音楽劇かしわばやしの夜
舞台のためのカーニバル
1996年 合唱団じゃがいも第1回委嘱作品 作曲:林 光 原作:宮沢賢治
初演:1996.10.19山形市民会館大ホール(第23回定期演奏会)
再演:2000.10.14山形市中央公民館ホール(第27回定期演奏会)
2000.7 コーロ・カロスが東京で上演

合唱団じゃがいも第27回定期演奏会/林光合唱作品の夕べPART8
(2000.10.14山形市中央公民館ホール)
音楽劇かしわばやしの夜(委嘱再演)
舞台のためのカーニバル

テキスト 宮澤 賢治 音 楽 林 光 指 揮 林 光
構 成 加藤 直 照 明 安達 俊章 クラリネット 郷津 隆幸
チェロ
広京 打楽器 平下 和生 アコーディオン 佐藤 芳明

1996年の作(じゃがいも初演)の再演であるが、後半の「大乱舞会」に、かの世界裁判長ペンネン、ネンネン、ネネムが参加するというエピソードを、今回追加した。出典は、未完の草稿「ペンネン、ネンネン、ネネムの伝記」。(林光)(2000)

「かしわばやしの夜」は、宮澤賢治の生前唯一の作品集「注文の多い料理店」のなかでも、とびぬけてとらえどころのない童話、といってしまえばそれまでだが・・・・・・。注意してみれば、闖入者としての人間とか、歌合戦でのみごとにナンセンスな歌詞の羅列とか、木の世界(かしわばやし)と鳥の世界(ふくろう)との摩擦とか、もったいぶって登場するかしわの木大王やふくろうの大将の意外な格下げとか、解いてみたい謎のかけらがいっぱいだ。と、こう気がついたぼくが、謎を理屈で解くかわりに作品そのもので解いてみようとしたのが、今回の舞台だと思っていただきたい。おおぜいのじゃがいもジュニアたちも加わって、また地元の三人の音楽家のたすけをかりて、身なりは質素だが心は豊かな一夜のカーニバル。これこそイーハトーヴだ。(林光)(1996)

加藤 直
“〈じゃがいも〉はいつまでたっても〈ジャガイモ〉らしくていいね”と評価とも何やらともつかない言い方をよく耳にするが、そしてそれをどちらかといえば褒め言葉として多くの人は共感してきたのだろうが、どうやらそうも言っていられない時が来たらしい。
昨年はお休みしたので(仲間の伊藤明子さんが演出をして好評だった模様)ボクが共同作業をするのは二年ぶりなのだが、久し振りに稽古場で〈じゃがいも〉の皆さんと会って驚いた。二世たちの姿形がグンと成長していて一世たちより背高で大きい子まで現われ、景色としても変ってきている。歌や演技にしても、子供世代の積極性が大人のいつもを度々凌駕し、確実に内容に影響を与えるまでに変っている。
そのくせ、第一世代の大人たちは相変わらず、これまでの〈じゃがいも〉らしくいるので、よく見ると、奇妙に集団がゆがんでいる。勿論このゆがみは悪いものではなく(地下で眠っていたマグマが活動を始めたようなものでもあり)次への新しい展開には必要不可欠なものなのだろう。
さて、これから〈じゃがいも〉は何処へむかうのだろうか?と興味を覚えるのはボクばかりではないはずだ。

合唱団じゃがいも第23回定期演奏会/林光合唱作品の夕べPART6
(1996.10.19山形市民会館大ホール)
音楽劇かしわばやしの夜(委嘱初演)
舞台のためのカーニバル
テキスト 宮澤 賢治
音 楽 林 光
指 揮 林 光
構 成 加藤 直
照 明 安達 俊章
クラリネット 郷津 隆幸
チェロ
広京
ピアノ 郷津由紀子
「かしわばやしの夜」は、宮澤賢治の生前唯一の作品集「注文の多い料理店」のなかでも、とびぬけてとらえどころのない童話、といってしまえばそれまでだが・・・・・・。注意してみれば、闖入者としての人間とか、歌合戦でのみごとにナンセンスな歌詞の羅列とか、木の世界(かしわばやし)と鳥の世界(ふくろう)との摩擦とか、もったいぶって登場するかしわの木大王やふくろうの大将の意外な格下げとか、解いてみたい謎のかけらがいっぱいだ。と、こう気がついたぼくが、謎を理屈で解くかわりに作品そのもので解いてみようとしたのが、今回の舞台だと思っていただきたい。おおぜいのじゃがいもジュニアたちも加わって、また地元の三人の音楽家のたすけをかりて、身なりは質素だが心は豊かな一夜のカーニバル。これこそイーハトーヴだ。(林光)

前 口 上 林 光
「じゃがいも」とのコンサートも、6回目とはいまさらながらおどろきだ。音楽をやるのも聴くのも、苦行になってはつまらない、という一点で、「じゃがいも」とぼくと、そして加藤直さんとはつながっている。だからといって、いいかげんに楽しくやっていればいい、というわけにもいかない。それにことしは、はじめての書き下ろし曲、『かしわばやしの夜』の初演に加えてもうひとつ、こっちはぼくのほうから売り込んだ、バッハのカンタータのニホン語版との二本立てという野心的なプログラムになった。けれども「じゃがいも」は元気いっぱいで、しかも『おまけの平和とさいごのなるほど』で片鱗を見せた「じゃがいもジュニア」たちが、ことしは本式に登場、大活躍する。どうか最後までお楽しみいただきたいと、切にお願いする次第。

幾度目かの“林光論、序説” 加藤 直
そういえば はじめて林さんが作曲した“君が代”を聞いた時 その着想の面白さと しかし暴挙とも思える行為に しばらく拍手をおくるのも笑い転げるのも忘れ 口をあんぐりしていたことを覚えている。さらに゛日本国憲法"をも作曲してしまうのだから 素敵を超えて 横暴を遥かに シュールレアルだ。
ボクには 次々に宮澤賢治の作品を使って音楽作品にしてしまう――こういうのを本当の意味でオペラと呼ぶのではないだろうか?――林さんの仕事を それはしばしば 随分と違う方法であるとか 別種の方向であると見られるかもしれないが 同様の作業とみる。林さんの作品に出会った時 それらの作品を楽しむと同時に 新しい世界の見方 或いはもう一つの世界を共有するシュールな時間を過ごすという訳だ。そう感じる大きな要素の一つに 距離の問題がある。テキストとなるそれらの文章や詩と 林光作品の間に厳存する゛距離゛。
そう。今回のこの文章のモチーフは 林光・フランケンシュタイン博士説。林さんの距離が゛怪物"を作る要因なのだ。世界を別のものに見せてしまう゛怪物"。
しかし とはいうものの フ博士は実験に失敗して怪物をこの世に生み出してしまうのだが ハ博士は確かな計算と十分な目論見の結果として作品を送り出すのだから わくわくとやっかいだ。
ボクは 林さんの手術の手触りが 大好きだ。超現実的なその距離感を信頼する。

→ テキスト・かしはばやしの夜
合唱劇シリーズ