My Essay
                                                                                          

こんなステキなサウンドをもっと多くの人に・・・
  「CDを作りたい」と思うきっかけとなったのは、とても身近で小さな事からです。
・・・私自身、生活の中で、とても疲れ心が乾いている時期がありました。でも、それらは
心の中から溢れでたオリジナル曲を作る事によって、徐々に癒されました。

 私のオリジナル曲を、ブルーグラス・ミュージックに興味を示さなかった娘が、
日本語だからすぐに覚えたのか、よく口ずさむ様になり、それが引き金で、娘も
ブルーグラスを聞く様になりました。その事は思ってもみなかった事で、
私にとって、とても大きな発見と喜びになりました。

   小学生の頃からアメリカン・ミュージックが好きで、13歳からバンジョーを弾き始めた
私にとって、ブルーグラス・ミュージックを含むアメリカン・ミュージックには悲しい時、
嬉しい時と長年に渡り人生のパートナーとしていつも助けてもらいました。そんな私自身、人生の
半ばを過ぎた頃になって、「こんなステキなサウンド、音楽をもっと多くの人達に聞いてもらいたい、
そして愛してもらいたい」、と願うようになり、その引き金になれるようなサウンドを「私なりの感性で
作ってみたい!」、と日増しに強く思う様になりました。
 今までは日本語よりも英語で歌う方が断然多く、「ブルーグラス楽器を使っても日本語で歌うと
それは、ブルーグラスとは言えないかも・・・?それはフォーク?しかし私のハートにはブルーグラス・
サウンドがいっぱい!そしてフォークも大好き!・・・」私は随分と迷いました。そして、何度も何度も
自分のハートに問いただした末、娘が道しるべとなってCD製作を決意しました。
スウィート・グラス・コンサート
 1997年に、『Izumi, Sweet Grass』コンサートを宮崎勝之、五十川清、他、の皆さんと共に
スタートしサウンド作りが始まりました。
 ミュージシャン方達からは「1st.ソロアルバムを作るのはものすごくエネルギーのいる大事業だよ」、
と聞かされ、CD製作を決意してからイメージが出来上がるまでの4、5年の間は、
私にとっての夢、愛、希望をしっかりと見つめる孤独な作業が長く続き、「結果失敗だとしても、
得るものはきっとあるはず!」と、サウンドをこつこつ積み上げて行きました。
 昔歌っていた泥臭いボーカルとはしばらくさようならして、
「大好きなブルーグラス楽器を使ったソフトなブルーグラス・サウンド、そして
ブルーグラス・ミュージックを知らない人にもわかり易く日本語で歌って、
重くならず、ちょっとオシャレで爽やかにブルーグラス・サウンドがハートに入って行く・・・、
聞いて歌って心が癒される・・・」、そんなサウンドを自分に向かって求め続け、
どこまでできるか・・・それは誰にでもない、私自身への挑戦でした。

CDアルバム録音
  2000年春、3回目の『Izumi, Sweet Grass』コンサートでオリジナルのサウンドも固まり、
長い間かかったイメージも出来上がり、2001年6月よりCD製作に取り掛かりました。
制作の具体的な事について、私は何も判らないので宮崎勝之、五十川清におまかせし、
両プロデューサーよって準備が進められ、京都のスタジオで録音をスタートしました。
宮崎勝之:マンドリン、五十川清:ドラムス、ペダル・スチールギター、坂庭省悟:ギター、
吉田悟士:バンジョー、川辺ぺっぺい:ベース、のメンバーで最初に楽器の録音から
スタートしました。が、その為の仮歌の時、スタジオでは眠くて眠くて睡魔が次々と襲ってきます。
・・・どうして?とボーカルのディレクターとして経験豊富な五十川さんに尋ねると、
「それでいい、神経立ってたら良いものできなし、リラックスしている証拠」。
また、坂庭省悟さんは「録音は眠いねー」と言ってられましたが「一発入魂」、と一声かけ、
本番では神経集中、次々とギターの録音をこなされました。
 ボーカル本番時は、ソフトなボーカルではあったものの、お腹の底からリズムと声を出し、
全身全霊、意識をメロディーに集中しました。睡魔も本番は、どこかへ飛んで行き、
ミュージシャンと共に、優しい風に包まれた様な、幸せな中での録音でした。

ナッシュビル
    そして、楽しみにしていたナッシュビルでのオーバー・ダビング&ミックス・ダウンですが、
9月11日のテロ事件で、アメリカ行きはやむなく断念しました。ナッシュビルでは参加ミュージシャンの
キャシー・キアボラ、ロブ・アイクス、リチャード・ベイリィ−、他、オペレーターのブレント・トゥルーイット、
にもお会いするのをとても楽しみにしていましたので、ショックは大きなものでした。
 しかし、今更ナッシュビルのすべての予定をキャンセルすることができず、
先にデーター持って行かれていた宮崎さんと毎日電話で連絡を取り合い、作業の経過を確認しつつ、
宮崎さんが無事にこれらを完成して下さいました。
「ハプニングがいっぱい!」と宮崎さんお電話で言ってられましたがその一つに当初、フィドラ−としては、
オウブリー・ヘイニ−が予定されていましたが、録音当日に彼の身内に不幸があり、急きょ
ケーシー・ドリーセンが参加して下さいました。
 オーバー・ダビング初日、ナッシュビルのスタジオから、「今から始まります」の電話があり、
そこから聞こえて来たのは録音曲「Ohioからの手紙」を弾くなめらかなドブロの音色でした。
・・・電話から聞こえたロブ・アイクスのドブロの音は、私にとって生涯忘れることのできない
メロディーです。
 私のオリジナル曲が旅をしてナッシュビルの電話から聞こえて来た・・・。それを思い出す度、
涙が溢れ、なんだかそこが懐かしい故郷の様な気がします。心の故郷ナッシュビル!・・・
すばらしいミュージシャン達の感性によって12曲のオリジナルがナッシュビル・サウンドに仕上がりました。

   宮崎さんが帰国されて次の日に、その出来上がった音を聞きましたが、スカッと透き通った
ナッシュビル・サウンドは、行けなかった寂しさを吹き飛ばす様なさわやかな音でした。
 アメリカン・ミュージックを深く愛している友人に出来上がってすぐの『Izumi, Sweet Grass』を
早速聞いてもらいましたが、耳にも心にも優しいサウンドでのんびりとした休日の朝、
モーニング コーヒーをいれて本でも読みながら聴くととても「いい気分」になれる、と言ってくれました。
 ブルーグラス・ミュージックを知らない人にそして、ストレートなブルーグラスをいつも
聞いておられる方の息き抜きとしても一度是非、皆さんに聞いて頂きたいと思います。
京都とナッシュビルでレコーディングした、ちょっと珍しいサウンドを楽しんで頂きたいです。
 そして、ステキなブルーグラス・ジェントルマン、ブルーグラス専門誌ムーンシャイナー
編集長の渡辺三郎さんが音の世界をライナーノーツで締めくくって下さいました。
アルバム完成
  CD製作も一段落つき、ほっ、として魂が半分抜けたようでしたが、次はジャケット製作。
音の世界とは逆の活字と写真を織り込んだブックレットで、視覚の世界です。
『Izumi, Sweet Grass』コンサートのチラシを1回目から作ってもらった大学時代の後輩、
西村和志さんにジャケットをお任せする事にしました。
 ジャケット表紙、等、写真はカメラマンによって大阪帝国ホテルで撮影、半日ジーッと私を
見て下さいました。撮影が終わり、お茶を飲んでいる時もその状態が続き、
思わずポーズをとったりしておかしくなってきました。撮影はとに角リラックスが大切で緊張感
いっぱいの私は口が裂けそうなくらいチーズをしましたが、半日のモデル体験によって得たものも
ある様な気がします。
資料の活字と写真を組み合わせる世界は思っていたより細かく複雑で、音の世界に負けない位の
エネルギーを要しました。
 何人もの方々との信頼関係によってようやくCDは出来上がり、そして、出来上がった後、又、
多くの方との信頼関係が結ばれていきます。

 このCD製作にあたって得たものは嬉しいこと、辛かったことを含め、未来に通じる
限りなく大きい愛そのものの様に思えてきました。
 CD製作にあたり、関係者をはじめ音楽の友人、優しい女友達のアドバイスや支え、
そして家族の理解あっての事と、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
特に宮崎さん、五十川さん「お疲れ様でーす。」

■この記事を呼んで下さったあなた、これから出会うステキなあなたへ、
 ブルーグラス・ミュージックへの一つの扉となると共に「人の心を癒す、心のお薬になる様な歌を
オリジナルの『Izumi, Sweet Grass』のサウンドと共にブルーグラス、カントリ−、ブルース、
ジャズ、他を大好きなブルーグラス楽器に囲まれて歌って行きたい」、と思っています。
『Izumi, Sweet Grass』 を通じてブルーグラス・ファンが増えていく事を願い、「虹の彼方まで
夢を追いかけ歌って行きたい」と思っています。この年齢でエネルギーを全開してソロ・アルバムを
作ってしまいました・・・、こんな私ですが、どうぞよろしくお願い致します。         
 今後の活動と致しましては、色々な方々と楽しく「Sweet Grassサウンド」を
広めて行きたいと思っています。ある時は宮崎さん、五十川さん他、京都のミュージシャン達と
又ある時は米原ブルーグラス愛好会のメンバー、大阪のドギーズ、フェイデッド・グラス等と共に、
どこかでお目にかかれるのを楽しみにしております。
まだまだ書き足りない事がいっぱいありますがそれは又、次の機会に・・・。

■最後にこのエッセイを読んで下さった方に・・・
一度しかないこの人生を、好きな音楽と共に楽しく豊かに過ごし、人生のタペストリーに、
人それぞれの模様を織り上げていけたらステキだなって思っています。どうぞ、いつまでも音楽と共に
幸せでお元気であります様に!私も音楽と共に幸せで元気でいます。See you!

アメリカン・ミュージックを含め音楽を愛する人達、追手門学院大学アメリカ民謡研究会OB、
米原ブルーグラス愛好会、キー子、うっちゃん、井出さん、和子、おかもっち、ドギーズ、
上岸裕さん、ケーシー、センタマ、有三、容一郎、美帆、・・・ありがとう、ありがとう!

     Izumi Kitamura