2004年スマトラ沖地震・津波 関連情報

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2004年スマトラ沖地震・津波 アチェ・ニアス復興関連情報(7)
(2006年3月29日〜12月30日)


■このページの構成

 現地社会:災害と復興

 現地社会:紛争と和平

 現地社会:その他

 日本社会

(このページに記載されている情報は、一般報道情報などから得られた情報を抜粋・要約して項目別に整理したものです。抜粋部分には、表記の統一や明らかな誤りの訂正のため、表現を一部変更している箇所があります。もとの記事の正確な表現等が必要な場合は、個々の情報に添えられている典拠をもとにもとの記事を参照してください。)


現地社会: 災害と復興


アチェでの森林伐採権再認に批判  インドネシア環境フォーラム(Walhi)は3月31日、ジャカルタでインドネシア政府に対して森林管理システムの情報を公開するよう求めた。「政府は森林行政に関する情報を常に隠そうとしてきた。アチェで5つの森林伐採権を再認したことについても隠していた」とWalhiの災害対応担当者ソフヤンは述べた。Walhiがシムル県議会と行った調査によれば、クルンサクティ社の森林伐採権が認可されたことについて県議会は関知していなかった。Walhiは先月3月22日に森林大臣がアチェの再建事業に必要な木材確保のためアチェで5つの森林伐採許可を出したことを批判していた。許可を得たのはアチェ・インティ・ティンバー社、ラムリ・ティンバー社、クルンサクティ社、ラジャ・ガルーダ・マス・レスタリ社、ナジュムサラム・ポンドック・プサントレン協同組合の5事業体。(Tempo 2006.4.1)

ユニセフ、西南海岸部で恒久校舎の建設に着手  ユニセフのメディア担当リリー・ジャウハリが4月13日明らかにしたところによると、ユニセフはアチェ西南海岸部で恒久的な校舎の建設に取り掛かる。最初に手がつけられるのは津波で校舎が全壊した西アチェ県ジョハンパフラワン郡ルンディン村の第10小学校。ユニセフは西アチェ県、ナガンラヤ県、アチェジャヤ県で90校の再建に取り組む予定で、予算は16万2000米ドル。建設の実施は国連プロジェクト・サービス機関(UNOPS)に委託する。ユニセフはすでに60校の恒久的校舎の建設を済ませており、今回の建設は第二期にあたる。リリーは「テントや仮校舎で授業を受けている周辺地域の生徒が恒久校舎で学べるように」と述べた。建設される校舎は6つの教室と事務室、図書館、男女別のトイレ、上水道を備えたもの。身体障害をもつ児童のための通路も設けるという。合法的な木材を使用する予定であることもリリーは付け加えた。アチェ西南海岸部におけるユニセフ代表を務めるジュリアン・ハルネスは、ユニセフは今後、他の組織がアクセスできない地域における建設に取り組んでいくと述べた。(Tempo 2006.4.13)

津波援助金流用疑惑のオクスファーム、事務所を再開  およそ1ヵ月にわたって事務所を閉めていた大アチェ県のオクスファーム事務所が4月11日から活動を再開した。数万米ドルの津波援助金の流用疑惑がかけられていたが、「調査書類はすでにバンダアチェのオクスファーム本部に移された」とのこと。オクスファームの大アチェ県事務所には外国人スタッフ8人を含む140人のスタッフがいたが、援助金流用疑惑に関連して書類調査が行いやすいよう、3月13日から事務所を閉鎖していた。(Tempo 2006.4.17) アチェ州で弱い地震  4月20日にM4.8とM5.8の地震に見舞われていたアチェ州で、4月21日午前10時36分ごろ、M4.2の地震が発生した。アチェ州西海岸部を中心にバンダアチェ市ならびに西アチェ、アチェジャヤ、ナガンラヤ、西南アチェ、南アチェの各県で揺れが観測された。(Jakarta Post 2006.4.21)

津波後のアチェにおける女性への人権侵害は191件  国家女性委員会委員長カマラ・チャンドラ・キラナは4月21日、テンポ誌に対し、津波後のアチェにおける女性に対する人権侵害が191件にのぼることを明らかにした。2005年10月19日から2006年までのあいだに国家女性委員会のスタッフが集めたデータにもとづくもの。(Tempo 2006.4.22)

インドネシア沖でM6・1 被害などは不明  香港の気象台は4月26日午前2時半(日本時間同3時半)すぎ、インドネシア・スマトラ島西部の沖合を震源とするマグニチュード(M)6・1の地震を観測した。震源はバンダアチェの南西約420キロ。地震による被害などは不明。(四国新聞 2006.4.26)

インド洋大津波 浸水2メートル以上の死亡率急増  2004年末のインド洋大津波で7万人を超す死者・行方不明者が出たインドネシア・スマトラ島のバンダアチェで、浸水水位が2メートル以上の地区で死亡率の高かったことが、東北大の今村文彦教授(津波工学)と越村俊一助教授(同)の分析で示された。陸上での津波の動きをシミュレーションし、被害状況と照合した結果で、今後の防災への重要なデータになりそうだ。
分析では、津波の原因になったスマトラ沖地震の発生機構、バンダアチェの地形や建物の分布などをもとに、街を襲った津波の動きをコンピューターで再現し、23メートル四方の区画ごとに浸水水位を割り出した。結果は国際協力機構(JICA)が測った津波の記録とよく一致しており、測定データがない地区での浸水水位を高い確度で推定できたとみられる。
再現結果を現地の被害記録と照合した結果、居住者数に対する死者の率は、浸水が1〜2メートルの区画では平均5%だったのに対し、2〜3メートルでは25%、3〜4メートルでは80%近くに跳ね上がった。建物の破壊も浸水2メートルを境に急増していた。
今村さんは「建物の強度差などがあり、結果は直接日本の被害予想に反映できないが、参考にできる点は多い」と話す。
シミュレーション結果をさらに解析し、街を襲った水流や地形と被害の関係も調べる予定だ。
河田恵昭・京都大防災研究所所長は「津波の浸水域を記入した災害地図が各地で普及しつつあるが、住民が危険度を理解していないと価値が薄れる。こうしたインド洋大津波のデータも利用し、知見を広げることは大切だ」と話している。(朝日新聞 2006.5.10)

インドネシア・スマトラ島西岸沖でM6.8の地震  ロイター通信によると、米地質調査所はインドネシア・スマトラ島西岸沖を震源とするマグニチュード(M)6.8の地震が、現地時間の5月16日午後10時28分(日本時間17日午前0時28分)ごろ、発生したと発表した。
大きな津波の恐れはないという。(産経新聞 2006.5.17)

震災経験学びたい アチェ・ニアス復興再建庁長官が知事訪問  一昨年のスマトラ沖地震からの復興に取り組むインドネシア政府アチェ・ニアス復興再建庁のクントロ・マンクスブロト長官(59)が来日し、5月19日、井戸敏三知事を表敬訪問した。マンクスブロト長官は「復興の財源をどうつくるかや、心のケアなど課題は山積しており、阪神・淡路大震災を経験した兵庫県から多くのことを学びたい」と述べた。
国際協力機構(JICA)による災害対応の研修で17日に来日。「人と防災未来センター」(神戸市中央区)などで震災からの復興の教訓などを学び、24日に帰国する。
井戸知事は「心のケアには、しっかりした組織的対応がいる。県こころのケアセンターが現地やこちらで研修をするなど手伝いたい」と申し出た。マンクスブロト長官は「復興を進めるため地方自治の推進や経済の近代化などでもアドバイスをもらいたい」と要望した。(神戸新聞 2006.5.20)

インドネシアのスマトラ沖でM6.0の地震  米地質調査所によると、インドネシア、スマトラ島西方のニアス島沖のインド洋で7月27日午後6時16分(日本時間同8時16分)ごろ、マグニチュード(M)6・0の地震があった。震源の深さは約30キロ。死傷者や建物の被害の情報はない。ロイター通信によると、津波発生の恐れはないもよう。インドネシア気象当局は地震の規模をM6・1としている。
ニアス島周辺では昨年3月にM8・7の地震があり、900人以上が死亡。2004年12月にスマトラ沖地震の津波で16万人以上が死亡したスマトラ島北西端のアチェ州とともに復興途上にある。(日経新聞 2006.7.27)

SOS インドネシア バンダアチェ、クラテン県で  目隠しされた子どもたちが恐る恐る歩く。周囲では、友達や先生が「危ない!」「踏みそう」などとはやし立てている。
インドネシア北西のスマトラ島アチェ州の州都バンダアチェ。2年前の12月のスマトラ沖地震と津波で死者、行方不明者が16万人を超えた最大被害地域で、今もトラウマ(心的外傷)に苦しむ子どもたちがいる。
イスラム教徒のピカン・バダ小学校で、そんな子どもたちを少しでも立ち直らせるためのゲームを見せてもらった。
児童はあらかじめ、本や鉛筆、かばんなどさまざまな物が並べられた床を見せられた後、目隠しをして、障害物を避けながらいかに上手に歩けるかを競う。しかし、実際には児童が目隠し後、先生たちが障害物の多くを取り除く。時間をかけてようやくゴールし、目隠しを外して床を見た児童は「なーんだ」と笑顔になった。そんな児童を先生が優しく抱きしめた。
ノルハヤテ校長は「目に見えない恐怖には実体がないことが多い。友を信じて一歩を踏み出す勇気を持つ大切さを知ってほしいのです」と話す。
同小は310人の児童がいたが、地震の半年後に再開した際に戻ってきたのはわずか76人。うち約3分の1に何らかの心の傷が残っていた。小さな揺れの地震でも教室中を駆け回るなど激しく動揺する。親しい友人や母親を失い、父親が別の女性と再婚して愛情不足から落ち着かず、暴れる子どもも少なくない。
ゲームを含めたカウンセリング療法は今年9月、ジョイセフ(家族計画国際協力財団)の支援で始まった。当初、泣きながら心の内を吐露する子どもも出たが、徐々に落ち着きを取り戻してきた。「いかに彼らのことを気にかけている人が多いかを伝えてあげることが、立ち直らせるカギ」とノルハヤテ校長。
今年5月、ジャワ島中部を襲った地震でも、ジョクジャカルタ郊外のクラテン県では、1045人が死亡するなど大きな被害が出た。9万軒以上の家が全壊または半壊し、多くが仮設住宅での生活を強いられている。
落ちてきたブロック塀で頭や足をけがした人が多い。台所にいたウィトヨさん(36)は、11歳の娘を助け出すとき、壁のブロックで胸椎(きょうつい)を折った。数カ月間動けず、今も激しい仕事はできない。家の再建には約3千万ルピア(約39万円)かかり、途方に暮れている。
屋外にいて無事だったというサブエさん(56)は「地震の恐怖から今も外で寝る人が多い。衛生面が一番心配」と言う。
ジョイセフは現地の家族計画協会(IPPA)と協力し、両地震の被災地に無利子の事業再建資金の貸し出しや被服の支給も行う。ユヌス・IPPAバンダアチェ支部長は「日本の皆さんからの経済的自立と復興のための支援に感謝したい」。
ジョイセフの高橋秀行国際協力推進部長は「日本の個人の寄付は先進国の中で低く、米国の百分の一に満たない。ぜひご協力を」と呼びかけていた。(東京新聞 2006.11.26)

インドネシアの北スマトラでM6.3・死傷者情報なし  米地質調査所によると、インドネシア北スマトラ州メダンの東南東約50キロで1日午前11時(日本時間同午後1時)ごろ、マグニチュード(M)6.3の強い地震があった。震源の深さは約215キロ。
インドネシア気象庁によると、同州や隣接するスマトラ島北西端のアチェ州などで揺れを感じたが、死傷者の情報はないという。
在メダン日本総領事館の折笠弘維領事は「揺れは強くなく、地震と気付かない職員もいた。市内は平静を保っており、建物の倒壊など被害の情報は寄せられていない」と話している。(日経新聞 2006.12.1)

地震で土砂崩れ、4人死亡/北スマトラでM5級続発  米地質調査所によると、インドネシア・スマトラ島北部付近で12月18日午前4時(日本時間同6時)すぎ、マグニチュード(M)5・8とM5・5の地震が相次いだ。インドネシア気象庁によると、2回目の地震により北スマトラ州で土砂崩れが発生、家屋が倒壊し、4人が死亡した。
死者が出た同州マンダイリンナタル県の当局者によると、土砂崩れで家屋数10戸が被害を受け、住民多数が負傷した。ほかにも死者がいるとの情報があり確認中という。
米地質調査所によると、1回目の地震の震源は沖合のインド洋で、深さは約30キロ。2回目の震源は内陸の山間部で深さは約17・7キロ。
スマトラ島北部は2004年12月26日のスマトラ沖地震の大津波で各国中でも最大の被災地となり、アチェ、北スマトラ両州で16万人以上が死亡。(四国新聞 2006.12.18)

インドネシア・スマトラ島で洪水、70人以上死亡  インドネシア・スマトラ島北部で豪雨による大規模な洪水が発生、12月24日までの3日間で70人以上が死亡したほか、数百人が行方不明となっている。
道路が寸断され、救援チームがたどり着けない集落も多く、被害はさらに拡大する恐れがある。
スマトラ島北端のナングロアチェ・ダルサラム州だけで約7万人が自宅を離れて避難している。(読売新聞 2006.12.24)

インド洋大津波、それぞれの2年 将来は?後絶たぬ避難民  東南アジアを中心に死者・行方不明者約23万人を出したスマトラ沖地震とインド洋大津波の発生から12月26日で2年。スリランカやインドネシアでは住宅建設など復興が計画通り進んでいない上、紛争や新たな自然災害により二重の避難生活を余儀なくされている住民も多い。26日にはタイ・プーケットなど各地で追悼行事や避難訓練が予定されている。
インドネシア…復興遅れ
スリランカとは対照的に、被災を機に紛争が終結したのがインドネシア・スマトラ島のアチェ州だ。壊滅的な損害を被った反政府組織「自由アチェ運動」(GAM)が独立要求を取り下げ、昨年8月に和平合意。そして今月、初の直接選挙が平和裏に実施された。
和平に伴い復興も軌道に乗り始めたが、行政側の非効率な組織運営や汚職などが依然残る。被災者約800人を対象にしたアンケート調査でも、72%が復興のスピードに不満を示している。
たとえば、修復が必要な道路約3000キロのうち工事が終わったのは半分以下の1200キロ。倒壊するなどした2000を上回る学校のうち建設・修復できたのは623校にとどまるという。
今月の選挙で州知事への当選を確実にしたGAM幹部、イルワンディ・ユスフ氏は汚職追放とともに、「道路網やモスク(イスラム礼拝所)、学校の建設など社会施設の復興が急務だ」と述べ、住民の期待も高い。
ただ、アチェ州ではここ数日間、豪雨が続き、東部を中心に洪水や土砂崩れが発生、2年前の地震・津波以降最悪の自然災害に見舞われ、少なくとも60人が死亡、10万人以上が避難している。(産経新聞 2006.12.26)

津波被災地バンダアチェ、日本の援助で職業訓練所再建  2004年12月のスマトラ島沖地震と津波の最大の被災地インドネシアのナングロアチェ・ダルサラム州の州都バンダアチェで26日、日本の無償資金協力により再建された職業訓練センターの完成式典が行われた。
同センターは州内に6つある職業訓練所のうち最大。津波の直撃で大部分が使用不能となった。日本政府は2億9000万円をかけて施設を修復したほか溶接や食品加工などの技術を伝える最新の職業移動訓練車を13台を寄贈した。
同センターでは津波被害を機にインドネシア政府と和平合意した元独立派武装組織「自由アチェ運動(GAM)」のメンバーに対する社会復帰支援も行われる。(読売新聞 2006.12.26)

各地で追悼行事 スマトラ沖地震津波から2年  インド洋沿岸で22万人を超す死者・行方不明者を出したスマトラ沖地震津波から2年を迎えた12月26日、タイ南部や最大の被災地インドネシア・アチェ州、スリランカ、インドなど各地で追悼行事が行われ、悲しみを新たにした。
震源に近く死者、行方不明者が16万人以上に上ったインドネシア・アチェでは早朝から住民が墓地やモスク(イスラム教礼拝所)に集まり祈りをささげた。同国のリゾート地バリ島では津波警報が出されたとの想定で避難訓練が行われた。(中日新聞 2006.12.26)

仮設に7万人『早く出たい…』 スマトラ沖地震・津波2年のバンダアチェ  計12カ国に多大な被害をもたらしたスマトラ沖地震津波から12月26日で2年。死者・行方不明者22万人以上のうち、16万人以上の被害を出したインドネシア北部アチェ州の州都バンダアチェでは、家を失った被災者の多くが、いまだに劣悪な衛生環境の下、狭い仮設住宅での避難生活を強いられている。
「助けてもらい、ぜいたくを言える立場じゃないが、ここでの生活は楽じゃない。早く抜け出したい…」。生後1カ月の娘の寝顔をのぞき込みながら、母親のヌルハヤティさん(21)はため息をついた。家が全壊し、各国政府や企業からの緊急援助で建てられた仮設住宅に住んでいる。平地に7棟立ち、145家族532人が暮らす。
ヌルハヤティさんの住まいは、長屋のような木造プレハブの一角。約4メートル四方の部屋に夫と父親、2人のおいの計6人で暮らす。タンスや扇風機などの家財道具を入れると、寝る場所を確保するのも大変なほど狭い。
さらに暑さが追い打ちをかける。現地を訪れたのは11月半ばだったが、日中は気温が36度前後まで上がり、特に4月ごろまで続く雨期のこの時期は湿度も高い。
「衛生面が心配」だと現地では口をそろえる。風呂とトイレは共同の場合が多い。水道設備が整っている所ばかりではなく、中には1日に2回配られる水をバケツに取り置いて利用したり、排せつ物を近くの川に捨てている仮設住宅もある。マラリアなどの感染症が心配される。
それでも、働き手の夫と父親が生き残り、「家を再建中」というヌルハヤティさんは、今後生活が改善される見通しがあるだけ恵まれている。
アハヤールさん(37)は津波で妻と5歳と3歳の娘を失った。乗り合いバスの運転士をしているが、1日の稼ぎは3万ルピア(約390円)前後で、日々の食費を稼ぐのが精いっぱい。3千万ルピア(約39万円)以上必要な家の再建は夢物語だ。「悲しんでいる暇もない」とぼやく。
生活を維持するために共働きが普通のこの地域では、アハヤールさんのようにパートナーを失い、途方に暮れている人も多い。
この地域では被災で5千件以上の中小企業と、約2百軒のホテル、約6千軒の店舗が全壊した。今は中心街では商店や市場も開き、道路補修も進められ活気がでてきた。
だが、失業率は11%に上る。1日2ドル以下で暮らす貧困層は全体の33%に及ぶ。バンダアチェの人口26万人のうち生き残ったのは10万人。うち7万人が避難生活をしているとみられる。被災地全体では60万人近い避難住民の多くが、元の生活に戻れる見通しが立っていない。
被災者の生活再建を支援する非政府組織(NGO)「家族計画国際協力財団(ジョイセフ)」は、現地のNGO「インドネシア家族計画協会(IPPA)」と協力し、「小規模無担保融資」(マイクロクレジット)を進めている。計1150万ルピア(約15万円)を無利子で93世帯に貸し出している。
この制度を利用して野菜を売り歩く商売を始めたアリファーさん(50)は「まだ野菜を買ってくれる余裕のある人が少なく、収入は1日に2万ルピア(約260円)程度で少ないが、助かっている」と感謝していた。
ジョイセフの高橋秀行国際協力推進部長は「被災直後こそ各国から多くの支援が届くが、関心が薄れるにつれ、少なくなっている。しかし、災害からひと息ついた今こそ支援を必要としている人は多く、息の長い支援が必要」と訴える。ユヌス・IPPAバンダアチェ支部長も「再興には経済的自立が欠かせない」と話した。(東京新聞 2006.12.26)

インドネシアやマレーシアで豪雨、死者・不明者200人超す  インドネシアのスマトラ島北部やマレーシアで豪雨により洪水や地滑りが発生し、12月26日夕までに死者が110人を超え、行方不明者も100―200人に達した。2004年末のインド洋大津波の最大の被災地となったインドネシア・アチェ州中心に被害が拡大、36万人超が避難している。同州は再び自然災害の悲劇に見舞われた。
アチェ州では北部中心に地滑りや大規模な洪水が発生、77人が死亡した。南隣の北スマトラ州でも33人が死亡、5万人近くが避難している。スマトラ島で被害が拡大しているのは違法伐採で地滑りが相次いでいるため。政府は660人の国軍を派遣したが、救援活動は難航しており、さらに犠牲者が増えそうだ。
マレーシアでもマレー半島南部ジョホール州中心に洪水で8人が死亡した。停電や断水のため一時は約7万人が避難したが、現在も約4万人が避難生活を強いられている。国際金融都市シンガポールでも豪雨が続いており、都市生活に支障が出る可能性もある。(日経新聞 2006.12.26)

アチェ西岸道路が開通 日本の津波復興支援  04年12月26日のスマトラ沖地震の津波被災地インドネシア・アチェ州ムラボで12月27日、日本の援助で復旧したアチェ西岸道路(約130キロ)の開通式が行われた。
西岸の主要都市ムラボとチャランを結ぶ同道路は、日本の政府開発援助によるインド洋沿岸諸国への復興支援の中でも最大級の復旧工事で、総工費約40億円。被災から2年を経た道路開通で、これまで海路に頼ることが多かった物資搬送が容易になると期待されている。
同地震の犠牲者約23万人のうち、アチェ州は約17万人を占める最大被災地。日本政府は各国の被災地復興で総額約356億円を無償支援し、アチェ州では道路のほか護岸、水道、学校、土地台帳などの修復を進めており、26日には州都バンダアチェで完成した職業訓練学校の引き渡し式を行った。(東京新聞 2006.12.27)


現地社会: 紛争と和平


GAM:インドネシアの全国政党はGAMを拒絶している  GAMのジャカルタ代表ファイサル・プトラは4月13日、インドネシアの全国政党はGAMのメンバーを党員として受け入れる意思がないとの見解を、ジャカルタで開かれたワークショップ「今後のアチェに平和な枠組みを」で明らかにした。「全国政党に参加を希望するGAMメンバーは多く入るが、いずれも拒絶された」とのこと。これに対してアチェ統治法案国会特別委員会委員のアフマド・ファルハン・ハミドは、GAMメンバーが全国政党に受け入れられていないというのは詭弁であり「背景に何があるかを知る必要がある」と述べた。さらに、自身の所属政党である国民覚醒党(PAN)はGAMメンバーが望むならば候補に擁立する用意があるとも付け加えた。地方政党についてファルハンは国会の大半の会派が前向きに捉えているとの見解を示し、無所属候補についても2001年法律第18号、アチェ州法令第2号、第3号に合致する限りで認められているとの見解を示した。(Tempo 2006.4.13)

GAM:アチェ統治法案は5月末までには成立することが望ましい  ジャカルタのGAM代表ファイサル・プトラは4月13日、アチェ統治法案の審議が遅くとも2006年5月末には完了することを望んでいると述べた。アチェ統治法案の可決が遅れることで、地方政党の結成、地方首長選挙、人権侵害法廷、真実和解委員会の結成といった一連の過程に支障が生じることを懸念しているという。また、法案の審議結果がGAMにとって満足のいかないものとなり、アチェ州政府ならびにアチェ住民に強い反発を招くようなものとなる場合は、GAMはアチェ監視団(Aceh Monitoring Mision、AMM)が調停者となる争議裁定の場に問題を持ち込むことになるだろうとのこと。また、地方首長選挙に対してはGAMが地方政党を結成する予定であることも明らかにした。この政党はアチェに限定されアチェでのみ機能する性格のもので、GAMの政党を全国政党にしようとする意図は今のところないという。(Tempo 2006.4.13)

GAM幹部の里帰り、目的は和平合意の視察など  アチェ訪問を予定しているGAM幹部の1人は、今回のスウェーデン在住のGAM幹部一行のアチェ訪問の目的として、2005年8月15日に署名された和平合意が実現しているかどうかを確かめること、実現に至っていないいくつかの問題について報告を求めること、アチェ統治法案の審議の進展を視察すること、アチェの刑務所に収監されているGAMメンバーを訪問することを挙げた。(Tempo 2006.4.15)

インドネシア国軍「GAM幹部の帰国に問題なし」  インドネシア国軍参謀本部情報局長モハマド・スナルト・シュクロノプトラ海軍少将は、来週水曜日に予定されているというスウェーデン在住GAM幹部のインドネシア帰国について、正式には知らされていないとしながらも、インドネシア国軍は彼らの訪問を問題としないとの姿勢を示した。4月15日、テンポ誌の取材に対して述べたもの。また、幹部らの身の安全については、国軍ではなく「警察の管轄になる」と述べた。インドネシア訪問を予定しているGAM幹部の1人によれば、マリク・マフムド、ザイニ・アブドゥラ、バフティアル・アブドゥラらGAM幹部は妻を伴いバンダアチェに4月19日午後4時に到着する予定。(Tempo 2006.4.15)

論議を呼ぶGAM幹部の「里帰り」  海外在住のGAM幹部9名がインドネシアへ帰国することが国会議員のあいだで様々な論議を呼んでいる。インドネシア闘争民主党会派会長チャフヨ・クモロは、彼らがアチェに戻る際の立場を問うている。チャフヨによれば、マリク・マフムド「首相」、ザイニ・アブドゥラ「外相」、バフティアル・アブドゥラ報道官といったGAM幹部は、もはやインドネシア国民ではない。チャヨフは4月16日、「彼らはインドネシア訪問を行う外国人として扱われるべきだ。あるいはもう一度インドネシア国民になるべく申請を行う必要がある」と述べた。また、もし彼らがパスポートやビザなしでインドネシアを訪問しようものなら入国管理官は彼らの入国を阻むべきだとも述べた。GAM幹部の帰国については、スウェーデンのGAM幹部の1人がスウェーデン在住の9人のGAM幹部が3日後に故郷に戻る予定を明らかにしていた。なお、GAM最高幹部のハサン・ティロはインドネシアがヘルシンキ合意で約束した義務を果たした後に帰国するとのこと。(Tempo 2006.4.16)

政府、アチェの地方首長選挙について再検討  マアルフ内相は4月17日、政府と国会で審議中のアチェ統治に関する法律案の策定に関連して、地方首長選挙の実施日程を新しい法律に合致するものとなるよう再検討する予定であることを明らかにした。(Tempo 2006.4.18)

アチェ亡命指導者が帰国/和平進展で約30年ぶり  インドネシア・アチェ州の独立紛争が約30年ぶりに事実上終結したことを受け、スウェーデンに亡命していた独立派指導者で「自由アチェ運動(GAM)」最高指導部「首相」を名乗っていたマリク・マハムド氏が4月19日、約30年ぶりに一時帰国した。
同氏は昨年8月にフィンランドで、インドネシア政府との和平合意文書に調印した。GAMが昨年末に武装組織を解散するなど和平の進展を受けて19日、州都バンダアチェの空港に到着し、支援者ら約100人の出迎えを受けた。 (四国新聞 2006.4.19)

米国人記者ウィリアム・ネッセン、国外退去に  米国人記者ウィリアム・ネッセンは4月19日夜、北スマトラ州メダンのポロニア入国管理局により国外退去となった。ウィリアム・ネッセンは、自由アチェ運動(GAM)指導者一行の帰国にあわせて4月19日午前9時にクアラルンプール経由でインドネシアに到着していた。アチェに関する報道を何度となく行ってきたネッセンは、これまでもしばしば国外退去となっていた。
ネッセンによれば、入国管理局は退去の明確な理由を説明できず、入国管理局幹部も「われわれの側としてはあなたがインドネシアに入国することに何の問題もない」と発言したという。ネッセンは、自身の国外退去の裏には自分をアメリカのスパイと考える国軍か国家情報部がいるのだろうとの考えを述べた。
ネッセンの今回のアチェ訪問は、アチェ人である妻シャディア・マルハバンのためであり、ジャーナリストとしての活動は計画していなかったと述べた。ネッセンは4月19日午後8時の便でマレーシアに戻る予定。ポロニア空港の入国管理局担当者はこの件について各紙に報道しないよう求めるなど説明を避けている。(Tempo 2006.4.19)

アチェ和平、自治法可決/インドネシア国会  インドネシア国会は7月11日、政府と独立派「自由アチェ運動(GAM)」の和平合意に基づく「アチェ自治政府法」を可決した。GAMの主張に譲歩し、同国では認められていない地方政党の結成を容認。同法により年末にも地方選挙を実施する方向で、約30年続いた独立紛争の和平プロセス完了の道筋がつく。
しかし、GAMは「外国との協力などをめぐり、なお中央政府の権限が強く、和平合意と食い違う」と不満を表明、欧州連合(EU)主導の和平監視団への不服申し立てを検討中としている。公正な選挙で自治が実現できるかどうかは、遅れているスマトラ沖地震の復興の行方も左右する。(四国新聞 2006.7.11)

アチェ自治法可決 地方政党を容認  インドネシア・アチェ州の自治権拡大を認めるアチェ自治政府法が7月11日、インドネシア国会で可決、成立した。昨年8月に政府と独立派武装組織「自由アチェ運動(GAM)」が結んだ和平合意に基づいている。これを受け、9月にも初の州知事選挙を行い、自治政府を発足させる予定だが、GAMは新法が合意内容を十分に反映していないとしており、反政府運動が再燃する恐れもある。
自治政府法は、地方独自の政党の結成を容認するなどアチェ州の自治権拡大のほか、天然ガスや原油から得られる利益の7割を地元に還元することを定めている。
ただ、GAM内では「新法は、インドネシア国軍の役割や、中央政府の権限範囲が不明確。昨年8月の合意内容に程遠い」(幹部)との声が強い。GAMのスポークスマンは「私たちはEU(欧州連合)主導の和平監視団に苦情を申し入れる」として、一部条文の修正を求めている。人権団体も「実質的に過去の人権侵害への補償が認められていない」と批判している。
これに対し、政府は「全員が満足できる完ぺきな法律なんてどこにもない」(マアルフ内相)と修正要求を拒否している。(北海道新聞 2006.7.12)

12月首長選で自治拡大へ/アチェ和平合意から1年  インドネシア政府とアチェ州の独立派「自由アチェ運動(GAM)」の和平合意から8月15日で1年。約30年間の紛争の最終解決へ向け、合意に基づく自治政府づくりのための首長選挙が今年12月にも行われる見通しとなった。民主的選挙の成否は、進んでいないスマトラ沖地震の津波被災地の復興も左右する。
首長選は今年4月にも実施されるはずだったが、大幅に遅れ、和平交渉を担当したソフィアン国務相は10日、「12月10日の実施を目指す」と表明。欧州連合(EU)主導の和平監視団のピーター・ファイト団長(オランダ)も11日、監視活動を12月まで続ける考えを示した。(四国新聞 2006.8.12) 知事選の立候補受け付け/アチェ、独立派含む混戦  インドネシア政府とアチェ州の独立派「自由アチェ運動(GAM)」の和平合意に基づき実施される州知事選の立候補受け付けが8月28日始まった。投票は12月11日。これまでにGAM幹部を含む9人が出馬表明しており、混戦となりそうだ。
昨年8月のヘルシンキ合意で、GAMは約30年間にわたる独立闘争を放棄。代わりに同州には大幅な自治権が付与され、選挙で首長を選ぶことになった。
選管によると、選挙は副知事候補とペアで争う。立候補届け出は9月11日に締め切り、資格審査を経て、11月24日〜12月7日が選挙運動期間。欧州連合(EU)主導の和平監視団が選挙監視に当たる。県や市の首長選も同時実施する。(四国新聞 2006.8.28)

独立派と有力政党が激戦/アチェ州知事選、受付終了  インドネシア・アチェ独立紛争のヘルシンキ和平合意に基づくアチェ州知事選(12月11日投票)の立候補受け付けが9月11日、締め切られた。無所属の独立派幹部と、有力全国政党の公認5候補が争う激戦となる。
独立派「自由アチェ運動(GAM)」は昨年8月の和平合意で独立闘争を放棄、代わりに同州は大幅な自治権を獲得し、GAMの選挙参加も認められた。知事選は副知事候補とペアで争う。
GAMからは米国留学経験がある国際派のイルワンディ・ユスフ氏が無所属で出馬。副知事候補として、スハルト旧体制崩壊後に数十万人規模の反政府集会を開いた実績がある学生・市民組織「アチェ住民投票情報センター」のムハンマド・ナザル代表と組み、支持を広げている。2人とも投獄経験がある元政治犯だ。(四国新聞 2006.9.11)

インドネシア:アチェで来月首長選 恒久和平へ、試練の州  30年続いた独立紛争が昨年8月の和平合意で終結したインドネシア・アチェ州で来月、地方首長選挙が行われる。合意後は大きな衝突もなく、恒久和平へ向けて着実に歩んでいるアチェの和平プロセスの仕上げともいえる選挙だ。しかし選挙を前に元独立派内の対立が表面化し、選挙が情勢を不安定にする懸念も出始めている。
◇元独立派・中央、入り乱れ
04年12月のインド洋大津波は、アチェに死者・不明者約17万人という被害をもたらし、早期復興を望む住民の強い意思が紛争の当事者を和平に向かわせる原動力となった。国際世論の後押しもあり、和平合意後は、長年にわたって闘争を続けていた「自由アチェ運動(GAM)」の武装解除、国軍の撤退、と事態は順調に進展した。今年7月には、自治の枠組みを定めたアチェ行政法も成立した。
和平後のアチェの民意が問われる来月11日の選挙では、アチェ州正副知事と州内19の市・県の正副首長が直接投票で選ばれる。正式な選挙運動期間は今月24日から2週間。有権者数は約270万人とみられ、欧州連合(EU)や日本が選挙監視団を送る。
州知事選には8組の正副候補が立候補を認められた。住民への影響力を維持するGAMは、アチェで活動してきた地元組織とスウェーデンの亡命指導部が選挙への対応をめぐって分裂した。地元組織はGAMの地元幹部イルワンディ・ユスフ氏を、指導部は人権活動家で社会学者のフマム・ハミド氏をそれぞれ推す。連立政権与党ゴルカル党など中央の政党も独自候補を出し、対GAM作戦の指揮をとった元国軍司令官も立候補するなど、乱立模様となっている。
元ゲリラ兵士らを中心にGAM支持者の支援を受けるイルワンディ氏は「復興事業を担当するアチェ・ニアス復興庁には汚職がはびこっている。州政府主体で行うべきだ」と主張。和平プロセス支持を表明しながらも、アチェ行政法の早期改正を求めるなど、依然として独立色をにじませる。
インドネシア政府はGAMへの疑念を完全には捨てておらず、選挙で州政府の実権を確保したいのが本音だ。州都バンダアチェでは「中央の大政党は数億円の資金を用意している」との情報も流れており、警察組織がまだ不十分なだけに、大がかりな金権選挙となる恐れも出ている。アチェの国際機関関係者は「大規模な買収が発覚すれば、陣営の対立が先鋭化しかねない。GAM系の候補が敗れた場合には、選挙自体への抗議行動が組織される可能性もある」と話す。(毎日新聞 2006.11.16)

アチェ和平の総仕上げ、知事選がスタート  インドネシア・アチェ州で政府軍と独立派武装組織「自由アチェ運動(GAM)」による30年近い独立紛争が終結し、和平合意して1年余。和平プロセスの総仕上げとなる州知事選の選挙運動が11月24日から始まった。同州では初の直接民主選挙となる。2004年末のインド洋大津波の最大の被災地となった同州の恒久平和を占う試金石となりそうだ。
同日、州都のバンダアチェで知事候補が演説するなど、選挙戦の火ぶたを切った。「知事になれば、社会福祉を充実させる」と表明したのは有力候補の1人、マリク・ラデン氏。数十人の地方議員を集め、支持を呼びかけた。
アチェ州正副知事選の投票は12月11日に実施。集計作業に時間がかかるため、結果判明は来年1月2日の予定だ。有権者は約270万人。選挙では混乱も予想されるため、日本や欧米から選挙監視団も派遣される。(日経新聞 2006.11.24)

インドネシア:アチェ州で選挙運動開始 支持者間で衝突も  インドネシア・アチェ州で11月24日、来月11日に投票が行われる正副州知事選などの選挙運動が正式に始まった。昨年の和平合意に基づく政治プロセスの仕上げにあたる選挙だが、元独立派内の対立で、すでに支持者間の衝突が起きており、混乱も予想される。
トラブルがあったのは22日夜。地元警察によると、同州ビルン県で、州知事候補らが乗ったマイクロバスが対立候補の支持者を名乗る群衆に襲われ、ポスターなどを焼かれる事件があった。衝突したのは、独立闘争を続けた「自由アチェ運動」(GAM)の亡命指導部と地元組織がそれぞれ推す陣営で、対立は次第に先鋭化している。(毎日新聞 2006.11.24)

アチェ元独立派が分裂回避 知事選、日米欧が監視団  インドネシア・アチェ独立紛争の和平プロセスの仕上げとなる12月11日投票のアチェ州知事選で、元独立派「自由アチェ運動(GAM)」は11月27日、組織の分裂を回避するため、イスラム政党、開発統一党の候補への支持を撤回、自由投票にすると発表した。
また州関係者は同日、日米欧などから130人以上の選挙監視団が派遣されるとの見通しを明らかにした。日本政府は6人前後を派遣する予定。
GAM指導部は同州で伝統的に強い開発統一党の候補フマム・ハミド氏の支持を決め、いったんは同氏の当選が有力視されたが、GAM幹部イルワンディ・ユスフ氏が無所属で出馬。24日の選挙戦開始の2日前にフマム氏がイルワンディ派に殴られる事件が起き、混乱が懸念されていた。
ほかに4人の有力政党公認候補がおり、選挙戦序盤のGAMの自由投票決定で、選挙の行方は混沌(こんとん)としてきた。
アチェ州知事選としては初の直接選挙で、県知事・市長選も同時に実施される。2004年末のスマトラ沖地震の津波で最大被災地となった同州の平和定着の成否がかかる。欧州連合(EU)は選挙監視団約80人を派遣、米国やアジア諸国の非政府組織(NGO)なども監視に参加する。(共同通信 2006.11.27)

混乱なく州知事選挙戦終了/アチェ和平定着へ前進  インドネシア・アチェ独立紛争の和平合意に基づくアチェ州知事選の選挙戦が12月7日、終了した。3日間の冷却期間を経て11日に投票を迎える。
和平定着の成否がかかる今回の選挙は同州では初の直接選挙で、県知事、市長選と同時実施される。選挙戦では、懸念された支持者間の衝突など大きな混乱はなく、平和の恒久化へ向け、また一歩前進した。
州知事選は主要政党公認の5候補に加え、昨年8月のヘルシンキ合意で約30年間に及ぶ独立闘争を放棄した「自由アチェ運動(GAM)」出身の無所属候補が対決する混戦。どの候補も規定の得票率25%に達しない場合、上位2者による決選投票が行われる。
米国系非政府組織(NGO)のIFESが選挙戦開始前に実施した世論調査では、住民の55%が「暴力が心配」と回答。11月24日の選挙戦開始の2日前には、有力候補が対立する候補の支持者に殴られる事件が起き、混乱が懸念されていた。
欧州連合(EU)などが選挙監視に当たっているが、選挙戦は平穏に行われた。ドイツのインドネシア研究者マルクス・マイツナー氏は「過去のアチェ州の選挙のように国軍の介入はなく、GAMも和平プロセスを守った。全当事者が本気で平和を支持していることを表している」と分析している。
選挙戦で各候補は平和の定着やスマトラ沖地震の津波被災地の復興、汚職撲滅などを訴えた。(四国新聞 2006.12.7)

インドネシア:アチェ州の首長選 11日投票へ  昨年まで独立紛争が続いたインドネシア・アチェ州で、州知事をはじめとする首長選挙の投票が12月11日行われる。昨年の和平合意後に始まった和平プロセスの仕上げにあたり、欧州連合(EU)、米国、日本などが選挙監視団を派遣している。選挙は州知事のほか、州内19の県、市の首長など。初めての直接選挙による首長選出となる。恒久和平に向けたアチェ州民の選択が注目される。
焦点の州知事選には、8組の正副知事候補が立候補している。元独立派の自由アチェ運動(GAM)は、スウェーデンの亡命指導部が地元組織との候補一本化に失敗。指導部が支持を表明したフマム・ハミド候補らが、地元組織の推すイルワンディ陣営の支持者らに襲われる事件も起きた。GAM指導部は選挙運動期間中にフマム候補への支持を撤回している。
州知事選はゴルカル党、国民信託党など中央の有力政党も候補を立てて混戦模様で、1位の得票率が25%に満たずに、1、2位による決選投票に持ち込まれる可能性が高い。開票、集計は12日から郡レベルで順次始まり、結果の正式発表は1月上旬になる。(毎日新聞 2006.12.9)

インドネシアのアチェ知事選、投票開始・日米欧が監視  インドネシア・アチェ独立紛争の和平合意に基づくアチェ州知事選の投票が12月11日午前、始まった。
昨年8月のヘルシンキ合意による和平の成果である今回の選挙は、同州で初の直接選挙で県知事、市長選と同時実施。日本政府の選挙監視団6人のほか、欧州連合(EU)や米国などの国際監視団100人以上が見守る。かつては国軍の介入などで民主的な意思表示が難しかった同州で公正な選挙が実施できるかどうかが焦点だ。
州知事選は主要政党公認の5候補に加え、約30年間に及ぶ独立闘争を和平合意で放棄した「自由アチェ運動(GAM)」出身の無所属候補らが対決する混戦だ。
選挙戦で各候補は平和の定着や、スマトラ沖地震の津波被災地の復興など経済再建、汚職撲滅を訴えた。
同日午後に投票は締め切られ、開票が始まるが、結果判明まで数週間かかる可能性がある。どの候補も得票率が25%に達しない場合、上位2者の決選投票が行われる。(日経新聞 2006.12.10)

インドネシア:アチェ州で首長選 結果発表は1月上旬に  インドネシア・アチェ州で12月11日、独立紛争終結後の民意を問う初の直接投票による首長選挙が行われた。州知事のほか、州内19の県・市の首長それぞれの正副ポストが選出される。登録有権者数は約263万人。
2年前のインド洋大津波で、16万人以上の死者・行方不明者を出した最大被災地のアチェ州では、早期復興とともに約30年続いた独立紛争の終結を望む気運が高まった。国際社会の仲介で、インドネシア政府と独立派武装組織の自由アチェ運動(GAM)が、昨年8月に和平合意を締結し、和平プロセスが始まった。今回の首長選挙はその最終段階と位置づけられている。
民間の選挙監視団体は11日夜、サンプル調査による独自集計に基づき、州知事選でGAM幹部のイルワンディ・ユスフ候補が得票率39%で勝利したと発表した。同候補は、和平プロセスを支持しているが、自治の枠組みを定めたアチェ行政法に不満を表明するなど、政府との対決姿勢を鮮明にしてきた。1月上旬の正式発表でも、イルワンディ候補の勝利が確定すれば、中央政府は難しい対応を迫られそうだ。(毎日新聞 2006.12.11)

インドネシア:津波被災者、投票できず アチェ首長選  インドネシア・アチェ州で12月11日行われた首長選挙の投票所では、有権者登録の不備から投票できない市民の姿も多くみられた。津波で仮設住宅へ移った被災者が登録されていなかったケースや、津波による公文書の紛失などが原因とみられている。投票できなかった市民からは抗議の声が出ており、これを理由に今後、敗れた候補の陣営が結果に異議を申し立てる可能性もある。
「こんなの公正じゃない」「何かの間違いだ」。州都バンダアチェのルコにある投票所では、投票を拒否された市民たちが係員に詰め寄っていた。ラジュディさん(29)と妻のイルダスさん(25)は、ともに有権者名簿に名前がなかった。「こんな選挙は違法です」とイルダスさんは憤りを隠せない。
ラジュディさんたちはもともと大アチェ県の海岸沿いに住んでいたが、2年前の津波ですべてを失った。テント生活も経験、今の仮設住宅に移って約1年が過ぎ、早期復興への願いを票に託そうと期待を膨らませていた。「せっかくの機会が、こんな結果になってしまった。言葉にできないくらいの失望だ」
独立選挙委員会によると、登録作業は係官が戸別訪問する形で4月から行われた。10月に仮名簿が地区ごとに公示され、記載されていない場合に登録を求める期間も設けられていたというが、市民への周知は十分とはいえなかった。民間団体の調査では、バンダアチェでは有権者の約4割が未登録とみられるという。
選挙監視団関係者からは、「こうした手続き上の不備は、選挙結果を受け入れたくない候補にとって格好の理由になり得る。『選挙自体が無効だ』というような申し立てが出ないことを祈るしかない」との声も出ている。(毎日新聞 2006.12.11)

元独立派が勝利宣言/アチェ知事選  インドネシア・アチェ独立紛争の和平合意に基づき12月11日投票が行われたアチェ州知事選で、民間集計で勝利が確実になった元独立派の無所属候補イルワンディ・ユスフ氏は同日夜「公式集計を待ちたいが、私だけでなく、すべてのアチェ住民の勝利だ」と事実上の勝利宣言をした。
公式集計には数週間かかる見込み。
イルワンディ氏は、昨年8月のヘルシンキ合意で約30年間に及ぶ独立闘争を放棄した「自由アチェ運動(GAM)」の元政治犯。和平合意で大幅な自治権を獲得した同州の指導者になることになった。長年の紛争で国軍の人権侵害に苦しんだ住民の支持を集めたことが勝因とみられる。
米国留学の経験がある国際派で、和平が動きだす契機となった2004年末のスマトラ沖地震の津波被災までは投獄されていた。(四国新聞 2006.12.12)

「恐怖去り、当然の勝利」/アチェ知事選で元独立派  インドネシア・アチェ独立紛争の和平合意に基づく12月11日のアチェ州知事選で、当選を確実にした元独立派「自由アチェ運動(GAM)」のイルワンディ・ユスフ氏は13日夜、共同通信のインタビューに応じ「(国軍支配の)恐怖が去り、民衆がGAMを支持していたことがやっと証明された」と述べ、当然の勝利と強調した。
同氏は「世界中が『GAMは少数派』と誤解していたが、人々が銃を突き付けられず自由に投票できる以上、勝利は確信していた」と語った。
州知事の最優先課題に関して「行政の仕組みを抜本的に見直し、汚職をなくす」と述べ、約30年続いた独立紛争やスマトラ沖地震の津波被害からの復興に決意を示した。同州には日本など各国が多額の復興援助をしているが、汚職や非効率な行政の克服が課題となっている。(四国新聞 2006.12.14)

インドネシア、アチェ州知事に元独立派幹部が当選  30年近い独立紛争を続けたインドネシア・アチェ州の和平プロセスの総仕上げとなる知事選で、州選挙管理委員会は12月29日、元独立派武装組織「自由アチェ運動(GAM)」出身のイルワンディ・ユスフ氏(46)が当選したと発表した。
州選管によると、有効投票201万票のうちイルワンディ氏は38.2%の得票を獲得、2位の候補に大差をつけた。同氏は元GAM幹部で政治犯として投獄されたこともある。2004年末のインド洋大津波後にGAMの指導者の1人としてアチェ州の和平実現に尽力した。
イルワンディ氏の当選に対して国会内には「アチェ州民の中央政府に対する根強い不信の表れ」と懸念する声があるが、ユドヨノ大統領は「公正な選挙の結果を受け入れる」と述べた。
知事選は05年8月の政府とGAMとの和平合意に基づいて今月11日に投票が行われた。(日経新聞 2006.12.29)

インドネシア・アチェ州知事選、旧独立派指導者が当選  インドネシアのナングロアチェ・ダルサラム州の選挙管理委員会は12月29日、今月11日に行われた州知事選挙で、旧独立派組織「自由アチェ運動(GAM)」の地元指導者イルワンディ・ユスフ氏(46)が38・2%を得票し当選した、と発表した。投票率は約80%。
同選管によると、イルワンディ氏は同州の21の県・市のうち15県市で最も多くの票を獲得し、当選に必要な得票率25%を大きく上回った。2位は、人権活動家のフマム・ハミド氏(16・6%)だった。
イルワンディ氏は、2003年にインドネシア当局に逮捕されたが、04年12月のインド洋大津波の混乱に乗じて刑務所を脱走。その後、特赦を受けてヘルシンキでの政府とGAMとの和平交渉に参加した。
同氏が圧勝した理由について、和平合意の立役者の一人であることに加え、「クリーンなイメージが有権者に歓迎された」(地元紙編集者)との見方が出ている。(読売新聞 2006.12.29)

元ゲリラ幹部が知事当選 インドネシア  インドネシア・アチェ州の選挙管理委員会は12月29日、今月11日に投票が行われた州知事選で、元独立派組織「自由アチェ運動」(GAM)の幹部、イルワンディ・ユスフ氏(46)が当選したことを正式発表した。得票率は38%で、人権活動家のフマム・ハミド氏(17%)に大差を付けた。
ユスフ氏は2003年に政治犯として逮捕・投獄されたが、04年のインド洋大津波で刑務所から脱走。その後、政府との和平交渉などに従事した。GAMは今回の選挙で指導部がハミド氏を推したのに対し、元ゲリラ兵らはユスフ氏を支持するなど分裂。今後、地方政党を設立予定だが、分裂選挙の影響は不可避とみられている。(産経新聞 2006.12.29)


現地社会: その他


インドネシア国旗を掲揚したタイの漁船を拿捕  アチェ水上警察隊は3月31日夜、アチェ沿岸部で操業していたタイの漁船を現行犯逮捕した。漁船は乗組員12人とともにバンダアチェのランプロに曳航された。乗組員の国籍はタイ、ミャンマー、ビルマ。警察当局によると、乗組員は英語が通じなかったため身振り手振りで会話を行った。船は20×5mで、船名はインドネシア語でイカン・パレ3号と名乗っていた。インドネシア国旗を掲揚していたが、アチェの一般的な漁船と異なる船体をしていたために取り調べを行ったところ、書類は揃っていたもののインドネシア語が話せる乗組員が1人もいなかったため拿捕した。(Tempo 2006.4.2)

ムハマディヤ学生連盟、外国企業の国有化を求める  ムハマディヤ学生連盟の活動家およそ50人が4月1日、中部ジャワ州ソロ県ブンダラングラダックでインドネシアの外国企業を国有化するよう求めるデモを行った。フリーポート社やニューモント社、エクソンモービル社といった天然資源を握る外国企業に対し政府が何らかの対策を取るよう求めた。ソロにあるいくつかの高等教育機関から集まった学生たちは「パプアのフリーポート社を撤退させろ、チェプのエクソン社を追い出せ」「インドネシア人民のために外国企業を国有化せよ」と叫び、多国籍企業の操業は新たな植民地支配であると訴えた。彼らによれば、外国企業は人民を利したことがなく、政府高官とライセンス契約による買い手たちを富ませているばかりで、鉱産物資源の成果を周辺地域の住民が享受したためしがないとのこと。(Tempo 2006.4.2)

大統領:投資家はインドネシア国内への投資を優先するように  スシロ大統領は4月18日、テンポ・スキャン・パシフィコ社の生産設備拡大式に出席した際、国内の投資化に対してインドネシアへの投資を優先するよう求めた。「わが国の企業家たちや投資家たちが投資先に祖国より海外を選ぶ傾向があるのは悲しいことだ」。大統領によれば、自らの国の実業界を発展させるために国内の投資家はあえて責任とリスクに直面する必要があるとのこと。投資家に対し、投資環境が優れた場所を探すだけでなく、国内の実業界の発展に貢献する気概を持ってほしいと述べた。他方、政府も政治的安定や治安維持、法整備、労働力の確実性などを通じてインドネシア国内の投資環境の改善に努力するとも述べた。(Tempo 2006.4.18)

南スラウェシでコーラン学習を義務化する法令  南スラウェシ州政府はコーラン教育に関連した地方法令を制定する。州議会全体会議で4月18日、全会派がこの法令の制定に賛成した。南スラウェシ州副知事シャフリル・ヤシン・リンポによれば、調査の結果コーランを読めない人が南スラウェシ州のイスラム教徒の10-15%と高率であることが明らかになったため、州政府がコーラン学習のための法令を制定することにしたという。今後、政府はガイドブックを作成し、小学校から高校に配布するほか、宗教教師の研修を行って彼らの理解の質の向上を試みる予定。(Tempo 2006.4.18)

津波支援ODAで再入札/インドネシア、不透明指摘  政府がスマトラ沖地震に伴う津波被害の復興のため、インドネシア政府に供与した政府開発援助(ODA)事業で、同国政府から入札をめぐる審査が不透明との指摘を受け、入札をやり直していたことが5月12日、分かった。相手国政府からの指摘で再入札をするのは異例で、事業も予定より遅れが出ている。
外務省によると、この事業は昨年1月に供与されたインドネシア向け津波無償支援146億円のうち、アチェ州西海岸の道路修復事業(約47億円)。業者選定などは外務省所管の財団法人「日本国際協力システム」(JICS)が請け負っており、昨年7月に事業者の入札が行われ、日本企業を含む4者が申し込んだ。
しかし、インドネシア政府側から、審査が不透明だなどの批判があり、JICSは同年11月に入札をやり直し、現地企業が落札した。(四国新聞 2006.6.12)

インドネシア政府が「不透明」指摘…JICS入札基準  インド洋津波で被災したインドネシアへの緊急支援事業の道路工事を巡り、財団法人「日本国際協力システム(JICS)」が入札をやり直した問題で、外務省は6月13日、同国政府から「入札の評価基準が不透明」と指摘されていたことを認めた。
また、JICSは、工事完成が数か月間遅れるとの見通しを明らかにした。同日の参院外交防衛委員会で、犬塚直史議員(民主)の質問に答えた。
同省の佐藤重和・経済協力局長は、インドネシア公共事業省からJICSへの書簡で、「評価基準がクリアでないとされていた」と認めた。その上で、「見解の相違があったもので、その後、よく協議して入札をやり直すことになった」との認識を示した。
また、JICSの桜田幸久専務理事は、7月完成予定の同工事について「対象区間122キロのうち12・6キロに湿地があり、数か月程度遅れる。明確な完成時期は分からない」と述べた。(読売新聞 2006.6.13)

津波復興ODAで遅れ、外務省委託の第三者も問題視  インド洋津波で被災したインドネシアへの緊急支援事業の道路復旧工事を巡り、財団法人「日本国際協力システム(JICS)」が入札をやり直した問題で、外務省から事業の中間評価を委託されたコンサルタントらが、「業者選定の遅れで工事が進んでおらず、現地はいらだっている」と指摘していたことが分かった。
日本は、インド洋津波被害への緊急支援として、政府開発援助(ODA)でインドネシアに146億円、スリランカに80億円、モルディブに20億円を無償提供。外務省は昨年12月、被災1年を機に、今後の復興支援に生かすため第三者のコンサルタントら10人に委託し、中間評価をまとめた。
その中で問題の工事について、「遅れの原因は再入札などの入札プロセス。緊急援助では『遅延のない実施』が重要で、現地にはいらだちがある」と問題視。中間評価をまとめる際の現地調査に、インドネシア公共事業省は「JICSは工事案件にかかる業者の調達(選定)には経験が乏しい」とコメントしていた。(読売新聞 2006.6.13)

スマトラ沖で船沈没 30人以上が行方不明  AFP通信によると、インドネシア西部スマトラ島沖で、乗員・乗客120人以上を乗せたフェリーが5月21日夜から22日未明にかけて沈没した。23日朝までに少なくとも86人が救出されたが、30人以上の行方が分からなくなっている。乗船名簿に記載されていない多数の乗客がいるとの情報もあり、今後不明者が増える恐れもある。
海軍などによると、このフェリーは、スマトラ島西岸シボルガを21日午後8時すぎに出港。ニアス島に向かう途中、浸水を始め、シボルガの沖合60キロの地点で沈没したという。
昨年3月に大地震に見舞われたニアス島は、サーフィンスポットとしても有名。(朝日新聞 2006.6.23)

国連輸送船など海賊の襲撃受ける マラッカ海峡  海賊行為を監視する国際海事局の海賊情報センター(クアラルンプール)は7月4日、インド洋津波の被災地に物資を送るために国連がチャーターした輸送船2隻と、日本企業の積み荷を運ぶ貨物船がマラッカ海峡で相次いで海賊に襲われたと発表した。貨物船は放水で海賊を撃退、いずれも死傷者はなかった。
情報センターによると、インドネシア・スマトラ島北部東海岸の港間で建材などを運んでいた国連の世界食糧計画(WFP)のチャーター船が2日夜、ナングロアチェ州沖のマラッカ海峡で小型船から乗り移ってきた海賊に襲われ、船の装備の一部が壊れた。この少し後、最初の現場から遠くない海域で別のチャーター船が襲われ、乗組員の私物や現金が奪われた。
一方、4日早朝、日本企業の積み荷を載せたパナマ船籍の貨物船がアチェ沖で海賊のものと見られる小型船に追尾されたが、高圧散水ホースの放水で退けた。
マラッカ海峡では昨年3月、日本のタグボートが襲撃され、日本人船長ら3人が拉致される事件が起きた。今年上半期は海賊事件が激減し、発生件数は昨年同時期の半分以下の3件に抑えられていた。(朝日新聞 2006.7.4)

日本貨物船、海賊を放水で撃退! マラッカ海峡  国際海事局(IMB)海賊情報センター(クアラルンプール)によると、7月4日午前4時ごろ、インドネシア・スマトラ島北部沖のマラッカ海峡で、日本郵船の系列会社が運航する貨物船「アイランド・オアシス」(パナマ船籍・約2万7000トン)が高速艇に乗った海賊に襲われた。船に乗り込もうとした海賊に対し、フィリピン人船員がホースで放水するなど抵抗したため、海賊はそのまま逃走した。負傷者や被害はなかった。
アチェ州に近い同島北部沖では2日夜にも、インドネシアの貨物船2隻が別々の海域で海賊に襲われ、備品や金品が奪われる事件が起きている。
マラッカ海峡の海賊行為(未遂を含む)は2004年に38件あったが、05年には12件に減少。今年1〜3月はゼロ件だった。しかし4月以降、今回を含め6件報告されており、IMBでは「マラッカ海峡の海賊の活動が活発化し始めた可能性がある」と各国の船会社に警戒を呼びかけている。(産経新聞 2006.7.4)

マラッカ海峡で海賊再び急増、生活苦のアチェ独立派か  日本向け中東原油の80%以上が通過するマラッカ海峡で、一時は沈静化していた海賊事件が再び急増している。
発生地域はインドネシアのナングロアチェ・ダルサラム州周辺に集中。2005年8月15日の和平合意から1年たっても社会復帰できない独立派組織の元構成員らが、生活苦から再び海賊行為に走っているとの見方が強まっている。
国際海事局(IMB)の海賊情報センター(クアラルンプール)などによると、同州沖や対岸のマレーシア領海内などのマラッカ海峡で7月2日以降、少なくとも7件の海賊事件が発生。今年1〜6月の同海峡全域での海賊発生件数はわずか3件で、急増傾向は明らかだ。
このうち、7月26日には日本の海運会社が運航・管理するタンカーを長刀で武装した3人組の海賊が襲い、船内の備品を強奪。同27日には5人組の海賊がマレーシア漁船2隻からタイ人乗組員計4人を身代金目的で誘拐した。
これより先、同3日には、国連のインド洋大津波の被災者向け支援物資運搬船が、独立派武装組織「自由アチェ運動」(GAM)の構成員と名乗る海賊12人から現金を奪われている。
マラッカ海峡の治安を巡っては、インドネシア、マレーシア、シンガポールが05年7月から連携パトロールを開始し、海賊発生件数が激減。英ロイズ保険組合も今月8日、昨年5月から実施していた同海峡の「戦争危険地域」指定を解除した。
しかし、海賊事件が急増している同州周辺は、3か国による警備が手薄な上、アチェ和平合意を経て、一般社会に戻った約3000人の元GAM構成員の多くは定職に就けず、不満がくすぶっている。海賊問題に詳しい日本財団の山田吉彦氏は、「経済再建が軌道に乗らないため、食い詰めたGAM関係者が再び海賊行為に走っている可能性が高い」としている。(読売新聞 2006.8.24)

ユドヨノ氏が“1番人気”、賭け屋のノーベル平和賞予想  オーストラリアのブックメーカー(賭け屋)が9月11日までに、10月発表のノーベル平和賞受賞者を予想する賭けのオッズ(賭け率)を公表し、インドネシア・アチェ州の独立紛争で和平を進めるユドヨノ同国大統領がオッズ3倍で1位となった。ロイター通信が報じた。
このブックメーカーは昨年の平和賞で、公式発表直前に受賞者の国際原子力機関(IAEA)とエルバラダイ事務局長を1位とした“実績”があるという。
2位は同じくアチェ州の和平を仲介したアハティサーリ前フィンランド大統領の4倍。3位以下には、中国の元女性政治犯レビヤ・カディールさんらが10倍で続く。オッズは今後、変動もあり得る。ブッシュ米大統領とブレア英首相のオッズは、それぞれ500倍。
今年のノーベル平和賞は191の個人・組織が推薦されており、オスロでの発表に向け極秘に選考が行われている。(日経新聞 2006.9.12)

「金大発」の研究、世界の海を浄化 インドネシアの元留学生 19日のフォーラムで報告  ロシアタンカー重油流出事故から10年の節目に合わせ、金大角間キャンパスで12月19日に開かれるフォーラムで、インドネシアの女性が金大留学中に学んだ重油分解法と、それを母国の汚染浄化に生かした成果を報告する。産油国インドネシアでは重油流出被害が深刻化し、女性は被災地の金大で研究が進んでいることを知り、3年間留学していた。フォーラムはこの10年間で得られた研究成果や教訓を世界の海の浄化につなげることを確認する場となる。
フォーラムに参加するのは、バンドン工科大で研究する理学博士のシティ・ホディジャ・ハイルンさん(37)。インドネシアでは、石油掘削による土壌汚染や、自然災害を受けた油田からの油流出などが頻発し、ハイルンさんはナホトカ号事故以降の重油分解に関する金大の豊富な研究蓄積に目を留め、2001(平成13)年に国費留学した。
ハイルンさんは同大大学院自然科学研究科の田崎和江教授らとともに、県内各地の海岸で汚染された砂を採取して、石油分解菌を研究。このなかで、粘土を構成する微細な物質「粘土鉱物」が重油を分解する菌の成長を促進し、浄化が早まることを突き止めた。
ハイルンさんが帰国した直後の04年12月末には、スマトラ沖地震が発生。津波が油田を襲い、海水と混ざり合い分解されにくくなった油が、海岸や近くの農地などの土壌を汚染した。ナホトカ号事故と状況が共通していることに気づいたハイルンさんは、インドネシア政府に金大での研究成果を提言。重油の浄化促進に、粘土鉱物が生かされたという。
ハイルンさんは、被災地にある大学として研究を続ける金大の水準の高さを強調し、「田崎先生の研究は非常に実践的で、学ぶところが多かった」と振り返る。
経済発展が続く中国、インドの石油の需要拡大で、海上輸送するタンカーも増え、事故の可能性はますます大きくなっている。田崎教授は「ナホトカ号事故後の研究が国外でも生かされたことが、最も大きな成果の1つ」とし、今後の国際的な研究交流進展へ期待を寄せている。(北國新聞 2006.12.19)

スマトラ沖地震から2年 バリ島で津波の避難訓練  スマトラ沖地震から丸2年となる12月26日、インドネシアの観光地バリ島サヌールの海岸で、津波を想定した初の本格的な避難訓練が行われた。
高さ約5メートルの津波が発生したとの想定で、住民や国軍、警察、赤十字など約1万5000人が参加。警報サイレンの後、子供らが内陸に一斉に避難したほか、負傷者の捜索・救助訓練を行った。
政府は津波警戒システム構築計画を進めているが、津波観測網はまだできていない。警報サイレン設置もスマトラ島の一部とバリ島だけにとどまっており、今年7月17日にジャワ島南岸を襲った津波では、地震発生直後に米太平洋津波警報センター(ハワイ)や日本の気象庁が津波への警戒を呼び掛けたが、沿岸住民には伝わらず、600人以上が犠牲となった。(産経新聞 2006.12.26)


日本社会


スマトラ沖地震で被災の子を招き防災会議・和歌山で  和歌山県とユネスコ・アジア文化センター(東京都新宿区)などが、2004年のスマトラ沖地震の被災国の子どもたちを招待、防災について話し合う子ども国際会議を、同県広川町などで開く計画を進めている。
「稲むらの火」で津波から村人を救った広川町で、津波に対する防災意識と、次世代の防災担い手を育てるのが狙いだ。
県教委などによると、会議は11月に2日間の日程で行う予定。スマトラ沖地震で被災したインドネシアやスリランカ、タイなどの中高生約50人を招き、被災経験や津波対策の取り組みを紹介してもらう。国内からは、和歌山県と共同で防災教育に取り組む千葉、静岡、高知の各県などの中高生約20人を集め、防災について話し合う。
「稲むらの火」は1854年の安政南海地震の際に後の初代県議会議長、浜口梧陵が稲むらに火を放ち、村人を高台に誘導して津波から救ったという実話。参加者は、浜口が中心となって造った堤防を見学し、高校生による稲むらの火の創作劇を鑑賞。最終日は、防災への決意を「わかやま宣言」として採択する。(日本経済新聞 2006.4.3)

アッラーと日本の奇跡  扉が開く。ちょっと魚臭い冷気がサーと噴き出し、目の前が真っ白に。ジャカルタ市内の漁港の大型冷凍庫。外気は30度を超すが庫内はマイナス40度。ここに今、マグロの代わりに書類の山が冷凍されている。
2004年12月、大津波に襲われたインドネシアのアチェで泥水をあびた住民土地台帳などだ。6000冊余のファイル、約60万枚、計13トン。被災直後、地元関係者が必死でかき集めた。
「これを乾かして読めるようにするには超低温で凍らせて劣化を食い止め、真空凍結乾燥するのがいい。でも、資材もノウハウもなく、自然乾燥に頼るだけでした」と坂本勇さん(58)。修復の技術指導をしている日本政府派遣の専門家だ。アチェ入りは被災後2カ月がたっていた。
高温多湿の地。雑菌が発生し腐食が進む。とりあえず目立つ汚れを水で落としエタノールで消毒するなど応急処置をし、首都へ。
「失えば住民間の土地紛争になりかねない行政文書だから、当局は空輸に軍用機を出し、他に適当な冷凍施設がないからマグロ冷凍庫をあけさせたんです」
そこから文書の束を少しずつ搬出し、特設した真空凍結乾燥機で1週間ほどかけて乾かす。それを現地スタッフ16人がヘラや刷毛(はけ)で一枚一枚ていねいに汚れを取り除いていく。
音楽が流れるラジカセを脇に、根気がいる作業も軌道に乗って半年になる。次々に「使える文書」に修復され、すでに一部をアチェに戻すことができた。
「アッラーと日本による奇跡だ」。半信半疑で視察に来たタウフィク国務相は仕上がりに驚いていた。
人命救助の次は文書救済
「日本の、古美術の修復技術は一流。特に書画や襖(ふすま)絵など紙製分野で定評がある。その技法や、薄くて丈夫で洋紙にもなじむ和紙は修復材として欧米でも採用されています」。フィリップ・メレディスさんはいう。オランダ国立民族学博物館の東洋美術修復家だ。
◆伝統より実務
一品一品を芸術的なレベルにまで仕上げる職人技が日本の伝統。ただ、その技も大水害時のように、一度に大量の文書類などを短期間で「実用レベル」に修復するケースには必ずしも向いていない。
イタリア中部のフィレンツェで40年前の66年、大洪水で図書館や文書館も被災し、ルネサンス期の膨大な資料が水浸しに。世界中から修復家が駆けつけた。
「何を残し、どう修復保存するか。科学的知識と技術を持った新世代の修復家の出現が期待されるきっかけになった」と、アチェ土地台帳の修復指導をしている坂本勇さんはいう。フィレンツェ後、デンマークに創設された王立修復保存学院へ80年代に留学した。
災害などでは、住民の財産や権利にかかわる役所の行政文書も打撃を受ける。「使える」よう修復するには、職人技より実務的な知識と技術が求められる。日本でも、こうした発想で新世代の修復家養成が始まったのは最近のことだ。
◆取捨選択の目
災害時には人命救助優先は当然だが、同時に文書類を保全し救済する専門家集団の出動も重要だ。
肝心なのは現場に入るタイミング。48時間以内が望ましいし、水につかった紙資料の保全は早いほどいい。だが、混乱する現場ではそうもいかない。
阪神大震災でも文書救済のボランティアをした坂本さんは「被災状況にもよるが、現場は2、3週間でライフラインが確保されるなど復旧への動きが加速し、1カ月ぐらいするとモノを捨て始める。腐敗が進むからだ。この前に現場に入るのがいい。何を捨て、何を残すか。修復の可否は? それを取捨選択する専門家の目が必要」という。
しかし、災害のような緊急時であれ、役所の行政文書には守秘義務がある。
「アチェ文書でも、当局側は一般人には触れさせたくないし、学者や研究者が入って保全より文書内容に関心を持たれるのも困る。そのくらいなら破棄した方がまし、というくらい警戒していた」という。
こうした分野でも日本の国際貢献が期待されており、実務型の修復家のニーズが高まっている。
◆真空凍結乾燥法とは
水は4mmHg以下の低圧下だと固体(氷)か気体(水蒸気)にしかならない。ドライアイスを熱湯につけても液体ではなく気体になるようなものだ。
この性質を利用したのが真空凍結乾燥法。もとは熱に弱い血液成分などの医薬品の製造や食品加工用に開発された技術で、インスタントのラーメンやミソ汁の製造にも利用されている。
この技術が最初に文化財の修復保存に使われたのは、50年ほど前、デンマークで海底から引き揚げたバイキング時代の木造船だったという。日本では出土した木簡の保存に利用した。水害文書にも使うようになったのはごく最近だ。
増田勝彦昭和女子大教授(文化財保存)によると、紙を乾燥させ過ぎて完全に水気を抜いてしまうとパラパラに破損する。乾燥具合の見極めが大事だ。(朝日新聞 2006.4.12)

報告会:アジアとの交流紹介−−あす午後、奈良まちづくりセンター  奈良まちづくりセンターは、報告会「市民によるアジア歴史遺産都市交流〜奈良からペナン・チェンマイ・アチェへ」を、4月16日午後1時半、奈良市元興寺町の「ならまち格子の家」で開く。
報告会では、タイ・チェンマイ、マレーシア・ペナンとのまちづくり交流を紹介し、インド洋大津波の被害を受けたインドネシアのアチェの復興についても報告。参加者との意見交換もある。資料代300円。問い合わせは同センター。(毎日新聞 2006.4.15)

マングローブで津波を防げ スマトラで佐賀大が研究  2004年のインドネシア・スマトラ沖地震による津波で甚大な被害が出た被災地で、荒廃したマングローブ林を再生し、今後の津波対策や農林水産業に活用する研究を、佐賀大などのグループが6月から始める。
マングローブは熱帯・亜熱帯の泥湿地の植物群。津波被害を調査した日本の調査団は「高い防潮・防災効果が確認できた」としているが、インドネシアでは1980年代に各地で水田やエビの養殖池にするため伐採された後、多くが放置されているという。
研究を始めるのは佐賀大農学部の野瀬昭博教授(熱帯作物改良学)ら。マングローブ林再生の研究を続けるインドネシアのスリビジャヤ大と協力して実施する。
計画では、台風などの自然災害が比較的起こりにくいスマトラ島南部のムシ川下流域で、原生林の特性や土壌成分を調査したり、植林したマングローブの成長を観察して苗の育成法などを研究する。(京都新聞 2006.5.4)

スマトラ沖地震の被災生徒ら招き 11月1、2日に 防災フォーラム 県内の参加者募集  スマトラ沖地震で被災したアジア各国の中学生や高校生らを県内に招いて開く「アジア防災教育子どもフォーラム」の開催日が11月1、2日に決まった。県教委によると、子どもたちの話し合いに参加する生徒は県内の中高生から選ぶ。5月下旬には学校を通じて希望者を募る方針で「紀南地方など大きな津波被害が想定される地域からの応募を期待したい」と話している。
フォーラムの実行委員会(会長=小関洋治県教育長)が16日に発足し事業の概要を決めた。
事務局の県教委によると、安政南海地震(1854年)の津波から広川町を救った浜口梧陵を題材にした物語「稲むらの火」を世界的な防災教材として普及させることや、将来の地域防災を担う子どもたちを育てることが目的。
フォーラムは両日とも和歌山市内である。子どもたちが意見を交換する「アジア子ども防災サミット」などを開き、地域防災の担い手として果たす役割などを盛り込んだ「わかやま宣言」を発表する。
海外からの参加はインドやインドネシア、スリランカなど7カ国を予定。国内は県内の中高生から希望者を募り、6月中には5〜10人選ぶ。その後、県内の生徒たちには神戸市やスマトラ沖地震の被災国を訪問するなどして事前に学習してもらうという。
また、フォーラムの一環として浜口梧陵の絵本も作製。日本語版と英語版を計6000部作り、国内外に配布するほか販売もする。(紀伊民報 2006.5.18)

脱脂粉乳の援助役立たず?  農相案に疑問の声噴出  北海道などで生産過剰に陥った生乳を、栄養不足や飢餓に苦しむ国向けの緊急援助に充てるという中川昭一農相の提案に、援助団体関係者から疑問の声が噴出している。
農水省は生乳を加工した脱脂粉乳を送る方針だが、粉乳を溶かすには清潔な水の確保が不可欠で、被援助国ではそうした水の確保が難しいからだ。
農水省は2004年のスマトラ沖地震の際も脱脂粉乳の援助を検討したが、インドネシアなど各国政府から「水の確保が難しい」と断られており、職員の間には「北海道出身大臣の地元向けアピールだったのでは」と冷めた見方も。(北海道新聞 2006.5.24)

届いた 職員の善意 気仙沼郵便局 インドネシアに衣類寄贈お礼状や写真31日まで展示  気仙沼市八日町の気仙沼郵便局(山田敏雄局長)の職員が集めた衣類を受け取ったインドネシアの児童養護施設からお礼状、写真が届き、「ボランティア活動展」として、同局一階ロビーに展示されている。5月31日まで。
2004年12月のスマトラ沖地震で大きな被害を受けたインドネシア・スマトラ島アチェ州の災害被災者に役立ててほしいと、昨年11月と今年3月、同郵便局は職員有志から募った使用しないTシャツなど計60着を、スマトラ島にあるメダン日本国総領事館の石井裕副領事に送った。
このうち、3月に集めた衣類は、同総領事館を通じスマトラ島のメダン市内にある同スンガイ・アイル・ヒドゥップ児童養護施設に届けられた。気仙沼郵便局には「日本の支援者の温かい愛情は、子供たちを幸せでうれしい気持ちにしてくれます」とのお礼状と、Tシャツを広げて喜ぶ子供たちの写真3枚が送られてきた。
展示コーナーではお礼状と写真の実物と、海外に郵便物などを送るのに便利なEMS(国際スピード郵便)を紹介するチラシも掲示している。
児童養護施設には40人の子供たちがいるが、送ったTシャツはほとんど大人サイズだった。このため、郵便局では今度は、子供用衣類を職員から集めて送る考え。市民で協力したい人も募っている。問い合わせは同局郵便課へ。(三陸河北新報社 2006.5.25)

じゃんじゃん横丁祭り:歩行者天国で踊りやクイズ  和歌山市島崎町3の商店街・じゃんじゃん横丁で5月28日、地元商店会主催の「じゃんじゃん横丁祭り」が開かれた。歩行者天国にした商店街には、さまざまな店や屋外ステージが設けられ、多くの市民らでにぎわった。
商店街を多くの人に知ってもらい、活性化させようと99年から実施。年3回開き、今回で21回目。今回は「親子で楽しんでもらおう」をテーマに、フルーツ味のアイスクリームの味当てクイズなども催された。中心となって祭りを企画する廣長盛雄さんは「手作りの祭り。長く続けていくことが大切だ」と話した。
会場では、主にインドネシア・アチェ州で、04年12月に発生したスマトラ沖大地震の津波被害の救援活動をしている「良心、市民の会」(京都市)の写真展も開催。地震で離れ離れになった子どもの親を探す活動や、就学支援の様子を紹介した。同国では、27日にジャワ島で起きた地震でも大きな被害が出ている。
同会和歌山支部長の向井清さんは「この横丁を拠点に、皆さんが地震・津波被害を忘れないよう活動をアピールしていきたい」と話している。(毎日新聞 2006.5.29)

人身売買根絶に政府本腰 タイやインドネシアに調査団  政府は、海外からダンサーなどの名目で来日した女性が売春を強要されるなどの人身売買を根絶するため、対策を本格化させている。国内で最も被害者が多いタイとは政府間で局長級が協議する「日・タイ共同タスクフォース」を発足させ、捜査や被害者保護を強化する。被害が急増しているインドネシアにも初めて政府の調査団を派遣し、対策に着手した。
日本は04年、人身売買防止の取り組みが不十分だとして「監視対象国リスト」に挙げられたが、人身売買罪の新設や在留資格審査の厳格化などに取り組み、05年に監視対象国から外れた。米国務省が5日発表した年次報告書は日本政府の対応を評価し、関与者への厳罰化などを有用とした。
(中略)
一方、05年は被害者117人中インドネシア人が44人と最多。政府は5月にインドネシアにも調査団を派遣し、初めて政府関係者と意見交換したほか、被害者の女性たちから事情を聴取した。
新設された人身売買罪が適用された3件の被害者はすべてインドネシア人の女性。そのうちの1人は04年のスマトラ沖地震の津波被害で夫を亡くし、収入を得るため新聞の求人広告をみて来日し、高額な借金を負わされて売春を強要されたという。外務省関係者は「今回のインドネシア中部ジャワ島地震で同様の被害者が出る可能性がある」と警戒を強めている。(朝日新聞 2006.6.7)

スマトラ地震で報道写真展  2004年末のスマトラ沖地震による大津波の被災地を国内の報道各社のカメラマンが撮影した写真展が5月20日、横浜市の日本新聞博物館で始まった。10月1日まで。
会場には共同通信社など新聞社、通信社7社のカメラマンがインドネシアやタイなどで取材した写真186点を展示。両親を失い悲しみに暮れる子どもたちの姿など津波被害のつめ跡を生々しく伝える写真が並んだ。
ライバル同士の各社が同じテーマで連携して開く写真展は異例。博物館の担当者は「発生から約1年半が過ぎ、紙面だけで被害を伝えるのは限界がある。風化させたくないという思いで実現した」と話す。(神戸新聞 2006.6.20)

日本と各国の災害遺児らがキャンプで交流 南あわじ  災害、戦争、エイズなど、さまざまな理由で親を亡くした海外の子どもたちが参加しているキャンプ=南あわじ市阿万塩屋町、国立淡路青少年交流の家  災害や戦争などで親を失った世界16カ国の子どもたち98人が来日し、8月13日まで、南あわじ市など国内3カ所で日本の災害遺児らとキャンプを楽しんでいる。阪神・淡路大震災の遺児らを支援している民間団体「あしなが育英会」(東京)の主催。言葉の壁を越えて互いの体験を分かち合い、海外の遺児は「前に進む勇気が生まれた」と笑顔を見せている。
同育英会は、2000年から国内外の遺児の交流会を開いており、今回は7回目。今年5月のインドネシア・ジャワ島中部地震や一昨年のスマトラ沖地震、空爆で多くの子どもが親を亡くしたアフガニスタンなどから、8−19歳の遺児が参加している。
海外の遺児は今月1日に来日。東京などに滞在後、10日から3泊4日のキャンプがあり、南あわじ市の会場には海外8カ国の38人と、日本の高校・大学生約270人が参加。10日午後、淡路島に入った海外の遺児は、明石海峡大橋の壮大さに感激した様子だったという。
11日はゲームなどで交流し、日本語の歌を流ちょうに歌えるようになった海外遺児の姿も。
スマトラ沖地震による津波で、両親や兄姉ら家族9人を亡くしたインドネシアの女子高校生ミキアル・マウリタさん(15)は「自分より年下の子が親を失い、頑張っている姿を見て勇気をもらった。将来は学校の先生になって災害に苦しんでいる子どもたちを助けたい」とほほ笑んだ。(神戸新聞 2006.8.12)

AMDA「総合」に昇格、国連理事会での協議資格  被災地の緊急医療支援などを行うNGO「AMDA(アムダ)」(本部・岡山市)は8月18日、記者会見し、国連経済社会理事会(ECOSOC)での協議資格が、これまでの「特殊」から政策提言などができる「総合」に昇格することが先月、同理事会で承認されたと発表した。これを受け、より専門的な事業を展開するため、発展途上国の社会開発事業などを行う新たなNPO法人「AMDA社会開発機構(仮称)」の設立などを計画していることを明らかにした。
「総合」の資格を持つNGOは国内で4番目、医療系では初めて。AMDAは昨年6月、同理事会に昇格を申請、先月21日に承認された。インドネシア・スマトラ島沖地震・津波での救援活動など、1984年の設立以来、長期間に渡り、医療や教育、開発事業など多くの分野で国際貢献していることなどが評価されたという。
記者会見でAMDAの菅波茂理事長(59)は、「どこでどんな支援が必要なのか政策的な提言を行うことで、国際社会に対する使命と責任を負う。他のNGOとの連携をさらに深め、市民社会の声を国連に届けていきたい」と抱負を述べた。新たなNPO法人は、グループ組織を再編成し、今年度中の設立を目指す。
同理事会は、協議資格について、世界各国の約2700団体を「ロスター(参加)」「特殊」「総合」の3段階に分類。AMDAは95年6月に「特殊」を取得し、「総合」協議資格の承認は、137団体目という。(読売新聞 2006.8.19)

国際地震津波フォーラム、前米大統領クリントン氏招へいへ  アジア防災センター(神戸市中央区)は8月23日、「国際地震・津波フォーラム」(仮称)を来年1月15、16日の2日間、神戸市中央区の神戸国際会議場で開催する、と発表した。2004年のスマトラ沖地震で津波に遭った被災国などが参加し、同じ被害に遭わないための「よりよい復興」を考える。国連の津波特使であるクリントン前米大統領を招へいする。
昨年1月に神戸市で開かれた国連防災世界会議の成果を受けたもので、日本政府や県、アジア防災センター、国際防災復興協力機構(IRP)、国連国際防災戦略(ISDR)などの主催。
防災における課題解決に向けて、各国の協力を推進する狙い。アジア各国政府の防災担当者や専門家らが出席する。
一日目は、津波や地震で被災したスリランカ、ベトナム、インドネシア、インド、パキスタンなどの防災関係者らが現在までの復興状況を報告。復興の進み具合を数値で表してモニターする方法などを考える。
二日目は、一般の人も参加できるフォーラムを開く。被災各国を視察し、国際支援の継続を訴えてきたクリントン氏の講演のほか、専門家や政府関係者のパネルディスカッションがある。(神戸新聞 2006.8.24)

スマトラ津波禍、生き抜く人々活写 亀岡のNPO法人が写真展  独立紛争が続く中、一昨年のスマトラ沖地震の大津波で大きな被害を受けたインドネシア北部アチェ州の人々をとらえた写真展が、京都府亀岡市安町の市役所市民ホールで開かれており、困難な状況下を生き抜く子どもらの姿に、市民らが熱心に見入っている。
同展は、同市のNPO法人(特定非営利活動法人)「NPO亀岡人権交流センター」(杜恵美子理事長)が主催。会場では、フォトジャーナリストの後藤勝さんが、独立紛争下と地震発生後に現地入りし、撮影したものや、被災した子どもたちが家族らを写した60点余を紹介。インドネシア軍との独立紛争下でやけどを負った少女や、津波で倒壊した建物のそばに立ちつくす男性の姿など、当時の惨状を今に伝えている。
杜理事長(53)は「肉親や生活の場を失いながらも、悲しみから抜け出そうとする人々の姿を多くの人に見てほしい」と話している。9月8日まで。無料。(京都新聞 2006.9.5)

津波防災で国際支援 陸前高田市職員の吉田拓也さん インドネシアのバンダアチェに派遣  2年前にスマトラ沖で発生した大地震と大津波の被災地、インドネシア北部のバンダアチェ市に、陸前高田市職員の吉田拓也さん(38)が復興支援事業の一環で派遣され、このほど帰国した。現地では、津波避難訓練プログラムに協力。小学生などを対象とした防災教育でアドバイスを行い、津波防災の“先進地”陸前高田のノウハウを国際支援に生かした。
吉田さんは、市総務課防災対策室に勤務。今回、(財)日本国際協力システムが実施しているプロジェクト「バンダアチェ市ウレレ地区モデルエリア開発事業」(受注者・日本工営(株))への復興支援事業協力者として、9月16日から23日まで1週間、アチェ市に派遣された。
現地では、支援のうち、陸前高田市で行われている防災対策をはじめ、防災教育などのソフト面の事業となる津波避難訓練プログラムの実施への協力を行った。
このプログラムの主な内容は「小学生を対象とした防災教育」「小学校の教師を対象にした防災能力向上訓練(ワークショップ形式)」「地域住民を対象とした避難訓練」。アチェ市では津波被害から丸2年となる12月26日に避難訓練の実施を計画している。
これに向けて、アチェ市でどのような防災体制が必要なのかを考察する材料とするため、吉田さんに「陸前高田市における津波防災」と題して発表することが要請された。
ワークショップでは、陸前高田のこれまでの津波被害、防潮堤、防災行政無線などのハード整備、自主防災の取り組み、津波避難訓練の実施について発表。これに併せて避難訓練の実施方法などについて政府関係者らと話し合った。
また、小学校の避難訓練では「避難する場所が一カ所に集中しないように」「避難経路の安全性を考えて」などとアドバイス。
子どもたちの中には、当時のことを思い出して泣き出したり、真剣味に欠ける状況も見られ、地区によって住民の危機意識に温度差もあったという。
「現地はまだ復興が主で、これから対策を始めようとしている段階。いかにして小中学生から住民まで(避難訓練を)やる気にさせるかが課題。都市型災書では車の対応についてのシミレーションも考えるべき」と吉田さん。
今回の経験については「津波避難のあり方を改めて感じさせちれた。アチェ市では地震発生後、津波が2〜3分で来ている。警報を出す仕組みや、情報を聴く前にすぐ逃げることを痛感した」と振り返る。
中里長門市長は「市職員を派遣したことで、本市が取り組んでいる津波防災の面で国際貢献できたと思う。現地に行って情報を把握してきたことを今後の市の対策に役立ててほしい」と話している。(東海新報 2006.10.15)

インドネシア大統領迎え宮中晩さん会  国賓として来日したインドネシアのユドヨノ大統領夫妻を迎えての天皇、皇后両陛下主催の宮中晩さん会が11月27日夜、皇居・宮殿の「豊明殿」で開かれた。
天皇陛下は同国に大きな被害をもたらしたスマトラ沖地震やジャワ島中部での地震、阪神大震災など日本の自然災害に触れ、「世界の人々が自然災害の恐ろしさを認識し、防災について国境を越えた協力がなされることが極めて大切なことと思います」とあいさつされた。(日経新聞 2006.11.27)

島根の学生ボランティアが社会貢献者表彰受賞  新潟中越地震の被災者支援を目的に2004年に発足した「島根学生災害ボランティアネットワーク」が、東京の財団が主催する「社会貢献者表彰」の「21世紀若者賞」を受賞した。学生らの継続的なボランティア活動が評価された。メンバーは「活動が評価されてうれしい」と話している。
同ネットワークは、島根大と島根県立大の学生らが中心になって設立し、新潟中越地震のほか、スマトラ沖地震や今年7月の豪雨災害時も支援活動を行った。
同賞は、社会貢献支援財団(東京都港区)が各分野の個人や団体を表彰している。若者を対象にした「21世紀若者賞」には同ネットワークを含め5件が選ばれ、20日に東京で授賞式があった。
28日に松江市役所で、同ネットワークの島根県立大代表の杉谷琢也さん(20)、島根大代表の井上喬司さん(22)が松浦正敬市長に受賞を報告。杉谷さんは「ボランティアを通して他の団体や地元住民と深い交流ができ、貴重な経験になった」と振り返り、松浦市長は「経験を将来に生かしてほしい」と話した。(山陰中央新報 2006.11.29)

大学院生が「防災」授業 神戸・渚中  阪神・淡路大震災から間もなく12年。被災経験のない子どもが増える中、次世代に震災の教訓を伝えようと12月8日、神戸市中央区の渚中学校で、海外の被災地で防災教育に携わる大学院生が経験を語る特別授業があった。1年生約70人が参加した。
人と防災未来センターが毎年1月に開く「災害メモリアルKobe」事業の一環。この日はスマトラ沖地震で津波被害を受けたインドネシアなどで防災教育をしている早稲田大大学院修士課程2年、塚沢幸子さん(23)が講師を務めた。
塚沢さんはスクリーンを使い、津波の被災地域の写真や、津波で母と姉、2人の妹が行方不明になったインドネシアの少年の体験談などを紹介。少年が「津波の知識があれば被害も減らせたのに」と後悔していたことに触れ、「今地震が起きたらどんな行動ができるか、いつも考えておいてほしい」と呼び掛けた。
震災当時はまだ1歳だったという鈴木貴久君(13)は「倒れてくる家具から母が僕を守ってくれたと聞いた。まだ地震が起きる可能性は高いし、しっかり勉強して正しい行動がとれるようにしたい」と話していた。(神戸新聞 2006.12.8)

スマトラ沖地震から2年 名大環境学研究科助手ら津波の脅威、絵画に  12月26日で発生から2年となるスマトラ沖地震津波の被災体験を絵画で再現する試みに、名古屋大環境学研究科の林能成助手(38)らが取り組み始めた。林助手らは1945年に起きた愛知県・三河地震の被災者から聞き取った話を絵画で残す作業を進めており、その手法を応用した。視覚に訴える資料にすることで津波被害の実態を知り、教訓を探る。
同研究科は最も被害が大きかったインドネシア・バンダアチェなどに、繰り返し調査団を派遣。11月下旬から12月上旬にかけて派遣した第4次の調査団に、日本画家で愛知県立芸術大非常勤講師の藤田哲也さん(28)が同行し、聞き取りに加わった。
林助手は藤田さんらの協力で三河地震の体験を絵画にしている。戦時中で、写真などの記録がほとんど残っていないことから、考え出した。既に120枚が完成し防災のイベントで公開。「被災の状況がイメージしやすい」と好評という。
林助手は「スマトラ津波はさまざまな映像が残っているが、多くは海岸線から数キロ内陸に入った場所で、威力がかなり衰えている。海岸線付近の流速や波高は、映像以上と予想され、絵画に記録することが必要だと考えた」と話す。
今回の調査では、同研究科と協定を結んでいる現地のシャクアラ大の学生の協力で、海岸線地帯を中心に22人にインタビューした。バンダアチェ近郊の村で話を聞いたイスラム教寄宿舎学校の教諭サムスリさん(26)は、高さ10メートルの黒い水の壁が校庭に避難していた生徒たちを襲った状況を証言。約2キロ流されたが、奇跡的に助かった。学校の300人のうち、生存者は15人だけだったという。
「津波の脅威を文字や言葉だけで伝えるのは難しい。現地の被災者も互いの状況を理解し合うことができる」と林助手は話す。これまでに3枚が完成。全16枚を作り、日本語やアチェ語でまとめたインタビューと合わせて冊子にする。(中日新聞 2006.12.25)

阪神大震災の教訓インドネシアへ、商店主らが防災絵本  巨大津波から2年。現地では今も防災教育がほとんど普及していないといい、店主らは「震災の教訓を世界に伝えていきたい」と願う。
震災で店舗の7割が全半壊した大日六丁目商店街の店主ら。絵本は昨年8月、買い物客らへのアンケートをもとに、「近所同士のきずなを大切にする」「水や食料をすぐ持ち出せるよう用意しておく」など震災時に必要と感じたことなどをまとめた。
この絵本は自治体の防災担当者らから、「被災者の生の声が参考になる」と申し込みが相次ぎ、予定の倍の2000冊を作製。今年3月には英語版も作った。
絵本を読んだ神戸大のインドネシア人留学生が「母国の子どもたちに見せたい」と提案。留学生のヨン・アルサルさん(34)らが「震災の教訓を積極的に学びたい」と翻訳を手伝うことになった。A5判、50〜60ページの予定で、来年2月に被害が大きかったスマトラ島北部のバンダアチェ周辺の小学校に1000冊送り、教科書として使ってもらう。津波被害用に「自宅周辺の高い場所を確認しよう」などの項目も加える。
同商店街の城戸秀則会長(53)は「留学生から学校の再建さえままならないという現状を聞き、ショックを受けた。草の根の活動が子どもたちの命を守るのに役立てば」と話している。(読売新聞 2006.12.30)

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スマトラ沖地震・津波 災害対応過程研究会 (JRT-DMS)