大泊町
現コルサコフ市
サハリンでも最も古い市街地のひとつであり、寛政年間に樺太場所が開かれてから日露戦争に至るまで日本人のサハリンでの拠点であった。もともとはクシュンコタンやポロアントマリといった複数の市街地であったが、民政署期の市街地測設によってこれらが連結し、サハリンに特有の海蝕丘陵を取り囲むような馬蹄形の市街地が形成された。大正3(1914)年には南サハリンで最初にパルプ工場が設置された。昭和元年末において戸数 4,934戸、人口24,986人であった。