15時間30分の大晦日、新年会 − 01/01/01
2000年12月30日土曜日10時、今年最後の長い日の仕事を終えた。前日の夜9時から13時間休み無しであった。
12月に入ってからパン屋の仕事はとても忙しく、クリスマス後、新年パン(Neue Jahre Weckle)を連日、大量に作り最後の日の30日は死ぬほど作った。仕事中、まだ作るのかと聞き返してしまったほどである。
JENNEの新年パンは、特大ブレッツェルと、がま口の様な形をしたパンで旧年と新年を意味してるらしい。
ドイツの年末は、日本の様な師走の慌ただしさはなく、仕事場の大掃除もなく、いつもとおりの土曜日の掃除だけであった。しかし、掃除の頃は、皆動く気力がないようであった。
31日大晦日の夜、イェネ家族からパーティーに招待された。6時半、イェネ家族の住まいに行く。
パーティーは同じ村の中にあるイェネの友達の家で行われるとのことで、一緒にその家に向かった。建てて間もないきれいな家で、家主のJuergenが出迎えてくれた。簡単に挨拶し中に入った。大きなテーブルには既に食事のための食器が並べられていた。全員が揃った所で、ワインの乾杯から始まった。5家族、子供が8人で総勢19人である。子供たちは、違う小さなテーブルでパスタを食べている。
大人達には、まずはスープが出されてきた。担当はAndereas家族、次にサラダ、担当はFritsch家族、メインの魚料理はBernd家族、デザートはJenne家族。それぞれの家族が担当がありこのパーティーのために準備をしてきていた。パーティーの家の家族は食事を準備することがなかった。
11時45分頃皆で外に出る。坂道を登り高台についた頃、花火があちこちから上がり始めた。0時2001年になったのである。皆抱擁したり、ホッペにキスしたりした。
小さな村なのにたくさんの花火が上がっている。隣り村やフランス側の花火も見える。
30分ほどを高台で過ごし戻ると、家の前では子供たちが花火を上げるためにはしゃぎ回っていた。打ち上げ花火や爆竹、ロケット花火、日本でもおなじみのものである。
静かな村も今日ばかりは違う。
外はとても寒く中に入り飲み直すことにした。しばらくして、餅をオーブンで焼き食べてもらった。反応は、見た目は石鹸見たいとか、粘っこいとかの感想で、結局おいしいと言う言葉は聞かれなかった。
3時頃、子供たちは殆ど寝てしまった。大人も数人いびきを掻いて寝ている。しかし、なおも同じペースでの飲みつづけているのは女性人である。やはり、ドイツの女性は強い。
6時頃、起きている人がテーブルに招集され、プレゼントの交換ゲームが始まった。最初適当に一人ずつプレゼントを渡される。皆の家にあるどちらでも良い物ばかりで、最悪なのは大きな壷にフルーツを酢漬けにした物。ゲームは簡単。サイコロを2つ振り、1か6がでたら、好きな物と交換できる。制限時間は20分間。壷をめぐり戦いが始まった。眠気も覚めるほど盛り上がった。結局、壷は持ってきた本人に渡り一件落着。
このように、大晦日と新年を過ごした。
パーティーが終わったのは午前9時。その後、シェフのJenneは子供を実家に預け、数時間睡眠した後、パン屋の仕事をすると言っていた。
パン屋の仕事は2日午前3時からである。静かな日本の正月はここには無い。
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