月刊ブルーグラス・ジャーナル『ムーンシャイナー』編集長 渡辺三郎
「音楽」って何だろう?……何故、私達は「音楽」を聴き、創り、…感動したり、無視したり、それでもなお、何故「音楽」しようと
するのだろう?しかも、こんなに不自由な現代社会の中で……!?私達は、「恵まれた社会にいる」という現実と幻想の中で、
「自分を見失う」という恐れを、どこかに感じながら、「ままよ」とばかり、気合いで日々を過ごしている、という風に感じる.
事ってないだろうか?…世の中には「一般的」な情報や音楽があり溢れているために(それを甘受している限りは自由で
恵まれていると感じられる社会なのでしょうが…)、肝心な、例えば心を揺さ振るような情報や音楽にたどり着くには、
よほどの意志を持って腰を据えるか、よほどラッキーな環境にいるか、……ここは実に不自由な社会であると、僕は思う。
北村伊住=きしみちゃんが中学生だった頃、1960年代当時としては珍しく、女性でありながらバンジョーを弾こうと
思い始めた彼女は、梅田ナカイ楽器バンジョー教室に通い始める。兵庫県尼崎市の「中学1年生だった」、というから
驚きである。彼女の音楽に対する感受性は「小学生の頃に『ジュリー・アンドリュース・ショウ』でアメリカン・ミュージックに
興味を持ち、ニュー・クリスティ・ミンストレルズでバンジョーに感動した」ことから始まったというのだから……。
高校生になると、神戸市立外国語大学の女性ブルーグラス・バンド、ケンタッキー・ハニーズ出身のまりちゃんらと
『パピィ&ブルーグラス・ドーターズ』を結成、第1回宝塚ブルーグラス・フェスティバルに参加する。フェス主催者の私は、
彼女が"お転婆なお嬢さん"であった事を認めておこう。バンドのレパートリーは、「スタンレーズ、ジム&ジェシー、
オズボーンズなど、ブルーグラス一色だった」という。
追手門大学大学時代は女性ブルーグラス・バンド『ブー・フー・ウー』他で活躍。フォークを目指してきた新入部員に
「ブルーグラスのLPを聴かせたり、バンジョー弾いたり、唄ったり……何の色にも染まっていない人達がどんな反応を
示すか、ドキドキワクワク…」と、自分の情報を発信し始めたようだ。同時に、楽器の上達と共に、本来の興味であった
アメリカン・ミュージックの幅広さにのめり込み、特に、マリア・マルダーには、彼女の音楽歴も含めて、私淑していたようだ。
大学卒業当時には『メディスン・ショー』というカントリー・ロック・バンドに参加、オリジナル曲で、某メジャー・イベント
"ポプコン"の関西地区準優勝をしている。
大学卒業後には、『リリーいづみ&フレンズ』というアコースティック・バンドで「泥臭いボーカル」を唄いつつ、ロック・バンドを続け、
大阪に本拠を置いていたブルース・シンガーらのレコーディングやライブなどに参加する。その頃の経験が、彼女の「音楽」を
大きくしたに違いない。再び「ブルーグラスが恋しいと思い始めた頃」に、神戸大学ブルーグラス出身のゆきちゃんや信ちゃんらと共に
『ブルーグラス・スキャンダルズ』を結成。その存在は、その名に恥じず、男社会を謳歌していた関西ブルーグラス界の驚異であった…!?。
結婚、そして滋賀県へ、長男誕生、長女誕生……、僕の知っていたお転婆娘は、見事に良妻賢母となった!?…が、「本当の私を探す
長い心の旅でバンジョーとの深い絆を見つけ、あるとき、聴いたこともないメロディーが私の心を通り過ぎ、そのメロディーに乾いた心が
癒された」という。
1997年、「様々なジャンルやオリジナル曲を、ブルーグラス・ハートを経由して歌いたい」と、『IZUMI,
Sweet Grass』コンサートで活動を再開、
99年にはフォーキーなバンド『北村伊住&ドギーズ』での活動も始める。『スウィート・グラス』コンサートの活動を続けるうちにサウンドが
固まり、2001年、宮崎勝之と五十川清、両氏と共にアルバム制作にこぎつけた。
参加ミュージシャンについて
アルバムのバックアップは京都で活躍するアコースティック・ミュージシャンを中心に、ナッシュビルのトップ・アーティストが参加している。
このアルバムのプロデューサーでもある宮崎勝之は、フルタイムのマンドリニストとして様々なバンドやセッションで活躍。ソロ・アルバム
『Man-O-Mandolin』はナッシュビル録音され、IBMA(国際ブルーグラス音楽協会)年間最優秀アルバムにもノミネートされた。
もう一人のプロデューサー、五十川清はドラムスとペダル・スティール・ギターを担当。宮崎と共に、『少年倶楽部』でアルバムがある他、
ロックバンド『エレメンツ』では、メジャーからのアルバム・リリースもあり、その他、『ネーネーズ』をはじめ、数多くのプロジェクトに参加
している。ギタリストの坂庭省悟はザ・ナターシャ・セブンやSAMを経て、現在はソロを中心に、朋友の城田じゅんじとのデュオなど、
多彩な活動をしている。宮崎とのギター&マンドリン・アルバム『Battle
One』の他、数多くのアルバムに参加しており、3作目になる
最新ソロ・アルバム『Hobo's Lullaby』が今春発売されたところだ。ベーシストの川辺ぺっぺいは、様々なセットでロックやサルサ・バンドを
中心に活躍する一方、最近は『宮崎勝之トリオ』に参加、幅広い音楽をサポートするミュージシャンである。昨年はキャシー・キアボラ
日本ツアーでベースを担当している。吉田悟士は滋賀県の八日市市で『くらま楽器』を経営。ピアノ調律士という抜群の音感でバンジョーを
自在に扱う。毎年恒例の米国ツアーのために結成されたスーパーバンドのアルバム『Japanese
Bluegrass Band』がある。
3曲でバンジョーを担当するリチャード・ベイリーは、北村伊住のアイドル・バンドでもあるという『クラスター・プラッカーズ』のメンバーで、
ソロを含めた数々のアルバムやセッションに参加している。
ロブ・アイクスはIBMA年間最優秀ドブロを4年連続で受賞したスーパーピッカーで、現在は『ブルー・ハイウェイ』のメンバー他、
ドリー・パートンをはじめ数多くのセッションで活躍中。今春、ソロ3作目になるアルバム『What
It Is』を発表したばかり。
ケーシー・ドリーセンは現在、最も期待される若手フィドラーで、バークリー音楽院を卒業後、ナッシュビルに移ってきたばかりである。
ティム・オブライエンやダロル・アンガーとのセッションの他、クリス・ジョーンズ&ナイト・ドライバーズに籍を置いている。
2曲でハーモニーを歌うキャシー・キアボラは、ナッシュビル音楽大賞で最優秀バックグラウンド・ボーカリストに選出されたシンガーで、
ビル・モンロー、エミルー・ハリス、タミー・ワイネット、ビンス・ギル、ガース・ブルックス他、数え切れないセッションで知られている。
昨年、ソロ3作目『From Where I Stand, A Personal
Tribute』を発表している。
……「音楽」っていうのは、その「人」そのものだと思う。特に、ブルーグラスのような民衆音楽は、ある種のスタイルがあっても、結局は、
その「人」のものであり、その人の歴史を知る事によってその音楽が、聴き手の情報量に応じて様々な意味を持ってくるというものでは
ないだろうか。つまり、「音楽」を聴くという事は、その「人」を知るという事に他ならないのではないだろうか。
きしみちゃんは中学生の時に、少し変わった音楽と楽器に興味を持ち、簡単には手に入らない情報を追い求め、紆余曲折を経ながら、
ここに自分の音楽をものにした。その音楽は、一聴すれば耳に心地良く、優しいメッセージに包まれている。しかし、耳に入ってくる音とは別の
、不自由な社会の中でもがいてきた女性のしたたかな強さ、秘められたインパクトを聴き取る事が出来るような気がする。
長年、英語で抑え難い衝動(インパクト)を持つブルーグラスやブルースを唄ってきた彼女、そんな彼女が創るオリジナルに込められた
メッセージは、周囲の人達やブルーグラスをはじめとするジャンルを越えた音楽、そして少女時代から大好きだった楽器、バンジョーへの
優しい(スウィートな)愛情と視線……その相反するように思える彼女の音楽感にこそ、このアルバムの、北村伊住の魅力が潜んでいるのでは
ないだろうか。一見すると恵まれた社会、しかし、何かに一生懸命になろうとすればするほど不自由な社会、そんな中、なおさらに厳しかった
日本の音楽状況の中で、彼女はよくここまでやって来たものだと思う。現在は大きく花開いた女性ブルーグラスの、北村伊住は、その真の
パイオニアの一人である.
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