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放送委員会活動を通じた地震防災教育の実践報告
〜課外活動での地震教育への試み〜

数越達也 M.A(兵庫県立須磨友が丘高等学校)

東京大学地震研究所研究集会2005-W-04
地震・火山に関する教育の研究者・教育者による小中高大一環カリキュラム作成の現状と課題



要約:
 高等学校での“地学”の履修者が減少を続け、高校の理科教育の中では地震・火山・防災について生徒に教えることには限界がある。理科だけにとらわれず、“総合的な学習の時間”や課外活動などのあらゆる機会をつかって地震火山・防災教育を推進する必用があると考える。
 兵庫県立須磨友が丘高等学校放送委員会(以下友高放送委員会)では、平成7年兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)から10年を迎えることを契機に、2003年から地域の復興や地震防災に関する活動を取材し、ラジオ・テレビ番組を制作し、発表している。本提案では放送委員会活動における地震防災教育への取り組みを紹介する。


1.はじめに
筆者は理科・情報の教員であり、平成7年兵庫県南部地震を体験したことをきっかけに地震防災教育に取り組んでいる。また放送部(委員会)の顧問歴は20年を越える。1995年から2002年まで兵庫県立芦屋高校において生徒の震災体験をウェブページで公開する活動を行なった。2002年に須磨友が丘高校に赴任し放送委員会の顧問をしている。本校は神戸第3学区にあり、校区に神戸市長田区・須磨区などの阪神淡路大震災で甚大な被害を被った地域をかかえている。


2.須磨友が丘高校放送委員会
 
友高放送委員会は、2005年7月現在、3年次生4名、2年次生5名、1年次生5名の計14名と顧問2名で構成されている。名称は放送委員会であるが、学級より委員が選出されるのではなく、希望者だけが所属する部活動である。
 高校放送部(委員会)の活動は、文化祭・体育祭などの行事における放送やお昼の放送などと、放送コンクール・コンテストへの参加に大別される。それに加えて友高放送委員会では神戸市長田区にある地域FM局“FMわいわい”の番組にもボランティアで出演している。   
ここでは放送コンクール・コンテストに参加する番組制作を通じて高校生が地域の復興や震災を体験した気持をどのように発信してきたか、取材を通じてどのようなことを得たかを紹介し、課外活動における地震防災教育について考察する。


3.番組紹介 
(1)テレビドキュメント番組“これまでも、これからも〜2004年板宿市場〜”
第24回”地方の時代”映像祭・コンクール、高校生部門奨励賞受賞作品(2004)
第29回全国高等学校総合文化祭放送文化部門参加(2005)

 神戸市須磨区にある板宿市場を1年半にわたって取材した番組である。最初は市場と地域のつながりを伝えたいと思い取材を始めたが、市場の売り上げが阪神淡路大震災後大幅に減少しており、それが神戸の地場産業や地域の人口と密接に関連していることがわかった。最終的には、板宿市場の震災からの復興をテーマに番組を制作した。

(2)創作ラジオドラマ番組“いい顔してみー”
第51回NHK杯全国高校放送コンテスト兵庫県大会参加作品(2004)

震災から10年を迎え、震災を思い出さない高校生の割合が増加している。辛い記憶であるためか、兵庫県の高校放送部においても“震災”を番組のテーマに取り上げる学校はほとんどない。神戸の高校生としては“震災”から逃げてはいけないと思い、震災をテーマにしたドラマを制作してみてはどうかと生徒に提案してこの番組は生まれた。脚本を制作した生徒は、震災当時にもし自分が高校生であったらどのような体験をして、どのような気持になっただろうかと考えて番組を制作した。

(3)テレビドキュメント番組“繋ぐ”
第52回NHK杯全国高校放送コンテスト兵庫県大会参加作品(2005)

 震災10周年を機会に行われた追悼行事や防災教育に関する行事に、高校生がいかに取り組んでいるかを紹介した番組である。取材したのは、“中国高校生交流”(中日地震学会)、“地震火山こどもサマースクールMt.Rokkoのナゾ”(地震学会・火山学会)、“1.17震災メモリアル行事”(兵庫県立舞子高等学校)、“メモリアルコンファレンスイン神戸X” (メモリアルコンファレンス実行委員会)である。2004年から2005年にかけては阪神淡路大震災10周年追悼行事が数多く行なわれたが、それらの内容についてはほとんど報道されていない。神戸の若者たちが阪神淡路大震災をどのように記憶しているか、追悼行事にいかに取り組んだかを取材し番組を制作した。


4.番組を制作した感想
 私は阪神淡路大震災当時、小学1年生でした。わずか7歳でしたが、地震当日、須磨区の自宅で震度7の揺れを体験し、その時の恐怖と揺れの大きさはしっかりと記憶に残っています。その後も余震の続く中、長田区まで父と一緒に親戚の家を訪ね、火事や街の変貌を目の当たりにしました。しかし、その時は目の前の状況を頭に焼き付けることで精いっぱいでした。当時の自分が見た本当の恐ろしさを知ったのは高校に入って放送委員会で番組を制作するために取材を始めてからでした。   
 ラジオドラマ“いい顔してみー”を制作するにあたり、多くの震災文献を読みました。周りで多くの人が亡くなり家を失った中、自分が生き残ったことを改めて知り、自分が見てきた記憶に初めて、”恐怖”という色がついた気がしました。ドラマではその“恐怖”が地震を経験していない人にも伝わればいいと思い、何よりもリアリティーを求めました。私が経験していない身近な人の“死”を描くに当たり、軽く扱わないことだけは注意をして脚本を書きました。
 そして、ドラマの後に行なったテレビドキュメントの取材では、多くの大人の方から震災当時の話を聞き、市場の方々の苦労を知りました。
“伝える”ということは“次の災害に備えること”である。私はそう学びました。私たち高校生は阪神淡路大震災の記憶を持つ最年少の世代として、記憶を伝えていかなければなりません。その考えからできた番組がドキュメントの2本です。
 私はずっと、地震が起きることや、10年前のように街や人が被害に遭うことは“しかたがないこと”なんだと思っていました。けれど、取材をする中で、多くの地震研究者の方の話やマスコミ関係者の方の話を聞き、地震は避けられなくても、備えることで被害は最小限に抑えることができるのだと知りました。そして、そのためには何かの媒体で経験を、記憶を残し、伝えていくことが必要なのだと考えました。私は放送委員会の活動を通し、伝えることの重要性と、自分の記憶の重さを知ることができました。
 私たち友高放送委員会が作ってきた作品を視聴していただくことで、一人でも多くの人が地震について考え備えるきっかけとなればと思います。
(この項:溝上晶子)

5.考察
現在の高校3年生は震災当時小学校1年生であり、自宅が大きな被害を受けたり親しい人が亡くなったりしていない限り、当時の記憶はほとんどない。
2003年に板宿市場の取材を開始すると、震災によって市場がどのような被害を受けたか、営業を再開するためにどのような努力をしたか、当時の苦労話が取材できた。また現在の市場の売り上げが震災前まで回復しておらず、地場産業が壊滅して人口の減少が続いていることが実感できた。
“いい顔してみー”は、兵庫県南部地震で家族を失う女子高校生を主人公にしたストーリーである。地震によって家屋が倒壊するシーンがドラマの山であるため、家屋の位置、地震動で家屋がいかに潰れていくか、下敷きになった人がどのような状況であったかなどを生徒が調査し、音声だけで再現することを工夫した。
“繋ぐ”の制作では、さまざまな震災追悼行事を取材して、地震や防災の専門家の指導のもとに、小中高校生がいかに地震と防災について学んでいるかを知ることができた。これらの活動の結果、現在の高校生が震災を記憶している最後の世代であり、語り継いでいく義務があることを自覚することができた。

6.まとめ
取材を通じて、部員は10年前の震災が現在の神戸や自分達の生活に大きな影響を与えていることを知り驚いた。また広く社会に目を向けて番組を制作していこうという気持が部員の中に芽生えた。
地震防災に関する意識を形成するためには、“自然理解” “思いやりのこころ” “想像力” “対応能力”の4つを教えることが重要である。番組制作を通じて“思いやりのこころ”と“想像力”を養うことができたと思う。また番組は今後の理科の授業の中で利用していく予定である。


謝 辞
これらの番組は友が丘高校放送委員会顧問岡村隆弘先生と共同で指導をして制作することができた。ここに謝意を表します.


参考文献

数越達也: "伝えよう大震災をホームページで" 被災者の自立と社会的支援に関する研究会,京都大学防災研究所研究集会10K-8報告書,(1999)p31
数越達也: "兵庫県立芦屋高校における阪神・淡路大震災後の防災教育とインターネットによる発信" 地球惑星科学関連学会平成12年合同大会、予稿集CDROM (2000)
数越達也: "震災を語り継ぐ地学の授業" 理科教室No56(2001)
数越達也: "兵庫県における阪神淡路大震災後の地震防災教育" 地震火山防災教育の教材開発と普及に向けての現状と今後,京都大学防災研究所研究集会16-K01報告書,(印刷中)
参照サイトとして
防災・減災教育を考える  http://homepage2.nifty.com/ja3tvi/


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