!本日の釣果!
(10月)

ここには主の日記らしきものを置いています。
たまには随筆?のようなものも混じります。

 

 

10月31日(水)がっくり。

最近、少々食生活を改善しようと試みているのであるが、今日はバイオリンのレッスンがあるのでとりあえず急いでありあわせのものを食べた。
インスタントのうどんなんか食べてしまった・・・・・・・。がっくり。

ごはんをたべてバイオリン教室へ。レッスンまで時間が少々あったので、なにを思ったかパチンコへ。負けた・・・・・・・・・。がっくり。

時間になったので、バイオリン教室へ。なんと、本日レッスンがない日だった。手帳をみると、×印がついていた。しっかり今日はレッスンがあるつもりで行ったのに。がっくり。

仕方がないので、そのまま帰って宴会帰りのKと合流。ビデオをかりて、コンビニに寄る。パチンコに負けた、レッスンがなかったという不幸(間抜けなだけか・・・・・?)のはらいせにムースアイス(一説?によると、これは九州でしか一般的ではないらしい。給食で出ていたのに)や甘栗蒸しパンなどを買ってしまう。食生活改善はどこにいった・・・・・・・・・?がっくり。


10月28日(日)幕張

幕張で開催されている「東京モーター・ショー」に行ってきた。

昼頃から出かけていって、会場についたら1時過ぎ。それでも人が湧いてくる・・・・・・。どこからこんなに集まるのか。
初めて見に行ったが、日曜ということもありすごい人ごみ。歩くのだけで一苦労。車も、人垣で良く見えなかったり。

「ヘンなコンセプトカー」目当てで行ったわたしだったが、思ったよりどこも保守的?「これは!!」というような印象的な車はあんまりなかったような気がする。
そんな中で写真に撮ったのが「MIKI HOUSE号」(と勝手に命名)。これは三菱(だったと思うが、うろおぼえ)とMIKI HOUSEが組んで作ったもので、車体全体にくまさんのイラストが入っていた。くま好き(?)な方には垂涎の一品、かもしれない。

「ヘンなコンセプトカー」とともに、もう一つ目的としていたものが、「キャンギャルのおねいさん」。ああいう展示会というのは、たいていキャンギャルのおねいさんがついている。べつにヘンな趣味はないけれど、「あ、あのひとはきれいだな」とか、「あのひとは足が長いな」とか、女のわたしであってもけっこう見入ってしまうのである。
ところが、昨今の不況のせいかこちらも思ったほどたくさんいなかった。むかしのように「いかにも水着です」というような格好をしたひともいなかったし。どちらかというと露出を控える傾向にあるようで、スーツ姿のおねいさんを置いているブースもけっこう多し。マニアの方々には最近の傾向はちょっと厳しいのかなー、などと思いながら見てまわった。

さて。

モーターショーをひととおり堪能した後は、もうひとつのイベント?「カルフール幕張探検」である。

「カルフール」とは、フランス系のスーパーマーケットチェーン店である。日本では幕張に初めてできたという。
外資系スーパーは今まで行ったことがない。これはスーパー好きとしては押えておかねばならんでしょ。

モーターショーの幕張メッセと、駅をはさんだ反対側にカルフールはある。
中にはいると、1階は靴屋、薬局、ヨーロッパ家具の店などの専門店街。カルフールの本体?は2階にあるらしい、というわけでエスカレーターで2階へ。このエスカレーターにちょっと感激。階段状ではなく、ベルトコンベア状である。これだと、買い物カートや車椅子ごとエスカレーターにのれるというわけだ。

いよいよ2階、食料品売り場へ。入口を入ると、なぜか本屋・・・・・・。なぜに・・・・・・?と思いつつ進むと、こんどはゲーム機、電化製品、調理器具、DIY用品、ペット用品などなどが区切りなく置かれている。おそろしく広い通路に、おそろしく背の高い商品棚。さすがヨーロッパサイズ?
「ほへー、ほへー」ときょろきょろしながら歩いていくと、いつのまにか食料品エリア。期待通りに輸入食品、輸入菓子もたくさん。近所に引っ越して毎日買い物したい、と一瞬本気で思ったりして。お値段もかなり買い物しやすい値段だし。

この巨大スーパー、どうやらレジは電化製品も本も衣料品もみんないっしょのようだ。パソコンととうふが一緒のレジかい・・・・・・・。

というかんじで、「幕張」を堪能した一日。


10月25日(木)お見合い結婚から

といっても、人間のお見合いではなくて。

「中小企業の『お見合い結婚』」の実例を取材した特集をみた。
これは中小企業の後継者難という問題を、片方が片方を買収するというかたちで解決することからはじまったという。
買収をされたい企業と、買収をしたい企業がそれぞれ仲介組織に登録して理想の相手をみつけるという、まさに人間の結婚相談所のような仕組みになっている。今回はその成功例が紹介されていて、買収・合併によって後継者問題が解決した、新しい事業展開ができた、などというプラスがあったという。

これをみていて、ふと自分のことを考えた。
うちの実家も、いわゆる「中小企業」である。社員は10人にも満たないほんとうに小さな会社ではあるが、わたしがここまで育ったから、まあまあうまくいっていたといえる。
うちには、後継者がいない。子供はわたし1人だからだ。そしてそのわたしは今では全く(とも言い切れないか?)関係無い仕事をしている。
学生の頃、「うちを継ぐ気があるか、ないか」となんとなく聞かれたことがあったが、そのときも「ない」とはっきりと言った。
親としてはやはり自分が育てた会社を継いでもらいたいという思いがあるとは言っていたが、だからといって無理強いするようなことはなかった。

なにごともなければ当分の間は両親が隠居することはないだろうが、後継者問題については最初の頃から勤めてくれているうちの社員さんに渡す方向でいるという。


10月25日(木)ラマダン

最近なにかと話題のイスラム教である。

朝のテレビ番組で、「ラマダンとは?」という特集をみた。
「ラマダンの間はアフガンへの空爆を中止すべき」などという意見が聞かれるが、実は「いつからラマダンに入る」というのははっきりしないのだという。わかっているのは、「11月の中旬」ということらしい。

ラマダンの開始時期はどうやって決まるのか?
イスラム歴9月(だったと思う。これが11月ごろにあたるのだとか)の新月後、はじめて「肉眼で」月の姿が確認できたときがラマダンの開始時期だという。
重要なのは、この「肉眼で」というところである。つまり、新月後、さいしょに月が姿を現すはずの日でもその日が曇っていて月が見えなければ、ラマダンの開始日とはならないのだという。というわけで、となりの国同志でも天気の都合などでラマダンの開始日が違ってきたりする。

「なぜこの現代で『肉眼で確認』にこだわるのか?」と、在日のムスリムにインタビューしていたが、それに対して彼らは「イスラムは自然の流れに従うから」と答えていた。
これを聞いて、なんだかわたしたち日本の感覚と近いような、「自然に従う」という気持ちがわかるような気がした。
古くさい習慣だと思うひともいるのかもしれないが、わたしはちょっと素敵な習慣だな、と思った。


10月23日(火)思い出したことなど

親を自殺で亡くした子供たち(自死遺児)を取材した番組をみた。
彼らは、同じ親を亡くすのでも事故や病気で亡くした子供たちとはまた違った悩みや苦しみを抱えているという。
事実、親を亡くした子供たちが参加するサークル活動でも、親の自殺のことを打ち明けられなかったという自死遺児もいた。

小学校・中学校のころの同級生に、I君という子がいた。
たしか小学生のころだったが、警察官だった彼のお父さんが自殺した。
まだ小さかったから記憶はあいまいだが、「自殺だったらしい」というはなしを聞いたのは覚えている。

その後、まだ小学生だったか中学生に上がってからだったかよく覚えていないが、なにかのときに(「いままででいちばん悲しかったこと」かなにかだったかもしれない)I君がみんなの前に立って話す機会があった。このとき、どういう流れだったか彼のお父さんが亡くなったときの話になった。いつもはわりと明るい子だったが、このときは本当に辛そうに泣いていたなという覚えがある。

彼に対して、わたしたちはどう接していたのか?
彼が明るくしていたせいか、わたしたちはやっぱりいつもどおりに普通に接していたとおもう。
「自殺」というものの重大性を感じるには、わたしたちはまだ幼かった。

今日の番組をみて、彼もあのような痛みを抱えていたのだろうか?とふと思いだした。


10月21日(日)ハマトリ

「横浜トリエンナーレ」=ハマトリ(と公式HPで言っていた)に行ってきた。
「トリエンナーレ」とは、「3年ごとに継続して開催される大規模な国際美術展」で、「現代美術の祭典」だそうな。(パンフレットより)

とりあえず、メイン会場の一つ、「パシフィコ横浜」へ。横浜駅から会場までのバスに乗っている間にうわさの「巨大バッタ」が見える。

で、でかい・・・・・・・・。

これはパシフィコ横浜に隣接するヨコハマグランド・インターコンチネンタルホテル(半月型の建物)のいっぱいに巨大バッタがはりついているという
けったいなシロモノである。とりあえず、写真にとってみる。バッタはホテルの壁面に腹ばいになった状態でくっついている。「ホテルのエレベーターの中から見たら、腹がみえるのではないか?」と、ささやかな期待をしつつ、エレベーターに乗るためだけにホテルに入ってみた。予想通り、腹は見えた。見えたが、しましまではなかった・・・・・・・・・。

そのコンチネンタルホテルの足元には赤のカバーがかかった車2台と、黄色のカバーがかかった車が3台・・・・・・。どうやらこれも作品らしかった。

で、パシフィコ横浜展示ホールへ。
バッタくらいでびっくりしている場合ではなかった。
もう、正直なとこ「わけがわからん」。ここに出品している人々はどうやって生活しているのだろう?と思ってしまった。
タイトルと作品と、「どうやったらこういう表現になるのだろう・・・・・・?」というものがほとんど。

というなかでも印象に残ったものがなかったわけではない。
最も印象的というか、キモチワルイというか、生っぽいというか、「体温」という作品があった。日本人の作家によるものだったが、説明には「毎日アトリエから体温を送りつづけます」とある。どういう意味かと思っていたら、なにやら機械につながった銅製の筒?みたいなものがちょうどわたしの胸の高さくらいの台に設置してある。この筒に触れると、その作家の体温(と作家自身が言っているのでそうなのだろう)を感じられるのである。
触ってみたが、たしかに人間の体温のような生温かさがある。触った感触も、どことなくしっとりとしていて人肌っぽい・・・・・・・。

「トリエンナーレ」はパシフィコ横浜だけではなく、赤レンガ1号倉庫などでも開催されている。
結局、パシフィコ横浜だけで現代美術腹いっぱいになってしまい、赤レンガ倉庫までは行かず終いだった。
1ヶ所しかみていない現時点での全体的な感想は、

@映像モノが多い(映像を使った作品がけっこう多かったような気がする。見せ方や映像のモチーフなどは様々だったが)
A説明が欲しい(作品ひとつひとつにはキャプションがついていない。よくみたらパンフレットには作品名も載っていない。事前に見た公式HPの掲示板で指摘があったとおり、わたしももうすこし説明が欲しいと思った)

今回1ヶ所しかみられなかったが、チケットを一枚買うと期間中は2日間入場ができるようになっている。(連続しない2日間でも可)
あと1回分残っているので、期間中にまた行ける機会があれば、こんどは心構え?をして見に行こうと思う。


10月20日(土)機械離れ。

最近更新が滞りがちである。
なんとなく、やる気がおきない。パソコン起こすのもめんどうだったりする。
トップの画像加工をしようとおもいつつ、なかなか思うようにすすまなくてめんどくさくなる。

というわけで、気長にお付き合いおねがいいたしまする。


10月17日(水)変遷

小学1年生(2年生だったかも):「歌手」
小学生末期〜高校2年生ごろ:「調理師」(とくに製菓)
高校3年生:「歴史学者」(「歴史教員」ではなかった)
大学3年以降:「歴史学者」あるいは「図書館司書」

そして現在、上記のどれともちがう仕事をしている。
よくまわりに「なんでここに就職したの?」と意外そうに言われるが、そりゃこっちが聞きたい。
当初の目標とだいぶ違うルートに足をつっこんでいる。
これも「目的のための手段」だと思って選んだルートなのだが、ここから抜けられなくなりそうな気がして少々危機感を感じている今日この頃。


10月15日(月)そのとき

今回の「戦争」ではやっぱり当初の宣言どおりに自衛隊の派遣をすることになるのだろうか?

今回は派遣の是非は置いとく。

今回のような事件が起こると、改めて「心づもり」をいつもしておかねばならないな、と思う。
いま自分のまわりにいるひとびとは、今回のような「戦争」や、災害など、ひとが出て行かない(行けない)ときに出て行くのが仕事の人間だ。
普段はそんなことは忘れてしまっているけれども、やはり常に頭の片隅にこういう状況にぶちあたったときのことを考えておかねばならないと思う。
ある種の「覚悟」みたいなものを、持っていなければならないなと思う。

自分についても、自分以外の大事な人々についても。

それはこういう場所にいること、こういう場所とかかわったことの宿命みたいなものじゃないかと、あの事件から先、ずっと考えている。


10月13日(土)増量

なんか、魚ネタばっかり。

今日、てとらんのうちに新しい店子と植物が入った。
魚はやっぱりネオンテトラである。ハンズで買ってきたのだが、なぜかでかい。てとらんと比べて、一回りくらい大きい・・・・・・・。
いささか不安に思いながらも、同じネオンテトラだというのだから大丈夫だろうと思って5匹購入。
あわせて小さい植木鉢に植わった水草も買ってきた。(うちは水槽に砂じゃなくてガラスのビーズを入れているため、植木鉢にした)

うちに帰って、新しい子たちを入れてみる。やはり、てとらんより大きい。ハンズの栄養がよかったのか?
てとらんとそれ以外、すぐに見分けがつく。まあ、先にいたのと後から来たのと、見分けがついて良いが。

いまのところ、仲良くやっているようである。


10月11日(木)おひっこし実施

てとらんが引っ越した。
3日前から水槽をセットしといたのだが、「魚はセットしてから2・3日後に入れてください」と説明にあったので、今日の引っ越しとなった。

移してみるとなんだか少々広すぎるようである。きょろきょろしている(ように見える)
水槽に映る自分の姿を見つめたりしている(ように見える)

やっぱり1匹だと少々寂しいようである。追々増やしていこう。


10月10日(水)声

テレビのドキュメンタリー番組で、難病の男性とその家族を取材したものを見た。

男性はALSという難病である。発病すると次第に体の自由を失い、ついには呼吸も自分ですることができなくなるという。この病気の治療法は、
まだない。
男性が発病したのはもう10年以上前のことである。やはり体が動かなくなり、呼吸器をつけていた。
のどを切開して呼吸器をつけているので、声を出すことは出来ない。それでも、指が動くあいだはワープロで、指が動かなくなっても、まぶたの筋肉
でディスプレイの文字を追うことでワープロを打って、自分の意志を伝えていた。
しかし、数年前にとうとうワープロを使うことができなくなった。それ以来、男性が他人に意思を伝えることはできなくなった。

ただ横たわっているだけの生活になったのである。

家族は男性の意思がまったくわからない、男性は自分の意志を伝えることができない。

考えてみると、なんと残酷なことだろうかと思う。
例えばわたし自身は今現在、こうして文字にすることで意思を伝えることができる。文字がかけなくても、表情や態度である程度の意思を伝えられる。しかし、男性には表情をつくることもできない、体を動かしてなにかを表現することもできない。

意思が伝えられなくなって2年後、男性は再び意思を伝える道具を手に入れた。それは脳波を使った機械であった。
男性は、問われたことに対して「Yes」のときに、脳波でその機械の音を鳴らす。
これによって「Yes/No」の返事ができるようになったし、奥さんが順番に読み上げる50音を選択していくことで、短い文章を作れるようになった。

「(意思が伝えられない間は)呼吸器の電源を止めてほしいと思っていた」と、男性は言った。
それが今は「生きていたい」と思うようになった。「声は奇跡をおこす」と言った。

意思の疎通ができるというのは、当たり前すぎて普段は気にもとめないけれども、これほどまでに生きていくのに必要不可欠なものなのだと思った。


10月9日(火)好きなアメリカ

テロ事件直後のアメリカでのボランティア活動についての連載より(朝日新聞)

事件の直後から、各地のボランティアチーム(個人もいる)がニューヨークで活動をしているという。
例えば、救助チームへの食事の手配や、空港で足止めされている人々の輸送を請け負うだとか、そういうこと。
個人でも、ボランティアサークルでも、企業でも、「自分達にはいまこれができる」というなにかを見つけて、行動に移している。

そんなアメリカは好きだ。
「助け合う」が自然にできる、そうすることが当たり前のようにできる人々は尊敬する。


10月8日(月)日の目を見ずに

目が覚めたら11時。

今日は一日太陽を見ずに過ごしてしまった。部屋の中でにょろっとしていたのである。
そんな一日、なにをしていたのか・・・・・・?

・昼ごはん(マフィン、ランチョンミート、チーズ、目玉焼き、紅茶)
・冷凍庫の霜とり(かなり凍り付いていたので。霜取り後はスペース3割増)
・水槽のセッティング(まだ魚は移していない)
・水槽置き場確保のためにおかたづけ
・ゲーム
・新聞読み
・晩ごはん(揚げぎょうざ、焼きしゃけ)
・お菓子作り(スイートポテト。少し前に買ったさつまいもがあまりおいしくなかったため)
・スクラップブック作成(料理関係の記事を整理しようかと)
・あすの弁当下ごしらえ(あげとしいたけの炊き込み御飯。現時点でまだしいたけが水に浸かっている)

世の中なんだか大変そうなのに、こんなににょほほんとしていていいのだろうか・・・・・・?と思いつつも、10月8日は終わろうとしている。


10月7日(日)おひっこし

近日おひっこし決行。新築で、暖房・空気清浄機つき。

べつにこのサイトが引っ越すとか、わたし自身が引っ越すとか、そういうはなしではなく。

引っ越すのは我が家の唯一の店子、ネオンテトラのてとらんである。
近づきつつある冬に向けて、とうとうヒーターが入る水槽にうつすことにした。今まではゲーセンでとったとき(てとらんはなんとゲーセンのUFOキャッチャーの出身である)のプラスチックびんのなかという劣悪な環境にいたのだが、これからの寒い季節、熱帯魚にはやはり辛かろうということで、新しい住居を探してやったのだ。

で、ペットショップで「ベタ(という熱帯魚がいるの)の飼育セット」という水槽とろ過器、カルキ抜きなどがセットになったものと、ヒーター、温度計など
を購入。(ちなみに、買ってくれたのはKである。てとらんはKに「囲われている」。生活費は出しても、Kの本宅には連れて行ってもらえないからである)

無事引っ越しできると良いけれど。とりあえず、いまはてとらんだけだが、うまくいきそうならもうすこし店子を増やしてみようかと思っている。


10月6日(土)Live

職場のひとが出るというライブに行った。
実はあんまり乗り気ではなかったのだ。今まで行ったライブは、正直なところあんまり楽しいと思えなかったから。
しかしおとといあたりから「土曜日はよろしくね」と言われてたので、行かないわけにはいかなくなった。ライブ会場が近所だったし。

6時開演で、会場に到着したのが5時半すぎ。人数はまだ10人いないくらい・・・・・。大丈夫か?と少々心配になる。
開演間近にはだいぶ人も増えて安心した。
今回出演するバンドは3つ。知り合いが出るのはそのうちの1組目のバンドだった。一体どのくらいのバンドなのかというのは、ぜんぜん知らなかった。今回が初ライブなので、職場のほかのひとも実際に演奏を聞いたことはなかった。
はじまってみたら、これがなかなか。実は行く前はあんまり期待はしていなかったのだけど・・・・・・。けっこうレベルの高い演奏を聞かせてくれた。

もしも次回があるんだったら、また行ってみてもいいなとちょっと思った。


10月4日(木)アップルシナモンケーキ

久しぶりにケーキなんぞ焼いてみた。
12cmくらいのリング型で作ったのだが、焼いているうちに真ん中の柱(リングの穴になる部分)がふくらんだ生地で埋まっていた・・・・・・・。
型からはずして上から見たら一応リングのような形になっていたが、なんだか座りが悪い。

美味しいかどうかは、明日切ってみるまでわからない。


10月3日(水)インタビューより

「アフガン人はみんな平和を望んでいる」

タリバン政権に嫌気がさして国を出てきた難民の青年が言っていた。
それはきっと真実だろう。大人も子供も、タリバンの兵隊も、北部同盟の政治家もきっとそう思っているはずだ(と信じたい)
だれもがより良い明日を望んでいるはずだ。

ただ、いろいろな立場の人間がいて、その方法論が違う。


10月1日(月)わが町

わたしは去年の5月に今住んでいる場所に移り住んだ。
最近ふと考えた。実はわたしはこの町をけっこう気に入っているのかもしれない。

交通の便がいい。何処に行くのにも、そんなに乗り換えをしたりしなくていいし、時間もかからない。かなり便利だ。

わたし的に「いいかんじのお店」が多い。例えば、スナックみたいなお店だったり焼き鳥屋さんだったり。
一応若い娘のはずなのだが、わたしはお父さんのオアシス的な赤提灯が好きである。いなかではあんまりなかったが、ここではそういうのが
たくさんあって、しかも全部徒歩圏内である。これはうれしい。

意外と「文学地帯」(なんじゃそりゃ)である。文豪ゆかりの場所が、わりと近くに点在している。これはまだ制覇していないが、近いうちに「文学散歩」してやろうと思っている。

町の空気というか、雰囲気が好きだ。大きなスーパーがないのはちょっと不便かと思うが、イマドキないような商店街が妙に繁栄していたりする。
道は狭くて家なんか本当にひしめき合うように、寄りかかるように建っているが、その分下町の人間関係みたいなものが残っているような気がする。
最近、ねこ遊び(9月の釣果参照)をするようになったが、ある家の前でねこと遊んでいると、よくそのうちのおばちゃんと出会う。おばちゃんたちは「このこはよく遊んでくれるよ」などと声をかけてくれる。自分のうちの飼い猫をだっこして見せてくれたおばちゃんもいる。
そうしておばちゃんやおっちゃんと話していると、なんとなくここの住人になったのかな、という気がする。


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