合唱劇 狼森と笊森、盗森
1998年 合唱団じゃがいも第3回委嘱作品 作曲:林 光 原作:宮沢賢治
初演:1998.10.24山形市中央公民館ホール(第25回定期演奏会)

合唱団じゃがいも第25回定期演奏会/林光合唱作品の夕べPART7
(1998.10.24山形市中央公民館ホール)



合唱劇 狼森と笊森、盗森
(委嘱初演)
テキスト 宮澤 賢治
音 楽 林 光
指 揮 林 光
演 出 加藤 直
照 明 安達 俊章
ヴァイオリン 難波さやか
クラリネット 郷津 隆幸
ピアノ 郷津由紀子
童話集「注文の多い料理店」中の一作。物の名(ここでは森)の起源物語なのに、名づけられる前から、みんながその名を知っているというような、なぞも多い作品。それらのなぞを解こうとした、谷川雁さんの、狼(オイノ)や盗人の山男も含めた物語ぜんぶが、村人たちで演じる祝祭劇だという奇説もあるが、今回のは、書いてあるとおりを信じる素朴な合唱劇。(林光)

けいこ場で 林 光
夢が実るとは、こういうことなのだと思う。
ほぼ一年おきに訪れる「じゃがいも」のけいこ場の片隅で、遊び、たいくつし、昼寝をし、そのくせおとなたちよりもさきに歌を覚えて歌っているこどもたちを眺めながら、いつかこの子たちと一緒のステージをつくれるといいねと、みんなで話しあってきたものだった。4年前の「おまけの平和とさいごのなるほど」、おととしの「かしわばやしの夜」と、少しづつ出番をふやしてきた子供隊の、今回は本格的なお目みえだ。
歌そのものでおとなたちを批評し、はげまし、ときには圧倒するかれらをはさんで、おとなたちが歌いはじめる。
春になりました そして 子供たちが11人になりました。
はっと気がついた。それは、年ごとにこどもたちがふえ、育ってゆく「じゃがいも」の光景とそのまま重なる。思えばあの頃から、きょうの「狼森と笊森、盗森」は運命づけられていたのにちがいない。

林光さんと“じゃがいも”のことを考えていたら 加藤 直
“じゃがいも”というグループが林光さんに執着するのは よくわかる。しかし でも一体何故 林さんはこの集団にこうまで興味を持ち続けるのだろう?
栗山文昭さんを中心とする栗友会(とりわけ“OMP”や“カロス”等)やこの“じゃがいも”と 考えてみると10年以上も協働作業をしてきたのに この国に実は驚くべき数の“合唱グループ”が存在するということを知ったのは つい昨日のことである。
そしてその無数のグループの大概は 全国大会を頂点とする“コンクール”でのより上位に位置すること(勿論“金賞”をめざして)を大きな目的としてどうやら存在するらしいのだ。さらに不思議なことに 彼らが“何を今さらガタガタ言う? 合唱というのはそうしたものさ”だった? ちょっと待て! いや徹底的に待て! ガタガタ言うぞ。大声でわめくぞ。だってそうじゃないか。二人以上が集まって 歌や音楽を使って観客・聴衆という他人たちと共有する一つの空間と時間を創り出すのだろう? それを“表現”と呼ばずして何と言う?!
今 一体あなたは何故 歌うのか? どんな誰と一緒に どんな誰に向って何を歌って聞かせたいのか? ましてや日本語で語りものを考えるあなたたち・ボクたちなのだ。人と人の関係 世界と人間の関係がかくも一筋縄でいかず変化し続ける近代という現実に生きているにもかかわらずだ。人は一人では生きてはいけない。とすれば“他人”に興味を持ち 持たせる関係は 言語や身体や音楽を思うぞんぶん使って苦しみ楽しみ面白がってこそ 豊かになるのではと信じるのだが。
“じゃがいも”の子供たちと大人たちの関係を見て興奮するのはボクだけではないだろう。そこには 自由でアナ−キーで刺激的な関係が否応なく存在する。歌や音楽を信じ感応する“他人”たちが 今 確実に表現に向っているのに立ち会うはずだ。そこで大人たちはグズグズしていられない自分を発見するだろう。“大人”というのは言うまでもなくボクやボクたち・観客の皆さんのことでもあるのです。