過去の雑記帳
2009年10月
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2009年10月30日 金曜日   団塊世代内閣

文藝春秋11月号の坪内祐三氏のコラム「人声天語」で、鳩山内閣が「ようやく実現した団塊世代内閣」というのがありました。坪内さんという方は1958年生まれだそうで、ワタシと同世代ですが、新内閣ができた時、ワタシもやっぱり同じことを感じておりました。ちなみにこのコラムでは、長年ワタシが不思議に思っていた、「ワタシの世代にはなぜスポーツ界のヒーローがいないのか」にも面白い仮説が提示されていて、ワタシらの世代の野球選手が高校を卒業したころ、団塊世代が30歳前後の脂の乗り切った時期で、活躍の余地がなかったと指摘しています。

なるほど、野球だけでなく、きっと他のスポーツ界でも同じようなものだったんでしょう。「団塊の壁」に阻まれたわけですな、ワタシらの世代のスポーツ少年たちは。

それにしても、ワタシの世代は、なぜか団塊の世代に「何かひっかかるもの」を感じてしまうようです。この坪内さんは、今は団塊世代内閣に期待しているようですが、かつては「シニカルだった」と言っています。ま、ワタシらは、団塊と団塊ジュニアに挟まれて、出生数グラフで見るとちょうど谷間になるので、いろいろ圧迫感があるのかもしれません。

つらつら考えるに、ワタシらがひっかかるものを感じるのは、もしかすると団塊世代と成人するまで直接の接点がなかったからじゃないかなあと思いつきました。団塊世代というのはワタシらよりだいたい10年強年上の世代ということになりますが、この年齢差というのは親の世代とも全然違うし、兄弟姉妹にもこの世代は普通はいません。ワタシらの時代、日本の家庭はほぼ核家族となっていて、兄弟姉妹も2人か3人。となると、10数歳年上というのは、子供のころ遊んだこともないし、家にもいない世代ということになります。

ワタシは学生時代に、ドイツへ留学した時に、この世代の日本人の留学生の方にずいぶんお世話になりましたが、やはり何か「違う」と感じたこともありますな。ま、普通は社会へ出て、初めて接することになるわけで、そうなると常に上下関係の中で団塊世代と接することになります。だいたい、後ろや下から見ている人間の方が、前や上のアラが全部見えてしまうものです。ワタシらの世代は団塊世代と成人するまで接触がなく、その後は社会人としてアラばかり見てしまうことが宿命となっているんですな。


2009年10月21日 水曜日   郵政巻き戻し騒動

1945年5月初めにナチス・ドイツが連合国に降伏すると、ドイツの国土はだいたい、その時点で軍事占領していた国の支配を受けます。アメリカとソ連に分かれたわけです。ところが7月のポツダム会議で、ソ連が占領していた首都ベルリンの半分をアメリカに譲ることになったため(のちの西ベルリン)、この見返りにアメリカ軍の占領していた地区の一部がソ連占領地域に組み込まれました。

いまの旧東独のザクセンアンハルト州の一部なんですが、この地区は戦後ドイツ分断の歴史の中でも、悲惨さが際立ちます。なにしろ3カ月ほどアメリカ軍の占領下にあったため、戦後直ちに民主化、再建復興が始まりました。アメリカ流民主主義(さらには豊富な援助物資)が入ったので、住民からも占領政策に協力する人が選ばれたりした。そして3カ月後、今度は西ベルリンとの交換で一転スターリン支配下に入るわけです。アメリカに協力した住民などは赤軍にうとまれ、ナチスから解放したばかりの強制収容所に早速入れられたり、遙かシベリアまで送られたりと、辛酸をなめることになります。そんな話をドイツで読んだことがあります。

えー、何でこんなこと書くかというと、別にベルリンの壁崩壊20年とは関係なくて、昨日からの「郵政改革巻き戻し」の展開を見ていて、頭に浮かんだのがこれだったから。郵政各社にお勤めの方、さあ民営化だと発破をかけられた方、かけた方。本当にご苦労様です。いえ、本当の苦しみはこれからでしょう。人生のすべてを職場に賭けるなんてことのないよう願っています。

ワタシとしては、この民営化と巻き戻しがすべて2回とも、総選挙という日本国憲法に基づく民主主義の神聖なる権力の行使から発生したことが心苦しい限りです。国民の気まぐれで、こうなってしまったのではないか。せめて「郵政職員(社員)SOS電話」くらいは作ってあげなくてはいけません。


2009年10月16日 金曜日   新型インフルエンザ、アメリカ為替報告

先週は長男(小5)が新型インフルエンザに感染、「こりゃ一家全滅か」と緊張が走りました。彼には数日の独房生活を強いることになりましたが、そのおかげか、無事に家庭内感染ゼロで終わりました。「ウィルスを受けても絶対に他人にパスしない」というのがネット市民(最近使われないな、この言葉)のエチケットですが、リアル社会の豚インフルでも実行できて、ほっとしました。

お医者さんや薬局の話では、家庭内で全然感染しないことも多いそうです。感染力が強い上に、症状はたいしたことがないということで、世間にはやや「あきらめ、見送り」ムードもありますが、やはり感染を止めることはできるということですな。ま、やはり学校が、ウイルス伝染のハブになっているようですわ。長男の学校は、先週は完全学校閉鎖となってしまい、家で寝ている間は学校も全部お休みでした。文部省等のお達しでは、学級閉鎖などの判断は各学校に任されているそうですが、どうも早い時期に思い切った休校措置に踏み切ったところは、感染が小規模で終わっているようです。危機管理の要諦ですな。

さて本日のニュースでは、アメリカ財務省が出したこの文書が面白かった。年2回の為替報告に添付されたわずか2ページの「おまけ」ですが、確か以前、政府系ファンド(SWF)について初めて世の注目を集めさせたのも、この為替報告の「おまけ」だったと思います。

短いので読んでいただくのが一番ですが、意訳するとだいたいこんな感じ。
 「ドルの基軸通貨としての地位が危ない、なーんてことはニクソンショック以来、何度も言われてきたのよ。マルクと円の3極通貨の時代になるとかでエキサイトしていた人もおったでしょ。でも、ドルの地位は多少の浮き沈みはあっても不動でしたし、これからも不動。ま、でもね、人民元とか、いまだに交換性がないんだけど、経済は伸びているし、政策マネジメントもうまいと認めないわけにもいきません。将来はね、あくまで将来は、準備通貨が多様化することは当然のことなんでしょうね」

9月末のゼーリック演説(公式日本語訳あり)への回答という感じでしょうか。当局がこういう文書を出すこと自体が、「ドルの危機」なんでしょうけど、為替報告の「おまけ」は本当に面白い。


2009年10月9日 金曜日   誉め殺し?

ノーベル平和賞にオバマ大統領。これにはぶっ飛んでしまった。過去、現職のアメリカ大統領がノーベル平和賞をもらったのはTh.ルーズベルトとW.ウィルソンの2人だけだそうですが、いずれも受賞は2期目だそうな。まだ就任して1年もたってないオバマ大統領にあげてしまうとは。最近のアメリカ世論・議会の雲行きが、ちょっと怪しいので、思い切り後ろから押してあげようね、と言うことなのか。でもオバマさん、業績出すのはまだまだ、これからですよ。「ご苦労さん、もういい」ってなことにもなりかねない。これだけすごい「誉め殺し」はワタシも見聞したことがないですわ。

ノーベル賞決めているヨーロッパ人も、政治音痴じゃないでしょうに。ワタシは世間ほどには、オバマには熱狂しないんですが、それでも「ノーベル平和賞をもらうくらい頑張ってほしい」とは思っております(した)。大統領に選ばれたこと自体がノーベル平和賞に値するのか? でもこれじゃ、この先、応援のしようがないじゃないの。アホたれ! ノルウェー・ノーベル賞委員会。