| 泊居町 現トマリ市 |
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泊居は統治初期に樺太庁の主導で炭鉱を中心に開発が進められたが失敗し、移住者が棄民状態に陥ったことがあった。しかし、樺太工業泊居工場が建設されると西海岸北部で有数の市街地として急速な発展を見たのである(第7章 第2節参照)。さらに、真岡より鉄道が敷設され、製紙工場が設置されるなど開発が進められた。大正11(1922)年には大火があり大きな打撃を被ったものの、その後も泊居支庁の中心として発展を続けていた。ここもやはり製紙工場と河川・炭鉱によって発達した「サハリン型」の新興市街地であったが、資料に乏しく第12章では言及していない。昭和元年における戸数 1,820戸、人口 8,401人であった |