【キリスト教入門講座】 78 2001.04.27
旧約の始まり(20)
エレミヤ書は、区分においては大預言書に属しますが、イザヤ書、エゼキエル書とあわせて、三大預言書とも、特別に呼ばれます。その時代が歴史的な転換期だったこと、その生涯が初めから終わりまで良く知られていること、また後の時代にこれほど愛され尊敬されているのに、同時代の人たちからはまったく拒絶され迫害され最後は同朋により殺されたという悲劇性により、旧約文書の中でもひときわ特別の輝きを放っています。エレミヤ書の中に含まれる「新しい契約」の思想は、ユダヤ民族ばかりではなく、キリスト教を通して、世界中の人々に影響を与えつづけてきました。神が選び、神が約束し、神が赦す、という神主体の考え方は、その後パウロ、アウグスティヌス、ルターに引き継がれ、今日のキリスト教福音の基礎をなしています。その意味で、エレミヤの語る「新しい契約」に新約の源泉を見ることができるのです。エレミヤ書はその始まりから、この預言者の特質を良く示しています。《彼はベニヤミンの地のアナトトの祭司ヒルキヤの子であった》(一・一)ベニヤミンの地は、旧イスラエル王国の領内、しかし、ユダとの国境に広がる地域で、アナトトはエルサレムの北約5キロの至近距離にありました。北王国のホセアなどの伝統を受け継ぎながら、エレミヤはあくまでもユダのために預言を続けました。《主の言葉が彼に臨んだのは、ユダの王、アモンの子ヨシヤの時代、その治世の第十三年のこと》(一・二)と書かれている、エレミヤの召命は、紀元前六二七年のことです。少年期のエレミヤは、圧倒的な軍事力を誇るアッシリアが、さまざまな地域でほころびを見せつつある姿を体験します。ヨシア王の第八年(前六三二)にアッシリア王アシュールバニパルが死に、各地でさまざまな民族が蠢動をはじめます。ヘロドトスの『歴史』にエレミヤの召命前後に、スキティア人がシリアからエジプトまでの大侵略を行った、という記録が残されています。アッシリアの崩壊を目の当たりにした事とあわせ、この時代の雰囲気がエレミヤの思想の基本に影響を与えているのです。《母の胎内に造る前から/あなたを知っていた》(一・五)という神の言葉と、《わたしは若者にすぎません》(一・六)というエレミヤの答えは、その生涯変わることのない神による主導と、その力に動かされていく預言者の姿を象徴しています。 きょうは、エレミヤ書を通して、その時代と、思想とを学んでいきます。次回は、エゼキエル書です。 |
☆ エレミヤ書のアウトライン。
1.エレミヤの預言(1〜25章)
イスラエル、ユダの罪(1〜6章)
神の法の無視(7〜9章)
エレミヤの祈り(10章)
神の裁き(11〜20章)
現在の王たち(21〜22章)
預言者の堕落(23〜25章)
ただし、エレミヤの召命(1:4-10)、陶工の家での啓示(18:1-12)、未来の王(23:1-8)等を含みます。
2.エレミヤの伝記(26〜45章)
神殿での説教(26章)
軛の預言(27章)
ハナンヤとの対決(28章)
エレミヤの手紙(29章)
救済の約束(30〜35章)
預言の巻物(36章)
エレミヤの投獄とゼデキヤ王(37〜39章)
ゲダルヤの時代(40〜41章)
エジプトへ(42〜45章)
ここに、31章の新しい契約、32章の土地を買う話が含まれています。
3.諸国民への審判(46〜51章)
4.エレミヤに関する歴史的補遺(52章)
☆ 預言者エレミヤの時代。
エレミヤの時代の対外的脅威は、新バビロニアとエジプトです。エレミヤが召命を受けた時代、ユダ王国は、ヨシア王の下に見事な結束を見せ、アッシリアの退潮に乗じて、徹底的な神殿改革を実施し、またその支配する領域も、北イスラエルの地域を加えて、かなり安定している時でした。人々の心には、預言者イザヤの言葉が、その上っ面の意味でだけ「シオンは不滅」というスローガンと共に受け入れられていました。この時代にエレミヤは既に北からの凶暴な力を予感し、国家の破滅を預言し始めるのです。アッシリアの退潮の最大の原因は、メディア=バビロニア連合による、中南部メソポタミヤ地方、イランアルメニア地方の制圧でした。伸びるだけ伸びてしまった国境線は、アッシリアの国力をもってしても、一方でこの強力な連合と戦い、もう一方で西の中小国家やエジプトの反乱を鎮圧するということを不可能にしていました。結果として、アシュールバニパルという天才的な戦術家が死んだ途端に、各地で敗戦が重なることになります。そして、実にあっけなくこの強大帝国が崩壊したのです。ユダ王国の繁栄は、この歴史的ドラマの端役的一駒に過ぎませんでした。ヨシア王の戦死は、直接にはエジプトのファラオ、ネコU世によるものでしたが、結局この大きな流れに飲み込まれてしまった、と言うことができます。アッシリアと異なり、バビロニアは、北メソポタミア以東・以北の地域の支配をメディアに委ね、自らは、故地の南メソポタミヤとシリア、パレスチナに集中します。冷静に状況を眺めていたエレミヤには、拮抗しているように見えるエジプト、バビロニアの二勢力のうち、後者が圧倒的な力を及ぼしてくることを予見していたのです。政治的には、エレミヤは和平論者になり、裏切り者呼ばわりをされ、投獄され、挙句にエジプトに拉致されて殺されました。悲劇の預言者と呼ばれる所以です。しかし、彼の目が正しかった事は歴史が証明します。そして、その彼が根拠とした、国が敗れても神を見失わないこと、が新たなユダヤ人の希望になっていくのです。
☆ 新しい契約という使信
エレミヤの思想に触れる前に、契約について少し考えてみましょう。もともと契約と言えば、シナイ契約のことでした。この契約により、一つの国、共同体が成立したのですから、イスラエル民族にとって契約は当初重い意味を持ったはずです。しかし、カナン地方に定着していくに連れ、地縁による人間関係の中に、この契約思想は埋もれていきます。士師や預言者といった、契約を強調するための特別なシステムが存在したことは、一方で民族が契約を忘れていないということを示しますが、他方では、一般人にとって契約というものが縁遠くなった、という状況も反映しているのです。ダビデ王家の成立は、このシナイ契約に代わるダビデ契約を歴史に持ち込みました。南北分裂は、この2つの契約思想の対立がその根底にあります。北王国は宗教的に堕落しますが、シナイ契約の伝統は守りつづけられます。北王国の崩壊と共に、この思想は再びユダに入り込み、ヒゼキア、ヨシアの両改革を通じて、ダビデ契約と一つに融合していきます。その結晶がイザヤの思想ですが、一般には俗化されたイザヤ思想が普及していきます。
エレミヤの「新しい契約」という考えは、古い契約の否定を含んでいます。当初エレミヤは、シナイ契約を徹底することで、一般に流布している契約思想を否定しようとしました。偶像礼拝や生活の堕落は端的に民の側からの契約違反だ、だから契約は無効なのだ、これがエレミヤの論点でした。しかし、それにも拘らず、神は一方的に「新しい契約」を民と結ぶ、この契約はもはや「石の板」には刻まれない、《わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す》(31:33)これがエレミヤの行き着いた究極の救いでした。外から文字で与えられるのではなく、神から直接に与えられる心の契約、だから、《人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない》(31:34)のです。人間への決定的不信とそれを乗り越える強い神への信頼、エレミヤの契約思想はこのようにして、形作られたのです。