2004年スマトラ沖地震・津波 関連情報

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緊急支援から復興へ

――地域研究の立場から――

2005.2.22公開


■このページの構成

はじめに

1.バンダアチェ周辺

2.西南海岸

3.北海岸


はじめに


アチェでは2005年2月15日に公務員の職場復帰や避難民の仮設住宅への移転が開始され、外部社会による緊急支援の段階から住民が積極的に参加する復興の段階に移行しつつあるように見える。復興期を迎えるにあたってどのようなことを考えるべきか、地域研究の立場から検討したい。

アチェは、バンダアチェ周辺、西南海岸、北海岸、内陸部の3つの地域に大きく分けて捉えることができる。今回の地震津波被災でも、後述するように、これらの地域のうちバンダアチェ周辺、西南海岸、北海岸の3つの地域がそれぞれ異なる被災および救援・復興の道をたどっている。以下では、バンダアチェおよびその周辺での現地調査(2005年2月)の結果と、西南海岸および北海岸についての一般報道情報や関係者への聞き取りなどをもとに、緊急支援から復興への移行の段階における地域ごとの特徴を整理した。


1.バンダアチェ周辺


バンダアチェはアチェの州都で行政の中心地。古くから外部世界への玄関口として機能し、海岸部に人口が密集している。バンダアチェを取り囲む形で大アチェ県が広がっている。

バンダアチェ周辺は、被災の状況から、(1)津波によって壊滅した地区、(2)建物が一部倒壊し、津波によって運ばれた瓦礫やゴミ、泥が押し寄せた地区、(3)津波による直接被害を免れた地区、の3つに分けられる。

海岸部(エビ・魚の養殖池、住宅地など)から町の中心部(官庁街、商業地区、文教地区)までの部分が直接の被害を受け、人的被害はアチェ内で最大となった。また、行政機能も大きなダメージを受けた。

他方、バンダアチェの一部と内陸部の大アチェ県には津波の被害を直接受けていない地域が広がっている(バンダアチェのイスカンダル・ムダ空港もここに位置する)。この地域が人々の避難先となり、また、救援活動の拠点となっている。

これまで紛争を理由に行われていた外国人のアチェ入域制限が解除され、外国の軍やNGO団体・個人、インドネシア国内の諸組織などアチェの外部社会の団体・個人がアチェに入った。これらの多くはバンダアチェに拠点を置き、相互に連携しながら集中的かつ体系的な救援・復興活動を行っている。

被害は甚大だが、バンダアチェは州行政をはじめとする救援・復興活動の拠点となっており、今後もその役割を担い続けると考えられる。バンダアチェ周辺への支援体制は十分に確保されていると言えるが、以下のような問題が指摘できる。

・アチェ住民が積極的な主体となる復興活動が軌道に乗るまで、人員や物資の補給による継続的支援活動が行えるか。また、各国軍の撤退を含めて、外部社会の支援を中心とする救援活動からアチェ住民の積極的参加による復興活動にどのように切り替えていくか。
・住居を失った避難民に対し、避難キャンプのテント生活から木造の仮設住宅への移転が進められている。仮設住宅での生活が長期化することが予想される状況で、特にコミュニティの再建や生業の確保などとの関連で仮設住宅の設置場所や入居形態などをどのように考えるか。
・土地の再開発をどのように進めるか。海岸部の緑化地帯構想は意義があると思われるが、他方で、土地所有者の権利関係をめぐる紛争の発生や、漁民のように生業から沿岸部での居住を求める住民による反発が懸念される。


2.西南海岸


西アチェ県ムラボを中心とするアチェジャヤ県、西アチェ県、ナガンラヤ県、西南アチェ県の4県。アチェ全体から見ると人口過疎地帯。主な産業は米作と木材伐採。

震源に最も近く、長距離にわたって沿岸部が被害を受けた。数少ない住民と行政・商業施設がほとんど沿岸部に集中していたため、大きな被害を受けた

西南海岸とその他の地区を結ぶ主要な陸路はいずれも沿岸部にあり、道路・橋ともに津波によって大きな被害を受けた。このため、被害状況の把握や救援物資の輸送・分配などに障害が生じ、現在に至っている。

被災直後、日本からはピースウィンズ・ジャパン(PWJ)や日本赤十字などの支援団体が入って緊急支援活動を行った。赤十字のように活動内容が地元で十分に認知されているのでない限り、支援団体が少数である場合、カウンターパートとなる地元NGOが限定されるために特定の勢力との結びつきが警戒されることや、治安当局と一対一で交渉しなければならないことなどが支援活動において障害となりうる。その後、多くの支援団体が入り、バンダアチェと同様にコンソーシアム(連携)型の支援活動が行われるようになった。

被害が甚大で広範囲にわたっている。救援・復興に当たってはまず物理的経路の確保が課題。


3.北海岸


ピディ県、ビルン県、北アチェ県、ロスマウェ市の3県1市。主な産業は、米作、農園(カカオ、ガンビル、アブラヤシなど)、漁業、およびロクスマウェ市周辺の天然ガスとその関連産業。

アチェと域外を結ぶ陸上交通の要衝。バンダアチェと北スマトラ州メダンを結ぶ幹線道路が北海岸を通り、さらにビルン県ビルンからは内陸部を経て西南海岸に至る陸路が通っている。

歴史的に、アチェにおける政治変動の契機が発生してきた地域。アチェ戦争、インドネシア独立戦争、ダルル・イスラム運動、自由アチェ運動など。アチェの行政の中心はバンダアチェであり、バンダアチェが十分に機能している限りは大きな問題は生じない。しかし、バンダアチェで社会変化が生じると、そのしわ寄せが及んで北海岸で社会矛盾が大きくなり、バンダアチェを変えることで問題解決を求める動きが北海岸で生まれる。それが北海岸からバンダアチェに波及し、時にアチェ全域に大きな変化をもたらしてきた。

地震・津波の被害は、バンダアチェ周辺や西南海岸に比べると軽微。被災地の多くは漁村。

主に西南海岸など域外からの避難民が多く集まっている。

地震・津波による被害が軽微であると評価された結果、インドネシア民主化支援ネットワーク(ニンジャ)など一部のNGOや個人が支援活動を行っているが、それらを除けば外国軍や国際機関・NGOはほとんど入っておらず、体系的・網羅的な支援活動はなされていないと言える。

救援・復興における活動の担い手が地方当局にほぼ限定され、住民の間に地方当局に対する不満が大きくなりつつある様子が一般報道などからうかがえる。

北海岸各地の地方当局は、地震・津波の直接被害を免れており、同地における救援・復興活動の中心的な担い手となる潜在的な能力は十分にあると思われる。また、北海岸はメダンとバンダアチェを結ぶ陸上交通の要衝にあり、人員や物資がそれほど不足しているわけではない。しかし、避難民の多くが域外から来ていることもあって、北海岸の地方当局には救援・復興活動を積極的かつ健全に行うための動機付けや知識に欠けるところがある。北海岸で十分な支援活動がなされていないとしたら、ここに大きな原因があるように思われる。

・バンダアチェに対するのと同程度の大量の物資や人員を投入する必要はないが、地方当局が救援・復興活動を進める上で必要となる支援を行うことが必要であり、それには十分に意義があると思われる。
・また、北海岸に外部勢力が多数存在することは、地方当局などによる救援・復興活動の健全性や効率を高める役割を果たすことができると思われる。
・さらに、個別NGOや個人による活動だけでは、西海岸の事例のように、現地カウンターパートが限定されるために特定勢力との結びつきが警戒されてしまったり、治安当局と一対一で交渉せざるを得なくなったりすることが懸念される。複数勢力が入ってコンソーシアム型の救援・復興活動を行うことは、このような障害を防ぐ上でも有効であると思われる。

北海岸では津波・地震による直接的な被害は軽微だが、外部勢力のプレゼンスは救援・復興活動を健全に進めるうえで大きな役割を果たすと考えられる。北海岸での外部勢力のプレゼンスを高めることは、これまで紛争を理由に外国人のアチェ入域が長く制限されてきたことを考えれば、長期的に見たときにアチェ紛争を含むアチェ問題の解決につながりうる大きな機会であると考えられる。

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スマトラ沖地震・津波 災害対応過程研究会 (JRT-DMS)