【キリスト教入門講座】 64                                       2000.12.08

旧約の始まり(6)

 今回から、旧約聖書本文に入ります。まず創世記なのですが、第一回の今日は、創造神話の話を中心に、ソロモン王の時代に成立したと言われる、J資料について見ていこうと思います。 旧約聖書の文書は、計三十九ありますが、大きく三部に分かれています。律法の部、預言の部、その他の部です。原形は、モーセ五書と呼ばれる律法の部にあり、それに歴史書を中心とした預言、その時代を代表する大預言者の預言、十二小預言書が加わって、だいたい今の聖書の骨格ができてきます。
 モーセ五書が、J、E、D、Pと呼ばれる四つの資料を組み合わせたものとして編集されていることは、知っている方も多いと思いますが、このうち最も古い伝承が、J資料です。この資料が現在の形にまとめられたのは、ソロモン王の時代と言われていますが、編集の始まりはおそらくダヴィデ王に遡ることができるでしょう。
 それ以前の士師の時代は、創世記に当たる部分については、詩や朗誦の形で、断片的に伝えられていただけと考えることができます。契約の石に書かれた十戒本文、その解説、祭儀律法に当たる細かい規定などは、既に文章化されていたと考えられますが、Jは、そのシナイ契約中心主義に対立して、王国の持つ必然性を示すために編纂されていった書物で、そのために前史である創世記、ダヴィデ契約の根拠と考えられるアブラハム契約に光をあて、文章化する必要があったのです。
 次回は、創造神話を含まない、E資料を中心として、創世記、出エジプト記を、次々回は、創世記一章の作者であるP資料を中心に、モーセ四書(申命記を除いたもの)を見ていく予定です。


☆ J、ヤハウィストによる創世記。
 Jの出発点は、創世記12章1〜3節の神の言葉です。これが、いわゆる「アブラハム契約」で、ダヴィデ契約(サム下7章8節以下)の原型とされています。実際は、シナイ契約と矛盾し、王国を正当化するダヴィデ契約が(おそらく、ソロモンの時代、早くても、ダヴィデ末期、アブサロムの反乱の時代に)作成され、王国を存続させるためのプロパガンダとして使われていたのでしょう。このダヴィデ契約をアブラハム契約と関連付けたのはヤハウィストですが、このことを通じ、ヤハウィストは、王国の権威を確立するとともに、ダヴィデ家だけが唯一の王家ではない事も同時に主張し、アブラハムの裔という考え方を示したのです。 Jによる創世記は、2章4節b〜3章24節の創造物語、4章カインとアベル、ノアの箱舟の1部、11章バベルの塔、12章から始まるアブラハム以下族長の物語(混在)と続いていきます。神による創造と、人間の堕罪、その神の呪いと祝福の歴史という大きな流れの中に、シナイ契約とダヴィデ契約の対立というようなものを押し流してしまうような神の恵みへの信仰を見ていった、これが最初の神学者と言われるヤハウィストの立脚点なのです。

☆ J(ヤハウィスト)による創造神話の意味。
 天地創造というと、7日の間に、まず天と地、光、というように1日ずつ創られていき、第6日目に人間を作り第7日に休まれた、という1章の神話が有名です。そこで、いきなり、2章4節b以下《主なる神が地と天を造られたとき、地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。また土を耕す人もいなかった》で、なにを、またあらためて語っているの、という印象とともに、この物語はいままでの語り口とまったく異なる物語だ、という印象が強くします。冒頭で述べた、4資料説というのも、実はこの素朴な感覚から始まった研究の成果なのです。さて、このJの創造物語の中心人物はアダムとエバです。神が土の塵で人を創り、息を吹き込まれたので、生きるものとなった、ということが前半の主題、神が食べることを禁じられた園の中央にある木の果実を、神のように善悪を知ることができると誤解して、とって食べ、神からの呪いを受けて楽園から追放されるというのが後半の主題です。Jは、人間とは、このような祝福と呪いとを共に受けた存在で、とかく自分ひとりで判断できると思い上がり、神の前に罪を重ねていく、という歴史観を持ってこの後の族長の歴史も、出エジプトも描いていきます。しかし、そのような、人間に対して、神は最後には愛情をもって接してくれ、それが契約として与えられる、という楽観的な希望もJの特徴です。神からの一方的な祝福であるアブラハム契約にJが光をあてていったのには、このような神学的意味もあるのです。この思想は旧約の時代を超えて、むしろ新約に受け継がれていきます。

☆ アブラハムの物語と、ダヴィデ契約。
 ダヴィデ、ソロモンと続いた安定した支配は、問題も多く抱え込みはしたものの、それまでのイスラエルが経験したこともないほどの繁栄をもたらしました。Jがアブラハム契約を取り上げた最初の動機は、それがダヴィデにおいて実現されたとして、現行のダヴィデ契約の根拠をシナイ契約のそれよりも古くさかのぼらせることでした。反王制論者の主張点はすべてシナイ契約から発生しています。そこで、それよりも前にアブラハム契約があり、その確認としていま、ダヴィデ契約があると主張することは、王権の擁護論者にとっては大切なことでした。ところが、その資料をまとめるよう委ねられたJは、一般の王制論者よりも深い思想を持った学者だったので、独自の救済史をうちたて、シナイ契約ばかりでなくダヴィデ王朝をも相対化してしまいました。逆にJが、神の選ばれた真の王による支配、という普遍的な価値観を作り出したとも言えるのです。この「真の王」はメシアと呼ばれ、長いイスラエルの不遇の時期に、それでも神は見捨てないと信じる心の支えとなりました。このメシアのギリシャ語訳がキリストで、Jの救済史が形を変えて引き継がれ、キリスト教の中心思想に影響を与えていくのです。