を読むことで気づく( 自覚する )事はできても、悪習に呑み込まれやすいです。



 それだけならまだしも下手をすると

 

 
はっはーーん・・・バッカじゃないの・・
 
 
端( はな )から拒絶し、せせら笑ったり心の内で毒づいたりして・・折角の機会を逸する可能性すらあります。
 
 間抜け・・と言われれば・・確かに間抜けな方法ですから・・。


 
※ですが、( ブザー音、突然止め・・そのままジッと沈黙 )という余りにシンプルな安定打坐法も
「 生き仏 」、、、名僧と讃嘆され、戒律的、清廉な生活を己に課し
非常にきびしい修養を長年楽しくなさっていた石川素童老師
( 大本山 総持寺歴代貫首 )に言わせると・・



「 盛大な人生 」にも書いているように



 この方法( ブザー音、突如止め・・

止めた刹那の引き上げられた内面の心の注意状態をじっと静かに保ち

〔  高められた 〕あるがままに沈黙し

〔 引き上げられた 〕あるがままに在るに溶け定住する・・空に憩う法 )は




あの広大なお寺・・

鶴見の総持寺( 神奈川県 曹洞宗 大本山 )と
取り替えてもお釣りが来る



お金には換えられない貴重な方法・・と絶賛したそうですし





原敬という日本歴代の名宰相も
この方法( ブザー音、突然止め・・〔 引き上げられた 〕あるがままに定住し静寂に留まる法 )の深い原理を聴いて
 感激しつつも心から恥じ入って反省したそうですから。

以下のページの天風哲人と石川素童禅師の逸話も興味深くて面白いです。

     

【禅の高僧との問答】「哲人・中村天風先生抄」より
http://morrich.cocolog-nifty.com/blog/2005/09/post_c142_2.html


    



 ちなみに






心身統一法が馴染んで・・馴染んでいても慢心したり、自惚れたりせず日々精進、、日々清廉な生活をしている方じゃないと
安定打坐蜜法は・・


 ( エラソーで誠に申し訳ありません。

 お前は何様のつもりだ!と怒られてしまうのを覚悟で
 誠に言い難( にく )いことを書きますが・・ )

 
猫に小判・・豚に真珠です。( キッパリ )


 ですが



ご覧のあなたでしたら、右サイドバーにもチラと書いた安定打坐法や







( 起きた直後の意識朦朧状態のときに
 
パッと起き
夜明け〜日の出直後に近い時間帯の朝日の光が間接的に感じられる背後に、澄まないと想いつつ心の垢のお洗濯を委ねて神妙に手を合わせて両の手のひらで軽く・・ふっくらと両目を覆いつつ朝日を浴び


 その背後の見えざる何かに

ただ、ありがたいなと感謝し・・瞑目し光を味わうこと )は
、小馬鹿にすることなく、すぐに腑に落ちるかもしれません。



これも、あまりにシンプルな方法ですので、こんな簡単なことで鬱積した積年のマイナスのエネルギーが溶け去るはずはない!!と怒りまくる方もいらっしゃるかもしれませんが・・。(汗




 
淡々と朝日の光を心の奥底に刻み込む行為をお続けになったら、ちょっとずつ奏効が顕れてきて、、、、

努力不要でありながら

 
論より証拠の生活事実( 実績 )によって、次第に否定するのが難しくなっていくこともあります。

いろんな情況を過度に深刻にとらえることからも開放し

どこがどうということもなく運氣も高まって

傍観的かつ大きなユーモアを持って・・大らかに受け止めて事柄に対処するのが上手になったりして自身の変貌に驚く方も出てくると思われます。


 執筆( 創案 )した私としては

 喜びと感謝で生きる方面の本来の積極精神を掘り出し強め・・心を満足させ少しずつ生命力を高める・・

 運氣を高めていくのに

世の中で、これ以上簡単な方法はあるのか・・っていうくらい
シンプルですが日本人の民族性に合っていて奏効があると観て
います。



( 前述したように )

  古来から自然を畏敬し和を尊んできた日本人の( 底流に流れて )
 連綿とした伝統、風習にも馴染んで、向いている方法でもあります。


 天風哲人の心身統一法に強いて無理に結び付けようとするなら

外界の印象のうち、、他からの暗示事項を分析して取捨選別し
 心を強め発奮させるプラスのものは取り入れて弱めるマイナスの暗示事項は拒否権を発動する、、という積極観念養成法の第二番目の「 暗示の分析 」ともリンクした方法です。


新鮮な朝日の光というのは、自然界が描いた絵画・・として見ても超特的に美しく、、常に新鮮で
無条件に生かす力を自然界に供給し続けている有難い存在です。

情緒的に見ても

これほどウットリ感動せしめて酔いしれさせてくれる事柄( 事象 )は、世の中に、そんなに多くないのではないでしょうか?・・




 また


 お日さまというのは、太陽系に属していて、太陽系を構成する中心存在であり

 太陽を周回している巨大な宇宙船である地球号に乗船している乗組員の一人である私たち人間一人ひとりにとっても、どこか懐かしい情感・・親しみ
温かみを湧かせる身近な何か・・であり

 物理的エネルギーという点でも


 たった1秒間に地球に注がれている太陽の熱エネルギーは

日本全国で使われる電気の消費電力の大よそ60年分に相当すると言われています。

そのような膨大なエネルギーを( 地球物理学者の説によると )46億年も前から無償、無条件で供給し続けているわけでして、


もし、あのお日様からエネルギー使用の料金を請求されたら、
人類は一瞬で破産してしまうことでしょう。(汗









それはさておき( 汗





  結論から申しますと

このシンプルな方法は、その気さえあれば・・誰でも自ら出来る方法で

信じる必要はありません。

 ですが


 自らに因る意志の力を奮い起こして、、
粛々と、、へりくだった心で実践していかれたら

心がスッと鎮まり満足しやすくなって

思い浮かぶこと( 連想 )自体が綺麗になり生命力が高まることを生活実感なさるはずです。



思い煩い・・焦慮、悩苦、煩悶・・憔悴・・漠然とした不安、邪念、取り越し苦労等の心を弱らせる材料素

表面の心の底のヘドロとも言うべき
( 潜在意識領の奥底に糞詰まったマイナスの否定的・・悲観的・・自虐的、自責的にクヨクヨ思わせる念の汚れ)を
奥底の隠れた心( 潜在意識 )の印象貯蔵庫及び心象原料を表面の心に供給しているパイプにこびり付いたものを
瞬間払拭( 殺菌漂白 )しプラスの印象材料を刻印し内的満足感や幸福感を高めることで精神的苦悩を軽減させる
のに
特別な奏効のある方法ということが淡々と実践することで論より証拠の( 無言の )生活事実として実感できるようになるでしょう。



 
シンプルで誰でも実行できる心の奥底の垢のクリーニング法を探しに探しまくって悪戦苦闘し

 ・・
ピンと閃いたときに

 これを実践したら・・いろんなことで自分を責めたりして悩みやらを抱えて苦痛に喘ぐ方々の精神的苦悩、煩悶が
( 実践することで )ちょっとずつ剥がれて、軽減していくのじゃないかしらん?
( ある意味、良心的で善良な方のほうが、こういうことに悩む場合が多い )


そればかりでなく、( 化育せしめる力 )を受け容れ易くなって、思うこと自体が綺麗になって
生きるのに強い力が出るようになるのじゃないかしらん?という・・
うれしーーーーーーーーーい鋭利な喜びと絶対的な感覚がありました。

( 私の場合、こういう鋭い喜びや絶対的な感覚が奥底の底からゾクゾク生じる場合は、きまってよい場合が多いです )

方法は



 朝起きたら・・ぼんやりしつつも・・すぐに 
( 
すぐ 真っ先にパッと・・ というのが紙一枚、紙一厘の秘訣です )


 頭を下げ目を瞑ってジワリと朝日の光を浴びて、表面の心では自覚されない奥底の垢を拭ってもらい・・かつ、生命エネルギーを補充させてもらう

もっと踏み込むなら( 汗


  


 目覚めたら 脳髄の思考の雑音をあんまり働かせず 真っ先にパッと


 顔( 眼 )の前で両目を包むようにふっくらと手を合わせて
瞑目し

 朝日の光の背後の見えざる生かそうとする力・・・
生かさずにはおれない( 進化向上を促す見えざる敬うべき力 )の主体
生かさそうとするプラスの力を産む見えざる無形の本体に・・
心の奥底の観念を浮かばせるところの垢をクリーニングをしてもらって・・申し訳ないな
澄まないなと思いつつも
ただ有難いなと感謝し・・光を瞼の裏で感じつつ味わう
・・ということ
 



 朝起きた直後・・あやふや・・ボヤーーーーーーーーンとした状態

 心が催眠状態に類した
 変容したような
理性的で、あれこれ・・あーだこーだ批判したり、推論したり客観的に評価する、へ理屈で考える我利、我執的自我意識の心の働きが、ぼやーーっと弱まった



昼間とかの通常意識( 覚醒意識 )ではない
自我意識が、フワフワしていて、まだ固まってない

 3割くらい溶けたような

 まだ、ちょいと夢見心地のとき


  夜明けの日の出直後くらいの時間帯の朝日・・曙のやわらかな光・・このやわらかい光が網膜に吸収され
視神経に伝達され
視覚中枢では非常に強烈な光の刺激として
感じられて心に直に伝えられる

  知覚鋭敏状態のとき

ああもこうもの思考の雑音、、ノイズを働かせる暇( いとま )・・余裕を吾に
( 正確には頑迷な自我意識やら感覚意識に )ほぼ与えることなく


 
すぐ( 目がやや醒めて・・概ね3分以内 

ごくわずかの意志の力を出して・・

やわらかな
燦爛たる・・やさしい
日の出の光
 ( 旭日の光・曙のやわらかな光 )を求めて
頭を下げて目の前で両方の掌を合わせて( 合掌し )
日の出の光と温熱を目を瞑( つぶ )って受け
目を瞑ったまま光を瞼の裏で感じて


お日様の背後の休みなく・・休日返上で養っている力の主体にミレーの晩鐘の奥方さまのごとき純朴、敬虔な相( すがた ) で




 心の奥座敷の垢のクリーニングをしてもらって・・申し訳ないな・・ありがたいな・・

有難うございます・・と目を瞑って黙念、しみじみシンミリ感謝し光を体( 皮膚感覚等 )で快い印象を味わいつつ


はっきりした日常意識に戻す。



ぶっちゃけ

 
まだ半意識のときに・・日の出の光を求める意志の力を出し

心の垢の洗濯・・クリーニング( 漂白 )をしてもらって・・申し訳ないな
・・と思いつつ・・
すぐに手のひらを目の前で神妙に合わせて合掌瞑目して朝日の光( の背後の何か )に感謝する

  



 両目を覆うような合掌に抵抗があったら・・ただ瞑目し朝日の光を浴び、その背後の力の主体に感謝する



( ・・宗教的な表現になってしまい・・こういうのに抵抗のある方には誠に申し訳ない表現になりますが )
( 汗

そうして目を瞑ったまま心身を曝( さら )し朝日の光の背後から生じる有難い癒しと蘇りのエネルギーで浸し


 




ジュワーーーーーーーーーーーーッと充ち満たし温める


そのまま( 下を向いて )お部屋に戻る




眼を瞑り頭を下げ、延髄あたりで朝日の光を受けることは

心の下層面の汚れを少しずつ拭って

 あなたの生命の内容量を、ちょっとずつ豊富にし
 本来、奔放な無形の生存力が開放されやすくなります。
( 本当、本音は )( 汗

 日の出ちょっと前〜直後の・・曙の光が天空に少し射してきたくらいの
曙の美しい朝日の光の場合、目をぎゅーーーっと瞑って頭を下げ

ミレーの晩鐘の奥方さまのような美しい相( すがた )で、やや下向きにして・・両方の掌を両目と眉間の前に合わせて置いて





 結局・・手の平をややふくらませて手を合わせ顔にくっつけて無邪気に頭を下げ朝日の光浴の背後の力に心の垢のクリーニングをしてもらって・・申し訳ないなと思いつつ
見えざる實在( 主体 )に、ただ感謝をする

 そうして

 その合掌瞑目し感謝した格好のまま超薄目でチラと間接的に光を入れてパパッ( 0.5秒くらいで )と目を閉じるのがよいのですが・・



夏場は、太陽と地球との物理的空間上の位置関係から日差しが強いので
 眼を守る意味でも・・
結局( お日様の光を生ぜしめる見えざる大調和主体 )に澄まないなと想いつつ深く感謝を捧げる格好になりますです。( 汗


 あれこれ試行錯誤しましたが・・結局・・今回の方法は

 ぶっちゃけ

見えざる根本実在・・先天の一氣がにじみ出た象徴体と観ることもできる
 お日様・・生きとし生ける生命を活かそうとする・・生かさずにはおれない象徴衝動力・・ともいうべきおひさまの光を生ぜしめる背後の見えざる何かに対する親しみ、懐かしさ、、反省、畏敬・・敬愛の念の無い方は
すべきでは無いし・・続けるべきでは無いのじゃないか?
と感じてはいます。

( 
心が、かたちに顕れますし、心を伴わせず、かつ智識なく・・ここに書いている方法のテクニックに走り過ぎたり・・敬虔さや謙った気持ちもなく・・横柄・・傲慢、いい加減だったり・・慢心したり・・欲張り過ぎたり・・我執我欲で無理して続けていたら・・先天の一氣の生かさんとする力は平等普遍ですが
 要するに・・受ける側の傲慢で横着な心持ちが体の使い方に反響して、そういった態度でやると眼を傷めることがありますから )


ただ

あんまり・・こだわらず・・


人それぞれいろんな思想、信条があるかと思いますので・・


 こういう内面( 内界 )の領域の意味づけに踏み込むのに抵抗がある場合は

単純に

 朝起きたら・・ぼんやりしつつも・・
すぐにパッと 
   頭を下げ目を瞑ってジワリと朝日の光を浴びて瞑目したまま新鮮な朝日の光を全身に浴びせ、その美妙なおいしさ( 快い印象 )を味わい日常意識に戻るのをじっと待つ

( 医学、神経生理学的にも目を守るため )

割り切ることもできるでしょう。



こういった日の出直後の朝の光を瞑目して浴びることに疑問やら不安があるようでしたら
 主治医の方やらに相談して指示を受けてもよいでしょう。


ちなみに

朝日( 日の出直後 )の光を浴びると言っても
ライフスタイルや起床時間等マチマチです。
朝日の光を浴びる方法もいろいろあります。



朝日の光を両方の手のひらで遮ってチラ見( チラ凝視 )する方法もあるようですが

 ・・あまりに効を焦って期待し過ぎて欲張ってテクニックに走り過ぎますと眼を傷める場合があります。

( かつて我利的に太陽瞑想やら日拝、、瞬間凝視法とかを実験検証していくプロセスでテクニックに走り過ぎたために・・
 過ぎたるは及ばざるが如し・・と言いますか・・検証作業も兼ねていたのですが・・
あれこれ我欲、私欲でやり過ぎて
 行き過ぎと言いますか・・
リアルに眼が痛くなったことのある自己反省を含みます(^_^;)  )

それに

ここに書いている内容の如き

 眠りとの境界の起きて直後・・目覚めてすぐ( パッと )・・まどろんで・・ぼーーーっとしている( まだ夢見心地の )半意識状態から意識が戻ってきて・・自我意識的思考の雑音があんまり働きにくいうちに・・( パッと )朝日の新鮮な氣( 夜明け・・日の出直後の朝日の光・・生かさずにはおれない新鮮な力の象徴精髄力を生じせしめる無相の主体に感謝し合掌瞑目すること )は


 起きがけという時間帯も自然の摂理で心の被暗示性が非常に高まっているし


 受け入れる側の印象受容量が最大値・・MAXに近く・・生かさんとする象徴力を受け取る側の刺激が強いですので



 ここに詳述したような内面( 内界 )の領域の意味づけを含めた方法でやってみたい方は

 決して・・へらへらしたような・・えー加減な気持ちで臨まないように・・
謙虚な気持ちで為さることを、くれぐれも心からお願いします。


目を瞑ったままミレーの晩鐘の奥方さまの如く深く頭を下げ合掌し


 目を瞑った瞼の裏で光を感じて日の出の光を頭の後方で受けて朝の太陽の背後の見えざる・・生命を生かさんとする巨大な一なる何かに心の垢のクリーニングをしてもらって・・申し訳ないなと神妙に手を合わせて感謝し( 合掌瞑目し )眼をつぶったまま・・そのおいしさをゾクゾク味わいつつ通常意識に戻るのを待つべきです。


 目の前で( 眼を掌でふっくらと覆うようにして )合掌するのに抵抗がありましたら・・

( 健康法の一環として割り切って )

 朝起きたら
すぐにパッと 
   頭を下げ目を瞑ってジワリと朝日の光に突貫する
だけでも
 それなりの効験があるはずです。


とりあえず、
信じなくてよいので。( 汗







 お日様の背後の何かに対する畏敬の念があって

 眼に病( やまい )のある方の場合
  主治医やらに相談して指示を受けてもいいでしょうし、日の出ちょっと前の・・曙の光が天空に少し刺してきたくらいの朝日の光であっても
  ちょっと・・
これは刺激が強すぎかな・・という不安な感じ( 畏怖の念 )がある方の場合

※畏怖の念のある方のほうが正解だと思います。( 汗



 
 ( 日の出直後の )朝日を浴びることはよい・・とお感じでしたら


いろいろ気を使わず

立地条件等にもよりますが

ベッドが東側になければ
 東側に移して、厚いカーテンは開けて淡いレースのカーテンにし

東枕にして


朝日の差し込む時間、、光の到達位置や角度を事前に観察することで確認して

ガラス窓と薄く淡いレースのカーテン越しに
やわらかな日の出の光が間接的にベッドに差し込んで
やわらかく反射するような位置を上半身・・頭にして
寝たらよいでしょう。

南枕とかでも・・朝日の光が窓から差し込む到達位置や角度によってあれこれ光の調整ができます。

夏場でしたら朝6時くらいが日の出になります。

やわらかな日の出の光が窓ガラスと淡いレースのカーテン越しに間接的にベッドにふわりと差し込んで
やわらかく反射する付近に体・・上半身を置いて寝ればいいだけですので。
これだと朝日に雲がかかったような光になり
3000ルクス〜5000ルクスくらいの柔らかい光を上半身にジンワリ浴びることとなるはずです。


で・・目が覚めたら( 意識が戻ったら )・・やわらかい光をジンワリ味わいつつ・・ああ生きてた有難うございます・・とちょっとだけ黙念すればよいでしょう。( 滝汗



あるいは

 朝起きた直後

  ソロリ・・ソロリと眼を刺激しないようにしてハイハイするような格好でもよいですのでサッシをソロソロ開けてベランダ等に出て
 あるいはレースのカーテン越しに

 目を瞑って明るさを頼りに朝日の光を探して

  目と眉間のすぐ・・あるいは、3〜5cmくらい前方に
両方の手のひらでシッカリ両目を包んで
手のひらを合わせて
 
  眼をつぶったままで

 眼を強い光から守るためにも
( 日の出直後の朝日の曙光とはいえ夏場は10000ルクス位でそれなりに強いですから )日の出の太陽の背後の何かを深く拝する格好で

  明るさを頼りに
   朝の太陽の方向を探して
   ( 目をつぶったまま )朝の光を
   ジワリと受け・・瞼の裏・・そして全身で温かさを感じ・・

陽氣の背後の何か
に、ちょこっと感謝するだけでよいのではないでしょうか?

 何ヶ月も試行錯誤してみましたが


ちょっぴり爽快感があって、継続したい場合は


 こちら( 目を瞑ったまま瞼の裏で光の明るさや温熱を感じて




 頭の後方の延髄付近で受けて


 手を合わせて( 合掌瞑目し )


 日の出直前〜直後の朝日の光が意味する何か・・

 背後の大いなる見えざる何かに感謝する・・



頭を下げ眼を閉じたまま通常意識に戻して・・そのまま下を向いてお部屋に帰る )
ほうがよい
ようです。

 また

 
日の出よりも早く起きる方
旭日の光を目を瞑って( 場合によっては、手を合わせ )頭を下げた延髄付近で光を受けて、やわらかい温かさを全身で味わうだけでもよいです。




 これ( 起きがけの日の出直後の旭日の光を頭を下げ手を合わせ目を瞑ったまま拝し光を感じて通常意識に戻し、 そのまま〔 下を向いて 〕お部屋に戻る )


  ・・刺激が強い場合はもっと深く頭を下げて両方の手の平でシッカリ・・手を合わせて感謝することを心がけていきますと


 
心の大部分を占める( 心の奥座敷 )の汚れが少しずつ、少しずつ脱がされて
 心が満足しやすくなって
  眼、耳、鼻、舌、皮膚等の器官で受容し外界の感覚の印象を脳髄器官で翻訳し統合的に心に伝える橋渡し役である

     愉しみ( 楽しみ )、面白み、有り難味、不思議さ・・をゾクッと感じせしめる
         

 知覚に深く関係するところの繊細な・・感じせしめる感応性能( 感じ方を司っている、とーーっても大事なところ )の働きを、ちょっとずつ活性化させ

尊く清く明るく強い・・大らかな積極精神を少しずつ作成、把持するのに
強力な助けになっていくのじゃないかと思っています。



 
※現時点では、私( 岡崎 )自身・・( 本音・・正直には )天風先生が定義なさっている感応性能

 五官感覚を大脳で統合して心に伝えて知覚せしめるのに重要な役割を果たしている感応性能( サジェスティビリテート;日々新鮮、不思議なことをそのまんま不思議に感じせしめる心のアンテナみたいな性質のあるもの ) の定義とは、ちょっぴりズレた感覚になっていますが・・。

 


 それはさておき(^_^;)



 この方法( 起きた直後の曙・・夜明け直前〜直後の初々しい光を意識朦朧 朝日の光の背後の力を産む見えざる無形の主体に心の奥底の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないな・・と想いつつも感謝し、やや下向き加減・・手を合わせて感謝した格好のままで・・両手のひらで両目を覆ったなかで、うっすら薄眼を開け


 じわチラで間接的に光を感じ・・すぐ( 0.5秒以内 )にパパッと眼を閉じること )

 ぶっちゃけ ( 頭を下げ手を合わせて合掌瞑目して朝日の背後の生かそうとする何かに感謝する )ことは



私自身でもやってみて・・あれこれ試行錯誤していますし

 天風哲学的には、同情すべきではなく励ますべきなのですが
 同情せざるを得ないような

 とてつもなく深い凝り、シコリ( 深い心の傷 )を心に抱えている方々を含めて結構な数の方に試してもらって奏効( 特効 )があった方法でもあります。



STEP1をSTEP5でフィードバックして習慣慣性の力を強めていくことで継続を容易にし



 特にSTEP1とかは、淡々と実践している多くの方々から感謝のメールをいただいています。




ですがSTEP1とかを熱心に実践していて・・


クヨクヨ取り越し苦労・・狐疑逡巡、自己憐憫、漠然とした不安やらを止めたいのに・・


なかなか・・その心の癖が抜けないというか・・止( や )められない止( と )まらない方

あるいは

感受性が強く
性格的におとなし過ぎて氣の優し過ぎる方・・

とてつもなく深い凝り、シコリ( 深い心の傷 )を心に抱えている方

 さらに


魅力的で妬まれやすい位置、立場の方とかも


理由は深くは書きませんが( こういうのを書くだけで100ページくらいになるため )

ここで書いている

( 起きがけに目を瞑ったまま・・( 旭日の光・曙のやわらかな光 )を求めて
心の凝りを解いてもらって・・申し訳ないなというお詫びの気持ちで
頭を下げて目( 顔 )の前で両方の掌を合わせて
日の出の光と温熱を目をシッカリ瞑( つぶ )った( 延髄付近 )でやわらかい光を受けるようにし



目を瞑ったまま光を瞼の裏で感じてお日様の背後の見えざる無相の力の本体に
ただ・・嬉しいな・・有難いな・・有難うございます・・と

目を瞑って黙念、感謝しつつ( 合掌瞑目 )
全身で光を感じて味わい通常意識に戻す・・


そうして・・そのまま下を向いて

余韻に浸りながらお部屋に戻る  )をしたほうがよい
でしょう。



これ( 起きがけ朝日を頭を下げ掌を合わせて両目を覆い拝す・・その体勢で間接的に朝陽の光の背後の何か・・あるいは手を合わせて感謝した体勢で目を瞑ったまま光を感じて通常意識に戻す・・そうして、そのまま( 下を向いて )部屋に戻ること )が方法と言えるかどうかは・・あんまり自信がないです。( 汗


 何度も書きますように


 結果的に・・曙・・・日の出のおひさまの背後の生かさんとする巨大な大生命エネルギーを産み出す何かに心の垢、凝りのクリーニングをまかせて・・申し訳ないな・・と感謝し手を合わせる格好になります・・。

ただ

この方法は


 いろんな内外の条件がうまく重なったら・・( 理屈上も )


心の奥底の古傷というか苦素と言いますか苦痛素というか

恨素と言うべきか


積念(年)の宿阿素と言うべきか

凝りというか汚れというか

( われ知らず )誘発せしめる
凝り塊りとも云うべき不良性の傾向のマイナスの思念素といいますか
 
 

 通常意識では自覚され難い・・普段は識閾下に深く沈んだ

 心身の風通しを絶縁せしめるヘドロのごとき抵抗素とも云うべき

 潜在意識から表面意識に思う材料を供給する配水管ならぬ配念素管とも云うべきパイプに
凝り塊り、ねっとりとこびり付いた水垢・・マイナスの観念原料
( マイナスの記憶の咎・・と云いますか
不愉快な記憶心象の曇り、、邪念やら ) が

内界の心の奥座敷の印象材料が詰まった貯蔵庫及び連絡パイプから・・
マイナスの観念要素( マイナスの印象材料)が
瞬間で
光照射熱気殺菌漂白され中和され
吹っ切らせてプラスの快い印象材料がズドンと深く刻印されて
淡々と地味に続けるだけで
ちょっとずつ何かが変わっていって

 
ある意味、人によっては人生リセット・・
 うまくいけば人によっては0.5秒・・一発で人生を変えてしまうきっかけになる可能性がある方法
 まっさらにできる場合がある
方法( ルートのひとつ )になるはずです。( 人によっては )

( もちろん、過去の経験というのは人それぞれ独自のもので消すことは出来ませんが、こういうシンプルなことを続けることで、そこから全く新しい何かを汲み出すことが出来るようになるという意味ですので念のため )

 これも・・前述しましたように


「 成功の実現 」「 心に成功の炎を 」「 盛大な人生 」
( 日本経営合理化協会 中村天風述 )等を自身で研究しつつ真剣に実践し

 もっと簡単な庶民的方法を相当に
苦心惨憺・・真剣に求めていくなかで

 相応な代償を支払って

フト思いついた方法です。(^_^;)
 




  パッと

演繹的に閃いた直感がメインです。

ただし

閃いた後・・あれこれ検証するために結構な時間をかけて


 私自身、涙目になりつつ( 汗


リスクをカナリ犯して


医学的にはカナリ網膜を痛めて・・

痛めることも承知していながら( 汗


痛い思いをして・・太陽瞑想的テクニックを求め過ぎて( 汗
      試行錯誤したのですが( ←カナリ無謀 )

 結局、眼を守るという観点からも

 これが適用できるのは

朝陽( 夜明け〜日の出直後 )のやわらかな光で


 

 手の平を顔の前で合わせて両眼を覆うようにして合掌瞑目し朝日
( 正確には曙の光の背後の生かさずにはおれない衝動力を産む無相の大生命 )に心の垢のクリーニングをしてもらって・・申し訳ない・・という反省と感謝するへりくだった姿勢に
ならざるを得ません。

( 夏場は、朝日とはいえ、特に日差しが強いですので、続けたい場合
 日の出から概ね30分以内
以外に
 ・・・( 瞑目したまま朝の蘇りの曙の光に身を浴するだけなら、日の出から午前10時くらいまでならよいと思いますが・・

両目を両手のひらでふっくら覆った格好で光を間接的に、じわチラと入れる )のも、日の出に近い時間帯でない場合は避けたほうがよいでしょう  )
 

 それに


生かさずにはおれない大きな調和力を生ぜしめる主体に感謝し襟を正す姿勢が必須ですので


 お日様の背後で、かくれんぼしている生かさんとする力を生ぜしめる無相の何かに対する畏れ・・と言いますか畏敬の念・・敬虔さや感謝がない方には・・お奨めできません。

   


やってみたい方も

 決して・・へらへらしたような・・えー加減な気持ちで臨まないようにお願いします。





   将来は、私( 岡崎 )なんぞより遥かに偉い
  学者や識者が

 こういったこと( 方法 )の 科学的裏づけを・・


もっと深い専門的見地から・・してくれたらよいなと思っています。





お医者さんは馬鹿にするかも・・( 汗


 あるいは・・結果的には・・こういう間接的に・・おひさまの光を感じることも眼によくない・・と言うかもしれませんね。( 汗

 相当に検証もしましたし無難な方法として掲載したのですが。





   基本コンセプトは



 一部の天才とかが出来るとかいう方法ではない
 凡俗、凡庸な人間でも出来る
 
 How to Do ・・であり
 例によってシンプルな方法で、( 個人差はあるかもしれませんが )

 再現性があり



実践の積算による結果がすぐに出やすい・・即効性があるということです。





 私自身が、How to Say に

ことごとく泣かされ凹み
千万苦労し

煮え湯を呑んできた苦悩がありますので(^_^;)








 とりあえず ちょっと今回の方法の解説をいたします。






 私たち人間は、ある意味( 観方、着眼の仕方によっては )
暗示せしめられる事物、現象に接し
充満した世界に生きていると観ることもできます。





外界( 生活空間 )のなかで、あれこれ
活動、生活していて
 
 人工的な映像、音声等でないもののうち


  外界の映像を内界の心に印象せしめ
 かつ森羅万象の生命体にとって有益で
 生命を生き生かし化育せしめる新生力が最も強いのは

 お日さまの光( のうち 朝日のあの初々しい光 )です。




 これ以上・・というのは森羅万象・・見回してみてもなかなかないのではないでしょうか?


 



 で

特に

 朝日を浴びるのは素晴らしい作用があります。


 このページをご覧のあなたもよくご存知のように


 朝日( 特に夜明け〜日の出直後 )の明るさ( 光 )を浴びると脳神経系が刺激されて
 間脳及び松果体を刺激し振動させ


 生体リズムの調節や快適な眠りを促す作用があるメラトニンというホルモンを誘発分泌し
 活性酸素の除去や乳酸その他のいわゆる疲労物質の代謝、分解力を高めます。



 また


 ( 日の出直前〜直後くらいのやわらかい光を浴びること )は、心の下位作業機関である脳内に薬用葡萄酒の如き上質な興奮素であり
蘇りの活力素のセロトニンの分泌も促し

  セロトニンは、脳の奥深くに位置し、より原始的、本能的な直感の中枢とされドーパミン受容体が集中している線条体の活動を調節する・・という仮説もあり、喜びをもたらす神経伝達物質のドーパミンやノルアドレナリン等の分泌量を適切に調節する働きもあるとされています。


  こういった内分泌ホルモンは心に波及し、物事に集中せしめる力を高め、イライラや気鬱を払拭し

氣分をスッキリ安定させる働きや

 目覚めや睡眠に関係する重要なホルモンであるメラトニンの分泌にも影響します。

 ( なぜなら、あなたもご存知のように、メラトニンは、セロトニンを材料にして生合成されますから )

 さらには

 過度な本能的欲情念の擾乱の鎮静化


 道徳的退廃を誘発する奥底に溜まった猥雑なマイナスの観念要素を浄化し

 思ったり考えたり思い浮かんだりする連想自体が綺麗になって

奥底に蠢( うごめ )く邪な欲望を( 
実践しない以前より )

少しずつ少しずつ、、徐々に純化精錬する働きもあるようです。

 それ以外に

 陰気くさく塞ぎ込みがちだったり、とにかく以前の私のような資質のないような方でも(汗




 大きなユーモアを持って諸事万事の事柄を捌いていくのが少しずつうまくなっていくはずです。




 理論上は、( 心が満足しやすくなるので )本能心のうち不要残留したものが
整理されやすくなって
                         

心が深いところで満足しやすくなるため

過食・・暴飲暴食もなくなるはずです。

どこがどうということもなく

生活が綺麗になっていくのではないか・・と期待しています。


 
これ( 仮称 旭日の光による観念〔 要素 〕の更改法 )についても
ぶっちゃけ

目覚めたら頭を下げ手を合わせて朝日の背後の何かに感謝すること


 あるいは


 太陽を元にした健康法やら気功法・・瞑想法としては・・世界的に見たら
 何十、何百もいろんな方法が案出されていますし・・
宗教儀式として行う団体もあります。



 高野山の修行僧の方々とかも日の出を拝み拍手( かしわで )を打って大自然との融和感を造ってから一日の修行に入るのだそうですし、インドとかでもスーリヤ・ナマスカル( 太陽礼拝 )という行法が厳然とあります。
( 参考 スーリヤ・ナマスカル You Tube動画 )


 このサイトのこんなページまでもご覧になるような
向学心・・向上心旺盛な方でしたら

フンだ!

 
朝日を浴びることやら

 太陽瞑想・・日拝なら私だってやったことあるよ
・・という感想をお漏らしになる方もいらっしゃるでしょう。 (^_^;)


 実際に私( 岡崎 )も・・ある程度検証し、このページを作成する2009年6月よりもずーーーーーーーっと前・・何年も前からやっていました。 (^_^;)
 もちろん朝だけ 
 で・・実際問題・・太陽瞑想・・そして日拝は、閃いたことを検証する過程で無理( 無茶 )しすぎて目が傷くなったこともあります。



ですが


 今回私が・・創案した( パッと閃いて整理した )方法は

 瞑想ではなく・・暗示的・・心身精錬にも応用できる方法で

 

 
テクニック不要でシンプルでありながら・・
相当に強力な方法
です。


っていいますか・・

結局・・この方法で安全に朝日を浴びるには手を合わせて合掌瞑目し

敬虔に朝陽の背後の見えざる生かさずにはおれない力を生ぜしめる何かに、心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなとお詫びしつつも、ほんわかじんわり感謝する姿形になる必要があります。



強いてあげれば一つだけ秘訣的テクニックがあります。

 これを外すと効力が
大半減します。

ちり紙・・半紙一枚にも当たるような・・ほんの些細な・・
あまりにもわずかな差ですが・・
恐ろしく大きな効力差になります。


  ここに氣づく・・解くのに私は・・誰も褒めてくれないので・・自分で褒めますが・・(笑)  
よくやったというか・・本当に真剣に探求しました。 まじで






 それは


( 朝起きて直後《 半覚醒、半意識 》のアヤフヤで・・
表現するのが難しいですが


 
我〔 わたし 〕が我〔 わたし 〕・・男か女かも・・はっきりしない自意識も曖昧なとき

  

一番最初に
( ←ここが、敢えて・・独自性を強調するならオリジナル・・と言えます )


目を瞑ったまま頭を下げ朝日の光の背後の何かに・・澄まないなと感謝し
手を合わせて頭を下げ( 合掌瞑目し )
瞼の裏で光を感じて初々しい日の光を味わい
その初々しい光輝燦爛とした美しい情景( 快い印象材料 )を心魂に刻みハッキリした通常意識・・日常意識に戻し


そのまま〔 下を向いて地面を見つつ 〕お部屋に戻ることで

視神経を経て脳神経系統を
刺激する光を朝の( 陽氣 )の光を感じ


背後の見えざる生かし化育せしめる力・・自然活力( ヴリル Vril=プラナ Prana)を生じさせる何かに生命を
浸らせるようにする 

ということです。

 秘法も秘術もなにも無いですが

 まさに紙一厘( 半紙一枚 )の差です。





ぶっちゃけ

 「 朝、意識が戻ったら・・つーーーべ・・こーーーべ・・ぐちゃぐちゃ・・
屁のツッパリにもならないような糞の役にも立たない・・くだらないことを思う・・
脳髄に記録保存された照合材料による旧い・・大概はマイナスの観念が奥座敷に溜まった思考に縛り付けられた思いの屁理屈の雑音が始まる
前に・・真っ先にパッと
( 難しい作法やらテクニックとか考えず )
 
誠心誠意




澄まないな・・と想いつつ頭を下げ眼をつぶったまま・・顔の前で手を合わせて合掌瞑目して頭を下げ・・
曙の蘇りの光( の背後の何か )に、ただ感謝瞑目する・・霊妙な何かに身を浸して刷新し
生命活力を頂く 」
・・これを愚直に・・( 要するに )朝起きたらパッと( いの一番に )ベランダ等に出て生々化育せしめる主体に感謝する行為を淡々と続けるということです。( 滝汗




 
    実践してみたいとチラと思った方は
 うまく内外の条件が合致して嵌( はま )れば
 刺激が、かなり( 意外に )強いですから

 決して・・へらへらしたような・・えー加減な気持ちで臨まないようにお願いします。


それに

起床直後、すぐベランダに出て
他人から見られてもいい服装にしたほうがよいでしょう。





偉そうな書き方をするなら( 汗


 
起きがけのまだ・・意識が混濁・・朦朧( もうろう )とした半覚醒、半意識状態・・大脳の制止作用がまだ
ゆるやかに働いて脳髄由来の思考活動が減退しているときに

 その少し、心がボヤッとしたような



フワフワした意識を崩さないように

  

 起床直後に

朝日( 日の出 )の光
以外の

 光刺激を極力眼に入れない・・
ということ
( この方法は、太陽瞑想とかの太陽視法と違って頭を下げ合掌瞑目した
間接的な光の入れ方ですが )

 ファースト・インプレッション
( First Impression )を
    朝日の光  

 あるいは
( 曇天であっても雨でも )


 ( 日の出直前〜直後の曙の光ほどの効力はないですが )

外の日の光を目を瞑ったまま、ふっくら手を合わせて

頭を下げた、延髄付近で光を受けて
間接的に拝光し背後の見えざる生かさずにはおれない力・・その力を生ぜしめる無形の何かに心の奥底の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなと想いつつも・・心身を浸し・・ありがたいなと思いつつ、全身で光を味わい日常( 通常 )意識に戻すようにする
ということです。


 当方で発行しているメルマガ読者の方から詳しい説明を求められたので
 もう少し詳しく書きますと



日の出ちょっと前のやや夜が明けたくらいの朝日の光の場合、両方の手のひらを
合わせて両目を包みつつ

 目をきゅーーーっと瞑( つぶ )って頭を下げ・・曙の陽光の背後の何かに感謝する格好にして

その手を合わせて感謝した格好・・瞑目した状態から

頭をグッと下げた延髄付近で光を受けて

 両手のひらで両目をふっくら覆った超薄目でチラと光を入れてパパッ( 0.5秒くらいで )と目を閉じるのがよいのですが



 ライフスタイルや起きたときの太陽の位置は、起床時間等マチマチな場合があり、自ら選択できない場合がありますので


とりあえずここに詳述した方法で実践してみたいと思った方は



 決して・・えへらえへらしたような・・えー加減な気持ちで臨んで・・それを続けないようお願いします。


 手を合わせ目を瞑ったまま朝の陽の光の背後の見えざる力を生ぜしめる何か
謙ってお辞儀する格好で

 合掌瞑目したまま光を瞼の裏で感じて、頭を下げた延髄付近で光を受けてパクパクとその光を味わい通常意識に戻すだけで地面を見ながらお部屋に戻るようにすべきです。


この

朝のちょっとボンヤリ・・
ボヤッとしているときは

  ( 吾 )を起点として見たなら

  通常( 日常 )意識ではない・・意識朦朧状態のため


   固定観念・・そして小さな自我意識の軌道も定まっていなし・・抗暗示障壁の壁も弱く・・固まっておらず・・まどろんでいて不安定


  外界やらからの印象をダイレクトに心に受容するのを自然習性で抗する暗示障壁が、まだきちんと形成されていないときです。

  

    言い方( 表現 )を替えるなら

 ( 吾 )を起点として見たなら

 自覚できる思考の表面意識層より下に潜( かく )れた識閾下の領域が表面に
浮き上がりやすいときです。


 すなわち


  
尊く力強く愉快で快い記憶・・

 ・・氣が咎めない本心良心を輝かさせ

少しずつ生じやすくせしめる

磨きたての真珠を薄絹に包んだようなきれいな氣持ちになるような

 感じを無自覚・無意識に誘発せしめ
向上せしめる
成長( 積極 )思考の組み立て材料
( 積極想念のエネルギー源 )となる


  ( 積極的観念要素 )やら



本来的な根から出た思いでは無い屁理屈と偏見の思い
 

 具体的には

表面の心でははっきり自覚されない潜在意識領に( 無自覚に )糞詰まった宿阿素というか



 
氣を消耗させゲンナリさせる・・すなわち悲しく思わせたり、腹を立てたくないのに何か腹をすぐ立てたくなるマイナスの想いの種やら
憂鬱に思わせる思いの種・・


もうちょっと説明するなら

 人を裁きたくないのに裁いたり

 反逆、反抗せしめたり自己虐待せしめたり、嫌悪したくないのに嫌悪せしめる嫌悪の思いの種・・とか不平・・不敬、猥雑、卑猥・・恨み・・後悔・・憎悪・・恥辱・・悲嘆・・不正・・クヨクヨ取り越し苦労、泥を塗りたくったような汚い思い( 念 )を産むような思考原料( マイナスを表面の心に何らかのきっかけで衝動的に飛び出させ思わせ感じせしめる材料要素、思いの種子 )
  
不快で粗雑な・・自覚されず沈積された記憶の種
( 消極的観念要素 汚れ )

 
もうちょっとわかりやすくは、、具体的には


くーーーだらないことに私憤を燃やして怒ったり
心を悲しみに紛れ込ませたり
恐れ迷って戦々兢々としたり
やきもちを妬いて憎んだり
恨んだり

( 用心や建設的準備をするのではなく )取り越し苦労し懊悩、煩悶したりする

考えないでいいことを考えたくもないのに堂々巡りで考える
 
こういった思考を誘発する観念の原料( 観念の種子 )が原因になって


 
何らかの刺激により触発され

無自覚・無意識・・反応・反射的に思いを誘発せしめ


  感じせしめ思わせる観念の原料( 種 )が、条件反射的に思うことと
セットになって
連結充満して思うということに膨らんでいくのですが


・・( 目覚めて直後は、寝入る直前同様 )

潜在意識(領)の本人もハッキリ自覚されない、 あれこれ思い浮かべたり考えたりする・・ それと気づけるところより、

さらに深いところの自覚されない・・
浮かばせているところ( 思考原料庫 )の領域が
自然の法則というか自然の摂理で

 
   ( プラスの思考原料、マイナスの思考原料を問わず、観念の種子 )が、浮かび上がりやすくなっているような格好で



むき出しになるときです。



と言うことは

 ( 裏返せば )

( 朝・・無意識から意識が戻って直後は )

 外界・・あるいは内界の思考活動に伴う印象
 ( 暗示 )に非常に鋭敏に感じやすくなっていて


   ( 心のスクリーンの奥のフィルムの材料を提供しているパイプに付着したマイナス・・悲観的、卑屈に思わせる消極念やら劣悪で低級な動物的感情情念、、邪欲、邪念を拭い去り、消去、漂白しやすい、あるいは、新たに化育せしめる蘇生力を、ちょっとずつ刻印しプラスの印象材料を再刻印しやすいとき  )ということも出来ます。




 このときに・・その半覚醒のぼんやりした・・
ボヤッとした
意識を・・ソロリンソロリンと保って・・・・心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなとお詫びしつつ
日の出すぐの朝の太陽由来の( 陽氣 )
     眼を包むようにして両方の掌をふっくら合わせつつ、お日様の背後の見えざる力を生ぜしめる主体を・・感謝をしつつ結局拝する格好で・・瞑目し・・その状態で超薄目で
光を間接的に感じてパパッと閉じるか・・手を合わせて朝日の背後の見えざる力の主体にお辞儀し目を瞑ったまま

頭を下げた延髄付近で光を受けて
光を感じて味わい通常意識に戻して、そのまま地面を見てお部屋に戻る
ようにすることで

 外界から内界に・・抗暗示障壁が弱い状態で


 奥座敷の心に強烈かつ、やわらかく・・朝日光の生々化育せしめる力( プラナの原材料 )が心の奥底に刻印され

本来的な思いでは無い思い

 すなわち


心の( 奥底 )のヘドロのごとき垢

 氣を消耗する消極的・・すなわち悲しく思わせる想いの種やら
憂鬱に思わせるマイナスの思いの種・・

 表面の心に思考原料を供給、相互連絡しているパイプにこびり付いた

 自己卑下、嫌悪、悲嘆、反抗の思いの種・・とか猥雑、卑猥・・恨み・・後悔・・憎悪・・不正・・取り越し苦労、泥を塗りたくったような汚い思い( 念 )と連結され、その思いを産むような不調和、不快な思考原料
( 思わせ感じせしめる材料要素、思いの念の種子、思考材料 )が


 瞬間殺菌され払拭され( 逆に )
    快く初々しい・・プラスの印象材料を大豊富に心の深い所に刻印、累積させ
 思いの傷を根っこに近い処( ところ )から癒すことで

どんなに否定的で反抗的・・疑い深くても



とにかく信じなくてもよいので




 とりあえず・・朝起きたらすぐに( パッ )と

 頭を下げて合掌瞑目し朝日の光の背後の何かに・・ただ・・澄まないな・・ありがたいな・・嬉しいな・・としみじみ感謝し光を浴び、心に刻み込む行為を淡々と・・へりくだった気持ちで、ただ反復するだけで
心の持ち方が少しずつ、、、自然に変わって次第にパワフルになっていき


 辛がったり、苦しがったり、情けながったり、愚痴や不平不満をぶつぶつお漏らしする自分ではない

喜びと感謝で生きられるほうの自分を探し発見しやすくなって


 考えないでよいことは考えず

 場とのつながり感が出来てきて

 心も満足しやすくなって

 創造的、、建設的に楽しく考えて構想を練るために合理的に考えるべきことをきちんと考えるようになる

 心を均( なら )し平らかにしていくのにも

非常に役立つことに( 理論上も )なります。



 もうちょっと平たく言えば

 


 真っ先に、頭を下げ、やや下向き加減・・で手を合わせ
( 合掌瞑目し )
夜明け前から日の出直後の朝日の光を


意識が戻ったらパッとベランダに出て
頭を下げ延髄付近に光が当たるように受けて感じるように突進し朝日の背後の何かに
心の垢の洗濯を委ねて

心を全開にし委ね日干しにすることで


 お日様の背後の

 見えざる在りてある存在・・生かさずにはおれない大根大本の力の


( 自我意識の抗暗示障壁がいまだ・・あまり形成されてないときにおける )


新鮮なヴリルの流入によって


 消極的に、、マイナスに思わせ感じせしめ不機嫌、暗澹、不愉快を誘発せしめる
不調和な念の種子が奥底の心から殺菌され傷が深い領域から
修復されていったら

 ( 理屈・理論上も )

  ハッキリした通常意識( 日常意識 )では、自覚されない深い領域の

本来の思いではない・・パイプにこびり付いた消極的・・邪念・妄念のマイナスの印象体験素
 マイナス因子という原因が思考原料の連絡通路から自然消滅して除かれていくため

 本来の根の思いではない・・消極的・・邪念・妄念のマイナス観念の思いという機縁の提供と無自覚の領域でヒッソリ行われている歯車の反射連結がされず、思うという結果が
誘発されにくくなり・・
消極的・・マイナスに思う歯車が
カラカラ空回り
することに( 三段論法で )なります。

 ( 結果的に、妙に抑圧したり我慢することなく
自然に思えなくなって )
 天与の我ならぬところから律動する独立自主の意志の力や内奥の生きる力、、温かな平安力も( 以前よりは )高まり

 消極的な思い・・マイナスの固定観念が自然に弱められます。


 観念要素の更改法 とセットにすることで

 
鬼に金棒・・百尺竿頭・・押す力になり

 環境やらからの( 否定的 )影響を受ける度合いが減り


 本来の・・( おてんとうさま )の如き

 本来のあなたと繋がった

 平和で大らか・・円満、温和・・明朗・・純情な思い が



( 以前よりは )豊富に出やすくなり心を積極化し
身体・・本能心由来の劣悪な情念、マイナスの邪念を弱めて整理して本来の統御力を少しずつ増大させるということです。




 心理学的に深めるのでしたら



朝起きて・・まだ・・ボンヤリ

    ぼお〜〜〜っ 
ボヤッとしているとき



 目がやや覚めて直後
( 半覚醒・半意識 )の心の持ち方
というのも

睡眠直前の心の持ち方と同様に


生命に対して重大な影響があります。


  朝の起きがけのボヤッとしたときと言いますのは

 


  私たちの心が、その習性上


  心で思うこと、及び外界の印象を非常に感受しやすく
心が印象に
同化されやすい・・善きにつけ悪しきにつけ
感じやすい心になっている絶好の( とき: 時 )


  ラッポー期のひとつです。


 ですので

  そのとき( ラッポーの旺盛になっているとき )に


  一番最初に感じる光が癒しと蘇りの
( 
朝日( 特に夜明け〜日の出直後の曙の光 ) ですと
  
 見えざる無形の先天の一氣の滲み出た
象徴とも云うべき、お日様の光という森羅万象を生々化育せずにはおれない活力素( ヴリル 、プラナ )の

あなたの心( 内界 )の深い所への陽氣の刻み込む力
生命を充実せしめる作用力
そして思考活動に
与える影響力も
( 理論上も )最大、、最高潮( MAX )になります。




 ★まだ・・ぼーーーーーっとした・・ちょっと意識朦朧( もうろう )
  としたとき


 ★眠気眼( ねむけまなこ )
 
 ★朝起きて・・すぐに電気をつけたりしない

 ★朝の太陽のやわらかな光を感じるまでは
   極力目( 眼 )に他の光を入れない・・

 
 
 ★目を大きく見開いたりして眼筋を刺激して大脳神経系の
 活動に伴う思考活動を誘発させない


 ソロリソロリ・・這うようにして窓を開けて・・ベランダに出て・・とにかく

  ( 朝起きて直後《 半覚醒 》のとき

まず・・ああ生きてたありがとうございます・・と感謝し
  

新たな1日を始めるに当たって

 一番最初に感じ心に刻み込む光を

 手の平を目の前で、ふっくら合わせて
心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなと想いつつも
頭を下げた延髄付近で光を受けて

無邪気に感謝する最初を
朝陽の背後の見えざる力を産む何かにする



頭を下げ目を瞑ったまま明るさを頼りにお日様を探し・・ミレーの晩鐘の夫婦のごとき純朴な美しい相で朝陽の背後の見えざる力を産む無形の懐かしみのある主体に頭を下げ手を合わせて眼をつぶった瞼の裏で光を間接的に感じて・・頭を下げた延髄付近で光を受けて光を味わい、摂取し通常意識に戻して生命活力を補填し・・下を向いてお部屋に戻る )
視神経を経て脳神経系統を
刺激する最初に手を合わせて感謝し間接的に入れる最初の光を蘇り・・癒し力が豊富とされる朝陽の光にし背後の見えざる力を生ぜしめる本体に・・ただパッシブ( 受身 )になって感謝する・・この行為を淡々と繰り返して( 心地よさを心が感じるようなら )継続し日課にしていく。
 


  これだけで・・東天の碧空の光が私たちを
 生かしてくれる力の奥底の心の洗濯&刻印力が
 全然
断然違っていきます。

 まさに紙一厘の差ですが・・



★眠気眼で薄目を開けて・・下を向いてソロリソロリ・・
ぼんやりした意識のままベランダに出て・・
眠気というか・・ぼーーっとした半意識のぼんやりした・・ほぼ思考停止朦朧とした意識状態を
やや残存させながら
下を向いてソロリ・・ソロリと慎重に窓を開けて

  


  頭を下げ目をつぶったまま明るさを手がかりに朝の太陽の輝く
 方向を探して

 


両方の手のひらを眼を包むように合わせて深く頭を下げる



目を瞑ったまま明るさを手がかりに朝の太陽の輝く
 方向を探して ・・朝陽を産む力の背後に頭を下げ・・手を合わせ




感謝し・・頭を下げ、延髄付近に光が当たるように受けて
光を感じつつ眼を開けないで合掌瞑目し通常意識に戻るまで
じーーーーーーーーーーーーーーーーんと印象材料を沁み入れて

待つこと三分・・チキンラーメンってことです。


  
( 朝起きて
一番最初に( 眼をぎゅっと強く閉じたまま )拝し感じる力を朝陽の背後の力を生ぜしめる見えざる何かにする )
 朝日の背後の力・・その力を産む何かを貴重に思い・・他の刺激からの誘惑を避け

 浮気せず・・親密・・仲良しになる。
 
 

 

 
丹田呼吸に注意することやら
不要 ( ← 必要ないです )
 


 クンバハカも不要

  
↑ ↑ ↑
(  これも、ほぼ気にする必要はありません )

 



  
テクニック全く不要です。( 難しい作法なんて要りません )


  強いてあげれば、意識がぼやっとしているときには半端なく刺激が強いですから頭を下げ両眼を両方の手の平でふんわり包むようにして合わせて

 曙光の背後の蘇りの力の無形の主体に対し、澄まない・・けど有難うございます・・と感謝・・黙念するほうがよいです。

 




※私自身、相当以前から・・この方法も、あれこれ検証して自身でも実験していまして満月の日に行っても快調で・・特に悪影響は無い( 感じられませんでしたが )
 刺激が、意外に強いですから
  よきにつけ悪しきにつけ月の影響で
    感情が昂奮しやすい満月の日の朝日の光の背後の何かの真っ先感謝間接光チラ見・・は・・避けたほうがよいのかもしれません。


 朝起きて・・まだハッキリ目覚めないとき



 頭を下げ目を瞑ったまま明るさを手がかりに朝の太陽の輝く
 方向を探して ・・光を感じつつ目を瞑ったまま朝陽の背後の力を生ぜしめる無相の宇宙霊に手を合わせて有難く感じる光・・・・を有難い朝の蘇りの光にする
 )

 


 ある意味

 赤ちゃんが無垢になって乳を恋慕うように


 朝・・夜明け〜日の出直後の太陽の背後の大きな力を産む見えざる何かに澄まないなと自らを投げ出す
( 放下す )ことで


 燦燦と輝く朝陽の背後の力を産みて産み出す何かから強烈な暗示をさしていただいている

というようなミレーの晩鐘の夫婦のごとき純朴従順・・敬虔な心の持ち方・・格好です。
( 絶対他力暗示 )


( 正確には


 ★勇気を持って書くなら
  

   日の出の太陽の背後の見えざる宇宙霊の絶対聖氣
 巨大な真っ白な消しゴム力・・大洗濯力のある絶対調和に・・澄まないな・・申し訳ない・・と自らを明け渡して
 さらすような格好で


ばっと曝《 さら 》して抛《 ほう 》り出して圧倒的な力で押し流してもらう )


  

  私の場合

 現在は、
順番を変えて

朝・・意識が戻ったら・・まず・・ああ生きてたありがとうございます
と感謝し

 朝日の光の背後の力を生ぜしめる無形の大調和統体に半意識のまま
頭を下げ目を瞑ったまま顔の前で手を合わせて明るさを手がかりに朝の太陽の輝く 方向を探して ・・光を感じつつ眼をきゅっと強くつぶったまま・・眉根を広げて・・( 可能なら少し微笑みを作って )眉間の上方に意識( 注意 )を持っていき



結局・・心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなと手を合わせて感謝する

頭を下げて延髄付近に光が当たるようにして初々しい光を受けて
 

 じわーーーっと生氣というべきか印象材料を味わいつつ日常意識に戻す

 この後・・心を高揚、鼓舞し、暗示をぎゅっと練り込む

鏡を用いた断定暗示

やっています。

( 季節や起床時間によって・・順番が入れ替わることがありますが )


  この方法は、私が天風哲人の
 心身統一法を守り熱心に実践しつつ・・その他の方法を俯瞰的( ふかんてき )に模索し


  やっと ( 離 )ができた方法です。


 ( 離 )ができた・・と言っても・・心身統一行法は、面白く、やるのが楽しいので、ず〜っと実践し研鑽し続けてますし、
心身統一法に組み込もうと思えば出来なくはない・・と思います。

( 強いて挙げれば、この方法は、前述したように、天風哲人の心身統一行法の体系のうち、積極観念養成法の2番目 暗示の分析に関連付けてもよい方法です )


 何れにしろ

 中村天風口述書を( これだけやっても駄目なんだから・・もう自己改善なんぞ無理・・人生もままならん・・もう流されるようにしかならない・・と諦めていたとき )に図書館で偶然見つけて・・
( もう相当に前のことですが、図書館の本があった棚の位置まで覚えています )



そこそこ値段の高い本だったから

 「 無料で読めてラッキー・・いやーーーー得した・・(汗 」という・・
実に軽い気持ちで借りたのですが
  
 さらさら読んだところ

  いやーー得した・・
どころの騒ぎではなかった・・と申しますか・・(汗


( 他の方が心身統一法について解説した解説本じゃないから・・散らされたり薄められたりしてないし・・
本当にわかった方が語った内容だから迫力も違って、呆気ないくらいにすぐに腑に落ちたのだと思います。
今から考えると )




要するに(汗


心身統一法を実践していなければ・・ここまで忍耐強く探求することも出来なかったと思いますので

天風哲人・・それから、あーーーんな荒くれで、ひねくれた暴れん坊だった中村三郎をあそこまでの人間に仕立てたカリアッパ聖者・・
更には図書館・・あの本を世に出し発行してくれた関係団体、、出版社の方々・・には感謝しても感謝し切れません。( 汗




 それに

基本的には、心身統一法( 道 )と矛盾しません。

 これが方法と言えるのか・・やや疑問がありますが

 隠れた支配力であなたを支配している奥底の漠然とした領域・・
この領域のクリーニング・・奥座敷の心の雑菌の洗濯とかも含めて
愚直に何年も真剣に探求した結果が・・

あんまりじゃないか・・・というか・・

シンプルすぎるというか・・


自然と調和し純朴・無垢な生活をしてきた古代の日本人が伝統的にやっていたことに
チラと毛が生えたような方法というか

( 目覚めたら真っ先にパッと朝日に向かい・・見えざる力の主体に心のクリーニングをしてもらって・・澄まないなと頭を下げ手を合わせて瞑目し感じて謝る )というのは
果たして、喜んでよいのだろうか・・いかがなものか・・と複雑な心境になりました。


 




 寝入る直前の心の持ち方を

 尊く清く強く明るくすることで・・通常意識では
 氣づくことのできない識閾下に沈んだ思いを自らの責任で洗うことで

心の垢をおとす

   観念要素の更改法( 奥座敷に溜まった本来的な思いの種ではない汚れを
クリーニングして漂白する方法 )の逆バージョン( 起きて直後 )です。

  こちらの方法は、他力的でして大生命の力に奥座敷の洗濯を委ね
どうかお頼み申します・・と・・ただお願いすると言いますか頼むような感じですが・・。




果たして・・方法と言えるのか・・疑問です。



 私が発見したことは、お日さまという光の本体、、特に朝日の光が人間の心身に与えるプラスの佳き影響、
あまりに簡単で当たり前すぎて多くの方が忘れ、見落としてきたこと( 特に現代人が忘れている )、、

その潜在的な重要性を深く再認識させ

 かつ

心身が弛んで脳波が、ぼーーっとしたα1波〜θ波状態くらいの脳波になったとき、、という心が外界の印象をスポンジのごとく吸収しやすくなっているときに行うと効き目が顕著になる、、という知識( 暗示の原則 )を使うことで、効験が確実に出やすいようにきちんと系統的に整理しただけに過ぎない・・と言うことも出来ます。


 


 曇り( 曇天 )の日でも
 太陽の位置を探すようにし

目覚めてすぐ・・目を見開いたりせず

  極力・・朝日・・夜明け〜日の出直後の光以外を( 最初の光 )として入れないようにする


 ここに氣づく・・この紙一厘を解( ほど )くのに私は・・滅茶苦茶苦労しました。


薄目を開けて下を向いて

ぼやーーーっとしててもいいので

・・朝陽の背後の陽氣の力を最初の蘇りの光として貴重に思って

 頭を下げ手を顔の前で合わせて合掌瞑目して朝日の背後の自然活力を生ぜしめる力の主体を拝し・・

 その瞑目状態のまま超薄目やや下向き加減で両目をふっくらと包んだ手のひらのなかで間接的にチラとまばたきするような感じで光を感じ・・パッ( 0.5秒以内 )と眼を閉じる・・

 あるいは


頭を下げ明るさを手がかりに朝の太陽の輝く方向を明るさを頼りに探して ・・

 手を目の前で合わせて眼を閉じたまま朝陽の背後の何かに奥底のパイプに詰まった心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まない・・とただ感謝し・・頭を下げた延髄付近で光を受けて

光のおいしさを味わい通常意識に戻す・・この行為を淡々と続ける

 ただし


 
結局、頭を下げ目の前で両手を合わせて瞑目し深く朝の・・日の出直後の陽の背後の何かに、ただ感謝する格好にしないと・・それ以外の慢心、傲慢・不遜・・尊大・・えーー加減な態度・・姿勢( 相 )では眼に非常なリスクがあります。

 
 なめてはいけません。



感謝し朝日のやわらかな光の温熱を感じるようにすることです。



そうして
  手を合わせて感謝し目を瞑ったまま奥座敷に
日の出の朝日の光の感じ( 陽氣 )を

 ただ有難く沁み入れる




  自然界全体を・・生々化育せしめる力のうち

  巨大で新鮮な力のひとつである日の出直後の朝日の光を
 ありがたーーーい気分で朝日の光を刻むことを反復刻印すると

その落とし込み力が増大し純化精製され


 脳神経系統等を活性化させ生命の生きる力の内容量を
更に
増進せしめるのではないかと思います。


※光を味わうというのがピンと来ない・・・・トンデモだ!馬鹿じゃないの・・と思った方は( 汗
 量子物理学をもう一度勉強してみてもよいでしょう。

 光も粒子( 粒々 )の性質と波の性質の二面性があり共在していますので。

 



 





で・・下向きで頭を下げた延髄付近で光を受けて光を感じるようにして・・やれやれ終わった・・と

すぐに意識をそらして次の行為を行うのではなく


次の行為を行いつつしばらく


 その充実した意識を保って余韻をほんのしばらくの間だけ楽しむようにすると・・
( 少なくとも実践前よりは )
1日中・・シミジミとした・・本来の機能性たる
      積極精神を自然に保ちやすくなるはずです。



今回パッと閃めかされた方法・・結局新しくもなんともない

 なーーーーんてことないことで

( 目覚めてすぐ・・パッと・・というのが紙一重の秘訣です )

 ・・
単純・素朴・・純朴ですが

 眼に病( やまい )のある方の場合

 あるいは

 ちょっと・・この方法は刺激が強すぎのような・・
恐れという感じがある方の場合は

 
 朝・・起きた( 意識が戻った )直後

  ソロリ・・ソロリと眼を刺激しないようにしてハイハイするような格好でもよいですのでベランダ等に出て
心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなと想いつつ
手のひらを合わせて目を包むように顔の前に置き明るさを頼りに光を探し

   ・・手を合わせて朝陽の背後の見えざる先天の一氣に感謝する・・


 そうして・・

 その格好( 合掌瞑目 )で包んだ手のひらのなかで超薄目で間接的に光を感じるチラ見( 0.5秒以内 )閉じはせず



  頭を下げ眼をつぶったままで

  明るさを頼りに
   朝の太陽の方向を探しつつ
手のひらを合わせて両眼をふっくら包んで・・目の前で手を合わせ明るさを頼りに
   ( 目をつぶったまま・・合掌瞑目 )お辞儀をし

心の洗濯を任せて
   有難くジワリジワリ・・ジーーーンと


頭を下げた延髄付近で光を受けて

 朝の太陽の背後の見えざる生かさんとする力の主体からの新鮮な蘇りの氣を・・
受身のパッシブモード( Passive mode )で、全開きにし、ただ打ち任せて受け味わうだけ・・


そうして・・下を向いてお部屋に戻るだけでもよいです。









ちなみに


 あれこれ試行錯誤したのですが

心に深いシコリ・・傷のある方の場合

曙の光が天空に少し刺してきたくらいの
朝日の光( 強烈な洗濯力がある光 )を、目をぎゅーーーっと瞑( つぶ )って・・

心の垢のクリーニングをしてもらって・・申し訳ないなと想いつつ
やはり礼拝する格好・頭を下げて・・

頭を下げた延髄付近で光を受けて

見えざる生かそう・・生かそうとする有難い力に感謝しつつ・・手を合わせて・・その力を生ぜしめる見えざる根源を拝し・・その手を合わせて拝したままの姿勢で・・両目を包んだ手のひらの中で合掌瞑目した状態を崩さず超薄細目でチラと光を入れて
パパッ( 0.5秒以内で )と目を閉じるのが( 本当は )よいのですが

私自身、直接指導できませんし

 人それぞれライフスタイルや起床時間等マチマチです。


起きたとき( 目覚めたとき )に
お日さまが、そのような絶好の位置( 曙の光が天空に少し射してきたくらいの巨大な洗濯力のある光 ) にぶち当たるとは限りません。

申し訳ないですが・・まさに神頼み・・みたいなところがあります。( 汗

 この大洗濯力のある光にブチ当たる秘訣は、ひたすら朝・・意識が戻ったら
 心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなという想いを同居させつつ半意識のまま・・ファースト・インプレッションで朝日の光を目を閉じて頭を下げ間接的に感じる行為を繰り返すしかありません。

 スマンっていう感じですけど。( 汗


ちなみに

「 朝日の光を両方の手のひらでわっかを作ってチラ見する方法 」もあるようですが
個人的にはテクニックに走ったりしない・・極力、分限をわきまえたほうがよいと思います。( 汗
  ↑ ↑ ↑
( 実際に、これを為さっている方がいらっしゃるかもしれませんので念のため申し添えますが・・個人的な見解として、、、ですが・・眼が痛くなったことがあるので・・2週間くらい・・で幸いに、よくなりましたけど )
 


テクニックよりも



 起きたら真っ先に( 朝日の光の背後の )力の主体に向かう謙( へりくだ )った姿勢と申しますか・・。


 

 明るさを頼りに


頭を下げ合掌し目を瞑ったまま、頭を下げたまま曙の朝日の光を探し、手を合わせて見えざる力の主体に対し深くお辞儀をし光を瞼の裏やらで感じつつ

初々しく美しい日の出直前〜直後の朝日の光の背後の何かを味わい感謝する



 心を洗濯してあげたい・・生かさんと熱望するベクトルのある見えざる力・・及び大生命に逆らわず
心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなと
自らを素直に明け渡しお任せする・・・

 犬の糞も美人も・・無条件・・無償で照らしてくれる見えざる無形の主体に対し




 無条件に感謝しつつ通常意識に戻す・・包み合わせた手のひらのなかでチラ見せず・・そのまま帰るだけでも・・

眼にも優しく無難
ですし、ちょっとずつ生命力も高まりやすいようです。

 私を含めて人は・・ときに裏切ったりしますが、お日様を動かす法則・・そして背後の何かは裏切ったりしません。


 地球が太陽の周りを周回しているのですが・・

 先天の一氣が滲み出た象徴体ともいうべきお日様は、自然の普遍法則で・・必ず東から昇って西に沈みます。

 ときどき癇癪を起こして・・機嫌を損ねて出なかったりすることは絶対にありません。

 46億年前から普遍です。

 雨や嵐の日・・台風等はあり・・見えなくなるときはありますが・・必ず雲の上に太陽はあって・・東から昇って西に沈みます。

  ( 実際は、私たちの住んでいる地球の方がお日さまの周りを周回しているわけですけど・・)



    実践してみたいとチラと思った方は

 決してえーー加減な態度で臨まないように心からお願いします。
起床直後、こっそり・・ベランダに出て
他人から見られてもよい服装にしたほうがよいです。



ちなみに


 「 光 」は、鬱などの心の病にもよいとされていて高照度光療法という 光を利用した治療法が立派にあります。

 
  この高照度光療法の光は2500〜10000ルクスの光で、これは面白いことに、朝日( 夜明け〜日の出直後 )の、あのやさしい光と同じ強さの光のようです。  



 スピリチュアル的にも日の出の勢いという言葉があるように朝日が
最も心に活力を与えるとされています。

 ただ・・太陽瞑想・・あるいは、朝日を浴びることが鬱に効果があるか否かは

ネガティブ意見ポジティブ意見・・いろいろあるようです。

ちなみに、私が提唱する方法は、( 試行錯誤の結果 )太陽瞑想のような直接的に光を入れる方法ではなく間接的に光を感じ味わいプチ感謝しつつ生命エネルギーを充填する方法です。




 

感受性が強く
性格的におとなし過ぎて氣の優しい人・・

深い心の傷を負った方

人間不信に陥っているような方

とても魅力的で妬まれやすいような方なども、ここで書いている
( 起きがけに手を合わせて先天の一氣の象徴・・先天の一氣が滲み出た朝日の光の背後の何かを拝し・・拝し合掌瞑目した姿勢のまま旭日の光を感じて見えざる生かそうとする力の主体に、ただ感謝しつつ通常意識に戻すこと )をしたらよいです。



※一応、念のため申し添えますが
  礼拝形式にしろ・・超薄眼にしろ昼間・・
及び夕陽の太陽・・特に快晴の日とかの昼間の太陽光は畏怖すべき光でありチラ見も絶対に避けるべきです。

日没まさに直前くらいなら頭を下げて間接的に入れるのはよいのかもしれませんが

 畏れるというか・・かつ欲張らないというか

 特に昼間は・・自然法則上も・・光が強過ぎて目を傷める恐れがあります。

目覚めは1日を左右しやすいですので

 日の出直前〜直後の・・曙の光を感じたい場合は


( 夏場は、朝日と雖〔 いえど 〕も日の光が強いですから )


  日の出直前〜直後・・太陽がチョッピリ出かかったくらいの位置の朝日の光の背後の力の主体を両手の平で眼を包むようなかたちで手を合わせて瞑目した格好で眼を包んだ手のひらのなかで超薄目を開け下向き加減で間接的に
頭を下げた延髄付近で光を受けて

光を感じパパッと0.5秒以内に眼を閉じるべきです。

 個人的には、太陽瞑想法とかあれこれ何十、何百もある太陽がらみの方法( テクニック )より

 目覚めたら・・パッと・・すぐに頭を下げ合掌瞑目して朝日に突貫し
 ミレーの晩鐘の夫婦のごとき純朴な美しい相で
ただ・・手を合わせて目をつぶって深くおひさまの背後の見えざる無形の主体の力に

  ・・澄まないな・・だけども・・感謝・・ただ有難い・・と手を合わせて黙念する単純さ・純朴さのほうが好きです。

ありがとう、有難い という言葉の力やお日様( の背後の力を生じせしめる無形の何か、、無形の主体 )を拝するということ につきましては



先日、コンビニエンス・ストアに入ったら PHPという

松下幸之助氏によって創設された出版社が発行している雑誌が



ふと目につきまして



パラパラめくったら

以下の記事がありましたので抜粋引用します。



 記事を執筆した方は



 超ロングセラー漫画「 ガラスの仮面 」 で有名な漫画家 美内すずえ女史です。



PHP No734 2009 7月号  特集 心が晴れる言葉、元気になれる言葉

p25〜p26から引用



( ここから )



( 忘れていた「 ありがとう」の姿 )



「 ありがとう 」は、感謝の心を伝える言葉だが、日本人はこの

「 ありがとう 」を様々な形で表現してきた民族ではないか、とわたしは思う。



 ある冬の寒い朝、締め切り間際になってもまだ漫画のストーリーがまとまらず、

駅前の喫茶店で仕事をしようと、徹夜のまま道を急いでいたときだった。

ふいに通りのシャッターが開いた。



出てきた初老のおじさんが、朝日に向かってパンパンと拍手を打ち、その手を合わせたまま目を閉じ、頭を下げたのである。

 それからすぐにシャッターを押し上げて全開にし、店の準備を始めた。



 ハッとなった。



 もうすっかり忘れていた光景だった。



 わたしは子供の頃、大阪の鉄工所の多い下町に住んでいた。



 床屋をやっていた父は、毎朝起きるとすぐ店の入り口の戸を開けて、道端に出、

 朝の太陽に向かって拍手を打った。



 それは太陽への挨拶のように見えた。



 そしてほんの少し黙って頭を下げるのだが、たまに言葉をつぶやくことがあって、

それはいつも

「 ありがとうございます 」だった。



 太陽を拝みながら、父は別に商売繁盛を祈っていたわけではない。

 欲も得もなく、ただお天道さまに「 ありがとう 」だったのである。



 今日も明るく照らしてくれて、ありがとう。

 今日も生かしてくれてありがとう。



 自分たちが生きていられるのは、すべて太陽さんのおかげ。



 だから、太陽さんありがとう、なのだ。



 そして町内のあちこちから、ガラガラと戸を開ける音とともに、太陽を拝する拍手の音が聞こえてきた。



 珍しくもないあたりまえの朝の光景。



 もういったい、いつからこんな光景を目にしなくなったのだろうか。





( すべてに感謝する心を持つ )



 数年前、九州を旅したとき、ある山の中で小さな神社に出会った。

 

 たしか「 牛馬神社 」だったと記憶している。



 由緒札には、村人たちが長年使役してきた牛や馬の苦労に感謝して、

その魂を祀ったとあった。



 むろん神社とあるからには、生きている牛馬の守り神にもなっている。

 



その神社は、村人たちのために働いて死んでいった牛馬への



「 ありがとう 」の表れである。



 ( 中略 )





少し前まで確かにあった日本の「 ありがとう 」は、太陽や大自然や

動物や道具にまで及んでいて、これは本当にものすごいことだ。



総てのものに感謝して生きる日本の「 ありがとう 」を今一度見つめたいと思う。



 ( ここまで )



太陽さん・・照らしてくれてありがとう・・と朝日を深く拝する・・というのは

※私の場合は・・右枠にも書きましたように・・太陽そのものというより・・その背後の無形の何かを深く拝するような感じですが



もっと簡単に強力な即効性を保有する


表面の心では自覚されない思考原料の印象貯蔵庫の連絡通路に詰まって淀んだ水垢をクリーニング( 解毒 )し

不要残留性本能心を整理しつつ

マイナスの刷り込みやマイナスの思い込みを払拭し

天賦の積極精神( プラス由来の性質 )を強める庶民的・・かつシンプルな新しい方法はないかなぁ・・ と



執念というか・・あほう・・というか・・自分でも俺はあほだな・・と時々思うのですが・・
真剣に求めて・・やっと閃いた方法( 仮称 旭日の光による観念要素の更改法 )と一緒・・というか・・結局・・全く新しくない・・というか・・
何年も探求した割りに・・あまりにシンプルといいますか・・( 汗

 私が発見したことは、お日さまという生きとし生きる万の生命を化育せしめる光の本体、、特に朝日の優しく温かく懐かしい光が人間の心身、生命に与えるプラスの佳き影響、、
あまりに簡単で「 当たり前すぎて 」多くの方が見落としてきたこと、、その潜在的な重要性を再認識させ

 かつ

 心身の緊張が解けて弛んで嫌でも脳波がα1波〜θ波状態になったとき、、という「 暗示障壁が弱まって心が外界の印象を吸収しやすくなっているとき 」 「 心が外界の暗示に感化同化されやすいとき 」に行うことで、( いろんな知識を総動員することで )系統的に整理し組み合わせて効果が出やすくなるように最適化しただけ
です。

 


ですが・・どこかに深い安堵感がありますし・・結局そうだよね・・というような不思議な感じ( 安堵感 )がありました。




 それにこの方法は、くどいですが
見えざる先天の一氣が滲み出た象徴体のひとつとも云うべきお日さま・・生命を養わずにはおれない生命の先祖みたいな存在・・( その背後の生かさんとする見えざる力の主体 )に対する畏れというか・・畏敬の念やら感謝・・礼拝の念のない方がやるべきでは無い方法だろうな・・と思いました。

( これを公開してよかったのかどうかについても、ちょっとした迷いがあります・・・2012年現在ですら )

 
( 迷ったのは、他にもいろんな理由がありますが・・最大の理由のひとつは

 私もいろんな太陽瞑想とかのテクニックは何十も知っていますが



以前の私のようにテクニックに走りすぎたり


( 結果的に )

 眼を閉じ深くお辞儀する格好やら手を合わせる格好で真摯・・謙遜・・畏敬の念を持って臨まないと、無知・・慢心・・傲慢・・尊大・・欲張りな姿勢で臨んで
それを続けると当然眼を傷めてしまうことがあるからです )


 あれこれ試行錯誤し意見も聞いたりしたのですが

朝日を浴びる・・おひさまの背後の生かさずにはおれない力の受け入れというのを最大効果を狙って( 目覚めてすぐにファーストインプレッションで )
かつ
安全性を神経生理学的に追求すると


朝日( 日の出 )の光の背後の見えざる何かに親しみを込め・・へりくだって深く頭を下げて

眼を閉じ( 顔 )・・眼の前で手の平を合わす・・あるいは手のひらで両目を包んで合わせて

頭を下げた延髄付近で光を受けて
感謝する格好にしなければ・・やはり眼にはよくありませんので

そうなりますと

・・精神世界、、オカルトがかってくる傾向は否めず・・

自分で執筆しながら

うーーーんという感じで唸ってしまいます。( 汗   )


前述しましたが

 こういったことに抵抗のある方で

 朝日を浴びる・・朝日の初々しい光を心魂に刻むのはよいと思いましたら



いろいろ気を使わず

立地条件等にもよりますが

ベッドが東側になければ
 東側に移して、厚いカーテンは開けて淡いレースのカーテンにし

東枕にして


朝日の差し込む到達距離や角度を確認して

ガラス窓と薄い白いレースのカーテン越しに
やわらかな日の出の光が間接的にベッドに差し込んで
やわらかく反射して上半身に当たるようにして
寝たらよいだけ・・と軽い気持ちでされたらよいです。

夏場でしたら朝6時くらいが日の出になります。

やわらかな日の出の光が窓ガラスと淡いレースのカーテン越しに間接的にベッドに差し込んで
やわらかく反射する付近に上半身・・を置いて寝ればいいだけですので。
これだと朝日に雲がかかったような淡い光になり
3000ルクス〜5000ルクスくらいですので、さらに柔らかい優しい光を身体に浴びることとなるはずです。( 滝汗

で・・目が覚めたら・・ありがとうございます・・と感謝しつつ・・やわらかい光を味わいつつ生々化育せしめる力に対して・・有難うございます・・と黙念すればよいです。( 汗


何れにしろ

 自己制御力を高めたいという熱望がありますよ・・とお答えになる方で


( 朝起きて直後《 半覚醒、半意識 》のアヤフヤで・・
表現するのが難しいですが〔 わたし 〕が〔 わたし 〕だという自我意識・・自我境界線の膜が薄く曖昧なとき

  

一番最初に
目を瞑ったまま頭を下げ朝日の光の背後の何かに感謝し手を合わせて頭を下げ( 合掌瞑目し )心の垢のクリーニングをしてもらって・・澄まないなとしつつも
頭を下げた延髄付近で光を受ける一方
瞼の裏で光を感じて通常意識に戻し


そのまま( 下を向いて地面を見つつ )お部屋に戻る )ことで

視神経を経て脳神経系統を
刺激する光を朝の( 陽氣 )の光を感じ背後の見えざる力・・自然活力( ヴリル Vril=プラナ Prana )を生じさせる温かく懐かしい何かに浸るようにする 

こういった些細な行為の反復累加すらも

( 自己制御力を高めたいという熱望がありますよ・・とお答えになる方で )こういった実にシンプルなことが
「 難しい・・出来ないです・・ 」とかいうような方は


 豆腐の角に頭をぶっつけて気絶してしまっていいですよ。(汗

 また

 いろんな宗教、宗派の方がいらっしゃると思いますので、あえて書きますが、、偶像崇拝でもありませんので念のため。

 意識のポイントは太陽という有限、有形の像そのものにあるのではなく、見えざる背後の大きな何か・・無形な何か、、ですので(汗



ちなみに
 
 
日光浴が健康にもよいというのは、ヨーガの世界的権威で聖者中の聖者で欧米社会にヨーガを伝えた源流の方のひとり、ヨガナンダ師の以下の文献(  「 人間の永遠の探求 」( パラマハンサ・ヨガナンダ講和集 ) 」からも拾うことが出来ます。


 ( ここから )
病気に対する自然の抵抗力を強める


 薬は、使用しても効かなかったり、逆に強すぎて、病気を治すかわりにからだの組織を傷めてしまうことがあります。
同様に、治療中の放射線の中にも、からだの組織を焼いてしまうものがあります。
 このように、物質的治療には多くの限界があります。

 薬よりも優れているのが太陽光線です。
 太陽光線にはすばらしい治療力があります。
 私は、毎日十分間の日光浴を勧めます。(4)

 たまに長時間の日光浴をするよりも、たとえ十分でも、他の健康法とともに毎日行なう習慣をつけると、からだはいつも充分な生命エネルギーに満たされて、どんなばい菌も破壊してしまいます。


 健康な人は、病気に対する自然の抵抗力をもっています。

 特に、感染症に対してはそうです。
 病気は、悪い食べ物や食べ過ぎによって血液の抵抗力が衰えたり、過度のセックスによって活力が枯渇したとき、かかりやすくなります。

 からだは、活力を蓄えておくことによってすべての細胞に生命エネルギーを補給することができ、それによって、病気に対する充分な抵抗力も維持できるのです。


※出版部注

(4)日光浴は、日の出または日没に近い時間帯を選ぶことが賢明である。
  敏感な皮膚を太陽光線にさらし過ぎないよう、いつも注意しなければならない。
  日光浴に疑問や不安があるときは、主治医または皮膚科の専門医に相談して指示を受けるべきである。

( ここまで )


 「 人間の永遠の探求 」( パラマハンサ・ヨガナンダ講和集p84から引用)

この書も抜群に・・群を抜いて優れた書ですのでピンと来た方は、お読みになることを強くお奨めします。



岡崎がこれ( 旭日の光による観念要素の更改 )を薦めているけど・・

お前のような者が言っても何の権威もない・・ふん!とお思いの方もいらっしゃるでしょう。(汗


 そういう方は


 平凡ななかの非凡な生涯をお過ごしになった日本屈指の偉人( 聖人  )と言われていて、親孝行の鬼でもあり、
 この御方の奥方さまがお亡くなりになったときには気絶した・・というような逸話まであるくらい愛妻家だったことでも有名な黒住宗忠公も類似したことを為さっていた・・ということも
この方法を閃いた後に文献等で調査済みですので、参考にされたらよいかと思います。
 

 


 ( ここから )
毎朝、太陽を拝して「陽気」を呑み込む

宗忠の哲学を一言で言うと、「太陽の思想」である。
つまり、朝日をわが心とするということだ。
宗忠は自分の体験から次のように言う。
「  何ほど道を守っても、心が陰気になっては成功はおぼつかない。
  いつも正月の気でおれ。常に春のような心で暮らせ 」
 宗忠はまず「 日拝=ご陽気修行 」を勧めた。
 宗忠は子供のように
いきなりパッと起き上がり
、そのままさっと雨戸を引き開け、
「  ああ、有難い 」と言った。


 その後、宗忠は手水を使い、それから日拝するのであった。

 「 人も御陽気を吸うて下腹におさめる時は、心も形体も生き通しになる。有難い御道でござる。
    思慮分別さえ添えなければ子供でも勤まる甚だ安い道である 」

新しく太陽が誕生したのが朝日である。
朝日はながめているだけで心がすがすがしくなる。
朝日を拝して一日を始めると、すばらしい1日になるのである。

( ここまで )

   「 太陽の神人 黒住宗忠 」( 山田雅晴著 たま出版 p172から引用)
 上記の本を要約抜粋したページもあるようですので興味のある方はお読みになったらよいのではないでしょうか?


全ての人に良いとは毛頭思ってませんのでソロリとやってみて、生活が規則正しく綺麗になる・・
意欲や心の安定度や内的平安感が増す・・あるいは、瞑想が深まりやすくなるようでしたら、
大らかにお続けになられたらよいのではないでしょうか?
 この方法も私の中では潜在意識( 領 )をクリーニングするシンプルな方法のひとつとして位置づけていまして非常に苦労した挙句に閃いた方法なので生かしてくださると嬉しく思います。
 

あなたたちが幸せの太陽に照らされますように。

なぜなら日本人は太陽を拝みますよね。

太陽は最初に日本に昇り,そのあとインドです。

ヨガの一連の練習に健康になるための10から12のポーズを
組み合わせたものがあります。

太陽の礼拝「スーリャ・ナマスカル」です。

これをあなたにお勧めします。


( スワミ・チダナンダ師の言葉 から引用)



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お問い合わせはメールにてお願いいたします。



あなたの人生をゆるゆると確実に好転させるために

「 日々新たな感動を増やし、成果の上がる生産的習慣を身につける黄金の法則」
お読みいただく前に
STEP1 潜在意識のなかの消極的な思考原料を拭い去ってクリーニングし積極観念要素ととりかえよう
STEP2   とにかく目標や思いついたこと(やりたくないことも含めて)を紙に書き出そう
STEP3   出会い運を強めよう

STEP4  あなたに語りかける言葉を味方にしよう
STEP5 良い習慣を身に帯びよう
なぜ、ごく一部の人しか恩恵を享受できないのか?
FAQ1 寝入りばなの氣持ちを楽しく明るくとっかえることが、なぜ潜在意識のなかの消極的観念要素のクリーニングにつながるのか?
FAQ2 悲観的なことをすぐ考えてしまうのですが、そういう「 思い 」をどうしたら積極的で楽観的な強い自信に溢れた氣持ちに持っていくことが出来ますか?
 また、「 内省検討 」とか、NLPのリフレーミングがなかなかうまくいかないのですが・・ コツを教えていただけますか?
FAQ3 寝入りばなの氣持ちを楽しく明るく( 尊く清く )とっかえることの重要性はよくわかりましたが、寝入りばなのわずかな時間の氣持ちを楽しく明るく尊く清い心持になかなか出来ません。
 自己暗示もうまくいきません。 どうしたらいいでしょうか。
FAQ4 心を明るく強く朗らかにし運をよくする日常心得についてあなたの言葉で解説してくださいますか。
FAQ5 お腹を練るということが大事だということはわかりましたが、具体的にはどういうこと( 呼吸法など )を実行したらいいでしょうか。
FAQ6 完全に寝入ってからの睡眠暗示法や睡眠学習法は効果があるのでしょうか。
FAQ7 心を積極化するために、他でもない、あなたが実践していることを教えてください。
 あなたを元氣にする朝日の浴び方いろいろ( 0.5秒・・一発で人生が変わるシンプルな方法 )
セルフ・イメージの改善&強化のために
ストレスに打ち克つ自己暗示&自己催眠法
誰も書かなかったセルフ・イメージを高めるためのアファメーション・テクニック
自己管理&目標管理のために手帳を使いこなそう
私の手帳遍歴
手帳による潜在意識の効果的活用法
想いを書き出すことによる目標明確化の重要性 
速読で工夫したこと
速読に入るための心と体の準備
ちょっと一言

 
 たった30秒
 作業能率20%アップ法


不思議な雑音 ホワイトノイズ生成ジェネレーターとは?



ホワイト・ノイズ、ピンクノイズ無料サービス





これらの音は音楽ではなく


 無味乾燥な自然の雑音
で、意識して聞くことも出来るし、無視することもできる音です。


 正直、かなりバカにしていたのですが

simply noiseは意外に作業効率が高まるようですので
 気にならない程度の音量にした環境音BGMとしてもお奨めです。


ですが、もし、これがしっくりして
 気に入ったとしても

 スピーカーから流すようにしますと
 怪しまれる可能性がありますので、なるべくイヤホンで聴いたほうがよいかと思います。




 学習という点では


 睡眠( 催眠)暗示学習の秘訣や
学習した際の記憶を数倍定着させる方法について考察した

  睡眠暗示学習を受験勉強、資格試験などに応用する効果的方法とは?

 をご覧いただいたらよいかと思います。

睡眠学習については諸説入り乱れていますが言語学習等に功を奏するということをフィンランドの研究チームが証明しています。
 この研究論文は、最高品質の洗練された重要な研究論文のみを掲載するこ
とで有名Nature誌にも載ったそうです。







 ところで

 前述したホワイトノイズ( 白色雑音 )につきましては

 音響研究者の間でも、近年、非常に注目されているようでして

  集中力向上、安眠を促す作用や、リラックス作用、耳鳴り・偏頭痛にも奏功があるとされています。




 日本では、こういった研究は進んでいないですし、商品とかも、( ほぼ )見かけませんが
アメリカでは睡眠誘導用にホワイトノイズ発生器がWhite noise Machine として販売されていて安眠を促すとか赤ちゃんが泣き止むとかいうことで非常に高く評価されています。

私も記事を書く以上は
 
Medlineくらいは押さえて執筆しているのですが
足りない英語力を引っぱたきながら確認したけれども
 
赤ちゃんの安眠を誘うというのは疑問があるという以下の文献がある一方

White noise does not induce fetal sleep.

耳鳴りの患者には自律神経の鎮静化も含めて
睡眠改善作用があったという以下の文献もありました。

Use of bedside sound generators by patients with tinnitus-related sleeping difficulty: which sounds are preferred and why?

 しかし

 こういった研究者の学術論文よりも

( 研究者の方には申し訳ないけど )



 いっぱんしみんの生活事実や感想の方が参考になるような気がしますし



 私の使用実感でも確かにヘーーーッという位に、作業能率が上がりました。 



 とりあえず



( 例えば、以下のホワイトノイズ発生器とかは、2009/10時点で502人中349人が満点評価の星5つのようです  )

  


 雨( 滝 )の音のようなザーーーーッという自然な雑音が一定時間流れる小型の機械のようです。
 

 日経ビジネス記事
  ホワイトノイズ発生器

結局は
自分自身でしっくりするか確かめるしかない
・・冷暖自知ということでしょう。







ところで


音響を活用して

 徳の高いお坊さま( 高僧 )でもなるのが難しいとされている無念無想( 無心 )に

 非常に簡単に心を振り向けることのできる方法に( 安定打坐法 )というノウハウがあることは、このページをご覧のあなたでしたら、よくご存知ですよね。


これ( 安定打坐法 )は


 長年厳しい修行をしている高僧でも難しいとされている( 無念無想 )に


 ふつーの一般庶民でも
( 過酷な難行苦行なく )なれるように工夫をした方法です。


ある意味

 自転車という手段で
( 無念無想 )という目標に向かうのではなく、ジェット機で向かうみたいな楽ちんな方法ですが


 これ( 安定打坐法 )につきましては
「 盛大な人生 」 ( 中村天風述 日本経営合理化協会 )
の第6章 「 真人生の実現 」等を味読して
 よく咀嚼されてから、実践されなければ、その本来的醍醐味を味わうことは難しいはずです。



私自身は天風会というところの会員ではありませんが

以前( 数年前 )に
 
 (財)天風会に電話して、安定打坐は、どのようなものでやってるか伺ったことがあるのですが、鉦の音を使っている方が多いようです。

安定打坐は、


 生理的五官では感覚することは出来ない・・ヴリルを受け容れた結果として・・


 何となく爽快になることで・・結果現象として体認される


 
阿呆になってメリハリをもって
 たった15秒〜20秒くらい・・我を放して音が途切れ引き上げられた刹那を味わう・・


 そうして・・しばらくじっと沈黙する( ある意味の瞑想 )をするということですが、やるときは集中して真剣にやることで



  遍く空間に偏在している )万能力( 偏在する神秘の力( ヴリル、プラナ )
を生命に分量多く受け容れて、心身統一したがっているのを妨害する絶縁物とも云うべき
不要残留性本能心由来の雑念・妄念から心を引き上げるのが上手になっていき

 

 自然に

  人間の持つ隠れた力が拓かれやすくなって向上していくシンプルな方法と言い換えることも出来るでしょう






 打坐の感覚を本格的に味わいたいのでしたら鉦吾とかの・・

 お仏壇にあるあれ・・とかで



 清んだ音が鎮まって、消えいく瞬間に心を集めることを習いにすれば


 深い境涯( 無念無想 )に達入され内的静寂に誘われやすくなるでしょう。



 ( 安定打坐の趣旨からすると、心が音でいっぱいになる音ならブザー音でも
鉦の音でも・・好いように思いますが )




 鐘でなくブザー音でやる場合は

 ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッと10〜30秒間くらいブザーが鳴って


 突如プツッと途切れるものを自作されたら好いかと思います。


 私の場合は、以下の録音機能付目覚まし時計にブザー音を録音して

頭の切り替えが必要なときに
適宜やっています。



 電池が沢山必要( 単3 5個 )なのと
電池の消耗が早い気がするのが玉に瑕ですが
 
( 上の写真の赤ボタンでワンタッチで録音できますし、モスグリーンのボタンを押すことで手軽にブザー音を流すことができますので便利です。 音声は2つまで何れも15秒間録音可能  )
 ちなみに

 もし、こういうので心を無にするトレーニングをしたいのでしたら
 私が所有している機種よりも安くてよいのがあります。

 例えば以下の機種とかは、正直・・今の機種と
交換したいくらいです。
こちらのほうが、高かったのですが・・
( 笑 )
CITIZEN (シチズン) 目覚し時計 伝言ルージュW 音声録音 4SE521-004

 何がよいかと言うと、秒数が40秒まで入れることのできるものと15秒くらいの2種類あり
 上記機種のほうが値段が安いのに長い音の録音も出来、変化をつけられるからです。










 ブザー音以外でのお奨めは

前述したホワイトノイズ( 白色雑音 )やピンクノイズを環境音としてだけでなく


 プツリと途切れた刹那に

心身を引き上げ浸す

 ( 安定打坐トレーニング用の音源 )
として活用する( 試してみる )のもよいでしょう。


ホワイト・ノイズ、ピンクノイズ無料サービス




上記ページのシンプルノイズ・ジェネレーター
の簡単な使い方は以下のページ
をご覧ください。

SimplyNoise.com, インターネット上で最も優れた無料ホワイトノイズ・サービス, ホームページ - 関心空間


 これらの音源が気に入ってダウンロードしたい場合は


右枠内に英語で

Download Audio Files というリンクがありますので

そこをクリックすると以下の画面が出て
音源( 約30秒間 )をダウンロードすることが出来ます。



 ちなみに

 ホワイトノイズ発生装置は
大がかりなものの場合は
40万円以上するのだとか(^_^;)
 


確かに

ホワイトノイズやピンクノイズのような音は、未加工の自然音のようなものであり

 あらゆる周波数成分を含んだ
雑音なので
、周囲の環境にとけこみやすく
意識させない音で、他の音を薄める作用があるようです。


 作者のはからいも加わっていないため
 
 聴く人により音に対する好き嫌いが 生じにくく

 心の潤色というか色付けが生まれず

 ( それゆえに逆に )


論より証拠の理屈ぬきで

雑念が洗い流されやすいようです。

私の場合は、最初はちょっとバカにしていましたら(汗

 使ってみると


 意外や意外に、作業効率や
集中力が、かなり増す感じがします。


NHK ためしてガッテン
 音を持って音を制する
 という記事にも

 聴いても脳が働きにくい( 反応 )しにくい音を聴かせることで

作業能率が大幅にアップしたということも報告されています。

 個人的にはピンク・ノイズやブラウン・ノイズが滝の音に似ていて落ち着く気がしますが


 作業する場合は、ホワイト・ノイズがよい感じです。

  人それぞれなのでしょう。(^_^;)

 ちなみに


 これらの音は

 騒音対策としても高く評価されている栃木県の竜頭(りゅうず)の滝音CDで試聴できる音とかと比較しても遜色なく( 竜頭の滝の音はホワイト・ノイズとピンク・ノイズが混ざったような音響 )

 ピンク・ノイズ等を聴いているだけで洗い流されていくような心地がします。



そう言えば

滝の音で念を洗い流すというのは


 「 盛大な人生 」等を味読してみると



天風先生( 中村三郎 )を導いた


大師匠のカリアッパ聖者が


 中村青年の瞑想集中のために

特別に苦労して選んだ空間
というのが



 
深山幽谷の静かな空間ではなく

カンチェンジュンガ山麓の
轟音とどろく巨大な滝の傍であった・・・というのは


 中村三郎( 天風先生の本名 )青年の

気質や性癖に合わせて修行場所を苦心して選定した
 カリアッパ聖者という方がいかに偉大かを示す徴( しるし )かと思われます。




 天風先生( 中村三郎 )みたいに
よきにつけ悪しきにつけ
豪快で非常に心も強く頑固で(^_^;)

 念も非常に強い方には
( こういった白色雑音に似た轟音を発する滝の音等で心を鎮めて心の塵埃を洗い流すのは )意外に有効だったと言うことなのでしょう。(^_^;)
 

 


 SimplyNoise 2009




 こういった安定打坐や注意集中訓練を習いにされたら


 心の安定化に更に拍車がかかるように思います。

 また、人間の心と身体を超越する( 自覚と責任ある )自己に出会い
 自らの真意を深く見つめて
( 内なる静寂 )を広げる
のにも瞑想は役に立つとされています。


 安定打坐や残像メンタルトレーニングも( お手軽ですが )我執といいますかを


逆に響く
音に徹底的に執着し過ぎるほど執着しまくって音と我が心( 意識 )を同化させ




音がプツッと途切れた・・思考の雑音が、その刹那に自消自滅し

こころのなかに自分と他( この場合は音 )がなくなる境地に

 その刹那・・嫌でも引き上げられて達入することになります。

 そうなると

 生々化育せしめる力を遮っていた不要残留性本能心由来の我執の雑音( ノイズ )が、音と共にかき消えるので


 気を散らす雑念の対象から離れて


引き上げられ

  生々化育せしめる力が自然に( 垂直に )すっと流入、供給されてきます。

そうして


 これを阿呆になって愚直にやり・・
 
習いにして


( 雑念から離れ注意力を引き上げ )

・・シーーーン、ジーーンとした心境にじ〜っと浸り、空の境涯に自らを入れるようにする・・



 これを10秒でも・・3分でも10分でも脊柱を真っ直ぐにした楽な姿勢で安住する時間を確保するようにすると




 嫌でも


 
顕在意識領の雑念妄念から

注意力を引き剥がして内面に向けるのがうまくなっていき



軽いクンバハカ体勢も習いになり、かつ・・実践前より
 

 ( 高僧でもなるのが難しい・・とされ


 難行苦行しないと難しいとされている
無我無念・・に誘導されやすくなるのではないか?と推察されます。


 

 安定打坐にせよ、残像メンタルトレーニングにせよ
 
 

 こつこつ焦らずたゆまず時間を決めて実践されれば・・

 無声の境涯

 自己意識の引き揚がった

 無念無想にふっふっと浸れる機会が
1日のなかで増えてくるはずです。


 私の場合、安定打坐をやる場合は

 ブザー音の響きを体内全体( 頭の先から、手の指・・つま先までの体全体のうちの
もやっとした体全体をひとつのエネルギーの流れとして観て、それをなんとなく感じつつ  )そのエネルギーの流れの意識を体全体で・・心の耳を澄まして、かすかなバイブレーションを味わうように集注し

 途切れる瞬間まで追いかける訓練もたまにしています。

 

( この記事を執筆している私自身は会員ではないのですが天風会に直接問い合わせたところ )冒頭でも述べたように鉦でされている方も多いと聞きましたので・・。

他にも、 心を鎮めて心を澄ませて静けさを深めたいのでしたら

「 数息観 」、「 太陽瞑想 」とか
「 歩く瞑想 」とか沢山ありますね。

 これらも結局は、深くリラックスして意識を深めて・・精神集中した先の世界を味わうということではなかろうかと思います。

 精神集中( 有我一念 )を入り口にして、無念無想の境涯を追及していくということではなかろうかと思います。

 なぜなら、人間の心は、カエルの目だから・・・何か対象がないときょろきょろして、心が深く鎮まっていきにくいからです。



 安定打坐の場合は、聴覚集中を窓にしています。

 肩の力を含む上半身の力を抜いてリラックスしつつ、継続してブザー音に生命を浸すようにして感じきって

 途切れた刹那の瞬間の無声の境涯を味わう( 生命を浸す )ことを習いにして

 その音にさり氣なく感じながら、呼吸を静かに深めていくと・・



 静寂領域を認めやすくなり


 自他のない広々した無心の境涯にアクセスしやすくなるのでしょう。



 ( あくまで、個人的体験に基づく私見の域ですが・・(^_^) )

 興味があって、もっと詳しく知りたい方は


安定打坐考抄
 あるいは

 「 盛大な人生 」 第6章 真人生の実現 、等の書籍を公共図書館で借りるなり購入する等して
じっくりご覧いただければ




 安定打坐法の深い理論や

 心身統一法のなかで安定打坐法がどう関連して位置づけされ( 組み込まれて )いるかが、深くわかるはずです。

 天風哲人のべらんめいの生音声で安定打坐法を学びたい・・という私みたいな奇特な御方は(^_^;)



 
CD「神人冥合」 というのもあります。

 ご存知の方も多いかもしれませんが

「 盛大な人生 」 第6章 真人生の実現はCD「神人冥合」を9割方テープ起こししたような内容です。






 ちなみに

 この安定打坐も

 理屈は後付けみたいなところがあります。

 私自身は、あの天風哲人が薦めるのなら
いいのだろう・・ということで


 本当に拍子抜けするような方法ですが
 生活に溶け込ます工夫をしつつ淡々とやっています。

 


何故、やっているか・・というと

 
 心身の統御やら心のことで、これほど万苦し・・


 絶望の奈辺を彷徨しながら

 当時の日本でも非常に名の知られた宗教家( 仏教やらキリスト教関係の方 )やら哲学者、思想家はもちろん

 世界にまで、その探索の枠を広げて学者、識者とされる人を訪ね歩いて

 結局、ヒマラヤの奥地にまで分け入る・・(^_^;)


 これほど切実、深刻に探求した方を
 
世界史的にも探し出すことが、なかなかできない・・難しい・・ですし


 
少なくとも私よりも真剣に探求している・・というのを著書等で感じたからです。


 


 こういうことを偉そうに書いている私なんかも
天風先生ほどではないかもしれませんが、我ながら・・あきれるほど・・根気もない・・無気力、無感動・・神経の腺の弱い人間・・へたれになって以降、心のことで悩みまくって

 ああもこうもとやったけれども、どうも深く腑に落ちず・・うまくいかなかったので
 口述書で提示されている心の統御上の問題点、統御できない原因に共感したし





 実際に

 天風哲人の提唱する

 観念要素の更改やら
 暗示法、呼吸法等を心に施し



 ヨーガのムルバンドゥに類似し・・さらに、そこから昇華させたクンバハカ蜜法を習いにしていったら

 あれよあれよという間に効果が出て

 今までの苦労は
一体何だったのだろーーー・・

と思う程、手ごたえを感じて、心を取り締まるということについて結果が出るのが早かったのを覚えています。





 マジでストレスに強くなって
ストレス負けせず
 いなす( 心機転換する )のが上手になった生活事実があります。




 これが私だけに起こった現象なのか・・それとも汎用性のあるものなのかを検証するという目的も兼ねてサイトにも詳述しましたが


今では500名位( 2011現在 )の方々から すばらしいご報告をいただくようになっていますので、どうやら独り善がりでもなさそうです。


ところで


 安定打坐は、音の刺激・・


 聴覚の集中を入り口にして


 深い瞑想感覚(一念一心)の心定め・・


 とも云うべき三昧 )を通過することで、その先の無念無想( 無心 )に導くことを意図していますし



 残像メンタルトレーニングはある図柄を一心不乱に・・かつ、姿勢を正して顎や肩・・首の力を抜いて・・静かに見詰めて(20秒間くらい図柄の中心を見詰める)
 
そして、そっと目を閉じて・・



 瞼の裏に映った残像が消える瞬間まで一心不乱に追いかけ続ける・・という視覚による集中を入り口にして

 

心を一処に定めて専心専念の三昧の境涯への
入り口へアクセスをしようとするものということも出来ます。


 こういう訓練をすることも

イザというときに不慮の出来事に心が揺さぶられにくく

 かつ

没頭力や

楽しみに振り返る力がつくと言いますか

心機転換・・仕事の切り替え等も早くなるはずです。


 
深いリラックスを心身が味わえない方は
「 身体の使い方 」の癖で・・その癖が心に伝染し心が深い領域に行くのを妨げている・・ということも十分あり得ることです。


 やむをえない場合は、器具とか音の力も借りながら身体に溜まったマイナスのエネルギーを解放して、心の作用機関である
「 大脳神経系 」に
リラックスの基準を覚えこませたらいいです。







くどいですが

こういった瞑想も生活が整った土台がないと上手くいきにくいはずですし


 安定打坐にしろ、こういったヤントラ的な図形を利用した瞑想にしろ


 潜在意識のなかのマイナスの因子を観念要素の更改法などで




 心のお掃除をして、

 生活を整えて

 心を綺麗にし

 集中力の質を高めて

 心の感度や心を統御する上で肝心要の心身の上位統合力である心の背後のもうひとりの吾から流露する

 高次の意志の力を強く出やすくすることが
根っこの一つと言えるでしょう。



心の奥座敷のお掃除とそのリクリエイトは強調しても強調し過ぎるということは無いと思われます。

 だって、注意を散漫にさせイライラさせ氣を散らせる雑念の大根大本は


 自覚できる顕在意識に原因があるのではなく




 遡っていくと通常意識のときには自覚されない識閾下に沈んだ


 潜在意識のなかに原因があるのですから。


 で

 それは、何も困難なことはない・・
 
 寝入る寸前の心の持ち方を整えて


 寝入りばなを


尊い感謝に充たされた


きれいな楽しい思いで


心を嬉しくしてあげて寝入るだけで


大生命の発電所からの生命要素( ヴリル )の受け入れを拡充するのを
妨げている要因のひとつである

( 奥座敷に溜まった )
 雑念・妄念の素が少しずつ洗われていくのですから。





 また


このページの目覚め直後に日の出直前〜直後の初々しい旭日を浴び光を瞼の裏で間接的に感じることも淡々と実行すれば


 ( 論より証拠で )


 雑念・妄念を綺麗に払拭して、迷妄を粉砕する強力な方法にもなるのではないか・・と直感しています。


PS

 くどいですがsimply noiseは意外に作業効率が高まりますので
 気にならない程度の音量にしたBGMとしてもお奨めです。



  PCに保存したり
ipod shuffle等で聞き流してみたい場合は

 
whitenoisemp3s.com

 というサイトから

 ホワイト・ノイズやらピンク・ノイズ、ブラウン・ノイズの1時間mp3フリー音源が入手できますのでダウンロードされてもよいでしょう。
( 1時間ものは、ダウンロードに時間がかかりますが )


 


 SimplyNoise 2009


このコーナーに追記しますが


ヨーガに興味があって観念要素の更改等、日々心の塵を取り除く努力を真面目にしつつ
心身統一法を丹念にやって

 その一環として

 シーン・ジーンとした内的静寂を味わう安定打坐等での瞑想の深まりに限界を感じている方や内的渇き、形而上のことへの憧れが高まっている方は、
真のヨギとも言える方が書き下ろした
「 あるヨギの自叙伝 」「 人間の永遠の探求 」にヒントがある( あくまでヒントです )と思いますので探究心のある方にはお奨めできます )


 これらも誰にでもお奨め・・という本ではないですし、当然、努力も要りますので念のため(汗


ちょっと一言
 
オレンジカード訓練とかで原色( 正色 )ではなかなか見えない方のトレーニングのコツ 2


Q 一点集中トレーニング(赤丸カード)を最近やり始めているのですが、このトレーニングを
うまくするコツなどはありますでしょうか?

 ちらほら続けている割には効果がうまく実感できていない状態です。



Ans


下記にも記事を書いていまして・・図柄を掲載し、力の抜き方・・呼吸のこと等を解説していますし



赤丸凝視による自己催眠誘導法

 
オレンジカード訓練とかで原色( 正色 )ではなかなか見えない方のトレーニングのコツ

にも言及していますが

これらの図柄は参考程度にして

ご自身で折り紙( 100円程度 )を買ってきて

自作されたほうが、よりリアルで鮮明なものが出来ますので、よりよいかと思います。

見たものをハッキリと思い出す訓練・・ひいては観察力、注意力や連想力を高める土台にもなる訓練ですから

正色で見えなくても見えても別にどうでもいいとは思いますが

さらに一歩踏み込んで

 共感覚や心の上位領域の性能を高める訓練も併用したいのでしたら

肉体を超えた仮想の皮膚・・触覚とか舌覚・・嗅覚あるいは( 内臓 )感覚を働かせて

 鋭敏触覚で知覚過敏な・・仮想の五官で
 注視しているときに

質感の微妙で繊細な差を赤丸カードを見つつも、五官を超えた仮想の感覚も働かせて


 ちょっと滑稽ですが


  カードを仮に味わったらどうか・・舌でペロンと舐めたらどうか・・嗅ぎ触ったらどうか・・等を
 チラと意識しながら温かさやチクチクした感じ・・等も一緒に身体( 内臓やら脳髄 )等・・身体感覚に響かせて

   呼吸を鎮めて、じっと図柄を凝視して目を瞑ったときに

  その感じを再現すると
瞼に映じた映像が
( 以前よりは )印象に
 残りやすくなります。


   また


 残像が反転して見えたとき

  その瞼に映じた反転映像を仮想の手や・・


これまた

 やや滑稽ですが


 仮想の内臓感覚等で感じた響きを味わうようにするのも



 官能の啓発( 共感覚的仮想知覚 )の感度を高感度化するのに役立つはずです。


 私の場合

 今は、左脳とか右脳とかいうことにもあんまりこだわっていないです。



 どっちも啓発して磨く・・
どちらも重要だと思っていますから。


 


共感覚的官能の啓発につきましては

左脳の言語意識優勢の
起動に捉われて

黙らせよう・・黙らせよう・・抑えよう・・抑えよう・・という方向ではなく

自然な言語意識の優勢起動というのは、そのままにして




 観ることがさわる・・とかいうのが、とっても楽しい快いことなんだよ・・っていう体験( エピソード記憶等 )を
増やすことで新しい回路を強化しつつ感覚統合させるほうがよいと考えています。


 あくまで私の例で僭越ですが




 
 観たり聴いたりする材料は、もちろん回路強化のために選びました。

 超一流の書物の響く文章やら文字模様を呼吸を深めて

さわって内臓( 尾てい骨付近 )やら仮想の皮膚感覚にゾンと響かせたり


 仮想の手や仮想の足の裏で触っただけで脳天が痺れて恍惚とし



 快いドーパミンが出るような超一流の絵画やバニラクリームのようにとろけるような超一流の音楽
 風光明媚な空間( 神社、仏閣・・雰囲気の高級な空間等 )に出向くようにしました。



共感覚的仮想知覚を磨きつつ


 私( 岡崎 )のように、全く資質のない人間が、直観像記憶能力を鍛えるには


 サイトにも執筆していますように

 呼吸を鎮めてじっと図柄を見つめて

 目を閉じ

 残像メンタル・トレーニングとかで、補色残像が浮かんでいる間に・・その映像を
仮想の皮膚感覚的な触覚やら仮想の手で触って・・その仮想空間に浮かんだ陰影の




形、質感・・淡く心地いい感じを味わったり( 所要時間 1分 )して





五官感覚を超えた領域の感じを養う一方



 そういった土台の上で


 お仕事で扱っている図形やら文章をチラッと見てぱっと目を閉じ
  そのときに脳裏に映じた心象( 印象 )・・文字やら図形を
   文字も含めて言語を介さない視覚映像として・・瞬間視した後に残る映像印象を
仮想の手や皮膚で( 図形や文字を )さわって文字を文字として認識するのではなく
文字を形として生理的五官にゾクゾクッと響かせるようにトレーニングされても
直観像記憶を呼び覚まし共感覚の力を洗練するのによいのではないでしょうか?( 所要時間 15秒 )

 また

 電車やらに乗っているときやらポスターの絵やら字をギュッと見てパッと目を瞑って

  瞬間視した後に残る映像印象を
仮想の手や皮膚で( 図柄や文字を )どちらも図形としてさわって生理的五官に
ゾクゾクッと響かせる( 所要時間 10秒 )
 そうして見直して・・また修正する・・( 所要時間 5秒 )とか・・

( ただし、私の場合は・・電車のつり革とかの文字や絵は消極的で猥雑で





・・表現が変ですが・・写真とかも、なぜか?なんか汚ない・・というか・・が多く、気持ちが悪い・・・どーーも・・
いやーーな感じがするので





 そういうポスターとかでは、やりませんでしたけど )
 


  五官に入れて響かせる対象を貴くきれいなものにする・・と言いますか・・。



こういうことを日々の生活のなかに溶け込まして実践していくと実利的でよいのではないでしょうか?



あるいは

 
 3D立体視の本とかを購入して平行法や交差法の目の使い方で

 景色や文字が遠近感を伴って立体的に心内に映じるようにして

 それを仮想の手や皮膚感覚でとらえて、文字を形としてキャッチして生理的五官に響かせるように訓練して、

すぐに心のなかで再現するのも映像記憶的な力を高めるのに相関があるように思います。



ちなみに

こういったことも

  もし、心身統一法の実践を焦らず弛まず継続していなかったら・・信念も煥発せず・・根気も続かず・・
コンプレックスを発奮のばねに出来ず、いじけて・・かつ、
すぐに疑心暗鬼に囚われて練習を止めていた・・と思います。


 さらに


 ここに書いているような
 起床直後に夜明け直後・・日の出直後の朝日の光を合掌瞑目し背後の見えざる何かに感謝することを・・真摯・・純朴・・淡々と行っていくと

 そういう新しい回路の醸成が強化されるのではないかと思われます。

  没頭力と云いますか
 ある種の変性( 変容 )意識にも入りやすくなるはずです。
 
ちなみに
 こういったトレーニング
( 心的練習 )を
長時間やることを私はお奨めしません。

 ( とりとめのない空想癖やらのある方やらは特に薦めません )


( 1日5分以内 )にされたほうがよいかと思います。



ちょっと一言
ニュートンの小さな模型



太陽系惑星の太陽が
 見えざる無相の根本主体から、にじみ出た
という着眼点もあります・・ということを( 勢い余って )左ページ内に
 書いてしまいましたが(^_^;)


 これにつきましては以下のようなエピソードも参考にしてください。

以下のエピソードでも

 ニュートンという方の
太陽系・・及び

 太陽に対する観方を解説してくれていますので。

 このアイザック・ニュートンという御方は



 あなたも、よくご存知かもしれませんが

 自然科学の歴史における最も重要な科学者の一人とされていて

 天才という呼称が少しも
大袈裟に聞こえないスーパーな御方です。



 

 ( 以下引用 )
科学者アイザックニュートン


( ここから )

科学者アイザック・ニュートン

 彼は、腕利きの機械工に、太陽系の小さな模型を作らせました。




 それは、クランクをまわすと、惑星を表す、いろいろな球体が歯車とベルトの働きで一緒に動くという仕掛けです。




 彼はそれを書斎のテーブルのそばに置いていました。

 ある日、書斎で読書をしていた時、無神論者である友人の科学者が彼を訪ねてきました。




 友人はその模型を見て
一目でそれを理解したのです。




 そしてゆっくりとクランクを回しました。




 数個の天体がそれぞれの軌道をさまざまな速さで回転するのを見た彼は、いかにも驚いた様子で





 「 実に見事だ!


 誰がこしらえたのかね 」

と尋ねました。

 ニュートンは言いました。





 「 誰でもないさ。 」






 「 君は僕の質問がわからなかったらしい。



 僕は、どこの誰がこしらえたのかと尋ねたんだよ。 」





 ニュートンは読んでいた本から顔を上げて言いました。


 「 誰が作ったものでもない。


 突然にいろいろなものが集まって、たまたまこんな形になったんだ 」





 しかし、驚いた友人はやや興奮した口調で言い返しました。

 「 人を馬鹿にしないでくれ。


 誰かが作ったに決まっているじゃないか。






 これを作った人は天才だよ。

 


  いったいどこの誰だ!」



 ニュートンは友人の肩に手を置いて言いました。

「 この単純なオモチャが設計者も製作者もなく、勝手に出来たと言っても君は信じない。




 ところが君は、この仕掛けの元になった偉大な宇宙が


 設計者も、製作者もなく出現したと言う。


 なぜそんな矛盾した結論になるのか


 少し説明してくれたまえ。」


    ( ここまで )

     ↑ ↑ ↑
 これ
実話だそうです。
 
 ちなみに

 私たちの住んでいる地球を
直径11ミリのパチンコ玉の大きさだとすると

 太陽の大きさは直径120センチの大きな玉に相当します。

 太陽がどれくらい巨大か窺い知ることが出来ます。

しかし・・その・・巨大な太陽も

 「 オリオン座 」のベテルギウスという恒星から観たら小さな恒星で

 太陽の550倍の直径があるのだとか・・。

 ですので

 地球を直径11ミリのパチンコ玉の大きさだとすると

 「 オリオン座 」のベテルギウスの大きさは、直径660mの
巨大な球体になる計算になります。
 
 宇宙のことに思いを馳せると
 心が広がりますね。( 笑 )

 この動画も面白いです。










ちょっと一言

サイトとかを実践している読者の方からの質問にお答えしたなかで、実践のヒントになりそうなものを




一部( 加筆 )編集して掲載します。



Mさん!  記事掲載にご快諾いただき感謝します。

今回の内容は・・スピリチュアル過ぎて、あんまり参考にならないかも・・。( 滝汗



( ここから )






Mさま

お返事ありがとうございます。
岡崎です。

> メール( メルマガ )ありがとうございました。
> メール( メルマガ )配信の内容、ものすごく良かったと思います。
> これからも、朝起きたら太陽ちらり見続けます。。
>
> 私にも、合っていると感じます。
> 努力いらずの開運??
>


確かに・・努力は不要ですね。(汗

チラ見というより


境遇・体験上・・宗教っぽい( 表現にする )のが大大・・大好きではない私( 岡崎 )が
ぶっちゃけ( はっちゃけ )ますと( 汗



目覚めたら

思考の雑音を働かせず


真っ先に手を合わせて朝日( の背後の何か )を拝する・・ということに帰結することになります。

尊く強く清いプラス思考
プラスイメージで満たすことや

潜在意識のクリーニング・・奥座敷の心領域の洗濯とかも含めて何年も真剣に探求した結果が・・

あんまりじゃ・・というか・・

単純すぎるというか・・


純朴な日本人が古来からやっていたこと( 朝日を拝む )というのは
喜んでいいのだろうか・・いかがなものか・・と複雑な心境になります。



果たして・・方法と言えるのか・・疑問です。


ばあちゃんの方法です。( 汗


( 中略 )
> それと、夢でかなり、うなされました。
> 化け物 いっぱい なんですが。。。
> ごめんなさい!と叫び続けていたら隣の部屋の弟が声をかけてくれて、覚めました。
>
> 夢から覚める方法なんて、ないんでしょうか???


朝起きたら・・つべこべ思う前に

頭を下げ、手を合わせて
( 合掌瞑目し )
おひさまの背後を拝するようにしたらよいです。

あくまで個人的な主観体験で相関関係や客観性があるかどうかは不明・・で責任も持てません。( 汗


かなりスピリチュアルですが

私も( じつは )天風哲人の方法を真剣に実践していてスラ

過去にも何回か・・夢の中で魑魅魍魎( ちみもうりょう )というかに
うなされて・・そういうときには・・当然・・目覚めがよくないというか倦怠感がひどいというか・・
すごーーーく、おもーーーーーーーい・・きつーーーーーーーーーーい体調だったこともあるのですが

 毎日の日課にしている冷水浴やら体操・・EFT,TFT療法・・あれこれいろんなことをやっても





  どーーも・・頭に靄(もや)がかかったようで気分が優れなかったことがあるのですが


後述しますように
ある閃きがあって

単純・純朴に
朝起きたら・・すぐに手を合わせて瞑目し朝日( の背後の見えざる何か )にただ感謝し心身を浸すようにしたら
( どの程度の相関があるかは不明ですが )


ある日




 夢のなかで

 とんでもない・・とてつもない化け物みたいなのが出て


 絶体絶命・・・・あれこれ俺の力でやってもどうにもならん・・

  

ピーーーンチ・・
もはやコレマデ・・



と諦めたとき

 夢の中でお日さまがパッと顕れて

  ものすごく恐ろしい・・とんでもない魑魅魍魎( ちみもうりょう )というか化け物みたいなのが瞬間蒸発( しゅんかん・・じょうはつ )したことがあります。( 滝汗

で・・体調も戻ったことがあります。

  すごいリアル・・な夢

  格調高くない感想ですが( 汗

  おひさまスゲーーー!
もしかして最強・・と思いました。( 汗

 ご参考まで・・というか参考にならないかも( 汗



( 追記 )

サイトやらメルマガでは
 
 朝日そのものを拝する・・というような表現になっていましたが


自らの内面の信条に反する・・と言いますか・・自己矛盾し読者の皆さまに誤解を与えるような表現は修正しました。
 

 理由は
 自らの信条上のことが関係します。


 

私の場合・・仏教的な土壌で育てられたとは言え(汗




キリスト教( 聖書 )的なものに興味を持つようになって・・
そのせいか・どうしても・・そういう癖みたいなのが深く根付いているみたいでして(汗



 ( 一市民で、専門家でもなんでもないですが

 事実として旧約・・新約聖書も研究の一環として独学で愚直・・ひたすら単純に


 ( 精読、速読を含めて )相当に読んでいますので ←
かなり馬鹿というか・・いくら私のような人間でも
愚直に読めばちっとは、聖書で伝えたいことがわかるだろうということで読んだというのが本音ですが
 


 そういった背景というか経緯もあり


 天風哲人はもちろん
 イエス・キリストやらキリスト教で聖賢とされる方々も心から尊敬しています。


 で


おひさま( の背後 )を拝する というのは
内面はともかく

 ・・どーーーも・・私の潜在意識のなせる業というか・・抵抗がありました。


それに

 今でも熱心に実践している

 心身統一法


 愛読書のひとつであり・・

 別に「 生命の実相 」の関係者でも信徒でも、なんでもないですが、これも速読が少しだけ出来るようになったことや・・生命哲学関連の、いろんなご質問も受けるようになったことから・・



 やはり研究の一環として全巻精読、速読を含めて
なぜ?Why?本を読むだけで病やらが癒えるという事実が生じる場合があるのか?を調査したくて読んでいた「 生命の実相 」やら


 ヨーガ科学をアクロバティックなポーズやら呼吸法・・あるいは、奇術的な能力を得るための怪しげな方法とかいうふうに皮相的にとらえるならともかく・・


 その真髄に穿ち入ろうとするなら避けては通れない・・定番中の定番である

あるヨギの自叙伝等から観ても
( 
これも研究しています )


 朝日そのものを拝する・・というのは・・

コダワリ過ぎなのかもしれませんが実に抵抗がありました。


 それに

 私自身は、天風会員ではないですが、非常に熱心に実践研究している天風哲学やら



 天風哲人の思想ともそぐわず異和感がありましたので・・


ちなみに

( 私の解釈が間違いなければ )

 天風哲人の定義する神仏というのは



誠と愛の満ち満ちたる絶対調和の精氣であり
 
 
 生きとし生きる生命を養う見えざる実在の進化向上力の根源として尊び敬うべき主体とされています。

 ですので

  おひさま( の背後 )に感謝するというのも・・ともすれば・・行為の上っ面だけ見れば

( 表面の行為上 )は、偶像崇拝ととられてもおかしくないですので・・抵抗がありました。
 


ただ・・一方で


いくら( 我流とはいえ )心身統一法を熱心にやっても・・



( 今も熱心にやっていますが )お祈りやらしても・・アレコレ・・呼吸法やら体操やら運動法、冷水浴等etcやっても・・どーも・・頭にかかった靄(もや)みたいなのが晴れない・・といったことがあり


 ある鋭い閃きがありましたので

( 太陽瞑想とかもやってましたが )

 自らの意志で

・朝・・目覚めて・・意識が朦朧としつつも
すぐに・・最優先で・・頭を下げ目を瞑ったままおひさまの蘇りの光・・陽氣に浴し




 生命エネルギーをひたすら与え供給し尽くしている嚇灼( かくしゃく )としたお日さまという




 巨大芸術精髄作品のひとつの( 背後・・その奥の見えざる根本主体 )にありがたいな・・と感謝をするようにしたところ



頭にかかった靄(もや)がとれたような感じで非常にスッキリするようになりました。



 自身の心身面・・現象面でも不思議なことが起こりましたし




( STEP1STEP5の実践ですばらしい体験を得られた方からのご報告はもちろん


 2009年6月に新しくページを公開して以降



 このページに書いている内容を単純に実践した




他の
読者の方からもいろんな興味深い不思議なご報告も受ける )ようになりました。





 私の場合は

もちろん、聖書をはじめとして華厳経、大般若経・・法華三部経やら権威ある仏教経典等に書かれた高尚な内容は


 素人( ふつーの市民 )ながら研究していますし尊重していますが

 それ以上に


論より証拠・・( 生活事実 )
色々な理屈は後付けの浪花節みたいなところで

あれこれ検証しています。


 





 事実のほうが千万の色んな理屈より強いですから。



 当たり前と言えば当たり前で



 人それぞれいろんな思想、信条・・観方・・がありますので・・


  こういう内面( 内界 )の領域の意味づけに踏み込んだやり方に抵抗がある場合は




 ( 当然・・抵抗があると思いますし・・私自身も正直・・最初のうちは、自身の潜在意識がなせる業なのか、葛藤がありましたので )



あんまり・・こだわらず・・

単純に



 朝起きたら・・ぼんやりしつつも・・
すぐに 
( すぐというのが紙一枚の秘訣です )


 頭を下げ目を瞑ってジワリと朝日の光を浴びて生命エネルギーを補充する

( 医学、神経生理学的にも目を守るため )

と割り切るほうがよいでしょう。( 汗

ちなみに

夏場は特に・・日の出直後の光ならともかく

日差しが強烈ですから

人それぞれいろんな考え方があるとは思いますが

七田眞先生とからが提唱している
朝日の光を両方の手のひらで遮ってチラ見すること
は控えたほうがよいと思います。( 体験上 )


朝日( 日の出直後〜1時間以内 )の光については頭を下げ目を瞑って・・瞑目したままジワリと朝日の光を浴びるのはよいと思います。