過去の雑記帳
2003年9月
2003年9月26日 金曜日 19:36   NY印象記(その1)
初めての場所へ来た時に受ける印象というものは、時には全然的外れだったりもしますが、結構「当たっている」ということもあります。そして何よりも、長く住んで慣れてしまうと、そういう印象をすっかり忘れてしまう。というわけで、慣れて何も感じなくなる前に、マンハッタンの印象を書き留めておきましょう。ただし、もう1週間以上いるものの、これまで歩いたのは南北のStreetが42−49まで、東西はブロードウェイからPark Aveまでという非常に狭い区域です。

1)角張った街
ニューヨークの街路が碁盤目ということに加え、ぎっしり立っているビル、そして窓など、すべてが四角い。「角張っている」さらには「鋭角」というのが、この街の印象です。ここまで四角が多いと、私はどうしても丸いものを見たいと思ってしまいます。ただ、丸ければ目立つのではないかと思うものの、必ずしもそうでもない。駅から会社までの道に、ちょっとファサードが局面になっているビルがあるのですが、このビルは高さ大きさとも「並」であるために、曲線という自己主張に力が足りず、明らかに街並みから浮いてる感じ。他の四角いビルの方が格好いい。思い切って周囲にある程度の空間を持たせて、東京のニューオータニ・タワーのような「曲線」ビルを思い切った高さで建てると面白いのではないかと思うのですが、これがNYに合うのかどうか…。

2)歩行速度
ありきたりの印象ですが、歩行者の歩行速度が速い。赤信号で交差点を渡るタイミングがまだつかめず、明らかに「お上りさん」とわかる歩き方しかできません。世界の街で、平均歩行速度が一番速いのは大阪という話を聞いたことがありますが、少なくともNYと東京では、通勤ラッシュ時を除けばNYの方が速いのではないでしょうか。しかも、別に忙しそうでないような人までが急いでいる。

3)狭い
「マンハッタン地区って山手線内側くらいかな」と思っていたのですが、多分実際にはもっと狭いんでしょう。これだけの人口密度、オフィス集積度の都会を私は経験したことがありません。びっしり高層ビルを建てて上へスペースを拡大しているわけですが、地下もすごい。私が使っているGrand Central Terminalの地下駅はいったい何番線までホームがあるのか分からないほどです。ただ、この「狭い」は私にはちょっと息苦しいです。電車で郊外に帰るとほっとしますね。

4)多人種
これも月並みですが、この街に住んだり働いている人は掛け値なしに「世界中」から集まっているという印象です。今週は国連総会がありましたが、なるほどそれにふさわしい街ではないでしょうか。この街のビルに飛行機で突っ込むなどというのは、やはりよほどのバカ者ですね。

2003年9月23日 火曜日 18:45(きょうから米東部時間表示) 家探し
ニューヨークの北40キロくらいの郊外の街のホテルに投宿して、家探しをしながら会社にも出勤という生活です。この1週間ほど、小泉再選、組閣からG7、円高など世の中は随分動いたようですが、十分にキャッチアップできていません。日本の政局が終われば円高かなと思っていましたが、総選挙が始まらないうちの円高にはちょっと驚き。ま、徐々に世の中にもついていかなくては。

ところで、いま住居を探しているNY州のWestchester郡なんですが、土曜日に不動産屋さんの車であちこち回りましたが、農耕の跡が全くない地域ですね。緑が多く、ほとんど森の中に住宅が点在するという素晴らしい環境ですが、普通はこれくらい人がいれば、農地が少しくらいあってもいいと思います。しかし、ゴルフ場や池はあっても、農地は全くありません。農地を開発して住宅地にしたという痕跡もない。有史以来、耕されたことのない土地なんでしょう。日本でも、ヨーロッパでも、よほど寒い北欧のような場所ならともかく、温暖な気候なのに広い地域全体がこういう土地になっているところはあまりないんじゃないでしょうか。恐らく、狩猟民族のインディアンから白人が土地を買い上げ(たか、あるいは取り上げ)て、その後も農業には使わなかったのでしょう。これが、とりあえずのアメリカの印象です。

2003年9月14日 日曜日 22:03   しばらくお休み

いよいよ住所不定の難民生活となってしまいました。かろうじてノートパソコンは持っていますが、ネット接続が容易ではありません。とりあえずAOL会員になってダイヤルアップ接続していますが、パソコンを使う時間もほとんどありません。このサイトはしばらく更新はできないと思います。次回はニューヨークからということになりそうです。

2003年9月11日 木曜日 1:06   Simon&Garfunkel
逝く人、退く人もあれば、復活する人もある。きょうのこのニュースはなつかしかった。

往年のデュオが全米ツアー サイモン&ガーファンクル
 【ロサンゼルス9日共同】「サウンド・オブ・サイレンス」などの名曲で知られる1960年代の米人気デュエット、サイモン&ガーファンクルが再結成し、来月18日から20年ぶりの全米ツアーに乗り出すことになった。
 メンバーのポール・サイモンとアート・ガーファンクルは9日、ニューヨークでそろって会見。今年2月のグラミー賞授賞式で演奏したのが再結成につながったとし「過去の事は許し合い、前進する時だ」(サイモン)と語った。

中学生の時、お小遣いを貯めてLPを買い集めましたよ。私はP.サイモンの詞で最初に英語を学んだと言っても過言ではありません。I'd rather be a sparrow than a snail. Yes, I would, if I could....なんて、私にとって初めての「仮定法」でした。今でもそらでいくらでもフレーズが出てきます。最近も、ニューヨークでの家探しを控えて周辺地図を見ていたのですが、New Jersey Turnpikeなんて発見して、「あれか」と思ってしまいました。この道路名が出てくる歌がピンと来る人は相当な「通」ですね(Let us be lovers we'll marry our fortunes together..で始まる歌です)。
私にとって「アメリカ」のイメージは未だにこの人たちの歌です。あれから30年経って、なぜだかアメリカに行くはめになりましたが、そこへ「復活」とは奇縁を感じます。

2003年9月10日 水曜日 2:01   Leni Riefenstahl、野中広務
本日はレニ・リーフェンシュタール(101)の死去の報。ついでに野中広務の(77)の政界引退も。

レニ・リーフェンシュタール:地元ドイツではついに純粋な芸術家としての評価は得られなかったのではないかと思います。いつもどこか腫れ物にさわるような扱い。ZDFのニュースもWebサイトに出ている分は非常に短い。むしろ日本で、この人の作品は政治的な絡みとは別に評価されているようです。7、8年前にローマに行ったときに大々的に「リーフェンシュタール展」が開催されていて驚きましたが、イタリアでもそうなのかもしれません。いずれにせよ、作品にも人物にも抗いがたい魅力がある。同時代人、同じベルリン生まれながら、政治的には対照的なキャリアを進んだマレーネ・ディートリヒと、似たような「気品」を感じます。これで「戦前の人」は世界的にほぼ消滅。

野中広務:引退の動機にやや生臭さが残るものの、立派な決断ではないかと思います。28年の「共産政権」下にあった京都府庁を完全掌握し、ついでに京都自民党を宏池会から田中派に変えてしまった辣腕ぶりは耳にしていたのですが、まさか90年代に永田町を仕切る人になるとは思いませんでした。この方への評価はいろいろあるでしょうし、失敗もあったことは確か。でもこの方も、政治家としては抗いがたい魅力がありました。著作にあるように、園部へ帰って福祉の仕事に余生を捧げるのなら、本当に立派なことだと思います。


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