きずな
2000年
                             

 ※「きずな」は東京教会の広報誌です。詳しい内容をお知りになりたい方は、
   電話メールなどで教会までお問合わせください。

351号 2000.12.24
350号 2000.11.26
349号 2000.10.22
348号 2000.09.24
346号 2000.08.27

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きずな 第351号2000年12月24日 発行より

 クリスマス     ―主イエスを王として迎える時―                  内 海  望
 私たちは待降節(アドベント)の最初の日曜日に、イエスさまのエルサレム入城の箇所を日課として読みます。イエスさまを王として人々が迎える場面です。群衆は自分たちの服を道に敷き、前に行く者も後に従う者も「主の名によって来られる方、王に祝福あれ」と声高らかに讃美したと書かれています。つまり、この方に信頼し、従う、ということを宣言したわけです。
 ところが、そのイエスさまが「飼い葉桶に寝かされ」、人々に仕えるために最も低い道を歩む方であると知った時、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び出したのです。自分が信頼し、従う方を捨てたのです。
 実は、これが人間の実態ではないでしょうか。私たちもクリスマスに、主であり、王であるイエスさまをお迎えしようとしています。ところが、ルターが指摘するように、私たちは「マモンという神、すなわち金と財に全心をおいている。それを持つ者は、それでわが身は安泰なりと心得、なるでパラダイスの真中にいるかのように物に動じない。反対に持たない者は,思い惑い、気落ちして、神のことなど考えない」のです。
 クリスマスは「こころが徹頭徹尾それに信頼を寄せる方」をお迎えする時です。これを「主権の交代の時」と呼んだ人がいます。その通りです。クリスマスを心から迎える者は神さまにすべてを委ね、従います。もはや世間の価値によって一喜一憂することはありません。そして、飼い葉桶に生まれ、私たちを救うため、十字架への道を歩まれイエスさまは、私たちが最も深い絶望に落ちこんでも「共に歩んで下さる方」(インマヌエル)です。この方に信頼し、主としてお迎えしましょう!
  ルカが描いたクリスマス物語                        松 田 繁 雄
 クリスマスの物語は、四福音書の中で、マタイとルカの二つにしか出てこない、この事については、去年の「きずな」にも書きました。今年は、この二つの福音書に共通するクリスマスストーリーは何か、また今年(C年)のテーマ福音書であるルカ福音書は、その物語に、何を加えていったのか、を中心に見ていきます。
 マタイとルカ、二つの福音書に共通な要素は、マリアが聖霊によって身ごもり男の子を産むが、その誕生は事前に天使によって予告されており、その名はイエスと決められている、マリアの夫であるヨセフはダビデの家系、ユダヤのベツレヘムに生まれた、ヨセフとマリアは婚約していた、とこれだけです。ユダヤのベツレヘムは、ダビデの町と呼ばれていますから、イエスさまがダビデの家系に生まれたということと関連した伝承でしょう。一方、聖霊によって身ごもった事と天使による誕生予告は、別系統の伝承と考えられます。イエスという名前、二人がいいなずけであったという事については、伝承というよりも広く知られていたことと考えてよいでしょう。
 さて、この共通する二つの要素についても、細かく見ると、実は微妙な違いが両福音書の間に見られます。天使からの告知を受けるのは、マタイではヨセフですが、ルカではマリアです。《生まれるまでマリアと関係することはなかった》と強調されているのは、実はマタイだけです。ルカでは、《聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる》と書かれ、正確には、聖霊によって身ごもったのではなく、身ごもった子供が聖霊に満たされ神の子となる奇跡が表現されています。ダビデの家系についての扱いも、マタイでは、系図の掲載から始めて、ダビデの家系でベツレヘム在住を強調しているのに対し、ルカでは、ローマ皇帝アウグストゥスによる住民登録(人口調査)に関わる一情報として語られているだけです。(ルカにも系図はありますが、誕生物語には含まれず、強調もされていません)聖霊によってやどり、という事と、ヨセフの家系によればダビデの子孫、という事は、単純に考えれば互いに矛盾する事です。マタイでは、聖霊によってやどった事を前提に、《天使が命じたとおり、妻を迎え入れ》たヨセフの決断により、法的にダビデの子孫になっていますが、ルカでは、人間的には、ヨセフの子、つまりダビデの子孫として生まれたイエスさまが、聖霊に包まれ、神の子として告知されていく物語として読むことができるのです。
 ルカがこの共通要素に加えていった大きな項目は、洗礼者ヨハネの誕生との関連、ローマ帝国の歴史という背景の描写、そして、マリアの賛歌、ザカリアの賛歌、羊飼いたちのエピソード、シメオンの賛歌、アンナの賛歌という一連の、メシアに対する人々の熱い期待の記録です。つまり、ルカ福音書には、イエス様の誕生を、世界の歴史という大きな流れの中の現実の存在として位置づけること、また最後の預言者と評価しても良いバプテスマのヨハネが待ち望んでいた救世主として描き出すこと、そして、当時のユダヤの人々が切望してやまなかったメシアの誕生として、この出来事を描き出すこと、この三つの目的があったのです。
 暗い闇の中、羊の番をする羊飼いたちのもとに、目もくらむような光が天から差し込んできて、救い主メシアの誕生が告げられる。この方こそ、わたしたちの主イエス・キリストである。この美しいクリスマスメッセージを、ルカが描き出したかった、すべての人が待ち望んでいた救世主として、しかし馬小屋の中に生まれたイエス様という流れの中で見ていきたいのです。
ツリーとクランツ
 クリスマスと同様に、ツリーも冬至祭にその起源を持っています。夜が長くなり、多くの植物が死に絶えたようになる中で、モミ、松、ヒイラギなどの常緑樹の緑は、古代の人々にとっていのちの象徴のように思われたのです。キリスト教の習慣として、これを正式に認めたのは七世紀始めの教皇グレゴリウス一世で、ロウソクの光やリンゴの装飾と結び付けて、今日あるような聖降誕に欠かせない装飾として位置付けたのは、十六世紀のマルチン・ルターと言うことができるでしょう。
 「アドヴェント・クランツ」もまた、ドイツを発祥の地としています。「クランツ」は、冠または環を意味しますが、この世の王、救い主としてのキリストの到来を、ロウソクの光を一つずつ増やして待ち望むという習慣と共に、守られてきた飾りです。暗闇の中に輝くロウソクの光が、神の栄光の象徴として大切にされてきたのです。
聖書アラカルトS    「ヒツジ U」
 実は、羊と小羊とを言語学的に区別するところに、聖書の世界の特徴があります。日本でも、鰤などは出世魚と呼ばれて、成長するごとにその呼び名が変わっていきます。日本という国が元来漁労を中心とした文化圏だったということが分かるのですが、同様に、羊と小羊とを区別するイスラエルの人は、もともと、羊の肉を食生活の中心に据えた、遊牧文化圏の人だと言えるのです。
 このように、生活に密着した羊は、その肉を提供することで、いのちを与えるものと受けとられるようになります。神への《焼き尽くす献げ物》にも小羊が用いられ、パウロの語る《罪を償う供え物》という表現にも、過越しの小羊が色濃く反映しているのです。
 さて、クリスマスの物語に登場する羊飼いですが、イエス様の時代に一般的な職業であったかどうかは、新約の他の部分に具体例がまるでないので、何とも言えないのです。ただ、羊飼いは王になる前のダビデの職業でした。また、イスラエルを羊の群れと見立て、神をその羊飼いと見立てる喩えは、旧約の時代から伝統的なものだったのです。


きずな 第350号2000年11月26日 発行より

 信仰によってのみ罪人となる                            内 海  望
 ルターが「信仰によってのみ義とされる」と語ったことはよく知られていますが、彼は同時に「信仰によってのみ罪人となる」とも語っています。これは、神さまを信じた時にのみ真実に自己の罪を知ることができるという意味です。
 現在の日本の社会は「罪の感覚」が非常に希薄になっています。想像も出来ないような犯罪が次々に起こっています。「どうしてこんなことが!」と人々はショックを受けますが、どのように対応してよいのかわかりません。せいぜい刑罰を重くすることを考えつくだけです。
 ルターは小教理問答書の最初に「われわれは、何ものにもまして、神を畏れ、愛し、信頼すべきです」と神さまの前に立つ人間の姿勢について述べています。「畏怖」という言葉は「恐れ」と違って「こころのふるえ」を感じさせる言葉です。神さまの前に立つとき、人間は刑法とか、世間の常識とか、他人の目ではなく絶対者の前で自分を見るのです。ここでは私たちは震え慄くほかはないのです。そこは教養とか、経験では取り繕える場所ではないのです。この時、私たちはほんものの罪人となるのです。
 この「こころのふるえ」を取り戻すことこそ現代社会で最も必要なことです。これは教えることが出来ません。教育問題ではないのです。一人一人が神さまの前に立つしかないのです。
 アドベントの季節に入ります。教会の典礼色が紫になります。これは天地の主、王である神さまの前に立つ時を示します。従って、「悔い改めの色」とも言えます。
 ルターは偽りの罪人でなく、「ほんものの罪人」になったとき、「ほんものの恵み」を知ることができると言っています。「ほんものの罪人」は、「ほんものの恵み」である主イエす・キリストによって復活のいのちを与えられ、新しく生きて行くことが出来るのです。クリスマスもまた復活の喜びの時なのです。
  礼拝に集中する                           松 田 繁 雄
 11月5日、礼拝後、わたしたちの教会で、懇談会が持たれました。懇談の課題は、「新五ヶ年計画について」。わたしたちの教会が来年(2001年)から取り組んでいこうとしている、宣教計画案の事です。
 多くのプリントが配られ、短い時間でしたが、さまざまな事が議論されました。「難しい事は分からないけれど、何を考えれば良いの?」という方のために、今回はこの欄で、その一番中心の議論、「礼拝に集中する」ということについて考えていきたいと思います。
  「老舗」から「コンビニ」へというキャッチフレーズがあります。地域に生きる教会として、せっかくお客さんが来たのに、「うちでは、そんなものは商っていないよ」とこだわるのではなく、おそらく買い手が見つかりそうな商品は少量ずつでも一通り仕入れておく、そういうあり方が、必要ではないか、という事だったと思います。「買い手が見つかりそうな」は、ニードに応えて、になるのでしょうし、「少量ずつでも」は、できる範囲で、私たちの力の及ぶ範囲で、と置き換えられるでしょう。確かに、このキャッチには歯切れの良さと分かり易さがあります。
 でも、いま置き換えをしなかった「商品」ということにこだわりだすと、ことはそう簡単ではありません。《あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい》というマタイ福音書末尾の、大宣教命令を引用するまでもなく、私たちに与えられた仕事は、福音の種をまき、できれば、その収穫にあずかる、ことでしょう。では、「商品」は福音なのでしょうか。そうである、とも言えるし、そうでないとも言えそうです。
 確かに私たちの究極的な使命は、福音を宣べ伝えること、です。しかし、人の心にしみ通り、強い影響をのこす福音は、私たちがと言うよりも、神さまが強く働いて、初めて伝える事が可能になるものです。この事も、私たちの多くは、自分自身の伝えられた体験から知っています。私たちができることは、神さまのために《道を整え》ること、あるいは、その整えるための環境作り、でしょう。役員研修会の席上で、私たちの「商品」の具体的なイメージとして、焦点が礼拝に結ばれたには、このような理由があったのです。
 「老舗」と「コンビニ」という比喩の世界から、随分離れてきましたが、専門性という点から考えると、「老舗」的こだわり以外に、職人的こだわりがあります。自分は他のことはできないけれど、この事だけでは人に負けたくない、そういうこだわりです。私たちは、福音のオーナーでも、礼拝のオーナーでもないのです。ですから、むしろ、礼拝の中で受ける福音の喜び、そこに特化して、その喜びだけは伝えたいのです。「伝えたい」という情熱を持つ、その意味での職人的なこだわり、というのは必要な要素です。
 ところで、FTPという機能があります。またまたコンピューターの話になってしまって、恐縮なのですが、自分のパソコンの中で作ったホームページをインターネットの世界へ運び、置いてあげるための手段と言えば、少しはイメージが湧くでしょうか。さて、このFTP機能は、たいていのホームページ作成ソフトに付録でついているものですから、FTP専門のソフト等というものを私はいままで使ったことがなかったのですが、この間、たまたまこの機能に特化したソフトにであい、その使い易さに一驚しました。ムリとムダを極限まで省いて、ただただ、FTPをするだけというこのソフトは、使い心地という点から、芸術品と言ってもよいできでした。
 閑話休題、私たちの与っているミッションは、こういう意味では、もともと、矛盾する二つの要素が組み合わさったものです。福音の喜び、という一点に集中している(専門性)と同時に、すべての民に、地域に根ざす教会という意味では、どれだけ多くのニードに応えられるか、どれだけ多様な取り組みができるか、も問われているのです。
 ここに「礼拝に集中する」という切り口が出てきます。この考え方は、ですから、礼拝以外は拒絶する、というかたくなな態度でも、礼拝だけですべてこと足りるという考え方でもなく、私たちの、すべての関わりを何らかの意味で礼拝へと関連付けていくという発想なのです。ちょうど、ホームページの間にリンクを張り合ってつなげていくように、教会内の交わり、あるいは地域と教会の接点に生み出される、さまざまな活動から礼拝へ、礼拝から活動へと相互につなげあえる形を作る、それが「礼拝に集中する」ということの意味です。
 この基本線を守りながら、あるいは縦の伝道を主に頭に置いた活動、あるいは礼拝に集う人を大切にする活動、あるいは平日の活動、広報、奉仕などなど、の働きが教会の働きになるのです。これらのさまざまな働きが、礼拝という一つの軸と有機的に繋がって、全体として一つとして機能していける、そのような教会像を頭に描きながら、もう一度「新五ヶ年計画」に目を通してみてください。
「心と思いを一つに」
      宗教改革主日礼拝       山 北 宣 久 牧 師  説教より     (日本基督教団聖ヶ丘教会)
 人間とは何か。それは、他人をみることができても自分を見ることができない存在である。他人に厳しく自分に甘い。「他人の振り見てわが振り直せ」というが他人は鏡である。聖書は自分の姿を写す鏡である。日課のみ言葉も私たちの姿を鏡のように映し出している。「皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい」(コリント一1・10)という。しかし、どうしても、一つになれないということで世界も、私たちも悩んでいる。教会も分裂の歴史を繰り返してきた。十人十色というが、十人一色にしてしまう危険はカルトならずとも宗教にはある。 分裂、分離、分派の問題は大きい。 日課では、兄弟たち(10)、私の兄弟たち(11)と二度も「あなたがたは兄弟ではないか」と切々と呼びかけている。近親憎悪、近いところから割れてくる。
 バッハは「近い音ほど不協和音になる」という。分裂はキリスト者を4つに分けてしまった。
 カナダの大草原に少女が迷い込んだ。少女を捜すために人々はバラバラになって捜したが見つけられなかった。そこで人々は横一列に手をつないで一歩一歩進んだ。少女は見つかったが、しかし、既に死んでいた。人々は「ああ、もっと早く手を繋いでいれば」と嘆いた。天の声である。
 「固く結び合う」は、医学用語で骨折・脱臼を治す時に用いた、「争い」は衣服のほころびを指すという。元に戻す、美しく装わせるという思いに溢れている。
 洗礼についても、パウロはみ言葉を宣べ伝え、他の同労者が洗礼を授けるというチームプレー、信頼関係でキリストにあって生かされているのである。決してパウロ、アポロ、ペテロが仲たがいしていたのではない。分裂や、争いは自己中心から生まれ、共に生きるという豊かさをなくしてしまう。
 最も高くあるべき神の子が、馬小屋から十字架に至るまで低く生きたもうた。
 十字架から復活へ、苦難から栄光へ、死から生命へと主イエスは落ちてくる人を支え、一つになれない人を救うために来た。
 今日の福音書の日課「心の貧しい人々は幸いである・・・」(マタイ5・1〜12)のみ言葉にルターは「神を信じて」の一言をかぶせて言うのがいいと言われた。
 神を信じ、神により頼みつつ心低く生きる。その時ありのままに生きられる。
 主イエスの「恵み、憐れみ、癒し」これが天国の三位一体であり「妬み、ひがみ、いやみ」これは地獄の三位一体だ。これに「りきみ、そねみ、たるみ、くさみ」が加わって七味唐辛子、七味すれっからしとなる。
 「私あっての神でなく、神あっての私」へと自己の座標軸をおく、この方向転換が悔い改めへの招きであり、これが「山の上での祝福」の真理である。
 「我らの主にして師なるイエス・キリストが『汝ら悔い改めよ』と言い給うとき、信徒の全生涯が悔い改めであることを欲し給うのである。この言葉とともにルターは95ヶ条の抗議文をウィテンブルグの門扉に貼り出した。もって宗教改革の火ぶたが切って下ろされた。
 時に1517年10月31日のことである。
 「悔い改め」それは悔いること、改めることへの方向転換である。しかし、自分の努力や決断でなすのではない。神の言葉で目覚めさせられ、気付かされ、方向を変えるのである。反対の方向に。
 自分の幸福のために人を利用し、神をも利用してやまぬ幸福至上主義から、ルターは良心宗教をもって対抗した。いってみればご利益宗教から真の信仰への立ち返りである。
 もう一つの聖書日課(ヨシュア24・14〜24)もそのことに触れられている。
「自分の欲望達成のため神々に仕えるのではなく、まことの神、主に仕える決断をもってすべての完成となし契約を結びなおした」自分あっての神としての偶像礼拝でなく生ける神への立ち返り。
 このヨシュアの信仰は「すべてのものにまさって神を畏れ、愛し、信頼する」というルターの小教理問答の冒頭のことば、宗教改革へと通じていく。
 キリスト教信仰を一言でいうと何となるか、<インマヌエル>だ。神、我らと共にいまし、我ら神と共にありて真実なる道へと導き切っていただこう。
 人間のピリオドは死である、主イエスの復活は「死」は、カンマである。
 初めであり、終わりであり給う主イエス・キリストの父なる神にあって「心と思いを一つに」して生きよう。
 方向転換こそがルターの「宗教改革」である。                            (文責・深沢)
聖書アラカルト-19   「ヒツジ」

 以前はクリスマスというと、キリスト教系の幼稚園では、必ずといって良いくらい、聖誕劇が行われていました。そして、その際、年少組の子供たちに割りふられる役割が、いつもヒツジだったような気がします。偶蹄目反すう亜目ウシ科に属するこの動物、ルカ福音書二章の聖誕物語に登場してきます。《その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた》(8節)聖誕物語でも、マタイのヴァージョンにはヒツジは出てきません。
 聖書の中で最初にヒツジが登場するのは、創世記四章の《アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった》という所。人間の歴史で考えると、遊牧という生活形態の源流に位置している事がわかります。《焼き尽くす献げ物、和解の献げ物、羊、牛をその上にささげなさい》(出エジプト20.24)とあるように、イスラエルの民にとっては、代表的なコーシャ(律法で食べても良いとされている食物)でもあったのです。
 新約では、洗礼者ヨハネがイエスさまを指さして《見よ、神の小羊》と呼び、小羊の血、過越しの小羊の犠牲は、イエス様の十字架のできごとを表わす言葉となっているのです。


きずな 第349号2000年10月22日 発行より

  聖なる無関心             内海望
 ルターの有名な言葉に「わたしは祈り、説教することしかしなかったのに、神はわたしによってどんなに多くのことを成し遂げられたか、考えてみてほしい。みことばがそれを全部したのである」というものがあります。  宗教改革という歴史を揺るがす大きな出来事の中心にありながら、ルターはすべてを神さまの業と信じ、自分は何もしなかったのに、と言うのです。  一人の人が、ただ一つのことに全身全霊を注ぐ時、その他のものには無関心になります。ルターが「神さまのみ言葉」にのみ目を向けたとき、彼は自分の名声や、健康その他のことには無関心になったのです。ただみ言葉の行方のみに気を配ったのです。  このような生き方を「聖なる無関心」と呼んだ人がいます。素晴らしい言葉です。私たちは、あまりにも多くの事柄を思い煩うので、いつも心が動揺しています。いつもいらだっており、静かさを失っています。  絶えず「主イエス・キリストが私にして下さったこと」のみに目を向け、自分の評判や、栄誉を思い煩う心から自由になりたいものです
 宗教改革余話2     合理主義者レオ十世                松 田 繁 雄 
 「遺伝子工学の発達と人類の無重力空間への進出は、いずれ不用になった両足を捨て、腕四本をそろえた新人類を生み出すのかもしれない」いまは、合同してELCA(アメリカ福音ルーテル教会)になった旧ALCが、社会倫理に関する声明文の中で言及している言葉です。この声明文が発表された時代は、科学万能が素直に信じられていた時代でした。その世相を反映しながらも、信仰者として譲ってはいけない部分が確かに存在することを、この声明文は主張しています。実際に遺伝子工学も発達し、宇宙への進出も夢でなくなった現代、私たちは科学の可能性よりも危険性に敏感に反応するようになってきました。効率だけで考えれば、無重力空間では、足よりも手のほうが役に立つことでしょう。しかし、だからといって、人間として踏み越えてはならない線があるはず、二十年以上前に公表されたこの声明文が鳴らした警報は、今の時代でも鳴り響きつづけています。  さて、効率ということを最優先に考える思想は、なにも現代の専売特許ではありません。マルチン・ルターと同じ時代を生きた、教皇レオ10世も、宗教者でありながら、この効率を最優先するという考え方に取り付かれた、一人の近代人であったのです。レオ十世は、フィレンツェ、メディチ家の出身、大商人の家柄で、近代合理思想の申し子でした。幼少時から、3人の家庭教師による英才教育を受け、メディチ家がフィレンツェでの実権を失った時代にも、御曹司として大切に養育され、将来の指導者たるべく、各国の実情を見聞したり、ローマに遊学したりという生活を送っていました。37歳という異例の若さで教皇に就任したということも、彼自身の合理精神と、専属の顧問団や伝令、官僚のグループを抱えるという、組織力によるところが大きかったのです。  近代合理精神を持って教皇の座に上り詰めたこの名家の御曹司は、こんどはせっかく獲得した地位と、財力とを、利用しないことは非合理である、と考えるようになります。「神はわたしに教皇職を与えられた。さあ、大いに享受しようではないか」と語ったという伝説もあります。真偽の程は定かではないにせよ、あるものを利用しないことは悪、と彼の中の合理精神、効率主義が囁いたことは事実でしょう。彼は、前教皇ユリウス二世以来の枢機卿31名を、過去10年間に建設的な建議を一度もしたことがない、という理由で交代させ、1512年以来、5年にわたり延々と続けられていたラテラノ公会議を、実りある議論がないとバッサリと閉幕させました。一方、建築家ドナート・ブラマンテの幾何学的設計に魅せられ、一度その莫大な経費により諦めたはずのサン・ピエトロ大聖堂建設を、自分の教皇位を象徴する一大事業として再開することをもくろみ始めるのです。面白いことに、この大建設事業は、一方でルネッサンスの文化を開花させるのに大きな働きをし、他方でルターの宗教改革の遠い原因ともなっていくのです。  当時一般の中世人とは異なり、死後の神の裁きについてあまり考えることのなかったこの教皇は、皮肉なことに、45歳の若さでこの世を去ります。その4年前、ドイツの一地方都市で、贖宥状の批判を行った一修道士にして一学徒、マルチン・ルターの宗教改革が、これほど大きな影響を歴史の中に与えていくとは、これもまた合理主義者レオが予想だにしていなかったことでしょう。レオに代表されるように、ルネッサンスの最盛期に当たるこの時代は、近代合理精神に対する盲目的信頼が、社会の底流としてあった時代です。と同時に、その合理性についていけない中世以来の人間性が、反逆の叫びをあげ始めた時代でもあるのです。この声は、一方では多くの迷信・俗信の源となっていきます。しかし、もう一方で、合理性に消化しきれない、人間の根源をしっかり見据える思想をも育てていくのです。ルターの宗教改革は、このような民衆の心に響くものであったからこそ、あのような大爆発となって、歴史の中に輝きだしたのだ、という側面も、わたしたちは見失ってはならないでしょう。



きずな 第348号2000年9月24日 発行より

ただ恵みに頼って〜ルターの苦闘               内 海  望

 ルーテル教会というと「恵みを強調する教会」という答えが返って来るようになりました。嬉しいことです。しかし、私たちは、ともするとルターがどのような苦闘を通して恵みを見出したかを忘れがちです。
 ルターが友人の死をきっかけにして修道院に入ったことはよく知られているのですが、そのことよりも大切なのは、そこでどんなにルターが神さまと罪と格闘したかということです。この点にもっと目をむけたいと思います。現代に最も必要な戦いです。
 ルターは神さまの前で真実に生きようとしました。事実、修道院では課せられた修道士としての道を、他のどの修道士よりも厳格に、熱心に守りました。それは同僚の言葉によっても証明されます。修道院長はルターのあまりにも激しい自己鍛錬を見て、ルターの健康を心配し、「もう君は十分苦しんだ」と何度も繰り返し語ったほどでした。
 ルターの良心は敏感でした。後にルターの信仰は「良心宗教」と呼ばれるほどでした。神さまの前では、ごまかすことの出来ない自分の罪(自己中心)の心にルターは何度打ちのめされたことでしょう。そして、課せられた律法の業をどうしても真実には行えない自分の姿を知らされ、全く絶望のなかに陥った時、つまり人間の業が全く死んでしまったとき、イエス・キリストの十字架による無償の恵みに出会ったのです。彼はその時、「死んで甦る」という復活の喜びを経験したのです。
 ルーテル教会の語る「恵みのみ」は「死んで甦ること」なのです。決して安易な慰めではありません。現代に必要なのは、まさにこの罪に死ぬこと、そしてキリストの愛に甦ることなのです。死ぬことがなくて復活はあり得ません。このことをしっかりと心に留めたいと思います。現代人はあまりにも人間関係のなかで罪を解決しようとしすぎます。
心に潜む罪について               松 田 繁 雄

 神が創り、善しとされたはずの人間に、どうして罪が入り込んでしまったのでしょう。これは、キリスト教が始まって以来、いや、人間が物心ついて以来の、最大の神学的疑問ではないでしょうか。今月は、この人の心に潜む罪について、ある限られた方向からですが、少し見ていきたいと思います。 
ダニエル・キイスという作家の代表作の一つに、「24人のビリー・ミリガン」というノンフィクションがあります。24の人格を持った多重人格者の話ですが、ノンフィクションというだけに、実際に起こった事件に関係しています。その現場がオハイオ州コロンバス、ちょうどわたしが留学していた場所で、同じ80年代に起こっている、まずこのことが関心を引きました。
 物語としては、多重人格として生きるということは、いかに混乱した人生を歩まなければならないのかということに主眼があるのですが、わたしは、自己を防衛するために、無意識に人格が生み出されてくる、その過程にむしろ興味を覚えました。
 この主人公は、幼児虐待の被害者でもあったのですが、そういう絶体絶命の危機にさらされると、トランス状態になり、一種の幼児がえりを行ってしまうのです。「苦痛の管理者」といわれる人格の誕生です。耳の不自由な人格は、継父の癇癪、母親のガミガミと叱る声からの逃避として現れ、「隅の子供」と呼ばれる人格は、学校生活への不適応から、叱られ立たされることへの防衛として生まれてきます。ミリガン氏の場合、これに加えて、有り余るほどの各種才能と、犯罪者的気質を同時に併せ持っていたため、決定的なトラウマ(一種の生命の危険を感じさせるような恐怖体験)に出会った瞬間に、それぞれの人格がそれぞれの場所に引きこもってしまい、抑圧された自我としての24の人格を持つことになった、と説明されています。
 自己防衛のために、自分の内面を管理するというのは、なにもミリガン氏のような特殊例ばかりではありません。トラウマを伴うような強烈な状況に出会わなくても、私たち人間は適応のために内面の操作を行うのです。たとえば、合理化、という心の働きがあります。一般には、「行動の真の動機となる欲求を隠して、もっともらしく理屈をつけること」と定義されていますが、行きたい行きたい、と前々から騒いでいた、たとえば遊園地に急に行けなくなってしまった、という事態に対して、「遊園地なんて、もっと子供の行くところ」とか「外に出かけて疲れて帰ってきてもつまらない、ゲ―ムしている方がまし」とか理屈をつけて、自分なりに納得するのも、合理化の一つです。これがもっと極端になれば、遊園地に行きたがる自分と、外出は嫌いな自分とに分裂するわけです。このように、自己防衛という働きは、ごく普通に存在するものでありながら、一歩間違えれば、きわめて危うい状況を作り出す現況でもあるのです。
 さて、人間が本来持っているものが、時として自分自身ではどうにもならない力を発揮し、ひとを深みに引きずり込んでしまう、という意味では、「罪」の問題にもこれに似た側面があるのかもしれません。ローマの信徒への手紙7章19節以下に、《わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている/もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです》とありますが、自分の中にありながら、自分の力ではどうすることもできなくなってしまっている「罪」という力を実感するところから、信仰への道行きは始まるのでしょう。
 罪を表わすギリシャ語が、元来「的外れ」の意味だったという事も、この延長で考えることができます。私たちは決して悪を行おうとして罪を犯すのではありません。ちょうど自己を防衛しようとして、かえって心の病にとらわれてしまう場合のように、わたし達は、善を行おうとして、かえって、罪にとらわれてしまうのです。的外れ、という用語は私たちの揺れ動く心の動きを、正しく表現したものといえるでしょう。礼拝を通し、神の恵みを受け、その恵みによって神の方向を再発見していく、これは罪人としての私たちにぜひとも必要な過程だし、また、すべての人に伝えていきたい福音なのだ、という事も改めて考えていきたいと思うのです。

宗教改革記念主日  特別伝道礼拝へのお誘い

 
セロファン人間、四ません人間、六語族トランスポゾン、三まい主義、3K+5K+3k、三つのベル&ガギグゲゴ母さん・・・。また、玄関が狭く敷居が高い、それでいて裏口広し・・・。
 皆さんはこんな言葉から何を想像しますか?
 これは、某年、某月、某所での山北宣久先生のお話の小見出しです。何だか面白くて笑いながら聴けるお話しのように思いませんか?
 来たる10月29日(日)、宗教改革記念特別礼拝には、この山北宣久先生をお招きしています。どのような小見出しのつくお話しをして下さるか楽しみです。山北先生はもうすぐ六十才ですが、その元気と明るさで若い人達の先頭に立ち、現在牧会されている聖ヶ丘教会の青年会では、先生抜きでは静かでつまらないという声が出るとのもっぱらの噂です。
 この楽しさと元気を、ぜひ沢山の会員、家族、友人の方達と共に分かち合う礼拝にしたいと願っております。ご主人をデートのつもりでお誘いになってはいかがですか?お子様やお孫さんに家族大集合のつもりでお声をおかけになりませんか? しばらく顔を見せなかった会員も、何人もの方からのハガキが届いたら行こうかナと思われるかも知れません。
 昼食後は山北先生をかこんで、普段教会の活動について考えていることを話し合う機会にしたいと思います。聖ヶ丘教会の様子などもうかがいましょう。
 秋も半ばの豊かな実りの時期、心と思いを一つにしてすごす一日となるようにどうぞご協力下さい。

○日本福音ルーテル教会第19回定期総会より
○きずな文芸
○教会学校キャンプ報告
○パイプオルガンニュース
○聖書アラカルト


きずな 第346号2000年8月27日 発行より

平和を実現する人々は幸いである  -マタイ5・9-  内海 望
 イエスさまは「平和を実現する人々は幸いである」とおっしゃいました。
 八月は平和への祈りが集中される時です。私たちも八月の第一日曜日に「平和を求める祈り」を共にしました。この祈りが全世界を覆う祈りとなることを願いつつ、心から「主よ、平和をお与え下さい」と祈りました。  しかし、「平和を実現する」とはどのようことでしょうか。それは争いを避けて毎日をただ平穏無事に過ごすということではありません。それは、「御国が来ますように」と真剣に祈る時です。この世界に今失われている神さまの愛と正義が実現するように働くという意味です。イエスさまは、平和が失われている所に行き、平和を作り出しなさい、と命じられているのです。しかし、平和が失われている所、それは何よりも私たちの心ではないでしょうか。私たちのうち争っていない人が一人でもいるでしょうか。心に憎しみの無い人がいるでしょうか。私たちは平和を実現する者であるどころか、平和を乱す者なのです。世界の現状を嘆く前に何よりも自分自身が悔い改めなければなりません。そして自分をイエスさまの愛の前で立て直さなければなりません。
 その時、私たちは罪人をも愛する神さまの愛に出会います。そして、自分自身「平和を乱す者」であってもイエスさまに励まされつつ、なおも人々を愛していこう、憎しみのある所に平和を、と祈りつつこの世界の只中に「主の平和と義」を持ち運ぶ勇気を与えられます。
 私たちは世界の平和を口にするには,あまりにも非力です。また私たちは自身憎しみを捨て去ることがで出来ないような罪人です。それでもイエスさまの愛に生かされている者として、出来る限りの力を、平和を作り出すために用いましょう。
○「宗教改革余話」-ウイーン大包囲をめぐって-    松田繁雄
○「ヒロシマ回想展」と「平和を求める祈り」を終えて  深沢孝寿
○母の思い出
○幼児と家族の集い
○パイプオルガンニュース3

 ※「きずな」は東京教会の広報誌です。詳しい内容をお知りになりたい方は、
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