会員の皆さんへのお知らせ
――次回からはトップページで暗証番号を入れずにロゴマークをクリックしてみてください
★朝日カルチャーセンター千葉のみなさんへの緊急連絡(あれば)
★ワンポイントレポート
★通信記録(保存分)  

山行リストと参加予定メンバー


糸の会――通信記録(以下、現在進行中)

●ホームページが本格化します。
●新しいホームページは ito-no-kai.com (クリックするとジャンプします)となります。
●2009.5.20をもって移転しましたので、お手数ですが、「お気に入り」などに登録されているページの書き換えをお願いいたします。
●じつはこれまで、ニフティのホームページ支援サービス(100MBまで)を利用してきました。写真を扱うに当たって容量が決定的に不足することになりました。2GBの容量を確保しましたので、今後は写真ライブラリーとしての機能を拡充していきたいと思います。
●糸の会・登山コーチングシステム――伊藤幸司



■2009.5.17――曽根 一郎さんから予定変更
●伊藤 コーチどの
●こんばんは。いつもお世話になっております。
●わたしは 4月から地元の自治会の世話役や、地元の山の会の役員をしておりますため、自由に山に行けなくなっております。
●そのため 糸の会の山行に参加申し入れしておりますもののうち
5/23〜24 5b 燧ケ岳、
6/13 6a 二子山、
7/11    7a 黒富士、
8/18 8d 三国山、
には参加不可となりました。
●以上 おしらせいたしますので ご了承ねがいます。


■2009.5.17――若松 景子さんから『軽登山を楽しむ』ご注文
●伊藤幸司様
●昨日は、ありがとうございました。
●手は大丈夫でしたでしょうか。
●本日、本が届きました。
●楽しく拝見させていただいております。
●写真を見ているだけでも楽しいので、友人にも贈りたいと思います。
●後2冊注文いたします。
●お手数ですが、お手配よろしくお願い申し上げます。


■2009.5.16――岡 有子さんから「5a十二ヶ岳」を終えて
●伊藤幸司様
●十二ヶ岳では 一日中富士山が見えていて幸せな気分でした。
●また 厳しい登り下りもハルリンドウやコイワサクラやイカリソウに慰められました。
●コイワサクラには多分初めて出会いました。
●十二ヶ岳の写真を注文いたします。
★プリントで 033 111
●★データで 008 069 073 090 099 126 127 135 
●よろしくお願いします。


■2009.5.14――小松 恒彦さんから「軽登山を楽しむ」等の注文ほか
●伊藤 様
●先日の「Wストック」講義は大変勉強になりました。また、いろいろとアドバイスを頂き、有難うございました。「高川山」の実技もよろしくお願いいたします。なお、当日は「立川」で合流いたします。
●「軽登山を楽しむ 山の道 山の風」、「ゼロからの山歩き・もっとゆっくり登りたい」各1冊注文いたします。
●本日送金いたしました。
●血液型はA型です。


■2009.5.13――岸田 和子さんから「5w高川山」欠席連絡
●伊藤様
●17日ダブルストックの使い方の高川山に申し込みしましたが 腰痛 ことに右腰から背骨にかけて激痛がはしり 一瞬 その場で動きがとれなくなってしまいます。
●講習ではコルセットをつけて 参加しようと思っていたのですが 痛みが強く 参加は無理のようになってきました。
●今回見送りあらためて  次回に申し込みたいと思います。
●お手数かけました 申し訳ありません
●又の機会に是非よろしくお願いいたします。


■2009.5.9――箭内 和子さんから申込み
●伊藤様
●高速大渋滞のGWも終わり、静かな日曜日です。
●4月19日より、89歳と85歳の両親との同居生活が、始まりました。
●もちろん、郡山の私の家で、です。
●その為、今後の山の予定が立てられません。
●山に行きたい気持ちは、あふれていますが・・・。
●コーチの本「軽登山を楽しむ 山の道・山の風」を2冊注文致します。
●あと、佐渡の写真です。
  4・14−084
  4・14−090
  4・14−100
  4・14−111
  4・15−129
●以上、よろしくお願い申し上げます。


■2009.5.9――若松 景子さんから申込み
●伊藤幸司様
●いつも大変お世話になります。
●山の写真と「軽登山を楽しむ 山の道 山の風」の注文を下記の通りお願いいたします。
*写真
浅間尾根 2009.4.18(土)021 1枚
有笠山   2009.4.22(水)015 1枚
*本   2冊
●下記にお送りいただければありがたいです。
●よろしくお願い申し上げます。


■2009.5.9――土屋 千鶴子さんから申込みいろいろ
●伊藤コーチさま
●こんにちは、青葉、若葉のとても良い気候になりました。
●山行の申込お願いいたします。
6e(○)8a(○)9es(△)です。
●写真の注文をお願いいたします、PCのほうへお送りください
2009.3.14.-034 2009.3.14.-057 2009.2.-053 2009.2.17.-033
●[軽登山を楽しむ]ご出版おめでとうございます、3冊ほど注文させて頂きます。
●6e、私としてはお天気に恵まれますよう祈って楽しみにしております。


■2009.5.9――小林 美子さんからレポート「100回記念山歩きを終えて・・」
 100回・・100回達成だ!
 すごい! 9年という長い月日はかかったけど 100回目もけがもせず無事終わった。
 コーチありがとうございました。仲間の皆ありがとう・・武川岳を下りて皆に乾杯してもらった。ありがとう
 皆も100回目には乾杯しようね、頑張ろうね。
 でも、終わった訳ではない。まだこれから200回を目標に又新たに出発点に立つ・・・やる気満々、(体がついていけるかな?)
 2000年4月東武カルチャーをきっかけに糸の会へと続く。山歩きを始める前は趣味は? ときかれても年2回の旅行かな、と答える事しか出来なかった
 何かしたいけどなにをしたいかわからない。夢中になれる趣味はなんだろう
 まぁ、外でやることの方がいいとはおもっていた。そんなとき東武カルチャーの案内の中に<花と風景のやすらぎ〜超入門〜山歩き講座>を発見。
 すぐ申し込む。一人で来る人なんかいないかな。不安と期待と何も山に必要な物はない。とりあえず山歩きができる支度はして中央線の集合場所へ。
 それが9年も続くなんてそのときは思いもしなかった。おかげさまで今は月1回、第4火曜日がくるのが待ちどうしい。
 今は趣味は山と皆知っている。山の話をしているのが一番気分いい!
 山の好きなお客様が来ると話しがはずむ。お互い山の話になるととまらなくなる。いい趣味があっていい ねといわれる
 本当にそうだ!!

 一番恐かった事は? とYさんに聞かれた・・・
 やはりあれは天狗山だ! 男山に向かう途中右のストックがちょっと引っかかりそれを気にしていたらバランスをくずし、ころんだ!
 岩にかなり強く打って痛い。骨折と思った。頭が真っ白だか真っ黒だか、何が起こったのか体はブルブル震えるし起き上がれない。
 前を歩いていたiさんが手を貸してくれてやっとおきあがる・・・iさんが後ろにさがらないでね、危ないからと言われ後ろを見たら――「崖」。わぁ〜こわ〜い又余計にブルブル・・・
 言われなかったら後ろに下がっていた。落ちていただろう〜。iさんありがとう、この日以来iさんとは一緒になってないけどこの場でお礼を。ありがとうございました
 それから臆病になってしまい岩場を下りるときは体が震える・・・

 素晴らしかった山
 守屋山・・真っ白いアルプスの山山に太陽があたりキラキラ光って素晴らしい。休憩30分に延長でゆっくり幸せな気分になる
 大蔵高丸・・お花畑とあるがお花畑と言われても良く分からなかった。(町の花壇か千葉のお花畑しか頭にない)
 ほ〜んとお花畑だぁ〜、山のお花畑は自然できれ〜い。感動した!
 中に踏み込まぬ様大切に自然のままを残すよう山歩きのマナーを守ろうと誓う。苦労して登ったご褒美はいいなぁ〜。
 蒸し暑くて汗びっしょりになった・・幕山
 冬の雨、寒くて寒くて震えながらお風呂に飛び込んだ・・扇山
 鹿の死骸に出くわした・・石裂山
 一日中しっかりの雨の中、Nさんとコーチと三人で歩いた御正体山
 まだまだいっぱい思い出はあるがこれくらいにして・・・

 Yさんに聞かれた。9年前とコーチはかわったか・・・と。そりゃあ・変わるわよ。コーチご安心を・・いいほうにかわったのです
 一番印象がかわった出来事は日光の岩山にコーチのお嬢さんの朝さんと一緒に行った時の事、無事下りてお風呂に入っているとき男風呂と女風呂で親子の会話・・・ほほえましく、へぇ〜コーチやさしいお父さんしてるんだぁ〜。印象度30点 up!
 最近はすごく冗談もいうし、なにより良く笑う。前はわらっても顔だけ・・・
 いつも先頭を歩いているのに後ろにも目があるのか失敗・手抜き・調子悪い時など、すべて お・み・と・お・し。
 いろいろお世話をおかけします。まだこれからも、よりまして手のかかる生徒ですが、できれば200回の乾杯をしたいと思います。
 コーチが頼りです。体に気をつけてなが〜いご指導おねがいいたします。

 それから軽登山を楽しむ<山の道、山の風>出版おめでとうございます。
 通勤の電車で夢中です。近くの本屋に注文したのですが、コーチに注文できるそうですね。
 お客様からまた頼まれましたので、前刊『山の道、山の花』と『軽登山を楽しむ』を一冊ずつおねがいします。


■2009.5.7――矢野 博子さんから『軽登山を楽しむ』と写真、ご注文
●伊藤コーチ様
●新型インフルエンザのニュースが毎日世間を騒がせていますが 60歳以上の人でかかった人はいないらしく トシを取るのも悪い事ばかりではなさそうです。
●〔軽登山を楽しむ〕のご出版 おめでとうございます。二冊注文します。
●また 武川岳の 026、074 計二枚 従来のプリントでお願いします。 また発送ですが 私の場合急ぎませんので 3ヶ月分とか6ヶ月分一緒で構いません。(却って面倒ということであれば勿論 毎月でも良いですが。)
●横3枚の表示というのは結構細部まで見ることが出来て いい感じです。それに何と言っても 往路で見るのと違い ゆっくり鑑賞できます。ただ一年前にPCが故障して初期化してしまい 全てデータがなくなった経験があるので やはり紙でも保存したいです。
●以上よろしくお願いします。


■2009.5.7――齋藤 俊朗さんから『軽登山を楽しむ』ご注文
●伊藤 幸司 様
●こんばんは
●日頃は、楽しい山歩きをご指導頂き心より感謝申し上げております。
●このたびは『軽登山を楽しむ―山に道、山の風』ご出版おめでとうございます。
●早速、拝読させて頂きたく自宅宛1冊と、下記山好き友人へプレゼントしたく、宜しくお手配下さいますようお願い申し上げます。


■2009.5.7――林 智子さんから「5e十二ヶ岳」参加
●伊藤コーチ殿。
●お久しぶりです。
●急ですが 5e の 十二ヶ岳に 参加したいので ヨロシクお願いいたします。
●ダンスだ プールだと 元気そうに見せても 山にいけないとなると<人生真っ暗け>です。
●十二ヶ岳は つり橋や ロープや 色々ありそうで しかも 見かけだけカッコよいすべるかも知れない 新品の靴を 履いていきます。
●コーチの レジュメのなかに <ダブルストックなので ご希望のかたは しごきます>というちからづよい 文章を 発見しましたが しごかれたら 私は 一発で すべり落ちてしまうでしょうから 絶対に 希望いたしません!
●コーチの お顔を 拝見するだけで 充分に 幸せデース ♪
●では ヨロシク。


■2009.5.7――曽根 一郎さんからいろいろ
●伊藤コーチ どの
●いつもお世話になっております。このたびは出版おめでとうございます。
●5/3 拝受いたしました。ありがとうございました。
●写真がどれも綺麗に仕上がっていて楽しいです。
●早速、3冊注文いたしますので私あてにお送りください。
●よろしくお願いいたします。


■2009.5.7――三浦陽子さんからいろいろ
●伊藤コーチ殿
●いつもお世話さまでございます。
●糸の会山行の参加連絡です。
5月5c 畦ヶ丸山△→○
6月6b 秋田駒ケ岳△→○
●「軽登山を楽しむ‐山の道山の風」一冊購入します。
●4月28日4c 武川岳の写真を申込みます。
026、061、141 計3枚。(プリントでお願いします)
●以上よろしくお願いいたします。


■2009.5.7――河野 通史さんからいろいろ
●伊藤幸司様
●「軽登山を楽しむー山の道、山の風」の上梓おめでとうございます。
●早速、山好きの友人に贈りたいと思います。ご多忙中恐縮ですが、小生宛3冊のほか下記の方々宛郵送下さい。(合計7冊) よろしく御願いします。
●2月17日「守屋山」の下記写真を御願いいたします。(サイズは従来と同じ)
 014、 019、 F132, F202   (計4枚)
●3月、4月は年度替りで所属する2・3のグループの所用と日程がバッティングし、山から全く遠ざかっていました。体力も脚力も脆弱化しているような気がしていますが、山歩きの魅力はまだ諦めきれません。
●今後ともよろしく御願いいたします。


■2009.5.7――稲葉 和平さんからいろいろ
●伊藤幸司 様
●稲葉です。少し見なかった間にホームページが形も内容もずいぶんと進んでいて驚きです。 ●写真は私のパソコン環境でも画期的に見やすくなりました。ありがとうございます。ただ、よく見える分、写真の売上が減ってしまうのではという余計な心配もないではありませんが、逆に大きなプリントで見たいという気にもなるので五分五分でしょうか。
●以下、本の注文と今後の予定です。
●『軽登山を楽しむ――山の道、山の風』を購入します。
●5月以降は予定が立て込んでいるのでどれに参加するか悩んでいましたが、5月、6月は「5d 天城山」以外にも次の各コースは参加予定に変更です。「5b 燧ケ岳」「5c 畦ケ丸山」「6e 南蔵王縦走」「6d 御岳山」「6c 大岳山・海沢探勝路」「6b 秋田駒ケ岳」の各コースを「△⇒○」に変更です。
●よろしくお願いします。


■2009.5.6――国木田 之彦さんから『軽登山を楽しむ』について
●伊藤 コーチ
●出版おめでとうございます。
●山歩きののシーズンに間に合いなによりです。
●連休明け書店にたくさん並ぶことを願っております。
●「軽登山を楽しむ」1冊申し込みます。


■2009.5.5――岡田 恭子さんから『軽登山を楽しむ』について
●伊藤コーチ殿
●続編、出版おめでとうございます。
●手にするのを楽しみにしています。
●「軽登山」の文字を入れることは、編集の方が考えたのでしょうか。
●私の、3冊目の、「野草料理」の本は、昨年、膨大な野草料理の撮影も済み、私の原稿、レシピも完成して、送ったのですが、いまだ、実現しません。
●コーチの新本、さっそく、お願いしたいのですが、アマゾンで買うのと、コーチにお願いするのと、どちらがご都合がいいでしょうか?
【コーチから】
●「軽登山」というタイトルを加えたのは私です。web上で「登山」という検索にひっかかりやすくする必要があると考えたからです。「山の道、山の風」という当初からのタイトルをサブに落としたのは、前作との2冊セットという認識を崩さないためです。当初私の方では「軽登山の楽しみ」としていたのですが、編集協力の息子が「軽登山の愉しみ」と漢字を変えました。意味的にはそれでいいのですが「愉」は方向としてはちょっと違う。本文中で使っていないし。……というわけで(実質的な編集長の)鈴木一誌さんに投げると「動詞にしましょうか」というデザイナー的な返球。決まりました。
●長い目で見ると、本はほんとうはアマゾンなどで買っていただく方がいいのですが、写真に直接かかわっている周囲の皆さんにとりあえず手に取っていただけるように、前回同様、お送りする態勢を整えました。メールなどでお知らせいただければお送りします。


■2009.5.5――岡 有子さんから写真データに関するトラブル報告
●伊藤幸司様
●写真全部届いています。出かけていたものでご連絡が遅れてご心配おかけしました。
●赤城山、蕨山の写真は12MBと大容量でしたが 難なく受信できていました。このぐらいまでは大丈夫でした。
●またリサイズを忘れてくださったお陰で赤城山の霧氷をすばらしくすばらしく見ることができました。
●これが見たかったのです!
●チョー格安でよろしいのでしょうか?いまさらお返しすることもなんですし、、、
●また安達太良山の写真はサイズが四分の一と言っても容量はだいぶ小さくなるのですね。
●これなら一度に何十枚でも大丈夫ですね。(ちょっとオーバーですが)
●それから わたくしはPCに入ったメールを全部携帯に転送しているので、不達通知でご迷惑をかけました。多分2MB以上は容量オーバーになってしまうのです。
●不達通知はわたしのPCの方に来て 発信元に行くとは思わなかったので、すみませんでした。


■2009.5.5――箭内 和子さんからホームページ中、誤記のご指摘
●こんにちわ
●コーチのHPについて
●写真、去年の今月の所(遠刈田温泉の新緑)
●南蔵王だと思うのですが、南大菩薩になっています。
●気になりますので、至急、訂正してください。


■2009.5.5――藤本 喜弘さんから『軽登山を楽しむ』について
●伊藤コーチ殿
●ただ今「軽登山を楽しむ」を落手いたしました。有り難うございました。
●さっそく ぱらぱらとページを繰って、楽しい編集に感心しています。
●ふと 大台ヶ原から大杉谷へのルートが今は閉ざされているという箇所が目に入り、高校生の頃、怖さを知らない仲間たちとびしょ濡れになりながら歩いたことを思い出していました。


■2009.5.2――箭内 和子さんからレポート「厩岳山」
厩岳山(まやたけさん)
日時   2009年4月11日(土)
メンバー 和子

 天気が良い。どこかを歩きたいと思った。一人だし、遠くの山へ出かけるのは、億劫な気分。
 14日〜15日は、糸の会で、磐越道を新潟まで行くし・・・。近くで、登った事のない山を・・・と、ガイドブックをペラペラめくる。
 厩岳山は、そばまでは行っているけど、登った事がない山。雄国沼の外輪山の一つの厩岳山に出かける事にした。

08時40分 自宅発
10時00分 猪苗代〜磐梯ゴールドラインの入り口〜栄川酒造の工場脇から林道に入り、登山口の標識脇の広場に車を止める
10時05分 入山。植林の作業道を歩く
10時35分 山頂へ、右方向に標識あり。登山道らしくなってくる。フキノトウがちらほら。帰りに摘もう。
10時45分 参道入り口、三十三観音地蔵がまつられているらしい。残雪の登山道になり、時折、登山道を見失う。
10時55分〜11時5分くらいの間は、道が分からず、斜面を行ったり来たりしてしまった。
11時15分   第十一番、ジュンミン観世音菩薩の石地蔵が祭られている
11時25分   第十七番、六波羅蜜時の地蔵様。このあたりから、雪原の中のぶなの林。
 尾根に上がる。下山の時に迷いそうなので、木の枝を立てて、赤いバンダナを巻きつけた。
12時00分 第三十一番の石地蔵。雪に埋まって、見えません。
12時05分   厩岳山神社着。お社の三分の一くらいは、雪の中です。今日は、ここまでにする。細いぶなの木の間から猫魔ケ岳を眺める。石の上で休憩。
12時20分  下山開始
13時45分  駐車場

栄川酒造の売店にまわって、夫へお土産として、生酒を購入。帰途に着く。
今日も、静かな良い山歩きが出来ました。


■2009.5.2――箭内 和子さんからレポート「黒森山」
黒森山(山都町)
日時   2009年3月1日(日)晴れ
メンバー 大森・三輪・広瀬夫妻・とし子・克行・和子の7名

 飯豊の川入の登山口付近の黒森山に出かける。飯豊の展望が楽しみだ。
 7時に郡山大東銀行・新さくら通り支店の駐車場を出発。9時・山都町にある日帰り温泉「いいでの湯」を過ぎて、1本橋を渡る。道路が大きくカーブして道幅が広くなっている所に車を寄せて駐車する。
 9時20分・スノーシューを履いて、山の斜面に取りつく。2本の林道をトラバースしながら、ゆっくり、登る。登り始めの標高320m、黒森山は、標高917m。約600mの登りだ。
 登り始めから、雪原の中。それぞれ歩きやすそうな所を選びながら、進む。標高722mポイントから黒森山へ向かう稜線に乗ると、急な登りになる。
 200m近くを一気に登る。山頂まで2時間10分。11時30分に山頂着。
 飯豊の姿が広がっていた。大日岳〜飯豊本山の姿が確認出来る。川入りの集落も、よく見える。冬の間は、この集落は、無人になる。春になって、集落に人が戻るまでは、ひっそりと閉ざされている。
 飯豊を眺めながら、ゆっくり、ランチタイム。飯豊は登れば、登って良かったと思わせてくれる山だが、飯豊の姿が見えると、それが、また、話の種になる山でもある。
 静かな山頂で展望を楽しみ、下山はアッと言う間。13時30分に、車に戻った。
 「いいでの湯」で汗を流し、山都町の「蕎むら」でお蕎麦を食べて帰途についた。
 天候に恵まれ、方向が確認出来れば、楽しいスノーシュー歩きだが、この程度の山でもホワイトアウトになれば、難しい山になってしまう。
 雪の山歩きは、天気次第だな・・・とあらためて思う。


■2009.5.2――箭内 和子さんからレポート「佐渡の花旅」
佐渡の花旅
日時     2009年4月14日〜15日
メンバー   糸の会の皆さん

4月14日(火) 8時15分・自宅発
磐越道〜新潟亀田IC〜新潟西港(佐渡汽船の乗り場へ) 走行距離は165km。
佐渡汽船の待合室で、予定通りに皆さんと合流する。
11時10分発のジェットフォイルに乗船。1時間後には両津の人になった。
「地魚のにぎり」の昼食後、アオネバ登山口へ向かう。
小雨?雨具着用?コーチは、傘のみ?
13時25分・入山。気温が高いのか、小さい虫がまとわりつく。虫除けの季節になったのですね。ほんの数分登山道に入っただけで、カタクリの群落に出会いました。
大きなカタクリです。佐渡のカタクリの葉は、緑一色。斑入りの模様はありません。
そのうちに白いカタクリにも、出会えて、頬が緩みます。
ニリンソウ、キクザキイチゲ、ヒメイチゲ、フクジュソウ、ユキワリソウ、エンレイソウ、ヒョウタンボク、シラネアオイ、エゾエンゴサク、ネコノメソウ、ナニワズ、ザゼンソウと、次から次へと花を眺めながら、ゆっくり、アオネバ十字路に向かう。アオネバ十字路の手前からは残雪が現れました。皆さんの足が遅くなったかな・・・。
アオネバ十字路に3時20分〜30分。
雪の中のトレースをたどりながらドンデン山荘への林道に出る。林道脇にフキノトウがたくさん、顔を出していた。てんぷらにしたら、美味しそうです。
ドンデン山荘着、4時30分。雨が本降りになって来た。
ゆっくり、お風呂で温まり、夕食後、2時間くらいミーテイングがあった。

4月15日(水) くもり時々雨
コーチの計画では、金北山の縦走だったが、残雪が多く、まだトレースが無いとの事で、岨巒堂山(しょらんどうやま)を歩くことになった。ドンデン山荘のスタッフが登山口まで送ってくれた。
9時15分・入山。今日も、雨具を着用です。
林道を少し歩いて、沢沿いの登山道に入る。すぐ、沢のトラバースがあった。
次のトラバースは、沢に一本橋が架かっていた。滑らないように慎重に渡る。この登山道にもたくさん花があった。ヒトリシズカ、ナニワズ、スミレ、カタクリ、シラネアオイなど。ユキワリソウとカタクリの花が絶えることなく続き、私はここだけでも、十分楽しかった。カタクリが林の奥まで広がっている斜面もあり、「すごい」「すごい」とつぶやきました。谷奥へと進み、緩やかな登りが続き、なかなか高度が上がらない。2度目の尾根に上がると、山頂に向かっての一気登りが始まった。
11時30分頃から残雪の稜線歩きになった。12時10分・山頂着。山頂には、立派な山名標識が立っていた。晴れていれば、素晴らしい展望があるのかもしれないが、ガスがかかってしまい、残念でした。小休止のあと、12時30分・山頂を後にする。
最後の沢を渡ってから、ラストを歩いて、コゴミを少々摘みました。翌日、おひたしにして夫とおいしく、いただきました。
15時05分・登山口着
両津から迎えのタクシーを待つ。
椎埼温泉にて、汗を流し、「天国」にて早めの夕食後、17時30分発のジェットフォイルに飛び乗る。新潟の佐渡汽船の乗り場で、東京方面へ戻る皆さんと、お別れです。
一人で、2時間半運転をして、帰宅しました。

佐渡の花を十分に眺めながら歩くことが出来て、満足・満足の花旅でした。
岨巒堂山(しょらんどうやま)も、個人的には歩いてみたいと思っていた山だったのでコーチや皆さんと歩くことが出来て、ラッキーでした。
同行の皆様、楽しい花旅をありがとうございました。


■2009.5.2――箭内 和子さんから今期申込み
●伊藤様
●糸の会の佐渡の花旅の後、再度の佐渡の山歩きを計画していました。
●26日の7時半に佐渡汽船の乗り場に行きました。朝の新潟〜両津間は、運航確定。
●午後からの両津〜新潟便の運航が確定しません。
●佐渡から戻れないと困るので、佐渡の山歩きは中止しました。
●代わりに五頭山を歩いてきました。
●小雨のち曇りになり、みずみずしいブナの新緑を見て、うっとりしました。
●年度会計の件
090218〜090303に移行の時に1ポイントが、消えています。
ご確認下さい。
●記録を添付します。HPにアップをお願いします。


■2009.5.2――国木田 之彦さんから今期申込み
●伊藤 コーチ
●いつもお世話様です。
●山行にはベストシーズンです。
●昨日、山伏峠から菰釣山、畦ヶ丸、西丹沢自然教室と歩いてきました。
●富士吉田に前泊し道志までいく7時のバスにのりました。
●たいしたアップダウンもなく充分休憩をとっても以前の登山地図のコースタイム7時間30分で到着。
●自然教室の担当者は若い人にかわり丁寧に西丹沢の様子を説明してくれました。18時58分というバスも新設され使い勝手がよくなっております。
●5a(○) 6a(○) 6b(○) 9d(○)
●申し込みます。
●4月20日付け郵便振替で20,000円送金しました。クーポン購入します。


■2009.5.1――矢野 博子さんからレポート「4c武川岳」
 2009年4月28日(火)秩父線沿いの武川岳(1052m)〜二子山(883m)を歩いた。
 この所気温が24度を超える日があったり 肌寒い日があったりで いつも以上に服装に頭を悩ませた。それはともかく 当日は快晴で 湿度もなく爽やかで 気持ちの良い山歩きが期待できた。
 8時30分池袋発の特急ちちぶ7号 西武秩父行きに乗り込む。横瀬にある羊山の芝桜を見にいくのか 電車は中高年で結構混んでいた。
 西武秩父駅にて下車。そこでちょっとしたメンバーの意見の対立があった。(それほど険悪なムードではなかったが) これは 後で丸く収まるのだが 今が見ごろの羊山の芝桜を登山開始前に立ち寄ろうという人と いや まっすぐ山に行こうという人が丁度半数ずついたのだ。今回の参加者は6名。羊山の芝桜を見たことのある人が3名で見たことない人が3名。
 計画書によると下山時刻が17時半。ここで立ち寄ると少なくとも一時間以上登山開始が遅れるので下山が18時半になる。ということで 羊山は回らない事になった。
 タクシーで生川(これは なまかわでなく うぶがわと読むのを初めて知った)の武川岳登山口に向かう。武甲山の威容が迫ってくる。
 10時37分登山口出発。整備された山道を気持ちよく歩く。”これより急登で山頂まで50分”とかかれた看板が途中であったが そこを35分で登りきり ”流石 C !”というコーチのおだてに 皆気を良くした。
 12時05分山頂。山肌は 山桜のピンクと新緑の淡い緑が程よく交じり合い綺麗だった。一年通して四季それぞれ良さがあるけど 私はこの新緑の季節の山が一番好きだ。至福のひと時。
 武甲山を左手にずーっと見ながら 武川岳からの稜線歩きはとてもすがすがしく 時折 カタクリやらヒトリシズカがつつましく咲いていた。
 14時半二子山 雄岳 そしてそこから10分で雌岳。ここで資料のミスに気がついたのだが どうみてもあと一時間半あれば下山できることが判明し 16時には駅に着く予測となった。
 と言う事は 羊山に行く時間が取れると言う事になり 羊山に回ることになった。”羊山公園に事前には立ち寄らない派”だった私は 心の中で かなりほっとした。”わざわざ芝桜だけ見に来る事はないんだから 行きたい”と言う3人の気持ちも良くわかっていたから。
 皆 満足して羊山公園からタクシーで丸山鉱泉(¥700)に向った。露天風呂もあり合格点。
 その後 伊藤コーチの元での山歩きが今日で100回目というKさんを皆で祝して 乾杯をした。果たして自分は100回までできるか自信がない。
 Kさんの話では 最初の頃のコーチと最近のコーチはチト雰囲気が違うらしく Kさんの100回記念レポートが待たれる。


■2009.4.30――岡 有子さんから「4b安達太良山」と写真の注文
●伊藤幸司様
●安達太良山頂上を目指し乳首部へ一登りしたとたん 強風に体が吹き飛ばされそうだったなど 今となっては夢か現かですが、多分頂上まであとわずか数メートルのところで ”退却”と聞いた時には、岩につかまりながら這いつくばっていた私には光明がさしたように思えました。行けない事はなかったが、転びそうな人がいたから とコーチがおっしゃられたときには あんな強風でも行ける方は行けるのだと感心したのと同時に 申し訳なく思いました。
●行程は長くはないけれど 内容の濃い山歩きだったような気がします。
●この時期は雨と雪が同時にやってくるので冷たさ対策が必要とおっしゃられたことを肝に銘じました。
●最悪な天候ではありましたが 幸せな二日間でした。(まずは小屋どまりが実現しました。それもくろがね小屋の雪見風呂付で)
●コーチの写真のデータ配布ありがとうございます。
●オリジナルは一枚2MBと伺ったような気がしますので その四分の一だと500KBぐらいと考えてよろしいのでしょうか。
★ それで早速データで注文いたします。
 2月21日 赤城山(朝日カルチャー)  016  042  043  F110 
 2月14日 蕨山  020

★ それと従来のA4サイズのプリントで注文いたします。
 2月21日 赤城山(朝日カルチャー)  057
 2月14日 蕨山  F123 


■2009.4.30――岸田 和子さんからWストック講座申込み
●伊藤様
●65歳女性です。
●山を調べているうち ダブルストックの使用の講座を知りました。
●5月10日、17日に参加申し込みさせていただきたいのですが、まだ、申し込みできるでしょうか?
●ストックは2本持っています。
●脊柱官狭窄の手術をして13年 腰、膝に良い歩き方を学べたらと思っています。よろしくお願いします。


■2009.4.27――小松 恒彦さんからWストック講座申込み
●「ダブルストック講座」の5月講義に参加したく申込致します。
●氏名 小松恒彦
●年齢 62歳
●小生現役一段落、時間的ゆとりもできたこともあり、健康維持のためのウオーキング(散歩程度の自己流)の延長として、奥武蔵等の低山歩き(こちらも自己流)を始めて6ヶ月のまったくの初心者です。
●頂上に着いたときの達成感、爽快感、自然のすばらしさ、下山後の充実感がなんともいえず、もう少し高い山に登りたいと思っています。
●ただ若い頃から運動・スポーツの類に縁が無く、体力・脚力は人並み以下、ボンビバンの「毎日が山歩き」から、ダブルストックのことを知り、少しでも楽に、そして安全に山登りができるならと申込致しました。よろしくお願い致します。


■2009.4.22――村上 基子さんから「4e佐渡」に関して
●伊藤様
●帯広に戻りました。
●佐渡ではご迷惑をかけてしまいましたが、歩くことが出来て、またまた、冥土の土産級の経験をさせていただきました。
●同行の皆様にも感謝です。ゆっくりペースで、見守っていただきました。
●本当にありがとうございました。
●オオミスミソウが憧れの「雪割草」だとはしらず、会ってしまいました。
●カタクリも大好きな花です。
●佐渡の後、奥会津の大林ふるさとの山で、一山一面カタクリという大群落をみましたが、佐渡の雪解けを追いかけるような沢筋のカタクリの風情が好きです。
●今日気がついたのですが(二階の片付けをしていて)、先生の「山の道、山の花」の本、我が家にあるのです。
●旅先の本屋さんで、本を手にして買い求めたようです。どこの本屋さんかは記憶にないのですが、先生のお名前を知らない前です。うれしくなりました。
●写真を見まして、改めて良い写真だなあと思いました。
●6月の「秋田駒ヶ岳」予定変更日程でも参加させて下さい。


■2009.4.20――山咲 野乃香さんから近況
●伊藤コーチへ
●お久しぶりです。(3週間おめもじしないとそういう気になります。)
●婦人科系疾患で今朝、いきなり手術となりました。
●外来で局部麻酔、悪くない、重くもない病気ですが、思わず声をあげる痛さでした。
●病名は伏せさせていただきますが、勝手に因果応報を感じています。(ああ、気弱!)
●今月、はりきって3つの○印をつけましたが、全滅。というのもくやしいので、
●一縷の望みをかけて、4Cだけは△を。4d、4bは×。
●6b秋田駒を△→○でお願い致します。


■2009.4.17――稲葉 和平さんから参加通知
●伊藤幸司様
●「4d仏果山」、「4b安達太良山」参加します。△から○への変更です。
●よろしくお願いします。


■2009.4.17――藤本 喜弘さんから「4b安達太良山」の件
●コーチ殿
●申し訳ありません・・・、(4b) 安達太良山に行けなくなりました。
●仕事の連絡が来ておりませんでしたので、もう 大丈夫かと思っていましたが、本日 舞い込んできました。
●済みませんが、不参加にお願いいたします。


■2009.4.17――小林 美子さんから「3c九鬼山」写真
●九鬼山お世話になりました
●今度電車の中でみる楽しみがなくなりましたが
●自分が行かない山の写真が見ることができて楽しみです。
●注文 ・3月24日3cの 054、030、008の3枚お願いします


■2009.4.17――箭内 和子さんから「4e佐渡」から帰って
●伊藤様・同行の皆様へ
●郡山の箭内です。私は、9時半に自宅に到着。皆さんより早く帰宅出来たのではないかと思います。
●今回の佐渡の山歩きは、天候には恵まれませんでしたが、林の奥まで広がったカタクリを堪能しました。また、色とりどりのユキワリソウ、キクザキイチゲやフクジュソウ、シラネアオイ、かわいいスミレたち、たくさんの花に出会えて、満足、満足の山歩きでした。
●ありがとうございました。幸せな時間でした。
●26日に再度アオネバを歩いてきます。山のレポートをお楽しみに・・・。


■2009.4.16――鈴木 明美さんから「wストック講座」について
●伊藤コーチ様
●先日の講義ありがとうございました。
●登山の最中に伺っていた説明が一本の糸でつながったように思いました。ダブルストックを使い始めて約半年ストックについて感じていたことと実際の見直しが出来たように思います。
●楽しい2時間でした。
●「お願い」:618・・・4d 4.21(火) 仏果山 キャンセルをお願いします。


■2009.4.16――林 智子さんからミニホームページに「我が親友・・デイミちゃんと薔薇と」
 うちの お向かいには マドモアゼル・デイミちゃんが住んでいる。
 デイミちゃんは 猫である。
 生後 8ヶ月の デイミちゃんは ある日 突然 お向かいのうちにつれてこられた。

 さっそく デイミちゃんは ご近所の 探検をはじめた。
 大人の猫ちゃんより やっぱり 少し 小さくて 幼い感じは デイミちゃんって子供なのね!・・と 納得。
 私は ネコは 苦手。というより 近くで 相対した経験が ほとんど ない。

 デイミちゃんとは 初めて 出会ったのに デイミちゃんが 私のことを すぐ 好きになってくれた。私も デイミちゃんが 大好きになった。
 マイ自家用車の 自転車で 私は この近辺を 風のごとくに 毎日 走り回るが この音を 聞きつけたデイミちゃんも また 必ず 風のごとくに 音もなく私の元へと 駆けつける。うれしい。
 しかも このごろは 二人は 会話もするのである。

 北風が ぴゅうぴゅう吹いて 寒いのに 家の門の前で 日向ぼっこをしていたデイミちゃんに
<アラア・デイミちゃん・今日さむいよう・大丈夫? さむくなーい?>と思わず 声をかけたら 
<ミャー・寒くなんかないよ。会いたかっんだもん>と 答えた。

 どうも 最近 デイミちゃんは マドモアゼルになってきたようだ。
 少し 大きくなって 体型は 大人のように見える。
 私をじっとみて 少し ご挨拶をした後は デイミちゃんの 目に入るものはこの世の森羅万象 全てである。
 全てのものを デイミちゃんは 見逃さない。
 小さな虫の音も ちらりと 散った 花びらも。
 デイミちゃんは 凄い能力の持ち主だね!と思わず デイミちゃんを 抱きしめそうになる。
 けれど・・・・デイミチャンは 絶対に 抱っこなどは 嫌なのね!

 一回 デイミちゃんは 我が家の木登りには 失敗した。
 いいとこみせようと 思い切って走り登った木から 降りられなくなって じたばたした。
 やっと 降りてくることができた かっこ悪い デイミちゃんは さっさと 振り向きもせずに自宅に 帰ってしまった。
 しかし 次には そんな お馬鹿なことはしない。
 登るぞ と 決心した デイミちゃんは また 我が家の木に 走り上った。
 そして 木をわさわさと ゆすった。
 前回 かっこわるく じたばたしたところでは 思い切って一気に 駆け下りた。
<やったわよ! 私って やるときは やる猫なのよ!>と 
得意そうな笑顔と興奮を 私に見せて デイミちゃんは 自宅に飛んで 帰っていった。
<へえー!> <デイミちゃんは ほんと プライド高いんだねエー>と 
我が家の デイミちゃん指数は 高まるばかり。 ほんと デイミちゃん 好きだ!

 さて 春もたけなわになってきたせいか 今日など キラキラと お日様が まぶしいほどだ。
 小学校の 桜も 咲き始めているし 私だって 花見にいかにゃーーと 思うぐらいだから デイミちゃんだって ゼッタイ 朝から 近辺くまなく お花見と お散歩と 確かめるべき山ほどのお仕事を こなしつつ 楽しくやっているに違いない。
 今回 私は ある本を読み 
 <おいしいものをたべて 大好きな洋服を着て 薔薇の香りにつつまれて幸福に暮らそう!> という 一説に であった。
 よーし・よーし・やってやりましょう。薔薇ね・薔薇。
 私もお庭に薔薇を植え 薔薇の香りに 毎日包まれて 幸せに暮らそう・・・やろうっと!

 というわけで 小さな庭には 小さい小さい ミニ薔薇を 植え続けている。
 庭に 私がいると さっそく デイミちゃんは 飛んでくる。
 このごろ さらにさらに 私の質問には こたえてくれる デイミちゃん。
<デイミちゃん・あったかいから お散歩ですか?><ミャー・そうにゃりん>
<デイミちゃん・ボーイフレンド 出来ましたか?><ミャー・いにゃい・くすん>
<デイミチャン・いつも お散歩してるの? あとは寝て暮らしてるの? 猫の暮らしは 面白いの?>
<ミャー・森羅万象・我輩にとっては ことごとく 愉快にゃのじゃ・よ>
<アラ・デイミちゃんは 女の子でしょうが・・>

 といってる間に 季節は 春も終わり?
 こぶしも 桜も もくれんも 散った。
 でも 私の庭の ミニ薔薇は 今 小さいながら ピンクや黄色の 花々を咲かせてくれているのだ。
 薔薇の香りに包まれて 幸せに暮らそう・・計画。
 薔薇は まだ ささやかだけれど 私は 思った。
 毎朝 <私の小さな ミニ薔薇ちゃん・・・咲いてくれてえらいねえ・・・・・>
 なーんて 話しかけたりして それって 凄い 幸せ! たのしいねえ・・。充分 しあわせじゃーん。

 昨日 例のごとく 鼻歌まじりで 家に帰ってきたら 黄色い薔薇の横の ブロックの上に ネコがいる! いかにも 当然 俺んちって感じで。
 アレ! デイミちゃん?
 デイミちゃんなんかじゃない。
 どすの利いた 強そうな やくざみたいな 感じの 白黒のネコ。 <なんか 文句ある?>ふうな顔をして 私を 見た。
<文句なんか ないけどさ・・・・><なーに? これー>

 しかし デイミチャンは? と お向かいを見てみれば この光景は しっかり デイミちゃんも見たのだ。
 私を認め 家のほうには 来たけれど 遠巻きに サクに沿って ちらり・と 私をみて 行っちゃった。 あーあ。 やくざなんかなあ・・・・・・・。
<やさぐれた やくざもんは 家に来ないでいただきたい。箱入り娘の デイミチャンと仲良くしたいのよ>と
私は 今日も 思っている。

 さーて デイミチャンに 会いに行こうっと。


■2009.4.13――矢野 博子さんからレポート「新しい写真見本について」
 初夏を思わせるような陽気が続いてます。
 いつもは気がつかないのですが この桜の時期だけ桜の木の存在に着付かされます。 やはり桜の花は見事です。この時期しか見ることができないから桜の存在価値が高いのかなと思ったりしてます。(昔 ”花”と言えば ”梅”を指したようなのですが どうして”桜”でなかったのでしょう)
 写真の注文方法が変更になったようですが 往路の電車の中で 皆と前回の写真を眺めながら その時のことをワイワイと話しながら行くのも楽しみの一つでした。
 でも今回からの方法だと自分の行かなかった山の写真もゆっくり見ることが出来て これはこれでまたいいですね。
 以下の写真を注文いたします。
 視力が劣ったせいもあるのか 写真の細部がわかりません。 拡大してみる事できるのでしょうか? でも細部まで分からない方がシアワセかな(笑)
3C 九鬼山 027、054  計二枚  よろしくお願いします。


■2009.4.10――箭内 和子さんから「4e佐渡」など
●伊藤様
●こんばんわ!郡山も、桜満開の時期を迎えました。明後日の日曜日は花見を楽しむ人で各地の名所は、一杯でしょう。
●福島に花見山という、素晴らしい里山があります。花木の混ざり具合がとっても美しい色合いを見せてくれます。
●一度、糸の会で企画してお出かけください。
●昨日、谷川岳から、谷川温泉へ下山した時の写真、受け取りました。
●あの時のヒル騒動を思い出しました。
●ありがとうございました。
●2009年2月10日〜11日・美ケ原の山行の写真の注文です。
   10−050
   11−021
   11−062
   11−085
   11−F129   計5枚です。
●佐渡の件
●私は、直接、車で新潟に向かいます。
●新潟港のジェットフォイルの乗り場で10時45分より、皆様をお待ちします。
●天気は、下り坂のようですが、花を楽しみに出かけます。
●よろしく、お願いします。


■2009.4.5――白石 政雄さんから「2w本仁田山」写真注文
●以前のだダブルストック講座でのご指導ありがとうございました。
●また、写真のご連絡をありがとうございました。
●さっそくですが、次の番号のものをお願いします。
2009.2.15−022  1枚
2009.2.15−014  1枚
2009.2.15−012  1枚
●以上3枚をお願いします。


■2009.4.2――稲葉 和平さんから「5e鷲ヶ巣」参加
●伊藤幸司様
●「5e鷲ヶ巣山+櫛形山」は私も12日の都合が悪く断念していました。1日ずれたおかげで参加可能になりました。「×→○」に変更です。
●メールを打ちながらお金のことを思い出しました。明日にでも2008年度の残金と2009年度の☆の購入代金をお送りします。
●よろしくお願いします。


■2009.4.2――澤村 榮男さんから「2w岩山」その後
●伊藤様
●メールありがとうございました。
●岩山で丹沢の表尾根に行けるよと言われましたので早速行ってきました。
●鎖場が北斜面なので雪が少し残っていてちょっと緊張しましたが、実際に下ってみた感じでは特に危ないという感じはありませんでした。
●伊藤さんに言われなければ恐らく行くことはなかったと思いますので、感謝しています。
●ストックの使い方はまだまだですが、何とかマスターしたいと思います。
●今月もよろしくお願いします。


■2009.4.2――宮田 禎子さんから写真注文
●伊藤幸司様
●この度も突然の飛び込みなど、大変お世話様になりありがとうございました。
●私のパソコンもやっと復帰しました。
●そこで山行の写真を拝見し、大変いい方法だと思いました。
●早速、以下5枚の写真の申し込みをしますので宜しくお願いいたします。
●「四阿屋山」
2009.3.17−042
2009.3.17−048
2009.3.17−F128
●「岩戸山」
2009.3.21−F132
2009.3.21−F134


■2009.3.29――藤本 喜弘さんからレポート「クロモジとアブラチャン」
●コーチ殿
●ついでにもう一通 投稿します。

■九鬼山での花の話

 九鬼山の上り坂で、サンシュユに似た黄色の花を見つけ、サンシュユにしては小さな花だねと問いかけました。
 それはクロモジよ、という返事があったのですが、後でコーチからアブラチャンだとのアドバイスがありました。
 クロモジ嬢は、花を揉んでこの香りはクロモジに違いないとつぶやいておられました。
 気になりましたので、帰って調べましたら、クロモジもアブラチャンも共にくすのき科ですから、香りは似ているのでしょう。
 共に山地に自生し、クロモジは2〜3m、アブラチャンは4mに達するそうですが、花は共に淡黄色の小花で、遠目には似ているのでしょう。クロモジは1本の花柄の先が数本に分かれて花がつくようですが、アブラチャンは短い花柄に群がるように咲きます。果実もクロモジは数本の果柄の先にまとまってぶら下がりますが、アブラチャンは一枝に一個ずつです。
 クロモジの樹皮には油があって香料の原料になるそうですが、アブラチャンの名前は(油+タール)の意味で種子や樹皮の油を灯火に利用したそうです。
 樹皮の色も違うようですが、この度は随分勉強になりました。
 なお、サンシュユはみずき科の園芸種で葉は対生ですから、くすのき科の互生とは見分けられます。
*参考:
クロモジ   (http://shinrin.cool.ne.jp/sub156.html)
アブラチャン (http://shinrin.cool.ne.jp/sub450.html)
サンシュユ  (http://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_254.htm)


■2009.3.29――藤本 喜弘さんからレポート「地図の閲覧と印刷」
●九鬼山ではお世話になりました。
●ちょっと長くなりましたが、投稿します。
●駅から猿橋町桂台団地までのシャトルバスを利用させて頂いたのはラッキーでした。
●団地から歩き始めて、コーチからの資料にも、ご自身の地図にもその団地が示されてないという話を聞きまして、webでみた地図では出ているよということから、その入手方法に話が及びました。
●お風呂の後で詳しく説明をするつもりでしたが行き違ってしまいましたので、ずいぶん以前の話題の繰り返しになりますが、復習しておきます。

【レベル-1:最新の地図を確認する】
●必要条件:
(1-1)インターネットに接続できるPC
●手順:
(1-2)IEなどのブラウザから「国土地理院」を検索し、そのホームページを開きます
(1-3)ページの上の方にある「地図・空中写真」の枠をクリックします
(1-4)「全国の2万5千分の1地図情報を見る」の枠をクリックします
(1-5)「地図閲覧サービス(ウォッちず)」の画面になりますから、「ウォッちず」をクリックします
(1-6)20万分の1の区画割りをした全国地図が表示されますから、目標の地点をクリックします
(1-7)2万5千分の1の区画割りをした20万分の1の地図に切り替わります
(1-8)目標の2万5千分の1の地図を選びます
(1-9)画面右上の[−]のマークをクリックするか、マウスホイールを手前に回して地図を縮小します
(1-10)マウスで画面をドラッグをして目的の地点にたどり着きます(ここが面倒かも・・・)
(1-11)画面右上の[+]マークか、マウスホイールを前方に回して地図を拡大します
●手順省略:
(1-12) http://watchizu.gsi.go.jp/ で、(1-5)が表示されます
(1-13)このURLをお気に入りに登録しておくと便利です
*手持ちの地図を比べて、改訂箇所があるかどうかを確認します。

【レベル-2:表示画面をプリントする】
●必要条件:
(2-1)MS-Excel か Word などのオフィスソフトが使えること
●手順:
(2-2)上の手順(1-11)で目的のサイズの画面を表示させて[PrtSc]キーを押します
*(注:[PrtSc]のキーは、機種によって直接押せる場合(白字)だったり、[Fn]+[PrtSc](青字)だったりします)
*(注:[PrtSc]のキーを押すことによって、画面情報がメモリーに保存されます)
(2-3)Excelを開いて、適当なセルを選び、貼り付け([Ctrl]+[V])ます
*(注:[Ctrl]+[V] は、Ctrl-key と V-key を同時に押します)
*(注:Word でも Paint でも利用できますが、印刷調節は Excel が便利です)
*(注:貼り付けるセルに [C3] などを選ぶと、地図の上に見出しなどを入力できます)
(2-4)印刷範囲と用紙サイズなどを選んでプリントをします
*(注:欲しい地図の範囲が一つの画面に収まらないときは、(1-8)に戻って画面を移動して同じ操作を繰り返します)
*(注:メニューバーなど表示画面がそのまま印刷されます)

【レベル-3:地図部分だけをプリントする】
●必要条件:
(3-1)Paint などの 画像処理ソフト が使えること
*(注:paint は windows に付属しています)
(3-2)切り抜き([Ctrl]+[X])、コピー([Ctrl]+[C])、貼り付け([Ctrl]+[V]) が使えること
*(注:やり直し([Ctrl]+[Z])も覚えておくと便利です)
*(注:このキー操作はどのソフトでも利用できますから慣れて下さい)
●手順:
(3-3)上記の(2-3)で、Paint を開いて貼り付け([Ctrl]+[V])ます
(3-4)paint の画面左側に出ているメニューの右上の四角のマークをクリックします
(3-5)アイコンが真ん中に○のある十字に変わります
(3-6)アイコンをドラッグして地図の切り抜く範囲を決めて、切り抜き([Ctrl]+[X])ます
(3-7)(2-3)と同じように Excel に貼り付けてプリントします
(3-8)印刷地図が何枚かになったら、はさみとのりで、つなぎ合わせて下さい。
*画面上で地図をつなぐことも可能ですが、そのときはプリントサイズがA4までに限定されます。
*むしろ、大きな地図でプリントしてそれを貼り合わせた方が、実用的かと思います。
*大いに活用して下さい。


■2009.3.27――矢野 博子さんからレポート「九鬼山」
 2009年3月24日JR猿橋駅から九鬼山(くきさん)970mに登った。
 前日の強風と雨は明け方まで少し残ったが 天気予報の ”晴れ”が当たりやや北風が冷たかったが まずまずの山歩き日和。
 信号機故障で15分遅れたが 8時31分東京発大月行きに乗車。
 猿橋で下車し 駅前から丘の上までは エスカレーターの予定だったが エスカレーターは壊れてしまい影も姿もなかった。ここから歩くのかと覚悟を決めていたら 仲間のKさんが そこへ現れたジャンボタクシーに交渉し 9人乗りの車に13人が乗り込む。しかもそれは 無料!(それは住民の足となるシャトルバスだった) Kさんに皆大感謝。
 とここまでは 随分トクをした気分だったが 肝心な登山口が見つからず しばし右往左往。
 11時15分登山開始。道はかなり整備されていて迷うようなところはなかった。陽だまりにタチツボスミレが咲いていて春を感じた。
 実はこの辺りの山の印象はあまり無い。というのもこの時間は WBCの決勝戦をやっていて皆の関心は試合の経過。途中何回か立ち止まり その実況に耳を傾け一喜一憂。普段愛国心などと言うものは忘れているのだが 皆”サムライジャパン”に声援を送る。
 12時10分神楽山着。13時15分馬立山着。
 札金峠までは尾根歩きだが かなり登り下りの幅が大きく 目指す山を前にしてまた下って行くのは 本当にご苦労さんという感じだったが 九鬼山の山頂を極める前に 日本の優勝が決まり これで周りの山に眼を向ける余裕も出来、一気に頂上を目指した。
 春の芽吹きを目前にしている山に 午後の陽が注ぎ 山の色合いが優しく気持ちよかった。この景色に癒された。気温は10度ぐらいあったのだが風が冷たかった。気温より風のあるなしの方が重要と感じた。
 山頂を極めるとやはり気分は楽になる。ただ今回は 下りが急だと資料に書いてあったので 緊張は取れなかったが いつの間にかなだらかな下りになりホットした。
 山頂から少し下った所に 天狗岩という展望台があり そこへ寄り道をすると 富士が我々の到着を待っていたかのように姿をあらわし始めた。やはり富士山が見えると嬉しい。近くで見るとその大きさ高さに圧倒される。
 いつもの休憩の他にWBC(WCでなく)休憩が入り 出発も遅れたのだが 下山は殆ど予定通りの17時だった。
 高尾で”フロッピー”というお風呂(¥600)に入り そこで 和定食(¥1100也)を頂いた。これは ボリューム満点で合格。
 同じ方向に帰る仲間が4人もいて帰宅は11時半になったが 久しぶりに車中のおしゃべりも楽しめた。


■2009.3.22――市野 武さんから「3c九鬼山」参加、など
●ご無沙汰しております。毎度、急で申し訳ありませんが、3月24日休みになりそうなので「九鬼山」参加させてください(計画の詳細、HPの画面で確認しました)。
●かなり以前に糸の会で行った記憶がありますが、同じルートでしょうか? 
●その時に録画したVTRもあるのですが、ビデオカメラが壊れて再生出来ない状況にありました。昨年オークションでかなり程度の良いSONY製の8mmピデオデッキを入手し、少しずつDVDに変換する作業を始めています。まだ山関係のものには手をつけておりませんが、気長にやるつもりでおります。
●また今年は銀鉛写真のデータのデジタル化も始めるつもりでおります。とりあえず先日ノートパソコン(デュアルコア)のメモリを増強しました。秋葉原の某店で1GB×2枚が2760円とかなり安い相場になっていました。これでVISTAがもたつくことなく動いていますがノートのキーボードは打ちにくい...。
●あとはスキャナです。候補はすでに決めましたが、デスクトップ機もそろそろ一新したいし、他にもいろいろと欲しいものがあって...資金難です。山に回せる資金がほとんどありません。
●今年度はこれでようやく3回目の参加となりますが、前2回分の「大菩薩」と「天城峠」の写真、その他少々を以下の場所に置いてあります。しばらくの間、外部からも見える状態にしておきますのでよろしければ覗いてみてください。
http://picasaweb.google.co.jp/BN1588
http://picasaweb.google.co.jp/BN1588B


■2009.3.21――村上 基子さんから「4e佐渡」に関して
●伊藤幸司様
●おはようございます。
●4月14,15日の佐渡・金北山。とても楽しみにしています。
●よろしくお願いいたします。
●3月24日帯広を発ち、四国をまわって、そのまま参加させていただきますので、計画書をいただくことはできません。
●4月12,13日佐渡の「お宿花月」に泊まっていまして、その宿でインターネットが使えるようです。
●プリントもできるとのことですので、計画書を手にすること可能だとおもいます。
●毎回お手数をおかけしてすみません。
●何分よろしくお願いいたします。


■2009.3.20――奥田 敏夫さんから近況報告など
●伊藤コーチ 様
●ご無沙汰をしていました。今日、偶然テレビのスイッチを入れたら小さな旅「白馬にて」を写していました。コーチ他一緒に登った仲間を見て懐かしく思いました。
●私は、現在柏峰山岳会と言う地元の同好会に所属しております。
●月、1回の登山(予め年間の登山候補とその山の登山に関し、責任者=リーダー・サブリーダーを決めておく)他、経験者による登りたい人による山行ガなされています。
●私は、この4月以降の年度の6月山行計画「飛龍山」のリーダーを担当する事になりました。
●雲取山は登ったことは有りますが、飛龍山ははじめてですがわくわくしています。
●糸の会のホームページは時折覗かせて頂いております。
●また参加させて頂くかも知れません。
●ご健康にご留意を!


■2009.3.20――岡 有子さんから「3a顔振峠」の日のことなど
●伊藤 幸司 様
●15日にぎっくり腰をやり、明日の岩戸山は欠席します。
●若松さんに連絡がつかないので よろしくお願いします。
●腰痛は前科があるので 来期の予定も少し様子を見ております。
●先週の3a 顔振峠は 前日遅くに都合がついたので参加のお知らせをせずに当日出かけましたが総武線が強風のため不通になり、津田沼で足止め、泣く泣く京成で帰ってまいりました。
●ホームページを見ると そんな方が他にもいらっしゃったような、、、


■2009.3.16――澤村 榮男さんから「3w岩山」の感想など
●伊藤様
●昨日は大変お世話になりありがとうございました。
●早速ですが、1回ではとてもマスター出来ませんので4/19(日)の嵩山にも参加したいと思います。
●よろしくお願いします。
●昨日の感想ですが、かなりの手応えを感じています。
●ちょっと慣れれば登りがかなり楽になるのではないかということと下りに脚の負担が非常に少ないということは間違いないないと思います。
●体の安定が良くなるという点に関しては間違いなく有効で満足しています。
●体の状況ですが、右手の筋肉痛と、右臀部の若干の筋肉痛が出ています。普段いかに右手を使わない生活をしていたかということがよく判りました(左利きです)。
●鎖場の経験も有り難いことだと思っています。
●次回までにゴアテックスの防水ソックスを入手しようと思いますが靴は今のものできつくはならないものでしょうか。


■2009.3.16――三浦 陽子さんから「3d四阿屋山」参加
●伊藤コーチへ
●いつもお世話さまでございます。
●明日の四阿山、参加します。
●よろしくお願いします。


■2009.3.15――稲葉 和平さんから「3d四阿屋山」参加できるかどうか
●伊藤幸司様
●先週の高峰高原は急なキャンセルで申し訳ありませんでした。17日の「3d. 四阿屋山」は予定通り参加できると思いますが、明日の夕方まで考えて慎重に決めたいと思いますのでよろしくお願いします。
●大小山の下りで不注意に足を踏み出して滑ったときの捻挫が、その週末から痛み出し、ちょっと長引いています。痛み出してから医者に行きましたが、骨には異常なく普通の捻挫とのことでした。早く直すためには安静が第一、と言われたもののその後一週間たって痛みが取れたので4キロほど歩いたら痛みが再発、そのため大事をとって先週はキャンセルさせてもらいました。今日も少し歩いたので、明日の様子で決めます。
●2009年度4-9月は計画は魅力的なものばかりなので、今から全部決めるのは無理。そこで、勝手で申し訳ありませんがとりあえず全部△でお願いします。ただし、次の4件は決まりです。
・4a 4/11 水沢山  ×
・4e 4/14,15 佐渡(金北山) ○
・5e 5/12,13 鷲ヶ巣山+櫛形山 ×
・5d 5/19 天城山(万三郎岳) ○


■2009.3.15――酒井 みちこさんから「3d四阿屋山」参加
●伊藤コーチ様 ●いつもお世話になっております、酒井みちこです。 ●3月14日は、強風の為、電車が動かず 顔振峠は、断念しました。 ●山行きの用意をして、そのまま帰ってきたのは、初めてでした。 ●気分は、モヤモヤ スッキリしません・・・・ ●急で申し訳ないのですが、3月17日 四阿屋山に参加したいと思います。 ●宜しくお願いします。

■2009.3.15――宮田 禎子さんから「3d四阿屋山」参加
●伊藤幸司様
●お久しぶりです。
●突然ですが、今度の3dの四阿屋山に参加させていただきたいと思います。
●ホームページ上の資料を頼りに参りますのでよろしくお願いいたします。


■2009.3.12――斉藤 ふき枝さんから「3a顔振峠」参加
●伊藤コーチ様
●いつもお世話様になっております。
●急な連絡で申しわけございませんが、あさって14日顔振峠に参加したいと思います。
●資料は、とりあえずホームページからプリントアウトしました。
●よろしくお願いいたします。


■2009.3.9――稲葉 和平さんから「3e高峰高原」欠席通知
●稲葉です。申し訳ありませんがあり明日の高峰高原、キャンセルさせてください。
●温泉にだけでも、と思っていましたが、
●依然として階段を降りるのにびっこを引いている(自分ではそんなつもりはないのですが)し、
●左足で体重を支えるのは厳しい状態なので、今回は無理をせず休むことにしたいと思います。
●ギリギリになって申し訳ありませんがよろしくお願いします。


■2009.3.9――鈴木 明美さんから「ダブルストック講座」参加
●伊藤コーチ様
●朝日カルチャーの土曜日コースでお世話になっています鈴木明美です。
●ダブルストックの3月15日の実技に参加したいと思います。
●講義は4月12日に参加させてください。
●よろしくお願いします。


■2009.3.7――桜湯 佐知子さんから「3e高峰高原」参加確認
●伊藤コーチ 殿
●高峰高原案内書お送り頂きありがとうございます。
●2月の王ヶ頭ホテル泊まりは扁桃腺による発熱が治らずにキャンセルに、今回は十日前より軽いギックリ腰状態になっています。日常生活は何とか支障なくすごしております。
●どうしようか、と迷っていたのですが、案内書に雪の中秘湯につかるのが第一目的に、とありますので、腰の痛みが強いようなら腰痛治療に専念し、秘湯につかりながら雪見で一献、皆様のお戻りをお待ちしたいと思っております。
●宜しくお願いいたします。


■2009.3.6――河野 通史さんから
●伊藤幸司様
●毎々、お世話になります。
●早速、3e「高峰山」、3d「四阿屋山」
●いずれも参加できなくなりましたので × にしてください。
●度々、恐縮ですが、よろしくお願いいたします。


■2009.3.3――藤本 喜弘さんから
●コーチ殿
●年度末が迫ってきて、困っています。
●ちょっと無理の気配ですが、当面 以下のように変更をお願いいたします。
  顔振峠 3a……3.14(土) △ ----> ○
  九鬼山 3c……3.24(火) × ----> △
●よろしくお願いいたします。


■2009.3.3――土屋 千鶴子さんから
●伊藤コーチさま
●2e美ヶ原ではお世話様でした、スノーシューの初体験は幼いころの雪遊びを思い出しました。
●都合により先に申し込んである3c→3aに変更お願いいたします。


■2009.3.2――箭内 和子さんから近況
●伊藤様
●こんばんわ・・・
●昨日は西会津・山都町の飯豊の登山口
●川入の手前にある黒森山(標高917m)にスノーシューで行ってきました。
●山頂から眺めた飯豊山。飯豊本山から大日岳の稜線が真っ白に輝いていました。
●猪苗代〜喜多方〜山都へ向かう道路に雪が全然ありません。
●雪の少ない冬を実感しました。
●このような冬は珍しいです。水不足が心配になります。
●高峰高原の山行は、残念ながら不参加です。
●2009年4月〜9月の予定一覧より
●616の佐渡(金北山)参加希望です。
●よろしくお願いします。


■2009.2.27――齋藤 俊朗さんから「3d四阿屋山」欠席
●伊藤 幸司 様
●先日は、雨の幕山大縦走お世話になりました。
●小雨とはいえ、寒くなく山全体がしっとり感に溢れた一日でした。
●城山からの登山道で眺めた眼下の幽艶なる雲海、雨の日なればこそ見れる素晴らしい眺望でした。
●ところで、3月3d四阿屋山 福寿草を楽しみに参加と申し込みましたが、年に1度受診している人間ドッグの予定が入り、大変恐縮ですが不参加とさせて下さい。


■2009.2.26――岡 有子さんからレポート「赤城山」
伊藤幸司様
厳寒の赤城山 尻すべり 大沼の氷上渡りなどいろいろ楽しい?初体験をさせていただきました。

 −10度Cの寒さでは 登り始めれば少しは温かくなるかも知れないという考えは甘かった。
 晴れているのに北から吹き付ける雪だか氷だか混じりの冷たい風は 左の頬をぴりぴりと刺激し帽子の上から耳あてをしなかったことに後悔し、ゴアの上着の帽子もあげなかったことに後悔した。
 30歩交代で先頭を歩く待ち時間に 耳あてを着け、帽子を上げる想像だけをする。寒風の中に立って待っていること自体寒い。リュックを下ろしたら体が冷えてしまいそうで、何もできなかった。
 ストックを持つ右手の指だけがひどく冷たくなる。Kさんもやっていたように 右手をグーパ グーパ しながら歩いた。
 何を好き好んでこんな寒い思いをしているのだろうなどと、少し悲しい気分になりながら、早くこの寒さと風から逃れたいとひたすら歩いた。しかし、こんな中にも清涼剤はありました。上を見上げると 白いレースのような枝枝の向こうに青い空が透けて見える。霧氷をこんなにきれいに見たことはない。
 ”今日は ラッキーな日です”とおっしゃったコーチの言葉通りでした。

 黒檜山の頂上は風がなかったけれどやはり寒い。風がないだけましなのでゴアの下にフリースを着た。
 見晴らしがよい。コーチが ”筑波山が見えますね”とおっしゃった。どこか伺ったけど ”自分で探しなさい。筑波山は双耳峰です” とおっしゃる。考え込んでいると ベテランのやさしいA氏が ”あそこ” と教えてくださった。
 ”なんだ あんなに良く見えている” と思いながら ”大きく見えるのですね” というと ”大きい山だもん” ですって。千葉から見るのよりは小さかったけれど意外と大きく思えました。<山と高原地図>で赤城を見たときに同じ地図に筑波山も載っていたので 赤城と筑波はそんな関係?と疑問にもなっていたけど、またまた私の中で点と線だった地図が面になりました。赤城と筑波は思いのほか近かった。

 下りはとても楽しかった。同じ道なのに。登りで苦労した急坂が尻すべりの格好の滑り台となった。
 転んだ調子に尻滑りとなって勢いよく滑っていく。テレマークスキーもどきもやった。やはり転んで尻滑りとなる。
 こんなに楽しい下りも初めてかもしれない。 ”雪の下りは楽しいのよ” とおっしゃっていた先輩方の言葉を思いだした。尻滑りは早い。50歩交代の最初の約束はどこへやら、登りの半分くらいの時間で下りてしまった。寒さなんて全然感じなかった。同じ道なのに。

 大沼は一面凍っていてその上に雪がついて真っ白だった。湖の氷上を渡った。これも初体験。
 最初はおっかなびっくりだったけれど、コーチがどんどん歩いていくので、行くしかない。
 湖面の雪に夕日が当たって光っていた。ワカサギ釣りをしていた(と思われる)人が一人 遠くから夕日を背にして
そりを引いて歩いてくる光景は絵のようだった。時々強風が湖面の雪を巻き上げて霧のように巻いてくる。
 ワカサギを釣っていたらしい小さな穴にストックを入れてみたら 氷の厚さは30cmぐらいあった。

 前橋駅近くの温泉ゆ〜ゆで入浴し、高崎から2時間以上遅れで到着したMaxに乗ったのは私を含めて5人。
 11時近くに帰宅し、幸せな一日は終わりました。コーチや同行の皆様に感謝です。


■2009.2.26――矢野 博子さんからレポート「大小山」
 2009年2月24日(火)東武伊勢崎線沿いの大小山(314m)に登った。  8時50分浅草発の特急りょうもう号にて足利市に向かった。8名の参加者のうち浅草に集まったのは3名であとは 北先住からの合流となった。(ちなみに帰路は 全員 北先住で乗り換えた。浅草という駅は不便な駅となってきた)  今回の山は314mでかなり小さな山だったが 手前の稜線をたっぷり歩いたので かなり満足度の高い結果となった。  山川長林寺を10時42分出発。このお寺はなかなか手入れの行き届いたお寺で 寂しい冬景色にピンク色の椿が色を添えていた。登り始めると 要所要所に訓戒めいた有り難いお言葉が石碑に彫ってあった。分かったような分からないような内容で5分も歩くとその言葉も忘れた。  期待していた雪はなかったが気温8度。無風で登りは汗ばむくらいだった。いくつものピークを越え 時には岩に挑戦しながら越床峠に14時につく。自分達が歩いてきた尾根がずーっと後方に延々と見え すごい距離歩いたもんだと我ながら感心する。  この峠の少し前に新築の建物が急に現れ トイレかしら?と思ったら地場産業の社長が作った避難小屋だった。話によると 彼自身が以前この山で遭難し その時皆にお世話になったので その恩返しという意味も込めて建てたとか。一通り彼の話を聞いてそこを後にした。帰りがけに皆はホカロンを一箱ずつ渡された。(これは使用期限過ぎていた。 多分使用には問題ないでしょう)  目的地の大小山に15時15分到着。360度見渡される山頂なのだが曇っていて赤城山も富士山も見えなかった。ここからもアップダウンを繰り返し一番長い稜線をゴルフ場を左手にみながら下山した。下りと登りが交互にあるので いつも下りが延々と続くと起こるヒザの痛みもなかった。  16時40分下山。タクシーで ”幸の湯”に向かう。ここの¥500は安い。ゆっくりとお湯につかってから ”蝶や”で和食を頂く。  朝7時半に家を出て 行動時間6時間、帰宅が10時前。入浴も食事もゆっくりとれて 日帰りの山歩きとしては 理想的だった。

■2009.2.23――国木田 之彦さんから「秩父のそば」
●伊藤 コーチ
●いつもお世話様です。
●2月22日(日)秩父の宝登山にのぼりました。蝋梅はちょっと遅めでしたがそれでも充分楽しめました。
●帰途長瀞で一浴びしようとみやげ物店がならぶ先「秩父館」まで行ったところなぜか休み。
●右に曲がった「荒川荘」でお願いしお湯をいれてもらう。浴室の前が長瀞の岩場という絶好のロケーションで思わぬめっけものでした。女将もていねいな応対で湯上りにお茶をいれてくれる。
●秩父駅でおりて西武秩父駅までぶらぶら歩く。珈琲「ぢろばた」のさき「大むら本店」でそばを食べる。あんがいいい店でした。
●おなじ日家内は西沢渓谷にいったのですが「山県館」で入浴。客室と見まがうばかりの風呂場にびっくり、感激の態でした。


■2009.2.23――藤本 喜弘さんから「山の保険」について
●先に 日本山岳協会山岳共済会の山岳遭難・捜索保険のご紹介をしました。
●この度、念のため、保険の対象になる山の範囲について確かめましたところ、山の高さには関係なく(年齢も関係なく)装備についての制約だけというお話でした。
●そうなりますと、西穂高を狙えるかどうかは技能レベルの問題となってきました。
●さて どうしたものか、思案中です。


■2009.2.18――清水 久美さんから「3w岩山」への実技変更について
●伊藤コーチさま
●3月15日岩山参加の件有難うございます(^^)
●高所恐怖症ですが頑張って皆様について行こうと思います。
●初心者かしましトリオですがどうぞ宜しくお願い致します。


■2009.2.18――箭内 和子さんから「2e美ヶ原」を終えて
●伊藤様
●御礼が遅くなりました。
●10日と11日の美ヶ原の山行は、展望に恵まれて、とても楽しい山行でした。
●ありがとうございました。
●その上、同行の皆様のそれぞれの山への想いを感じることが出来、私の落ち込んでいた気分が、軽くなったように思います。
●私のパソコンが、故障してしまい、メーカーのリペアセンターに送ったのですが、新品を買ったほうが良いくらいの修理費がかかるそうです。
●修理をあきらめて、只今、お買い得のパソコンを物色中です。
●このメールは、夫のパソコンからの送信です。
●美ヶ原の紀行文、添付します。
●では、よろしくお願いいたします。


■2009.2.16――清水 久美さんからダブルストック実技参加について
●糸の会 伊藤コーチさま
●おはようございます
●1月のダブルストック講座を受けた清水久美と申します
●糸の会の予定表届きました(^^)
●色々な所が有り、見ているだけでも楽しい気分になりました♪
●2月15日は気候も暖かく、すでに春と言う陽気のダブルスットク実技となった事と思います(行けなかったのがとても残念です:TT)
●痛めた足も、病院の薬が良く効きすでにかさぶたとなり歩くのに問題なしと言う感じになりました。
●早速ダブルスットクの実技を申込みしたいのですが、3月15日の岩山は3名申し込みは出来ますでしょうか?
●ご検討の程宜しくお願い申し上げます。


■2009.2.15――藤本 喜弘さんから名門そば屋の「木鉢会」について
●「国木田 之彦さんから高崎の食事情報」を拝見し、旅先でのお店ではありませんが、「木鉢会」をご紹介します。
●参加の28店舗は 静岡の1店を除いて都心に集中していますが、次のような老舗の後継者の集まりと見て、暇を見つけては巡回を試みています。
●「木鉢会は、昭和三十三年に「銅子会」子弟の集いとして発足致しました。
●銅子会とは、「そば釜の銅子の湯で産湯をつかった者達」つまりは、二代目以降の店主達の集まりであることから、江戸以来の老舗の主人達が集まり、その子弟達「木鉢会」は、家伝の技術と伝統をいち早く習得すべく、そば店の三代目以上の現役達を会員とし、各のれん間の技術交流、そば技術の伝承と向上に寄与することを目的と致しました。 」


■2009.2.9――国木田 之彦さんから高崎の食事情報
●伊藤 コーチ
●いつもお世話様です。
●2月7・8・9日草津白根にスノーシューに行きました。
●帰途小野上温泉により、高崎駅近くの栄寿亭でかつ丼を食べました。
●甘めのタレをくぐらせご飯にのせたものです。天丼のとんかつ版というところです。
●卵とじのかつ丼、かつカレー、野菜サラダもあり、いわゆるとんかつ屋でした。
●17時半に店に入ったときは先客が一人だけでしたが次々客がきて席がふさがってしまいました。少人数の利用がいいかもしれません。
●栄寿亭の筋向いに「レニエール」というレストランがありました。フランス料理と看板にあり白いテーブルクロスがかかっていました。店の前のメニューをみると前菜、メイン、ステーキと豊富です。値段もまずまずという感じです。


■2009.2.9――藤本 喜弘さんから「日本山岳協会・軽登山保険」に関してレポート
 2009年上期の計画書を落手いたしました。有り難うございました。
 魅力的な内容でキョロキョロしていますが、火曜日が使えないことが多いものですから、頭をひねっています。
 ところが保険のお話ですが、わたしは次の保険の軽登山タイプTを利用しています。 
 軽登山とは、ピッケルやアイゼン、ザイル等を使用しないで登れる軽登山行為をいいます。
 救援者費用は山岳登はん以外の初心者でも可能な普通の登山(軽アイゼンを装着するようなケース)でも対応します。
・契 約 者 :日本山岳協会山岳共済会
・引受保険会社:三井住友海上火災保険株式会社
・事務扱い  :日本山岳協会山岳共済事務センター
 〒170-0013 東京都豊島区東池袋 3-7-11-707
 Tel:03-5958-3396 Fax:03-5958-3397
 I D:sangakukyousai@mbd.ocn.ne.jp

●コース種別
・山岳登はんコース(略:5850 〜 15950円)
・軽登山コース
 タイプT:保険料 2000円 (2510円)
 タイプU:保険料 5000円 (6530円)
 (括弧は農林・漁業・採鉱・自動車運転・建設作業者など)

・保険金額      タイプT        タイプU
  死亡・後遺症   176万円        276万円
  手術保険金(手術の種類によって入院保険料の10〜40倍)
  救援者費用    300万円        300万円
  賠償保険     1億円         1億円
  入院保険金日額  2000円         4000円
  通院保険金日額  ------         1700円
  保 険 料    2000円        5000円

 なお、山岳共済会の会員に限定されますから、年会費 1000円が必要です(入会金は無料です)から、保険料と合わせて 3000円/年 の費用です。

 ご参考まで・・・


■2009.2.3――箭内 和子さんから「2e美ヶ原」に関して
●伊藤様
●2009年になったと思ったら、節分です。今年も、よろしくお願い致します。
●昨年の12月から、父が体調を崩し、軽度の認知症の診断が出てしまいました。今年の私の山歩きは、黄色信号です。

●美ヶ原の件
●新宿発8時に、乗ることが出来ないので郡山〜大宮〜長野〜松本のルートで参加したいと思います。
●松本着が、10時51分の「しなの8号」で行く予定です。何か変更がありましたら、コーチの携帯へメールします。
●では、皆さんとお目にかかるのを楽しみにしております。


■2009.1.30――齋藤 俊朗さんから守屋山の感想など
●伊藤 幸司 様
●おはようございます。
●一昨日の素晴らしい守屋山では大変お世話になりありがとうございました。
●お蔭様で今年初の山行は、記憶に残る雪山歩きが楽しめました。
●それにしても、山頂から360度に展開する一大パノラマは絶句に値する程の景観でした。
●私にとって、山歩きは還暦が過ぎてからの参加ですが、こうして心身とも健康で月一山歩きが出来る事の幸せと、素晴らしい自然の美しさにひたすら感謝する思いでした。
●ところで、糸の会 607 2d 守屋山 朝カルの予定以前に申込みをしたもので、取り消して下さい。
●もともと、守屋山については「信州のど真ん中に位置し、100名山のうち32座が見渡せる最高に眺望優れた山」と読んだ記憶があり、機会あれば是非登りたいと予てから思っていました。
●糸の会の山行日が、一昨日と同じような素晴らしいお天気になることを祈念します。


■2009.1.30――岡 有子さんのレポート「1c三ッ峠山」
 伊藤 幸司様
 27日の三つ峠山はすばらしい山歩きでした。
 北からの富士山のながめは テレビ局の定点カメラがあるだけあって 迫力がありました。
 私にとっては 明神ガ岳からの富士山に続いて 今期第二弾のすばらしい富士山でした。
 数年前の前回の三つ峠は 風がすごくて 記念写真を撮って早々に頂上を引き上げた記憶がありますが、今回の頂上では  富士山全容  南アルプス 八ヶ岳 金峰山 甲府盆地などなど バッチリ、心ゆくまで眺められて 至福のときでした。
 展望の良い山の頂上から 周りの山や下界を見ると それまで点と線だった頭の中の地図が、やっと平面の地図になっていくようで楽しくなります。

 山道はがちがちの氷で、緊張しましたが、12月の入笠山でアイゼンやストックを使った時には分からなかった鈍い感覚があったので、早速帰ってから見てみたら アイゼンのつめは丸く減っていたり、ストックの石突きも減っていました。その所為だったかとおもいました。
 どちらも替え時なのでしょうか。氷の道を長く歩かなければわからないことでした。何気なくそれまで使っていたものを そのまま持って行ってしまいましたが、今更ですが時々点検は必要なのですね。
 ただ今までは アイゼンやストックが減るということすら どういうことかわかりませんでした。今回の収穫といえば収穫ですが、3年余の使用(多分)でこんな風に減ってしまうものなのでしょうか。

 収穫はもう一つ 土浦食堂のほうとう。煮干の出汁でさっぱりしたあつあつのほうとうはおいしかった。
 他にも収穫は多々ありました。初めての参加者を温かく迎えてくださったCの皆様にも感謝です。
 参加できるかどうか怪しいのですが 2a 3a を△印でお願いします。

■追記
 帰りのバスのチケットは返さなければならないのは分かっていたのですが、運転手さんに悪いことをしてしまいました。
 バスの中でシートベルトをして寝ていたので、 Yさんから後5分しかないと ダッシュを命じられて あわててシーベルトがなかなかはずれなくて また遅れを取ったものですので まっいいかと手にチケット握ったまま走ってしまいました。
 お陰で 思ったより早く千葉に着きました。


■2009.1.30――藤本 喜弘さんのレポート「チェーンの件・続編」
 コーチ殿
 ご丁寧な res を有り難うございました。
――チェーンの件ですが、藤本さんは「一度チェーンを使ってみたかったというのが(単純な)理由です」ではないと思います。私はチェーンを未使用ですので、テストぐらいは必要かと思います。――
 背景の説明なしでの会話体をアップしたのでは失礼でした。
 言い訳は気が重いのですが、若干の補足をしておきます。

●使用経験:
 わたしは「関東周辺・・・」で、冬期では石割山などで数回使用しています。
 ここは小川リーダーの他に2〜3名のアシスタントが付いていますが、いつもバス1台いっぱいの30数名のチームです。行き先は軽登山クラスの山行が主ですから、チェーンで十分という判断でしょう。また、チェーンの使用は冬山に限らず、雨後の降り道などでも積極的に着用を勧めていました。糸の会とは取り組む対象が同じではありませんから、同じような気持ちではいけないことは十分理解しています。ただ、それ以降2年間も使っていませんでしたので、機会があれば使ってみたいなぁ・・・という気持ちでした。
●判断根拠:
 危険回避のための用具ですから、良い加減の気持ちで判断しては叱られてもやむを得ませんが、わたしの当日の判断では (1) 山道の様子は、事前のマップシミュレーションで北東からの往路は急坂だがほぼひたすら登りで、途中のアップダウンはそこそこで、降りはロープウエイが使えなくても南西側で午後にもなるので氷結の心配は(まず)ないだろう、(2) 箱根外輪山の様子は、金時山や前月の明神ケ岳の経験からひどく急な岩場はないだろう、(3) 気温は(アイゼン着用の段階で)それほど低いということではないので、硬いアイスバーンがあっても部分的だろうから避けて行けるだろうなどを考えていました。

 なお、お金の集め方については、みんなで協力できる形があれば良いなぁといった程度の気持ちですから、上のような命に関わるようなお話ではありません。でも、時間には係わりますので、電車に乗り遅れないように走られたのをみて、申し訳ない・・・と思った次第です。

【コーチから】
●私はダブルストックを積極的に使用している立場ですから、突っつき穴で登山道破壊の危険を冒す覚悟をしつつ軽アイゼンを使うという立場にこだわっているのは確かです。軽アイゼンを装着したら、どこではずすか、なかなか適切にできませんが、神経を使います。
●それと比べたら、破壊力の小さい道具を心おきなく使うという考え方のほうが合理的な場合も多いと思います。気楽に使えるチェーンを常用化することで安全領域が広がります。
●私はむしろ「4本ツメ」のダブル装着で「6本ツメ」のアイゼンに近い能力を求められる準備をしているわけですから、チェーンを使用する範囲よりは危険な領域を想定しているかもしれません。
●「小川リーダー」の立場になったと考えてみれば、「4本ツメ」などという危険なアイゼンモドキより、チェーンの装着のほうがどう考えても合理的ではないかと思います。それは私が「6本ツメ」が半端なアイゼンにもかかわらず危険な領域に踏み込む危険が大きいという心配をしているのと似ています。
●私の場合はみなさんにどんどん自分で歩いていただきたいという建前がありますから、冬の山の北斜面の凍った道や、舗装された林道に薄氷が全面に広がった状態などを目にしたときに、やっぱりツメがついていたほうがいいという考えは変わりません。
●藤本さんがチェーンをつけて歩くことに当面、それほど抵抗感があるわけではにのです。私が危険だろうと思ったところでは、履きかえてもらうツメがあるのですから。いろいろやってみる人がいるというのは、私にとってはむしろありがたいことといえます。その人の小さな失敗まで見せてもらえると、もっとうれしいとは思いますが。


■2009.1.30――矢野 博子さんのレポート「三ッ峠山」
2 009年1月27日(火)  富士急行線沿いの三ッ峠山(1785m)に登った。
 2009年の初登山に相応しく絶好の好天。富士急電鉄の車窓から 真っ白に雪化粧をした富士山が段々と目前に迫り 今日の山歩きへの期待が一気に増した。
 河口湖駅で下車し タクシーで三ッ峠登山口に向かう。途中河口湖に映る逆さ富士がきれいだった。
 乗車したタクシーの運転手は富士山ガイド検定二級とかを持っている人で 同乗したMさんが一言”赤富士ってどんなのですか?”と聞いたら ”待ってました”とばかり車中は富士山の講義の場となり、乗っていた20分ぐらいの間で すっかりにわか富士山通になってしまった。挙句の果てに 富士山の赤い石まで持っていたのにはびっくり。地元の人の富士山にかける思いが いやでも伝わって来た。 
 道路が凍結していて 予定の場所より手前で下車。11時半に登山口を出発したが つるつる道路で 最初からアイゼンの世話になる。こんな時 何とも頼もしいアイゼン。気温は河口湖駅5.9度だったが 半袖のTシャツに長袖のブラウス一枚で登りは 丁度良かった。心地よいテンポで登って行く。途中で ”正しいダブルストックの使い方”の実技演習をした。
 この山は 数年前に糸の会で登ったので その時の記憶が徐々に脳裏に浮かんできたが 今日は 天上山経由なので下りが長い。頂上の少し手前ですっかり冬の毛をまとってふっくらしたニホンカモシカ が私達を待っていた。人間に慣れているのか 逃げる風でもなく しばし観察する。
 登山口から2時間もかからないで 山頂に到着。360度の眺望 目の前の富士山に圧倒される。やっぱり日本一の山だ。 歓声があがる。眼下に富士五湖、南アルプス、八ヶ岳といくら見ていても飽きない。無風で心地よい日差し、最高のコンディションだ。
 実は今回の山歩きの2週間位前に 突然右ひざに激痛が走り、日常生活にも支障が出るほどで ”これで私の山歩き人生も テニス人生も終わりか? 寝室を二階から一階に変えなければいけないか・・・・”と真剣に考えたぐらいだったのだが 何故かその痛みは自然に消えて行き こうして山歩きが出来て 見事な景色を自分の足で登って眺める事が出来るシアワセを感じた。
 ゆっくりと山頂で時を過ごし 13時50分 下り始める。30分ぐらい下ったところで ”これからどんな道が待っているか分からないけどアイゼン外しましょう”ということで皆でアイゼンを外し ストック頼りに下って行く。斜面によってはかなり凍結していて緊張を余儀なくされ 慎重に下るが 予定より早いコースタイムのせいもあってか 心にあせりはなく気持ちの良い歩きだった。
 天上山ロープウエイ駅に16時30分に到着。最終の16時40分発のロープウエイに乗って下る事に全員賛成。河口湖に向かって一気に下る。河口湖畔のロイヤルホテル内の開運温泉にゆったりと浸かる。無事に下山して緊張もとれ 話がはずんだ。¥1,000の入浴料は高いという声もあったが とても雰囲気よく 私は気に入った。
 駅前でアツアツのほうとうを食べ 富士急のバスにて新宿に向かう。このバス料金の¥1,700は安い。(それに比べ 大月〜河口湖駅の¥1,110は高い) バスは予定より早く着き 新宿21時発の千葉行きのライナーに間に合いそうなのでホームまでダッシュし セーフ。 このダッシュにつき合わされた Oさん、”今日の全工程で一番疲れた”。ゴメン。
【コーチから】新宿でOさんがバスを飛び出して走り去ったので、チケットを回収できなかった運転手氏は追うこともできず「帰ったら怒られる」とショボンとしていました。


■2009.1.29――林 智子さんのミニホームページ原稿「こんばんわ!」
こんばんわ!
斉藤さん。山本さん。
メールを ありがとうございました。
昨日の 守屋山は 最高のお天気と 360度ぐるりの 好景色に 恵まれ
<あの山は なんでしょう>に コーチの 全ての山の名称説明にも 気もそぞろ 
あまりの 素晴らしさに !!!と 絶句しました。
ほんと・素晴らしかった!
きっと 私たちの 日ごろの行いが けなげで よい方向へと 導いたのでありましょう。
最近 ようやっと<頑張れば きっと 良いことがあるに違いない・・>という 当たり前の
ことに 遅まきながら 気がついた Tさん<わたくし>も <なるほど・なるほど>
<頑張ってみるもんじゃ・・>と 其の効果絶大なることに 一人<私って 偉いかも!>なんて
気を良くしたのです。

山本さんは ぜひぜひ いってらしてください。
真っ白に 雪をいただいた 大パノラマに きっと 涙することでありましょうから。
ちなみに お天気のほどは 今後の行いの 清く貧しくうつくし・・さに かかることでしょう。
山ちゃん・頑張ってね。

それにしても 昨日は 好男子3人組みは 一体 何処に 消えちゃったのでしょう。
河野さんに 曽根さんに 山本さんまで ひどいったら ありません。
ぼちぼち 朝カルに 出てこなかったら もう 遊んで あげませんよ。
おまけに Iさんと もう一人のIさんは 腰を 痛めたのですって。
可愛そうに・・早くよくなりますように。係りの Wお姉さまが泣いておられました。
なーーんてネ。
今夜は 一人ぼっちの夕食なので お肌を美しくするための<牡蠣>を 8個も 魚にして
<ワイン>すいすい・・ なんかで すっかり 酔っちまったのです!
暴言は お許しくださいませ。
そういえば 昨日 守屋山の帰りは お蕎麦屋さんで 生ビール中で 乾杯して 
何の 話になったのかといえば 何の趣味もない・・から 始まり 俳句なんか
いいんじゃないの? などと いうことになり 俳句をどういう状況で 作るのか?などと
私たちは 高尚な勉強会をしていたのです。
<マンマ・ミーア>や <ゼロゼロセブン>や<ブラピとアンジーには子供が6人だって!>などいう
お話は 帰りの あずさの中で ひそやかに したのです。

13年も 山に行ってきたのに なんとも かんとも 山の名前が わからない。
映画俳優の 名前なんか 暗記しなくたって 勝手に 覚えちゃう。
きっと 大事な何かが 私の中で 欠落しかかっているか 最初から 欠落しているのかは
さだかではないけど・・・でもいいわ。 山の記録は 斉藤さんの ブログで しっかりと 記録に
残してあるもの。
お互い 助け合っていきましょう。足りないところは補いあって・・・ナーーンテネ。

それにしても 昨日の <守屋山は素晴らしい景色>でしたね。
ヤッパリ 日ごろの 行いの清らかさが 物を言うのですよね。
ですから ヤッパリ 頑張ればいいことがある・・・を信じて 次回の 山に
向かいましょうね。
では おやすみなさい。   すこし よっぱらい Tより。


■2009.1.29――林 智子さんのミニホームページ原稿「ピンクさんと。」
もし 私の 心の奥の深いところに 何か 痛みというようなものを
感じる 部屋があるとしたら 彼女と私は かなり 近いものを 持っているのかもしれない。

彼女は 大学で 英語を教えており 文章を書く人でもある。
彼女の 文章の中に <私が母を殺したのだ>という 一文がある。
なんということだろう。
私を 捉えて 離さない。
< もっと カッコよく 自分を飾ったって 良かったのに。
  自分を ごまかしたって 良かったのに。>

不思議なことに 彼女とは これまで さまざまなところで 出会ってきた。
最初は シャンソンの教室で。
同じ頃に プールで。
おぼれそうになりながらも 決しておぼれない いさぎわるい・・けれど・・ 
潔いよい そんな 泳ぎ方で。
太った 体型は どうみても 体育会系では ないのに 泳ぎを 止めない。

数年の後 今度は 歌の教室で 出会うことになった。
穏やかに 彼女は <あら・・また・・会っちゃった・・うふふ・・・>と 楽しそうに笑った。
いま 二人は 同じ歌を歌い 共に ソプラノ担当だ。

<大学生のころ 私は ピンクさんと呼ばれていたの>と 言う。
いつでも 淡いピンクのブラウスに ピンクのネックレス。 ピンクのバックを 持っている。
色白の彼女に とけそうな ピンクは よく似合い 彼女の笑顔が・・・ そう 童女のようだと 
私は 思う。

歌う時 彼女の発音は 英語そのもの。音程は しっかり 外れている。
二人並んで 巻き舌の彼女の 発音を 私は聞く。
歌うこと。
それが いつしか 呼吸と同じことになり 喜びと 悲しみと 歌は 一緒になった。
いつか <上を向いて歩こう>を 教室で 皆と 歌った時 
<娘と一緒によく歌った歌なのよ。 娘は 5年前に 癌で死んでしまったの。
40歳にもなっていなかったの>と ひっそりと つぶやいたのが ソプラノの美しい Kさんだ。
一瞬 時が 止まった。
ポロポロと 美しい涙を こぼした Kさんは 決して 泣きはしないような しっかり者なのだろうと
ひそかに 私は 思っていたのだけれど。

ピンクさんと 私。 歌いましょうね。
どすの利いた 英語風な ソプラノだって いいじゃない。
ころころと 転がらない 悲鳴のような ソプラノだって いいじゃない。

私も ひそかに 願っている。
どうぞ ピンクさんが もう 苦しむことがありませんように。
ピンクさんは もう 充分 充分 心が 痛かったのですから。
強がったり 意地悪など 出来ない ピンクさんなのですから。
弱くて 強い ピンクさん。
私は ピンクさんから 学ぶ。


■2009.1.25――ダブルストック講座1期の内城 八重子さんから
●おはようございます。
●先日、1月18日に参加した内城 八重子です。
●いろいろ有意義なお話が伺え、感謝しております。
●実は、沢でケガをした右足首の調子が、あまり良くありません。
●25日にリハビリで幕山を歩いてきましたが、
●ハイキングコースでも凸凹が負担になり、最後はビッコを引いてしまいました。
●そこで、申し訳ありませんが、
●先生のH.Pに、下記のようにありましたので、
●実技は、こちらに参加させていただきたく、お願いいたします。
……ただし、日程的にどうしても無理があるという場合には、実技に関しては4月以降「糸の会」の「a」シリーズ(第2土曜日)をダブルストック実技対応としますので、そちらにご参加いただくこともできます。……


■2009.1.25――藤本 喜弘さんから「チェーン着用」「お金の集め方」……ワンポイントレポートとして受理します
 先日の箱根・神山ではお世話になりました。
 一昨年一月の金時山から始めた山歩きですが、この度三年目に入りました。
 これからもよろしくお願いいたします。

 神山の帰路、皆さんとの会話の中から二三の話題をアップします。
(1) 雪道でのチェーンの着用について
 コーチからの軽アイゼンの着用指示に対して、チェーンの使用をお願いしました。それに対して、他の参加者からどうしてチェーンなの?との質問がありました。
 軽アイゼンも持参していましたが、一度チェーンを使ってみたかったというのが(単純な)理由です。
 実は、一昨年にアサヒカルチャーセンタ千葉の「山歩き入門」に参加したとき、同時にNHK文化センター千葉の「関東周辺山歩き」にも申し込みました。NHKの方は半年で退会し、代わって糸の会に入門したのですが、そのNHKのリーダーは千葉県山岳連盟理事の小川秀樹さんでした。
 小川さんの指示がチェーンの着用でしたが、実際にはほとんど使ったことがありませんでしたので、使ってみたいなぁ・・・と思っていました。
 今回使った印象は、
・柔らかい雪や泥濘では十分有効(滑らない)
・着用が楽で、持ち運びも便利 (小さく軽いし爪がない)
・唯一、硬い氷には歯が立たない(いや 爪が立たない)
などといったところで、雪のない土の道や石ころが多いところでも歩きやすい印象でした。岩肌などでは使えませんでしょうから、状況を見ながらの選択になるかと思いました。
(2) お金の集め方について
 ロープウエイの乗り場の時も食事の後でも、コーチにすべて集金をして頂きまして、大変でした。アサヒカルチャーでは若松さんなどにそのような雑務を引き受けてもらえるのですが、糸の会ではコーチにすべて負ぶさった形なっています

 今後 なるべく参加者で分担して集金をするようにしてはどうかと話し合いました。例えば テーブル毎に伝票を分けてもらい、それぞれで集金するだけで、時間も早くなり、間違いのチェックも楽になるかと思いました。
 あの帽子いっぱいの小銭のやまは見たくないなぁ・・・との気持ちです。
【コーチから】
●チェーンの件ですが、藤本さんは「一度チェーンを使ってみたかったというのが(単純な)理由です」ではないと思います。私はチェーンを未使用ですので、テストぐらいは必要かと思います。
●ただ、軽アイゼンの登場場面を、チェーンでは無理(だと思う)領域まで広げて考えています。たとえばどうしてもチェーンでは危ないと思う場面に濡れた丸木橋があります。岩場で、かなりまずいと思う場面で、軽アイゼンのツメを利用するというテストを重ねた時期もありました。
●登山道を傷めるから軽アイゼンを使って欲しくないという意見はたとえば丹沢・鍋割山荘の草野さんのようにおだやかだが強い意見もあります。しかし私は登山道を破壊する危険があるからチェーンという短絡的な選択は、ストックに保護キャップをつけないと登山道を歩くなという意見とかなり似てくると思います。軽アイゼンとチェーンの守備範囲の広さが大きく違うと考えているからです。ちなみに、私は近年いつも4セットの軽アイゼンを携行していますが、それは軽アイゼンを装着した人にさらに加えてダブル装着できるように靴側にくるツメを広げています。(最近新しくして、2セットだけをダブル装着対応にしていますが)
●もしみなさんにダブルで持ってもらうなら、チェーンという選択もありかと考えますが、そのときにはたぶん雪国で一般に使用されている通勤靴対応のものが合理的ではないかと思っています。(実験はしていませんが)
●集金の件ですが、藤本さんのセンスに合わない見苦しい光景だったかもしれません。しかも(たまたまですが)2回重なってしまったのはまずかったかと思います。
●原則的に、私が集金すると決めているのは私鉄の特急券を買うときだけです。これはリーダーがやると決めておかないとセッカチ系の人が買ってしまうことになるだろうと推測するからです。席を取るといういみでは各自がバラバラにとったほうが2席独占となってラクチンなのですが、みんなでワイワイという場を確保するためには、まとめて買うという意志が必要かと考えています。
●それからロープウェイのときのことですが、私は割引率が20%にならない場合は団体割引や回数券を扱うことを考えません。みなさんの中で人数がそろったり、仕切り役を買って出てくれる人がいればもちろん安くなるのはいいことですが。あのときは出発時刻まで数分(4分か5分)だったことと、それから人数がたまたま団体割引適応の15人だったことから係員が団体割引をすすめてくれる流れになって、拒否する流れではなくなったことによります。とりあえず乗って、お金は後からという、緊急事態という考え方でした。(実際は乗る前に私の帽子がコインでいっぱいになり、かつ私のどうしても手放せないでいるモンベルブランドの布財布のコインポケットにジャラジャラと全部入ってしまうという奇跡的事件になったのです)
●それから小田原の天金。私は朝日カルチャーセンター千葉の若松さんのような役目をやりたいわけではなく、あの店の、あの状況では一括して集金して、どんぶり勘定のまま支払うのがいいと決めていたのです。全員にお通しが出ていたので、通常、あの場合はそれがひとり、ふたりで混乱するにチガイナイ、と決めていました。それからあの店では(いい悪いは別として)気っぷのよさがあります。階下のオネエさんを今度見てください。こまごまとした物言いはけんか腰になるかもしれません。藤本さん流のやわらかな要求は藤本さんでなければうまくいかないかもしれません。
●ともかく、早い時期に「伝票は1本」と了解していましたから、個別支払いやテーブルごと(2つですけれど)にしてみなさんで楽しんでいただくつもりは最初からなかったのです。
●食事については、基本的に、各自精算がこちらにはありがたいと考えています。
●私はいつも、何に関しても突発的に全体を仕切ることがあります。それが的確かどうかわかりませんし、失敗例も多いのですが、一応は軽い決意のもとで行動しているつもりではあります。
●できれば斜めに見ながら、フムフム、どうなることやら、とお楽しみいただきたいと思います。


■2009.1.19――宮田 禎子さんから「1d神山」欠席
●伊藤様
●いつもお世話様です。
●明日の「神山」欠席とさせていただきます。
●我が家に風邪引きさんが発生しまして、私は未だ元気なのですが、周りの方々にご迷惑をおかけするといけないし、自分自身も外出には不安がつきまといますので、楽しみにしていたのですが、よく考えて欠席と決めました。
●冬こそ低山歩きと決めていましたのでとても残念です。
●美ヶ原ではどうぞよろしくお願いいたします。


■2009.1.19――永田 幸子さんから「1d神山」参加
●伊藤コーチ殿
●おはようございます。
●急ではございますが明日の神山参加申し込みいたします。
●よろしくお願いします。
●今年初歩きです。
●お餅で膨れた身体と鈍りに鈍った身体ですので、何処まで歩けるか未知数ですが、ご迷惑をかけないよう頑張りたいと思います。
●尚、計画書はインターネットからコピーしました。
●明日の朝、詳しい計画書を頂ければ幸いです。


■2009.1.18――河野 通史さんから
●伊藤幸司様
●先日の麦草ヒュッテでは大変お世話になりました。
●二日共好天に恵まれ楽しいスノートレッキングでした。
●テレマークスキーには惨敗でしたが、今年初の山歩きに充分満足しています。
●有難うございました。
●さて、明後日(20日)の「神山」は、往復JR東海道線を利用します。
●小田原駅所定のバス停で合流しますので、よろしくお願いいたします。


■2009.1.17――小林 美子さんから「1d神山」参加
●お世話になっています。神山に行きたいと思います。小林と橋本さんと市村さんと三人お願いします。
●8年前の初めての雪山、今どんな山登りが出来るか試したいねぇー…との事です。宜しくお願いします。


■2009.1.13――桜湯 佐知子さんから「美ヶ原・王ヶ頭ホテル」参加
●伊藤コーチ 殿
●いつもお世話になりありがとうございます。
●美ヶ原参加申し込みいたします。
●王ヶ頭ホテルのHPを見、冬景色のあまりの美しさに即参加を決意、スノーシュー経験は2回目なのに、いつもそばにいて宮田さんをお守りしますから一緒に行こうと強引に誘いました。 ●冥土のみやげは一つでも多い方がいいですし、参加者が増えても高齢者はたぶん冷凍部屋への割り当てはないと思いますので安心して参加しましょうね、宮田さん。
●宜しくお願いします。


■2009.1.12――宮田 禎子さんから「美ヶ原・王ヶ頭ホテル」参加の意向
●伊藤幸司様
●いつもお世話様です。
●古希を過ぎ、過労を厭うあまり、日帰り中心のハイキングをしていますが、ホームページで、「美ヶ原・王ヶ頭ホテル」の山行計画を拝見して1泊ならば参加をしてみたいと思いました。
●「冥土の土産」「王ヶ頭ホテル」「急斜面の下りはなし(これは、不可欠です)」、この3点で重い腰があがってしまいました。
●でも、スノーシューは使ったことが無く大きな不安をかかえての参加希望なのですが。
●今からの急な申し込みでもよろしければお願いしたいと思います。
●いかかでしょうか。


■2009.1.12――林 智子さんの「哲学する ちいさい おばあさん」

私の母のことは なぜか 書かずには いられなかった。
母は いつも 私の思いの中にあって 母のことを 思わずには いられないのだ。
母が 老いていって いなくなってしまったことは 私にとって 私の人生 最低の
嫌なことだった。
私は きっと すごく 幸せな 道を 歩いてきて 大きな 絶体絶命というような
凄いことが なかったからだろうか。

自分なりには あれやこれやと 人生の道を 尋ねて <私は一体何者?>
<私は何をする人間?>などと これは 私にとっては 大ことなのだけれど
そういうことで いつも じたばたと やってきた と 思っていたのだが
ラッキイなことに 大きな不幸というものを 味わうことは なかった。

もうじき 63歳になろうという今 私の前には 年齢というものが
大きな 意味があるようになってきてはいるが それでも 日々は ピチピチと
面白いことや 面白い人や わくわくすることばっかりで 毎日 毎日
たびれ果ててはいるが それでも <今日も 元気よく やるぜい!> みたいな
気分で やっているんだし・・・。

ちっとも 大人になりはしないし 回りを見ても <大人デース>という人がいないのが
物凄く 物凄く 不思議だ。
人って そういうもんでも ないんじゃない? そういうもんなのか?
どこかに <私の おとうさんのような 大人>ってものが いると 思い込んでいたけれど
実は 大人って何だ? 実は 大人ってものは 存在しないってことなんじゃないの?と
実に 不思議な思いを 持ちながら 色々なものを みたり 聞いたりしている。
きっと 私の中にある 大人の 民主的なお父さんって言うのは 幻想かもな・・・とか
あれこれ思う。
でも 今は あれこれと 父母 千葉じいちゃん 千葉ばあちゃんのことなんか
思ってみるのは おもしろいなあ。
私の中に あれこれと 保留していることが 山のように 積んであって
答えは でないんでしょうね・・と思っていたけれど。
ひょっとすると 答えが なかった 私の保留事項は もしかすると 全部 パズルが
とかれるみたいに するすると 判って 死ぬ時は ばっちし すっきり 楽チンだったりして。
案外 いいかもしれない。 それを 楽しみにしていようかな。

そういえば 私の 両親は 私にとっては 最初から 両手を広げるごとくに
私ってものを いつくしんでくれたけれど。
お母さんは いろんなことで 怒ったり 笑ったり 泣いたり いつも 凄く
頑張っていて 学校から 帰ってくるときの 姿なんて 両手に 食料を 山のように
ぶら下げて 毎日 いたけどね。 あんなとき <くっそー!>などと 案外
思っていたりして。お父さんは マージャン大好きで タバコぷかぷかふかし 仲良しと
碁 なんかやって あそんでいたしね。

あんな時 彼らは 今の 私なんかと おんなじで これからどうやっていこうかな・・とか
人生ってなんじゃらほい? なんて 思っていたのかもね。

テイちゃんにしたって 偉そうに 大きいイスに 一人座って 時々は ウイスキーなんか
こう かっこよく気取って 持って 考え深げに クラシックきいて いたけどね・・・
あんなときって 何を 一体 考えていたんだろうなあ・・・
もしかして <ぼくちゃんも 年 取っちゃったなあ・・・とかさ・・彼は 数学とか
勉強大好き人間だったから 数式なんか 案外 考えていたかもなあ・・・>
きっと なんかかんか てつがくしていたのだろうなあ。

彼らは 一生懸命に生きて 去っていったのだね。
私たちに 実に 多くのものを 残して。
私は しばらく 彼らのことを 思っていたい。


■2009.1.11――林 智子さんの「生意気 テイちゃん」

夫の 父親は なんと 生意気な奴 だったろう。
結婚してから この生意気君のことを 私は 陰では テイちゃんと呼んでいた。
テイちゃんと 私は 簡単に言えば 喧嘩友達だった。
表立って 喧嘩などは したことはもちろん ない。
ただ 心のなかで <そういう 我侭は ゆるされないのだよ・テイちゃん>と
一方的に 私が 張り倒していてあげたことは あったけれどね。
仏様のように 穏やかで 優しい妻<夫の母>に 対して このテイちゃんは 
我侭のし放題に 思えたからだ。甘えていたんだろうなあ。きっと。

テイちゃんは 函館の 呉服屋の息子だった。
早くに 両親が 亡くなり テイちゃんは 跡継ぎの 兄夫婦に 育てられた。
甥や 姪や 使用人が 大勢 いる 大所帯だった。
しかし テイちゃんが 中学生の頃に 保証人になったことから 家は 破産 した。

其のつぶれ方は 絵に描いたようだ。
差し押さえの 封印がべたべた 張られたり 夜逃げする など。
一家は チリジリとなり 彼は 函館から 花の銀座に 夜逃げした。
銀座に着てからの彼は 腕一本で どう生きたものか 。
上下白のスーツ姿 ポマードで ぴたっと 髪の毛を なでつけた テイちゃんは
なぜか モダンボーイとなった。
気取ったポーズの彼が 白い 車の前に立つ 素敵にハンサムな 写真がある。

<今 私は 我が家の お仏壇に 当時の頃のものであろう 一番のハンサム時代の
テイちゃんの 写真を 飾っているヨ・・・感謝してね。テイちゃん>

まだ 羽振りが良い 呉服屋のボンボン時代には 家にピアノがあった。 
テイちゃんは 機械が大好きで オートバイが好きで 部品を 東京から 取り寄せては 改造していた。
呉服の 仕入れ<?>での彼は 腕を振るった。
彼は おしゃれだったのだ。彼独特の 哲学 美意識を もっていた。

函館という 街そのものが 異国的だったのか?
私が テイちゃんと知り合った まだ 60代の頃も ピッタリと 身体に 会った 上質の スーツや
ネクタイや コートなどを 身に着けていた。
ネクタイが ピッタリと 決まっていたのは 彼自らが ネクタイの 太さを 改造するからだった。
靴は いかなる時も ぴかぴかに 磨かれており テイちゃんが 朝 ご出勤の時には 
義母は きっちり アイロンのかかった ハンカチを わたすやら 糸くずをとるための
こまごました 事柄やらで 大いそがしだった。殿のご出勤だ! と 私には 珍しく 面白かった。

あれやこれやあって 私は テイちゃんを 貧乏貴族!と 命名した。
何故 貴族か?
彼は 夜逃げした 呉服屋のぼんぼんだし お金には 無縁だった。
にも 係わらず お金には まったく 無頓着だったし なぜか彼は ひとり いつも
美味しいものを 食べていたからだ。
使用人に育てられて 好き勝手に していたのか 食べ物の 好き嫌いが 激しいテイちゃんは
バタ臭いもの お洒落なものが好き。 少々しか いただかない。
食事の 度に テイちゃんは 味付け そのほかを 批評 した。
<共稼ぎの 家じゃあ・・・許されないのだぞ・・・あーだこーだなんて>

職場で 事故に会い 手を怪我し リタイヤ してから後は クラシックを聞くことが 最優先の
趣味だった。
癌で 手術をし 集中治療室から 一般の病棟に移ってすぐに 彼がしたことが
クラシックを聞いたことだった。
彼が 心身共に 苦しい時をこえ 自分を取り戻すため 即 したことが クラシックを聞くことだったのが
いかにも 貧乏貴族の 彼らしいじゃないか。

私たち夫婦が お正月や お盆などに 千葉に遊びに来ると 彼は 決まって 息子の妻である この私の
きているものを 批評した。
当時 デニムの 長い ダラダラとした スカートをはいた私を見て ヒッピーだね といった。
当時 私は カーキイ色が好き デニムが好きだったから。
<今日は まともな 普通なものを着ているね!>と いうこともあった。
私が着ているものを あれこれと 言うのは どうも テイちゃんの喜ばしいことの一つだったようだ。
その辺は よく似ていた。 おしゃれには 関心が あった。
私が バーゲンで買った シャツなどを <安かった!>などと 自慢して 見せびらかすと 
<それ よくないなあ!><ぜんぜん 良くない> などと ずばり 言った。
<なんて 生意気な やつなんだ。><少しは お父さんらしく そうだ・・そうだよ・・・
 何だって いいんだよ・・・なんて 相槌の一つも 打てないものか!>

彼から 直接 聞いた話だ。
<私は 彼から 色々なことを 聞きだした!>
彼は 東京下町育ちの 雑貨屋の 娘と お見合い結婚したが 彼女は いつも
着物を着ていた。しかし 新婚旅行では 珍しく ワンピースなど着て にっこり 立っている。
このワンピース は テイちゃんが 縫ったものだというのだ。
生意気な テイちゃんの 大きな特徴 それは ひとえに 彼が ものづくりの
人であったということだろう。

大きなものでは 北側の 北極みたいな寒い寒い 自宅の 台所を 物置に改造。
頼まれて 娘の家の 2階に ベッドを作りつけた。
もちろん 庭の柵などは 簡単簡単 当たり前。白いペンキを塗った ロマンチックなものだった。
戦後 家が 焼けた時には 自分で 家を作った。腹巻に隠してあったお金で 木を買い
リヤカーで 東京から 運んできた・・んだって!
玄関には 燃え残った どこかの喫茶店の 分厚い ロシア風の
ドアが しっかりと くっついていた。<ヤッパリ 函館育ちは バタ臭い>

小さいものでは 息子たちの 木の自転車や イスや 遊具や テレビ。
階段下の 物置き場の改築や 電気のかさや 鉛筆立てなどの日用品。
家中の いたるところに テイちゃんの手が入り テイちゃんなりの 工夫がしてあって
人がいなくなると 消える電灯とか あやまあ!と 思うことは 多々あった。

自分なりの 美意識を 強固にもち 彼は 自宅で 77歳のときに なくなった。
最後まで 自分の 美意識を 貫いた。 
最後の最後のときまで 3時間かかっても トイレに這って いったのだった。
テイちゃんは 好きなように 生きたのだなあ
テイちゃんらしく 逝ったのだなあ・・と 思うけど。
あたしが 娘だったら あれやこれや もっと 質問攻めに したでしょうに。
だって 生意気な テイちゃんは 面白い 人だったもの。


■2009.1.8――松苗 哲哉さん(会員外)からのメール
●伊藤 様
●いろいろ送っていただき、ありがとうございます。私も奥武蔵のハイキングから、北アルプスでの岩登り(まだ!!)、ネパールでのトレッキングを楽しんでいます。
●日経に連載された記事、共感する部分が多いですね。特に「下りはつま先」「軽い運動靴」「雨具の使い分け」「記憶に残る休憩」は良かったですね。
●私がいつも気にしているのは、大股がいいのか、小幅がいいのかということです。
●岩崎さんという方が、小幅の利点を強調され、中・高年の方たちに広まっているようですが、ヨーロッパのガイドの歩き方を見ると、歩幅を大きく、動きを緩やかにしています。私もそれに倣って、ゆっくりと大幅で歩きます。もちろん、急傾斜の道では大幅は無理ですから、傾斜に合わせた歩幅になりますが、それでも普通よりは広いと思います。
●疲れない、速い、と思ってやっているこのような歩き方なのですが、本当のところはどうなのだろうと、トレーニングジムのウォーキングマシンで、歩行速度と疲労度の関係を検証してみました。私の場合、大股が正解でした。膝の筋肉に余裕があるかぎり、「ゆっくり大股」のほうが「小股チョコチョコ」より歩行速度が速く、しかも心臓への負担が少ないものでした。
●もっとも登山の場合、様々な路面状況、傾斜がありますから、一つの形を当てはめることはできないとおもいますが・・。伊藤さんも、これについて、一緒行かれる方たちと検証してみてください。
●あっ、それとダブルストック。同感ですね。岩場でこそ活躍するのですが、私は下山の時、神経質なくらい、伸縮調整部分のロックを確認します。体重を預けたとたん、縮んでしまうと大変な事故につながりかねません。以前はストックなんて、と思っていたのですが、今ではなくてはならない道具になっています。
●これからは山スキーと奥武蔵の日だまりハイクです。どこかでお会いするかもしれませんね。


■2009.1.6――林 智子さんから「自由のままで・・私の父」
69歳の夏 父は 死んだ。
肺がんだった。

< お父さん あなたは いつも ソファにもたれて タバコを 美味しそうに
吸っていたネ。私が 其の頃の お父さんの 年に 近づいてきて 同じ年頃のお父さんが
どんなことを 思いながら 日々をすごしていたのか 少し 想像できるかな?
お父さんは どんなことを 思いながら 生きていたのですか?
あたしたちと 同じような 皺や 背中の丸みなんかも あったのかなあ?>

私は 父親っ子だった。
母が 働いていたから 其れは 必然的なことだった。
父は 私専用の 保護者だった。
私は 一度も 父に 怒られたことがない。
いわれなく 怒られたり 理解してもらえぬと 思ったことがない。
父はなんでも 話せば判る人で 私の全てを受け入れてくれた人だった。

父と母は 同じ小学校に 勤務している時に 職場結婚した。
東北の 山のふもとで 若い父と母は 結婚をし 転勤があるたびに 家族ぐるみで
転勤をし 引越しをした。

弘前の 田舎の風景。
幼い姉が 小さいちゃんちゃんこを着て 懐に 手を突っ込んで
岩木山を背景に 立っている。 この姉は 腕白だ。 
近所の ちびっ子たちと一緒に 岩木川に げをを流して 競争した。
誰もいない台所の 米びつのご飯を 全部 近所の子等と 食べてしまった。
冬は 箱ぞりで 山のてっぺんから すべり 途中で ばらばらに はこぞりが 分解してしまった。
2階の 貸家にいた時には おまるをひっくり返して それは 修羅場のごとくであった。
住み込みの 子守<当時 津軽では あだこと言った>を 頼みに 父母は 姉の 腕白ぶりに
あたふたしながらも 若い日々を 過ごしてきた。
そして 家族が 落ち着き 職場も 山のふもとから 市街地に 落着いてきた頃に 4番目の
私が生まれた。 

明治の終わりに 生まれた 父と母は 勉強をしたければ 師範学校だった。
師範学校は 学費が免除されたからだ。
父の父は 学校の先生。そのまた 父は のん兵衛な お医者さんだった。
祖父は 父が若い頃に 亡くなった。
私の父は 当時は 珍しい 今で言う ニューファミリーの 走り だった。
父は 家事を すべて やった。 掃除 洗濯 買い物 ご飯つくり 子供の世話。 
編み物も 出来たし すべて家事を 日々 実行した。男だから 家事は やらない などという
発想が そもそも なかった。
共働きの家庭というものは 男だ 女だ 子供だ・・・などと言っていては
生活が なりたたない。 男であれ 女であれ 子供であれ 其の時 手の空いている人が
家事は やるのであり そこでは 男らしいだの 女らしいだのという 意味は いっさいない。
われわれ 4人の子供たちは 共働き家庭であったこと 父と 母の 物事の考え方からくる
<男らしくあれ><女らしくあれ>という言うことの まったくない 自由な 育てられ方をし 成長した。

後に 大人となり ごく普通の家庭・・ 父親が働き 母親が 家事を 分担するという 家庭を
目の当たりにし 私は 驚き あきれた。これはいったい どういうことだ。
まったく 我が家とは 違う。
私は 男性というものは 当然 すべて 家事を するものだと 思っていたから。
共働きの 我が家のような 体制は 少数派だったと 後に 判明した。

忙しい母に成り代わり 私の父は 末っ子の私の 育児係であった。
私の人生 初の 記憶は 父の宿直にくっついて 小学校に泊まったことだし
同じ頃だと思うが 白い毛糸のケープなど着せられた私が 自転車の前にのせられ
雪の降り続く道を 父と何処までも走っていく。

また 忙しい母に代わり 父は 私の入学式にきた。あんなに お母さんが多い中にあって
父親が来たのは 二人だけだった。私はそれを はっきりと覚えている。
お風呂に行くのも 髪の毛を切るのも父。 
父は 男であっても 家事をやり 母は 女であっても 仕事をする。
父は 割合 感情を あらわさないが 実に さっぱりと きっぱりとした人で 一言で言うと
民主的な人・・ということばがピッタリだった。
人の話を 最後まできく。 頭ごなしに おこるなど 絶対無い。
私は 父が 大好きだった。
あんなふうな 男らしさを 私は ほかにしらない。 男は黙って・・ しかも ジェントルマンだ。
家事だって 編み物だって なんだってやるんだ。
いいわけなんかしないんだ。

父に最期に会ったのは がんとわかって 入院したときだ。
父は ベッドの上で 浴衣を着て 座っていた。
<お父さん 病院は 退屈しない?> きくと <これまでの人生の 来し方を 思っている。
いい人生だと 思っているから 退屈していないよ> といった。
父の髪の毛は ことさらに さらさらと 細く やせた父は 文学者のように 思えた。
そのあと 手術をし 父は 夏の真っ盛りに 帰らぬ人となった。
母や 姉たちは <お父さんは いさぎよすぎた。かっこよすぎたままで 逝ってしまった> といった。
最期まで 家族と 話しをし ふっと 火が消えるように 逝ったのだ。
でも でも でも・・・<其の時 確かに おとうさんは 智子ちゃんのことを 探していたよ・・・>と
後に 姉が 話したとき・・・・・。

私は 娘が生まれる直前で お葬式にも 出ることができなかった。

<だからかしら? お父さん・今もおとうさんが いるみたいで・・凄く 不思議なんだ。
それは わたしにとって ラッキイなことよ。お父さん。
お父さんが さらさらと どこかに消え・・・でも 今も どこかにいる。
多分・・ いつも 私の 心の中の 魂のありどころに おとうさんがいるのね。
このごろ 魂のありどころが とても わかる。
それは わたしが すごく わたしらしいということなんだ。>


■2008.12.29――齋藤 俊朗さんから「1e北八ヶ岳」欠席など
●伊藤 幸司 様
●本年も余す三日となり、何かと気忙しい年の暮れを迎えました。
●毎年毎年、心に残る山歩きに参加させて頂き改めて感謝申し上げます。
●お蔭様で、平成15年4月「日和田山」朝日カルチャーでご縁を頂いて早や6年となりました。その間、今月の「浜石岳」まで何と93回を数える事となり感慨無量の感がいたします。
●山歩きとは一切縁のなかった自分が、伊藤コーチのご指導のお蔭で毎月の山歩きを楽しみとしてここまで継続できたものと思います。
●本年も、3月の「雲取山」、7月の「平標山から谷川岳」、9月の「白馬三山縦走」など今でもその時々の辛かったこと、山頂からの素晴らしい眺望、可愛らしい花々や自然の変化に巡りあえた事等が懐かしく想いだされ満足した1年でした。
●ところで来年1月1e「北八ヶ岳・麦草ヒュッテ」、今まで八ヶ岳へ行くチャンスなく楽しみにしていたのですが、地元生涯学習クラブの行事と重なり参加できなくなりました。
●来年は100年に一度の大不況とか!!!暗い話の多い中、健康に気をつけて新たな山歩きにチャレンジしたく、引き続きご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
●どうか来たる丑年が、良き年でありますように・・・・。
●貴家皆々様の素晴らしき新年とご多幸を心より祈念申し上げます。


■2008.12.27――矢野 博子さんからレポート「12c 秩父・御岳山」
 2008年12月23日 秩父・御岳山(1081m)に登った。今年最後の山となる。
 1cの稲含山から始まって 12cのこの秩父・御岳山まで 今年2008年の「c」は皆勤賞。(皆勤賞なんて言葉 いまどき使わないのかも知れないけど)
 毎回何かのドラマがある糸の会の山歩き。前回は 忘れもしない”鬼怒川スパゲティ事件”  今日は何事もないことを祈りつつ 10時35分三峰口を出発。
 前日雨だったが 眼の覚めるような晴天。今年の「c」は何が(誰が?)良いのか天候に恵まれている。早くも咲いた黄色のロウバイの花が道端に咲いていた。
 5℃とかなり気温は寒かったが 長袖のシャツ一枚で登りは丁度良かった。山はすっかり冬模様。落ち葉が山道を埋め尽くしていて ザワザワ、サクサクとふんわりした道を歩く。一時間も歩くとあたりは昨日の雪が残っていてきれいな雪景色となる。
 今年二回目の雪景色。何か トクした気分。
 道標がしっかりついていて迷うような所はなかった。山頂まで3時間あまり。最後の30分ぐらいの登りは少々つらかったが 雪面に残されている大きな動物の足跡に驚かされた。 数種類の動物の足跡だが どう考えても一番大きいのは クマのよう。ちょっとゾッとした。まだ冬眠してないのだろうか?
 頂上には信仰の山らしく 狛犬が待っていた。晴天で無風。360度の眺めをゆっくり味わった。両神山がすぐ近くに見える。
 すっかり気持ちを緩めていたら 雪に覆われた急な下りがいきなり待っていて 緊張を余儀なくされた。下りは体力的には疲れないが 緊張の連続で精神的に疲れる。アイゼンなしで下りるので ストックだけが頼り。しかも落ち葉がすっぽりと道を覆っていて どこが道なのか岩なのか分からず おそるおそる下った。
 一時間ぐらい下ると少しなだらかになり 沢沿いに下りる。沢の流れは耳に心地良いのだが 雨に濡れた丸太の橋を 何回も通過せねばならず 心地よいとばかり言ってられなかった。
 枝についていた前日の雪が融け始めて 雨のように降ってきて キラキラと輝ききれいだった。計画書より少し早く 15時45分下山。大滝温泉ゆうゆ館(¥600)で足を伸ばす。
 登山口は電車を降りた所。下山すればそこには温泉。アクセスの良い山だった。それにしても”御岳山”というのは 一体いくつあるんだろう? 持っていった秩父地方の地図だけでも3箇所以上もある。そんな事を思い巡らせ帰路についた。

 コーチを始め皆さんお世話になりました。来年もよろしくお願いします。


■2008.12.25――稲葉 和平さんからレポート「振り返って・その3」
伊藤幸司様
「靴」のことはもうしばらく、いろいろ試してみてから報告しようと思っていましたが、書きついでに「歩き方]に関する現段階の報告です。

 この1年間で山歩きに関する様々な知識は増えてきたが、技術の上達と言うところまでなかなか結びつかない。

 まず、山歩きの最大のポイントである「歩く技術」がどうもうまくいかない。
 原因はいろいろあるだろう。筋力、柔軟性、バランス感覚などを総合した身体能力そのものに問題があることは明らかだから、その身体能力の不足をカバーする、言い方を変えると身体能力の不足を露見させないだけの技術を身につけたいのだが、うまくいかない。

 ダブルストックと運動靴という、歩く技術の上達を支える、あるいは技術の不足を補完するための有力な道具の助けを借りてもなお、歩く技術は合格点に遠いのではないかと感じている。
 なぜかと言えば、山では当たり前の「不整地急斜面」になるととたんに前の人と距離が開いてしまうためだ。

 当然、伊藤コーチは最初から私の歩き方の悪さに気付いていて、片足にしっかり乗るように、など基本的なことからいろいろとアドバイスをいただいている。それでもなかなか改善しないため「9es・仙丈ケ岳・甲斐駒ケ岳」の初日、大平小屋での「教室」での、靴を軽くて歩きやすいBrooksのゴアテックス・ウォーキングシューズに変えてみたら、という伊藤コーチの強い提案に至ったのだと思っている。

 Brooksのウォーキングシューズに変えて歩きやすくなったことは確かである。ただし、逆に今まで気にならなかったことが気に掛かるようになっってしまったのである。つまり、それまでは求めていなかった靴の「フィット感」を思い出してしまった。
 スキー靴でも同じような経験をしていて、スキー靴は長い間「痛くない」ということだけが選択の基準だったが、LANGEのレーシングモデルを履いて足と一体化する感覚を知った。その、足と一体化するフィット感をウォーキングシューズにもとめるようになってしまったわけである。
 今は靴下を変えてみたり、紐の締め方で痛みを感じることなくどこまで締められるかなど、いろいろと試している段階である。(その後スポーツショップで他のメーカーの靴も試し履きしてみたが、今のところ「これは」と思う靴には出会っていない)

 靴が軽くなり、ダブルストックの使い方も多少は上達していることも寄与していると思うが、急斜面も「不整地」でなければほとんど問題はなくなってきている(と思う)。
 不整地だととたんに歩みが遅くなってしまうのは、ひょっとすると遅れてはいけないという心理的な焦りが、かえって重心の移動をいい加減にしてしまっているのかもしれない、などと勝手な理由を考え出し、最終的には時間が解決してくれるだろう、と意識的に楽観的に考えることにしている。

 先日、医者に「歩く速度が上がらない」と言う話をしたら、「加齢による衰えを考えないといけません」といわれたが、まだ諦めたくはないのです。


■2008.12.25――稲葉 和平さんからレポート「振り返ったついでに思いつくまま」
伊藤幸司様
(振り返ったついでに、この1年間で変わったことを列挙してみます。)

 この1年間で山歩きにずいぶん慣れてきた。「山歩き」と言うより、山歩きに出かける前の準備や心構えができてきた、といった方がいいかもしれない。思いつくまま列挙してみよう。

 山歩きのための道具、つまり、ザックやウエア、靴、手袋など、何が必要か、どんなものが必要か、についての不安がなくなりつつある。
 昨年1月、糸の会に参加するとき、冬だったこともあり、すべてが不安だった。寒かったら、濡れてしまったら、壊れてしまったら、等々、きりがないほどだった。スポーツ用品店に行ってザックやウエアをみると素材・性能が列記されているが、意味も分からずどの程度必要か分からないし、価格はピンからキリだ。
 下手な質問をしても、わけの分からない難しい説明をされ、こちらも度胸がないものだから分かった振りをしてしまう、とこれは最悪。足りない技術と体力を道具でカバーできないか、などと考えている胸のうちを店員に見透かされ、あれもこれもと次から次へと出してくる。そして最後はこれさえもっていれば心配ありません、などと高いもので押してくる。
 高い買い物だから「1月の安達太良山に登るための道具一式そろえてくれ」などという”大人買い”はできないし、大学時代にワンゲルをしていた友人も冬山はほとんど経験がなく、「連れて行ってもらう人に聞いたら」とつれない。定価で買ったものはあまりないが、知っていれば違う選択をした、というものはかなりある。

 食料についてはまだ最適解をみいだせていないけれど、一泊であればおにぎりと「鳥のえさ」があれば何とかなる、という感触は得た。
 日帰りならセブンイレブンのおにぎり4つと「鳥のえさ」で充分。ただし、非常食という概念をどのように捉えていいかはまだ分からない。

 水の必要量は季節で大きく違うということを、山歩きを1年間続けてやっと分かっってきた。
 7月の平標山で水分補給を失敗したので、早めの十分な補給を心がけているが、夏は2リットルでも不安なのに冬は1リットルあれば充分のようだ。

 「毎月2回山歩きをしていれば、1年間で基礎的な脚力はできる」と伊藤コーチに言われたように記憶するが、自分で判定することではないとは思うが、その通りのような気がする。
 最初の頃は日帰りの軽い山歩きでもそのあとニ三日は筋肉痛が出、立ち上がるときや階段の上り下りが苦痛だった。最近は日帰りなら筋肉痛はない。
 (というと嘘になる。実は23日の秩父・御岳山は最後の急斜面が効いたのか、アキレス腱の周辺が痛い。滑らないようにきちっと足の裏を接地させて、と快適に登っていたので疲労はまったくといっていいほど感じていなかったが、足首が硬いという自覚はあったので予感していた通りになった。今後はストレッチを充分にやることにしよう。)

 荷物を減らすこと。何も分からないときは不安だから何でも持って行きたくなっていたが、安全のためには重量を減らすことの方が重要ということが実感として分かってきた。
 いつ行くか、どこに行くか、どんなメンバーと行くかで変わってくるが、全体として、必要なものと不要なものが大方分かってきた、というところだろう。

とりあえずここまで出失礼します。靴に関してのリポートが残っていますが、またのちほど。


■2008.12.25――稲葉 和平さんからレポート「1年を振り返って」

 今日はクリスマスだから、というわけではありませんが、久しぶりにのんびりとした一日を過ごしています。

 今年の3月で会社も終わり、4月からたっぷりと自分の時間があるはずだったのに、なぜか貧乏暇ナシの生活が続いています。ただし、貧乏の方はその通りとして、「暇ナシ」の方は自分で自由にできる時間が充分にあるのに、気分として時間が足りないのだから、『暇ナシ』とは言わないのかもしれません。
 その、忙しい気分を生み出す最大の要因は山歩きです。手帳に最初にスケジュールが書き込まれてしまうので、他のことはその合間を縫って、ということになります。サラリーマン時代とは時間を使う優先順位が逆転してしまったという事実を改めて知らされました。

 このような山歩き中心の生活は、一年前にはまったく想像していませんでした。昨年の秋ごろから健康管理のために何か運動をしなければ、と軽い気持ちで東上線沿線の外秩父の山を歩き始めましたが、飽きの来ないウォーキングという程度以上のものを求めていたわけではありませんでした。
 糸の会に参加するときにも書いたと思いますが、高校のときに当時流行のワンゲルで山歩きをして以来、ほぼ40年間、スキーというシーズン・スポーツを除いてまともな運動をしてこなかったので本格的な山歩きは二度と出来ないだろうとあきらめていた、というのが本当のところです。

 糸の会に入るきっかけとなったのは、たとえ外秩父のハイキングコースでも山は山、道標が完備されているとは言えず、基礎的な山歩きの知識と経験が必要、とネットでいろいろ読んでいるうちにボンビバンの講座に行き当たったことです。そしてWASEDA講座に参加し、「厳冬期の安達太良山」に釣り込まれてしまいました。
 正直言って、60歳を超えてからでも基礎を身につければ三千メートル級の高山や、厳冬期の雪山にも行けるというのは、「行けることもある」という単なる可能性の話だと思っていたのです。にもかかわらず、伊藤コーチの拒否ではない言葉に、ついつい無謀にも初参加で「厳冬期の安達太良山」に挑戦してしまいました。
 思い返せば、これがいけなかった!! あとはシャブ漬けになるがごとく2月の足和田山、3月は西穂高スノーハイク、高松山、4月は笠山、と山歩きの深みへ一直線。
 5月の連休前に帯状疱疹などという厄介な病気(?)にかかったにもかかわらず、山歩きに眼がくらんでいたせいで体調が戻っていないことに気が付かず7月の平標山に参加して・・・・(ご迷惑おかけしました。以下省略)。9月の仙丈・甲斐駒、大菩薩嶺、10月は巻機山、有笠山、浅間隠山、11月は八ヶ岳・赤岳鉱泉、鶏頂山、12月は伊予が岳・富山、秩父・御岳山、と糸の会だけでも15回、その他にも小さな山に6回出かけているので合計20回以上も山歩きにでかけたことになります。しかも4月の終わりから6月末までは帯状疱疹でほとんど身動きでず、7月後半以降も平標山でバテたので9月の半ばまでは我慢せざるを得なかったにもかかわらず、です。

 今から考えると、よくこれだけの山に出かけることができたし、気分的に忙しかったのも当たり前、でしょう。天候に恵まれたことを割り引いても、糸の会の季節に合わせた山歩きのコース選定の素晴らしさと、メンバーの皆さんのいい雰囲気がなければ、このようなことにはならなかったのではないか、と思っています。
 ここまで来ると、これからもしばらく山歩き中心の生活から離れることはできそうにありません。というより、山歩きを続けられるように身体を、そして頭を、管理していかなければいけないと思っています。

 伊藤コーチはじめ、糸の会のメンバーのみなさん、これからもよろしくお願いします。よいお年をお迎えください。


■2008.12.22――岡 有子さんから「12c秩父御岳山」欠席通知
●伊藤幸司 様
●明神ヶ岳ではお世話になりました。
●雲ひとつない空にドカーンと富士山が目に焼きついています。
●(頭の中では富士山がたぶん2,3倍くらいの大きさになっていると思いますが)
●もしかしたら行けるかも と淡い期待を持って 
●秩父御岳山の計画書を送っていただきましたがやはり都合が悪くなりました。
●申し訳ありませんが 不参加といたします。
●良いお年をお迎えくださいませ。


■2008.12.17――林 智子さんのミニホームページに新着原稿「私の 大好きな人」

私の大好きな人は 84歳の おばあさま。
でも 彼女のことを <おばあさま> などとは 思ったことも
ないし また そう 呼びかけたことなども 一度もない。
なぜなら 彼女は おばあさんじゃないから。

彼女は Gさんという。
Gさんとは 8年ほど前 フィットネス内の パソコン出張クラスで出会った。
この 中高年の私が ダントツに 若いといわれた 超高齢者パソコンクラスの 
4人のメンバーの中で Gさんは 最高年齢者だった。
にも かかわらず 其の 頭の回転の速さや 雰囲気の明るさは 
これまた ダントツだったし ぴかぴかだった。

パソコンで お会いしてから よくよく見れば フィットネスのプールで ひたすら 泳ぐ
人々の中に Gさんはいた。私の プール暦は 結構長く もう 14・5年になるが
プールでの 私は ホボ じっと ひたすらに 前を向き おじさんに
混じって 歩く人を 長いことやっていたので プールにどんな人が いるのかなど
ほとんど 知らなかった。
 
でも Gさんがいると知ってからは 方針を少し変えて オジサン組から脱出し
周りの人と 少し 話してみることに してみた。
なぜ オジサン組かと言うと プールの おじさまたちは ほぼ 独立独歩体制で
歩きながら ダラダラと 話しはせずに さっさと 歩いたり さっさと
泳いだりしてのち さっさと 帰宅・・という 体制の人が 多くて
私は おばさんではあるけれども おばさんたちと あれこれと 世間話なんか
して たらたら 歩くのは ほんと 苦手で 面倒くさかったから
プールでは 孤立無援 独立独歩体制を とっていたのだ。
つまり おおざっぱに言って おじさん組。

*しかし・・・山は 別だ。
最初 静かに歩いていた私も いまや 大騒ぎだもの。自分が
信じられないわ。
あることないこと 喋り捲り キャーキャーやっていて うるさいでしょう。
しかし ホントは 本当の私は たいていは 一人で静かに 日々を過ごしていた・・・
んだけどなー。 ウン? でもないか?幼稚園でキャーキャーやっていたか!

なんと Gさんは 72歳の時 テレビで スキーの講座を見て
<アラ・おもしろそ! やってみよう!> と 其のテレビの先生に
電話をして スキーを 始めちゃった・・と 言うのだ。
それだけだって ウワー素敵!と思うが 80歳のバースデイの 息子さんからの
プレゼントが 新しいスキーの板。
プールで 互いを 見つけると <Hさーーん・山 いってきたー?>
<スキーどうですかー?>などと ついつい 山の話で 盛り上がる。

<もう いつまでいけるかわかんないけどね。スキーなんか楽よ。 泳ぐより
楽よ。あなたは ものすごく 若いんだから スキー おやんなさい。
5時からが また 楽しいのよ。ぱかぱか 飲んじゃうのよ!>
<どっこも 悪くなくって どうしちゃったのかしら? わたし。
おばーさんなのにねー>などと おっしゃる。

若かりし頃の Gさんは 呉服屋の娘で 両親が早く 亡くなったが為に
叔父さん夫婦に 育てられ 花嫁修業はいいが おじょーさんに 学問なんか!
といわれ 外交官になりたかったにも 係わらず 学問を させてもらえなかったのが
それだけは 残念でならない・・と 時として しんみりと 話された。

とはいえ そんなことは 蹴散らし 笑い飛ばし けらけらと 逞しい。

今日 Gさんは 東京で一日遊び 一泊してから 飛行機で スキー場に 飛んで 
2泊して 滑りまくるのだそうだ。
<お天気はいかが? お気をつけて いってらして下さいね>の
私への お返事は <大雪よ 降れ・・・ってかんじ。 わたしなんか いつ
死んじゃったって もう いいんだから。 じゃんじゃん 滑ってくるわ>だって。
といいつつも プールの横で 誰よりも 念入りに ストレッチをなさる
Gさん。 

北海道の キラキラと 輝く 雪のなかの 彼女が目に浮かびそうだ。
彼女の笑顔が 私にも 物凄く 幸せを くれる。
いいなあ・・・ Gさんは。 すきだなあ・・・・・!
素敵な人だ。


■2008.12.16――箭内 和子さんから「12c秩父・御岳山」欠席
●伊藤様
●こんばんわ!郡山の箭内です。
●23日の秩父御岳、楽しみにしていたのですが
●実家の父の様子が、気がかりなので
●残念ですが、欠席致します。
●計画書の送付は、見合わせてください。
●取り急ぎ、ご連絡いたします。


■2008.12.15――武田 寿子さんから「12d伊予ケ岳」欠席
●伊藤コーチさま
●先月の天城峠は晩秋の山のたたずまいが印象的で楽しい山歩きでした。ありがとうございました。
●12d 伊予が岳も楽しみにしていましたが、風邪の咳がおさまらず、残念ながら不参加とさせていただきます。
●今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


■2008.12.13――稲葉 和平さんから「12d伊予ケ岳」参加
●伊藤幸司様
●12d (12月16日) 伊予ケ岳、参加しますのでよろしくお願いします。
●かなり前から参加のつもりでいたので△のままになっていることを失念していました。
●東京駅7:55発(エアポート成田行き、千葉8:37着)で行くつもりです。


■2008.12.3――箭内 和子さんからレポートの訂正など
伊藤様
●こんばんわ!郡山の箭内です。
●HPにアップ、ありがとうございました。
●11月30日〜12月2日まで、東京の実家に行っていました。
●昨日、帰宅後、HPを確認して、間違いに気付きました。
●谷川の馬蹄形縦走の文・記録の方を添付してしまいました。
●お手数をかけますが、今回、添付の文を付け足してください。

●10月から11月にかけては
●谷川の馬蹄形縦走・吾妻の縦走・秋山郷の鳥甲山・甲子山と赤崩れ・裏磐梯中津川の紅葉・守門岳・只見の金石ケ鳥屋山・要害山・七ケ岳・新潟の粟ケ岳と紅葉を追いかけました。
●今年ほど、紅葉の山に出かけたことは、なかったです。うれしい、うれしい秋でした。
●これらの山歩きの感想を早く、まとめようと思っています。


■2008.11.30――矢野 博子さんの「鶏頂山に登った」前後のトラブル
●添付しました。上手くいくことを願ってます。
【コーチから】じつは11.28に受け取ったレポートが完全文字化け。再送してもらったときのメール。このときにも上手くいきませんでした。

●今日仕事から19時ごろ帰宅したところ 空き巣にやられました!
●私が車を車庫に入れる音を聞いてあわてて逃げたようです。ベランダのガラスを焼ききっての侵入です。
●被害はまだ分かりませんが 番犬に飼っていた犬が役にたちませんでした。(ーー;)
【コーチから】その一部始終は直接お聞き下さい。


■2008.11.28――矢野 博子さんからレポート「鶏頂山に登った」
 2008年11月25日 栃木県の鶏頂山に登った。(この山の名前よりメイプルヒルスキー場と言ったほうが地元の人には分かると 栃木出身の同僚の話)  前日は土砂降りの雨。未明には止むという予報であったが 山沿いは 雪とのニュース。いつもはザックにいれない替えのズボンをあわてて詰め込む。  東武浅草駅8時10分発の新藤原行きに乗り込む。電車は学生なども多く 結構混んでいた。北千住から半数の仲間が合流。今回はコーチを含めて14名の大所帯。  新藤原の駅からタクシーに分乗し登山口に向かう。昨夜の雪でタクシーはどこまで入れるか分からないと運転手から聞かされる。しかし前日の豪雨からは信じられないような紺碧の空が私達を迎えていた。  「日塩もみじライン」にはいると 道路脇には雪が積まれていて これからの山歩きがどんなであるか想像できた。しかし真っ青な空の下 紅葉した木に雪が積もり それは見事な風景で これが見られただけでも今回の山歩きは満足と早くも雪景色に感動。  小一時間タクシーに乗り 登山口に着く。積雪10センチと運転手の話だったが実際には ふきだまりもあり30センチ近い所もあった。 軽アイゼンなどをつけ 11時半登山口出発。  替えズボンを今回持って来たので スパッツを置いてきた事を この後かなり後悔した。 「新雪を先頭に立って進む」という特権を皆で平等にという訳で 50歩ずつ先頭交代方式で林間を進んでいく。時々 枝に積もった雪がバサッと頭を直撃したが 特にきつい登りもなくスキー場を横切り 山頂を目指した。  キラキラ光る雪原がまぶしい。先頭にたって踏みしめていくのに比べ 後からついていくのはとても 楽チンだった。  特に眺望もなかったが しかし思いのほか時間がかかり 三時間登ったところで14時半になっていた。下りを二時間とみて16時半。日没にはまるので ここで引き返す事になった。この分岐では向かい側に雪を被った山並みが見渡せ 頂上に登った気分だった。  来た道を引き返すというのは とても気分的に楽で途中からストックをしまい 軽快に下るはずだったが 軽アイゼンの結び方が悪いのか紐がゆるんでしまい さらに雪がお団子のようにアイゼンにはさまり 歩きにくかった。  歩いている時は足は冷たくなかったが 帰路のタクシーの中で靴をぬぐと びっしょりで スパッツは必携だなと痛感した。  鬼怒川温泉で汗を流し 駅前のパスタ屋「レストランライフ」で パスタを3種、(でもある人たちは4種! これは重要な事件だった。どのパスタも美味しかった。それに¥630は安い)  19時18分発の浅草行きに乗って帰路についた。同方向に帰るS氏に「北千住乗り換えの方が 早いですよ」と北千住の駅についてから教わり あわてて飛び降りる。新しいルートを知り 何か得した気分になった。   毎回 何かのドラマがある山歩き。今回は想定外の「雪中歩き」でした。 皆様お世話様でした。

■2008.11.27――箭内 和子さんからミニホームページ用レポートの件
●伊藤さま
●こんばんわ!
●郡山の箭内です。
●こちらは、数日前に一度雪が降りました。
●山歩きが忙しくてなかなか、ホームページに載せる文章を書く作業が出来ません。
●やっと、丸1日、自由な日が出来たので、作業を進めました。
●お手数ですが、アップをお願い致します。


■2008.11.22――山咲 野乃香さんからいろいろ
●伊藤コーチへ
●12eの件、了解致しました。(故にご機嫌は少々ナナメ!)
●明日は北千住から乗車予定です。おかげさまで、ひと月かかりましたが痛みも完治しました。
●12月早稲田の軽登山講座、参加希望します。よろしくお願い致します。


■2008.11.22――土屋 千鶴子さんから欠席/主席通知
●伊藤コーチさま
●11d-天城峠ではお世話様でした。
●なによりお天気に恵まれ楽しい山行でした。
●先に申し込んでいる12d-伊予ケ岳を欠席します、
●新たに12a-春日山の申し込みを御願いいたします。
●よろしく御願いいたします


■2008.11.20――国木田 之彦さんからレポート「坐骨神経痛、腰痛、膝痛にはちょっと強めの運動がいい」
 最近、坐骨神経痛になりました。その体験と腰痛、膝痛について私の経験を書いてみます。
 私は側彎になっています。20代の時にすでに整形外科で指摘されました。
 そのせいで腰痛には以来ずっと悩まされております。
 腰椎の一箇所が右にまがりかなり折れ曲がっています。その箇所の上下では反対方向にまがり、外からみると一見まっすぐに見えます。体のもつ矯正力というものでしょうか。
 手でさわるとデッパリがわかります。
 近所の整形外科のドクターは「絶望的だ」と言っていました。もう少しいいようがあるかと思いますが無能な医者です。

 30代にはぎっくり腰がよくおこりました。寝返りもうてず咳もできず3日ほどじっと息を殺し寝ていたこともあります。医者はヘルニアだとかすべり症だとかいろいろ言いますが、それは原因をむりやりつくりだしているんですね。ぎっくり腰そのものは単に腰の筋肉の捻挫のようなものです。筋肉をきたえればいいのです。
 医者はそれをいいません。診療報酬につながらないからです。
 痛いときは消炎鎮痛剤でおさえ安静にするしかありません。後は筋トレです。
 背中をそる運動はどうもよくありません。ボート漕ぎのように力をいれながら後ろにそる運動です。違和感が残り、痛くはないのですが気持ちがわるくなる。水泳もよくありません。体に負担がかからないといいますがどうも筋肉に強い負荷をかけないと痛みはとれないと感じています。平泳ぎはどうしても背中をそるような形になります。肩関節に力がかかり痛みを感じます。

 5年前、ちょうど還暦のころ左足がしびれるような感じがし、気になっている時腰痛の家庭医学書をみて「脊椎外科」の専門医がいるということを知りました。そこですぐに館林のそのドクターの病院までいきました。
 慶友脊椎外科病院といいます。脊椎外科の専門医が何人もいて外来の患者さんも多い病院でした。私の場合、側彎で腰椎のひとつが横につぶれ「脊柱管狭窄症」になりかかっているということでした。脊柱管の内側をけずり圧迫をとりのぞく手術をすればいい。といっても、もっとすすみ、しびれをとおり越し痛みがはげしくなった時です。上下がまっすぐになるのは、よくある。腰椎のあいだが石化し固まりつつある。というような診断でした。手術はできるだけ後がよいということです。

 その一方で膝も痛くなってきました。膝痛は歩けばいい。といわれているのでまずウォーキングを始めました。ところがぜんぜん改善しないのです。人に誘われて山歩きをおそるおそるやってみました。これが案外、性にあったというか登っていても苦しくないのです。膝も痛みを感じなくなりました。ここ5年で200回ほど山行をおこないました。
 山歩きはジョギングと同じぐらいの運動強度があるのです。朝、腰痛体操を続けていますが時間もわずかだし何より軽いものです。ストレッチをしていると気持ちがいいという程度です。かなりの高齢者ならウォーキングもいいでしょうが我々にとってあまり役立たないように感じました。かなり強めの運動をしないと筋トレにならないし筋肉もつきません。
 強い運動をして血流をよくすると痛み物質のプロスタグランジンをおさえたり膝内包液の出をよくしたりして痛みが軽減され通常生活には支障がなくなります。
 完治したわけではないので保温サポーターをつけたり降りの歩き方には気をつけています。まっすぐ足をのばしドシドシと踏みしめるように降りると膝に力がかかり、さすような痛みがでてきます。筋肉のバネをきかしひざを曲げたまま着地するのです。
 重装備のサポーター、膝蓋骨の上にごつい円形の皿状のサポーターをつけるのはまったく効果がありません。激しいスポーツをして物理的に矯正しなければいけないような症状ではないからです。要は老化で膝関節のクッションがすりへっているのです。

 今度は坐骨神経痛になりました。9月の始め頃でした。はじめトイレで座るときに痛みを感じるだけでしたが大腿の裏側のハムストリングスがつっぱるように痛くなり本に書いてあるとおりまっすぐ歩けなくなりました。それでいつもかかっている内科の先生に風邪薬と消炎鎮痛剤(ポルタレン)をもらいました。この薬は以前からもらっていて体にあっているのです。3日間のむとぐっとよくなりました。それですぐさま山にいきました。
 ドクターと坐骨神経痛の話をすると先生も同病で今も右足はしびれてまったく感覚がない状態で手術をするかどうか迷ったそうです。東大と慶応の整形外科のドクターに相談したら50%の成功率といわれ止めたとのこと。私がどの段階で手術をするべきかと聞くと、足が動かなくなった時との答えでした。腹筋と背筋をするようにとアドヴァイスをもらう。
 一度神経を刺激し痛みがでると神経は過剰反応し少しの刺激でも痛くなります。これを絶つのはむつかしく消炎鎮痛剤だのみです。
 外反母趾で足専門のドクターに診てもらったとき、三ヶ月間ハダシでいればしびれは直るといわれました。そんなことは不可能です。いまも左足の親指はしびれたままです。

 腰痛体操のメニューをつくって毎日やるようにしているのですが調子がいいとついついサボりがちです。
 NHKの「ためしてガッテン」でスロートレーニングをとりあげていました。腕立て、腹筋、スクワットを呼吸にあわせてゆっくりやるのですね。試してみたがスロートレーニングの腕立てはどうも背中のそりには悪いように感じました。

 整体法とかいろいろの民間療法があります。これはいけません。背骨をまっすぐにしろ、とか骨盤がゆがんでいるのを直せ、とか。この年になってそんな理想的な体形をしているはずがありません。むりやり矯正すると事故のもとです。彼らは正確な医学知識をもっていないので過信は禁物です。
 年をとると脊柱はそりかえって固まってきます。背中がまっすぐでおしりのあたりから前にかがんでいると、いかにもお年よりという感じになってしまいます。背中、とくに腰部は前に丸め、やわらかくしたほうがいいようです。脊椎の後ろ側のすき間を空けると神経の圧迫をゆるめます。
 ただ私の場合もそうですが脊椎の間が石化してだんだん固まってきます。このへんの兼ね合いはどうでしょうかね。無理はいけません。

 手術はできるだけ後がいいというのは術後の満足度の問題ですね。痛くてたまらない、歩けないとなれば80%のできでも満足できます。それほどでない段階では120%でも不満が残ります。

 腰痛膝痛では以上のようなことに気をつけています。
 ほっておくと徐々に悪くなっていきます。最後に歩けなくなり、こんなはずではなかったということになります。ドクターもこんなになるまでどうしてほっておいたといいます。それまで何のアドヴァイスもできなかったのに。
 ふつうの生活がおくれ、症状が悪化するのをできるだけおさえるように、工夫し知恵をしぼるしかありません。
人がすすめる方法がすべていいというわけではありません。あれこれトライして自分に合った対処法を見つけることです。

 08.11.19 NHK「ためしてガッテン」で慢性痛をとりあげていました。痛みの原因がなくなっても痛みが続く。神経か脳か、過剰に反応しているのです。ひどい場合は専門の診療科にいくべきです。ちょっと痛みがつづくというぐらいならあまり神経質にならずちょっと強い運動をすればいい。案外きくのではないかと再認識しました。


■2008.11.20――国木田 之彦さんから「軽登山講座・ダブル・ストック」参加希望
●伊藤 コーチ
●いつもお世話様です。
●軽登山講座「ダブル・ストック」(1/18・2/15)申し込みます。
●1d(1/20)神山、1c(1/27)参加します。
●腰痛・膝痛についてレポート送ります。


■2008.11.17――市野 武さんから「11d天城峠」参加通知
●毎度、直前の連絡で申し訳ありませんが、明日の天城峠参加させてください。
●休みとうまく重なることがめったにないので急遽参加を決めました。山歩きと言う感じではないようですが、今年の紅葉の見納めになりそうです。
●新幹線を使うほどでもないので普通列車で三島まで行く予定です。伊豆箱根鉄道の改札口でお待ちします。


■2008.11.15――稲葉 和平さんから「11e赤岳鉱泉」の感想など
●八ヶ岳・赤岳鉱泉ではお世話になりました。
●来週の11dの天城峠、何とか参加したいと思っていたのですが、事情があって他の予定を優先させざるを得ず、残念ながら参加できなくなりました。11cの鶏頂山は△ですが、スケジュールを調整できそうなので固まり次第連絡させていただきます。
●八ヶ岳・赤岳鉱泉は、申し込み3人のうちのひとり、山咲さんが帯状疱疹とのことでひょっとすると中止かと懸念していましたが、参加者2人にもかかわらず実施していただき、ありがとうございました。冬山入門というには風もほとんどなく、暖かすぎるほどの絶好の天気に恵まれ、阿弥陀岳にも登ることができ、はじめての八ヶ岳を十分に楽しませてもらいました。
●山咲さん、八ヶ岳は残念でした。帯状疱疹は結構しつこく痛みが続きますから、あせらず治してください。
●靴紐の結び方の件、帰ってから練習しようとしたら短時間のうちにコツを忘れていて、慌てました。ブルックスのウォーキング・シューズについては、改めて報告させてもらいます。
●よろしくお願いします。


■2008.11.9――山咲 野乃香さんから「11e赤岳鉱泉」欠席
●伊藤コーチへ
●残念ながら、赤岳鉱泉不参加です。
●帯状疱疹が完治しておりません。左胸から左脇、肩裏にかけてが患部ですが、今回は痛みが長引き未だ鈍痛がとれません。痛み止めを飲んで行っちゃおうかと迷っていて連絡が遅れました。
●申し訳ありません。○印の方が少ないですが、私の欠席で中止にならないか少々気がかりです。

【コーチから】
●赤岳鉱泉は参加人数が少なくなりましたが、実施します。


■2008.10.29――河田 恭子さんからひざの調子について
●伊藤コーチ
●水沢山、二ヶ岳、良い山でした。秋を堪能しました。
●「うどん」も美味かったです。
●ありがとうございます。
●2008年度下期の参加予定は次の通りとしましたのでよろしくお願いいたします。
☆、、、11a,12a;1a;2a
△、、、2d;3d
●なお、左膝、登りは良いのですが、下山のおりに強く折り曲げたり、高い段差を飛びおりると痛くなります。
●5時間以上の下山距離、リュクの重量によってはその負荷で膝が重くなります。
●特に腰、足先が冷えると膝がテキメンに痛みます。
●今現在、リハビリということで、パーソナルストレッチ、ポールストレッチ、軽い筋トレ、足裏マッサージ、水泳、プールの中を歩く等をしています。
●整形外科の診断を受けたら、特注の膝サポウターを医者に勧められました。
●春になっても良くならないようでしたら作ってみようと思っています。
●また、整骨医に教えてもらった膝のテーピングは難しく、素人だとすぐに剥がれてきます。
●それで簡単な方のも教えてもらいました。こちらのは剥がれ難いのですが効果のほどは怪しいです。
●今年の冬は上記予定ですが、膝の様子によっては山行きを欠席することもあると思いますので、まことに勝手では有りますけどよろしくお願い致します。


■2008.10.29――矢野 博子さんの「浅間隠山レポート」
●浅間隠山(あさまかくしやま、1757m)
●2008年10月28日(火) 山に登るのにこれ以上の晴天は無いと思われる程の 好天に恵まれ浅間隠山に登った。
●軽井沢駅周辺の気温は9度。1757mの山頂はかなり寒いかもと 少し不安になった。軽井沢駅からタクシーで小一時間、二度上峠に着く。別荘地帯の紅葉は 真っ青な空に赤、黄色と鮮やかだった。
●10時15分登山口出発。 登り90分と案内板には書いてある。登山口にはすでに数台の車が駐車している。平日なのにかなり人気の山であることが伺える。でも この天気なら当然かもしれない。
●心地よく登って行く。途中からクマザサを分けるようにして登るが 迷うような所もなくキケンな箇所もなかった。遠く浅間山が左手に全容を現す。10分の休憩二回を入れても やや早いペースで11時38分山頂につく。期待通り360度の眺望で 富士山こそ見えなかったが この景観には圧倒された。色々な方角に自分が登った山が見えると何故か親近感が湧いた。
●下の方に 先月登った裏妙義が見える。9時間半も死闘を繰り返した山だ。
●12時に下山開始。薬師温泉の鳩の湯をめざす。山道は紅葉して散った葉っぱで覆われ ざくざく、さわさわと音を立てて下って行く。一時間ほど下った辺りから 沢の気持ちよい音が右側から聞こえてくる。いつもながら 水の音は気持ちを和ませる。(でも 私の前を歩いていたMさんは 殆ど渡り終わった所で 何故か水没。和むどころではなかったかも知れない。)
●二〜三回沢を渡り林道に出る。途中カモシカが出現したが 前の方を歩いていた数人がその姿を確認できただけで 残念ながら私は影さえも見えなかった。
●下りばかりの3時間連続で ヒザが痛み出した。下り4時間という予定を3時間で下ってきた。
●薬師温泉旅籠は 評価の分かれるところかもしれないが¥800(4時までということでこの料金)は安いかもしれない。湯質 湯量 設備は合格点だが ここで働いている従業員の若者達の元気の無さが気になった。
●帰路は 高崎までバスを乗り継いだ。この乗り継ぎはバス会社が違うので待ち時間一時間近くあるところだったのだが 最初に乗ったバスの運転手さんの計らいで待たずに済んだ。運転手さんに感謝。
●食事はコーチがかねてから気になっている”和風カツどん”に挑戦を試みたが 店の前で感じるものがあり 中止。いつもの店に行った。
●下り連続三時間が効いたのか 太ももの筋肉痛が久しぶりに出現。下りの歩き方に課題が残った。


■2008.10.27――山咲 野乃香さんから「10c浅間隠山」欠席
●伊藤コーチへ
●明日、残念ながら欠席致します。
●先週末から肋間神経痛めいていたのですが、筋トレしすぎ、ヨガやりすぎ、へたくそゴルフ行きすぎと筋肉痛の嫌疑ばかり。
●昨日からめでたく発疹が出て、再びの帯状疱疹ということで落着。
●丈夫だけがとりえのはずが・・・それなりの老化で身のほどを知る思いです。


■2008.10.24――林 智子さんから水沢山と天城峠について
●伊藤コーチ殿。
●先日は <水沢山>歩きを ありがとうございました。
●最期の お食事どころでの お夕食は 女性5人は ビールと 焼酎などでゆったりと 乾杯いたし くつろぎました。
●お酒なしの 男性は 山のお話に 花が咲いたようですね。
●<お酒なしの 男性たちは 色つきの なんだかを 飲んでいるらしいよ!>
●などとカウンターの男性たちを 眺めつつ ビールはさいこーだ などと ささやきつつ 最近の 映画の話なんかで 盛り上がりました。

*参加を申し込みたいので ヨロシクお願いいたします。
●11月18日 天城峠。
●前回 参加の折も 天城峠とくれば 石川さゆりの 天城越ジャン!と ピンときました。
●なにがあってももういいの くらくら 燃える 火をくぐり あなたと 超えたい 天城越え・・とか
●戻れなくてももういいの くらくら燃える 地をはって あなたと越えたい 天城越え・・などと
●危険な 香りが はなたれて おります。
●なかなか よろしいですね!


■2008.10.14――矢野 博子さんから会計上の問題について
●お世話になっております。
●昨日 写真と会計レポート受け取りました。ありがとうございました。
●会計レポートですが 10月2日に千葉市若葉区小倉台の郵便局より ¥20000 次期受講料として 振り込みましたが お受けとりになってますでしょうか?
●記載がないようなので、ご確認お願いします。
PS; 10ポイントがたまり ¥10000になっただなんて ”雑文が身を助く”です。(笑)

★コーチから
申し訳ありません。参加予定項目は転記したものの、受領した金額の記入を、完全に忘れていました。控えめのご指摘ありがとうございます。


■2008.10.12――土屋 千鶴子さんからレポート「私のインソール騒動記」
 私の右足型をとってみると土踏まずはきれいに形になっているが親指と小指がしっかり地についていない事がわかった、歩行時に、地についていない親指に行くべき負荷が親指付け根部分に行きそこが痛みとなってくるとは専門知識をもった
 JR大塚駅近くの「アルカ」の店員の説明である。その店「アルカ」はオリンピックマラソンの土佐選手が外反母趾の痛みに耐えかねて棄権した話題がひと段落した9月上旬ころ朝日新聞夕刊に外反母趾をテーマにした記事のなかで紹介されていた店である。外反母趾等足のトラブルに対応し主にオーダーメイドの靴とインソールを扱っているとの事これはぜひ行ってみなくては。日頃、靴には悩まされていて山歩きを始めるようになってからは尚更であったから。
 「アルカ」には山行で使用しているアシックス社製のウォーキングシューズを持参してこれ合うインソールを作ってもらう事にして出かけた。
 足型、足幅、甲の高さ等丁寧に測定してから待つこと30分位出来上がったものを靴の中に敷いて店内を歩いてみる「うん、いいかな」インソールを良く見ると足裏中央部分に当たる処にわずかな突起がみられる。どうやらこの部分で足裏をアーチ状に補正し5本の指をもれなく地につかせるという事らしい。値段はアシックス社製のウォーキングシューズを買ってまだおつりが来る程高い買い物だがトラブルが防ぐ事ができればそれにこした事はない。
 10月4日朝カルの体験講座で武甲山にこれを着けて参加した、いつも下山時に悩まされる右足親指付け根部分の痛みは感じられなかった「アア良かった」あの親切な店員さんに感謝メールでも送ろうかしら。
 又、伊藤コーチのボンビバン「ブランド物語」、フットデザインスタジオにも一度いってみようと思っていた。「アルカ」にいった一週間後フットデザインスタジオにも行ってみた、こちらは履いていったローヒールに合わせてソールを作ってもらった、足型をとり形と厚みの修正、店内で合わせた時は良いと思ったが帰り道ちょっと不自由を感じる。ソールに厚みがあるので足が浮いて靴と足とがフィットしなくなる。
 家に帰り踵の深い紐靴に敷いてみたら具合が良さそうなのでこちらに使うことにした、お蔵入りになっている紐靴も復活できそう。値段は前回の1/3位だし、店員さんも親切に一所懸命作ってくれたのでこれも○。(紐靴に使用、は当たっていたとくにメヒア社製のがトラブルがなく履けたので感激)。
 今話題の靴MBTを3年前津田沼のヨシキで購入した、履いているだけで足が丈夫になると共に体にも良いとの宣伝文句に常日頃モノグサを自認している私としては魅力であった。片方400gと結構重く靴底の安定が悪いので最初はひっくり返りそうで歩くのが怖かった、歩きづらいので時々思いだいしては履いてみるがこれは足指のトラブルは殆どない、この秋は履きこなしてみようと今日ワックスを掛けておいた、真っ赤なところに鮮やかな白線が走っているデザインも気にいっている。


■2008.10.10――豊田 理恵さんから「軽登山講座」参加
●伊藤さま
●日経新聞の記事、下期の計画表をお送りいただきありがとうございました。
●新聞の記事は、毎週楽しみに読ませていただいておりました。
●先生の山でのいろいろな言葉が聞こえてくるようでした。
●先日の、大失敗から、なかなか立ち直れず、山もほとんど諦めムードですが、ホームページには、時々お邪魔し、皆さんの楽しそうな様子をながめておりました。
●もう一度、基礎からやり直しのつもりで、日曜日の「軽登山講座」に参加させていただきたいと思いますが、まだ間に合うでしょうか?
●よろしくお願いいたします。


■2008.10.9――村上 基子さんから「10c浅間隠山」参加
●伊藤コーチ様
●お世話になっております。
●まだ3回の参加ですが、私にとっては名前も知らなかった山に出会え、嬉しいかぎりです。
●10月以降の予定が立つのを首を長くして待っていました。
●といっても、すぐ参加の予定がたたず、申し訳ないのですが、10月は28日浅間隠山参加お願いいたします。
●山行行程表は11日には帯広を発ちますので、東京の娘宅にお願いいたします。
●11月以降は予定が立ち次第お知らせします。
●よろしくお願いいたします。


■2008.10.9――古い仲間の宮本 千晴さんから日経新聞コラムの感想など
●伊藤 幸司 様
●遅ればせながら、御礼。日経の夕刊でふと見つけて、楽しみに読んでいました。
●「毎日が山登り」もあらましは読んでますよ。
●視点ははなから探検家だけど、論ずるにつれて考察が深まり、広がり、立派な探検論になってきましたね。なるほどと教えられることが多い。なにしろ(命懸けの)実験の数が圧倒的ですからね。立派です。
●この6月までは順調に日帰り登山を重ねていて、ようやく雲取に鴨沢から登っていろんなコースで下るというのを広げてたんですが、ちょっと身辺が騒がしモードになって、とたんに続きをやらなくなってしまいました。だめですねぇ。70になるとつづけてればまだ少しずつ前進するけど、離れれば確実に後退する、という感じなのですがね。
●一番の障害は積年のたばこの害。止めて15年になるけど、次第に影響を強く感じます。
●要するに登りでがんばれない。ペースが上げられない。エンジンの回転数が一定で、アクセルのない車みたいですかね。呼吸数と歩数の比によるギヤチェンジをこまめにしながら--そうすると速度は早くなったり遅くなったり刻々と変わる訳ですが--なんとかやってます。伊藤君の時間予測の考え方だと、こういう登り方でもちっともかまわないのがいいですね。
●ただ、トレーニングはもう必需品です。トレーニングというとおおげさだけど、歩いたり、泳いだりの日常的な有酸素運動の継続。人により体質によりいろいろあるのでしょうが、さぼるとすぐに衰えていく。歳とともにそれが早くなる気がします。とくに心肺機能の後退が早い。
●ということであまり間を空けずに登りはじめたいなと、ならし運転をしているところです。
●今度は少し行動範囲も広げたい。それと伊藤流に全天候型に近づけてもみたいものです。


■2008.10.7――古い仲間の中村 真佐夫さんから日経新聞コラムの感想など
●伊藤幸司様
●日経の記事、ありがとうございました。
●ひさしぶりに伊藤さんの文章を読んだ気がします。この手の文は、もうほんとに自由自在と感じられますね。
●それに、(あいかわらず!)遭難寸前とか、実体天気とか、翌朝始発までを一日登山のスケジュールと考えるとか、伊藤さんでなければ書けないというか、こういうアイディアを体験に基づいてあっけらかんと書く登山リーダーは、きっといまだに日本で伊藤さんだけだろうという小気味よさがあります。
●「軽登山」という宣言の眼目のひとつは、そんなところにこそありそうですね。
●文面から想像されるだけでもおいそがしそうで、うれしいです。
●あささんまでりっぱに大人になりましたから(あかり組、まだ続いていますか?)、伊藤さんの負担はだいぶ軽減されたでしょうが。
●こちらは、なかなかやさしくありません。
●前にお話ししたように、仕事の中身はおもしろくなっても、シリアスな出版自体がなかなか元気が出ないのはご存じの通りで、編集者たちの世代交代が、その意味では、後ろ向きのほうへばかり働いている感じがあります。
●こちらから働きかける努力が、ますます必要になっているのでしょうね。
●宮本常一は、細々とながら、日記翻刻をつづけています。いままだ、大正のはな垂れ小僧(電信学校時代)です。
●田村さんが元気なうちに、早くやってしまいたいと思ってはいるの ですが、これもなかなか。
●朝日の件は、お任せします。どうぞよろしく。


■2008.10.6――永田 幸子さんから下半期の申し込み
●伊藤コーチ殿
●こんばんわ。
●何時もお世話になっております。
●最近主人が急に山行きを薦めるようになりました。
●どうやら、私には山が必要と思い始めたようです。
●だからと言う訳ではありませんが、後期の参加申し込みをしたいと思います。
○印 = 10a 11a 12a 1a
△印 = 10? 2a 3a
●以上です。
●よろしくお願いします。


■2008.10.1――箭内 和子さんから下半期の申し込み
●伊藤様
●ご無沙汰しております。
●夏の山は、毎回雨に遭い、会心の山歩きが出来ませんでした。
●9月13日に北アルプスの藥師岳に詰める沢歩きをしている時に肋骨を痛めました。沢を途中撤退して下降しました。
●なんとなく、元気が出ません。
●下半期の参加したい・・・申し込みを致します。
600・・・12C・・秩父御岳。○
605・・・2E・・・美ヶ原。○
609・・・3E・・・高峰高原。△    です。
●リハビリ山行の山行記録、添付します。ミニHPにアップをお願いします。


■2008.9.25――矢野 博子さんの「御岳・裏妙義」レポート
 先日は本当にお世話様でした。
 とても良い経験をしたと思ってます(ヒル以外は)。
 それは 想定内?(日経のコラムの言葉お借りすると)の出来事だけで済んだからだと 思ってます。
 次期の予定表 届きました。10月〜3月 の c ○です。
 9c 裏妙義のレポート 送ります。

 9月23日 JR横川駅より 御岳・丁須の頭 をめざした。資料(今回の地図は 今までより拡大されていてとても見やすい)によると 42ポイント。
 10時に横川駅を出発して15時半には下山という内容。標高差も600mあまり。ただし 岩場なので時間は全て目安との注釈。
”前回の菜畑山が71ポイントだったから今回はそれに較べたら随分短いし 標高差も大した事無い 楽勝かしら?”などと軽く考えていたら 10時出発、19時半下山。行動時間九時間半というとんでもない事になった。
 歩き始めて 30分も経たない内に 最初の難関。沢の流れの脇の岩がどうしても登れず コーチが一人ずつ 確保をして 9人が登り切るのに一時間もかかった。多くの人が ロープの装着法が分からず そこでも時間がかかってしまった。 まだスタートしたばかり。これから先が 思いやられた。
 これが挑戦の始まりだった。(そして この時 既に ヒルとの戦いも始まっていた) 振り向けば 国道がまだ見える所だ。
 その後も 奇岩、巨岩の 連続で 這いつくばって 鎖にぶらさがって 御岳の頂上に 12時に着く予定が 14時半到着。二時間半遅れだ。
 緊張の連続で 仲間が難所を通り抜けるのを待っている場所も 足場が悪く 右でも左でも一歩踏み外したら危ない崖っぷちなので 気が抜けない。緊張しているせいか 喉が渇く。
 これから先は 尾根歩きとなり 少しは今までより楽になるかと思いきや 地図に表れないほどの 30m〜50mぐらいの アップ ダウンの 連続。これでもか これでもかと岩が行く手を阻む。
 またまた難所 登場で 確保をしてもらいながら 何とか上がる。”もっと体を起こして!”とコーチの声が飛ぶが 足場の確保が悪いのか 手が離せず往生した。
 丁須の頭の根元に 16時半に着く。下山に一時間半かかるとすると 18時になる。今日の日没が17時半なので 予定変更して 一気に下山する事になった。危険な箇所を明るいうちに通り過ぎなければいけないからだ。軽アイゼンをつけたまま 下る。アイゼンの威力をつくずく感じた。
 下りにも何箇所も鎖があったが 登りよりは はるかに 楽だった。何とか 難所を通り過ぎた所で 日没につかまり 皆でライトを使いながら下りる。暗い道を下って行く怖さを 随分味わった。
 光が上手く届かず 足場がとても深い谷のように見え 足がすくんだが 近くで照らしてみると 単に影になっているだけで 何でもない岩だったりした。光のありがたさと日没前に行動を終える重要性を痛感した。
 町の灯りやら 国道がチラホラ見え始めて やれやれと 気持ちも随分楽になってところで 道が間違っていることに気づく。ほんの少し前に 標識を見たばかりなのにだ。コーチが偵察に行っている間 皆はザックを降ろし休憩をとったが この間にヒルのまた餌食となっていた。何せ 真っ暗で ヒルなんてとてもみえない。
 まもなく道が見つかり 無事19時半下山。
 横川駅でザックの整理など始めると アチコチから”きゃーっ、ヒル!”という悲鳴。丸々と太ったヒルが ザックから靴からバラバラと出てくる。
 ご他聞にもれず 私もその被害者。トイレで着替えていると 和式のトイレに一匹落ちたヒル。水を流しても底にへばりついて 流されていかない根性、厚い靴下を二枚はいていても進入してくるのには脱帽。
 電車に乗り込んでもあちこちからヒルが出現し 電車の中は塩を撒いたり つぶしたりと ヒル退治の場と化した。(だが 約一名被害に遭わない人がいた。何故? と皆で首をかしげた。諸説出たがどれも確証はない)
 横川〜高崎間で 一通り退治が済んだので 新幹線に”だるま弁当”¥900也を 持ち込み 家路についた。(峠のかまめしに劣らず 美味しかった)
 かなり危険な岩場をいくつも這い上がり また真っ暗な山道を下り 更に道に迷うというかなり内容の濃い一日だったが ヒル騒ぎで それはどこかに飛んでしまった。 
 これで少しぐらいの岩場には ビクともしなくなればいいかなと思ってます。本当にお世話様でした。


■2008.9.23――河田恭子さんから欠席通知
●明日24日朝日カルチャー千葉本社丸不参加といたします。
●若松さんに連絡とれませんでした。
●今年3月左足の捻挫した部分が無理な負担がかかると攣り痛むことが解りました。
●よって白馬三山も不参加ということにいたします。
●誠に勝手ですが10月からの予定に振替えさせていただきたく宜しくお願いいたします。


■2008.8.29(掲載し忘れていました。すみません)――小林 美子さんからレポート「菜畑山〜ロングロングウオーキングを終えて」
 小林さん前の方へ来て下さい と言われるか、ヒヤヒヤしながらバテぎみを見せない様に平気なふりして歩いていても指名されてしまった事がある。又今日もかな?
 今日は私がバテるのか? 登り始めの1時間がつらい、最初の休憩が待ちどおしい。
 山の前々日くらいから肉類をたべてスタミナをつけておくつもり(つくかなぁ〜)だが、今回は前日の夕飯も簡単におそまつでゆっくり食べられず急いで食べる状態だったし、睡眠不足であったりする。
 この頃自信がなく、今回はバテちゃうのでは・・と不安がいっぱい。
 下山してお風呂に入った時はほんとうにホッとし今日も無事下山できたことに満足する。
 以前と違い後日の足の痛みも必ずある。しかも以前は翌日の午後くらいから出るときは出たのに、最近は翌々日がピーク・・? これはもしかして歳のせいかしらね?
 でも自分より年齢が上の人もいるのにな〜。皆元気で歩いているのになぁ〜。今度こっそり聞いてみよう。
 でもいつの頃からかあまり正座を長くした事がないから分からないが、先日長く正座することがあり、立つとき以前はヒザがまっすぐなるまでイタタ・・イタタ・・だったけど、スーと立てた。これは山登りで鍛えたお陰かな?
 親指の爪が真っ黒になり、これで2回目爪がはがれました。
 靴が悪いのかしら(原因不明)防ぐ方法あるかしら? おしえて下さい。
 今回はレンゲショウマがたくさんみられて ラッキー!! レンゲショウマはかわいい・・・
 花ってどうしてこんなに可愛く咲くんだろう、じっくり、ゆっくり、よ〜く見てみたい(見てたらおくれちゃう)
 初め、Aさんがみつけた。これからもし咲いてなかったらみられないかも・・と皆で見に行ったが、その後も沢山のレンゲショウマをみることができた。
 幸せ・・・やはり自然な花は素晴らしい。
 今日はキノコのオンパレード。初めて見たタマゴダケ、本当に卵の形をしたキノコ。その白い殻が破れて中から真っ赤な卵型のキノコ。白い殻がまるで着物を着た襟の様でおひなさまみたいで可愛かった。又それが大きくなったもの、こわれてしまっていたもの。成長記録をみるようだった。
 いろいろな種類のキノコ・デカッ!! びっくりするキノコ、あれもキノコの一種かな、海の珊瑚の様なもの。
 雨の日の贈り物でした。自然よありがとう。
 来てよかったぁ〜。


■2008.9.20――山咲 野乃香さんから「9c裏妙義」欠席通知
●伊藤コーチへ
●いつもお世話になりありがとうございます。
●遅ればせながら本日、写真代とクーポン代を入金致しました。よろしくお願いします。
●9c裏妙義は残念ながら欠席です。
●今後とも平穏無事に山行を続けるため、23日休日は夫とゴルフという事になりました。


■2008.9.19――山中 正夫さんから「軽登山講座」申込み
●伊藤 幸司 様
●昨日(18日・木)に、超入門講座、軽登山の道具と技術に申し込みました、山中正夫です。
●糸の会主宰 伊藤様を知るきっかけは、日経新聞夕刊の「今日からビギナー・軽登山」の連載記事からです。
●新登山理論というか新登山体系ー軽登山は、大変に興味深く、特に軽い運動靴での登山の勧めは、従来の発想を覆す、新しい発想で非常に感動しました。
●毎木曜日、視線を変えた角度からの発想ー軽登山の記事を、楽しく感心しながら読んでおります。
●ただし、残念ながら連載を知ったのは、第6回からでした。それ以前の連載を探すため、日経等のホームページでいろいろと検索しましたが、入手できませんでした。
●伊藤様にお願いがあります。第1回から5回までの連載を、糸の会のホームページに記載していただけたらと思います。
●著作権が日経側に移っているという事なら、表現や加筆して記載できるのでは、ないでしょうか。
●ただし、私以外にも途中から連載を読まれた人が大勢いると思いますので、第1回から現在は16回までと、それ以降はその都度記載されるようなことができないでしょうか。
●誠に勝手な希望をお願い致しまして、大変恐縮しますが、ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。

■コーチから
●10.19(日)から始まる「軽登山技術講座」(10〜12月の3回講座)に応募していただいたみなさんには、開始直前に日経夕刊の連載記事(全17回)のコピーをお送りします。今回の講座はその日経コラムにもとづいて進めたいと考えていますので。


■2008.9.15――桜湯 佐知子さんから「9es仙丈ヶ岳+甲斐駒ヶ岳」のことなど
●伊藤コーチ 殿
●先日の山行きではお世話になりありがとうございました。
●晴天に恵まれたこと、無事下山できたこと、今も歩いた道々を思い出して余韻にひたっています。
●甲斐駒ケ岳の遠望とは全く異なる険しい道は特に印象的でした。
●あえぎながらの登りに山頂を見上げるたび、いつもその先に真っ青な空が見えていたことに元気をもらいながら歩きました。
●23日の裏妙義山△でお願いします。
●雨あがりのスリルある鎖場歩きは5月の両神山で満喫しましたので、今度は雨でない日にと、勝手ですが前日の天気予報を見て直前に決めさせていただきたいのですが。


■2008.9.15――宮田 禎子さんから「9d大菩薩峠」欠席
●伊藤 幸司様
●いつもお世話様になりありがとうございます。
●明日の「大菩薩峠」の案内書を送っていただきありがとうございました。
●行く気満々で、昨日のうちに切符も買って、荷物も調えたのですが、天気予報はどんどん悪くなる一方で、どう見ても明日は雨模様のようです。
●2ヶ月ちかく山らしいところは歩いていませんので、出発時から雨のなかを歩くのは不安なのです。
●誠に勝手ながら、明日は欠席とさせていただきます。
●20日は晴れそうなので、楽しみにしております。
●また、宜しくお願いいたします。


■2008.9.14――市野 武さんから「9d大菩薩峠」出席
●ご無沙汰しています。
●毎度唐突で申し訳ありませんが、9月16日休めそうなので久々に参加してみようかと思っています。
●最近は山に出かける機会が減っています(暑いのが苦手です)。
●いつも単独ばかりなので、グループで歩くのはかなりプレッシャーがかかります。例によって最後尾を付いて行こうと思います。
●特急に乗るは嫌いなので直前の普通列車で行きます。塩山駅で合流予定です。
●参加費用は特別会員年度会費を含めて後日振り込みます。
●台風が気になりますが、よろしくお願いします。


■2008.9.13――稲葉 和平さんからレポート「仙丈ケ岳+甲斐駒ケ岳」
伊藤幸司様
 今回の「仙丈ケ岳+甲斐駒ケ岳」ではまたまた大変お世話になりました。
 タイムスケジュールどおり歩けず、参加の皆様にもご迷惑をおかけしました。
 ゆっくり歩けば標高差1000メートルは何とかなると思っていたのですが、甲斐駒の岩道は想像を上回っていました。コーチのアドバイスに従い、しばらくはもう少し楽なコースで脚を鍛えていくことにしようと思います。
 今回、反省というか、改めて自分でもよく分からない、つまりは今後解決していかなければならない課題が明確になったので、少し記しておきます。
●水の補給
 7月の平標で水分を採り損なったので、それ以後は早めに水分を採るようにしています。しかし、自分で持てる量以上には飲むことが許されないというのが基本なので、注意しつつ水分を採っています。2日目の仙丈ケ岳は2リットル強用意していたけれど消費したのは1.5リットル。自分では一応必要な量を採ったという感じはありました。
 しかし、後から考えると、夕食のとき、水分がほしくて仕方なかった。しかし寝る前にたくさん水分を採ると夜中に何回も行かなければならなくなると困るので少し我慢をしました。
 3日目、朝起きたときから水を飲みたかったので食事前にそれなりに水を飲みました。けれど、歩き出す前なので控えめだったことは確かです。そして甲斐・駒ケ岳は荷物を少しでも軽くしたいので1.5リットルを持って出発しましたが、結果的にはかなり足りなかった(と感じた)。
 身体がバテたから水分をほしくなったのかもしれません。
 いつものことですが、山から帰ると体重が減って(今回は約3キロ)いて、水気のものがほしくなるのは山歩きの途中の水分のインプット/アウトプットのバランスが悪いのかもしれない、などと勝手なことを考えています。
●急勾配でバテル
 理由の一つとして、「歩き方が悪い」ということは自覚していています。夜のミーティングでコーチに指摘されたように、自分のペースで歩いているときは、かなりの程度歩けると思います。自分で意識した「正しい歩き方」はなかなかできないのですが、身体の疲労度が増してくると半ば無意識のうちに合理的な歩き方に近づいていく、と言うようなことがあるのでしょう、かなりの程度歩けます。しかし、人のペース、に合わせようとすると、どうもうまくいかない。歩くスピードも遅くなり、身体もばててくる。
 今回の甲斐・駒ケ岳のように、急勾配で石ころと岩の山道だと、「滑ってはいけない」という意識が強まるせいか身体に不必要な力が入って、一層疲労が増すだけでなく、スピードも落ち、バランスも悪くなる、という悪循環に陥ってしまうようです。正直言って、甲斐駒の最後の登りは、とにかく足を前に出さなければいけないので景色を見る余裕もないほどでした。頂上からの下りの急斜面でも同じで、過剰なほど「岩場で滑ってはいけない」という意識から抜け出せず、スピードを上げることができませんでした。今まで意識したことは無かったけれど、高所恐怖症の傾向もあるのかもしれません。
 とにかく、運動神経はそれほど鈍いほうでは無い(と思っている)ので、まずは身体のバランス力を高めるようにしたいと思っています。
 石ころの急斜面で脚がバテバテになってはいても、普通の下り斜面になると徐々に脚の疲れも取れて、スピードも標準的なレベルまで戻すことが出来たようです。歩きながら足の疲労が抜けていくのは、登りで使った筋肉の疲れをほぐしているのだろうとは想像しても、自分でも不思議な気がします。疲れが抜けると身体のバランスの復元力に自信が持てるからスピードも上げられるということなのでしょう。

 書き始めたら、反省だかなんだか分からなくなってしまいましたが、今回の山歩きでは、上記以外にもいろいろな事を明確に意識させられました。家内からは「歳なんだから無理な登山はダメ」と言われていますが、これからもゆっくりのんびり、山歩きを続けて行きたいと思っています。
 ということで、9月16日の9d.大菩薩峠に参加したいと思います。
 よろしくお願いします。

■コーチから
 今回、甲斐駒ヶ岳では、駒津峰(2,752m)から北沢峠(約2,050m)へ、稲葉さんとふたりで後から下りました。
 標高差約700mの間には双児山(2,649m)への登りもありましたが、駒津峰には主要1時間50分とありました。私のポイント計算では18ポイントを2時間(登りの計算値)としてありました。
 結果として先発した本体は長老級のKさんをペースメーカーにして、所要2時間25分(休憩を含む)で下ったといいます。稲葉さんは10分遅れで出発して所要2時間40分となりました。
 登りのペースはバテバテの状態でしたから毎時200mの上昇というのがやっとで、下りも毎時300mの降下といったあたり。ところが最後の標高差約350mは40分で下っています。毎時525mという降下で、快適な下りというペースになっていました。
 道が明らかに変わったのです。岩っぽい道から、樹林帯のジグザグ道になって、稲葉さんのからだはシャンとし、バランスの崩れも感じなくなりました。状態のちょっと悪いところで2度ほど派手に転びましたが、運もあって、肘のあたりに擦り傷をつくった程度でした。
 今回、稲葉さんのようすをじっくりと観察して、いろいろおもしろいことを発見した感じがしますが、ご本人が今回「反省」している文章にもその気配がかなり濃厚に漂っています。
 大ざっぱにいってしまえば、肉体に対する頭の支配権がゆらいでいる(……といういつもの言い方になりますが)という状況です。水を飲む、飲まないというところから、頭が支配権を強固に行使しています。
 『登山の運動生理学百科』(東京新聞出版局・2000年)で山本正嘉さんはこう書いています。「昔から、運動中に自由に水を飲ませると飲みすぎてしまうと信じられてきた。だが事実はその反対で、『飲まなすぎる』のである(ちなみに犬やロバでは、脱水に見合っただけの水分をちゃんと飲むという)」
 水の飲み方のところで、稲葉さんの合理性の追求は頭が求めるものです。いちど肉体に、自由にやらせてみたらいのに、と思います。
 登りでスピードが上がらないのは、病み上がりに影響された脚力不足といってしまってもしょうがない状況ですが、下りではバランスの悪さが目立ちます。足が滑ることに対する恐怖心を技術で押さえ込むことができないのです。
 老化によるバランスの低下とも思える状況が、道の変化によって激変したことから、そこにも恐怖心、すなわち頭の側の危険意識が歩き方を不安定にしているということが見てとれました。スピードが上がる状態になってから2度転んだことを見ても、恐怖心がとれると暴走気味になることが想像されます。それを避けるために頭が過剰なコントロールをしようとする。
 山道は不整地です。大小さまざまな危険が潜んだ路面になっています。それにいわば過剰反応している状態と私は見ました。しかも高校時代に山登りをしていたそうですから、肉体のそういう体たらくは許し難いはずです。そして想像ですが、稲葉さんの家庭環境を私は知りませんが、当てずっぽうにいえば、アウトドア派のパパであったのではないでしょうか。自信のみなぎったリーダーであったのではないかと想像します。
 いろいろなことを理詰めに進めることができてきたのではないかと思うのです。4月に完全リタイアして、いよいよ肉体の頭の支配に対する反乱が起き始めていると私は考えたいのです……ドラマチックでおもしろいじゃあないですか。寝る前に、たっぷりと水を飲んで、必要なら何回もトイレに起きてやればいいじゃないですか。山にきているのですから、一度や二度、転んだっていいじゃないですか。スキーだって、うまい転び方を早く身につけた方がいいんです。40リットル級のザックを背負っていれば、転んだときの安全係数はかなりのものといえますし、できれば転ぶのではなく、転びかけるところでの「寸止め」をたくさん体験できる状態にすればいいじゃないですか。
 肉体に、小さな失敗をたくさん経験させてあげたい年頃に、稲葉さんはいるというふうに見ると、ほんとうに興味のつきない観察対象といえそうです。どうかぜひ私の山にどんどん参加してください。楽しみです(モルモットとして)。


■2008.8.29――山咲 野乃香さんから「黒岳・絶叫下山コース」

●行きはヨイヨイ。
 レンゲショウマは群落こそ見られなかったが、何しろ今までにも2回程、薄暗い所で数輪しか見たことがなかったので今回はかなり満足した。本当に「気品ある」という形容がぴったり。
 思いがけず出会ったのがアサギマダラの群れ。一日に何百キロも飛び、海を渡る蝶として有名だが、謎が多いと言う。各地でマーキング調査がされているとのこと。あまり羽ばたかず、量感を感じさせるようにゆったりと滑るごとく間近を飛翔する姿に目を奪われた。簡単に捕まえられ、記念撮影。因みに春の北上、秋の南下は代の違う個体だそうだ。
 万物の中でも、特に花、鳥、蝶の美しさは創造主の存在を確信させ、畏敬の念を感じるものであります。
 そして、稜線に吹く風も快かったのだが・・・

●帰りはコワイ。
 結構、本気の悲鳴をあげた。自覚しているのは2回。
「前傾のダブルストック使いの練習に最適のお楽しみコース」という前ぶれと、2日に千葉から先行したF氏の不穏な?メールにより、それなりの覚悟はしていたのだが。参加者6名中5名が尻もち。
 今回初体験の恐怖は、私の直後の方が5〜6回かなり激しく転ばれた事。うち1回はなんと私の横を通り抜けてすべられた。これには私も思わず絶叫。すんでのところでこれは結構な惨事になったのではと思われる。正直、コワかった。この時点で、もう少し間隔を空けてくれるようはっきりとお願いすればよかったのだが、年長のベテランの方にそんな初歩的な事を言うのもはばかられてつい遠慮した。そして再び私に迫った距離での転倒が理由で、2回目の悲鳴となる。
 かくいう私も、もちろん大しりもちをついた。「転ぶときはザックで受けるつもりで」というコーチの注意が頭をかすめたが、そううまくはね。予期した通り、すべりそう、すべるぞ、アーすべったと活用形がよぎるようなスタイル。私にとってこれは数あるころび歴の中でも、今までになく陰性で非常に後味の悪いしりもちだった。
 まあ、悔しがっても、原因は耳タコの「つま先重心」が不完全だった事に違いないとは思う。耳タコどこじゃないよ、足裏が変形? 成長? するまでに私は従順な「つま先重心」実践者であるはずなのに。結果がついてこないのはバランス力のなさかセンスのなさか。
 今回は、コーチから「限界宣告」があったが、他人事ではない。
 実は、何を隠そう、不転倒記録を数えていたことがあるのだが、なんと最長たったの6回。転んだらまた1から数え直していたのだが、6回以上にのびません! 私の転びの原因は9割がたはウカウカとかかと重心になること。1割は重心以前の問題で、生来のズボラにより浮石、木の根、岩盤に乗ってしまう不注意。という、まあ、いい加減な分析をしているのだが。なぜか、今期4月以降は成績悪し。7回参加のうち3回は転んでいる。ドヒャ!

 レンゲショウマが満開だったら、また同じコースを来るか? うーん、ビミョー。
 同じ絶叫系なら、富士急ハイランド「ええじゃないか」の方が安心かも。


■2008.9.5――徳山 由美子さんから「9es仙丈ヶ岳」欠席
●徳山です。
●何時もお世話になります。
●足の爪を剥がしてしまい、医者から安静にしているようにと言われました。
●残念ですが、9es参加を取りやめます。
●宜しくお願い申し上げます。


■2008.9.5――国木田 之彦さんから地図の番組情報
●伊藤 コーチ
●いつもお世話様です。
●皆さまにご案内です。
●NHK趣味悠々で9・10月に「地形図片手に日帰り旅」という番組がはじまりました。
●地形図というと山というのが普通です。これは町や海岸などユニークです。読める人にはあたりまえのことですが入門編にぴったりです。テキストだけでもおもしろい。
●月曜日22.00からです。ぜひご覧下さい。


■2008.8.29――林 智子さんから「いわびつやま」レポート
最近 予報が大幅に 外れて いきなり 土砂降りが降ったり 雷が鳴ったりする。
予報が 当たるときは 今まで スカッと青空だったものが いきなり 暗雲が
垂れ込めて この世の終わりでも 来たかのように バケツを ひっくり 返したかのように
大雨が降ったり ついでに 雷がなったりもする。
本当に 世の終わりなのかしら?
それとも 私に なんか 恨みでもあるのかしら?
私は とても 臆病な人間なので こんなときには たいていは
<今頃 糸の会のメンバーは 山なんか歩いては居ないでしょうね?
もし歩いていて 雷に襲われて 逃げ惑ってなんか いないでしょうね?>
などと 心から 心配し くわばら くわばら などと つぶやいたりしている。

前は もっと 若くて ぴちぴちしていたんだから・・・
其の頃は 自分が 別用で 参加できないときに 他のメンバーが 参加していて
しかも 物凄く 楽しいだろうな・・・などと 勝手に想像しているときは 嫉妬心メラメラで 
<熊に食べられちゃいなさい>とか<雨・雷・ひょうだって よござんすよ!>と
ひそかに 呪ったりしていたものだが 最近 すっかり 落ち着いちゃって
ぴちぴちも なんだか すっかり ピチピチしていなくなってきた。

というわけで 昨日<27日>の 岩びつ山も 其の数日前から 祈っていたんである。
どうぞ お天気に・・・ヨロシクね 。雷なんか 絶対に 絶対に 嫌だよ。
大雨は 我慢できても かみなりさまは 絶対に 私は 耐えられない。
そうよ・・・私は かよわい 可愛い 女なのだもの・・・など。

思うに神様は 私の願いをちゃんと 聞き入れてくれたのでありましょう。
快晴とは 行かないまでも まあまあの お天気となった。
<いわびつやま>って なんだか 不吉な予感のする名前だ。
びつって なあに? びつって。 お米のおひつか? 
もしかして 別のほうの あの びつ?

事前の コーチからのレジュメには 一枚 参考までの 資料が入っていた。
その山の 岩っぽさ具合が 結構 すごそうである 気配が ひしひしと 感じられる 図だ。

わたしたちが 一番 難儀したと思われた所は ネットで確認していたとおりの
6メートルほどの 鎖が ぶらさがって 居たところだ。
右も 左も あまり 幅がないから 私は 怖かった。
自分の番が 来る前の ほかのひとが おっかなびっくり 登っているのを見ている時が
特に こわい。いろいろと 想像してしまう。
ここは 落ちたら まずい。

自分の番が来てしまい 登り始めると もう 必死だから 自分を信じるのみだ。
だいじょうぶよ・・いろんな所で 鍛えているもの・・・筋力・がんばってよね。大丈夫!
しかし 私に 大丈夫って事が あったかな?  これまで。
一番 力を 発揮し 一番 成功させなきゃならない場面で 頑張りきれなかったきがする。
あの時 実力発揮せねばならなかった時も ここ一番という時にも 100パーセントの成功はなし。
最期の最期で 失敗したり 目標達成ならず という ことが多かった。

だから 怖いのだ。はっきり言って。実力がないのだ。土壇場で なにか失敗する。
こういう性格や 能力って 何処で形作られたのかしら?
何で 実力がないわけ? 人はいざという時には もって居ない実力だって発揮するもんじゃないの?  

ま よろしい。いまや 私は知っている。
人間は持っていない 実力など 発揮は出来んのです。失敗は 全て 自分の責任です。
頑張りきれない自分の 実力です。 智子よ。甘えるんじゃありません!

鎖と はしごを 頼りに 時には ジャングルのように 苔むした大きな岩の間を
とうりすぎたり 巨大な岩の中を トンネルのように くぐったりした。
冷ややかな コケに 触ると ホントに 心地良い。
前日の 雨上がりの 草のにおいや 木々の香り いまや 最盛期の 木々の
森林浴に 体内の 全てが 入れ替わった。
外見の くたびればーさん状態とは 裏腹に 私の内側は 結構 心地よい。
願わくば そんな風に おばーさんに なりたくはないけど 節理ってやつよね。
うーーん。山はいいなあ。空気がいいなあ。
またすぐに 何処かの 山に行きたくなってくる。

私は 長袖のうえから 4箇所ばかり 蟲にさされた。
コーチを狙った蚊も 居たようだが それは 身の程知らずというものだ。
コーチを狙った 蚊は 其のあまりの お肌の頑丈さゆえに 今頃きっと
正真正銘 蟲の息・・・で ありましょう。

*コーチへ。
大急ぎで書きましたので 変換も 字あまりも 色々とあると思いますので 変なところは 直してくださいますように。
ヨロシク!


■2008.8.28――桜湯 佐知子さんから唐松岳やトムラウシのこと
●伊藤コーチ 殿
●いつもお世話になりありがとうございます。
●白馬三山を×に 仙丈ヶ岳+甲斐駒ヶ岳○に 変更お願いします。

●8月上旬小屋泊まりを体験してみたいという妹と唐松岳へ行ってきました。
●あまり清潔でない小屋泊まりの体験をと思って行った唐松小屋は、木の香も漂う改築間もないきれいな小屋に、トイレもピカピカの水洗にと変貌をとげていました。
●前泊しのんびり登った登山道の花の多さは以前と変わらず、妹はめぼしい花はほとんどカメラに納め、私はガイドブック片手に花の名前を確認。
●帰りは空きっ腹を抱えてコーチお薦め「こいや」へ、うなぎにザルそばまでたいらげ満腹、幸せな気分で帰路につきました。
●晴天にも恵まれ白馬三山を望みながら、来月はあそこへと思っていたのですが、時季的に不安がありすっかり弱腰に、9eもまだ行っていない山なので変更をお願いしました。

●矢野さんのトムラウシ山報告、いつの日か行ってみたいと思っている私にも様子が良くわかり、大変参考になりました。
●が急流にかかっているという丸太の橋、今の私には完全に×です。橋が怖い、特に丸太橋は。ストックをついて丸太橋の上を歩くなど曲芸の世界の出来事。どこかで渡る羽目に遭遇したら川を歩いて渡るか、丸太にしがみつき這ってと考えています。
●この橋恐怖症を克服しない限り行けない山がたくさんありそうです。

【コーチから】
桜湯さん独特の「恐怖症」がまた出てきたのでお節介のアドバイスですが、私が年中無休で軽アイゼン4セットを持参しているのは濡れた丸木橋を渡らなくてはいけなくなったときのためです。恐いからではなく、きわめて危険な状況だからです。その4セットを使用する場合には、丸木橋1本を渡るための時間はもう計算しません。安全を時間で買えるなら、いくらでもけっこうです、というふうに考えています。


■2008.8.28――矢野 博子さんからレポート「菜畑山」
 8月26日 富士急線沿いの 菜畑山(1283m)に登った。レンゲショウマに会いに。
 ”軽い山歩きで「d」ぐらいに考えていいでしょう”との当初の紹介だったので のんびり構えていたら 実際送られてきた資料では コースの変更で ”水は最低2L以上、行動食もいつもより多目に。ロング ロング ウオーキングです!” 
 菜畑山〜今倉山〜二十六夜山までの 71ポイントとなった。第一 送ってきた地図が二枚ある!
 霧雨が降ったりやんだりの朝、千葉6時38分発のあずさ号に乗り込む。定期券でも特急に乗れるようになってから このあずさ号は通勤客が大半を占め 随分混むようになった。なにしろ乗り換えなしで新宿やら立川に座っていけるので 利用価値大という訳らしい。
 大月で富士急に乗り換えるが 以前の乗り換えホームと変更になり 乗り換え時間も少なく 一番最後を歩いていた私は危うく皆を見失う所だった。
 都留市で下車。駅前のコンビニで追加のおにぎりを急いで買う。タクシーで曙橋に向かう。そこからできるだけ上までタクシーで行く予定だったのに 悪路だとか5人乗っているからとか理由を運転手がつけて 途中養豚場の所で下車させられる。(結果的にはこれ以上 上までは無理だった) 
 みんなでブツブツ言いながら9時50分歩き始める。なにせレンゲショウマの乱舞が私達を待っているのだ。気温20度というが湿度が高く 歩いているとすぐに汗びっしょりとなる。
 11時15分菜畑山山頂。予定のコースタイムより少し早い。山頂の手前からレンゲショウマがチラホラ見え始める。歓声があがる。
 山頂の登山道から少し進むと レンゲショウマの可憐な 品の良い姿があちらこちらに出現し始める。 こんな沢山のレンゲショウマを見るのは初めてだった。うす曇りで 薄暗い林の中の 白い花は とても際立って美しかった。他の花には悪いけど 格段の美しさだ。
 尾根を歩いて13時35分今倉山(1470m)に着く。今回のコースでは 菜畑山から今倉山までの行程に レンゲショウマは一番多く咲いていた。
 夫々のピークで15分の休憩を取るが 速乾性のTシャツを着ていても びっしょりかいた汗が15分もすると体を冷やし ブルッと震えた。あわてて上着を羽織る。15時45分二十六夜山着。
 この辺りから仙人水まであたりは きのこワールドだった。直径20センチ以上もありそうな 童話にでも出てきそうな巨大きのこから 白いタマゴダケ。それが成長して真っ赤なタマゴダケ。暗い森の中で タマゴダケの赤さが際立っていた。
 17時27分下山。予定より一時間早い。芭蕉月待ちの湯まで歩いて10分。 広々とした温泉に体をあずけ 緊張がほどけていく。至福の時だ。
 期待を裏切らなかったレンゲショウマ。また会いに来たい。大月駅までタクシー。タッチの差で 千葉行きのあずさを逃したのが残念だった。


■2008.8.22――矢野 博子さんからレポート「トムラウシ山」
●8月12日 
 10時40分羽田発の飛行機で帯広空港にむかう。帯広に嫁いできた高校時代の友人が空港に出迎えてくれる。
 昼食を済ませてから 登山中の食料を近くのスーパーで調達。
 3日分となるとかなりの量になるが パンにスープというのが基本になった。高級な無添加のパンでなく 安い添加物の入っているパンを敢えて購入。
 買物を済ませて大雪高原山荘に向かう。所要時間3時間。この山荘は”秘湯の宿”に選ばれているだけあってお風呂がとても良かった。露天風呂、湯質ともに申し分なく お料理も山小屋というより 日本旅館並みで食事の最後に出されたメロンは逸品だった。今年の9月は予約が一杯で空き室なしというのも頷ける。
 旅館で明日の朝食とお昼のおにぎりを用意してもらう。

●8月13日 
 午前4時 宿を出発。車で40分あまりでクッチャンベツ登山口に着く。途中の林道は暗証番号を知らないとゲートが開けられない。(因みにこの番号は毎年変わるとかで 忘れてしまうと 帰りに林道から出られなくなってしまうので要注意)
 車の中で 朝食を済ませていると 雨がポツポツと顔に当たる。天気予報ではこれから下り坂。予定を変更するかの決断を迫られたが 荷物を全部持って予定通り行く事に決定。(何せ お盆の一番運賃の高い時の飛行機を使っているので そうそう止められない(笑)
 沼の原北尾根取付まで平坦な道を30分歩くが 途中二箇所 かなりの急流の川の丸太橋を渡る。荷物が重いので バランスを崩すのではと不安があったが 最終手段としては丸太に抱きついて 這って行こうと開きなおり進む。
 今回の登山では 案内してくれる友人が普段私がはいているゴアの運動靴をみて”それでは北海道の山は無理よ”と忠告をしてくれていて 立派な登山靴を購入していたのだが 一度練習に履いてみたら その翌日腰痛になってしまい あえていつもの靴で挑戦することになった。この丸太橋は ダブルストックとこのいつもの靴で苦労なく通過できた。
 登り二時間半。標高差345m。沼の原は湿原植物群落が見られ 広々とした景色に足どりも軽い。残念ながらトムラウシ山は見えない。大沼から五色岳まで登り3時間半。標高差433m。五色岳の頂上で幾つかのパーテイに出会う。
 ここからヒサゴ非難小屋まで標高差なく主に木道を二時間歩く。沢山の花畑に目を奪われる。ヒサゴ小屋に下りていく所の脇には大きな雪渓があったが 以前はもっとこの雪渓が大きく 木道などの整備はなかったとのこと。
 二時前に小屋に到着。沼の回りには テントがいくつも張られていて賑わっていた。山小屋の近くに水場があることは何よりも有り難かった。3人でまず寝床を確保して 夕食の準備にかかる。
 シーズンを少し外れているのかギュウ詰めではなかったが 夕方近くに入ってくる人が二階でドンドンやっていて 既に寝る体制に入っていた私達は中々寝られなかった。それでも 8時になるとシーンとした。

●8月14日
 荷物を小屋に置いて トムラウシ山往復だけの私達は小屋をゆっくり出発。往復6時間の予定。小屋からは遠くにニペソツ山が見える。
 憧れのトムラウシ山まで本当に行けるのだろうかとここまで来ていても信じられない気持ちだ。
 今の所 足も痛くなく 問題はない。ヒサゴ小屋からしばらく行くと 雪渓があったが 軽アイゼンを使うほどでも無く 巨岩に突き進む。ナキウサギがどこかで鳴きあっているが ついに姿は見せなかった。沼あり、日本庭園あり、岩場ありで変化に富んだコースだ。
 巨岩には黄色のペンキで道案内がついているので必ず次の印を確認してから足を進めないと迷ってしまう。足を踏み外すといけないのでゆっくりのテンポで慎重に登っていく。
 小屋から3時間 ついにトムラウシの頂上に立つ。360度の眺望にしばし見とれる。十勝岳連峰が間近に見える。頂上で喜びに浸っていると にぎやかな声が聞こえてくる。”日本百名山達成最年少(10歳)”という家族が到着した。
 3歳で富士山から始まって 100番目のトムラウシ。用意していた横断幕を張って記念撮影をしている。喜びと感動を私達も味わった。記録達成した本人は少しも疲れた様子なく 一番嬉しそうだったのはお父さんだった。
 百名山達成という夫婦も上がってきて こちらは奥さんが感激の涙を流していた。
 山頂でしばらく時を過ごし 同じ道をヒサゴ小屋まで下りる。普通下りの方が時間がかからないのだが 巨岩はゆっくりでないと渡れず 3時間かかった。小屋は昨日より随分少ない利用者だ。

●8月15日
 ヒサゴ小屋早朝出発 一路 来た道を戻る。途中何度も 後ろを振り返り 景色を目に焼き付ける。泊まった小屋が段々小さく 下に見えていく。
 一路来た道を戻るはずだったのだが 化雲岳に出てしまう。これは未だに謎なのだが 道をどこかで間違えたらしい。何回もここを訪れている友人も首を傾げていた。
 朝露と昨晩少し雨が降ったのか 途中の 背丈ほどの這い松林を抜けるのに 上半身がびっしょりとなり ゴアの雨具をつけて下山となる。 途中で湯を沸かして 飲んだ 熱いコーヒーがこの上もなく美味しかった。
 あと一時間で下山というところで 大雨になる。最後にあの急流の丸太橋があるので緊張したが 無事通過。林業に携わっている人なのか追い抜いていった人3人が 履いていたのがゴム長靴だったのには驚いた。2時前には下山。糠平温泉で汗を流し 20時30分帯広発の飛行機で帰路についた。
 登山暦の浅い私でも 月イチの山歩きの積み重ねで大きな山に行く事が出来 そんな事実に自分で感動してます。


■2008.8.26――岡田 恭子さんから「ダブルストックについて」
●伊藤コーチさま
●ここのところ、ツアー登山などを、利用したら、ダブルストックが、白い目でみられて、大変です。
●もっと、伊藤流を、ぜひ、浸透させていただきたいです。
●笠ヶ岳に行った折の、私のブログに、ちょっと、書きましたので、その部分だけ、コピーでお送りします。
●ブログを直接ご覧下さっても、いいのですが。

 笠新道の急な下りも、伊藤幸司氏(「がんばらない山のぼり」「ゼロからの山歩き」はじめ、山の歩き方の、多数の著書あり。)流の、ダブルストック使いのおかげで、なんともない。
 ただ、このダブルストックを、正しく(?)使っている人がなかなかいない。
 そのため、逆に、使わない他の人には、白い目(登山道を傷める、人に当たってあぶない、岩場で危ない)でみられる。

 正しく(?)は、登山道からはずさず、V字につく。ので、登山道横のお花、植生を傷めない。
 そして、重要ポイントは、杖として使うのではなく、四つ足動物、(例えば、猿などを想像)の、四つ足の前足、として、使う。
 岩場でこそ、安全のため、使用。そのため、先のキャップははずす。
 岩場では、すべらない所を、瞬時に判断し、突く。
 私は、北鎌尾根でも、使った。もちろん、岩壁を登る時は、使わないが。
 肝心な時に、キャップがあると、岩場で滑って危険。
 また、他の人への、エチケットとして、後ろに振り上げない。

などなど…


■2008.8.24――山咲 野乃香さんから「平標山……大きなお世話の巻」
 不謹慎ではあるが、体調不良の方のおかげで、足下の眺望に見とれ、ゆっくり花を堪能し、おしゃべりしながらゆったりとした登山を楽しんだ。(つらい思いをされた方をよそにスミマセン)

 ひどくバテた人を初めて見た。(失礼なものいいでごめんなさい)
 Mさんは軽症。
 I氏は重症とお見受けした。コーチから前に出るように声がかかった時には、ヨダレ、ハナミズで足取りもふらついていらしたので。
 I氏とは昨秋の早稲田の講習会以来、数回山行を共にし、帰宅方向が同じこともあり、鷹揚なお人柄に甘えて気安くお話させて頂いていたので(しかも多分、健脚系の「c」は初参加でいらしたと思う)おせっかいな私としては余計気になった。
 先日の「8d」でご一緒した時も、原因究明よろしくネホリハホリおたずねし申し訳ありませんでした。結果、いくつかの因果関係に無理からぬものを感じました。ご本人にとりましては思い出したくもない悪夢ではなかったでしょうか。(ちょっと大げさ?)
 先頭に出られてからも、その足取りはちょっとヤバイぞ、ヒヤヒヤする感じ。休憩時もリュックの中を探る気力もなさそうで、少々ボンヤリしたご様子。皆からは様々な差し入れあり。私に至っては思わず「ハイ、あ〜ん」で梅きゅうりを氏の口に押し込んでしまう。(後でやや失礼だったのではと反省。孫に離乳食をやる癖が出てしまった)
 女性陣のサービスぶりに、コーチから「モテますねぇ」のやっかみと羨望の一言。大丈夫、コーチがバテたときは同じようにしてさしあげますので、安心して!

 一緒だった方々は皆、「明日はわが身」の思いで見守っていたと思う。また、コーチの対処、指示がどのようか気になる所だった。Mさんのリタイヤ希望が却下されたのはコーチらしいなと思った。
 因みに私がこれまで一番体調的にきつかったのは、やはり富士山での高度障害。ツアーのひとり参加だったので、ぼやいて発散することもできず、頭痛とムカムカも「忍」の一字。
 今心配なのが「9es」。現時点で△印だが、2泊と必至の不眠と高度がね。まあ、足りない頭で考えても無駄か。実験精神で行ってみないことには。私の目標は「強い頭と賢い肉体」です。
 Iさん、バテるのが私の番になった時には「恩返し」忘れずにネッ。


■2008.8.21――山咲 野乃香さんから「丸山〜〜イイなぁの五大噺」
 朝、ふたつのドジがあった。集合駅である池袋を乗り過ごし一駅先まで行ってしまったこと。おにぎり屋の店先でつり銭をばら撒いたこと。
 2度あることの3度目は山行中に起こるのだろうか? と、ささやかな不安を感じながら西武線ホームにたどり着くと糸の会の面々。不覚にも涙はこぼれなかったけど、異常にホッとする。山のお仲間はイイなぁ。

 芦ヶ久保駅から、好天の夏模様の中、左右に果樹園を眺めながら舗装道を上る。食べごろのすももがたわわに実っているではないか!
 垂涎とはこのこと。自制心がプッツン寸前、ついに天の恵み。完熟状のすもも路上に1個発見!
 すかさず拾った私、前後の見境なくガブリ。が、半分ほど食した所で我に返り、独り占めの心苦しさと共犯者ほしさから近くにいたM氏に(微妙にひいていた気もしたけど)かじりかけを差し上げる。
 まあ、ホント、これは全くの非日常。道端に落ちているものを口にし、食べかけをよそ様にムリヤリ食べさせる。登山はイイなぁ。

 休憩中にMさんの後襟についた虫をお取りする。2〜3センチの黄緑色のしゃくとり虫。動きのユーモラスな事といい、美しい色といい、非常にかわいらしいと思ったが、Mさんにとっては全くの許容範囲外だったようで、「えーっ、そんなもの平気なのーッ!」と叫ばれてしまう。また、虫を逃がしてやったそのままの手で平気でおにぎりを食べたら、もう一度驚かれた。ドーモスミマセン。登山はイイなぁ。

 山頂を過ぎた森林館広場では、コーチご推奨の斜面での頭を低くした寝ころび。空は広く、トンボもたくさん。足は軽く、頭に血がめぐったせいか視界も良好。キモチイー。多分、この体勢、1年ぶり。昨夏、尾白川渓谷で流れ下る渓流の段差の断面がバッチリ。低い所から見るだけでもめったにないアングルと思ったが、さらにさかさま。いたく感動したのを思い出す。登山はイイなぁ。

 そして帰途の稀有な体験。一生無縁と思っていたコーヒー専門店に入る。しかも水だけ飲んで過ごす。「逢茶喫茶」の精神は忘れじと思うのだが、カフェイン過敏症? わたしの現実は悲しいかな、結構ヘン。三度目のドジはこれ? の感なきにしもあらず。
 しかし、さほど浮いた感なくいられたのは、店の雰囲気か、糸の会皆様の気遣いか。感謝。再来の折には、どなたかのコーヒーをスプーン一杯だけお相伴させてもらうつもり。山のお仲間はイイなぁ。

 ハッ! 丸山ってどんな山だったけ。コンクリの展望台からは360度たくさんの山が見えました。


■2008.8.16――矢野 博子さんから「トムラウシ・靴の報告」
 昨夕 トムラウシ山から戻りました。
 かなり悩んだ靴は コーチのオススメに従い大正解でした。足取り軽く 長丁場も苦になりませんでした。山頂付近の巨岩を渡り歩くのも この靴だったからこそ安心して出来た気がします。
 途中かなり急な川の流れにかかる丸太の橋を 二回渡るのですが(勿論手すりなどありません) ダブルストックとこの靴で何の問題もありませんでした。ダブルストックの威力もまざまざと感じました。(もう一つ感じた威力あるものは ゴアの雨具です。雨には遭いませんでしたが 背丈ほどの 狭いはい松の間を延々と歩くと 上半身が朝露でびっしょりになり 途中からゴアを着用してそれは解決しました)
 今回連れて行ってくれたMさんの話では 10年前はもっと雪渓の箇所が多く大変だったとのこと。そこが木道になっていました。歩かなければいけない雪渓の箇所は50〜60m位はありましたが アイゼンをつけるほどではありませんでした。ただ 山小屋で脱いである靴が20〜30足ぐらいありましたが 私のような靴は 私のほか 一人運動靴の人がいただけでした。
 トムラウシは チングルマなどの最盛期は過ぎていましたが(チングルマは咲いた後の姿も十分魅力的ですが)それでもその次の花が行く夏を惜しむように十分に咲いていて 見事な広大な花畑でした。
 ゆっくりの計画で行きましたが 数年前から山歩きを始めた私でも トムラウシの山頂を極めることができたこと とても嬉しく思ってます。3日分の食料と水を背負っていくのが出来るだろうかと不安でしたが 山小屋の傍に水場があり 水は一日分でよいと分かり ホッとしました。
 山頂では”百名山達成 最年少(10歳)”という家族と居合わせました。3歳で富士山、4歳で奥穂高、5歳で屋久島・・・・で10歳で百番目のトムラウシだそうです。山頂でくつろいでいた私達もその感動を分けてもらいました。
 今の所 筋肉痛もありません。
 お礼とご報告まで。


■2008.8.18――山咲 野乃香さんから「石裂山、あれこれ」
伊藤コーチへ
●先日は日経夕刊、わざわざお送りいただきありがとうございました。
●えっ、これワタシ?という感じですが、よい記念になりました。
●遅ればせながら、6,7月の感想文を送ります。

■石裂山、あれこれ。

 石裂山のぴかぴかアルミ製、階段状はしごには驚いた。
 そのはしごがなければ、絶対無理。そのはしご様のおかげで登ることができるのです。
 大体、死亡事故が起きたのだから! 本当にありがたい代物に違いない。が、しかし苔むす巨大な岩塊とは対極にある人工物。周辺とのあまりのミスマッチにかなりの違和感。
 おかげさまで登れるのにね、心の片隅で、こんなものなしで、信仰篤き、身命をとす覚悟の人だけが登るにふさわしいのではという思いがよぎる。

 そういえば、17才の頃初めて立山黒部アルペンルートに行った時のこと。
 美しい山並みのドテッ腹に見事に貫通しているロープウェイが、非常に醜悪に見えた。
 その恩恵に浴しながらも、紫に輝くつるぎと雄山山頂を仰ぎ見ながら、壮大な自然破壊に胸が痛んだのを思い出す。ホント、人間は好き勝手するよなあー、という感じ。
 ウホッ、「人類の地球に与える負荷」まで飛躍しそう!

閑話休題。
 ぴかぴかはしごと正反対の全き自然物の発見もありました。
 シカ状の死体。有機物特有の腐臭。半悲鳴の方、モーレツに嫌がる方、野次馬的ワタクシ。普段の顔と違う反応の意外性、楽し。誰さんがどうと書きたいけれどお叱りを恐れて、割愛。
 コーチの写真には随分整った形状で写されていましたね。買いません。もちろん!

 下山後に印象的だった事がふたつ。
 Kさんのペットのインコが撫でられたが故に、無精卵を産んだという話。誤解を恐れずにいうと、なんとなくこの話は身につまされたのです。
 もうひとつはF氏の焼きそばレシピ。そのチャレンジ精神と何事も楽しむ姿勢に大いに触発されました。
 ここしばらく、わたしの求道の方向性は「おばさん力」に集約されていましたが、今年からは「おば」と「さん」の間に「あ」まで入る身の上となり、いやが上にも、時の貴さ、己の役割、対人関係を見直す時機となりました。
 また大飛躍して、インコと焼きそばで、私の後半の人生設計を考えさせられる帰途でした。
 修験の山のごりやくかも!


■2008.8.18――宮田 禎子さんから「8d黒岳」不参加
●伊藤幸司様
●残暑お見舞い申し上げます。
●明日の黒岳ですが、暑さの所為でなく、家族の都合で急遽欠席とさせていただきます。
●この頃は、自由に動き回れる環境が狭まりつつあります。でも、その合間を縫って歩けるうちは歩きたいと思ってはおります。次回の山行は楽しみにしております。
●では、宜しくお願いいたします。


■2008.8.17――藤本 喜弘さんから「8d黒岳」不参加
●コーチ殿
●火曜日の 御坂・黒岳ですが、
>  空の様子を見ながら 直前での決心になるかと思いますので、
>  よろしくお願いいたします。
●降雨確率 60% で迷っていましたが、急に仕事が入りました。
●申し訳ありませんが、△ -> × に変更願います。


■2008.8.13――稲葉 和平さんから「8d黒岳」参加
●伊藤 幸司様
●平標ではご迷惑おかけしました。
●8月19日(火)の「8d 黒岳」に参加させてください。
●余分なものは持たないようにします。
●また、最近は炎天下のウォーキングなどで身体を暑さに慣れさせています。
●よろしくお願いします。


■2008.8.11――船津 タツさんから「8a雨巻山」の帰路
●伊藤コーチへ
●先日の8a雨巻山ではお世話になりました。登り始めが正午すぎなのに三つの頂を踏むことが出来て幸いでした。
●暑気払いの''うなぎ''も待たされただけに、近年に無くおいしくいただきました。ありがとうございました。
●帰りの切符のことですが、改札でいくら払えばいいでしょうか? と出しましたら、計算の結果同じ料金でしたので、「なるべくここに書いてある駅で降りるようにして下さい」といわれ「すみません、今後は気をつけます」といって出させていただきました。コーチの予言どうりでした。
●今後の予定の変更をお願いいたします。8bs鹿島槍ヶ岳△→× 9es仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳△→× 9a黒富士△→○ どうぞよろしく。


■2008.8.8――箭内 和子さんから「8e大菩薩縦走」不参加
●伊藤様
●7日〜8日と、飯豊の石転び雪渓にでかけました。
●風邪をひいたようで、具合が悪いのです。雪渓の出会いまで行って、戻りました。飯豊山荘で、のんびりして、帰宅しましたが、この調子では、大蔵高丸は、無理のようです。
●申し訳ありませんが、欠席です。
●つぎの機会に参加させてください。


■2008.8.6――宮田 禎子さんから小屋泊まりへの方針修正
●伊藤幸司様
●いつもお世話様です。
●間もなく「大菩薩大縦走」の日が近づいてきましたが、どう考えても、今は未だ2日続けて歩く(しかも、2日目は長い距離とか)というのが困難のような気がします。それで、「大菩薩大縦走」と9月の「仙丈ケ岳+甲斐駒ケ岳」は両方とも×印にお願いしたいと思いました。×印への変更を宜しくお願いいたします。
●その代わり、日帰りの山歩きは、少し、積極的にやってみたいと思います。
●今後のD印は、雨が降らないかぎりは参加させていただきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
●勝手なお願いばかりで申し訳ございません。
●今後とも、宜しくお願いいたします。


■2008.8.3――藤本 喜弘さんから「黒岳」に関して
●昨日のアサヒカルチャー千葉の黒岳ではお世話になりました。
●帰路、千葉駅では同行の皆さんが足を引きずっておられたので、相当にきつかったのだなぁ・・・と思いました。
●目下△でお願いしています 今月19日の 8d ですが、お天気でしたら、レンゲショウマに期待して参加するか、もしも 雨だったらあの下り道はとても無理なので不参加やむなし、といったところで迷っています。
●空の様子を見ながら 直前での決心になるかと思いますので、よろしくお願いいたします。
●なお、参加するとした場合、下り道でチェーンを使用してもよろしいでしょうか? 許して頂けるようなら、試してみたいと思っていますが・・・。


■2008.8.2――土屋 千鶴子さんからパソコン購入に関して
●伊藤コーチさま
●暑中お見舞い申し上げます。
●昨日、3万円送金致しましたので以下のとうりの処理を御願いいたします。
1万 → 写真代、他の清算に
2万 → クーポンの購入に
●山行の申し込み
8月19日 の8d
9月9日〜 の9es
をよろしく御願いいたします。

●奥様がパソコンを新しくされたとか、ヨドバシで同じ機種を見ましたがなかなか垢抜けた魅力的なスタイルだと思いました
●今、私が使っているものは2002年購入のVAIOノートブック型を子供から貰った大きいモニターをつけて使用し平穏にトラブルもなくきておりました。
●最近とても動きが遅くなったので調べてみたらメモリーが小さいということがわかり増設しようかと思ったら、モニターがいけなくなりました。
●小さい画面では目に負担が掛かるので、これは変え時かなと思ってます。
●今のPCは2台目なのですが、最初から設定はすべて自分でしてきましたのでまた面倒なことをするのかと思うとなかなか腰をあげる気にならないのです。
●専門知識のある人や家族にたのめば簡単なのですが、人だのみでは使いこなせないと思い亀のごとく一つ一つ作業してきました。
●私にとってマックは敷居が高いように感じます、やはりウィンドウズに落ち着くかなと思います。
●少しでも安く、いい物が買えるよう歩いてみます。


■2008.7.31――林 智子さんからミニホームページに「中国の踊り」

 小学校の 2年生にあがる直前 私は 家を引っ越し 転校した。
 新しい家の 庭には 雪ノ下という りんごの木と 大きな栗の木があった。
 奥行きのある 広い庭と 真ん中に 長い廊下のある 木の香りのする家。
 雪が まだ 積もっていて 雪ノ下の 真っ赤な 小さい実が 鮮やかだ。
 引越しした日の 雪の下のりんごと 新しい家の明るさが いつまでも 私の記憶の中で 消えることがない。

 新しい学校の 新しいクラスの中に ひときわ わたしの目を引いた女の子がいた。
 特別 笑顔が可愛い 女の子 きみちゃん。
 ほとんどが 短いおかっぱ頭のなかで きみちゃんは みつあみを 長く結い その 毛先はカールしていた。
 くっきりとした えくぼが あり フリルのついた 洋服と 赤い シューズを はいていた。
 下駄を履いていた子もいたし 貧しくて ぞうりを履いていた子も居た中で きみちゃん一人が 垢抜けて 輝いていたふうに わたしには 見えたのだろうか。 

 きみちゃんとは すぐに 仲良しになった。
 きみちゃんは バレエを習っていた。
 あるとき バレエの発表会があって 私は きみちゃんのお母さんに つれられて バレエを見に行った。

 きみちゃんは 髪の毛を 中国の女の子ふうに 結って 赤いチャイナ服と 赤いズボン 赤いバレエシューズで もう一人の 女の子と 二人で 踊った。
 人差し指を 一本だけ立てて 首を左右に振って 踊る 中国の女の子。
<バレエ くるみ割り人形の 中の 一つ 中国の踊り>を きみちゃんは 踊ったのだった。

 きみちゃんの お母さんは いつも 着物を着て 学校にきていた。 役員の なにか 重要な役でもやっていたのかもしれない。
 ひるま お母さんが 着物を着て 学校に来ているなど わたしには 絶対に ありえなかった。
 私は 人生初の 小学校の入学式でさえ 父親と 一緒だったし 参観日は たまに 祖母が来るぐらいで 母は 常に 自分の 勤務先の 小学校にいたのだった。
 母親と 昼間 そうやって 親子でいるなど なんといっていいか わからないほど わたしには 衝撃だったのだろうと 思う。
 きみちゃんの おかあさん・・・それも 着物姿のおかあさん。
 私が いつも 一人で 孤軍奮闘したとは 思っても居ないけれど 着物姿の いつも きみちゃんと一緒に居る お母さんは 私の心の奥底の どこかに シーンとした 何かを 残したようだった。

 小学6年の時 私の母は 私の通っている小学校の 先生になった! ついに! 
 私は うれしくて しょっちゅう 職員室に 母をたずねて 出入りをした。

・・・・・・・・・・・・・・・・
 50歳。私の第2の人生は はじまった。
 幼稚園に代表される 仕事を持って 経済的には自立した生き方をする人間であること。
 仕事をすることは 私にとって 当然のことであったからこその 長い長い 混沌とした 期間。 そういうものを 私は 持っていた。
 しかし 50歳 私は決めた。仕事をすることはもういい。
 千葉に来てからの 私は クリスチャンとしての 自分のあり方を もう一度 見つめなくてはならなかったし もう一度 基本から 自分ひとりで 立つ必要があった。
 千葉の 母も 亡くなった。
 卒業しよう。 色々なことから。 人生後半期に入るのだ。

 今 やらなければ 死んでも死に切れぬことをやるんだ・・・と 決めた時 即 答えが出たのが バレエだった。
 仕事はもういいんだ と 決まれば もう 迷うことなんか 何もなかった。
 バレエは 数えてみたら なんと 都合 7回ほど 挑戦していた。
きみちゃんの 中国の踊りを見てから 習いに行った 小学校時代の2年間。
 すっかり 忘れていたけれど 高校のクラス会で<貴方は 創作ダンスのときに 夢中で踊っていたね>といわれて 思い出した 高校の体育の授業でのダンス。
 一人立ちしてからの 横浜カルチャーセンターの 数ヶ月間。
 下の娘が 少し大きくなってからの たびたびの挑戦。
 男の人みたいな おじさんみたいな バレエリーナがいたり 太ってしまった 叔母さんとしか 思えないような バレエリーナも 先生の中にはいた。
 そして 時がめぐり 50歳になって 私の 楽しい楽しい しかし 本気の バレエ教室の 日々が 始まった。

 私の娘は まったく 偶然にバレエ人生を 始めた。
 私達の住む 宿舎のすぐ目の前に バレエ教室があり 仲良しが 習いに通っていたのを知った娘は すぐ 習いたいと 言った。
 小学一年生から 始まった 娘のバレエは それから 年一度の 発表会を 我が家の 大イベントとして 受験で 一時 ストップするまで 続いた。
 発表会の日 たいてい 娘は フリル一杯の 白いドレスを着てでかけ 私は娘用に 大きな花束をもち 家族で見に行った。 それは 我が家の楽しい イベント・・・
 おそらく かつての わたしが 母に してほしかったであろう スタイルの バレエの 大きな イベントの 一つであった。
 娘は 中国の踊りを踊ることなく少女期が過ぎ 青年期へと 成長していったが 受験期を 除き 時々 中断することはあっても いまだに バレエ人生を 続けている。
 この数年間は 私と娘は 母娘で 同じ教室で 習いもし 発表会にも 出演した。

 私の 母は どう思っていただろうか。
 小さい頃 バレエを 習い続けるには どうしても 送り迎えが必要だったこと。 発表会には どうしても 母親の手が 必要だったこと。 そんなこんなは すべて 仕事を持つ 働く母には 不可能だったこと。
 働く 母親に 出来ないことは たくさん あった。

 後々 仕事を持ちながら 4人の子供たちを 育ててきた 母の思いを 私は 母から なんども 聞くことができた。 それは 母のかなり 晩年にさしかかった 時期であった。
 しかし 私は 母の 思いを ちゃんと 知っていた。母の 切なさを ほとんど 知っていた。
 仕事を持つことを 選択し 仕事をし続けることを 選択したが故に 切り捨てねば ならなかった 多くの思い。 
 母は 経済的な自立を 目指しただけではなく 一個の人間として 誇りと尊厳を 持ちながら さまざまな 困難と闘いながら 仕事を 続けた人間なのである。

 私は 母から たとえば 料理の仕方や お茶の入れ方などを 習いはしなかった。
 掃除の仕方も 夫を<主人>と 呼ぶことも 何一つ 習いはしなかった。
 しかし 一個の人間としての 生き方を 母から学んだ。
 どんな時にも 人間は 対等であることや 生き方を決めるのは すべて 自己の 責任であること そういうことを 私は 母から 学んだ。

 私と 娘の バレエ人生は いまだ 発展途上である。
 いつか 年老いた私は 中年となった娘と 同じ舞台で バレエを踊ったりしているのだろうか。
 それも また 味わいというものが あるかもしれない。
 いずれにしても 私は バレエをやめるなど 考えてもいず 娘もまた バレエは 死ぬまでやるぞ・・・などと 言っているのだ。


■2008.7.28――林 智子さんからミニホームページに「母とピアノ」

 約 40年の永きにわたる 教職を 終えた後 母は たくさんの趣味を 持ち 今日はこちら 明日はあちら というように 習い事に 精出して張り切っていた。
 書道や 剣舞や 詩吟。 仲間たちとの旅行や 百人一首の会。其の中に 大正琴が あった。

 大正琴が 母は 特別 好きだったのだろうか。教室でのお琴と 家での練習用というように 大正琴を 2台持ち 母は 練習に 励んでいたようだ。
 しかし 80歳になった頃 そんなに 好きだったお琴も <手が痛くてもう出来ない>とあきらめねばならなかった。 弦が 指には 痛く感じられるようだった。

 <おかあさん・音楽とか 楽器とか 何か 他に やってみたい事 ない?>と わたしが聞いた時 母は <そうねえ・・・ピアノは また やってみたいけど・・・>と つぶやいたのを私は 聞き逃さなかった。

 母は 戦後すぐは 新生中学校で 全ての 教科を 教えたふしがあり 音楽も 教えたのだった。 後のち 話したことには 新制中学の 生徒の中には 腰に キセルを ぶら下げ 授業中に <先生・たばご すってもいごすべが?>というようなことや 音楽の時間に <ベートーベンでなくて 民謡 うだうべし・・・・!>という 歌自慢がいたのだ・・・・と 楽しそうに 話したのを 聞いたことがある。
 其の頃 母は まだ 35・6歳。 

 母が まだ 独身の 20代の 若き教師だった頃には 弘前には ピアノがなくて ラジオ放送の 合唱の伴奏は 青森まで行き 母が ピアノを伴奏した・・などと いうことも あった。

 母は 小学校唱歌の 伴奏は なんでも出来た。できたというよりも 必要に 迫られての ちからわざといったところか。 ほとんどが 簡単な 和音で 自己流なのかどうかは 判らないが 間違おうが なんだろうが 最後はつじつまが きっぱりと 会うのが ふしぎ・・ しゃあしゃあと したたかな 感じだった。
 出来る 出来ないだの 上手・へただのと 甘える間もなく 何とか やりぬき 生徒にも そうやって 強引に 歌わせていたのだろうな・・・と思われる 技があった。
 適当に 弾いているようだが ドミソ・ドファラ・シレソ だけでも 本当そうに パラパラパラっと 軽く 弾いてしまうので <おかあさんて 凄い!>と 私は 母の教師としての 歴史の 長さのようものに 感嘆した。

 ピアノは 母にとっては 自分が自分であることの証 の ひとつのようなものだったろうと 思う。
 かつて けたたましく 駆け抜け けたたましく 生き抜いてきた 女教師としての 日々は おそらく 母の 命だったろうし 有無を言わさず やらねば ならなかった 伴奏も 人間としての 母そのものを 創った のだったから。

 大正琴が出来なくなったと 言い始めた頃 少しづつ 母は 老いていった。
 母が 老いていったのは わたしには たまらなかった。
 母の 老いは 私には つらかった。
 大正琴が 出来なくても なんとか 母に 元気で 楽しく 過ごしてほしかった。
 私は 転々と転勤し あちこちに 住んでいたから すぐに 母のそばに 行くことが 出来なかった。せめて 母には いつも 笑っていてほしかったから 母の好きなことは なんとしても 全部 全部 してほしかった。

 私は 二人の 姉たちに 相談した。
 そして 私たち 3人姉妹は 母のために 中古のピアノを買った。
 ピアノが 届いて 案の定 母は 大喜びだった。
 母は かつての 小学校の教科書も まだ たくさん持っていたし 仲間たちと作った 歌集もあり 日記を書いたり 写真を見たりする 日課に さらに ピアノと 歌が 加わり 肉体的には 不可能に なっていったことも 多々 あったにしても はりのある日々を 過ごせただろうと私は 信じている。

 弘前に帰省すると 私は まず 母と 歌を歌った。
 私の 子供たちも 母のピアノに 合わせて とにかく 歌った。
 唱歌も イタリア歌曲も 何でもかんでも 知っている歌を ともに 歌いあった。
母の伴奏で なんでも 歌った。
 母と 歌うことが 出来たのは 大きな 喜び それは 希望を 生み出していた。
 母の晩年 母と 共に居た時 私は 母と たくさんの歌を 歌い 思い出を 語りあい 共に 笑うことができた。 感謝なことであった。

 私は 必要上 20歳頃に ピアノを買った。私のピアノは 引越しのたびに 私と一緒に引越しを繰り返し ところどころ 傷がついた。 傷がついてはいても 私のピアノは いまだに 現役で 私の そばに いつもある。

 母が亡くなって 何年間か 私は 自分の ピアノに 触ることが 出来なかった。
 <歌の翼に>を弾くと 母の<この歌は 誰だれさんのすきな歌>と 母が 口ずさんで 弾いていたのを 思い出す。 宵待ち草も 故郷も 全部 母と一緒に 歌った歌だ。
 どれも 母と 一緒に 歌った歌だもの・・・・歌えなかった。
 何故だろう。 一緒に 歌った時 とても 幸せだったのに 母の老いを 思い出す。
 わけなんか判らない。 わけなど 判らないけど 私は 数年間 ピアノに 触れることが 出来なかった。
 母は 老いても 決して 不幸なんかじゃなくて いつも 母の ままだったのに。

 私は 気がついた時 いつも 身近に 歌が あったような気がする。
 父が 家で 時々 オルガンを弾いていた。 母と父の バイオリンがあり 時々 バイオリンを 弾いていた。
 母の 日直に 背負われて つれていかれた 日曜日の 中学校の 蓄音機。 父の 宿直で 小学校に泊まっていたことが 私の人生初の 記憶。 どの時にも その場所に 音楽が あった。 

 歌は 命のようなものだ。
 歌っては 母を 思い出して泣き ふるさとを思う。
 私は きっと いつまでも 大人になりきれぬ おばかさんなんだ・・と 思っていたが それが 違うんだ・・・と 心底 判ってしまった。
 私だけじゃなかったんだ・・・・私の胸が 詰まってしまって 歌えぬように 人は それぞれの 歌を持っていて 泣いてしまうんだ。
 泣いたって いいんだ。 有り余る思いが みな 人には あるのだもの。

 もうすぐ お盆だ。今年 私は 家族4人で お墓参りに行くことにした。母の お墓をお参りし 弘前公園の せみの 鳴き声も 聞いてこよう。

 このごろ 私は ピアノの練習に 精出すようになった。 歌の練習と称しても やっぱり 母の ピアノを 思い出す。
 けど いいんだ。 私も62歳。 たくさん歌い たくさん ピアノを弾こう。
 涙は 流すためにあるんだ。
 おばかさんでも いいんだ。


■2008.7.25――箭内 和子さんからミニホームページ原稿について
●伊藤様
●お忙しい所、お手数を掛けております。
●ミニホームページのタイトルの年月日ですが
●NO20・・・と、NO21・・・両方とも、2007年になっていますが2008年に訂正をお願いします。

●添付の2編、お時間のある時にアップをお願いします。

●7月20日に巻機山の米子沢を男性3人、女性4人の計7人で、遡行しました。
●詰めは、ガスがかかり、小雨の中でした。でも、誰もいない避難小屋に泊まり、ゆったり出来ました。
●21日は、好天に恵まれて、山上の湿原歩きを楽しみ、ニッコウキスゲやワタスゲが、草原に揺れている風景を
心にとめて、下山しました。

【コーチから】
●添付していただいた2編は7.29にアップしました。ただし雄国沼の写真、JPGデータで別にお送り下さい。
●ポイントが27ポイントになっています。前回は年度会費を流用しましたが、次からは5ポイント=1日分と換算できます。年度に縛られませんので、お忘れなく。


■2008.7.24――矢野 博子さんからレポート「平標山」
 平標山(1984m)に梅雨明けした7月22日に登った。
 前夜 仕事から帰宅し あわただしく夕飯の準備をしていると コーチから電話。”明日の集合時間の変更です”とのこと。
集合時間を10分早くすることによって 登山口の出発が一時間早くなりますという同行するY氏の指摘によるものらしい。
7時48分東京発のMAX307に乗り込む。資料によると下山は19時。今日は 長丁場になりそうなので ここで一時間早く行動できることは ありがたい。上手くいけば お風呂に入る時間が取れるかもしれない。
 数日前に梅雨明けし、ここ数日の暑さは半端でなかった。でもきっと爽やかな風が山では 待っていてくれると期待して越後湯沢の駅に降り立ったが むっとする暑さ。 バスで平標登山口に行く。(580円)”バス停はもう少し先なんですけど”と言いながら 運転手さんは 親切なことに手前の登山口でバスを停めてくれた。
 10時5分 登山口出発。コーチを含めて14名の大所帯。一時間ほどやや急な登りが続く。暑い!暑い!ここで仲間のMさんがこのサウナのような暑さの中 歩けそうもないのでリタイヤしたいとコーチに相談するが 説得されて? リタイアの希望は却下され 続行する。(Mさんはその後 何の問題もなかった。)
 それよりもう一人の男性が足元がフラフラして 体も時折揺らいできて どうみてもアブナイ状況。(後でご本人に聞いた話では シャリ欠で 更に水も十分でなかったとか) コーチが彼のザックを持ち 彼が先頭に出て ゆっくりと歩を進める。
 大きな鉄塔が突然あらわれてくる。その辺りから 高山植物が所々に出現してくる。流石 花の百名山。 カラマツ、オダギリソウ、カンゾウ、キンコウカ、コゴメ、ワタスゲ等に歓声の声が飛び交う。爽やかで疲れを忘れさせてくれる花の存在は大きい。
 時折頬をなでる涼しい風がこの上なく気持ちいい。松手山に12時半到着。ここから平標山まではなだらかな登りでとても雄大な景色。石楠花と笹の林の中 整備された道を行く。石楠花は花芽がついてないのが多く 来年の花はあまり期待できないかもしれない。逆に何故か めったに咲かないという笹の花が沢山咲いていた。
 15時 平標山到着。ここでゆっくりと涼しい風に吹かれる。ガスっていて辺りは見えないが気持ちいい。熱いお茶が 美味しかった。登りに5時間かかった。
 30分ほど山頂の爽やかな風に身を任せると 汗が引いていく。
 予定変更して仙の倉山には回らず、平標山の家へと下る。小屋までの道は歩きやすい木道。白いワタスゲがきれいだった。
 真新しい小屋は無人だったが 冷たい水がコンコンと出ていて皆で喉を潤す。2L持っていた水が底をついていた。ここからは 長〜い、長〜い鬼のような下りの木製の階段。花も大してない。遠くから 雷鳴が聞こえてくる。皆で 近づいてくる雷鳴の観察をしながら下る。
 40分ほど下って水場に到着。そこら辺りから ポツポツと雨。 雨具をつけないで終わりたいという願望むなしく 皆で突然の雨に備えて ゴアを着る。
 ここからは林道。気 持ちが緩む。心配した雷は遠のき ゴアをぬぐ。雨具を脱ぐ時に靴の紐をきちんとしめずにそのまま歩いた私は 靴の紐に足をとられ 転倒!ヒザをつき 手をつき それでも勢いはとまらず最後は顔面制動! 幸い大した事なく 翌日の職場でもバレズに済んだ。横着が招いた転倒だった。
 林道を一時間ほど歩き18時に登山口着。
 越後湯沢駅そばの公衆浴場(¥400)へ行き ”へぎそば”なるものを食し 20時28分越後湯沢発の新幹線に乗り込む。暑さとの戦いの一日だった。


■2008.7.24――稲葉 和平さんから「7c平標山の反省」(1ポイント進呈します)
伊藤 幸司 様
「7c 平標山」 参加の皆様

 稲葉です。
 昨日は大変ご迷惑をおかけしました。
 また、皆様に大変お世話いただき、ありがとうございました。
 伊藤コーチには重い荷物を背負っていただき、皆様からは塩分補給の飴やら、冷たい飲み物、スポーツドリンク、さらには冷たい果物を補給していただくなど、本当にありがとうございました。
 最初の小休止のときに水分と食料をきちんと取っておくべきでした。長くなりそうな一日と、最近減量しつつあったので、「もう少したってからにしよう」と控えめにしてしまいました。原因はそれだけではないかもしれませんが、歩いているうちにガス欠感を意識し、また水分補給の必要性も感じてきました。次の休憩時におにぎりを食べようとしたのですが、のどが渇いていた(ように感じた)ので最近流行の流動食だけで済ませてしまい、そして歩き始めてから、明確に「ガス欠」を感じると同時に口がカラカラに渇き、まずい状態になりつつあるという意識が出始めました。
 コーチに荷物を持っていただいた段階では、口がカラカラ、唾液も出ない状態でおにぎりも喉を通らない、かなりひどい事態に陥っていました。冷たい飲み物、果物、どれだけ嬉しかったか、言葉に表せないほどです。
 何とか平標の山頂までは辿り着いたものの、体力的には限界に近い状態でした。体力回復のために何か食べなければと気持ちはあせっても、固形物は口の中で砂のように感じるだけ、持っていた熱いお茶でなんとかおにぎりを一つ流し込むのが精一杯でした。おにぎりは4個持っていたのですが結局2個しか食べることができなかったとい
う、自分でも信じられないできごとでした。(持っていた食料は、おにぎり4個、流動食2個、SOYJOY4本の他、レーズン、「鳥のえさ」、などですが、結果的には流動食2個とおにぎり2個しか消化できなかったということです。)
 折角の仙ノ倉山往復の時間もなくなってしまい、皆様には本当に申し訳無く思ってい
ます。
 頂上で水分を充分補給したので気分は大分回復しましたが、それでも「自分の荷物は持ちます」と言うだけの自信は無く、下りも水筒だけの手ぶらで歩かせてもらい、何とか山小屋まで到着。山小屋の冷たい水のありがたかったこと、本当に嬉しかった。
 この段階でやっと「(手ぶらなら)残りは歩ける」というところまで回復しました。
 頂上から山小屋までの間、立ち止まっては水筒の水を飲み、そのたびごとに、水分補給の大切さを痛感しました。
 その後も林道までの道のりは結構きつく、空腹感は募るし、相変わらず口はカラカラだし、体力が持つかどうか不安もありましたが何とか林道まで辿り着き、自分の荷物を持つことができるまで、体調が戻っていました。

 皆様、改めてご迷惑をおかけしたことをお詫びするとともに、いろいろと助けていただいたことを感謝いたします。ありがとうございました。

 次の山歩きにはこのようなことを起こさないよう、充分に気をつけます。今後ともよろしくお願いします。


■2008.7.12――小林 美子さんから「7c平標山」参加
●申し込みを忘れてしまいました。7c、8c、9c申し込みます。
●22日平標山参加します。
●大宮08:30に乗りますので宜しくお願いします。計画書当日頂きたいと思います。


■2008.7.12――山本 良彦さんから「7c平標山」新スケジュールへの提案
★コーチから――ご指摘のとおり変更することに決めて、みなさんに連絡します。
●伊藤コーチさま
●平標山の計画書受け取りました。よろしくお願いします。
●ところで計画では、7時50分集合、8時04分発Maxたにがわとなっていますが、直前の7時48分発Maxとき307号に間に合えば、越後湯沢9時05分着で9時15分発の苗場プリンス行きバスに間にあい合います。
●全員が集合時間より少し早く来ることが大前提ですが、通常みんな早めに来るのでこの電車に乗れる可能性は十分あるとおもいます。(ホームも同じ21番ホームだし。)
●スタートで1時間余裕が出来ればずいぶん助かるなと思いますので、出来ればこのように変更することもコーチの頭の中に入れていただいておけば如何でしょう。
●なお、越後湯沢からの9時15分のバスは今まで土日のみ運行でしたが、7月19日から8月末までは毎日走るはずです。


■2008.7.12――石川 和美さんから「7b越後駒ヶ岳」不参加
●伊藤コーチ様
●熊倉山の計画書ありがとうございました。
●見るのが遅れてしまいましたが、一番深い山にも心配の気持ちもあり、今回も参加できませんでした。
●体調は回復してきましたが、体力はそれなりに落ちてしまったので、又ゆっくり歩きからやっていこうと思っています。
●それで 7b 越後・駒ケ岳 は △ → × にしてください。
●宜しくお願いします。


■2008.7.11――齋藤 俊朗さんから「7c平標山」参加
●糸の会 伊藤 幸司 様
●日頃は大変お世話に預かり厚く御礼申し上げます。
●突然で恐縮ですが、7月22日予てから一度登りたいと思っていた「7c 平標山」へ参加させて頂きたく宜しくお願い申し上げます。
●翌日の、カルチャー「谷川岳」につきましては、体調がよければ湯沢辺りで一泊し合流、もしも、膝等のトラブル発生の折は平標山から直接帰宅する予定でいます。


■2008.7.10――コーチから孤立無援の方にパソコン導入のすすめ
●最近、妻が新しいパソコンを購入しました。「i Mac」(アイ・マック)の一番安い機種(i Macの20インチ……税込139,800円)に「AppleCare」(アップル・ケア……22,000円)をつけました。
●妻は初代の i Mac で仕事をしてきましたが、私というメンテナンス係がいることもあって、メカには無頓着、おまけにアルファベット恐怖症があるので近づこうとしませんでした。この機会に、もうすこしきちんとマックの世界観を理解しておいてもらわないといけないと思って、電話による無償サポート90日間を3年間に延長する「AppleCare」を購入したのです。
●もうひとつ、我が家ではi Mac だけでも3台あったりしたのですが、驚くほど安い中古品が強制的に配置換えになったりして、使い手の有無をいわさないところがありました。
●そこで今回、まったくの初心者に近い状態から自立してもらうための教育的配慮(?)という意味も含めて3年間の電話サポートを選んだのです。
●そのようすを見ていると、電話のやりとりに時間がかかって、それが無駄ともいえそうですが、操作のイロハから堂々と指導してもらうということにおいて、対応も悪くないようです。
●新しい iMac は端で見ていても驚くほど表現豊かで、さすがにスティーブ・ジョブス(アップル社の創業者にして年間給与たった1ドルの出戻り最高経営責任者)が追放されていたときに NeXTコンピューターのために呼び集めた天才プログラマーたちの仕事と思わせるものです。私は現在マックのOS9(クラシック・システム)とOSX(オーエス・テン)を使っていますが、それはテンはテンでも10.4というクラシック環境に対応するもので、妻のOSXは10.5、おなじオーエス・テンでも大きな違いがあるのです。マックの古い環境とは決別して、むしろWindows(ウィンドウズ)パソコンにかぎりなく近いものになりました。その結果、Windows用のOS(オペレーティング・システム)を入れれば、Windowsパソコンとして使えます。
●ともかく、新しい i Mac にはマックユーザーにもちょっと新しく感じる世界があって、しかも周囲の人たちが使っているWindowsパソコンにも変身するというものなのです。
●電話のやりとりを聞いていると、知識はないのにやりたいことははっきりしているので無茶苦茶な質問を連発していますが、こちらに聞かれたら何時間もかかることを何十分かで決着できるので、さすがに専門家相手だと速いと感心します(電話料金は無料ですので、こちらは落ち着いて見ていられます)。
●見ていて、これならパソコン環境から孤立している人にも、スタートできると感じました。キーボードは1本指打法でももちろん大丈夫ですが、「ローマ字入力」で簡単な文章が書けるといいと思います。それからインターネット環境の基本になる光ファイバーか ADSL を準備しなければなりません。それについてはパソコンの販売店で相談すると、設置まで含めてかなりの割引になるかと思います。
●あとは、マックの世界を味わえるアプリケーションソフト(仕事の道具)として「i work」(ワープロなど)や「i photo」(写真やビデオの管理)(いずれも1万円弱)を入れることをおすすめします。電話相談はこちらにも対応するようです。あるいはマイクロソフト社の「Office 2008 for Mac」(21,800円)を入れると Windowsパソコンで一般に使われている「Word」や「Excel」を使うことができます。
●もちろんDVDプレーヤーとして使えるようにリモコン(おまけの iPodかと思いました)もついていますし、受信チューナーをつければテレビ番組も見られます。インターネットで映画を見るというようなことならすでに可能になっています。
●孤立無援でインターネット環境の導入に躊躇している方がいらっしゃったら「i Mac」はちょっとした夢の世界を実現してくれます。私は知りませんが、むしろWindowsパソコンのほうが導入ガイダンスにはすぐれたものがあるかもしれません。糸の会では小林美子さんが独力でインターネット環境を整えました。マックにこだわるところではありませんが、なかなかいいのです。買ってしまえばなんとかなる……ように思います。


■2008.7.8――市野 武さんからレポート「国土地理院の地図閲覧サービスについて」
 先日、藤本さんが紹介された国土地理院の地図閲覧サービスですが、このサービス、通称ウオッちず(このネーミングどうにかなりませんかね)は4月末に新システムに完全移行されました。
 以前は1/25000地形図の1枚ずつの表示でしたが、全国の地図がつながってマウスのドラッグで自由に移動でき、スクロールボタンで拡大、縮小ができるようになっています。
 ただし、文字通り閲覧に限定された機能しかありません。
 この地図を活用するには以下のサイトのほうが便利です。
電子国土地図    http://cyberjapan.jp/index3.html
 日本地図が表示されたら画面右の検索タブをクリックして検索窓を表示させます。2行目の地名のところに目的の地名、山名などを入力して検索ボタンをクリックすると候補がいくつか表示されます。
たとえば、「御前山」と入力して検索すると検索結果が20件ほど表示されます。上から4つ目の”御前山(東京都西多摩郡奥多摩町)”をクリックすると奥多摩の御前山山頂を中心とした地形図が表示されます。
 最初に1行目の都道府県のプルダウンメニューで東京都を選択しておけば候補は奥多摩の御前山のみに絞り込まれて表示されます。
 もうひとつ
地図センター電子国土地図    http://denshikokudo.jmc.or.jp/
 こちらは日本地図センターのサイトで、こちらの方が多少使い勝手が良いでしょう。施設・国家機関・観光施設などのデータが地図に重ね合わせて表示することができるようになっています。観光のタブをクリックして「主な山岳1003山」にチェックをいれると地図上に主な1003の山の位置情報を読み込みます。

 どちらも充分使えますが問題もあります。印刷を含めて全機能を使うには「プラグイン」をインストールする必要があります。しかもこのプラグインは Windows限定、Internet Explorer6.0以上にしか対応していません。更にこのプラグインは最新版でもバグがあり環境によってはインストールにつまずくことが多いと言う少々厄介なものです。プラグインのインストールに成功しても、「firefox2.0」「Opera9.27」「safari3.1」などの最新のブラウザでも全機能を使えません。Windowsのみの対応なので他のOSではこのプラグインは機能しません。 Linux版のFirefoxではダメでした。おそらくMac環境でもダメでしょう。プラグインが使えなくても基本的な機能については問題ありません。「InternetExplorer」だけ使っている方は印刷機能を含めた全機能を使えます。

 プラグインについてはこちらを参照ください。
http://portal.cyberjapan.jp/use/index.html
 私個人としては電子国土システムよりはるかに高機能で使いやすい怪物フリーソフト「カシミール3D」を強くお奨めしますが...。
 尚、この「電子国土webシステム」を使ったwebサイトがどんどん出来ていま
す。個人的にホームページやブログをお持ちの方は導入されてみてはどうでしょうか?
http://portal.cyberjapan.jp/joho.html
 登山関係では
http://www.sankouki.com/
http://www.yamareco.com/
などで導入されています。
 2番目のヤマレコに地図印刷サイト「地図プリ」があります。印刷だけならこれ
で充分なのでは?http://www.yamareco.com/map/
 今や、地図にお金を払う時代は終わろうとしているようです。都市部ならGoogle Map,地形図なら電子国土で大抵のことは出来てしまいます。
 以上、参考になれば。


■2008.7.7――豊田 理恵さんから「7d丸山」参加
●伊藤さま
●すっかりご無沙汰いたしております。お変わりございませんでしょうか?
●娘の結婚式・お披露目・里帰りといろいろな行事が続き、ご連絡が滞ってしまいました。
●先日は、お写真送っていただきありがとうございました。久し振りに山行のことなど思い出しております。
●4か月ぶりで、果たしてついていけるか?体力は?またまたご迷惑をかけるのではないか?など、いろいろと考えているうちに、どんどん時は過ぎ、直前になってしまいました。
●不安はいっぱいですが、7dの丸山に参加させていただきたいと思っています。
●どうぞ、よろしくお願いいたします。


■2008.7.6――藤本 喜弘さんからレポート「国土地理院の地形図閲覧サービスに関して」
●前に国木田さんからご紹介があり、藤本からも多少の追加アドバイスを加えておりました地図プリントソフト「HikingMap25」が廃版になりました。
●その理由は、先に藤本から連絡しました <国土地理院発行の「ウォッちず」( http://watchizu.gsi.go.jp/ )がシームレスにつながって、使い勝手が良くなった> というお話と関連がありまして、これによって地図がつながってしまい、従来の 1/ 25,000 の地図のダウンロードができなくなったのです。
●「HikingMap25」は、ダウンロードした隣り合ったいくつかの 1/ 25,000 の地図をつなぎあわせて、それをきれいに印刷するというソフトでしたから、その元データの入手ができなくなりました。
●今までご利用になっていた方々は、過去にダウンロードした地図が保存されていますので、その範囲での再利用は可能ですが、新らしい地図をダウンロードしようとすると、「URLオープンエラー」という表示が出て、先に進めません。
●今後の利用についてですが、「ウォッちず」を開いて目的地 または その周辺を表示させ、1/6,250 〜 1/25,000 の範囲でズーミングができますから、適当な縮尺でプリントして下さい。
●「ウォッちず」の画面からは直接印刷ができませんから、メニュー欄なども入って良ければ、「PrtSc」キーで画面を保存して「Paint」などにコピーし、そのままプリントしてください。地図部分だけを切り出したいときは、一旦、地図部分だけを切り出して、貼り付け直しをするなど適当に編集をすることになります。
●「HikingMap25」は、使い勝手の良いソフトでしたから、とても残念です。


■2008.7.6――岡 有子さんから「朝日カルチャーセンター千葉・公開講座・御岳山」に参加して
●伊藤コーチ 様
●昨日はありがとうございました。
●久しぶりの歩きでしたが、無事に一日を終えられて満足でした。
●今日になっても足が痛くなることもなく、筋力を使わなかったのか、それとも明日以降に来るのか楽しみでもあります。
●また 都合がつく時には参加したいと思いますので よろしくお願いします。


■2008.7.6――山咲 野乃香さんから、いろいろ
●伊藤コーチへ
●苗場山、残念ですが参加できません。
●やはり泊まりは何かとハードルが高くなる現状です。
●申し訳ありません。

●Y氏流やきそば、大成功でした。
●高校の頃キャンプの食事当番で、10人分以上の焼きそばを作った時、裏面のレシピ通りの水×人数分迷わず注ぎ込み、ヒドイものを皆に供し「そばじゃない、だんごー」と叫ばれたのを今でも覚えています。
●158円で買い冷蔵庫の隅で賞味期限切れになったマルちゃんの焼きソバ、Y氏流で、見事おいしく食べられました。
●Y氏の焼きそばマイブームは既に下火のようですが、単なるソース味に飽きた時は、具をもやしとにらだけのシンプルなものにして、オイスターソースで味付けすると少々目先がかわります。

●親愛なる林おねえさまへ。
●何を隠そう、私もまさとくんのファンです。日曜晩には、テレビの前で垂涎状態です。彼こそ本物の微笑みの貴公子よネッ!
●えっ?全然違うまさとくんだったらどうしよう・・・

●あ、本題忘れそう・
●7a △、これは7dが再再度中止の危険性を感じてのことです。
●8e×、義父の新盆。
●9es△、でよろしくお願い致します。


■2008.7.5――河田 恭子さんからレポート「6e那須岳」
 伊藤コーチ
 那須岳では前日の参加希望となりお手数をおかけしました。
 露の眞ただ中というのに天気にも恵まれ五葉つつじ、峰桜、おおかめのき、さらさどうだん等沢山の樹木花にも出会えました。
 ホテルサンバレー那須はバイキング、温泉、バリトンとソプラノの音楽の夕べと盛りだくさん。
 新宿からホテルまでのバスの往き帰りのおしゃべり、山の中から食事中、お風呂のなかまでなんと口の閉じてる間がなくヨウしゃべったな〜と我ながら呆れる次第でした。日頃のストレスを全部、吐き出し、スッキリ♪
 たまにはハイキングありリゾートありの山行きもお願いできたらとおもいます。
 今回(7e苗場山)も急きょの参加希望となってしまいました。
 母が体の調子を悪くして我が家にきて数か月になります。
 大分調子をあげては来ているので、今月末あたりには糸の会の参加予定を出せるとおもいます。
 御迷惑おかけしますが宜しくおねがいいたします。


■2008.7.4――波佐間 光代さんから「7e苗場山」欠席通知
伊藤さま
今日午後 階段を踏み外し捻挫で全治三週間となってしまい 苗場山△からΧに 7C平標山もお休みします。
苗場山参加のつもりでしたので残念です。
よろしくお願い致します。

【コーチから】
波佐間光代さま
●ウワァ〜残念ですね。
●でも捻挫でよかった。私の母は60歳のころ、階段を踏み外して大腿骨骨折、20年ほどで人工関節を入れ替えました。今回は反対側を疲労骨折状態。両足とも人工関節になりました。
●階段は徹底的に安全対策を施すべきです。人生を狂わす危険があります。
●なお、捻挫は甘く見ないで徹底的に治した方がいいと思います。
●お大事に。




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