音楽劇 黄いろのトマト

1997年 合唱団じゃがいも第2回委嘱作品 作曲:萩 京子  原作:宮沢賢治
                                        初演
1997.10.11山形市民会館大ホール(第24回定期演奏会)

合唱団じゃがいも第24回定期演奏会/宮澤賢治音楽劇場その3
                 (1997.10.11山形市民会館大ホール)

黄いろのトマト1.jpg (162775 バイト)音楽劇 黄いろのトマト(委嘱初演)

   原  作  宮澤 賢治
   作  曲  萩   京子
   指  揮  萩   京子
   演  出  加藤   直
   照  明  安達 俊章
   ヴァイオリン  難波さやか
   クラリネット   郷津 隆幸
   打楽器     南    悟
   ピアノ      郷津由紀子

 

黄いろのトマト2.jpg (6589 バイト) 黄いろのトマト3.jpg (9294 バイト) 黄いろのトマト5.jpg (6188 バイト)


黄いろのトマト4.jpg (6205 バイト) じゃがいもとトマト
                            萩 京子

 一昨年にひき続いて、またじゃがいもの演奏会に参加することになった。そして再び、宮澤賢治の作品を一緒につくることができた。一昨年の『よだかの星』はデュエット版からの編曲だったが、今回は賢治の童話『黄いろのトマト』を、合唱を中心とした音楽劇として書き下ろし、初演する。前半に賢治の詩による歌を中心としたプログラムを組み、『宮澤賢治音楽劇場・第3弾』の幕が上がる。
 昨年は林光さんによる『かしわばやしの夜』初演ということで、はからずも、でもなく、しなやかな方向性として、じゃがいもの賢治音楽劇路線が見える。
 じゃがいもは、オペラでもなく、ふつうの合唱曲でもなく、合唱を表現の中心においた音楽劇の創造を試みている。そしてそのような作品のテキストとして、賢治の童話はとても魅力的である。賢治の作品のもつゆらぎが、ひとりの表現からおおぜいの表現までの幅を受け入れてくれるのだ。
 さてその賢治の童話の中で、なぜ『黄いろのトマト』を選んだか。
 『黄いろのトマト』は、未整理な部分が残っているが、賢治のエッセンス、キーワード満載の作品であり、内容が詩的であるところに魅かれた。賢治の童話の源流という気がする。この流れが『銀河鉄道の夜』にまで至るのだと思う。
 ペムペルとネリの兄妹にとってもっとも大切なものであった『黄いろのトマト』が踏みにじられるとき、ガラスが粉々に壊れるかのように、ふたりの心は壊れてしまう。ふたりが立ち直ることができたのかどうかは、誰にもわからない。楽隊の音に誘われ、ふたりの心が踊り、木戸銭のやりとりを観察し、そしてものがたりのおしまいまでのスピード感、激しい変化、そういうところを音楽で表現してみたかった。
 ペムペルとネリのものがたりの語り手は、蜂雀である。それを「わたし」である博物局十六等官のキュステが、子供のころに、今はもう剥製となって博物館に展示されている蜂雀から聞いた、という複雑な入れ子細工のしくみが、このものがたりの内容の壊れやすさをよく表わしていると思う。ものがたりにたびたび登場するガラスの表現も一役買っている。
 「じゃがいもとトマト」というタイトルを思いついて、気に入って書き始めたが、どうもまとまりそうにない。だが、じゃがいもとトマトは相性が良いはずなので、良い公演になることを願って・・・。
 いつもながら、演出の加藤直さん、演奏者の皆さん、スタッフの皆さんに感謝いたします。

                                                                                                                              加藤 直

・気が付いたら どうやらボクが仕事としてきた大部分の作品が どれも音楽や歌と深く関係を持っている。オペラだったり 音楽劇だったり 合唱劇とかミュージカルと呼ばれたり。つまり ボクが生きている間 音楽や歌が確実に大事なテーマだということだ。
・今 一番気にしていることは 何故歌をうたうのか ということ。そして誰にうたうのか ということ。歌が表現である以上。
・ボクにとって 林光さんと共に萩京子さんは 大事な協働者だ。コラボレーションをする相手として絶えず緊張をしいられる素敵な音楽家だ。彼らと同時代に生きて嬉しいと感じる数少ない人だ。
・今回もボクは萩さんと一緒に 何処かで誰かが歌っているに違いないが今は誰にも聞こえない歌を聞こうと努力しようと思う。


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