【キリスト教入門講座】 71 2001.02.23
旧約の始まり(13)
![]() |
サウル王からソロモン王にかけての約百年の間、イスラエルは、現在の中東地域での覇権を握るべき絶好の機会に恵まれたと言えます。もともと、この地域の重心は、東のメソポタミヤ、西のエジプトの両極のバランスによって保たれており、その中間点に当たる、パレスチナという地域は、エジプトの力が増せばエジプトの、メソポタミヤの力が増せばメソポタミヤの支配下に置かれる地域でした。出エジプトをしたイスラエル民族のカナン侵入にしても、エジプト新王国最盛期の第十九王朝ラメセス二世のパレスチナ支配がその背景にある、と考えられています。そして、その直後の、アッシリア帝国の確立と、それに伴う、ミタンニ、ヒッタイトの滅亡が、エジプト第十九王朝の突然の混乱と同時進行し、一種の空白地帯を作ります。この中で、むしろ、エジプト勢力の橋頭堡として、半公認された形で、定着していったのです。エジプトは、第二十王朝、二十一王朝とその弱体の度合いを深め、一方の雄、アッシリヤも、ヒッタイトを滅ぼした頃を最盛期として、次第にその影響力を失っていたのです。この時期に、ペリシテ系の植民都市国家群が、連合王国を形成して、パレスチナを中心とする一大勢力を確立しようと動き始めました。それまで、十二部族連合という緩い統一体によって独立を保っていたイスラエルは、自衛のためにも、統一国家として再出発する必要に迫られたのです。世界史という大きな枠の中で見ると、イスラエルの王制の始まりはこのような姿になります。その後、ペリシテとの覇権争いに勝ち残ったダビデ王朝は、シリア、フェニキアの諸都市国家を併合し、エジプトからシナイ半島を奪い、南方のシヴァに繋がる通商路をも確保する、一大王国となったのです。 |
| 今週は、申命記史家の著作から、サムエル記を取り上げ、そのアウトラインおよび、史家の史観から離れて時代史の背景を見ていきます。また、次週は、列王記の概説、その次は、バビロン捕囚の時代の歴史を取り上げます。 | |
☆ サムエル記のアウトライン。
1.サムエル物語(上1〜7章)
誕生と子供時代(1章〜4:1a)、3章に少年サムエルの召命の場面があります。
神の箱をめぐる物語(4:1b〜7:1)、神の箱がペリシテ人に奪われた話です。
最後の士師としてのサムエル(7:2〜17)
2.サウル王の物語(上8〜15章)
王を求める民(8章)
サウルの選び(9〜11章)
サムエルの告別の辞(12章)
サウル王の衰退(13〜15章)、14章ヨナタンの活躍を含みます。
3.ダビデ王の登場(上16〜下4章)
序:ダビデの塗油(上16:1〜13)
サウル王の臣下として(上16:14〜20章)、ここに、例えば、17章のダビデとゴリアトの話などが含まれます。
ユダの荒野に潜むダビデ(上20〜26章)、ここには、26章サウルを殺せるのに殺さないダビデ等が描かれている。
ガトの傭兵隊長として(上27〜30章)
サウル王の死(上31〜下1章)
サウル王家との戦い(下2〜4章)
4.ダビデ王の時代(下5〜19章)
ダビデの戴冠(5〜6章)
ダビデの統治(7〜10章)
バト・シェバとの過ち(11〜12章)
ダビデ家の内紛(13章)
アブサロムの乱(14〜19章)
5.その他のこと(下20〜24章)
シェバの反乱(20章)
諸々の記録(21章)
ダビデの感謝(22〜23:7)
その他の記録(23:8〜24章)
☆ 王制の始まり:サウル王とダビデ王。
最初の王サウルは、サムエルの指名と民衆の歓呼により(サムエル上10章)その王権を樹立しました。逆に言えば、預言者と民衆の支持を失った時、彼は王としての指導力も失った、と言えるでしょう。サウルは、アンモン、アマレクなどの小国の侵略は断固として押さえつけたし、ペリシテに対しても、ヨナタンの活躍などで(サムエル上14章)部分的勝利を収めました。つまり、まさにイスラエルの各部族を各個撃破し、飲み込んでしまおうとする、ペリシテ人の連合勢力に、全イスラエルを率いて立ち向かい、よくその本来の支配地、山岳部を守り通したと言っても良いのです。その意味でサウルは有能でした。しかし、ペリシテ軍に対しては、常に受け太刀にならざるを得なかったことは確かです。ことにイスラエルの中に、ライバルとしてのユダ王ダビデが出現してから後は、ペリシテとの戦いにサウルが勝利する目はなくなった、と言って良いでしょう。ダビデは、聖書の記述如何にかかわらず、元来ユダの世襲的支配者の一族として生まれ、サムエルから塗油を受けることにより、サウル王に代わる王の候補者として、認められていった者です。ユダの王として、ダビデは自分の傭兵部隊を率い、ペリシテ群の一翼を担うなど、戦術体験を積むと共に、南方諸部族を組み入れた形での、後のユダ十二部族連合の原型を作り上げました。こうした基礎工事の上に、ダビデは、全イスラエルの王となったわけで、その意味で、サウル王とはまるで違った王だったといえるでしょう。エルサレムの征服から神の箱の移動に至るまでの一連の出来事(サムエル下5章6節〜6章19節)は、ダビデの王権の確立を示しています。当然これがダビデ王朝の始まりでもあるのです。
☆ ダビデ王の過ち。
サムエル記下の11章から12章にわたって、ダビデ王のバト・シェバとの過ちが詳細に記録されています。そればかりではなく、この出来事が、ダビデ王の栄光ある支配にかげりをもたらした、という書き方もなされていて、13章以下には、後継者争いの渦に巻き込まれて足掻くダビデの姿ばかりが描かれていきます。申命記史家の視点から離れて、この出来事を見る時、バト・シェバの誘惑に負けた事が過ちであり、その結果がソロモンの即位にまで至るダビデ家の内紛だという、冷徹な歴史的事実が浮き彫りにされていきます。そのような問題性にも拘らず、ソロモンの代までは繁栄を誇る事ができるほどの強国の土台を作った王が、ダビデだった、と言うこともできるのです。