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兵庫県における阪神淡路大震災後の地震防災教育



数越達也(兵庫県立須磨友が丘高等学校)
京都大学防災研究所研究集会16-K01,(2004)
「地震火山防災教育の教材開発と普及に向けての現状と今後」

要約:
 筆者は神戸市在住で平成7年兵庫県南部地震を体験した。その後、兵庫県立芦屋高等学校(以下芦屋高校)と県立須磨友が丘高等学校(以下須磨友が丘高校)において地学の授業などで地震防災教育に取り組んでいる。
 芦屋高校では、平成七年兵庫県南部地震(以下兵庫県南部地震)の直後の時期であり、生徒の震災体験を記録しウェブサイトで発信することに取り組んだ。須磨友が丘高校では、阪神淡路大震災を経験した高校生に防災意識が定着しているかどうか毎年調査を続けている。

1.はじめに
震度7を体験した生徒達は、なぜ地震が予知できなかったのか、直下型地震の発生するメカニズムは何か、危険性をどうして地震学者は警告しなかったのかと真剣な疑問を問い掛けてきた。災害後ではあったが、生徒の人生に大きな影響を与えた災害について授業で取り上げる機会が与えられよかったと考えている。

2.芦屋高校での取り組み
 芦屋高校では平成七年兵庫県南部地震によって在校生3名の尊い命を亡くし、校舎は2棟が全壊し、体育館が避難所となった。
 私は1年生の担任となり、中学3年生のとき被災した生徒の高校生活を支えることとなった。生徒と面談し授業料減免などの手続きをすすめるうちに、全半壊の被害を受けている家庭が60%にも達していることがわかった。
 1996年3月には一年間の震災への取り組みをまとめた公式記録集(1)と生物1Bの授業で取り組まれた生徒震災記録集(2)が発行された。

 芦屋高校では2,3年生文系で地学1Bまたは生物1Bが選択必修となっていた。1996年度より私は地学1Bを担当することになった。
 地学を担当すると同時に、1996年度からウェブサイトを使って震災復興を発信する校内プロジェクトの担当となった。ウェブサイト(3)の開設に伴う費用や生徒作品集(4)(5)(6)(7)の発行は兵庫県の"いきいきハイスクール事業"(8)の予算でまかなわれた。この校内プロジェクトは1999年度まで4年間続けられた。
1996年9月にウェブサイト"震災と復興の記録"(3)を開設した。当初は2年生(震災当時高校1年生)の震災体験記(2)を公開した。その後は地学1Bの課題研究で取り組んだ作品を2000年7月まで順次公開していった。
ウェブサイトの制作と情報教育については数越(2000)(9)もごらんいただきたい。

地学1Bでの課題研究
 2年生の1学期に固体地球に関する単元を学習し、そこで「兵庫県南部地震はなぜ起こったか」「予知ができなかったのはなぜか」「震災の被害が大きかったのはなぜか」などをテーマに授業を行った。その後、課題研究を課した。課題研究は地学選択者全員が取り組み提出する。それを元に授業でコンピュータを使ってhtml形式でデータを制作し、完成後授業でプレゼンテーションを行い、その際に評価をしている。
1996年以来毎年夏季休業中には「震災と復興」や「地震と防災」をテーマに課題研究を課している。テーマは1996〜2000年の間ほぼ同じである。2000年7月に課した課題(7)を表1に示す。

1 地域の復興状況を調べよう。
 兵庫県、芦屋市、神戸市、東灘区、自分の住んでいる町、近所の市場、住んでいるマンションなどを取り上げ、震災より5年半でどれだけ復興したか、または復興していないか、調査してみよう。
2 母校の復興を調べよう。
 自分の出身校である小学校または中学校の阪神・淡路大震災よりの復興の様子、生徒数の変化、震災後の小中学生の様子などを調べてみよう。
3 我が家の復興状況を調べよう。
 震災を体験しての、家の再建、引っ越し、転校、家族の仕事の変化、家族の生活の変化などを5年半にわたって記録してみよう。また引っ越しをした人は元の家と現在の家の比較(間取り、広さ、日照など快適性、安全性、家賃・ローン、近所つきあい・コミュニティ、買い物・通学の便、交通機関、立地条件など)をしてみよう。
4 震災後、日本の防災体制や地震に対する研究はどう変ったか
 震災後、あなたの家で、町で、市で、県で、国で、地震に対する防災の準備や研究はどれだけ進んだろうか、または進んでいないだろうか、調べてみよう。
5 近畿地方の地震活動
 近畿地方に過去発生した地震、これから起こるだろうと予想されている地震について調べてみよう。南海地震や福井地震を経験した人を探してその話を聞こう。
6 芦屋・神戸の自然災害
 地震にとどまらず、芦屋市や神戸市に過去に発生した自然災害(台風・洪水・津波・山崩れなど)を調べてみよう。
7 気持ち、こころの変化
 震災を体験しての、あなたの気持ちの変化を書いてみよう。
感謝していること、悔しかったこと、嬉しかったことなど何でも記録しておこう。

表1課題研究テーマ(夏季休業中)

 地学を選択した生徒の中には家族を亡くした生徒や自宅が全壊した生徒がおり、このような課題に取り組めるだろうかと心配をしたが、生徒は記録を残す意義を理解して辛さに耐えて課題研究に取り組んでくれた。5年間の課題研究の作品を見ると、1996,1997年は震災の記憶がなまなましい時期であり自分の震災体験を綴ったものが多かった。震災を体験した年齢が低下するに従ってなまなましい記憶が薄らぎ、1998年以降は客観的に復興や防災について研究した作品の割合が増加している。

1996年度の高校2年生(震災当時中学3年生)の生徒作品の一部を紹介する。

1月17日(火)
 地震が起きた瞬間には、「あっ。家が壊れる!」と思い、必死に布団をかぶり込んでいました。家が倒壊していく時の、あの嫌な音は、今でも耳に残っています。そして、何分後だったのか、何時間後だったかは分かりませんが、はっと気がついた時には、辺りは真っ暗で、自分が今どのような状態でいるのか、何も分かりませんでした。ただひたすら暗闇を見つめていました。
<中略>
 祖母は呼んでも返事がありませんでした。
 1回呼んで、私も母も兄も叔父もすぐ分かったんです。
 祖母は死んだということを・・・・・・・・。
 それからしばらくして、近所に住むいとこや兄の友人や近所の人たちが集まってきてくれて、私と兄はすぐ助けられました。母は私達が救出されてから約2時間後に救出されました。母は鉄柱に背中を打たれ、はさまれていたので救出されるのに時間がかかりました。
 祖母はそれから約6時間後でした。1階で寝ていた祖母は、死んでいました。めったに人前で泣くことのない兄でさえ泣いていたのに、私は涙1滴さえ出ませんでした。決して祖母のことが嫌だった訳ではありません。きっと悲しみの限界を越えたんだと思います。祖母はとてもきれいな顔をしていました。
芦高生の見た震災復興(4)より

冬季休業中には地域の震災復興のようすや震災後の高校生活を写真に撮影して記録を残そうという課題研究を課した。テーマは1996〜2000年の間ほぼ同じである。2000年12月に課した課題(7)を表2に示す。

1 定点観測  
 地震前、地震直後、現在の3枚の写真と組み合わせて、現在の地域のようすを記録する。地震前、地震直後は他人が撮影した写真でもかまいません。
2  震災6周年の記念写真  
震災6年目のクリスマスや正月の風景
3 震災6周年を迎えた、芦高・芦高生の記録 校舎・部活動など
4 復旧した母校(幼稚園小中学校)のようすを伝える写真

表2 課題研究テーマ(冬季休業中)

震災体験の記録から地震・防災教育へ
 1996年は生徒の震災体験を記録に残そうと始めた課題研究であったが年月が過ぎるうちに作品の内容は変わり授業の目的も変化していった。(10)
第1に、震災体験を文章で表すことによって傷ついたこころが癒せたことがあげられる。
 自然災害の直後に児童生徒が作文を書くことによって、記録を残すことやこころのケアを図ることは震災以前より行われている。(11)(12)
 1996年と1997年には家族や友人を亡くした悲しみや我が家を失った辛さを初めて課題研究で表現できたという感想が見られた。小・中学校では震災体験を作文にすることによってこころのケアが図られた(13)(14)がこれは高校でも有効であると感じた。(15)また震災直後ではなく1〜2年後になって初めて気持ちを文章に表すことができたという記述もあり、今後の災害時におけるこころのケアの参考としていただきたい。
 被災生徒の精神状態を調査している林は、自然災害後は真実や事実とか、確かな情報を知ることが、生徒たちの心の安定に良い影響を与えると述べている。(16)そういう観点からも災害後、授業で災害について学習することは有効であると思う。
第2に、震災体験を見つめることによって人のあたたかさに触れ、次に大きな災害が他の地域で発生したら自分たちがお返しをする番だという意識が芽生えたことがあげられる。
第3に、自然災害に対する理解が深まり、地域の地質や気象などの特質について学習する意欲が高まったことがあげられる。(6)
 阪神間では、1938年の阪神大水害(17)や1946年の南海地震(18)などで大きな被害を被っている。そのような大災害を再確認するとともに、震災の体験をいかに後世へ伝えていけばよいかを生徒が考えるようになった。
 21世紀前半には南海トラフを震源とする大地震に西日本は襲われる可能性が高いと指摘されており、震災体験を災害文化に昇華して伝えていくことを生徒に呼びかけている。

ネットを通じての激励と大反響
 サイトを開設した当初はアクセス数が伸びなかった。震災2年目にはマスコミにも取り上げられ、1997年1月ごろよりアクセス数が増え始め年間12000件程度で推移した。2000年7月にサイトを閉鎖した時には、アクセス累計は36000件に達していた。(9)
 1997年より徐々に電子メールで激励や感想が送られてきた。まずは芦屋高校の卒業生、次に地震や防災の研究者、そして理科の教師からだった。1997年春ごろより、サイトの生徒作品を授業に使いたい、文化祭の展示に使用したいなどという申し込みがあいつぎ、2000年7月までに問い合わせがあった学校は延べ100校近くに達した。
 電子メールで感想が送られてきて生徒は自分たちの体験が全国で読まれており、自分たちの苦労が理解されと感じたという。
 2002年3月まで都合6個学年延べ370名の生徒が地学の課題研究に取り組み作品を発表した。

3.須磨友が丘高校での取り組み
 2002年度に神戸市須磨区にある須磨友が丘高校に転勤した。ここは神戸市西部の長田区、須磨区、垂水区、西区などが校区の総合学科の高校である。
 神戸市は兵庫県南部地震により甚大な被害を受けており、その後小中学校において地震や震災について学習している地域であると考えられている。(19)(20)(21)そこで、高校生が地震に関してどのような考えをもっているのか、意識調査を毎年行なっている。
 2003年7月に2年次生徒(震災当時小学校2年生)280名を対象に調査を行い有効回答数は235名であった。235名中地学を履修している生徒は10名である。
その結果を示す。(22)(23)

1 小中学校時代に地震について自主的に勉強したことがあるか。    はい48% いいえ42%
2 次の言葉を知っているか。どの程度説明できるか。(表3参照)
3 マグニチュードと震度の違いを説明できるか。
できる/まあまあできる15% 半分/少しできる9%  できない73%
4 阪神淡路大震災の経験を思い出すか。    はい56%  いいえ43%
5 思い出す内容は
揺れの恐怖、家の中がめちゃくちゃ、水に困った、避難した、火災が生じた
6 2060年までに京阪神地域に大地震が起きると思うか   はい70%  いいえ28%
7 地震が発生したら最も恐い被害は
火災59% 家屋倒壊19% 津波15% 土砂崩れ4%
8 自宅で震災対策をしているか
していない47%  懐中電灯を準備13%  家具の固定6.4%  水食料の備蓄3% 物が落ちてこないようにする2.6%
9 今後地震が発生したら自分にできること
救援物資の配付37% 近所の人を救助36% 
お年寄りの補助介護12% 何もしない11%

 震災を体験し、その後地震について学習した神戸市の高校生は地震に関する理解や防災行動を取る割合が高いのではないかと期待したが、他の地域と比べて高くないという結果がでた。また防災行動をとる割合は、小中学校で地震に関する学習をしたかどうかには影響されないという結果がでた。すなわち小中学校での理科教育は、高校生に、すなわち市民に、防災意識を植え付けるには不十分であると考えられる。ただし高校生のボランティア意識は高く80%を越える生徒が、災害があったら自分にできる範囲でボランティア活動をしたいと考えている。

図1
 防災教育の4つのキーワード

4.防災教育の考え方

 私は初等中等教育での防災教育は4つのキーワードで表すことができると考えている。
1つ目は「自然理解」である。自然現象とはどのような仕組みで、なぜ発生するのかという自然科学教育からの取り組みである。
2つ目は「おもいやりのこころ」である。災害を被った人を思いやるこころを育てる、こころの教育からの取り組みである。
3つ目は「対応能力」である。発生する自然現象に応じて、適切な対応をとる能力を育てる安全教育からの取り組みである。
4つめは「想像力」である。大きな災害が発生したら自分や家族には何が起こるだろうか、その時どうすればよいのだろうかと考えるきっかけとなるのは想像力の育成である。
この4つが揃わないと効果的な防災教育は成立しない。従来は3つ目の「対応能力」的なハウツウ、例えば「地震が来たら火を消そう」など、を学ぶことだけに重点が置かれていたがこれだけは不十分なことが、多くの災害の際の市民の対応によってわかる。

理科教育から防災教育へのアプローチ
 これまで高校地学の取り組みを紹介してきた。理科教育で防災教育をどう取り扱うかは、数越(1998)(24)や数越(2000)(25)などでも述べている。
 "地震"は"自然現象"であり、"震災"は地震の揺れによって人間社会に引き起こされる"自然災害"である。理科教育としてはまず"自然現象"の理解を深めることが必要であると考えている。
 神戸市や芦屋市の背後には六甲山系の山並みがある。四季の変化が美しくレクリエーションに訪れる人々が多い。兵庫県南部地震の震源断層に関係する六甲断層系を境にして、北側が隆起して六甲山を形成したと考えられている。地震の学習をした後、次のような問題を出して生徒に地域の地殻変動と地震について考えさせることにしている。

問 六甲山は六甲断層系の北側が隆起してできた山である。六甲山の高さを1000mとおく。500年に一度六甲断層系で大地震が発生し、北側が1m隆起すると仮定する。隆起が発生する前の高さを0mとする。また地震以外の地殻変動や侵食による影響は無視する。
(1)六甲山が現在の高さになるまで何年かかるか。(50万年)
(2)六甲山が現在の高さになるまで何回大地震が発生するか。(1000回)

 この問題を解くと生徒から驚嘆のため息がもれる。六甲山の山並みが数十万年の時間をかけて形成され、その間に大地震が何百回も繰り返し発生したことが理解されるのだ。
 このような地域の特質を理解させ、そこに発生した地震や火山噴火などを知り、それに対してどう備えるのかを考えることが理科教育における防災の取り扱い方だと考えている。ただ単に「家具を固定しよう」とか「3日分の食料と水を備蓄しよう」と教えることだけが防災教育ではない。
 「災害は進化する」という言葉がある。複雑な現代社会は災害のつど新しいタイプの被害を生み出している。これに対応していくためには、自然現象を的確に理解し自ら考え行動できる人間を育てることが重要である。そのような授業に取り組んでいきたいと考えている。

震災10年を過ぎて
 嘴本(19)や(20)によると地震についての授業が神戸市の中学校で行われている。神戸市教育委員会と兵庫県教育委員会では兵庫県南部地震に関する副教材(21)や防災教育副読本(26)を作成し学校や教員に配布している。しかし震災10年目の現在でも被災地のすべての中学・高校で兵庫県南部地震に関する授業が行われているとは言えないのが実情である。
 生徒は自分の家族や地域に大きな影響を与えた地震について小・中学校ではあまり学ぶことなく高校へ進学している。高校にきて地学を選択して地震に関する授業を受け、また課題研究に取り組み、はじめて震災がどのようなものであったか理解できたという感想を持つ者が多い。高校卒業後、自らの被災体験を生かそうと、手話や災害救援などのボランティア活動に取り組む生徒も出てきた。そういう観点からは、兵庫県では地学を開講している高校が三割に満たないことは非常に残念である。今後は"総合的な学習"や"課題研究"において震災や防災に関する授業を行いたいと考えている。
 当初は震災体験を記録しようと始めた授業であったが、地域の自然理解に広がり、自然現象と人間生活の関わりに発展し、生徒の生きるための力につながったことは私の予想を越える喜びである。
防災教育とは決して特別な教育ではなく、自分の命を大切にし他人の命を大切にしよう、どのような人生を送ればよいのだろうかと考える、人間尊重の教育の一部であると考えている。全国で多くの教師が、理科の授業などを通じて防災教育に取り組んでくださることを切に願っている。

5.まとめ
私は1996年に設立された日本地震学会学校教育委員会に所属している。地震学会では阪神淡路大震災をきっかけに、最先端の研究成果を社会に還元する事業を始めた。その一環として1996年より小中高等学校の教員が研究者と交流したり授業実践を発表しあう会を毎年開いている。また1999年より「地震・火山こどもサマースクール」を開催している。これは研究者と教員がいっしょになって地元のこども達に自然理解を深める事業である。今まで丹那断層(27)、有珠山、伊豆大島(28)、富士山をフィールドに4回実施している。2004年度は神戸で行うことになっている。
 このような事業をきっかけに日本全国の火山や活断層が教材化され、学校教育の場でこども達がそれぞれ地元の自然を学び、自然の恵みと災害について学習する機会ができることを願っている。


参考文献
(1) "復興をめざして" 兵庫県立芦屋高等学校震災の記録  兵庫県立芦屋高等学校発行(1996)
(2) "芦高生は震災後何を考えどのように行動したのか" 大森秀樹教諭編 兵庫県立芦屋高等学校理科発行(1996)
(3) "震災と復興の記録" http://www.sanynet.ne.jp/~ken-ashi/
兵庫県立芦屋高等学校いきいきハイスクール事業実行委員会 2000年7月閉鎖
(4) "芦高生の見た震災復興" 兵庫県立芦屋高等学校いきいきハイスクール事業実行委員会編 兵庫県立芦屋高校発行(1997)
(5) "芦高生のこころの復興" 兵庫県立芦屋高等学校いきいきハイスクール事業実行委員会編 兵庫県立芦屋高校発行(1998)
(6) "芦高生の見た震災復興2" 兵庫県立芦屋高等学校いきいきハイスクール事業実行委員会編 兵庫県立芦屋高校発行(1999)
(7) "芦高生の見た震災復興3" 兵庫県立芦屋高等学校いきいきハイスクール事業実行委員会編 兵庫県立芦屋高校発行(2000)
(8) 参照サイトとして、兵庫県教育委員会 平成11年度記者発表資料
http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/kisya11/siryou25.html
(9) 数越達也:"伝えよう大震災をウエブページで"  IT-Education No5 日本文教出版(2000)参照サイトとして、http://www.nichibun.net/ite/it-        edu/005/i050508.html
(10) 数越達也:"兵庫県立芦屋高校における阪神淡路大震災後の防災教育とインターネットによる発信" 地球惑星科学関連学会2000年合同大会、予稿集CDROM (2000)
(11) "先生、地震だ" 編者代表 田中二郎 株式会社どうぶつ社(1985)
(12) "リンゴの涙" 編集代表 田中重好 社団法人日本損害保険協会(1992)
(13) "ドッカンぐらぐら" 兵庫県国語教育連盟・兵庫県小学校教育研究会国語部会発行 甲南出版社(1995)
(14) "はんぱじゃなかった、めっちゃ怖かった、生きててよかった。" 1・17を記録する会編 大和出版(1995)
(15)数越達也:"伝えよう大震災をホームページで" 全国学校保健研究大会、予稿集 (1998)
(16) 林 照子 私信(2001)
(17)国立天文台編 丸善株式会社"理科年表机上版平成12年" (2000) 気209 
(18)国立天文台編 丸善株式会社"理科年表机上版平成12年" (2000) 地186
(19) 嘴本 格:"神戸では大地震がない迷信がなぜ広がったか" 科学VOL.70 No10 Oct.2000 p787
(20) "学校防災" 全教神戸市教職員組合編 神戸新聞総合出版センター (1997)p68
(21) "兵庫県南部地震に学ぶ"理科実験カード副教材 神戸市教育委員会 (1996)
(22) 数越達也:"高校生の地震に関する意識調査〜神戸市の場合〜" 日本地震学会2003年度秋季大会、予稿集 (2003)
(23)  荒井賢一・数越達也:"高校生の地震に関する意識調査および地域による相違点" 地球惑星科学関連学会2004年合同大会、予稿集 CDROM (2004) 
(24) 数越達也:“伝えよう大震災をホームページで”,被災者の自立と社会的支援に関する研究会,京都大学防災研究所 研究集会10K-8,(1999)p31
(25) 数越達也:"地学の魅力と重要性を再確認" 科学VOL.70 No10 Oct.2000 p868
(26) "明日に生きる"防災教育副読本(高校生用) 兵庫県教育委員会編 (1997)
(27) 地震火山こどもサマースクール実行委員会"丹那断層のひみつを終えて" 地球惑星科学関連学会2000年合同大会、予稿集 CDROM (2000)
(28) 地震火山こどもサマースクールインストラクター・作業部会・実行委員会一同"2001地震火山・世界こどもサミット〜全体の概要〜" 地球惑星科学関連学会2002年合同大会、予稿集 CDROM (2002)

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