2004年12月8日 北海道スキューバダイビング安全対策協議会のダイビングセミナーの講師を依頼され、ダイビングの事故を出来るだけ少なくするために如何にするか、日ごろ考えていること、最近の私のダイビングについてお話した。

講演の席上で、内容のレジュメ(パワーポイントの原稿)について、ホームページに載せておくことを約束した。

もっと楽しい話をしたかったのだが、安全対策協議会での話しであるから、あまり変な話は出来ず、危険と安全についての話題が中心にならざるを得なかった。

現在のオープンサーキットスクーバによるレクリエーションダイビングは、充分に安全であり、その一つの証明として、北海道ではこの協会が発足して以来、レクリエーションダイビングでの重大な事故は発生していないと聞いた。第一管区海上保安部の中に事務局をおく、この協議会の日ごろの活動の成果であろう。

「充分な基本技術の講習を受け、あたりまえのダイビングをやっていれば、オープンサーキットのスクーバで致命的な事故を起こすなど考えられない。」しかし、平均して年間10例から20例の死亡事故が発表される。指導者として常に思い悩んで来たことは、一般の人にダイビングを普及させることの是否であった。安全でなければ、ダイビングは売り物にならない。

 不死ではない人間にとって、何があっても何をやっても死なないと言うことはあり得ない。人間にとって、安全とは危険を避ける手段があり、それが容易に実行できることである。ダイビングは充分に安全である。危険とは、どうすれば事故を避けられるのかわからない状況にあり、超人的な努力と運が無ければ死をさけられない状況を言う。と私は思う。 

一般のダイバーが習得するべきダイビングの基本技術は

@水深1m 水深3m 水深6m水中の任意の水深で完全に静止できること
A水面及び水中で効率よく移動できること
 @ 最小の努力で気持ちよく進むこと 
  Aフル装備で100mのダッシュができること
B空気の消費量が少ないこと 
  水に慣れて常にリラックスしていれば消費量が少ない。

 三つに集約できる。 この基本技術をもっていて、はじめてダイビングは安全だと言える。 

その上で注意するべきダイビングの事故は、
@医学生理学に係わる事故とA海事運用に係わる事故に大別できる。
 医学生理学に関連しての障害として重視されるのは、減圧症、肺の気圧外傷、高齢化にともなう循環器障害や生活習慣病に起因する水中での死である。 

減圧症
 減圧症については、治療施設の充実、DANの活動、医師のネットワークなどが長足の進歩を示し、10年ほど前とは様相が一変している。傾向としては、軽度のCNSが急激に増大している。軽度というのは、治療施設で完治できるものであり、半身不随になり長いリハビリが必要であったり、車椅子の生活になってしまうのが重度であると考える。

重度の減圧症は少なくなり、減圧症により死亡する事故は、この数年で1例程度である。

海事運用にかかわる事故

医学生理学に関連する事故も、治療のために病院に入院してからは医師の世界の出来事になるが、事故の発生は海事運用(オペレーション)の成否による。特に肺の気圧外傷は基本技術の習得以前、あるいは基本技術の習得中(講習中)に起こることが大部分であり、運用にかかわる事故とも言える。また減圧症は、その予防手段である減圧停止は運用に係わることであるから、ダイビング事故の殆どが運用に関連している。

n海事の成否は80%まで運用の成否にかかわる。

n運用による事故の系統的な研究は殆ど行われていない。
 医学生理学については、研究が進んでいるが、運用については、それぞれの指導者やガイドの経験の積み重ねがあるだけで系統的な研究は殆ど行われていない。これは、指導団体が講習と初心者のダイビングを司って運用方法を決めていて、しかも最も大きい団体のヘッドがアメリカにあり、協力しあって研究を進める土壌が日本にはないからである。

海事運用失敗による事故を列挙すると

n講習

n初心者

nエントリー・エキジット

nフォーメーション

nバディシステム

nパニック

n減圧停止

n海況の判断

n中級者のダイビング

nボートダイビングの運用

n上級者のダイビング水深30−40mの潜水

以下いくつかについて具体的に述べる


講習中の事故が減らない

n講習日数の短縮による詰め込みプログラム

nスキンダイビング省略

スクーバの基本はスキンダイビングである。スキンダイビング練習の省略が上達を阻んでいる。

しかし、スキンダイビングの事故も無視できない。スクーバダイビングよりもスキンダイビングの方が危険である場合も少なくないことを認識しなければいけない。

n講習と練習のちがいを認識する。

  講習は新しいことの説明を受け、手ほどきをうけること、練習は講習で教えられたことを繰り返して、習熟することである。

n今は講習のみがあり練習は不在。練習なくして上達は無く、上達なくして安全は無い。

nただし、スキンダイビングの練習には限界を設けてエスカレートを防ぐがないと危険である。

スポーツダイバー、レクリエーションダイバーについて言えば、Cカードをとるまでの講習は三泊四日でも仕方が無い。経済状態がそれ以上は許さないのだろうから肯定せざるを得ない。

 これを補う意味で、その後、20本は信頼できるインストラクターと一緒に経験を積むこと。併行してスキンダイビングの練習を積む。両方の成果があいまって自立して海に慣れているダイバーになる。

 自立していると言っても、自分たちだけ(バディ2人だけ)でのダイビングは勧められない。自分で水中での自分の行動に責任を持てるという意味の自立である。

バディシステム

n 重大事故の殆どは一人の時に起こる。

n といって、バディだけで救助を行うということではない。周りの人に事故発生を知らせ、協力しあって救助にあたる。バディシステムはインストラクター、ガイドダイバー、周囲のダイバーに事故を知らせる連絡網である。

n はぐれた時の処置の間違い。
 探す役割の人、探さないでその場に留まる人を明確に分ける。
  互いにパニック状態で探しまわるのは危険である。

バディシステムが正常に運用されるためには
  ブリーフィングを確実に行い、ブリーフィングで決められたことは絶対に守られなければならない。
  ナビゲーターは、たいていはガイドダイバーもしくはインストラクターが行うが3分に一度ぐらいはメンバーを確認する。見当たらなければすぐにコースを戻って探す。メンバーは、はぐれたらその位置で停止してナビが戻ってくるまで、空気の残量に不安を感じない限りはその場で留まっている。
 従来の水面に浮上して探す方法はやめた方が良い。ただし、ブリーフィングでこのことは毎度確認しなければならない。一人になると、人は本能的に水面に向うので、前述した基本技術の訓練が充分でない状態では、不安に駆られて水面に向ってしまう例が充分に考えられる。つまりパニックである。

パニックの原因

n位置の失調:自分がどこに居るかわからない。バディとはぐれてしまい、バディがどこに居るかわからない。
n身体の変調:腹痛、頭痛、足の痙攣
n器材の変調:呼吸抵抗の増大
nダイバーがトレーニングを続ける目的の一つはパニックの回避とパニックの自力解決のためである。

ソロ・ダイビング

 大瀬崎あたりで見ていると、一眼レフカメラを持ったカメラマンダイバーが一人で、50mあたりまで降りて行くのを見る事が少なくない。カメラマンは一人でなければ満足のできる撮影ができないし、ファインダーに集中すれば必ずバディは無視することになり、自分を完全にサポートするダイバーをバディにするのでない限り、バディシステムの方が危険だとも思っている。

 須賀自身もカメラマンとしてのダイビングでは、アシスタントを同行する費用がない場合には、一人で潜ることも珍しくない。完全な自己責任であるが、自己責任だから事故を起こしても良いと言うものではなく、薄氷を踏む思いではある。

 現在は初心者のダイビングは、フォーメーションで行うことが殆どであるが、バディシステムはフォーメーションの中にあっても機能させなければならない。 群れの中の一人になってはいけない。

 中級、上級にダイビングの段階を登る(ステップアップすると)と「危険の中にある安全を追うようになる。」ソロダイビングの問題もその一つである。

 人類は、狩猟、漁労、無数の身体的な危険に打ち克って進化して来た。すべての危険から逃げていた人のDNAは残っていないはずだ。人のDNAは危険を好み、危険に打ち克つことを喜びとしている。

危険だからと言って、ダイビングを止める人は、もともとダイビングをやらない。危険をコントロールすることに喜びを感じるような人が、ダイビングに熱中する。ダイビングは危険をコントロールすることから、日常の辛い生活を生き抜く活力をくみ上げているスポーツである。

n 危険を知り尽くさなければならない。自分のDNAの中にある危険も知った上で、危険をコントロールする技術と自覚を持たなければならない。

nチャレンジャーでありつつ長生きするためにはバランス感覚が必要である。

n 練習なくして上達は無い。上達なくして安全は無い。上手になり、その技能を練習によって維持する。トレーニングにより自分の能力を常に確認しておく。

高齢化社会を迎えて

業界のドル箱としての団塊の世代
n危険性の受認 例えば、私がダイビングで死ぬことは当然であり、自然死とも言える。何歳まで潜ったら自然死と認めてくれるだろうか。90歳?
nメディカルチェックについて。 60歳を過ぎたら一病息災である。一病とは何か?
  幸いなことに、一病があっても団塊の世代は本当に逞しく丈夫であり、不安定な身体状況の逞しい若者よりも粘り強いが、一病の内容が心配である。

メディカルチェック
nスポーツダイビングの健康基準についてのシンポジュウムが、1993年、横浜で開催された。n「最高/最低血圧の両方またはいずれか一方が160/100を越えるものを高血圧症といい、アマチュアであれば、直ちに潜水を中止する。血圧をコントロールして140/90以下に安定させなければ潜水を再開できない」

 さらに運動負荷心電図について、「基準値を設定し、すべてのダイバーについて血清脂質、危険因子解析、安静時及び運動負荷時の心電図検査さらに運動負荷シンチグラムの検査結果が得られるような周期的心血管系スクリーニング検査プログラムを実施することが理想であろう。しかしこのようなことはスポーツダイバーにとっては実際的ではない。というのは潜水医学に携わる医師は更に検査を広げ、高い危険性のある人々を見いだそうとするからである。スクーバダイビングをしようとする四十歳以上の人たちや四十歳以下でも体調の良くない人たちにたいしては、運動負荷心電図検査を行うべきであるというのが本書初版での示唆であった。スクーバダイビングに参加するとなれば、約十四メッツ(METS)を達成することが必要とされるであろう。運動負荷心電図に異常が認められるような者については、運動負荷心電図とともにタリウムシンチグラフィーを行うか、更に可能であれば冠動脈造影を行うことが良いと思われる。

厳しいメディカルチェックは、40歳以上の潜る人を半減させてしまうだろう。私もダイビングを続ける事が許されなくなってしまう。
14メッツなどの運動を強制することは、むしろ危険でもある。冠状動脈造影などは、ダイビングよりも事故確率が高いと言う医師もいる。

厳しいメディカルチェックを排除すると、医師は判定をしないでアドバイスをするだけになる。

メディカルチェックの表にしたがって、医師のアドバイスを受けるのであるが、多くの医師はダイビングを許可してしまうだろう。その時にインストラクターはどうすれば良いのだろうか。

メディカルチェックの運用が、インストラクターにとって困難な問題の一つになってきた。

ハイテクダイビング

nCCRはマニュアルの冒頭に一つ間違うと死ぬと書いてある。

nCCRでのダイビングは、呼吸によって浮力のコントロールができないので、浮力のコントロールが難しい。CCRを経験した後で、オープンサーキットで潜ると何故こんなに簡単な器械で事故を起こすのか不思議になる。

n炭酸ガス吸収能力の残りを測定できない化学薬品にたより、何時機能を停止するかわからない電子機器に命を託することは危険である。
nCCRで潜ることはオープンサーキットの数倍は面白い。人は危険なことほど面白いのか。
nCCRの練習はダイビングの技術を大幅に上達させる。
 

なぜ危険なハイテクダイビングをするのか。
nダイビングは水中の探検である。CCRによるダイビングは探検そのものである。探検と冒険は違う。探検は徹底して危険を避けて、危険の中に踏み入る。

 探検とは知的な好奇心に駆られて未知の分野に分け入ろうとするものであり、危険はできるだけ排除する。冒険とは、あえて危険を冒す行動である。CCRは探検だろうか冒険だろうか。

 好きな言葉
「探検とは知的情熱の肉体的表現である。」A・チェリーガラード
 Exploration is the physical expression of the Intellectual Passion.
 1910年から1913年 スコット探検隊の最後の南極探検に参加した若い隊員 チェリー・がラードが書いた「世界最悪の旅」より