27回 預言者ハバククとその時代
28回 預言者ゼカリヤとその時代


【キリスト教入門講座】 85                                        2001.06.22

旧約の始まり(27)

 《預言者ハバククが、幻で示された託宣》というタイトルの示すとおり、ハバクク書は、後の黙示的文学(ダニエル書、ヨハネの黙示録)やゼカリヤ書、マラキ書のような黙示的預言書に繋がる新しい流れの始まりと考えて良いでしょう。とは言っても、ハバクク書それ自体は、あくまでも眼前の暴虐の歴史叙述で、その意味では、短いとは言え、エレミヤと同時代であり、アモス、ホセア、イザヤ、ミカなどの伝統を引いた、正規の預言書です。
 この預言書については、もう一つの面が考えられなければなりません。それは、クムランの第一洞窟で発見された、『ハバクク書註解』です。この註解では、《見よ、わたしはカルデア人を起こす》(1章7)を「これすなわちキッティーム(隠語、あまりよく語源の分からない言葉)なり」と解釈し、「海を渡って来る」民、ギリシャ人やローマ人になぞらえています。そこで、きょうはハバクク書の直接の背景である捕囚期(第15回目の講座で取り上げました)ではなく、広く、捕囚からアレキサンドロス帝の時代を経て、ローマの進駐に至る歴史の流れを、背景としてみていきます。著者のハバクク自体にその意図は無いのですが、このような解釈を後代に加えられる事により、現在の事態を直接叙述せず、昔の類似の出来事なり時代なりに重ね合わせて表現するという、新しい文学形式が生まれてくるのです。その意味で、ハバクク書は元祖黙示文学と呼ばれてもよいのです。
 最後に、ハバクク書の3章の問題が残ります。この部分は、《預言者ハバククの祈り》という表題が改めて付けられている独立した部分で、詩篇と同じように「セラ」という記号がついていたり、《シグヨノトの調べに合わせて》と書かれていたりします。新共同約聖書の「賛美の歌」という小見出しも、この辺りを考えてのものでしょう。この部分は、クムランの『ハバクク書註解』では取り上げられて居らず、その意味でも、後になって、1〜2章と合本されてハバクク書と呼ばれるようになった2つの書物と考えるほうが正確なようです。次回は、後期黙示的預言書の代表としてゼカリヤ書を取り上げます。

☆ ハバクク書のアウトライン。
 1.2つの嘆きの言葉(1章)
  表題(1)、
  第1の嘆き(2〜4)、
  とりあえずの主の答え(5〜11)
カルデヤ人の攻撃を伝える言葉がここに含まれています。
  第2の嘆き(12〜17)
 2.嘆きに対する主の答え(2章)
  幻を書き記せ(1〜4)
この部分は、ローマ書にも引用されている、《神に従う人は信仰によって生きる》で終わっています。
    (cf. ローマ1:17、《「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです》とあります)

  災いだの託宣(5〜20)
ここには、災いだで始まる分が5回繰り返されていて、一つのまとまりを示しています。
    5〜6節b は、その意味ではこの部分の序のような位置になります。

 3.賛美の歌(3章)
《預言者ハバククの祈り》と題されたひと纏まりの文書です。形式等については、別項で詳しく述べます。

☆ 預言者ハバククから『ハバクク書註解』までの時代。
  捕囚期については、この講座、旧約の始まりの15回に、捕囚からの帰還については第16回に詳しく述べました。エズラの帰還が紀元前458年ですから、それ以後の主な世界史の流れについて、きょうは見ていくことにします。この時代は、ダリウス大王の後を継いだ、クセルクセスT世の時代で、アケメネス朝ペルシャ全盛の時代ですが、ギリシャ諸都市国家群との間のいわゆる「ペルシャ戦争」により、後の時代の、アレクサンドロスによる、マケドニアの侵略を招く遠因を作った時代とも言えるのです。ダリウス大王の第1回ヨーロッパ遠征は、前514〜12年、アレクサンドロスによる、ペルセポリスの陥落が前330年ですから、ペルシャによるオリエント支配と、ギリシャ、ペルシャ、それに後には、フェニキア人のカルタゴ、ローマが加わって、エーゲ海から地中海の覇権を争うという時代がほぼ2世紀近く続いた事になります。ペルシャの支配は、各民族の有力者をサトラブ(属州総督)とし、各地の風俗習慣宗教を尊重する、という姿勢をとったため、ユダヤ民族にはとても住み易い時代でした。この地方分権とも言える制度を中央集権的に機能させたのが、中央直轄の軍司令官、行政書記官の制度、および、「王の目」「王の耳」と言われた巡察官の制度でした。要するにこの当時としては異例の高度に発達した官僚制度により、地方分権かつ中央集権という支配を続けることができたのです。前336〜323年のアレクサンドロスの征服は、国としてのペルシャを滅ぼしたものの、制度としてのペルシャはそのまま引き継いでいきます。ローマ、カルタゴという2大勢力の台頭(前254年の第1次ポエニ戦争のあたりの時代)までは、アレクサンドロスの遺産を、主に、プトレマイオス朝(エジプト)とセレウコス朝(シリア)の2国で受け継いだ形になりました。ユダヤ民族も、この2国の支配を順に受ける事になるのですが、ことに、後者のアンティオコス・エピファネスという王が、古代オリエントの神話的絶対王政を復活させる事を夢み、宗教統制をはじめます。ここに、ユダヤにおける民族主義が高まり、それがマカバイの乱、ハスモネア王朝へと繋がっていくのです。このあたりは次回に見ることにします。

☆ 『ハバククの祈り』に見られる、詩篇の形式。
 《シグヨノトの調べに合わせて》は、詩篇7篇に出てくる《シガヨン》と同種類の音調記号と考えられています。この《シガヨン》については、アッカド語の「シェグー」が語源と考えられていて、そうであれば、「嘆きの歌」という意味になります。しかし、内容から見ると、詩篇7篇もハバクク3章も、嘆きというよりも賛美の歌になっています。「シェグー」には嘆きの他に、流離という意味もあるので、両篇ともに、荒野での放浪に思いを向け、神の恩寵に感謝するという意味の《シグヨノトの調べ》なのだ、という説もあります。正確な意味は不明です。
 この3章全体が、詩篇あるいは典礼用賛歌であることは確かです。3、9、13節に《セラ》(休止符)がまた、19節にも、《指揮者によって、伴奏付き》という演奏指定の用語があります。捕囚の時代に始まった、シナゴグでの礼拝は、はじめは聖書(律法と預言)の素読と解説というシンプルな形だったと考えられますが、次第に音楽が加わり、このハバククの祈りや、詩篇、雅歌などが、賛歌として歌われました。これがやがて独特の典礼様式へと発達していきます。現在のユダヤ教の典礼歌はほとんどこの時代に遡る事のできるものだそうです。


【キリスト教入門講座】 86                                        2001.06.29

旧約の始まり(28)

 《ダレイオスの第2年8月に、イドの孫でベレクヤの子である預言者ゼカリヤに主の言葉が臨んだ》(1章1)という書き出しからも分かる事ですが、ゼカリアは捕囚後、神殿の再建時に実在した預言者です。この預言者の言葉を中心に、前半(1〜8章)は構成されています。その中でも、大半の部分を占める、八つの幻の記述には、既に数字やシンボル、象徴的言語を使っての表現が見られ、ゼカリヤ書全体を、後代の産物(その際でも、1章1〜6、6章9〜15、7、8章は、歴史的ゼカリヤの託宣、11章4〜17 は、エレミヤの遺文と見る場合が多いです)として、前3世紀(アレクサンドロスの時代)あるいは、前2世紀(アンティオコスW世エピファネスの時代)に最終的に成立したと考えるのです。こう考えることで、いろいろな要素を複合しながらも、最初の黙示文学として、この預言書が編集されたと考える事ができます。きょうは、主にエピファネスの時代の二つの民族主義の流れを見ることで、旧約から新約への流れも見ていきたいと思います。
 ところで、ゼカリヤ書には、いくつかの私たちになじみ深い聖句が出てきます。主イエスの愛読書の一つ、と主張する学者もいます。そこまでは言えないまでも、福音書記者マタイの愛読書とは言えるでしょう。9章9〜15、11章11〜13、13章7 の後半など、直接引用されている部分だけでなく、福音書の言葉遣いや、話の構成に微妙な影響を与えているともいわれます。
 十二小預言書の学びはここまでにして、再来週から諸書に入ります。したがって、歴史的な流れを見ていくのは、今回までになります。ただし、次回は、十二小預言書の中に含まれながら諸書としての内容を持つヨナ書を取り上げていきます。次々回以降は、順次、ヨブ記、詩篇、コヘレトの言葉と取り上げていきます。(雅歌、哀歌は詩篇の回に、箴言はコヘレトの回に触れる事にします)予定では、第32回、コヘレトの言葉をもって、今回の講座を終了します。

☆ ゼカリヤ書のアウトライン。
 1.同時代へのメッセージ(1〜8章)
  悔い改めの勧告(1:1〜6)、
  8つの幻(1:7〜6:8)
次項で取り上げます。
  ヨシュアの戴冠(6:9〜15)
ヨシュア=ゼルバベル(エズラ3章2節以下参照、4:3にはゼルバベルとイエシュア)とされています。  祝福の約束(7〜8章)
 2.黙示的な預言(9〜14章、第2ゼカリヤ)
  メシアの来臨と救い(9〜11:3)、
  悪い羊飼いの譬(11:4〜17)
この部分は元来エレミヤによって書かれたもの、という説もあります。
  エルサレムの救いときよめ(12〜14章)

☆ ゼカリヤ書1〜6章の8つの幻。
  導入、2×3組の幻、結語という形で、8つの幻が配置されており、まとまりのある独立した部分という印象を与えます。個々の幻の意味について、傍らに立つ御使い(「解釈天使」angelus interpres と呼ばれている)によって、預言者(通常はゼカリヤと考えるが、そうでないという意見もある)に奥義として伝えられるのです。最初の幻と最後の幻は、4頭の馬という共通項を持ち、全体の枠を形作っています。内容としては、外圧に虐げられているユダの解放と、多分、諸外国への裁きです。第2と第3の幻は、眼前に展開されるもので、4本の角と4人の測り縄を持つ人が描かれ、ユダの破壊と回復を表現します。第4、第5の幻は、ヨシュアとゼルバベルに関するもので、第5の最後にある《地の主の御前に立つ、二人の油注がれた人たち》(4:14)に当たるのでしょう。ここでは、7つのともし火皿、7つの管、2本のオリーブの木、2本の金の管などのシンボルが使われています。第6、第7の幻は、呪いの巻物、封神のエファ升という象徴により、盗人(人殺し)と偽誓者、そして、邪神がとり除かれることを示します。これらは、象徴的な語りの形式をもっていますが、アンティオコス・エピファネス以後の宗教弾圧とその克服への希望を表現したものと考えて良いでしょう。そうだとすると、この部分を神殿再建時の預言者ゼカリヤの言葉とする事はできなくなります。

☆ ゼカリヤ書の背景になる時代、2つの民族主義。
 民族主義という思想は、民族という概念が成立していなければ発生しません。また、一民族一国家という状態が保たれていれば発生しないのです。今日のアフリカで民族主義の嵐が吹き荒れる理由は、本来の民族に関わりなく、宗主国という植民地支配の落とし種によって勝手に線引きされた国境線に火種があります。そういう意味では、古代オリエントには、ユダヤ人という例外を除いて民族主義は発生しなかったのです。
 さて、そのユダヤ人の民族主義は、セレウコス朝シリアのアンティオコスW世(エピファネス)の支配に対抗して生まれてきます。セレウコスという人は、アレクサンドロスの後を継いだ有力武将の一人で、プトレマイオス、アンティゴノスと共に大帝国を3分割した者です。ユダヤ民族の居住地であるパレスチナは、エジプトと共に、プトレマイオスの支配の下に置かれていたのですが、セレウコス朝シリアは6代目のアンティオコスV世(大王)の時代、前198年にパレスチナを巡る戦いで勝利を収め、新しい支配者となります。アンティオコスW世(エピファネス)はその孫で8代目で皇帝位を名乗ります。同時に強力なギリシャ化政策をとり、これが、ユダヤ民族主義を誘発する事になるのです。
 きっかけとなった出来事は、前168年皇帝エピファネスがエルサレムの神殿で行った、ゼウスにブタの犠牲を献げるというデモンストレーションです。これが裏目に出て、政治的穏健派のハシディームまでユダヤ国家再興を叫ぶハスモン家(マカバイ一族)に共闘する事態となります。結果は民族一丸となったマカバイ戦争により、独立が達成され、神殿が浄化されました。ところが、ハスモン家が大祭司、さらに王を名乗るにいたって、宗教的民族主義者の気持は急速に醒めていきます。他方、政治的民族主義者たちは、国家の安定を保つためにローマと結ぶということを行います。宗教的民族主義のリーダーはこの時代ファリサイ派に変わっていましたが、政治的な事柄には一切無関心である、という姿勢を示していくのです。

☆ 黙示文学という形式とゼカリヤ書。
  この文書全体が、《イドの孫でベレクヤの子である預言者ゼカリヤ》という歴史的人物(例えば、イドは、シャルテルの子ゼルバベルに同行してバビロン補囚から帰国した「祭司とレビ人」のひとり:ネヘミヤ記12章1節、4,7節ということ等が分かっている)。《ヨヤキム時代に祭司で家長であった者は...イド家のゼカリヤ》という文面から、祭司職を一時期担っていた事もわかります。エズラ記5〜6章にも登場し、ハガイとともに神殿再建のために尽くした人物である事が窺がわれます。
 さてこの人物の預言に仮託する形で、ゼカリヤ書全体が描かれています(もちろん一部に、歴史的ゼカリヤ本人の預言の言葉も残されているとは考えられます)。ゼカリヤが神殿再建に尽くした人物であるだけに、領域としてのユダ(あるいは、より狭く、シオン=エルサレム)の回復と、宗教的純情の回復の両方の希望がこの預言に託されているのです。歴史的ゼカリヤの時代、ペルシャ皇帝ダレイオスの力によって、エルサレムに侵入し住み着いてしまった異邦人が追い出され神殿が再建されました。このゼカリヤ書の中では、そういう歴史的な流れをも一つの象徴として解釈し、ダレイオスの力を全能の神の力に、住み着いた異邦人を支配するギリシャ人に、神殿の再建を、宗教の純化とユダヤの再興という現在の現実や希望を表現する言葉としています。その意味では、歴史的ゼカリヤの託宣でさえ、新たな意味を与えられているのです。この一つの歴史をもって他を類比し、解釈を加える事で過去の歴史が現在の希望、あるいは終末の希望となる、このような文学形式を、後に黙示文学と呼ぶようになるのです。