Coffee Break
Updated 23 October 2003 |
|
|
曲名 :
イギリス組曲 第3番 ト短調 BWV808 第3曲
Courante |
2003年09月27日 |
【音楽は最後まで聴かせて!】 |
午後の4時から6時というとサラリーマン諸氏にとっては仕事に打ち込んでいる時間帯と思う。この時間に放送している番組を聞いてる人はよっぽどの暇人か、学生(でも余裕のある学生?)のたぐいではないかと想像するのだが、かく言う私も自宅で仕事をしている関係上よくこの時間はラジオを聞いている。わたしもきっと暇人に入るのだろう。
私はラジオと言っても FM しか聴かないが、この付近は室内アンテナでは民法 FM はよく入らないので NHK だけの状態だ。
月曜日の上記時間に萩原健太さんの音楽番組がある。「ヒットから落ちた曲はみんなオールディーズ」という言い出しで始まるオールディーズ・ヒット曲の番組である。非常にバラエティーに富んでいて結構面白い。
この番組を聞いていて気がついたのだが自分の好みが60年代の音楽に偏っていると言うことである。ある意味でこれは当然と言えなくもない。ポピュラー音楽を良く聴いたのが60年代、おそくても70年代初めくらいまでだからである。それ以降の現在に近いところは興味が別のところに行ってポップスをほとんど聞いたことがなかった。残念ながら健太さんの番組でもこの頃の曲はなかなかかからない。
何週間か前にコニー・スティーブンソンの「ミスター・ソングライター」という曲がかかったので録音した。すっかり忘れていた曲だったのだが段々思い出してきた。60年代中頃全盛のかわいこちゃんソングで当時すっかりはまった曲との記憶がある。たわいのない歌詞で当時のヒット曲はこういうたぐいの曲が多かった。それに演奏時間も短くて大概は2分台といったところでした。ところで、たまに雑音ぽい民法の番組を聞くとほとんどが一日中音楽を流している番組なのだが、曲を全コーラス(全曲)聞かせてくれる番組がない。こー言うの嫌いだな。何故なんだろうか。
たまに最新のヒット曲でも録音したいのだが、DJの話が曲の頭と最後に必ずと言って良いほど重ねられてしまう。つまらないおしゃべりを少し止めてくれりゃ重ならないようにできるのにといつも思ってしまう。曲に重ねてわざわざしゃべる内容でもないと思うけど、あれはわざと話が重なるように構成しているのだろうか?音楽そのものを聴かせる番組ではないということなのかな。意識して全曲を録音できない(させない)ようにしてるのかも知れないが、私には興ざめです。だからそういう番組はほとんど聴きません。 NHK でもこのたぐいの番組はあることはあるが大変少ない。 NHK の「かたを持つ」わけではないけれど民放きらい。
2003年08月29日 |
【運動公園のトリム・コース】 |
昼休みに近くの運動公園に行くことが多い。外周にトリムコースというジョギングコースまたはウォーキングコースが完備されており、1周すると丁度1.5kmと手軽だからだ。以前は3,4周は何ともなかったのだが最近は1周しただけで右足のふくらはぎが悲鳴をあげる。病気の後遺症かなと思う。
公園には野球場、テニスコート、陸上トラック、遊園地などがあるが、いつだっかか数年前に別のところに新しい運動公園ができたせいか、ここは比較的利用する人が少ないのが好きである。夏休みも終わりに近づいてきているが、市内の中学生や高校生が近隣の町の学校と野球の対抗試合をやっているときがある。この時は駐車場が満杯になるので何かやってるのが直ぐに分かる。貸し切りバスが何台か止まってるときもある。こんな時は車を止める所を捜すのに苦労する。
トリムコースの一番奥まったところに大きな池があり、カルガモやグース?が住み着き泳いでいるが昼下がりには池を上がってコースそばの原っぱで揃って休んでいる。時にはコース上で休んでいる時があり、側を通り過ぎようとすると何か餌を欲しがっているようにこちらを見て鳴く。
池では農協の帽子をかぶった近所のおじいさん達が釣り糸を垂れてはいるものの釣りそっちのけで何やら談笑している。このおじいさん達は何時もきてる。近くではおばあさんに連れられた子供たちが池に流れ込む小川で水遊びをしている。のんびりした良い風景だ。
コース上には100mごとに数値がペイントされているのだが、ちょうど1000m地点がちょっとした上り坂になっており、といっても普通の人にとっては何ということもない坂なのだが、今の私にとってはこの坂でふくらはぎが何ともなければ大丈夫のサインになる。しかしこのところ何時もNGでここからの500mが結構難儀なのです。
2003年08月19日 |
【ミニコンポのスピーカ】 |
最近の電気・電子機器は一段と多機能になってきて操作が難しくなってきたと思いませんか?操作が直感的に分かるような機械が少なくなったような気がします。
わたしの場合も電話機やディジカメ、パソコンさえ使いこなしてる機能は極一部だけという有り様になってきていますが、最初から使わない機能は付いていないと思っていればそれでも良いかも知れません。無理に使おうとする必要もないでしょう。と思います。
さて、ミニコンポの機能も複雑になって、中には細かい操作は本体ではできずにリモコンからのみというのが多くて、リモコンが壊れたらどうするんだろうか?と考えてしまいます。
使わない機能は初めからいらないと思っても世の中の動きはそうじゃないみたいで、相変わらず機能の多さを競っている、時代の流れでしょうがないのでしょうか。使わないけどいろんな機能が付いてるだけで満足!何となくさびしいです。
ミニコンポといっても音楽機器ですから音が命です。スピーカも小さなボックスにかっこう良く収めたというだけの(3Wayなんていうのもある!)ものも多くて、音にはさほど違いがある訳でもないのに迷ってしまいます。
肝心の低音の再生はボックスの大きさから考えて当然無理をしているのが判りますし電気的に加工しているのが多いですね。でも最後はソースに依って出てくる音はピンキリです。
最近は特に電子的に音を加工したソースが多くてやり過ぎというのはいただけませんです。暫く経つと何の印象も残っていない一過性の曲が反乱しています。80年代くらいまでの曲は今聞いても何か懐かしさを感じてしまいますが最近の曲は聞きたい気が起こりません。第一うるさすぎます。年ですかね、やはり。
ところで聞く音楽にもよりますがジャズのウッド・ベースなんかはJBLのウーファーで聴くのに勝るものはないと今でも思っている私ですが、最近のはやりはBOZEのスピーカー・システムみたいです。これは思いっきり工夫してますね。小さいのになかなかの音がでますが、どこか人工的でやはりガサが大きいのにはかなわないのではないでしょうか?
2003年08月19日 |
【外部記憶用のMDユニットはない?】 |
前回パソコンにつないで音楽ソースを編集できるMDデッキというのが存在するのか疑問だといいましたが、あることはあるようです。
Net MDという規格をSonyかAIWAで考案したようで何社かから対応のコンポが発売されています。SONYのサイトで少し詳しい説明があるようなので多分ソニーの考案した規格のようですが。
でもどうなんでしょうか?ちょっと調べた限りではPC上の音楽ソースをMDに落とす(転送する)のがメインの機能みたいです。逆にコンポ上のMDソースをPCに集めるのはいろいろ条件があったり(MDに転送したPCにしかコンポからはPCに戻せないなど)、またこれができないコンポが多いみたいですね。ここで考えている音楽ソースはPC上の音楽ソースすなわちCDとかDVDなどのソースとインターネットで入手できる有料の音楽ソースのようで私の考えているようなものは考えられていないようです。
外部HDDや外部MOようにPCに接続する外部記憶用のMDユニットというのはないみたいです。やっぱりMDというのは「Music Disk」なんですかね?ひょっとするとMDって日本国内のみで使われている規格かもしれないですね。残念でした。
とするとどんな方法が採れるのだろうか?
アナログノイズの出ない(問題にならないくらい)小さい)PCってあるのでしょうか? PCの宣伝文句では音楽ソースをいろいろ加工できるっていうのが多いのでアナログノイズは問題ないと思っていたのに、私のPCが期待を裏切ったので、ほかはどうなのか?気になっています。
次にPCを買う時はこの点を十分に検討してみたいです。
2003年08月03日 |
【古いレコード盤が沢山見つかりました】 |
先日めったに開けたことのない押し入れを覗いてみたら古いレコード盤と懐かしい録音済みの4トラックのテープが山摘みしてあるのを見つけました。
テープはデッキもないので多分もう役立たずでしょうがレコード盤はまだ何とかなりそうです。最近はオーディオ系の話にはあまり興味がなくなり音を追求するなんていうこともなくなって音楽もラジカセで間に合っていますが捨てるには未練が多いにあります。押し入れのこの占有物をなんとか(処分)したい。これらをCDかMDに残せないだろうか?と考えているところです。
電器店で調べたらCDとMDを搭載したラジオ(ラジカセのたぐい)や安いコンポが沢山あることがわかりました。レコードプレーヤーもまだ売っているのですね。これは良いかもしれない、レコードをディジタルで全部ダビングできそうです。いやそうなると音楽をコンピュータにとり込んで編集ができるはずですよね。云々話は低次元で広がります。こういうのって考えるのが楽しいです。最小の出費で考えているのですが私の悪い癖で変に妥協したくない気持ちが出てきてしまい困ります。こうなるとなかなか良い妥協点を見つけるのが難しいです。
マイクロソフトのXP用の「Plus! Digital Media Edition」を買ってきて、早速アナログ音源をコンピュータに取込む実験をしました。アナログ・レコード機能がついています。これが出来ればレコード盤もPCに取込めそうです。
結果、録音は出来るには出来たのですが、でもどうもいけませんですね。わたしのPC(ノート型)のノイズがひどくって使い物になりません。「MP3 Jet-Audio」等の音楽ソフトを使うと全てノイズだらけでまったく駄目です。マウスを動かしただけでザーザーとノイズを出します。きっとこれはPC側の問題ですね。わたしのパソコンだけの問題でしょうか?
わたしのパソコンはPCでCDが聴けるように専用の機能が付いているのですが、推測するに、こちらの方はPCの電源をほとんど落としてCDを鳴らすだけのほんの一部の回路だけを動かしているようで、こちらを使うとノイズはさすがにでません。ちょっとインチキっぽいですね。みんなこんなものなのでしょうか?
アナログ録音が駄目なら安物コンポでまずレコードをMDに落としてディジタル化してからそれをPCに取込むという方法もあります。デジタルレベルではノイズも気になりませんからね。それらを編集してからまたPCでMD化またはCD化する、という方法です。何かうまく行きそうです。カセットテープの音源なども沢山ありますからみんなデジタル化が出来ますね。ただしパソコンにつないで音楽ソースを編集できるMDデッキというのが存在するのでしょうか。雑誌を見てもこういうMDって見当たりません。あったらこちらも手に入れなければなりません。
なかなかお金がかかりそうです。最小の費用でと思っているのですが予算オーバーです。お金があればなんでもできるということの一例ですね。
2003年07月10日 |
【ADSL】 |
先日ADSLに加入しました。
以前のISDNに比べ毎月の料金も安くなるので踏ん切りをつけて加入しました。
ADSLも今では最大12Mbpsまでスピードが上がっています。とはいっても誰でもこの恩恵を受けられるとはいかないのが辛いところですね。私も12Mの契約ですがとてもそんな速度はでません。私のところは電話局から約4kmで実測700−900kbpsです。事前のデータからは1.5Mくらいが期待できるかな?と踏んでいたのですがちょっと(大きく)あてが外れました。
NTTでは事前に速度の確約はしない(距離しか言ってくれなかった)し、最悪の時は自腹で元のサービスに戻す必要があるなど電話局の直ぐ近所に住んでいないと駄目なサービスですね。私のところも線路の改良をしてもらえば多少速度が上がるかもしれませんが以前のISDNに比べて格段に速い結果が得られたのでまあまあこれでいいかと言う訳でそのまま使っていますが、ビデオをストリームで見たい人などには場所による格差が大きいでしょう。
ADSLはやっぱりつなぎの技術で本命は光回線ということになるのでしょう。次の機会には是非光回線にしたいものです。
ADSLの技術が出始めたのは10年くらい前だったと記憶していますが速度は768kbpsかせいぜい1.5Mbpsでそれも伝送距離は数キロのレベルでした。一般のPCMと違い変調方式に工夫をして伝送距離を伸ばす技術ですが私が現役の時7kmくらい伝送できれば実際に使いたかったので、はたして可能なのかどうかと良く議論した記憶があります。米国のメーカからモジュールを買って実験までさせた記憶がありますが実現前に私は退職してしまったのでその後どうしたでしょうか??
2003年06月06日 |
【芝には懲りたのに】 |
先日バリカン式の小さな電動芝刈り機を買ってきました。
以前庭一面の芝生が手入れが行き届かずすっかり雑草に占領されて駄目にした経験があるので金輪際芝は止めと決めていたのに、懲りずに車庫の前とベランダと庭の境に部分的に少しの芝を張っています。剪定鋏を使って手動で芝が刈れる範囲に限定していたのですが、それも出来なくなり止む無くバリカン式のものを購入したというわけです。
これがなかなか便利です。あまり歯が長持ちするような感じでもないのですが年に数回も使えれば良いか、というわけで5000円で買いました。ただ結構大きな音を出すのがいまいちです。以前何気なくやれていたことが今の私には結構大変ということが沢山あります。いや大変だらけといった方が正しいですね。食事の準備で「物の皮をむく」等は相当難しいです。ジャガイモの皮むき、りんごの皮むきなどなどみんな大変です。やっぱり両手が使えて始めて出来ることです。今は機械や補助具を利用して不自由さをカバーして行くしか方法はありませんが「皮をむく」など人間の何気ない動作はまさしく芸術的です。最近つくづくとそういったことに気付かされます。
2003年04月20日 |
【退院しました】 |
桜前線も大分北の地方に移ってしまい当地の桜もほとんどが葉桜になって花はわずかになってしまっています。
昨年末、小山市の病院から転院したリハビリの病院は山形県米沢市にあって、寒い季節にわざわざ北国に入院しなくともという話もあったのですが、わたしの生まれ故郷でもあり親戚が沢山いることもあって米沢に決めました。一番寒い季節で沢山の雪を見たのも久しぶりではあったのですが、いつも病院の中だったし床暖房まで完備していて寒さは感じませんでした。大抵は半袖シャツで過ごせるくらいでしたが、退院の時はあちこちに雪が残ってはいるものの大分暖かくなっていました。
入院して気づいたのは看護婦(師)さん、介護師さん、リハビリの先生方のほとんどが若くって(みんな20代)、ほとんどが地元の言葉(いわゆるズーズー弁)で患者と接することです。その点が都会の若い女性とは少々違っていて、素朴というかそのことが変に素敵な気持ちにさせてくれました。私はといえば米沢弁はすっかりさび付いていて聞けてもしゃべれないという情けない状態でした。
2001年 11月28日 |
【コンサート・ベスト3】 |
小沢征爾の指揮する「カルミナ・ブラーナ」のCDを聴いていて、昔のことを思い出してしまった。
いろんなコンサートを聴いたが、何が素晴らしかったか?と言うことである。ベストはやはり「カルミナ・ブラーナ」だったろうと思う。
1975年に聴いた「ホルスト・シュタイン」がNHK交響楽団を指揮した定期公演だった。
これに「日本プロ合唱団」、「東京少年少女合唱隊」とテノール(鈴木寛一)・バリトン(堀江忠男)・ソプラノ(常森寿子)のソリスト陣が付いた大編成の公演だった。作曲家「カール・オルフ(1895-1982年)」がバイエルン地方の修道院で発見された中世の世俗的な詩歌集(カルミナ)に曲を付けたもので、リズム感が明快かつ大胆で、それでいて旋律の美しいさも素晴らしく、曲を通しての合唱・ソロとオーケストラの掛け合いが聴いていて楽しい。
特に少年・少女合唱の部分は中世のどこか牧歌的な雰囲気が感じられほろりとさせられる。次はベートーベンの第9、小沢征爾が新日本フィルを振ったコンサートだが、このことは前に書いたので省略する。
3つめは「マウリチィオ・ポリーニ」。
これはN響の定期公演のソリストとして招かれたもので、コンサートの前半で確かショパンのコンチェルト1番か2番(記憶にない)を弾いた。
通常、定期公演ではアンコール演奏はないのだが、この時は
2001年 2月27日 |
【小笠原は中村を超えた】 |
わしも何かと忙しくてのー、ご無沙汰じゃった。
不況の波をかなりかぶっとって、忙しい割には実入りが減っとる。
香織が働いてるからまあまあの生活ができとるというもんじゃ。娘に感謝せにゃならん。
Jリーグの開幕が実に待ち遠しいこの頃じゃ。
それにしても、相変わらずマスコミはプロ野球一色の扱いじゃ、サッカーファンとしては実に腹立たしい。
プロ野球でも、扱い方が実にミーハー的。若い娘たちが男性アイドルを追いかけてるのと同じじゃ。
記事や放送内容にも個性・特徴がなく何処を見ても均質で面白くもない。ヨイショ記事のオンパレード、まー、わしにとってはどうでも良いことじゃが。
さて、今回言いたいのは「小笠原は中村を超えた」ということじゃ。アントラーズの小笠原じゃ。中村はマリノスのあの俊介のことじゃ。
昨シーズンのJリーグ終盤の小笠原のプレー・活躍ぶりには、ファンとしてはこの上なく嬉しくてたまらんかったのー。溜飲が下がるという感覚を久しぶりに味わわせてもらったというところじゃ。
リーグ最終戦のレイソル戦から、Jリーグチャンピオン決定戦、天皇杯決勝と重要な試合で堂々としたプレーぶりには本当に目をみはるものがあった。
チャンピオンシップと天皇杯の両方でMVPをかっつぁらって行くなんぞは、もう並みの選手じゃない。
それにしてもチャンピオンシップの「マリノス」はひどかった、チームになっていなかったね。
中村にも戦う姿勢が感じられなかった。なんかつまらなさそうにプレーしとった。あんなチーム状態じゃ、勝てる訳ないから本気がでないのは分からんでもないが、代表の時だけがんばるような選手じゃあかん。
わしの目では現時点で小笠原が中村をすべての面で超えたと見た。パスセンス、フリーキック精度は互角としても、スピード・ディフェンス力で歴然とした差が見て取れる。
小笠原がオリンピック代表で一度だけ中田英と組んでトップ下をやった「韓国戦」のことを思い出すんじゃ。中田とのワンツーでゴール前に切れ込んで行った時の、あの華麗なボール裁きは忘れないね。また、あのようなゾクゾクとするプレーを代表戦で見てみたいもんじゃ。
小笠原の現在の弱点は代表でプレーしたことがないことだけじゃ。それにしても、今回も代表に呼ばれんかった。トルシエは何を考えてんのか分からん。
今シーズンで更に差が付くような気がするんじゃが、それでは日本として困るんじゃ。フリーキックだけの中村じゃ困るんじゃ。確率的には、その10倍も外しとるんじゃ。その程度のレベルの選手はゴロゴロいるよ。
課題評価しすぎとる。とはいえ、マスコミに騒いでもらわんと困るという面もあるのも確かじゃが。
小笠原の背番号が今シーズンから「8」になった。
27→17と来て3年目でいよいよ1桁番号じゃ。アントラーズでは、秋田、相馬、奈良橋といったレギュラー選手の付ける番号じゃけん、チームの小笠原への期待度が分かるというもんじゃ。
2000年 10月22日 |
【オリンピックも終わってしまった】 |
シドニー・オリンピックもあっという間に終わってしまってもう1月じゃ。
期待しとったサッカーも予選通過まででがっかりじゃった。今もって悔しいわい。
今回は時差もなかったので久々にいろんな競技を見ることができたのは良かったのじゃが多くの感動があった一方で、不快なことや不可解なこともあり、まーこれもオリンピック、いやこれが現代のスポーツ事情なのかと改めて考えさせられてしもーた。
第一に競技数が多すぎると思うんじゃ。少し実施競技を絞り込んだらどうだろか?
そこでちと考えたんじゃ。
オリンピックはスポーツ競技(ナンバーワンを決める)大会である。
不明朗・曖昧さをなくすため、競技は次の基準のいずれかを満足するものに限定すべきであると。
(1)同時に行う競技であること。
これは「用意ドン」で試合をやって勝ち負けをきめることじゃ。
1対1(チーム対チームも可)の勝負(柔道、サッカーなど)か、複数人が同時に試合をして順位を決める(陸上100m、マラソン、競泳他)競技がこれにあたる。
(2)順位付けに絶対的尺度があること。
この尺度とは「時間」「距離」「高さ」など、機械で結果を計測できるものじゃ。
実は大多数の競技はこの条件を満足しとるので安心してくれ。
以上の基準に従えば、審判(人間)が点数をつけて、直接的ではないにしろ勝ち負けを決めてしまう(決めざるを得ない)ような競技は排除されることになる。
実はわしが今回不快に思った競技はすべてこのたぐいの競技じゃ。
なかなか良い基準・原則だと思うんじゃがどうじゃろか?
オリンピック憲章のなかに「より早く」「より高く」「より遠くに」というのがあったように記憶しとる。「競技」としてのスポーツの原点がここにあると思っちょる。
「より美しく」というのもあったかもしれんが、「早く」「高く」「遠くに」を追求している時の人間の姿には必然的に「美しさ」が備わるというものじゃ。
その「美しさ」はまったく主観的なもので、それに順位を付ける(ことになってしまう)ような種目は不要じゃ。というのが上の基準と思って良い。原点に戻せということじゃ。
基準外となる競技には結構メジャーなものもあるので実は頭が痛いのじゃが。
例えば「体操」「新体操」「シンクロ水泳」、それに「水泳飛び込み」「トランポリン」などである。
冬の競技まで考えれば、最たるものは「フィギュアースケート」じゃろ。
競技スポーツに「芸術点」などという曖昧で間違いなく主観的な物差まであるのには、どうにも理解できん(そういえばシンクロにもあったのー)。
これら種目の競技ルール・判定基準は、おそらく非常に専門的で複雑(素人には分からないようなもの)になってるんじゃなかろうか?無理矢理とね!
テレビの解説を聴いていても「いいですねー」とか「最高難度です」「いい点がでるんじゃないですか」など言われても分からん。
これだけ技術が進歩した時代に、理論的にでも機械で成績を計測できないような競技(ルール)は、どこかに不明朗な点、商業化の匂いがプンプンするのに嫌悪感さえ持ってしまうのはわしだけかいのー。
競技する以前にすでに選手間の「序列」があるなんていう話を聞くとなおさら、まったく論外の世界じゃ。
まー、その世界(業界)で生活している人も多いということか?
もうちと観客のことも考えて頂戴といいたい。
|
2000年 9月 10日 |
【いよいよオリンピックじゃ】 |
暑い暑いと思っとったがもう9月になってしもーた、夏もようやく終わりじゃ。
そしていよいよオリンピック。
ちょっと忙しかったのでご無沙汰しとったが、サッカーオリンピック代表についてはずっと気にかけてきた。
小笠原が選ばれなかったのは本当に残念じゃったが、今更何をいってもしょうがない。
壮行試合はというと、ほんまかいなというくらい強かったと思う。実力的には群を抜いてる、相当高いレベルにいるとみた。ということで、予選突破はあまり心配しとらん。
所詮、相手はみなオリンピック代表じゃ、A代表とは違うんや。
ブラジルとてオーバーエイジが入るといっても、ほとんどが同年代じゃけん互角に戦えると思っとる。
情報収集も抜かりはないことだろからいい試合になるじゃろ。
最初から引いて守る試合を代表チームはしてきてないので、対ブラジル戦でもそういうことは、監督も考えてないのかもしれんのー。
そうなると点の取り合いという展開じゃが、決定力の面でやっぱりちと不利じゃろ。
2勝した後の対戦ならそれでもよいじゃろ。それまでの勝ち点の具合に依って試合展開も大きく変わるということじゃ。むっ、力がはいてしまう。
何といっても中田に期待せな、壮行試合にはコンディション作りのため参加というところじゃたろ。本気だしたのはほんの10数分とみた。彼のことじゃけん本番にはピタッと合わせてくるだろう。
稲本、この男まだ二十歳じゃ。ゴール前に飛び出して行ったときは何かが起こるという雰囲気じゃ。身体も大きいので日本の重戦車といったところ、周りを蹴散らして進むのが実にそう快。いいぞ。
明神にも期待、実に献身的に動く、無尽蔵のスタミナを持つ男じゃ。クリアボールだけは空振りせずにきっちりクリアしてくれ。
それにしても1,2戦の試合会場となるキャンベラのグランドが心配じゃ。FIFAからNGがでて、現在芝の張り替え中というのはどういうこっちゃ。足元がズルズルじゃどうしようもない。
試合展開に大きく影響しそうじゃ、他のグランドを至急探すべきではないじゃろか。
いいコンディションで試合をさせたいもんじゃ。
2000年 7月 18日 |
【香織です】 |
はじめまして。団平(変ちくりんな名前)の娘です。
小さな町の役所に勤めて3年、ごくごく普通の女の子。
もうはしゃぎまわる年齢ではないけど、たまにはね。毎日楽しいです。
役所ではいろんなことをこなさなければならないので結構大変。
保健婦さんのお手伝いでお年寄りの家庭訪問や保育園に行ったりとあまり机に座っていません。
体力勝負にもすっかり慣れちゃった。
ここは私の生まれ育った町、悲しいことも山ほどあったけど思い出いっぱいの大好きなそして大切でかけがえのない町。
都会にはたまに遊びに行くのはいいけど、ごみごみしたところに住みたいとは思わない。
ちょっと今時の女の子にしては醒めてるほうだと自分では思ってる。
でも決してねくらじゃないわよ!
毎日お年寄りの相手しなければならないし、それに団平の面倒見なければならないんだもん、ちゃらちゃらしてられないわ。
わたしもネット大好きで友達同士でのメール交換などに利用してます。
おじさたちがやってるアマチュア無線には全然興味がありません。
ネットと電話があれば十分じゃないのかなと思います。
お父さんはすっかりサッカーにのめり込んじゃってる。こまったもんです。
テレビ見ながら突然大きな声を出したり、ぶつぶつ文句を言ったり、そのたびに何があったのかってわたしドキッとします。
今度アントラーズの試合を見に行こうってしつこいんです。付き合ってあげようかなあ。
父さんお気に入りの、かわいい(ウフフ)小笠原君を一目見てみたいような気もするんだけど。
2000年 7月 14日 |
【いいぞアントラーズ】 |
この調子だアントラーズ
ベベット解雇!やむをえんじゃろ。
もう名前だけでは日本でもサッカーできんというところじゃ。それはいいことじゃないか。Jリーグが始まったときの名古屋のリネカーを思い出していもーた。
ベベットいなくとも大丈夫じゃ。
2−3年後にはレオナルドがもどってくるような予感がするがどうじゃろか?でも彼がプレーするポジションはもうないから無理かな。
前回ここで柳沢に渇をいれたら、というわけでもあるまいが、代表でもいい結果だしたしグッド、始まった後期3試合も積極的で非常によろしい、いい動きしとるし何より得点してくれそうな期待が持てる雰囲気になったのには満足じゃ。
シュートすれば点取れる可能性があるということじゃ。
先週のジュビロ戦、小笠原があまり元気なかったのが気がかりじゃ。
柳沢の得点をアシストしたパスは見事じゃったが、全体として動きが重かったように見えたのは体調が悪かったためなのか?
まだまだ1対1は弱いのー。それでもスペースを作る動きやそこへの走り込み、瞬間的な判断力とやわらかいパスフィードには天性の非凡さを感じるね。
チーム全体としては終盤のスタミナ切れが心配じゃ。
現在3試合で1失点は立派じゃがの、守備面でバタバタしだすと見ておれんようになるわい。破綻寸前の雰囲気もあり心配じゃ。
秋田もやや危なっかしいところがでてきているが、一番心配なのは相馬の力の衰えが目についてしまうのじゃがどうかのー。左サイドを駆け上がってのセンタリング、最近見せてもらっておらん。
相馬の後釜は育っているんかいのー。
2000年 6月 6日 |
【Meg Ryan(メグ・ライアン)】 |
米国人気女優。
お茶のCMで「給料いらない」「うっそー」の女性。
日本が大好きというイメージを持たせてくれて結構好感が持てるCMになってるのではないだろうか?
彼女のでた映画は結構見てる。
最初に見たのは「プレシディオの男たち」でショーン・コネリーの娘役を演じた映画だった。特徴的な目元と身体の線がクッキリでる黒のドレス姿のセクシーさに強烈パンチをくらったのを覚えている。
彼女の映画で傑作と思うのは「恋の予感(原題:When Harry met Sally)」。
大学を卒業したばかりの男女が10何年後に結婚するまでの物語である。共演のビリー・クリスタルもなかなかの役者である。
ハリー(クリスタル)が友達の紹介でサリー(メグ・ライアン)の車に便乗させてもらい就職のためニューヨークに出て行くところから始まる。
車中でのたわいのない会話や時にシリアスな言い争い、「セックスが邪魔して男と女は友達になれない」と男が言えば、そんなことはないと反論するサリー。
舞台劇をみている雰囲気である。
何年か時は過ぎて二人は偶然再会。そして別れ、しばらくしてまた再会。
二人は「友達」として付き合い始めるのだが、どこかぎこちなく、やっぱり「友人ではいられない」のだ、とこの映画は言いたかったのだろう。
ラストシーンは映画「卒業」の雰囲気。バックに流れるシナトラの「It had to be you」がビリーの心を映す。
セリフが多く結構観ていて大変なのだが、このようなハッピーエンドはアメリカンムービーの典型、ほのぼのとさせてくれる映画である。
最近、トム・ハンクスと共演した「めぐり逢い」「アイガットメール」を観た。
ロマンチックコメディの女王といった雰囲気で、この手の映画で右に出る者はいないのではないか。
いつまでも若さむんむんとはいかないが、きれいに歳をとって行ってること、着実に大女優への道を歩いてる気がするのがうれしい。
|
2000年 5月25日 |
【どうしたアントラーズ】 |
ホームスタジアムで試合をやれなくなってからか?
成績は下降線をたどるばかりじゃ。
去年・今年とアントラーズの成績は黄金時代を見てきた者にとって情けないのー。
何が悪くなったんじゃろか?
戦力が落ちてきているとも思えんのじゃが、他のチームとのレベル差がなくなったということか?
新加入のベベットにはがっかりしたわい。期待が大きかったのでなおさらじゃ。
復帰後のプレーに注目しとるけんいいとこみせてくれや。
柳沢、もっと積極的にシュートせんかい!いらいらするわい。
プレーがきれいすぎて迫力がない。往年の釜本は前に人が何人いてもちょっとの隙間があれば
すぐシュートじゃった。
シュート打たなきゃゴールの可能性はないこと知らんみたいじゃ。
サッカーは失敗のゲームじゃ。90分必死になってもやっと1−2点取れるか取れんかという、
そういうゲームなんじゃ元々。シュートせい、きれいなゴールなんぞはいらん。
自分一人でいらいらしてしもうたわい。最後はちと楽しい話で締めくくろう。
デビュー以来注目して見てきた小笠原が、チームの中心になりつつあるのが少し明るい兆しと思えるのだがどうじゃろーか。
ジュビロ戦、レイソル戦ときわどい試合じゃったが、小笠原の働きは評価していいじゃろ。
トルシエにこっぴどくしかられてから思うところがあったんじゃろか?
彼自身も意欲的にプレーしとる。激しさ・したたかさがプレーにでてきており、昨年に比べれば
格段の進歩、頼もしいかぎりじゃ。
もっとボールを小笠原に集めれば楽にゲームを進められるはずじゃ。
後期はぶっちぎってくれ。
2000年 3月 3日 |
【Vannesa Paradis(バネッサ・パラディ)】 |
歌手、女優、モデル、日本流に言えばマルチタレントと言ったところか?
彼女の名前は、大分以前に彼女のデビュー映画「白い婚礼」を観て初めて知り、 それ以来忘れられないものになっている。
いかにもフランス人という顔立ちではなく、むしろ何処か東洋的にも見えるところが 不思議に魅力的である。
特に好きなのは彼女の話し声である。聞いていて実に心地よい気持ちになる。
私は、頭のてっぺんからでてくるような女性の甲高い声は (TVに良く出てくるのっぽの司会者の声みたいなのは)大の苦手なので、 彼女のような声質、どちらかと言えば低めの音程で、 囁くようなしゃべり方にゾクゾクする魅力を感ずるし、私にとって心地よいのである。
彼女の歌もなかなかのものである。「モスキート」は結構面白い。
フランスのポップスは、60年代後半のシルビー・バルタン以来、とんと聞いた記憶が ないので、久々にリズムに乗ったフランス語独特の響きに出会ったのがうれしい。彼女についてのサイトが何ヶ所かある。写真が見れるサイトを紹介しておきます。
http://www.geocities.com/paris/3467/Vanessa.htm
1999年10月21日 |
【鹿島サッカースタジアム】 |
先日鹿島サッカースタジアムを見てきた。
成田の方から市内に入ったのじゃが、 鹿島市内は結構狭苦しい町のようで直ぐ迷ってしまうような感じじゃった。
じゃが、スタジアムは直ぐに判った。車を走らせとったら幸運にも照明灯が見えたんじゃ。
よよよっ!うわーっ、なんじゃこれは!ム、デカイ、実にデカイ。呆然。
10階建ビルの高さはある。コンクリートの固まりじゃで、これは。
周りに大きな建造物がないせいもあるんじゃろが、圧倒されるような大きさじゃ。
いまでもこの大きさや、2階席できたらどない大きさになるんじゃ。想像できんのー。
テレビでは、よー試合を見せてもろうとるが、スタジアム全体をイメージしたことはなかったわい。
うーん、これが我らがアントラーズのホームグランドか。しばし感慨にふけってしもーたわい。
ついでと言ってはなんじゃが、クラブハウスにも寄ってきたんじゃ。
実に良く整備された練習グランドが2面。 芝がフカフカで実に綺麗、そこいら辺のゴルフ場のフェアウエーより綺麗じゃ。
小笠原も本山もビスマルクもここで練習しとるんじゃのー。うーん。。。。
1999年 9月22日 |
【マエストロ小沢】 |
先日、BSでザルツブルグ音楽祭でのマエストロ小沢の演奏を聴いた(観た)。
ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」とブルックナーの「9番」、 どちらの作曲家もあまり好きなほうではないが、 「トリスタン」でのジェシー・ノーマンのド迫力にすっかり圧倒され、 ついつい最後まで聴いてしまった。
小沢の円熟した相変わらずの指揮ぶりには、今も何とも言えない色気が漂っている。
私にとって小沢の演奏で印象的なものが2つある。
最初のものは、初めて小沢を生で聴いたベートーベンの「9番」だ。
もう遠い昔のこと、多分サンフランシスコを振ってた頃だから彼が30後半だったと思う。
NHKホールでの新日本フィルの演奏会だったが、けっして一流とは言い難いオケが、 一人の指揮者によって、その演奏会では超一流のオケに変身する魔術は何だったんだろうか?
小沢が日本を出ていった頃のことは知らない。
何かちょっと跳ね返り的?な言動や、N響との確執みたいなことがあったことを雑誌で読んで、 当時あまり良い印象を持っていなかったのが正直なところだった。
しかし演奏を聴いて、それらは払拭され180度方向転換してしまった。
そのようなことはどうでも良いことで、もっとずっと高い次元で音楽を創造する、 といっても特殊なものでなく、むしろオーソドックスといっていい演奏をする、 日本にもすごい指揮者がいることに気づいて、それ以来何かと気になる指揮者の一人になった。
もう一つは、マーラーの2番「復活」をボストン響の定期(多分)で振った演奏だ。
こちらはそう昔ではない。
これは圧巻だった。ちょっと恥ずかしい話だが涙をボロボロ流しながら聴いた記憶が蘇ってくる。
マーラーの交響曲には声楽・合唱を含むものが何曲かあるが、その中で「2番」が1番好きだ。
純粋に声楽曲はあまり好きではないのだが、オケと声楽・合唱が絡み合う曲は結構好き。
この2番の終楽章のコーラスとソロ(この時もジェシー・ノーマンだった)の重量感、 それでいて透明な美しさがたまらなく私の涙腺を刺激するのです。
天上の天使の歌声の如く美しくしさから、天が裂け落ちてくるような迫力のクライマックスへと 盛り上がって曲は終わるのだが、聞き終わった後の脱力感に似た気持ちになるのがたまらない曲だ。
マエストロ小沢が今度ウイーン歌劇場の音楽監督になる話をきいた。
小沢が歌劇を振るというのは、わたしにはちょっとイメージできず混乱状態です。
ウイーンフィルとの関係はどうなるのでしょう。
1999年 7月10日
【小笠原が怪我】
いやー、大分長いことご無沙汰したのー。
忘れとったんじゃないが筆無精でのー。 じゃが、ついにあおられちょったんで書いちょる。
あれからも、結構サッカーで楽しませてもろーたわい。
オリンピック一次予選は、日本が強すぎてあまり面白ーなかったわい。 練習には多少なったじゃろが、もうちょっと強い相手じゃないとなー。
でも、いいチームになって来ちょる。 組み合わせも良かったんで予選突破は堅いところじゃ。
それにしても小野の怪我は大きな代償じゃった。
オリンピック一次予選っていうのは、まだマイナーな試合の扱いかのー。
各国の協会から派遣されてくるんじゃろが、出てくる審判のレベルが低すぎるわい。 見てる我々も不満じゃが、選手が一番気の毒じゃ。怪我させられちょるんじゃからのー。
こういうことすれば退場させられるということで抑制がかかるんじゃろが。 審判への抗議にはえらく厳しいのに、ラフプレイには非常に甘い印象じゃった。
ワールドカップの時の後方からのタックルへのジャッジ基準なんぞは、 今はどこかに消えてしまったちゅうんじゃろか? 腹立たしい気持ちでいっぱいじゃ。
期待しっとった小笠原も5月のジュビロ戦で怪我して、結局一次予選には出れんっかた。
先日プレシーズンマッチに出とったんで直ってきちょるんじゃろが、 膝のじん帯は一度怪我すると再発し易いとこじゃけん今後が心配じゃが、 無理せんでしっかり直して、また華麗なプレイを見せてくれ。
オリンピック最終予選では小野の穴を埋めてくれる人材じゃ。期待しとるぞ。
1999年 4月25日 |
【新星 小笠原】 |
「最初は自己紹介あたりから始めてくれ」ということなので、その辺から話をする。
わしの名前は、この場では「団平」と言うことにしとこう。
本職は落語家じゃが、地方ではあまり活躍の場所がないんで、いろんなことをやって食ってる。
表向きは○○商会の社長ということになってるが仮の姿じゃ。○○は秘密じゃ。詮索せんでくれ。
「たっこ」ちゃんとは幼なじみじゃで。
小学・中学が同級じゃったが、あいつはまじめでの、わしとは正反対の奴じゃよ。
この間、「たっこ」が久しぶりに訪ねてきて、インターネットでホームページとやらを始めるので、日常的なことでも何でもいいから文章書いてくれと言うじゃーないか。
わしは噺家で、口は達者じゃが文章を書くなんぞは出来んと断ったんじゃが、娘がわしの言ったことをワープロにするということで引き受けてしまったんじゃ。
そうじゃ、わしには一人娘がおってな。ちょっと遅くにできた娘で、これがまたかわいいんじゃ。
目に入れても痛くないっていうのは、こういう気持ちだとつくずく思ってる所じゃ。
じゃがな、娘も年頃になってきたんで、変な虫がつかんかと心配も大きくなってきとる。
おい香織、なんぼになった?
「19」。
わしのかみさんも、19の頃は可愛かったもんじゃが。
ま、かみさんの話は、おいおいすることになるじゃろ。
ここんとこ、ちょっと寝不足でのー。ウサギの目になっちょる。
日本の若もん達が、アフリカのなんと言ったか、「ナイアガラ」とかいう国で(お父さん、ナイジェリアだよ)サッカーがんばったのう。
香織が、「お父さん、日本チームが決勝まで進んだよ」てえ言うから、娘につき合って夜中にサッカー中継見てしまったって訳じゃ。
アントラーズの小笠原ってー選手は、たいしたもんじゃのー。
Jリーグのデビュー戦を見てからってーもんは、このわしも惚れ込んでしまっとるんじゃが。
巷では小野、本山と騒いどるが、わしに言わせれば小笠原の方がサッカーセンス・実力とも上じゃ。
ひょうひょう、もくもくとサッカーやっとるという感じじゃが、ここぞという時のドリブル突破や華麗なボールさばきにはゾクゾクとさせられてしまうんじゃ。華があるってゆーんじゃのー。
準決勝終了間際の、混戦突破からシュートした時なんぞは、涙が出そうな位最高じゃった。
小笠原、本山、中田がこのまま育てば、アントラーズの時代がまだまだ続くことになるんじゃろ。
柳沢も大物になってきたし、ビスマルクがいなくなってもあとは小笠原で決まりじゃ。非常に楽しみじゃ