【キリスト教入門講座】 66 2001.01.19
旧約の始まり(8)
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紀元前五八七年から五三八年の約五百年の間、ユダ王国は、国の滅亡という体験を持ちました。そして、まさに、このバビロン捕囚といわれる悲劇的な年代の真っ只中で、Pと呼ばれる学者のグループは、JとEを中心資料として、それに付け加え、編集をする形で、ほぼ現在の形の、モーセ四書を完成させました。更に、独立資料として残っていた申命記にも少し手を加え、これを合わせて、モーセ五書、あるいは律法の書としたのです。 ここで、王国分裂後捕囚までの歴史を簡単に概観しておきます。 |
| ソロモン王が死んで王国が分裂したわけですが、北王国では初代のヤラブァムは跡目を譲ろうとした息子ナダムの継承を預言者に拒否され、二代目のバシャの後を継いだ息子エラ(三代目)もジムリに暗殺されてしまいます。しかし、このジムリを倒して、四代目の王位に着いたオムリ王は、当時のアッシリアの記録に「オムリの家」という語が残されるほどの繁栄を誇り、南王国と連合を組んで、ソロモン時代の旧領をほぼ回復したと記録されています。この連合はオムリの家の三代目、アハズヤ王の時代まで残りますが、この頃には北方から迫るアッシリアと、南方で勢力を回復しつつあるエジプトに挟まれて、苦しい状況に陥ります。結局、前七二三年には、アッシリアに滅ぼされてしまいます。南王国ユダは、ダビデの家系を守りつつ、この時代北と付かず離れずの関係を保っていたのですが、北王国の滅亡で一時的には、この地域の盟主になります。領土も、ソロモンほどとは行かないまでもかなり回復します。ところが、かえってそれが仇となって、アッシリアを倒して東方から圧力を強めてきたバビロニアによって、南王国も滅亡する事になったのです。 今回は、主に、創世記と出エジプト記の二書の概要を見ていくことを通して、Pの編集の中に見られる考え方の背景を探っていきます。次回は、話をレビ記、民数記に移して、律法を通して見られるPの考え方を見ていくつもりです。 |
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☆ 創世記のアウトラインと編集。
エジプト移住以前の時代に対して、PはPなりの時代区分を持っていたようで、それに基づいて、例えば《これはアダムの系図の書である》というような解説を付け加えています。これをPがつけた表題と呼ぶのですが、それに従えば、創世記は以下のようにまとめられます。
1. 天地創造(1:1〜4:26)
2. アダムの系図(5:1〜6:8)
3. ノアの物語(6:9〜9:29)
4. セム、ハム、ヤフェトの系図(10:1〜11:9)
5. セムの系図(11:10〜26)
6. テラの[子アブラハムの]系図(11:27〜25:11)
7. イシュマエルの系図(25:12〜18)
8. イサクの系図(25:19〜35:29)
9. エサウすなわちエドムの系図(36:1〜43)
10.ヤコブの家族(37:2〜50)
なお、天地創造には、カインとアベルの物語(J)が、セム、ハム、ヤフェトの系図にバベルの塔の物語(J)が、テラの系図にアブラハム物語(J、E)が、イサクの系図にイサク=イスラエルの物語(J、E)が、ヤコブの家族には、ヨセフの物語(E)がそれぞれ含まれています。
☆ 出エジプト記のアウトラインと編集。
出エジプト記になると、Pの編集方針は変わり、表題に当たる部分が見当たらなくなります。同時に、モーセ物語などでの、JとEの入り混じり方が激しくなりますので、一説には、出エジプト記以降は、P以前にJEを含む形の何らかの失われた資料があり、Pはそれを補足編集しただけだ、という説もあります。いずれにせよ、Pの表題がないので、内容に沿って以下のように区切っておきます。
1. 迫害とモ−セの準備(1〜4章)
2. エジプトの災厄(5〜10章)
3. 過ぎ越し祭の設立(10:1〜13:16)
4. 葦の海の出来事(13:17〜15:21)
5. イスラエルへの試練(15:22〜17章)
6. シナイ契約と十戒(18〜20:21)
7. 契約の書(20:22〜23章)
8. シナイ契約の締結(24章)
9. 幕屋建設等の祭儀律法(25〜31章)
10.契約の破棄と再契約(32〜40章)
なお、迫害とモ−セの準備にはモーセの誕生譚(J)が、葦の海の出来事には海の歌(S)が、イスラエルへの試練にはマナ伝説(J、E)が、契約の破棄と再契約には金の子牛の物語(E)と幕屋の工事(P)が、それぞれ含まれています。
☆ バビロン捕囚とPによる編集、その思想。
バビロン捕囚は五十年ほど続きましたが、その間の最大の課題は、自分達ユダヤ民族としてのアイデンティティーを保つ事でした。捕囚以前のユダヤの宗教は、エルサレムの神殿を中心としたものでした。いまや、彼らはその神殿と切り離されています。実際には、バビロニアによって破壊されているのですが、たとえ残されていたとしても、彼らはいままでのように、この神殿における祭儀を実体験できなくなってしまったのです。Pの祭儀律法へのこだわりは、このように実体験できなくなってしまったものを何とかして伝統として保存して行きたいという切実な願いが形に表れたものです。ユダヤ民族として、ダビデの血筋というものも大切でした。また、現状を考えれば、神の与えられた律法を中心にしていくしか、ユダヤ民族の純粋さを保って行く道は残されていませんでした。PはJとEとを同等に尊重し、あくまで編集者という立場から自己を主張したのでした。とは言うものの、Pは、Jの持つ神話的要素には批判的だったようで、Pの手による、例えば創世記1章の創造物語などは、Jの創造神話の非神話化の産物と考える事ができるのです。