1968年、昭和43年に関東学生潜水連盟が、法政、独協、水産、中央、東京商船の5大学が加盟して設立され、その年の12月にやはり今日と同じような講演会が開催され、そこでお話をさせていただきました。テーマは「安全潜水」についてでした。それから数えて、35年経ってまたお話させていただくことになり、大変嬉しく思っております。
何を話させていただこうかと、ずい分迷いました。私は深く潜ることを自分のテーマにしていて、61歳のとき、今から5年前ですが念願にしていた100mに潜ることができました。その話にしようか、また、私はサメを追いかけまわしているので、人食い鮫の話にしようか、しかし、やはりどうしても今日話さなければならないのは、やはり安全の話、これを話さないと後で、あの時話しておけば良かったと後悔することになるかもしれないと、やはり安全についてお話してしまうことになりました。
ダイビングの安全を確保するために、まず、ダイビングと言う活動がどんな行動であるのか、その本質をよく知ること、そして適切なトレーニングを常に継続すること、その二つが大事なポイントです。
ここで、一冊の本を紹介したいと思います。
「失敗学のすすめ」畑村洋太郎という東京大学の工学系の教授が書いた本です。失敗の具体例をたくさん集めれば、失敗しなくなる。具体例ですから、実名を挙げて、正確に全てを発表しなさいということが書いてあります。良い本ですから是非、読むことをお勧めします。
今回お話をするにあたって、学連について、どのような活動をしているのか、資料を集めようとしたのですがなかなか集まりません。ホームページを当たったのですが「、楽しそうにやっているなあ」というイメージと、更改されていない古いページがそのままのもの、二つの印象が残っただけでした。
あと、手元には98年の式根島で行われた学連合宿の小冊子があります。これを見ると、主催役員は、とても真剣に安全確保に取り組んでいます。参加者はお酒を飲むことと、ダイビングを半々ぐらいに考えているように見えます。楽しむことはとても良いことで、しかも若いのです。しかし、もしも、事故があったりした場合、このマニュアルには、健康チェックについて、全く触れていないのが気になります。
♯ 講演の後に、委員長から、現在ではきちんとした健康チェック表に本人が記入し、万全を期していると聞いた。委員長の名刺には「安全第一の学生ダイバー集団」と書かれていた。現在の執行部の顔を見て、一般のダイビングショップでダイビングを習うよりも、ずっと安心できるのではないかとの印象を受けた。細かいテクニックでは、進んでいないかもしれないが、基本コンセプトがしっかりしていれば、心配することはないだろう。
しかし、親は心配することが仕事である。子どもを育てるに当たって、親の出来ることはただ心配して、見守るだけである。親に対する安全のPRの意味で、ホームページなどで、現在の合宿の様子とかマニュアルを公開して欲しいとお願いした。
飲酒とダイビングの関係は、少し気になる。健康チェック表には、飲酒量の申告はしているのだろうか。どの程度までの飲酒を認めているのだろうか。減圧症の発生をふせぐためにも、ダイビング前にアルコールが残っていてはいけないし、ダイビング後のビールは減圧症を促進する。
ダイビングとはどうゆう活動であるかその本質を知ることと、適切なトレーニングをすることで決まりだと先にあげたのですが、ダイビングは危機管理を徹底的にやらないといけないスポーツです。つまり、何時ももしもの時のことを考えて行動する必要があります。
私がかかわって、10年以上裁判が続いた例があります。相手方の弁護士が女性で、最初は独身で、やがて結婚し、子どもが生まれて、弁護士が子ども連れで来ることになってようやく結審しました。私が起こした事故ではないのですが、私が理事をしている法人であったので担当させられました。事故を起こした人は、多分体調の不良で無理に講習に参加したらしく、死亡事故になりました。健康チェックは、その日の朝に点呼で確認したのですが、チェック表が無く、診断に本人のサインが無かったということで、その責任を問われました。
私が今現在 かかわっている大学のクラブは、三つあります。一つは母校の水産大学の潜水部、一つは東京大学の海洋調査探検部、そして学芸大学のネプチューンという同好会です。もう一つ、部が発足するときに少しお世話して、その後、娘がごやっかいになった法政大学アクアダイビングクラブは、現在は全く縁がありませんが、節目のパーティには呼んでいただいています。
それらの大学クラブで、私がかかわった、ニヤミストラブルと事故についてお話しましょう。
水産大学は、私が学生時代に作った部で、もう少しで50周年になります。私が合宿のコーチをしているとき、46年(1971)の夏休みの合宿で息堪え練習で失神する事故を起こしてしまいました。
パーフェクトに安全を確保して練習をさせたい。水深3mの波静かな入り江に小舟を浮かべて、その周りで息こらえ素潜りをさせました。二人づつ一組にして、二人は顔を見合わせるようにして目を離さないように指示しました。潜水時間は1分半を超えないように、時計を持っている者は時計を見るようにさせます。私は舟の上に立って見張り、全員の浮上を確認します。別に救急要員を二人、私のそばに待機させておきました。
号令をかけて、全員同時に潜水させました。
あまりにも短い時間で浮いてきてしまうのでおどきました。みんな、20秒から30秒で水面に顔を出してきます。一番長い者で45秒でした。昭和42年から44年までこのクラブを教えていたとき、同じような練習で、最長で3分、ほとんどが1分半をこえていました。また、私が水産大学の選択授業として潜水を習ったとき、1分半は呼吸を止めていられないと、実習に参加が許されませんでした。そんなことから、私の頭の中には1分半という数字がすりこまれてしまっていたのです。
2回、3回とくりかえしても、1分を超える者がいません。ついに私は言ってしまいました。「若い大学生のクラブなのだから、1分半は潜ろうよ」私は強制したつもりはなかったのです。でも、コーチとしての私の言葉ですから、大きな強制になっていたのでしょう。
そして、次の潜水で、一人が浮上してきませんでした。直ちに彼のバディと、救急のために待機していた二人が潜り、小舟の上に引きあげました。体は両手を突っ張って硬直し、顔は土気色でチアノーゼ状態です。呼吸停止を確認するような姿ではなく、もはや死んでいると見えました。直ちにマウストゥーマウスで息を吹き込みます。3回も吹き込まないうちに息をふきかえしました。寸前まで死んだように硬直していたのが、瞬間的に生を取り戻すことを体験し、人工呼吸の効果を思い知りました。
蘇生した彼は、おびただしいと感じるほどの血と水を吐き出し、すごい勢いで暴れます。
潜水指導者の講習会では、水面を曳行しながら息を吹き込む練習をしていますが、呼吸を開始した時にこの暴れ方では、とても曳行などできるとは思えません。小舟を上に置いていたので助かりました。
すぐに救急車で、病院に運び、集中治療室で1日を送り、次の日には退院し、後遺症はなにもありませんでした。
失神した彼は、これまでには同じような練習で3分は潜った経験があり、このときは、私に言われたので、2分を目標に時計を見ているうちに意識がなくなってしまったのだと言います。この合宿の費用を稼ぎ出すために、連日重労働のアルバイトをして、疲れ切った状態であったとも言います。
彼は、ブレーキングポイントの苦しさをほとんど感じることが無く、気持ちよく意識を失ってしまったのです。強いハイパーベンチレーションも行わせていませんでした。 スキンダイビングでの失神を、水面近くに浮いてきたときに失神するのでシャローウォーターブラックアウトと呼んでいますが、浮き上がらずに水底に居る状態でも、しかも酸素分圧が高くなるほど深くは潜らず、浅い水深だったのに、苦しまずに意識を失ってしまったのです。こんなことは、どの本にも書かれてはいないことでした。
練習方法には大きな穴が二つ開いていました。
人間は生身の身体です。個人差があります。その上に、その日の体調も大きく変化します。指示されたことをやろうという意志を示している人に、それ以上の強制はしてはいけないのです。余裕を持って出来るところまでが、その日、その時にできる最高限度なのです。スポーツでは、「無理をするな」では練習にならない。120パーセントの負荷をかけて、能力を伸ばして行きます。しかし、水中での活動は、120パーセントは危ない。100パーセントで練習して、80パーセントで日常の潜水をするのが目標ですが、どの程度が100パーセントなのか、自分で判断をさせなければ行けません。私は1分半という基準を強く思いこんでしまった。それを強く指示したことが間違いでした。
息こらえには、目標時間を設定してはいけない。こらえきれなくなった時、これが最初のブレ-キングポイントで、そのあと第二相に入って、まだ数分生き延びることができるのですが、第二相に入る手前が100パーセントなのです。アプネアというヨーロッパの競技で、息を堪えている時間を競っているのをテレビで見ましたが、あれは絶対に真似をしないでください。水底に横たわって息こらえをする練習は、事故の元です。行わないで下さい。
そして、もう一つ大きな穴は、二人が一緒に潜って顔を見合わせているのだから、一人が浮上するときには、必ずもう一人、バディも一緒に浮上しなければならないはずでした。このことは、常識として、知っているものなので、ことさらに強調することはしなかったのです。このことを、もっと徹底的に強調するべきでした。二人が手をつなぎあって、強い方の人も弱い方に合わせるようにして浮上しなければいけなかったのです。
この二つが徹底していれば、この事故は起こらなかったでしょう。
事故で私の学んだことは、
@ とにかく、事故が起こったパターンの行動、練習方法は繰り返さない。中止して、より安全で確実な方法を探す。
A 安全確保は、できるだけハードに頼る。小船があったから助かった。
B 事故分析の方法を勉強し、事故を起こさない方法を確立する。
C 詳細で真実の事故報告をできるだき入手し、研究する。
事故が起こったパターンの練習は繰り返さないと言っても、学生のダイビングクラブからスキンダイビングの練習をなくしてしまうことは不可能である。その後も幾つかのスキンダイビングのニヤミスが発生し、私の教えている東京大学海洋調査探検部でもブラックアウトが起こった。ニヤミスを繰り返しているうちには事故になる。
最近、スノーケリングを学校教育にとりいれたいという活動に熱心になっています。
スノーケリングとスキンダイビングは、言葉の定義、両者の区別が明確ではありません。線引きを明確にしようと、スノーケリングは水面遊泳であると定義しました。しかし、やはりスノーケリングと呼びながら、少しは潜りたいと誰でも思います。そこで、水深3mまで、耳抜きをしなくても良い深さを限界として、スノーケリングと呼ぼうと提案しています。
ところで、最近では南の島のダイビングリゾートに行くと、オプショナルツアーとして、スノーケリングが人気を集めています。スクーバの体験ダイビングが12000円ディスカウントしているところでも8000円、一応の講習をしてからの体験になりますから、時間も長くかかります。ガイドもスクーバのインストラクターの資格を持っていないと、体験ダイビングを指導することは許されません。スクーバダイビングはきちんとした講習を受けてから行うのが原則であり、その原則を一時的に破るのですから、ほとんどマンツーマンに近い状態での体験になります。
スノーケリングツアーは、救命胴衣タイプのフロートを身体につけて、絶対に沈まない、溺れない態勢で、水面に浮いて水中を覗きながら泳ぎます。絶対に溺れないので、ガイドにも資格は要らないし、たくさんの人を一度にコントロールすることができます。
だから価格も安く、1200円からと手ごろです。今、スノーケリングをやったと聞くと、たいていはこのフロートを着けたスノーケリングです。フロートを着けたスノーケリングと、3mまでは潜るスノーケリングとをはっきり区別しなければ混乱します。
そこで、フロートを着けたスノーケリングをフロート・スノーケリングと呼び、3mまでは潜るスノーケリングをスキン・スノーケリングと呼ぶことを提案しています。
学校教育の場では、小学校、中学校では、海に入るときはフロート・スノーケリング、に限定します。これならば、海を知らない水泳も未熟な先生の指導でも安全です。どうしてもスキン・スノーケリングをやりたい子どもはダイビングショップに行き、インストラクターの指導のもとに行えばいい。学校教育としてはフロート・スノーケリングに限定です。このようにして裾野を広げた形の上で、大学ではスクーバをやれば良いと考えています。
大学教育としてのスクーバダイビングもこれから盛んになり、ビジネスとして売り込んでいる指導団体もたくさんあります。学連がその自主性を保ちながら、安全を確保しつつ、大学教育の場で、その地歩を固めてゆくのは厳しい道のりだと思います。しかし、その誕生を手助けした私としては、できるだけの手助けをしたいと考えています。
それには、なによりも安全。
スキンダイビング、3m以上に潜る素潜りは練習ではとりやめて、スキン・スノーケリングに切り替えた方が良いのではないかと考えています。スクーバの基礎は、スキンダイビングだとこれまで考えられてきましたが、スクーバの基礎はスキン・スノーケリングで十分です。
現在私達のやっている室内スポーツ選手権大会は、スノーケリングのレースです。泳力をこの大会を目指す練習で十分に身に付ければ、深く潜るスキンダイビングは、クラブの練習としては必要ないのではないか。どうしてもスキンダイビングをやりたい人は、クラブの練習ではなく、自分で、自分の責任でやればよいのではないか。後で述べるように、練習にはどこまでできるようになったかの、検定、あるいはテストがあります。これにスキンダイビングを当てはめると危険が発生します。
レースの方は、ハードにすればやはり危険と言う人も居るかもしれませんが、レースが危険となると、より身体に負担がかかるフィンスイミングなどは、一般人には禁止しなければならなくなります。レースの練習で事故が起こっても社会的に問題になることは、考えられません。自分でペースコントロールが出来るのですから、全て、自分の責任です。
ペースコントロールという意味で、次の事故を見てみます。
今、学連では、錘を持って立ち泳ぎをする訓練方法を禁止しているはずです。法政大学の合宿で立ち泳ぎ事故が起こって以来禁止になったと聞いています。
実はあの立ち泳ぎ練習法は、私と伊豆海洋公園の友竹さんが作りました。友竹は故人です。私達が始めた時には、スクーバ全装備をつけてバランスをとった状態の上に、さらに5キロのウエイトを持って、10分間立ち泳ぎをすると言うものでした。立ち泳ぎ練習を作ったころ私の娘はまだ幼児でした。娘が育って行き、法政大学に入り、アクアダイビングクラブに入りました。そして、立ち泳ぎをやらされて、「親の因果が子にたたるというのはこのことだね」などと笑い話をしていました。しかし、私は知らなかったのです。娘が育つのと平行して、立ち泳ぎも育っていたことを。
そして娘が参加している合宿で男の子が事故を起こしました。失神して沈み、直ぐに助けてCPRをしたのですが、息を吹き返しませんでした。死因は心臓麻痺です。5キロを持って10分だったのが、8キロを持って40分に成長していたのです。そのことを事故が起こった後で聞いた私は仰天しました。しかし、スポーツの記録が伸びて行くのと同じように練習の記録も伸びて行くものです。どこかでブレーキをかけるべきでした。苦しくなれば、ライフジャケットのレバーを引けば、その時点でこの練習は終了する。その判断は個人にまかされています。しかし、なかなかギブアップはできないものです。
娘は、事故のために練習が中断していた二年生の時に私の撮影の助手をやって、そのまま水中レポーターになりました。
トレッドミルという体力測定の器具があります。立ち泳ぎは、トレッドミルと同じ役割を果たすことができる練習方法だと思っていました。水泳でも、スイムミルと呼んで、水流を流して遡って泳ぐ器具があります。これは、ずい分高価な機械ですが、立ち泳ぎは、余分なウエイトの他には金がかかりません。
そして、この事故の謎が自分なりに解けたのは、私が60歳になり、還暦の記念に100m潜水をやった時のことでした。心肺機能をチェックするためにトレッドミルに乗って測定したのです。そのころ発表されたダイバーの健康チェック基準で、ダイバーは老若男女を問わず、14メッツの負荷をかけたテストで異常がないことクリアーしなければならないと書かれていました。安静にしている時の心臓への負荷が1メッツとして、14メッツはその14倍です。心電図計、血圧計を身体に取り付けて、トレッドミルに乗って走ります。トレッドミルは走路がだんだん速く走り、角度がついて坂を登るようになって負荷が強くなります。走っていて、辛いことは辛いけれど、まだ倒れるには間があると思っていると、ブザーが鳴り響き、直ちに見守っていた医師が中止を指示してベッドで休ませられました。ベッドに横になってから、数分間呼吸がもとにもどりませんでした。実は16メッツまでかけてしまい、危険な不整脈がたくさん出て、心室細動つまり心臓麻痺の一歩手前になったのです。その時、あの立ち泳ぎ事故はこうして起こったのだと体感できました。それほど苦しくなくても、心臓はレッドゾーンに入ります。厳しい練習をするならば、厳しい健康チェックが必要だと思いました。このことを筑波大学の先生に聞きましたら、体育専攻で入ってくる有望選手でもトレッドミルを使ったチェックで心電図の不整脈異常がある人るそうです。しかし、スポーツの有望選手は適当に身体を休ませる要領を知っています。医師が見ている状態でなければ、限界までのテストを行うべきではないと思います。
競泳レースは、自分でペースのコントロールが出来ますが、トレッドミルは、自分でコントロールが出来ず、機械にコントロールされます。だから苦しくてもやめることができない。立ち泳ぎも自分でペースコントロールをしていれば問題は無かったのでしょうが、仕上げのテストだからと、他から強制される形になったことがいけなかったのです。その意味で発案者としてはこの練習方法は無罪としたいのですが、事故を起こした練習方法は捨てるというのが原則とすれば、禁止が妥当だったとおもいます。
ここで注意しなければいけないこと、大学のクラブの事故はほとんどトレーニング中に起こっています。それも、合宿での締めにあたる部分、いわゆる最終テストの部分で起こっています。
スクーバダイビングの大原則は、セルフコンティンドですから、全て自己責任です。自分の責任だとしておきながら、外から強制されて事故が起こっているのは矛盾です。
私が見てきたのは東大の海洋調査探検部と水産大学潜水部ですが、強制と自己責任、微妙なバランスの上に立っていることがわかります。バランスが崩れると危険です。
以前から大学のダイビングクラブのトレーニングシステムについて、三年、四年生で社会体育指導者のスクーバ指導員の資格をとるよいと提言してきました。バランスを見てゆくコーチの役割を果たす上級生が必要です。バランス感覚は、経験で養われます。自分達の合宿、学連の合宿など、現役の時の苦労を土台にしてさらに視野を広げて、スポーツのいろいろな分野の先生の講義を聴く機会があれば、短い時間で、長い時間をかけて取得する経験を身に付けることができます。
自分の経験だけでなく他の人の経験も情報として自分の経験として取り入れることも大事です。
最初に紹介した「失敗学のすすめ」に戻るのですが、失敗を分析整理して、人に伝えることができる情報とすることの大事さ、そしてその方法論が書かれています。私の考えとほとんど同じだと思っていますので、重ねて推薦します。
失敗の情報には、「失敗者の実名を加えることができればベターです。実名記録のメリットは失敗情報に臨場感が出るので、見る側の印象に残りやすい点があげられます。」
また、私の今日のお話で、自分がやった失敗は抵抗無く発表できるのですが、自分の見ていないところで起こった出来事は発表には自分の気持ちの抵抗がありました。
「失敗学のすすめ」では、失敗の情報に対して、「一番大切なのは聞き手がいっさい批判をしないことです。目的はその人の責任を追及することではなく、あくまでもその失敗を知識化し次につなげるためのものだからです。」
次のテーマとして、自分のものにしたダイビングで何をするか、海外ツアーで楽しく遊ぶというのもとても良いと思います。そして何か目的を持つとスクーバダイビングは危険なものになりがちです。目的を持たずに遊ぶのが最も安全です。ここでもバランスが大事になるのですが、大学生活というのはある意味で、センスオブプロポーション、バランス感覚を学ぶことが一つの大きな目的だとされていますから、受け入れましょう。
これまで、私自身、東京湾を潜る活動を進めてきていて、大学のクラブにも参加をすすめました。水産大学の潜水部でも東京湾に熱心だった時代がありましたし、東大の海洋探検部では、何代か続いて東京湾をやりました。
今、東京湾が再びクローズアップされています。私については、今度、「お台場水中生物研究会」というのを東邦大学教授の風呂田さん、一緒に立ち上げます。これまで9回の調査会をやっていて、10回を期にして研究会を立ち上げようとしているわけです。
これまで、お台場のクリーンアップを続けていて、今年で8回目になります。これは海上保安庁と一緒にはじめたものですから、日程が6月の初旬の土曜日に固定されていて、学連の合宿とバッティングするので、来てもらいにくかったのですが、お台場水中生物研究会の方は、年に4回予定していますので、参加しやすいと思います。
お台場は生物的にとても興味の持てるところです。環境としては東京湾のリトマス試験紙みたいな所です。撮影はビデオ撮影も、スチル撮影もやりますし、海洋観測もやります。問題は濁っていることですが、無視界潜水の練習になります。以前に参加した水産大学の一年生が「ショックを受けました。もうこれで、何処の海に潜っても汚いとは思わないでしょう。」と何かに書いていました。
お台場は近いですし、目的を持つことのバランス感覚に苦労しなくても参加できます。情報を流しますので、是非参加してください。