芦屋高校教諭 数越 達也
はじめに
私は大学4年生のとき、有珠山の噴火(昭和52年有珠山噴火)に遭遇し、それから3年半、現地総合観測班の一員として有珠火山観測所で観測にあたった。多くの地震を経験して、噴火活動で避難したこともある。教師になってから数年間は理科1の授業で必ず火山と地震の話をした。しかし、地学分野の授業がなくなり、災害の話をする時間もなくなっていた。平成7年兵庫県南部地震はまったくの不意打ちだった。自宅と実家は半壊だったが、家族や両親が怪我をしなかったのはまったくの僥倖にしかすぎない。なぜ、もっと地震の危険性を、防災対策の大切さを授業で主張しなかったのだろう。後悔が残る。
1 兵庫県南部地震とは何だったのか
平成7年(1995年)1月17日05時46分に発生した淡路島の地震(マグニチュード:以下Mと略す:7.2、深さ14km)により神戸 洲本で震度6、京都 豊岡 彦根で震度5、大阪・姫路・和歌山などの広範で震度4を観測したほか、九州から関東北陸までの広い地域で有感となった。この地震は内陸で発生したいわゆる「直下型地震」で地震に伴う断層付近の地域で非常に大きな揺れを生じ、神戸市を中心に周辺の市街地で大きな被害を生じた。
余震活動は次第に減少している。1995年1月31日24時現在の地震総回数は、1,320回、うち気象官署における有感地震回数は127回であり、最大余震は17日05時49分、05時52分、および07時38分に発生した地震で、M4.9である。これは予想された最大余震よりかなり小さかったことは不幸中の幸いだった。気象庁は、この地震を「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」と命名した。
また、気象庁は17日、予震観測の強化および被害状況等の調査のため、地震機動観測班を現地に派遣した。この調査の中で、神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市、および淡路島の一部で震度7の揺れがあったことが明らかになった。(気象庁、地震概況より)
地震波の解析より、「野島断層」が最初に運動し、続いて神戸市須磨区から芦屋市にかけて第2、第3の断層が運動したと考えられている。第2、第3の断層と地表の震度7の帯は一致しないが、これは地震波が堆積層と岩盤の境界で屈折して、断層の真上よりやや南で直接の地震波と屈折波が合成され、揺れが最大になったものと考えられている。「野島断層」だけが地表にまで変位が表われており、右ずれ断層で変位は1〜2mである。
この地域は六甲〜淡路断層帯といわれ、この断層帯の活動によって、北西側が隆起し六甲山地と淡路島ができている。大阪湾は反対に沈んでいる。大規模で活発な断層帯でありながら、歴史時代にははっきりした地震を起こしていないので、エネルギーがたまっていて、次の地震が近いのではないかと疑われていた。 地震の後、野島断層で断層を掘るトレンチ調査が行われ、数百年前に断層が地震を起こしていることが確認された。
2 兵庫県南部地震は予知できなかったのか
日本では国家プロジェクトとして地震予知計画が進められている。そのため、「地震は予知できるものだ」と考えている人がいるが、これはたいへん危険な思い込みである。というのは、地震予知のための観測網が置かれ、直前の予知が出せる体制が整っているのは東海地震(静岡沖駿河トラフ)だけだからだ。
日本で発生する地震は大きく分けると、プレート境界型(海溝型)と、プレート内部型(直下型)の二つに分けられる。
日本列島はユーラシア(北アメリカ)プレート上にあり、東から太平洋(フィリピン海)プレートが押し寄せている。太平洋(フィリピン海)プレートはユーラシア(北アメリカ)プレートの西端を引きずりこみながら、日本列島の下に潜り込んでいる。この結果、日本列島に沿って日本海溝ができ、そこでは引きずられたユーラシア(北アメリカ)プレートが元に戻るため巨大地震が数十年から百年程度の周期で繰り返し起きる。これがプレート境界型地震である。このタイプの地震は規模が大きく(M8程度)、発生する場所がほぼ決まっており、歴史史料に多数残っているので次にどこで起こるかが予測しやすい、また規模が大きので、前兆現象が広い範囲で起こるはずである。東海地震を予知する国家プロジェクトはこの考えを元にして始まった。
ところが、今回の兵庫県南部地震(1995,M7.2)は、プレート内部の活断層が動いた直下型の地震であった。 このタイプの地震は活断層が発見されていれば(平野の堆積層の下では発見しにくい)発生する場所を予想することはできるが、地震発生が数百年から数千年に一度という周期であり(過去の地震の史料がほとんどない)、しかも規模が小さい(M7程度、M8の32分の1)ため、前兆現象があっても狭い範囲でしか表われない。従って発生時期を予測しにくい地震であったといえる。
しかし、兵庫県南部地震の後、多くの前兆現象らしきものが報告されている。
1 神戸大阪から名古屋にかけての地域が1971年に地震の特定観測地域に指定されていること。(25年前)
(特定観測地域地図)
2 神戸の直下が地震空白域になっていることが1990年に学術論文として発表されていること。(5年前)
3 猪名川、京都など断層の延長線上で数年前から地震活動が活発になっていたこと。(数年前)
4 六甲山のトンネルからの湧水が11月頃より増加していたこと(京都大学観測)(2ヶ月前)
5 カラス、ネコ、魚などの異常行動が見られたこと(10日から前日)
6 明石海峡で小地震が発生したこと(前日夕方)
7 野島断層からの異常な電磁波が観測されたこと(兵庫医科大学観測、2時間前)
さて、これだけの証拠があってなぜ兵庫県南部地震は予知されなかったのだろうか。
1と2は公表されている資料である。兵庫県南部には都市直下に断層帯があるが長年地震を発生させておらず、エネルギーが蓄えられていることは研究者の間では良く知られていた。ただし次にいつ地震が発生するかまではわからず、数年から百年程度の幅での予想でしかなかった。その結果、行政が地震対策を取らなかったことが、今回の被害を大きくした一因である。これは行政だけの問題ではない。地震や火山の対策は、票にはならず(一般有権者の関心が低い)政治家も取り組みには消極的である。
一般市民の「関西には地震がない」という誤解が行政にも反映されたのである。4〜7の地震直前の現象は別々に観測されており、一箇所にまとめられてデータを検討するということがなされなかった。もし、気象庁に対応する地震庁のような観測予報機関があって、データが集約され監視されていれば、1月16日の夕方、明石海峡で地震が起きた際に注意報くらいは出せたかもしれない。現実には、今の近畿地方のように大学、気象庁などバラバラの観測体制では直前の予知は不可能であった。
3 近畿地方の今後の地震活動について
近畿地方では紀伊半島沖の太平洋(南海トラフ)で繰り返しプレート境界型の巨大地震が発生している。史料に残っているだけでも684,887,1099,1361,1605、1707,1854,1946年とある。次は、2020年頃からいつ発生してもおかしくない時期に入る。1946年の南海地震(M8.0)の記録を見ると東海道から九州にまで津波が押し寄せ、死者1330人、家屋の全半壊3万5000戸に及んでいる。次に南海トラフで地震が起きれば、阪神間では震度5は免れないであろう。海岸沿いでは津波の対策が必要である。また震源が遠くはなれた地震のため揺れの周期が長くなり、兵庫県南部地震では被害が少なかった高層中層の建物に被害が出ることが予想される。地盤の悪いところでは建物に補強が必要だ。
南海トラフの地震の約50年位前から、近畿地方の内陸部で地震活動が活発になることが記録に残っている。北丹後地震(1927、M7.3)、鳥取地震(1943,M7.2)などである。すなわち、南海トラフ地震の後しばらく平穏期があり、その後近畿地方の内陸部で活断層が動き、直下型の地震がいくつか発生し、その後また南海トラフで巨大地震が起きるというパターンが発見されている。1995年までは近畿地方は1946年南海地震後の平穏期であった。そのため「関西には地震がない」という俗説が生まれたのであろう。兵庫県南部地震を境として近畿地方は地震活動期に入ったといわれる。次の南海トラフ地震までどこで活断層が動くだろうか。
兵庫県南部地震後、次の地震が心配されていた有馬〜高槻断層帯は調査の結果400年前に地震を起こしていた ことがわかり危険は遠のいた。しかし、近畿地方には活断層が多数存在し、花折〜金剛断層線(京都府〜和歌山県)や、山崎断層(兵庫県)での地震活動を懸念する研究者がいる。どちらも千年以上地震を起こしていない。これらの断層が動けば阪神間では震度5以上を覚悟しておいたほうがいいだろう。
4 私たちは何をするべきか
今後私たちは何をすればいいのだろうか。数十年の期間で、日本列島のどこが危険かという長期予測は現在の地震学でも十分にできている。一般向けの解説書も多数ある。自分の住んでいる地域が、どのような地震活動をしているのか把握しておくことが必要だ。近畿地方の今後の地震活動については、第3節で述べた。また現在の地震学の水準では何月何日の何時に地震が発生するという直前予知はできないことを理解してほしい。予知に頼るより、自分達の手で災害を最小限に食い止める準備をしよう。
防災対策を箇条書きにすると
1 地盤の悪い所には家を建てない。古い家は補強をする。
2 寝ている場所の周辺に大きな家具を置かない。
3 室内の家具は固定する。
4 懐中電灯、ラジオなどはすぐに手に届くところに置く。
5 水・食料、薬品、燃料などを最低限3日分備蓄をする。
6 地震が起きたら、どう対処したらいいか家族で話し合う。
7 隣近所の人と日頃から良い関係をつくる。
などを実行しよう。大地震の直前に警報は期待できない。大地震が起きたら3日はどこからも救助なしで生き残れるように準備が必要だ。そのためには日頃から、隣近所の人と良い関係を保っておくことが必要だろう。生死を分けるとき助けてくれるのは近所の人しかいない。
兵庫県南部地震を起こした断層帯は、今後千年ほど大地震を起こすことはない。しかし、今後20〜30年の間に、震度5程度の揺れが一度ないし二度阪神間を襲うと予想しておいたほう無難である。次の地震をいかに迎え乗り切るか。地震に強い社会をどう作って行くか。それが、兵庫県南部地震に生き残った我々への課題である。
参考文献
「地震」(東京大学出版会、茂木清夫)
「活断層」(岩波新書、松田時彦)
「最新地震論」(矢沢サイエンスオフィス編集、学習研究社)
推薦図書
「日本の危険地帯」(新潮選書、力武常次)
解説の著作権は放棄しませんが、小中高等学校での教育のため転載されることは差し支えありません。転載される場合は数越までご連絡ください。
"芦高生は震災後何を考えどのように行動したのか" 大森秀樹教諭編 兵庫県立芦屋高等学校理科発行(1996)
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