樺太庁大泊医院



建築名称 樺太庁大泊医院(南部病院)
所在地(旧住所) 大泊楠渓町8丁目
構造概要 木造平家建
竣工年 明治40(1907)年
設計者 樺太庁第一部臨時建築課(推定)
施工者 不詳
消失年 不詳
備考



 大泊医院は、明治38(1905)年に樺太守備隊が建設した南部病院を前身とし、当時は海岸付近の残存ロシア人家屋を充当した病院であった。これが明治40(1907)年に樺太庁に移管された際、工費25,290円で建坪291坪の病院施設を建設し、以来、大泊における中心的な医療施設となった。木造平家建の洋風の庁舎には、ほかと同様にスティックスタイルが採用されている。北海道立文書館に残る平面図によると、この建物は平行に並ぶ長大な2本の本棟を2本の渡り廊下で連結した平面構成になっていたようだ。また、平面図には各室の間にペーチカが設けられていたことを示しており、樺太におけるロシア建築の影響を考える上で興味深い建物である。