佐渡 潜水紀行:人工魚礁撮影&ツアーダイビング

 

 2002年、8月15日、佐渡に向かって出発。

 同行は、U3(私がオーナーになっているダイビングショップ)のツアー、私は、カレンダー(全国沿岸漁業振興開発協会・フォトギャラリー参照))の撮影で、赤泊(あかどまり)の魚礁を写すことが目的だ。赤泊の魚礁にはこれで4年越しで通う事になる。まだ、カレンダーに採用になった写真は撮れていない。今年こそは、ものにしたい。何時までもこの撮影の仕事が続くわけのものではない。
赤泊のムシロバ(莚場)地域地先の魚礁は、昭和32年に沈設した。岸から1200m沖にある。

昭和32年は、私がスクーバダイビングの講習を受けた年だ。それから48年、この魚礁も元気で、魚を集めて住処を提供している。私としては、古い仲間のような気持ちがして、特別の思い入れがある。なんとかして、カレンダーに使えるような写真を撮りたい。それで通い続けている。 この魚礁がとても好きだ。
魚礁を好きになる条件はいくつかある。
 まず、その場所の海が好きになれるような海であること。日本中どこの海も好きだけれど、佐渡は好きな海、ベストファイブに入る。太平洋岸とはちょっとちがう穏やかさがある。穏やかと言っても、日本海の穏やかさは夏の間だけだが。
 水深が適切であること、35mという深度は、プロのダイバーにとって、浅すぎず、深すぎない。気持ちの良い深度だ。 そしてもちろん、写真を撮るのだから、水がきれいでなければだめだ。

 組合参事の内藤さんの人柄も好きだ。親切で、よくめんどうをみてくれる。 どんなに良い魚礁でも、それを管轄する漁協でけんもほろろに扱われたり、漁の邪魔だという態度を取られたりすれば、楽しくない。その魚礁もきらいになる。 人間の私にとっても、好きな魚礁、好きでない魚礁があるのだから、魚にも好きな魚礁、嫌いな魚礁があるはずで、魚が好きなる魚礁に魚が集まる。魚が好む魚礁の条件はどうだろう。私が好きになるような魚礁は、魚も好きになるのではないだろうか。もっとも、魚も種類によって好む条件が違うだろう。

 私が好きになる魚礁の重要な条件のもう一つは、魚がたくさん集まっている事、だから、私の好みと魚の好みは同じになって当然だけれど。

15日はお盆だ。帰省の車で込むだろう。しかし、15日になれば、故郷から帰途につく人が多く、下り線、故郷に向かう人は少ないのではないかと言う予想だ。関越自動車道に入るまでは混雑していたが、その後は普通に走って、予定通り、新潟についた。フェリーに乗り継いで佐渡へ。

 お世話になるダイビングサービスの藤井社長は、古い仲間だ。私の場合、どこに行っても古い仲間ばかり、そのことは、とても幸せだと思っているが、潜水と言う仕事一筋、まっすぐに五〇年だから、そのくらいの幸せはあっても良いだろう。佐渡につくと、さっそく藤井さんの会社、エスワールドに行き、話し込む。話題は景気の話しになってしまう。どのようにしてこの苦境を切りぬけるかという話題だが、お互いに水に潜ってさえ居れば、満足しているのだから、深刻な話しにはならない。それよりも、水の色、透明度の話の方が私にとっては、差し迫っている。今年は、8月になっても水が良くならない。今年は雨が多くて、川の水が流れ出しているから濁っている。10メートルがやっとだろう。それでも、小木の方では昨日は20mぐらいだったかな、とダイビングサービス責任者の庄司さんが言う。

8月16日 赤泊の魚礁

撮影プラン
20mmニコノス プロビア100 プラス1 増感
:f56が中心で光った魚、白い魚はf8 、水深35mだから、少しあおって水の色をだす。これはいつも通り。
15mmニコノス、1600増感で モノクロで全景を撮る。ビデオも撮影するつもりだ。

赤泊組合で、内藤さんに正確な沈設日時を確認する。
昭和32年 莚場地先 円筒型 120個 94.3立方メートル
 水深40m
 小規模な並型魚礁である。

 魚礁には、並型魚礁、大型魚礁、人工礁などの分け方がある。魚礁の専門家でない人は、プロのダイバーでもこの分け方がわからない。並型と言うと、1.03mとか1.5mの角型の魚礁、つまり並の大きさの魚礁を指すことであり、大きな、例えば、5m以上の高さを持つ、大きな魚礁を大型と呼ぶものだと思っている。ところがそうではなくて、並型、大型は、沈設事業の規模を指して呼んでいる。全体で120立方メートル以内を並型と呼びそれ以上の規模を大型とか人工礁と呼ぶ。これらの呼び方については、このホームページの沿岸漁業用語集に掲載している。

 莚場の魚礁は94.3立方メートルだから、まさしく並型の規模である。昭和32年は、私がスクーバダイビングを正式にはじめた年だ。

 チャーターする船は春日丸、これで三年お世話になっている。四年同じ魚礁の撮影をしていて、未だ使える写真がないのだ。情けない話しではある。今年こそ決めなければいけない、と決意を新たにする。と言って、頑張りすぎるのも危険だ。
 春日丸の船頭もなじみになっているから、気安く話しができる。組合参事の内藤さんも、一緒に乗っていってくれる。方々へ魚礁の撮影に行くけれど、参事さんが乗ってくれる組合は赤泊だけだ。聞くところによれば、赤泊は、明治時代から石を入れる築磯に熱心だったと言う。
 小さい漁船、春日丸で、岸に沿って20分も走ると莚場地先に到着する。船の上から見た限りでは、水の色は青くて透明度もよさそうだ。 藤井さんに聞いた話しでは、今年は透明度が悪いということだったから、まずまず良かった。しかし、楽観は出来ない。海の上から見てきれいでも、底が濁っていることもあるのだから。台風が発生すると、まだまだ遠い洋上に台風が居るのに、うねりが海底を揺らして、海底が濁る。いわゆる底うねりだが、こうなると魚が活発に動いて餌をあさりはじめる。漁が多くなるから漁師さんには良い事だが、潜水して写真を撮る者にとっては、海底の濁りは嬉しくない。

 今年は、日本に来る台風のあたり年で、この時もも13号が小笠原の近くを北上しつつある。

 魚礁に潜るためには、まず、魚礁の場所をあてなければならない。魚探で海底を探り、沈設されているブロックの高まりがCRT画面に現れるのを見て、標識を投入する。

 春日丸は、わりあいと大きなアンカーを持ち出して魚礁の位置に放り込み、船に結んだ。アンカーで船を固定したわけだ。私としては、魚礁の位置に小さい浮標を入れて、その回りを走って、さらに魚探で探って確認し、大きい浮標をさらに入れて、浮標のロープを伝わって潜降して行くのが常だ。長い時間、船を一ヶ所に止めておかなければならないから、アンカーを入れてしまった方が、船としては楽だ。アンカーは魚礁にかかって止まった。こうなると、浮標を入れるから船を離してくれとは言いにくい。潮の流はさほど速くない。見たところでは0.5ノットくらいだ。秒速で25センチ、問題なく潜れる速さなのだが、楽ではない。

 ロープの長さは50mだと船頭はいう。しっかりとアンカーは魚礁にかかっている。ダイバーにとってはアンカーが外れてしまうことが恐い。だから、アンカーはたよりにならない。浮標を入れる。直径10センチほどの小さい浮標に、5mmの太さのトワインロープをつけた自前の浮標を持ってきている。持ってきていて、船にも積み込んだのだが使わなかった。一人でなにもかもやるので、めんどうになったのだ。このまま行けるのなら行ってしまおう。

8月16日・一回目の潜水 (ダイビングログ(エクセルで作っている)からの転記)

佐渡:カレンダー撮影:赤泊の莚場:水深34.7m:水温23度:透明度約20m:10時19分潜水開始 :10時53分潜水終了:潜水時間35分・13分減圧停止する。

 注:このダイビングログで表記する潜水時間は、減圧表を使うための潜水時間、潜降開始から浮上開始までの時間ではなく、潜降開始から水面に戻るまでの総潜水時間であり、ダイビングコンピューターに表示される時間である。
 潜水開始時間、終了時間、潜った最大水深、水温、浮上してくる時の停止時間など、すべてダイビング・コンピューターが指示し、記録しておいてくれる。透明度だけは、記録が無いので、大体の感覚である。 潜降する上方から見下ろすように、15mmワイドのモノクロ撮影をする。魚礁は、はっきりと円筒型であることがわかる。人間の記憶と言うものは、本当にいいかげんなもの、というよりも選択的にものを見ていて、選択的に記憶している。魚に集中していると、見た魚は覚えているのだが、魚礁が円筒だったか、角型だったか覚えていない。調査をする場合ならば、調査項目を書いたメモ帳を持って行き、記入して行くのだが、15mmワイドのモノクロ撮影はメモ代わりの撮影だ。

 スガマリンの調査部長の田沼が、最近になって、メモ代わりの撮影は、 モノクロの1600増感が良いといいだしたので、そのテストの意味もあって撮影している。昔の調査は、ほとんど全部モノクロで増感現像で撮影した。カラーフィルムが良くなって、現在はカラーネガでメモ撮影をするが、カラーネガの1500のフィルムよりも、昔にもどってモノクロの方がシャープなので良いと言う考え方だ。

 上から見下ろすと、積み重ねられた魚礁ブロックの頂上付近にメジナが集まっている。20センチくらいの大きさで、数は20尾くらいだ。

良く見ると、20センチくらいのイシダイも2尾混じっている。これも20センチくらいの縞がくっきりとしたマハタも混ざっている。マアジが、海底近く、魚礁の周囲を群れて泳いでいる。マアジとしては大きいサイズで、30センチはあるかもしれない。マアジの群の数を推定することはほとんど不可能だが、それほど大きい群ではない、数百の単位の群だろう。群の数は、数百、数千、数万と言う三段階ぐらいでアバウトに推定するしかない。
マアジの群を追って撮影しながら魚礁の周囲をまわる。
 円筒型 120個 と台帳に記録されているのだが、120個もあるのだろうか。60個ぐらいに思える。しかし、94.3立方メートルと言うと、そんなものかなとも思う。人間が数を推定するのは本当にいい加減だ。
 初期の並型魚礁の典型と言えるだろう。撮影しながら一周して、大体の状況を見ておく。15mmの超ワイドレンズを着け、モノクロニコノスを撮り切って、20mmレンズを着けて、カラーポジフィルムを入れたニコノスに持ちかえる。20mmカメラでカレンダー撮影をする。私はニコノスの20mmレンズが好きで、ほとんどの写真を20mmで撮っている。使える写真は20mmで撮ったものだけと言う事もできる。その理由は、もちろんレンズそのものの性能も良いのだが、フォーカス合わせ、絞り合わせの操作性の良さである。マアジのような速く泳ぐ魚では、操作に手慣れていないと、合わせられない。それでも、水深30mを越えると、少し窒素酔いでぼけてきて、魚ばかりを見て、カメラを確認しないで、シャッターを押し続けて、全部ピンぼけになってしまっている失敗もある。

 ストロボはニコンの105を2台、1/4の発光で光らせる。フル発光や、TTL発光では速写に間に合わない。撮影を終了したモノクロにはストロボを付けていないので、そのまま手首にぶら下げる。

 ストロボ発光でマアジを狙うのだが、動きが速いし、海底近くにいるので、砂地に姿が溶け込んでしまって、はっきりとは見えにくい。写ってもものにならないだろう。これと言った被写体がないので探しまわる。

魚礁は、円筒型のブロックが三段重ねになっている。きっちりと積まれているわけではなくて、いいかげんに積まれている。こんな積み重ね方を調査報告書ではいいかげん積みとは言えないので、乱積み(らんづみ)と表現する。

 魚礁を砂地に沈設し、その場所が潮流の速いところだと、流れが魚礁にあたって舞いあがるために、周囲の砂が次第に掘られて行く。この現象を洗掘と言う。洗掘が次第に進むと、摺り鉢状に蟻地獄のようになり、ついには砂が崩れて魚礁が埋まってしまう。古い魚礁の多くは、こんな風に海底に埋まってしまってその役割を終える。この魚礁は、砂地に置かれているのに、そして、相当に流れが速いのに、ほとんど洗掘がなく、埋まってもいない。昭和32年以来の長寿を保っている。まだこれから100年以上はこのままで居るだろう。

 魚礁には、網の残骸やロープが引っ掛かっている。写真的には、網やロープが写り込んでしまうのは芳しくないが、避けて撮影するのが難しい。長い間、漁がここで行われて来たのだから仕方が無い。

 三段に乱積みされた底、一段目のブロックの隙間の奥を覗き込むと大型のメバルが数十尾見える。

 円筒型のブロックには、横に窓がついていて、窓の大きさは上半身を入れ込むことがようやく出来る大きさだ。海底と魚礁ブロックの隙間に身体を入れて、奥に入って行く。メバルだけではなくて、クロソイが何尾か見える。上を見上げると、三段に積み重なった上からもれてくる光が美しい。まるで洞窟に入ったようだ。今回の撮影はこれで決めようと思いながら10枚ほど撮影する。

 メバルは、魚礁にも投石礁荷も、もちろん天然の礁にも良く集まる魚だ。ホンダワラの藻場の中にも、アラメやカジメの海中林の中にもいる。つまりどこにでも居る魚と言えるだろう。しかし、とにかく美味しい魚で漁獲の対象になっている有用魚だ。メバルは、動かないので撮影しやすい。人工魚礁に有用魚を写し込もうとすると誰が撮影してもまずメバルになる。人工魚礁調査に、一番多く顔を出す魚だ。

 またメバルかと言われるので、撮影しているカレンダーにはなるべく出さないように心がけるのだが、羅臼ではエゾメバルを撮影したし、ここでもメバル、となると、どうだろう。外に泳いでいたマアジが気にかかる。マアジも撮っておいた方が良いのではないか。後戻りして、身体を外に出す。こんなときに、オクトパスが引っ掛かるので、困る。とにかく外に出て、マアジを追うが、群がそれほど大きくないので、迫力が無い。こんなことなら、もっとメバルを撮影しておけば良かった。

 海底近くのブロックの下に潜り込んだので、深いところで過ごした時間が多くなり、ダイビングコンピューターを見ると停止時間が7分に進んでしまっている。直ちに浮上して、念のために13分減圧する。

 予想していたよりも透明度が高いし、魚も多い。快調な出だしで撮影ができそうだ。

 次の潜水までの休憩時間、小船の上で、内藤参事さん(参事は、組合の実質的な責任者だ)、春日丸の船頭と三人で雑談する。

 私は、70歳で引退する時に、1億円の金を握っていられたかもしれない方法を話す。私の方法では、40歳の時にスタートしなければならないから、私はもうとっくに遅くなってしまっていて出来ないのだが。

まず、40歳までは、自分の仕事の方向、仕事の技術を身につけて充実させる。40歳で独立して、スタートする。70歳がゴールだから30年計画である。事業と言うものは、すべて30年計画で、最初の10年間は種を巻いて育てる期間であるから資金を注ぎ込む。ただし銀行から借金してはいけない。それまでにためた自己資金の範囲で計画を立てる。次の10年が収穫期で、もうかる。最後の10年は、惰力でなんとかプラスマイナスゼロで進行するから、その間に整理をする。

 とかく、お金と言うものは、稼ぐ人に貯まるものではない。稼ぐ人は、これだけ稼いだから、このくらいは使って良いはずだ、などと言って、ほとんどの稼ぎを使ってしまう。金は、稼ぐ人に貯まるのではなくて、使わない人に貯まるものなのだ。とにかく使わない。収穫期の収穫が少なくても、使わなければ、70歳で1億は貯まるはずだ。

 内藤さんも春日丸も、そんな、金を貯める生き方なんて嫌だ、という。みんなと酒をわいわい飲みたいし、金も使いたい。70歳になって1億あったって仕方が無い。人と仲良く、幸せであれば金が無くても良いではないかという。

 私は、1億はおろか、一千万も無い。そして今、1億ほしい。1億あれば、ずいぶん方々へ潜りに行かれる。やはり使うことを考えている、だめだこれでは。

 しかし、人の生き方はともかくとして、会社の経営は、金を使わないで貯めなければいけない。自分に一億無いのは良しとしても、会社に1億がないことは、反省し、後悔しなければならない。

 そんなことを話しているうちに1時間が過ぎる。本当は2時間休まなければいけないのだが、忙しい参事さんを拘束しているのだから、それほどまでは休憩できない。

 二回目の潜水

ダイビングログからの転記
8月16日:佐渡    カレンダー撮影:          赤泊の莚場:水深34.7m:水温23度:透明度約20m、12時27分潜水開始 潜水時間 4分 12時31分潜水終了

 今度は、ビデオカメラとストロボをセットしたスチルカメラを持って行く。ビデオカメラをかまえて、スチルカメラを小脇に抱えて潜水する。

 ビデオは潜降を開始した時点から廻し始めて、6分間撮影する。ビデオカメラはアンカーのそばに置いて、あとはスチルで魚礁の下段に入り込み、射し込む光を見上げるようにして、メバルか、出来ればソイを撮影しよう。
 カメラをまわしてながら潜降する。
 魚礁を上から撮影しながら中心に降りる。乱積みになっている一番上の部分にメジナが群れている。私が接近する前には、魚礁の上方8mくらいのところに群れ泳いでいたのが、接近するにつれて、魚礁ブロックに隠れることができるところまで降りて来ているのだ。イシダイが2尾ブロックの中に入って行った。まだ、縞模様がはっきりと見える、小さいマハタが2尾周囲を泳いでいる。第一回目の潜水とほとんど様子が変わっていない。カメラを右下に旋回させると、大型のマアジ(20〜30センチ)の群れが行列を作るように、魚礁の周囲を周ってゆく。魚礁の中段あたりの高さを左から右へと時計回りに周って行く。右手上方から、やや小型の7〜8センチのマアジの大群が降りて来た。このマアジの群れを見上げるようにカメラを振り上げたら、アンカーロープが切断されて、浮いて行くところが目に入った。船が揺られるので、ロープが魚礁に擦れて切れたのだ。あわてて、ロープをつかもうとした。水面は、流れがあり、風も吹いていて船を押し流しているので、ロープの動きは速い。ロープをつかもうとして、待てよ、と思った。このロープを掴んだら、引っ張られて身体が浮いてしまう。そのままロープを見送った。

 どうすれば良いのだ。これで、ロープを手繰って浮上することは出来なくなった。

 30m以上の深さに、二回目の潜水である。しかも、第一回は10分以上の減圧をした。その上に、潜水インターバルの休憩時間は、1時間しか取っていない。今度も10分以上の減圧停止が必要なことはまちがいない。

 私のとるべき選択肢は、@このまま撮影を続けて減圧停止はロープ無しで行う。Aただちに浮上して、ロープを入れなおして再度潜水する。

透明度が良いから、下から船を見上げて確認することはできる。しかし、上から気泡を確実に追ってくれるだろうか。もしも見過ごせば漂流だ。それに、ロープ無しでの停止は不安定だから、カメラ2台を持っていては、確実な停止ができない。

瞬時に判断して、浮上を選択した。潜水時間はまだ3分しか経過していない。減圧停止は必要ない。

相当の早さで急浮上した。ダイビングコンピューターの指示する潜水時間は4分しか経過していないから、30mを1分もかけずに浮上したことになる。それでも3mと1mの停止は行った。空気塞栓の防止だけはしておかなければ、それにしても、自分としては毎分18mくらいの速さのつもりだった。昔はダイビングコンピューターが無かったから、浮上速度がわからなかっただけなのだろう。人間の感覚なんて頼りにならないものだ。浮上を選択したことは、間違いではなかったが、慌てる事は無かった。せめて2分かけて浮上するべきだったろう。
 もしものことが起こっていれば、アンカーロープさえ切れなければ、こんなことにはならなかったと言うことになる。学生のころ、たしか昭和33年だった。アンカーロープを使って人工魚礁に潜水したために、死にそこなっている。それ以来、アンカーロープは危ない。必ず、浮標と潜降索で潜ろうと心に決めていたのだが、船頭がアンカーを入れて決めてしまうとついそれに従ってしまう。

舟が波に揺られるので、アンカーロープが魚礁にこすれて切れた。付着生物がたくさん付いた魚礁は、鑢のような効果がある。ロープなどたちまち擦り切れてしまう。浮標をつけた潜降ロープならば、ロープは垂直に立つので、ロープが魚礁に擦れることはほとんど無い。アンカーは、また、船が波や風に揺られると、外れてしまうことがある。潜降ロープにつける浮標は、船とは比べ物にならないほど小さいから、揺られて外れることは、ほとんど無い。とにかく潜水しているダイバーにとっては、浮上するための索がなくなってしまうことが恐ろしい。

急浮上のおかげで、空気はまだ170キロ残っている。12リットルのタンクである。タンクは二本しか持ってきていないが、この170キロでもう一度潜水しよう。

潜水時間は4分と短かったが、30分休憩することにした。

  三回目の潜水

ダイビングログからの転記
8月16日:佐渡    カレンダー撮影:          赤泊の莚場:水深34.7m:水温23度:透明度約20m、13時潜水開始 潜水時間 3分 13時3分潜水終了

 今度は、アンカーではなくて、浮標をつけた潜降索を垂直に降ろした。
 急いで撮影して、10分以内に浮上する予定だ。ダイビングコンピューターの指示では、10分以内ならば、減圧停止をしなくても済む。しかし、安全のために10分間は停止しよう。
 ストロボ付きのニコノスだけを持って潜降する。
 潜降索に沿って、海底を見下ろしながら降りて行くのだが、魚礁の姿が見えない。降りて行く時に見えなくても、浮上する時には良く見えることがある。これは、目が暗さになれていないためだ。

 海底に下りると、砂地だ。20mの巻尺を持っている。これで円形捜索をすれば、おそらく魚礁は見つかるだろう。しかし、見つかった時点で、タイムリミットになってしまう可能性が大きい。なにしろ30mをこえる水深で三回目の潜水である。休憩時間も短い。空気も170だ。魚礁の真上に降りれば、撮影が出来るが、捜索をしてから撮影する時間はない。

 それでも未練がある。潮上に向かって、7mほど泳いですかしてみるようにして凝視して見た。何も見えない。魚礁があれば、黒い影のように見えるはずだ。

 あきらめて浮上した。ダイビングコンピューターの指示する潜水時間は4分だった。ダイビングコンピューターの指示は、浮上する時間も含めての総潜水時間である。潜降開始してから、浮上を開始するまでの潜水時間ではない。今回は潜降索をたどっての浮上であるが、やはり30mを2分かけないで浮上して水面に出ている。いつもこんな速さで浮上していたのだと、いまさらのように驚いた。10年前はもっと速い浮上だったにちがいない。プロのダイバーで、私だけが特に速いわけではない。

 いつもの潜水では、30mまで潜ったならば、3分とか4分で浮上してしまうことはない。20分とか30分という総潜水時間の中に浮上時間も含まれて表示されるから、わからなかったのだ。また、、30m以上の潜水では、ほとんどの場合、3mと1.5mでの一時停止をするから、自分の本当の浮上速度がわからなかったのだ。

 次回からはもっとゆっくり浮上しようと思うが、身体に習慣的に染み付いてしまっている浮上速度だから、どうにもならないかもしれない。しかし、もっとゆっくりを心がけよう。

 とにかくこれで、この日の魚礁の潜水撮影は終了した。

 同行してきた、U3のダイビングツアーはどうしただろうか。気になる。赤泊から、水津を通って両津へ戻る道を走っていると、U3の責任者である大西から携帯へメールが入った。

 「北小浦で、一人溺れた人が居て、今日は潜水取りやめになりました。これから、温泉とトキセンターに行きます。僕が心マッサージをしましたが、蘇生しませんでした。」

 なんと言うことだ。とにかくダイビングサービスに戻って状況を確認し、明日のダイビングの段取りをたてよう。私たちのグループのメンバーがショックを受けなければ良いけれど。楽しみに来ているのに、ショッキングな出来事だから心配だ。

  亡くなったのは、男性で、8人のグループで3人のスタッフが安全管理をしていた。なにか持病があったのではないかと想像されているが、検死の結果が出なければわからない。事故を起こしたのは、福島県のグループであり、昨夜午前2時に出発して、朝のフェリーで佐渡に到着し、そのまま北小浦に向かったそうだ。寝不足も原因の一つに考えられる。

 海底に横になって、マウスピースを口から放して、呼吸していない状態で発見された。
 バディシステムが機能していなかったことは確かだ。
 理由はよくわからない。しかし、例えば循環器疾患があり、心筋梗塞で倒れたとしても、バディがすぐに異常を知ることができれば、直ちに救助できただろう。上には船がいるし、周囲にダイバーもたくさんいる。

  私は魚礁の撮影では、一人で潜ることがある。
 アマチュアでもスチル撮影に熱中するダイバーは一人で潜る人が少なくない。私の会社はプロダイバーの集団だが、バディシステムを取っていなかったことが原因、つまり他の原因はまったく見当たらなかったので、バディシステムさえしっかり行っていれば救助が出来たと思われる状態で、若者を一人失っている。痛恨の出来事だった。だから、プロのダイビングであっても、いやプロであるからこそ、社員にはバディシステムの厳守を指示している。バディシステムよりもさらに確実なケーブルダイビングシステムという有線通話による管理方式も時に応じて使っている。

 それでは、何故、自分だけは一人で潜るのか。自分のダイビングは自分の責任であり、誰の責任を追及することはないから、良いことにしている。それでも、もしもの場合には、捜索だとか、さまざまな事後処理で人に迷惑はかける。申し訳ないが保険で対応してもらうしかない。それに、もう私には先に別の人生がない。潜りつづけ潜りぬくより他に私の生涯はないのだ。

自分の責任で自分一人で潜ることを認めてもらえないと、スチル撮影をしているほとんどのダイバーの一人きりの潜水は認められなくなってしまう。今、魚や海辺の生き物の図鑑がたくさん出ている。この図鑑を撮影したカメラマンダイバーのほとんどが一人で潜水して撮影している。

 それでも、私の会社はバディシステムを命じているから、私もバディシステムを心がけてはいる。初めて潜る場所だったり、あるいは、潜ろうとする水深よりも海底が深い場合、一人きりのダイビングに恐怖を感じることもあるので、アシスタントを頼む。佐渡の莚場の魚礁は、おなじみの場所であり、水深も、34.5m、魚礁のある場所が海底である。9月に撮影しに行く予定の鉄塔魚礁は、水深70mから聳え立っていて、撮影する場所は中段の50m地点、海底は70mだから、潜ろうとする水深よりも海底の方が深い。少し怖いので、だれかエキスパートに一緒に潜ってもらう。

私のバディは、私のセキュリティのためだけに潜水してもらう。他のことは一切してもらわない。私はバディのことを一切気にとめない。もしも、私のバディに何かが起こったら、私に知らせてくれなければ対応しない。私に何かが起こったときには、彼は常時私を注視しているのだから、直ちに助けてくれるはずだ。

私の会社でバディシステムを厳守させているとは言っても、一人が撮影し、一人が付着生物の採集をしているような場合、バディシステムと言えるかどうか問題はある。自分に何事か起こったときに、知らせるバディが離れている状況が多いからだ。水中では声は出せない。タンクを叩くと言う方法もあるが、叩く余裕があれば、接近して肩を叩くこともできる。

バディシステムは、ハートアタックのような突然の状況で、直ちに相手に異常を知らせられる距離に居なければ確実ではない。しかし、これはプロのダイビングでは不可能なことだ。

今回の事故が、もしも、ハートアタックであったとすれば、一般に行われているレベルのバディシステムでは対応は難しい。仕方が無かった。運が悪かったと言うしかないだろう。

引率しているインストラクターや、ガイドが、バディシステムの徹底を図らなかった。潜水前の事前ブリーフィングで、バディシステムの徹底を命じなかったとしても、バディシステムはダイバーの常識だから、徹底させなかったことで、ガイドやインストラクターを責めるのは酷であろう。

今回の事故は、すでにCカードを持っているダイバーに起こった事故であり、講習中の事故ではないから、責任の所在は微妙ではあるが、本人の責任が大きいと言わざるを得ないように思う。

常々書いたり、言ったりしているのだが、アマチュアダイビングにおけるバディシステムは相互連絡による安全管理システムである。

初心者どうしのバディの場合、相手に何かが起こっても、救助する能力は無いから、バディシステムは意味がないとか、上級者であっても、女性とか高齢者では、救助する体力が無いから意味がないとか言われることがある。もちろん、救助できればそれに越したことは無いのだが、力も無いのに助けようとして、二人とも遭難してしまう場合も考えられる。異常があったら、近くにいる仲間、スタッフに知らせることが第一であり、それがバディシステムの目的である。昨今では、バディが2人だけで行動することは、少なく、インストラクターあるいはガイドダイバーがガイドして引率する形で行われるのが普通である。バディのお客を一人のガイドが案内する形が最も安全度が高い。指導団体の基準では、一人のインストラクターが6人までの初心者を水中で引率することができることになっている。しかし、バディシステムが機能していなければ、一人のスタッフが6人を完全に掌握することは難しい。水が濁っていて見通しが悪い時など、不可能に近い。互いに密接な連携を保ち、異常があったならば直ちに知らせてくれるバディが三組であれば、一人のスタッフで安全管理することが可能である。

今回の事故は、異常を直ちに申告するバディシステムが完全に機能していなかったから、海底に横たわって発見された。
 心配していたのだが、ツアーのメンバーは皆元気だった。自分たちとはかかわりの無い出来事ととらえているらしい。それとも、インストラクターの大西君に絶対の信頼感を抱いているから、自分たちは大丈夫と思っているのだろうか。
 台風13号が太平洋を上がってきている。その影響だろうか、午後は北東の風が吹きはじめていて、波高は1.2mになった。北東の風が吹くと、北小浦は潜れない。私の判断では、台風はまだまだ接近しない。接近したといっても太平洋岸への接近だ。日本海ではまだまだ、風は吹かない。明日も北小浦は潜れると思う。しかし、佐渡の海をよくわかっているダイビングサービスの意見は尊重しなければならない。明日は、北小浦は無理、ツアーメンバーは島の反対側、相川の近くの姫津へ行くことに決定した。

 私が行く赤泊も北東の風には弱い。しかし、朝のうちは風も吹かないはず。10時頃までは、波も立たないと判断して、朝早く、7時に春日丸を出す約束をした。

 

8月17日(土曜日) 赤泊の魚礁撮影・姫津のツアーダイビング

 朝7時、未だ風は強くない。沖を見ても波が白くなっているところがない。
 昨日の位置確定の失敗があるので、自分で用意している小さな浮標も使うことにした。昨日もこの小さな浮標を用意していたのだが、春日丸の親父が自信を持って大きな浮標(ボンテン)を入れたので、自分の浮標は使わなかったのだ。

 私の浮標は、5mmの細いトワインに瓜の形をした小さなブイを結んである。35mの水深だから、35尋の長さにした。1尋は両手間隔で測る。一般に1尋は1.5mとされているが、私の両手間隔はおよそ1.3mだから45mの長さだ。自分の両手間隔がわかっていると、トワインの長さを測る時に便利である。

 魚群探知機で魚礁の位置を確認する。大体の山たてをしておいて、ここぞと思うあたりで魚探を海底に当てながら走るのだ。春日丸はベテランの漁師だから、ほとんど走り回らずに、一発で魚礁の上に来る。だからこそ、信用して昨日は失敗した。漁師の精度は、魚礁から20m以内にブイが打てれば良い程度の精度である。ダイバーのためには、目標の真上にブイが打てなければこまる。目標の真上にブイを入れることを、海上自衛隊などでは、直上設標と呼ぶ。直上設標でなければ、水深30mを越える目標に一人で潜水することはできない。たとえ、20mの距離でも、捜索している時間はない。

私も一緒に魚探の表示画面を見て、錨を着けた春日丸の浮標を入れる。浮標には竹竿に小旗がついている本格的なボンテンだ。昨日の一回目の潜水では、ロープを船に結んで、アンカーにしたので擦り切れてしまった。今日は、船には結ばない。浮標をつけて浮かせておく。入れた浮標の周囲をゆっくりと船を回して位置を確認する。真上にはあたっていないように思える。自分で用意している小さなブイを入れる。いつもならば、5キロのウエイトベルトを結びつけて沈めるのだが、ウエイトベルトを車に置いてきてしまった。網漁をやる船だから石の周りをロープで十文字にくくって、重石に作ってある。その重石の一つを借りて沈めた。少し小さめだと思ったが、トワインは細くて水の抵抗が少ないから、動くようなことは無いだろう。

 15mmレンズのニコノス、20mmレンズのニコノス、ニコノスを二台持って行く。それぞれストロボが2灯つけてある。魚礁の撮影にはニコノスしか使わない。一眼レフのハウジングでは、魚の速い動きについてゆかれないし、ストロボを2灯つけるとハウジングは大きくなるので、二台のカメラを持って行けない。カメラマンには二つのタイプがある。じっくりと時間をかけて慎重にシャッターを押すタイプと、「下手な鉄砲も数撃てば当たる」式にどんどんシャッターを押すタイプだ。私はたくさんシャッターを押すタイプだ。

 表現を変えると、プロとアマチュアの差は、撮影枚数の差だ、と言うタイプと、かける時間の差だというタイプだ。私は枚数で勝負する。しかし、ろくな写真が撮れない理由は、じっくりと対象を観察して丁寧に撮らないからだと、反省し、一枚の撮影を大事にしようとするのだが、時間に限りがある深い潜水では、どうしてもじっくり型にはなれない。

 8月17日・一回目の潜水

佐渡:カレンダー撮影:赤泊の莚場:水深34.7m:水温23度:透明度約17m:8時7分潜水開始 : 8時44分潜水終了:潜水時間 35分 減圧停止13分

 船長が入れた重い錨のついたロープを手繰って潜降する。昨日よりも透明度が悪い。昨日は透明度20m、今日は透明度17mとログに記入した。水面近くの水は暖かく、27度近いが、水深20mを越えると急に冷たくなって、水温は23度だ。水が冷たくなるあたりから、透明度は良くなる。降りて行く左手に魚礁が見下ろせる。錨は魚礁から10mほど離れている。私の小さいブイは、魚礁から6mほどの距離だ。やはり私の方が近い。船長は、魚探で確認すると、船首に走って行って錨を投げる。船の長さは5mほどある。私は、魚探を見ながらその位置で投げ込んだ。その差だろう。

 昨日居た、大きいサイズのマアジの群れは、見当たらない。この魚礁の近くには、同じ程度の大きさの並型魚礁が幾つも沈設されている。一番近いものでは、100mも離れない位置、水深50mにもう一つある。それは、昭和34年の沈設で、1.3mの方形のブロックが使われている。マアジは、今日はここ、明日はあちらと、幾つもの魚礁を巡っているのだろう。相当に行動範囲が広いから、岸辺近くに行っていることもある。

 魚礁の最下段の奥まで這いこんで、大型のメバルを撮影する。これは15mmで撮影した。これも昨日はソイが数尾見られたのだが、今日はメバルばかりだ。メバルよりもソイのほうが商品価値が高い。ソイのほうが大型になり、そして数が少ないからだ。水深35mの底で、魚礁の中に入り込んで、36枚ぜんぶを撮り切った。潜水時間に制限があるから速写になってしまう。

 もう一台のニコノス20mmで、魚礁の周囲を巡りながら被写体を探す。小型のメバルが群れている。フレームの中に20尾は入るだろう。

 大型のマアジが回って来たが、数は20尾ほどの小さい群れだ。それでもとにかく撮影する。
 小さいマアジの稚魚の群れも回って来たが、これも昨日見た群れよりも小さい。
 被写体になるような魚を探す。逃がさないように接近する。メバルはほとんど逃げないから接近は簡単だ。イシダイも数尾見えるが、接近すると逃げてしまう。大きな群れならばともかく、二〜三尾の、あまり大きくない、20センチ程度のイシダイでは、苦労して接近するほどのことはない。魚と、そして撮影することだけに集中するので、他のものはほとんど目に入っていない。

 浮上する時間が来た。

 昨日ロープを切ってしまった錨にロープを引っ掛けてくれと、船長に頼まれている。錨も安くない。私が今日支払う船代に匹敵するだろう。大きな錨の根元に、切れた錨を引き揚げるロープが、コイルになって取り付けられているのだが、そのアンカーまで行き、コイルを解いて戻ってくる時間がない。おそらく、5分はかかるだろう。この時点でも、減圧停止を6分するようにダイビングコンピューターが指示しているのだから、あと5分の潜水時間を加えたら、減圧停止が10分を越えてしまう。引き続いて、もう一回潜るつもりだから、この潜水を長引かせたくない。もう一つのブイ、トワインに小さい石が結び付けられている潜降索は、より近くにあるし、軽いから持ち運びも簡単である。トワインを引っ張ってきて、切れたアンカーに結びつけた。切れたアンカーは、魚礁ブロックのすぐ脇に入っているので、引き揚げの時に、魚礁に引っかからないように、少し離して置く。35mの海底で、重いアンカーを引きずるのは、あんまり嬉しくない。ぎりぎりの潜水をしているので、少しでも労働が増えると減圧症になる可能性が出てくる。

太いロープにはもどらずに、そのまま、細い(5mm)のトワインを手繰って浮上する。

 手繰るといっても、手の力で身体を引き揚げるのではない。身体浮上はBCDの浮力にまかせて、どちらかといえば、浮上する速度を抑えるようにトワインを引っ張る。小さな石の重石では、引き揚げてしまうだろうが、アンカーに結んであるので大丈夫だ。それでも、片手に2台のカメラを束ねるようにして持ち、片手で、細いトワインロープをつかみ、BCDの操作をする時には、トワインを手放して、蛇腹管を引っ張る。引っ張って空気を抜きすぎると、身体が沈みかける。また空気を入れて身体を浮かせる。

身体が沈むようにBCDの空気を少なくして、ロープを手繰って浮上する方が楽なのだ。ところが、身体を引き揚げる方向に手繰ると、小さいブイは沈んでしまう。この状態では、水面に近い3mで減圧停止をするのはとても難しい。私は、いつも水深5mで停止するのだが、今回は5mでも辛い。5mと6mの間でまず止まる。

 ダイビングコンピューターからほんの少しの間、目を離していて、気がつくと水深10mに落ちている。小さいブイにつかまって、引っ張ってしまい、沈めてしまったのだ。あわてて、浮き上がる。そんなことを繰り返しているうちに、空気を入れるボタンを誤って押してしまった。身体が急に浮き上がり、BCDのレリーフバルブが過度の膨張で音を立てる。慌てて、頭を下にして、蛇腹管を引くが沈まない。頭を下にしたので、BCDの空気が底の方に貯まってしまい、抜けないのだ。後ろに手を回して、腰の位置についている、緊急バルブを開く。こんなことで、減圧が不安定になったので、5分間長く減圧することにした。

 太いロープがピンと張られていると、ロープに足を巻きつけて、またがるようにして身体を安定させる。細いトワインではこんなことはできない。体を吹き流すようにして安定させる。これでようやく安定した。しばらく細いトワインでの減圧停止をやらなかったので、身体が忘れていたのだ。ようやく、思い出した。

 昨日事故があり、そして、今日だ。大西は一人で8人のお客を連れている。海洋講習は一人のインストラクターが6人までしか見られないことになっている。ほとんど全員が既にCカードを取っている人たちだから、8人でもかまわないが、それでも不安ではある。こちらを早めに切り上げて、合流してやりたい。

 船長に、今日はもうやめにしようか、というと、「まだ、ビデオの撮影が残っているだろう。」と言われる。もう一回ここで潜水することにした。

 休憩時間を30分に切り詰めることにした。

 春日丸の船頭と話をして、30分を過ごす。あの魚礁ではウマヅラハギを刺し網で採っているのだそうだ。だから一発で場所がわかるのだ。

 「だからウマヅラがいないだろう。俺がみんな取っちゃうんだ。魚探反応でウマヅラはすぐにわかるから、ウマヅラ専門に取っている。」

 たしかにウマヅラハギは二三尾しか見えなかった。

 今から20年も前になるだろうか、ウマヅラハギが大発生をした。定置網にはウマヅラばかり、大型トラックで運ぶほど取れた。とてもおいしい魚なのに、それまではあまりたくさんは取れなかったので、市場で値打ちが低かった。そのころ、人工魚礁にウマヅラが群れている写真を撮っても、「またウマヅラか」と言われた。今では市場価値が高い。キロで500円だと言う。100キロ採れば50000円になる。「そんなには取れないよ」と船頭は言うが。

 そんな話をしているうちに、時間が来た。

 8月17日・二回目の潜水

佐渡:カレンダー撮影:赤泊の莚場:水深34.7m:水温23度:透明度約17m:9時33分潜水開始 : 9時51分潜水終了:潜水時間 18分 減圧停止7分

 今度はビデオカメラだけを持って潜水する。

 上から見下ろすと、魚礁の上には、スズメダイが群れている。頂上のブロックには、昨日来のメジナが10尾ほど、縞のはっきりしているマハタが2尾、イシダイが1尾見える。

 マアジの群れは見えない。

 下段のブロックの中にもぐりこもうと思っていたのだが、先ほどの潜水で入り込んだ入り口が見つからない。上から見下ろしたのでは見つけられないのだ。海底に降りて、水平位置で探さないと見つからない。探している時間はない。とにかく11分、カメラを回し続けて魚礁の周囲を巡る。

浮上を開始すると、魚礁の上に7〜8センチの小型のウスメバルが大群でおよぎ寄って来た。その後にスズメダイが続き、最後に小型のマアジの群れが続いた。浮上の途中だったので、一部を撮影しただけだった。ここで、未練を持って、再び降りていって撮影すると、撮影結果は良くなるが、減圧症の可能性が増大する。迷わず浮上しなければいけない。

 予定通りの11分だから、まだ減圧停止のマークはダイビングコンピューターに表示されなかったが、7分減圧停止して浮上した。

  港に戻るころ風が吹き始めて、沖には少し白波が見えてきた。10時までは,天気が持ちこたえると予想していたとおりだ。

春日丸に支払いを済ますと、山を越えて真野に出て、真野から相川、そして姫津に向かった。1時間で到着の予定だったが、真野でスーパーマーケットに停まり、パックされたカレーライスを食べたりしたので、2時間近くかかった。冷えかかったカレーライスはなぜかとてもおいしかった。

 姫津に到着すると、グループはお弁当を食べているところだ。

 大雨の水が川から流れ込んでいて、水は濁っていて、しかも風が吹いているから沖にはでられない。アーチがあって、中にメバルが群れているところが姫津のダイビングポイントの売り物だと言うのだが、そのアーチには波が高くて行かれないそうだ。午前中は、港の近くの波が遮られているポイントに潜った。何があるかと言うと、通り抜けられる小さな穴があるのだが、穴の中に入って皆のフィンで濁りを巻き上げたので、何がなんだかわからない状態になってしまった。

 二本目はどこに行くか、小さなドロップオフのある、地形が複雑なところに行くことになった。中型の漁船が一隻、小型の漁船が一隻、二隻がピストンでダイバーたちを運んでいる。私たちは、人数が多いので、中型の漁船の帰りを待って、乗り込んで出発した。陸上でタンクを背負い、すぐに水に入れる状態で、船に乗り込む。こんなスタイルの潜水は久しぶりだ。潜水を始めてからたしか二回目だ。私の潜水は、いつでも潜る寸前にタンクを背負うか、水面にスクーバを浮かべておいて,水面で装着する。郷に入れば郷に従わなくてはならない。

 8人のグループのうちで、私は三人を受け持つことになった。小林さん夫妻と、小林さんの奥さんのお姉さんであるマユミさんの三人だ。アドバンスの実技講習ということで、小林さんを教えたので、面識があり受け持つことにしたのだ。小林さん夫妻は、この佐渡のツアーでタンク百本を迎える。お姉さんのマユミさんは、まだ10本ぐらいの初心者だ。

 マユミさんは耳抜きが出来にくいので心配している。もう10回も潜っているのだから,耳が抜けないわけではない。心配性なのだ。

 

8月17日・三回目の潜水

佐渡:ツアーの付き添い:姫津:水深24.7m:水温27度:透明度約8m:13時17分潜水開始 : 13時44分潜水終了:潜水時間 27分 減圧停止なし

 ボートダイビングでは、皆、バックロールエントリーで水に入る。私はバックロールエントリーを薦めない。後ろ反りになってタンクから水に落ちるのだが、下にダイバーが出てきたら危ない。後ろを振り向いて、ダイバーがいないことを確認するか、傍らに立つスタッフが,水面を確認して合図を出して飛び込ませる。それでも浮いてきたダイバーの頭の上に落ちて事故が起こった。事故があった八丈島では、バックロールを禁止していた。見識だと思う。今でも禁止が続いているかどうかわからない。八丈島のダイビング組合は、安全対策に熱心なところで、スクリューに巻き込まれた事故が起こると、スクリューにカバーを付けて、ダイバーが巻き込まれないようにしている船でなければダイバーを乗せてはいけないというルールを作ったりしていた。いずれも10年以上前のことなので,現在も続いているかどうかわからない。人間は喉もと過ぎれば熱さを忘れる。必ず忘れる。

 私が薦めるボートからのエントリー方法は、サイドロールエントリーだ。

 歳を取ると、水中ではまだまだ自由自在に動けるが、タンクを背負ったりすることは、若いころのようには行かない。タンクを頭の上からかぶり落すような背負い方は、危ないから薦められない方法であるが、大西は体力を誇示しているのか、やっている。私もやっていたが、この数年、あの背負い方が出来なくなった。BCDのベルトに肩を通しながら立ち上がって背負うやり方も難しくなってきた。腰を傷めると困るので、無理はしない。ボートの上で背負う時には、ウエイトベルトを着け、フィンも履いてしまってから、船縁にタンクを立てかけておいて、足を前に投げ出して、背中をBCDのハーネスに当てて、肩のベルトに腕を入れる。そのままでは立ち上がれないので、身体をひねるようにして、両膝を船の床につけて膝立ちになる。次に立て膝になって立ち上がるのだが、サイドロールエントリーは立ち上がる必要が無い。膝で歩いて、船縁に近づく。船縁から身体を乗り出すようにして水面を見て、障害物、浮上してくる人が無いことを確認する。そのまま乗り出して、頭から水に落ちてもよいのだが、片足を伸ばして船縁をまたぐようにする。またぎながら横転して、タンクから先に水に落ちる。落ちる前に水面を見て、ダイバーが浮いてくるようだったならば、すぐに横転を中止することができる。既に重心を移動した後なので,中止できなくても、水中にはブレーキをかけてずり落ちるから、反動をつけて飛び込んでくるようなバックロールよりは危険が少ない。

 進行方向が舳につないだ潜降ロープに向かうものだとすれば、横転した頭の方向が進行方向になるから、そのまますぐに前方に泳いで移動できる。バックロールだと、船縁から直角に離れてしまうから、流れの強い時などは、流されてしまう。

 もう一つ、水面から頭までの高さが低いことも利点である。バックロールで船縁に腰掛けたときの頭の高さと、船縁から少し乗り出した頭の高さでは、座高の分だけバックロールが高くなる。もちろん高い方が危ない。
 カメラを持ったまま水に入ることは、バックロールでは危ないが、サイドロールならば危なくない。乗り出した体の片手にカメラを持って、カメラを水に漬ける。カメラを水に漬けた状態でサイドロールすれば、カメラを壊すことはない。乗り出した手に持ったカメラが水に漬からなほど高い船縁であれば、カメラを持って入るのはやめにする。後から手渡してもらうことになる。

 サイドロールで何か都合が悪いところがあるのだろうか。大きな事故でも起こったのだろうか。私は知らない。バックロールよりもサイドロールの方が良い。
 サイドロールエントリーについて説明しているマニュアルは、私の書いた全日本潜水連盟の中級・上級マニュアルと、そして、現在、PADIジャパンの会長である宮下さんが若いころに書いた本、「目で見る潜水教室」だけである。
 実は私は誤解していた。バックロールは、アメリカの水中破壊部隊(UDT)が疾走するゴムボートの上から飛び込む方法がルーツになっていると思っていた。宮下さんの本では、このサイドロールが、水中破壊部隊の飛び込み方であったと書いてある。そうだろう。UDTがバックロールのような危ない飛び込み方で、疾走するボートから飛び込みはしないだろう。

 私は、引率する小林さんグループ三人に、サイドロールエントリーを説明し、かっこよくやって見せた。ところが、水面でマウスピースをくわえて呼吸しようとすると、空気が出ない。バルブコックを開き忘れたのだ。何時もは、潜水する寸前に船の上でタンクを背負うから、そのときにバルブを開く。岸でスクーバを背負って船に乗り込むと言う、普段とは違うことをやったために、開き忘れたのだ。

 そして、説明しながら、飛び込んだので、マウスピースはくわえて吸って見てから飛び込む何時もの確認をしていなかった。

 バルブコックを開け忘れで起こった死亡事故が、私の知っている範囲で2件ある。一つは、ずっとずっと昔、真鶴だけが、潜れる場所だったころだ。そのころ珍しかった女性の初心者が亡くなった。次の週に真鶴に行くと、警官がやってきて、「バルブは必ず開いてください」と注意をしてくれた。次は7年ぐらい前のことだったろうか、大瀬崎で同じようなバルブ開け忘れ事故が起こった。その年は、大瀬崎で事故が多かった年で、ダイビング関係者が静岡県警に呼びつけられた。静岡県警は、これ以上事故が出るならば、しかるべき規制をしなければならなくなると、ダイビング関係者に申し渡した。その時に、「くれぐれもコックを開き忘れないように」とも言われた。これを受けた、ダイビング関係者の一人が、バルブコックを必ず開くようにと書いたポスターを作ろうと意見を述べた。なにをバカバカしいことを言っているんだ。頭の後ろに手を廻せば、コックを簡単に開くことができるではないか。講習プログラムに、水面に浮いて自分でタンクのコックの開閉が出来るようにする練習を付け加えれば、それで解決すると私は思った。

 昔の開け忘れ事故は、未だBCDの無いころだったから、そのまま沈んで行ってしまうから、初心者にとっては自力でバルブを開けるのは難しかったかもしれない。BCDのある今は浮いているから簡単に出来るはずだ。手が届かなかったら、BCDの腰のベルトを少し緩めてやれば良い。

 手を後ろに廻してバルブを開こうとした。バルブに手が届かないのだ。いつのまにか身体が堅くなっているのだ。BCDを緩めて見た。それでもバルブに手が届かない。水面でもがく形になった。船頭がこれを見て、小林さんに言った。「あの人は大丈夫ですかね。」小林さんが答えた。「多分大丈夫でしょう。」

 仕方が無いので、水面でタンクを脱いで、バルブを開いて背負い直した。波があるのでこれもスマートとはいいにくい動きだった。こんなこともあるので、私は、スクーバの装着は、まず最初に水面でやらせる。講習にはプールを使用するので、飛び込みに失敗するとプールサイドを破損するおそれもある。水面にタンクを浮かせて、装着する。水面で装着する方が腰に負担がかからないので、年齢の高い人、非力な女性にとってはこの方が良い。私も、波が無いダイビングポイントで、初心者とボートダイビングをするときには、水面で装着する。

 ポイントに入れてあるブイの索につかまって降りる。小林さん夫妻は問題なく潜降する。まゆみさんは、ゆっくりと降りる。顔をしかめて鼻をつまんでいるので、ぴったりと付き添って潜降させる。

 透視度は8mとログに記入したが、この透視度というのもでたらめなものだ。ログブックに記入する欄があるのだから、どこかでこの基準を統一するべきだと思うのだが、やっていない。本格的には、透明度を測定するのと同じセッキーディスク(白色に塗装した直径30センチの円盤)を水中に持ち込んで、これが見えなくなるところ、なのだろうが、毎度海洋調査をやっているわけではないので、これは無理。ダイビングのインストラクターは、自分の引率するメンバーが見えなくなる距離を言うことが多い。これだと、思っているよりも数値が出る。今回のダイビングも、メンバーは3mぐらいしか見えないと思うだろう。経験のあるダイバーは、遠くまで見通せるので、8mとなる。人工魚礁の調査でも、この基準はまちまちで、全長30センチの魚の種類が明確にわかる距離を透視度とする、という意見がでている。これも、個人の能力に大きく左右される数値だ。

 大西の引率するグループは人数が多いから、移動した後は、濁りが舞い上がっていて、それこそ3mも見えない。私たちは別の方向に行くことにした。この場所に潜るのは初めてだ。土地感がない。だいたいマップを見たのだが、想定していたコースとは、逆のコースを行くことになる。不慣れなポイントで、透視度が悪いのだから、行動半径は小さくなる。常にもどるべきブイの位置が気になっている。大きなロックをゆっくりゆっくりと周り、小さなドロップオフを降りたら、水深24.7mになった。少し深度を浅くして、ロックを回る。それにしても何も無いところだ。海藻はほとんど枯れている季節だし、魚もベラの類がちらほら、メバルが少し。どうして、こんなつまらないところがダイビングポイントになるのだろうか。 おそらく、東側が風で潜水できないとき、この日のようなときだ。西側で、初心者でも安心して潜れる、そして、少しは何かがあるところ、ということでポイントになっているのだろう。

 昨日もぐれなかったので、大西は、この日は三回潜る予定にしていた。姫津のダイビング担当の責任者は、水が濁っているので、この日はもうやめにしたら、と言いに来た。大西は、どうしてももう一回潜ると言う。全体で何回潜るということでツアー料金を決めているので、ダイビング回数が少なくなれば返金しなければならないのだろう。

 そして、この日ツアーメンバーは三回目、私としては四回目を、岸近くの白灯台というポイントで潜水することになった。このポイントは、ツアーの午前中、第一回目のダイビングをやった場所だ。

8月17日・四回目の潜水

佐渡:ツアーの付き添い:姫津:水深11.8m:水温27度:透明度約8m:15時15分潜水開始 : 16時5分潜水終了:潜水時間 46分 減圧停止なし

 先の潜水では、私がもたついたために、潜降が遅れてしまい。大西グループの濁りを受けることになってしまった。今度はすばやくエントリーして、潜降索に早く取り付いた。水深が浅いので、マユミさんも遅れることが無く、無事に着底した。

 潜降索の錨のすぐ前に、小さなアーチがある。アーチと言うよりも、潜り抜けられる穴というべきだろうか。午前中は、この穴の中に全員が入り込んで、濁りを巻き上げて、なにがなんだかわからなくなったと言っていた。

 初心者は、無意識のうちにフィンを動かしてしまう。フィンを動かさないように、動かさないように、かさねて注意を促しながら、穴の中にマユミさんの身体を押し入れる。穴の奥にはメバルが十数尾群れている。小林君はデジタルカメラでメバルを撮影する。

 両側が磯根になっている間をたどりながら、小さな生物を探して移動した。見つかった魚は、ガラモ場に、いつも、どこでもいるアサヒアナハゼ、小さなアイナメ、そして、マダイの稚魚がダイバーの巻き上げる砂に引き寄せられて、近づいて来ていた。ダイバーがフィンで海底を巻き上げると、微小な生物も一緒に巻き上げるので、小さなマダイなどが集まってくる。

 先ほどの場所よりは、ややましであったが、これで終わったのでは、もう佐渡には来なくても良いと皆思うに違いないと思うような潜水だった。

とにかく明日は何が何でも北小浦に行って、コブダイとご対面しなければならない。

 私が魚礁の撮影で潜ったように、朝凪の早朝に潜水して、風が出てくるころには終了してしまおう。  そんなことを交渉しながら、ふと考える。人が死んだ事故のことは、ほとんど気にしていない。自分たちの潜水画で切るかどうかだけを考えている。ツアーのメンバーも同じだ。ダイビングで人が死ぬことは、それほど驚くべき出来事ではなくなってしまっているのだろう。

 ダイビングで死亡事故が起こることは、交通事故と同様に、起こってあたりまえのことなのだろうか。

 私と一緒に潜った小林君は、この日の三回目の潜水で、潜水回数、100本になった。私にとって、ダイビングの回数をタンクの本数で数えるということが、これまでピンと来なかった。しかし、もしも、今の時代に私がダイビングを始めていたとすれば、やはりタンク本数を数えて、100本になったらうれしかっただろう。そして、そのまま数えつづけて現在に至ったとすれば何本になっただろう。簡単でもよいから記録をつけていたら良かったと思う。2000年の秋に胃がんの手術をして以来、私もログの記録を書き始めている。今回の潜水で123本になる。1000本になったら、盛大にお祝いをしよう。

 小林さんの100本は本当にすばらしいことだと思う。大西が最初から教えた人で、100本に到達したのは、小林さんが最初なのではないだろうか。

8月18日(日曜日)

 北小浦の赤岩に潜る。

 8月18日・一回目の潜水

佐渡:ツアーの付き添い:北小浦・赤岩:水深24.1m:水温27度:透明度約20m:8時13分潜水開始 : 8時50分潜水終了:潜水時間 37分 減圧停止なし

 風は、少しは吹いているという程度で、沖に白波も見えない。

 小さい船外機の舟、6人づつ二隻に分乗して行く。船で3分程度の距離だ。ポイント目印のブイを舟の舳に取って、このロープに沿って潜水する。最近では、どこでもボートダイビングのポイントはこの形になっているので安全度が高い。こんなところで、何故事故が起こったのだろう。この場所でも死亡事故は初めてだという。

 私が見るのは昨日と同じ、小林さん夫妻とお姉さんのマユミさんだ。小林さん夫妻は、放っておいても大丈夫だ。マユミさんも落ち着いて来たし、初心者だから、私から離れて行ってしまうこともない。何時も気配が感じられる距離にいてくれる。だから、大丈夫と、カメラを持って入ることにした。15mmをつけたニコノスを選ぶ。

朝一番のダイビングだから、未だ他のグループが潜っていない。巻き上げていないので、透視度はとても良い。ログには20mと記入した。エスワールドの話では、今年の北小浦は透視度が良くないと言っていたが、今日はとても良い。
 ロープにつかまって海底に到着すると24.1mになる。初心者のマユミさんには少し深いので、私のグループは、途中でロープを手放して、赤岩と呼ばれる岩根の上に着陸する。ここで、水深14mだ。
 すぐにコブダイが現れた。コブは十分に発達しているが、それほど大きくは無い。前に居た奴のほうが大きい。コブダイも始終交代しているのだろう。
 岩の上で少し留まって、浮力の調整をして、場所に慣れてから、中層に浮いてコブダイと遊びな次第に降りていって、海底の24,1mに着く。こうすれば、耳の負担がほとんど無い。
 今、初心者のオープンウォーターダイバーの潜って良いとされる水深が20mになっている。インストラクターが引率している場合には、20mを越えても良いのだが、24.1と言う水深は微妙なところだ。

 15mmニコノスでの撮影は、失敗に終わった。この潜水と、次の見立(みたて)の沈船への潜水で撮影した写真をニコンイメージングに置いて、このホームページからリンクして見られるようにしてあるが、記念写真としてもどうにもならない結果に終わっている。

 お客メンバーを連れている時に、カメラマンはカメラを持って潜水することは薦められない。参加メンバーがカメラを持つことはとても良いことなのだが、本職のカメラマンがカメラを持って行ってはいけない。つい、被写体を見つけてしまって、それに気をとられてしまう。気がついたときには、メンバーを見失ってしまっていることがある。

 写真は失敗しても言い訳をすれば良いが、もしも写真を撮っている時に事故が起こったら言い訳できない。ということで、写真の失敗を言い訳する。

  常日頃、ポジのフィルムを使っている。ポジフィルムの出来上がりを、スキャナーにかけて、コンピューターに取り込むと、驚くほど画質が悪くなる。スキャナーのccdの性能は、今のデジタルカメラのccdよりも悪い。ポジからダイレクトにプリントすれば、だいぶ良くなる。

  15mmのレンズでは、被写体から1m以内に接近しないと、写真にならないはずなのに、気楽に不通の記念写真の感覚で全身に周囲の事物を入れ込んで撮影してしまった。バストサイズ(胸から上)にコブダイを入れ込んで撮影すれば、記念写真としても、メンバーのデスクトップに飾ってもらえるような写真になったに違いない。そんな写真は一枚も無い。
 そのことは考えなかったのか?
 自分の引率する三人から目を放さないように、そして、大西の引率する5人にもなるべく目を配って、時々、適当にシャッターを切る。そんな状態では何も考えなかった。何も考えずに、うまい記念写真が撮れるほどまでには、記念写真に経験が無い。ほとんど、記念写真など撮ったことがないのだ。だから、ここに書いてあることも、出来上がった写真を見た上での反省だ。

 また、記念写真には15mmは、画角が広すぎた。20mmを使えば良かった。これまで、私は15mmを使ってまともな写真を撮ったことがない。それならば、15mmを諦めればよいのに、諦めきれずに使っては失敗している。

 赤岩は、磯としても大変良い場所であり、ダイバーを潜らせて稼いでいるので、事実上の禁漁区域になっている。だから魚が多い。

 コブダイの他には、キジハタが多い。コブダイには商品価値がないが、キジハタは、ハタ科の魚のうちでももっともおいしい魚の一つであり、値段も高い。釣りを認めれば、たちまち居なくなってしまうだろう。それに、ここには、50尾ほどのメバルの群れが付いている。昨年も見かけて、なぜか、砂地に腹を付けてまとまっている珍しい姿を撮影した。今度も、中層に群れて居たので、全員で浮上の途中だったが、私だけが急降下して、フィルムの余っている分、4枚を撮影した。

  8月18日・二回目の潜水

佐渡:ツアーの付き添い:北小浦・見立(みたて)沈没船:水深22.2m:水温26度:透明度約25m:9時54分潜水開始 : 10時29分潜水終了:潜水時間 35分 減圧停止・3分

 赤岩の潜水は、みんな気に入ってくれた。二回目も同じ場所でも悪くないのだが、ほかのグループも次々と入っているので、砂を巻き上げているかもしれない。隣の部落、見立(みたて)に沈めてある沈船ポイントに行くことにした。ボートで少し走るのだが、風が吹いてくる様子も無い。多分、午前中一杯は持つと考えて、行くことにした。

 沈没船と言っても、遭難して沈んだ船ではなくて、漁船の古くなったものをダイバーが遊びに来る魚礁として、沈めたものだ。2隻が沈められていて、面白いダイビングポイントになっている。

 透明度は、抜群で、朝の赤岩よりもこちらの方が良い。

 何時もは、コアジの群れがついているのだが、見当たらなかった。人になれている黒鯛、メバル、キツネメバル、クロソイ、キジハタ、スズメダイの群れ、コブダイも1尾だけ現われたが、そのうちに見えなくなってしまった。

 魚としては、たいしたことはないのだが、とにかく透明度が良いので、楽しい。船の周囲で我を忘れて遊び廻り、気がついたら、無減圧の限界まで後1分になっていた。小林さんは、減圧の指示がダイビングコンピューターに出ていたが、浮上するうちに消えたと言っていた。念のために少し減圧停止をした。

見立の沈船

 この日の潜水で、小林さんの奥さんも、(奥さんというには気の毒な若さなのだが)100本に到達した。何時も2人で潜りに行っていて、奥さんの方が、1本だけ少なかったのだ。100本の経験のあるレジャーダイバーと言うとどんな程度なのか。もちろん、個人差はありすぎるほどあるだろう。小林さん夫妻について言えば、折り目の正しいダイビングで、ツアーで一緒に潜っている限りでは危なげが無く、放っておいても大丈夫だ。インストラクターのついたツアーで出かければ、上級のポイントでも安全である。

 これで、予定していた全部のダイビングが終わった。三泊四日、ずいぶんいろいろなことがあった。ずいぶん長い旅をしたように思える。

 

 結果

 

 魚礁で撮影した、スチル写真は、メバルのきれいな写真があり、昭和32年沈設の魚礁の現在の姿を見てもらうことができる。しかし、メバルはどこにでも群れている。驚くべき写真にはならない。しかし、私は、この並型魚礁がとても好きだ。なんとかして、カレンダーに、この魚礁の姿を入れたい。

 

 ビデオ撮影は、プロのレベルとしては不満足な結果だった。カメラを船の上から水中に下ろす時、波が当たると、前面のポート(ガラス面)に気泡が付くことがある。だから、水に入ったら潜降の途中で、必ず手でガラス面をこすって、気泡を除かなければならない。潜降開始して直ちにカメラを廻し始めたので、これを失念してしまった。大きなファインダーならば、気泡が見えるのだが、小さいファインダーではわからない。

 今回のビデオ撮影の目的は、魚礁の全景を記録しておくこと、そして、どの魚がどの位置に何尾ぐらいいるかを手早く写し取ることだから、その意味では成功している。メモとして、15mmニコノスで撮ったモノクロスチルと、このデジタルビデオとどちらが優れているだろうか。その比較検討の材料にはなる。しかし、絵、そのものを見るとすれば、もっとじっくりとフィクスで撮らなければならない。自分の見たものをすべて撮影する調査メモ的な撮影と、被写体を自分の意志とイメージで切り取って見せるカメラマンとしてもビデオ撮影とは、まったく違う。メモ的な撮影で、良いカットを撮ることはほとんど不可能に近い。

 どちらにせよポート面の気泡は恥ずかしい。

 

 スチル撮影でも露光の失敗をした。

 スチル撮影の露光を成功させるためには、成功と失敗のデータを集めておくことが第一だ。

 

1016 佐渡撮影データ

(昨年の10月に撮影した時のデータだ。)
プロビア+1 :フィルムはプロビア100を使い、プラス1増感で200で撮影する。
  ストロボはニコノス105を2灯取り付けて、発光の強さは1/4にする。
撮影距離40センチではF8 70センチではF5.6 ロングてはF2.8 
ロングでは、カメラはやや上向きで水の色を出す。完全に上向きにした時には、F5.6かF4にする。

 このようにデータをとっておいたのに、冒頭に書いた撮影プランでは、「20mmニコノス プロビア100 プラス1 増感:f56が中心で光った魚、白い魚はf8 、水深35mだから、少しあおって水の色をだす。」
 このプランにしたがって、全部F5.6とF8で撮影してしまった。1週間ほど前に、大瀬崎の先端に潜水して、水深50mでハナダイを撮影した時に、全部F5.6とF8で撮影して適正だったために、佐渡のデータを確認せずにプランを書いてしまったのだ。だから、離れてマアジを撮ったものは、全部アンダーになってしまった。しかし、マアジは、ストロボが当たると魚体が光ってしまって、だめになる。だから、近づいて、カメラを上向きにして、F8で撮るのだが、離れれば2.8だ。そのことも頭の中で混線している。
  15mmレンズにもレンズに気泡がついていた。
 これまで15mmでよい写真を撮ったことがない。諦めれば良いのに、今度こそはと思って、15mmを使った。15mmは全部だめで、20mmで撮ったものだけが使えた。

 潜水の上達、撮影の上達は、同じ失敗をしないことだ。 この歳になるまで、試行はさんざん積み重ねた、なのに今になっても錯誤ばかりしている。こういうのを耄碌というのだろうか。認めたくは無いのだけれど。

 莚場の撮影は、魚礁調査の撮影による資料収集の一つのモデルケースを作りたかった。モノクロの増感現像により、全体像と魚の種類と数を撮影する。同じ動きでビデオ撮影をして、モノクロ写真の撮影位置を把握する。デジタルビデオをスチルとしてコンピューターに取り込めば、モノクロとの比較ができる。さらにここと思うところでは、ポジフィルムで美しくシャープな写真を撮る。

 ポジフイルムのスチル

 モノクロスチル・大型マアジの群れ。

モノクロスチル並型魚礁全景

ビデオ・小さいマアジの群れ

ビデオ・魚礁全景・上のモノクロと比較して見る。

 調査撮影のためには何を使ったら良いのか、検討資料をつくる試みは成功したと思う。
 これからは、メールで画像を送ることも多くなるし、インターネット上での発表も多くなるだろう。上の画面で比較してもらいたい。

 盛りだくさんのことを、水深35mで一人だけの潜水でやったのだから、健闘したと言っても良いだろう。

 ツアーダイビングの方は、「最後の18日の2本はとても良かった。また佐渡に来ても良い」とみんな言ってくれた。もちろん、全員無事に東京に戻った。スチル写真は見ての通りだが、とにかく安全が第一だ。成功と言えるだろう。

 東京に戻ると18日、お盆を過ぎれば、もはや夏は終わりだ。

 私の67歳の夏もこれで終わる。まだまだ、26日からは、海洋高校の先生たちの講習があるし、8月の末には柿田川のハイビジョン撮影もある、9月はスケジュールが埋まっている。でも、気持ちの上で、夏は終わり、次は秋の季節だ。

 17歳の少年が、夏休みが終わって、17歳の夏が終わったと言う感慨と、67歳の夏が往くのとどちらの感慨が深いのだろう。