芦屋高校教諭 数越 達也
兵庫県南部地震は大地震だったのか。
1995年(平成7年)1月17日早朝の5時46分、淡路島を震源(地震の波の発生した場所)とする、大きな地震で日本列島は九州から関東まで大きく揺れました。「兵庫県南部地震」です。大きな被害をだしたため「阪神淡路大震災」と呼ばれるようになりました。
神戸、洲本では震度6、京都、豊岡、彦根で震度5でした。地震のエネルギーは1923年の関東大震災の約1/10でした。地震としては最大級のものではありませんでしたが、淡路島から神戸、阪神間の都市の真下でおきたため、ビルや高速道路が壊れ、死者6000人以上、壊れた家約20万軒の大きな被害を出しました。
余震は小さかった。
大地震がおきると、その後小さな地震がたくさんおきます。これが余震です。兵庫県南部地震では、地震後2週間の間に約1300回の余震がおき、そのうち約130回が身体に感じる地震でした。地震が大きければ、余震も大きなものがおこるのですが、兵庫県南部地震の場合は余震が小さく、余震による建物の被害などは少なかったようです。
震度7は後からわかった。
気象庁は淡路島から神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市などの一部で、震度7であったと3日後発表しました。
このときは震度の決め方が、人間の感じる揺れや建物の壊れ方を元に決められていて、すぐに震度が7だとはわからなかったのです。その後、地震計の記録から、加速度(揺れの速さの変化)を求めて震度がすぐに出せるように震度の決め方が変わりました。
地震発生は淡路島から
地震の波は地球の中を通って外国にまで伝わります。世界中の地震計に兵庫県南部地震の揺れは記録されました。地震計の記録を調べると、どのように地面の中が壊れて地震がおきたのか知ることができます。それによると、まず最初に淡路島北部の地下深さ14kmあたりで、食い違いがおこり、続いて神戸市から芦屋市の下で第2、第3の食い違いがおきたとわかりました。
地中の食い違い、これが断層です。淡路島ではこの食い違いが地面にまで現われて、田んぼや道路が最大2mずれました。神戸市や芦屋市の下でおきた食い違いは、地面には現われなかったようです。
震度7の帯はなぜできたのか。
建物が30%以上壊れた震度7の場所は神戸市から芦屋市、西宮市まで帯のようにつながっています、これが「震度7の帯」です。この真下に地震をおこした断層があるのでしょうか。どうも違うようです。
震度7の帯は、地震を起こした断層の真上にできたのではなく、地震の波がいくつか重なりあって揺れが大きくなった場所にできたようです。地震の波が重なる原因は地下の堆積物(川や海の底で土砂がたまってできた柔らかい地層)のようです。堆積物が適当な厚さ場所では、地震の波と岩盤に反射してきた波が重なって強められるらしいのです。
神戸だけでなく、東京や大阪、いや日本中の都市は厚い堆積物の上にあります。近くで地震がおきると、神戸と同じように震度7になっても不思議ではありません。
関西には地震がないというのは本当か。
兵庫県南部地震がおきた西宮市から淡路島にかけては、「六甲〜淡路断層帯」という、小さな断層がたくさん並んでいる場所です。この断層が数十万年から100万年くらいの間に何百回と繰り返し地震をおこし、そのたびに地面がずれ、北西側が持ち上がって六甲山と淡路島になり、南東側は沈んで大阪湾になったと考えられています。ここではこの千数百年のあいだには大きな地震がおきておらず、注意しなければいけないなと、地震学者は考えていました。でも一般の人にはそれが伝わず、「関西には地震がない」という過った考えが
地震の被害を大きくしました。
地震はなぜおきるのか。
地震はなぜおこるのでしょうか。地球の表面は、サッカーボールの表面のようにつぎはぎの状態になっています。1枚1枚の皮に相当するのが「プレート」とよばれる、厚さ約100kmの岩石の板です。プレートの下はやはり岩石ですが。地球内部の熱であたためられ、ゆっくり対流をしていると考えられています。この対流によって地球の表面を作っているプレートが動いているのです。その速さは1年に数cmくらいです。1年にたった数cmですが、100年たつと数m動きます。プレートは隣のプレートとぶつかり、押し合っているのです。日本列島のまわりは4つのプレートが押し合う、まるで押しくらまんじゅうをしているような世界でもめずらしい場所なのです。
海の地震のおきるわけ
日本列島が乗っているプレート(陸側プレート)は、東の太平洋側から別のプレート(海側プレート)に押されています。海側プレートは陸側プレートに負けて下へもぐるこむのですが、そのとき陸側プレートを少し引きずって歪めます。日本海溝はこうしてできたと考えられています。毎年少しずつ海側プレ
ートは陸側プレートを引きずりこみ、歪みがある程度の大きさになると、陸側プレートはゴムのように跳ねかえって元にもどります。このとき大地震がおきるのです。海でおきる地震はこういうふうに説明されます。陸側プレートが繰りかえし跳ねかえるので、地震がおきる場所や時期はかなり予測できるようになりました。
陸の地震のおきるわけ
では、兵庫県南部地震のような日本列島の真下でおきる地震はどうでしょうか。日本列島が乗っている陸側プレートは、きれいな1枚の岩のかたまりではありません。そこには昔地震をおこした傷(断層)があります。海側プレートが押す力が伝わり、陸側プレートにある傷(断層)がずれる、これが陸の地震です。でも、なぜ、淡路島から芦屋市にかけてがずれたのでしょうか。次はどこがずれるのでしょうか。これらについてはまだよくわかっていません。陸でおきる地震の研究はまだこれからです。
地震予知の始まり
地震は予知できないのでしょうか。静岡県の駿河湾では、1854年から大きな地震がおきていません。他の場所ではすでに大地震がおきています。ここでマグニチュード8クラスの大地震がおきると、新幹線や高速道路がとまり日本中に大きな影響がでます。
東海地震への準備
そこで政府は1978年に法律を定めて、駿河湾でおきる地震(東海地震)を予知する準備をはじめました。今では100ヶ所近い地点に、地震計や地面の傾きを測る傾斜計などがおかれています。観測されたデータは東京の気象庁へ送られ、24時間監視されています。データに異常が見つかれば「判定会」という、地震学者6名による会議が開かれます。そこで東海地震が発生する恐れがあると判断されると、総理大臣が「地震災害警戒宣言」を出します。宣言がでると、新幹線も東名高速道路もすべて止まり、学校や工場は休みになり、静岡
方面への旅行は制限されます。
東海地震については、このように警戒宣言を出す組織ができているのですが、他の地域では何もありません。気象庁や各大学がそれぞれの地域で観測をしているのですが、そこで得られたデータをすぐに一ヶ所で監視したり検討するということはしていません。ですから、東海地域以外では警戒宣言が出され
ることはないのです。
今の研究でわかること
では私たちは大地震に対してまったく無防備なのでしょうか。そんなことはありません。地震の直前に警戒宣言は出せませんが、この地域ではあと何年ぐらいで大地震がおきそうだ。そのときの揺れはどれくらいになりそうだ、ということはかなり正確に予測できるようになりました。
次の地域は要注意!?
現在、次の地域が近い将来地震がおきそうだと指定されています。
北から
1北海道の東部(釧路・根室周辺)
2秋田県の西部および山形県の西北部、
3福島県の東部および宮城県の東部、
4新潟県の南西部および長野県の北部、
5南関東(神奈川、東京、千葉など)
6東海(静岡、愛知、山梨など)
7名古屋京都大阪神戸地区、
8島根県の東部、
9伊予灘および日向灘周辺 (宮崎、大分、山口、愛媛)
(指定地域地図)
すでに新潟や神戸では地震がおきています。これらの地域では過去に大きな地震が繰り返しおきているにもかかわらず、最近は地震がおきていない場所です。これらの地域に住んでいる人は地震に対する備えをしましょう。
また、これ以外の場所でも、都市の真下でおきる陸の地震の可能性は決して小さくありません。地震予知に頼るより、自分達の手で災害を最小限に食い止める準備をしましょう。
兵庫県南部地震を経験した私たちからのアドバイス
地震の前に
1古い家、海や谷を埋め立てた所、昔の池や川の跡などに建っている家は補強しよう。
2寝ている場所のまわりに大きな家具を置かない。
3室内の家具は固定しよう。
4ラジオと懐中電灯は、人数分用意しよう。
5水食料、薬品、燃料などを3日分、家に蓄えよう。
6地震がおきたらどうするか、家族で話し合おう。
7隣近所の人と、日頃からなかよくしよう。
地震がおきたら
8自動車で避難することはやめよう。
9避難するときは、ガス、電気、水道の元栓を閉めよう。
10デマにまどわされないようにしよう。
などです。
最後に
兵庫県南部地震で私たちは辛い経験をしましたが、この体験を生かして地震に強い社会をつくっていかなくてはなりません。このサイトが少しでも役立てば幸いです。また地震の際、全国の皆さんから寄せられた暖かいお気持を私たちは忘れません。
今度は私たちがボランティアに行きます。ありがとうございました。
参考文献
地震は必ずくる 阿倍勝征 読売新聞社
大地震を生き抜く 時事通信社編集局片時事通信社
この小中学生向き解説はNifty-Serve FKYOIKUS「理科の部屋」の先生方とパソコン通信を使って協議しながら作成しました。この場所を借りてお手伝いいただいた先生方にお礼申し上げます。
解説の著作権は放棄しませんが、小中高等学校での教育のため転載されることは差し支えありません。転載される場合はご連絡ください。
"芦高生の見た震災復興" 兵庫県立芦屋高等学校いきいきハイスクール事業実行委員会編 兵庫県立芦屋高校発行(1997)
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