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31回 詩篇という文学について
32回 コヘレトの言葉、知恵文学とその時代
【キリスト教入門講座】 89 2001.07.27
詩篇は、ユダヤ教の礼拝の中で用いられた歌集です。全150篇の詩を五巻にまとめて用いました。この五巻という数字も、モーセ五書に合わせたものと言われていますが、もともと、ユダヤ人が奇数を好むという面があり、殊に五と七は、合計すると十二というこれまた象徴的な数字になるということで、何かと文書の構成には用いられた数字でもありました。(ちなみに、後述する哀歌も、数多くの鎮魂歌の中から五篇だけを選んで構成されています)詩篇が現在の形に集成されたのは捕囚期ですが、個々の詩については、もっと古く遡れるものが多く、最古のものは紀元前1000年代とも言われます。ダビデ王の詩作もかなり含まれていますが、同時にダビデ王に名前を仮託して作られた詩歌も多く、原作者を確定する事には困難が伴います。今回は、五巻の詩歌集の内容を見ながら、その中心となる、「嘆き」と「賛美」の詩篇を、一篇ずつ取り上げて、見ていこうと思います。詩篇のほかに、旧約聖書には、(戯曲仕立ての)雅歌、哀歌などの韻文集があります。いずれも韻を踏んだり、並行法を用いたりと、ヘブライ詩独特の形式を保っており、ギリシャ詩、インド詩、漢詩などとの比較研究や、ペルシャ詩との相互依存関係などの研究も盛んに行われています。内容としては、雅歌はもともと婚宴の時に歌われた(戯曲仕立ての)恋愛歌、哀歌はエルサレム破壊の惨状を歌った鎮魂歌なのですが、前者は花嫁としてのイスラエルという暗喩により、後者は厳しい苦悩を通して民族の救いが実現されたという信仰により、それぞれ礼拝典礼としての重要な部分を担う事になり、今日に至っています。ユダヤ教の中では、内容はもちろんですが、それぞれの詩集の持つ独特の韻律も重視され、礼拝音楽としても発展していったのです。 さて、8月は夏休みですが、31日に『旧約の始まり』の最終回の集まりを持ち、コヘレトの言葉と知恵文学をとりあげます。9月7日からは新講座、『新約の始まり』を開始します。旧約聖書では語られていない、新約直前の時代史から始める予定です。 |
☆ 5部構成の詩歌集。
5部の構成は、当初は時代順に集積されたものと言われていましたが、現在では編者が、意図を持って編成した区分だと考えられています。ダビデの作品、作者不詳の作品、コラの子らの作品、アサフの作品と大きく5つのジャンルに分けられるのですが、それが直接5部編成に反映しているとは思えないのです。最終的には、これらのジャンルや、韻律、テーマなどを参考に、最終編者が同程度のボリュームに纏めていった、と考えるのが素直なようです。
第1部は、1〜41篇、すべてダビデの名前に結び付けられた詩歌集です。第2部は、42〜72篇、コラの子、ダビデ、作者不詳の作品が多いが、アサフの作品もあり、また、72編などはソロモン王の名前まで使われています。第3部は73〜89篇で、アサフの作品が中心、コラの子、ダビデの詩歌も混ざっています。第4部は90〜103篇で、作者不詳の作品が中心ですが、やはりダビデの名前のついている詩、モーセの作とされる90篇もここに含まれています。第5部は、107〜150篇で「ハレルヤを含む賛歌」に分類されるものが中心ですが、108〜110篇のダビデの作品も含まれます。なおここに、いろは歌(119篇)も含まれています。(ルター訳聖書に「黄金のABC」というタイトルが付けられていることは有名です)
☆ 「嘆き」の詩篇。
嘆きの詩篇は、導入→嘆き→神への願い→信頼の告白→神賛美の誓いという、これ自体も5部立ての構造をもっています。もっとも、この全要素が整然と揃っている詩歌は数少ないのですが。例えば、イエス様が十字架上で叫ばれた「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」で有名な、第22編はその典型です。導入は2節、「なぜ」という言葉のくり返しがキーになっています。嘆きは、3節、7〜9節、13〜19節で、それぞれ神に、自分に、敵にという3方向に向けて投げかけられます。神への願いは12節と20〜22節です。信頼の告白は、4〜6節、10〜11節、30b〜32節に、そして23節〜30節aでは神賛美の誓いが歌われていくのです。《わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか》という嘆きで始まるこの詩は、こうして、《わたしの魂は必ず命を得/子孫は神に仕え/主のことを来るべき代に語り伝え/成し遂げてくださった恵みの御業を/民の末に告げ知らせるでしょう》と神への信頼で終わっていきます。「嘆き」の詩篇は、また、個人的な「嘆き」が神に受け入れられる中で信頼と賛美へと変わっていく、という形式を備えているのです。
☆ 「賛美」の詩篇。
賛美の詩篇は、賛美の宣言→過去の苦難の回顧→救いの報告→神の賛美という形式をもっています。もちろん、この構造は、詩を分析する際の一つの仮説ですが、上にあげた嘆きの詩篇と対応する構造になっていることには注目したいのです。「なぜ」と導入する代わりに、あなたを崇めます、等と、宣言されます。ハレルヤで始まる詩歌も同様です。「いつまで続くこの苦しみ」というような嘆きに替えて、かつてはそのような苦しみにあった、と語られ、「助けてください」ではなく「癒してくださいました」と報告されます。賛美の詩篇の場合は、嘆きから賛美へという転換が必要ないので、信頼の告白に当たる要素は見当たりませんが、最後の賛美に向かって大きな流れを作っていくところは、また対応した構造になっています。賛美の詩篇の場合、苦難はあくまで前提として、行間に隠され、賛美がとうとうと描写的に歌い上げられる、という傾向があります。第113篇がその代表ですが、ハレルヤ!と宣言がなされた後、過去の苦難、救いの報告、神の賛美が渾然一体となって、《御座を高く置き》(5節)ながらも、《なお、低く下って天と地を御覧になる》(6節)神に対する賛美を歌い上げ、そして、ハレルヤで閉じる、という形です。「低きに降る神」という、ある旧約神学の通称がこの詩篇から選ばれたということもあり、この詩歌は、詩篇における神についてのもっとも深い表現であり、旧約思想の到達点の一つと評価されています。余談ですが、詩篇(Psalm)は、その語源を、ギリシャ語のψαλλω(プサロー、爪弾く、歌う)に持ち、もっと直接には、ψαλμοs(ハープに合わせて歌う歌)から派生した言葉です。その意味でも音楽と深い関わりをもっています。
【キリスト教入門講座】 90 2001.08.31
コヘレトの言葉は、新共同訳聖書以前の訳では、伝道の書と呼ばれていた書物で、この名前の方が馴染みがあるかもしれません。《エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉》(一章1節)も、ソロモン王のことだと解釈されていた時期もあります。現在では、たとえ「説教者」という普通名詞と解釈する事はできても、コヘレトという固有名詞であり、ダビデの子という称号ともども、言わばペンネームとして用いられている、と考える事が普通です。(新共同訳はこの解釈に基づいています)内容的に面白い点は、空しさ(以前は空と訳されていました)あるいは、無常観のような、日本ではどちらかと言えば、仏教思想に良く見られる内容が語られているという事です。《空の空、空の空、いっさいは空である》という名訳は新共同訳では、《なんという空しさ/なんという空しさ、すべては空しい》となってしまいましたが、《どれもみな空しく、風を追うようなことだ》《太陽の下に、益となるものは何もない》というくり返しのフレーズが、人の世の空しさ、物質や快楽や知恵ですら永続的なものでなく果かない、という著者の考え方をわたしたちに示しています。ただ、わたしたちは、安易に仏教の無常観とコヘレトの思想を結びつける事もできないのです。むしろ、コヘレトの言葉の成立した、紀元前三世紀の歴史の中、および、ユダヤ教に伝統的な知恵文学の系譜の中から、このコヘレトの思想とその影響を見ていくことが肝要です。きょうは、旧約の始まりの最終回になりますが、コヘレトの時代、知恵文学の流れ(箴言にも触れます)、ユダヤ教ラビの系譜という三つの側面から、この書物を見ていきたいと思います。次週からは新しいシリーズ、新約の始まりに入ります。第一回はアレクサンドロスの遠征についての学びです。 |
☆ コヘレトの作者の生きた時代。
コヘレトの言葉の成立は、紀元前300年前後と考えられています。アレクサンドロス大王が、前323年没ですから、この時代は、ヘレニズムが浸透してきた時代です。アレキサンドロスによって、西方と東方文化の交流が始まりましたので、前476年没のゴータマ・シッダールタの思想が、何らかの影響を与えた、という可能性も完全には否定できません。しかし、ギリシャ哲学などの批判的な考え方を受けて、従来の素朴な勧善懲悪思想では、物事を割り切っていけない事が一般に認められていきます。その中で、全能なる神の存在を弁証して行こう、という「新しい知恵」の試みが、「空」「無常」の思想に近い、コヘレトの考え方を生んだと考える事ができます。この際、東西通商路の確保による商業の発達、貨幣経済の浸透という、社会的要因も無視するわけには行きません。ディアドコイ戦争の渦中のこの時代、ユダヤ人にとっては、強大を誇ったアッシリア、バビロニア、ペルシャ、アレクサンドロスが次々と滅んでいった、という歴史的無常観が定着していた事も見逃すわけには行きません。この時代は、それまで価値あると思われていたものの価値が揺らぎ、新しい世界観が生まれつつあった時代でもあるのです。この背景の中から、コヘレトの悲観的な合理主義も生まれてきます。蛇足ですが、仏教において、「空」の思想を完成させたナーガルジュナ(竜樹)は、紀元後2世紀の人ですから、コヘレトとは特定しないまでも、紀元前ヘレニズムに散見される悲観的合理主義が、逆に仏教思想に影響を与えていったという可能性も、同様に否定できないのです。
☆ ユダヤ教の伝統としての知恵文学。
箴言のことに、10〜22章の始めにかけて、王国時代に編集されたといわれる、格言集が見られますが、これらがもっとも伝統的な「知恵文学」です。《不遜な者に対しては罰が準備され/愚か者の背には鞭打ちが待っている》(19:29)というように、神に従う人と神に逆らう人、善を行う人と悪を行う人を判然と区別し、前者には神の祝福と幸せが、後者にはさばきと罪の報いが待っている、という分かりやすい格言になっています。この分かりやすさが通じなくなってしまった時代が、たぶん捕囚期でしょう。神に対して熱心だったはずのユダヤが滅び、神に逆らうバビロンが一時的とは言え繁栄を誇る、もっと決定的なことは、その滅びの状態からユダヤ人を救い出したのは、宗教的寛容と、シンクレティズムを持ったペルシャ人たちで、彼らはヤーウェに忠実なものばかりではなく、逆らう者たちにも寛容であった、という事で、神が必ず裁かれる、という素朴な勧善懲悪主義はもはや時代遅れになってくるのです。《賢者も愚者も、永遠に記憶されることはない》《正義を行う人も悪人も神は裁かれる》《善人がその善のゆえに滅びることもあり/悪人がその悪のゆえに長らえることもある》などのコヘレトの思想は、こういう環境変化の中から生まれてきたのです。しかし、コヘレトは、伝統的な「知恵」を徹底的に否定するという所で留まりはしません。人は《神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない》という不可知論から《「神を畏れ、その戒めを守れ。」これこそ、人間のすべて》という結論に至るまでの、さまざまな角度からの人の営みの空しさの検証が、コヘレトにとって、逆説的に神の絶対性の強調にもなっているのです。
☆ 新しい伝統、新しい思想、コヘレトとラビ。
ヘレニズムの導入による新しい価値体系の中で、ユダヤ教伝統の唯一神信仰を守っていくためには、素朴ではあるが深みのない伝統的な「裁きの神」の思想を批判的に乗り越えていかなければならなかったことは、上で見たとおりです。その意味で、コヘレトの言葉、という哲学書は、時代の要請に答えた新しい知恵文学、新しい信仰書として、時代に受け入れられていきます。結論部の、「神を畏れ、その戒めを守れ」という言葉は、新しい律法主義の出発点をも表しています。わたしたち人間は神を見る事はできないし、神を完全に知る事もできない。また、そのためにいかに努力しようとも、人間的なそれは風をつかむ様で空しい。しかし、わたしたち人間にも神を畏れることはできるし、その戒めを守る事もできる。その意味は、それを守りながらじっくりと考えていく事にしよう、神のみ手の中で、これが実は本来の律法主義の考え方です。コヘレトからラビへ、良い意味での律法主義の伝統が守られていきます。と同時に、不可避的なその弊害も生まれてくるのです。ここから先は新約の問題になるので、来週からの新しいシリーズ、「新約の始まり」で改めて考えていこうと思います。