シャンデリアシチー物語


与太→ブライアンシチーと連想されるかたも多いと思いますが、忘れちゃいけないのがシャンデリアシチー。
当時、一大勢力だった「勝てないで衆」は40人あまりの団体だった。その初代会長だった与太を会長職からひきずりおろしたのが、このシャンデリアシチーだ。

1996
代替馬で回って来たシャンデリアシチー
佐々木師がぞっこんで新進の佐々木厩舎に入厩が予定されていたが・・・・あの事件が(^^;
育成場で入厩するため馬運車に乗ろうとしたときに、なんとしりもちをついてしまった。という、有名なしりもち事件。ひと月がすぎ、ふた月・・・年が明けて、何故か美浦、堀井厩舎に転厩になった。
1998/01/17
勝利写真が手元にないのだが(^^;
97/06/21福島でデビュー。並々ならぬ先行力を見せるが直線失速。
第二戦舞目、舞台を函館に移しタイムオーバーをくらい一ヶ月の謹慎期間を、武田牧場へ戻って過ごす。
札幌から復帰、連戦を経て97/09/28福島で初勝利。
お祝いに中1週のローテをもらうが、裂蹄全治半年。
その裂蹄を冬場に3ヶ月で治し復帰したのが右の写真である。
1998/05/16
昇級後、どうしてもパッとした成績が残せず差しに脚質変換もしてみたが勝ち負けには程遠い。師曰く「1ハロン長いようだ」との名せりふ。
1998/05/31
オークス出走時のシャンデリア・・・なわけではありません(^^;
このレースが後に引退レースとなる。
太く短くを地で行ったシャンデリアシチー

写真提供:ナイスニイチャさん

シャンデリアシチー 牝7歳 鹿毛 1994/05/30生 生産地 静内 美浦 堀井厩舎
父 ラグビーボール 母 ケイシルバー(ラディガ) 生産者 原 忠夫
17戦1勝(8着以内11回)総獲得賞金1255万円


シャンデリアシチーの記録

97/06/21 福島 デビュー 優先出走権を持った馬以外の枠が5頭くらいのところに30頭近い抽選突破
97/07/05 函館 中1 どうしたことか!のタイムオーバー
97/08/09 札幌 謹慎 虎の穴、武田で鍛えて出直し。いきなり2着
97/08/23 札幌 中1 小銭稼ぎ連戦の幕開け
97/08/31 札幌 連闘 ここからの連闘をプラス体重でこなして行く
97/09/13 札幌 中1 実情は連闘にしたら除外を喰らっての中1週
97/09/20 札幌 連闘 勝ち負けするが、どうしても勝てない
97/09/28 福島 連闘 場所を福島に移しての3連闘。ここで初勝利\(^o^)/
97/10/12 東京 中1 初勝利のお祝いに、中1週の休養をもらう。堀井語録「千二は1ハロン長い」
97/10/25 東京 中1 使うレースがなく、間を開けるためつい調教も強めになり裂蹄(^^;
98/01/17 中山 3月弱 診断、全治6ヶ月をなぜか、もう復帰。堀井厩舎でタダ飯は食えない(^^;
98/02/08 東京 中2 開けたのではなく、当時500万条件は除外2回でも除外をくらう出走ラッシュだった。
98/03/08 中山 中3 毎週登録すると、これくらいのローテがあたりまえだった
98/04/04 中山 中3 二回ほど差す競馬をしてみたが、また一気にいってしまうレースに戻る
98/05/03 東京 中3 月一走の見事なローテ・・・でも、あいかわらず除外持ちだった
98/05/16 新潟 中1 ぼちぼち先が見えてきたかな状態
98/05/31 東京 中1 引退レース。最後は1秒以上のタイムオーバーで締めくくった

どうして、記録がローテであって着順じゃないのだろう?(^^;


いつも一生懸命に走ったシャンデリアシチー。最高タイムはダートで前半34.3という時計を持っていた。
妙に控えたときより、ガンガン行ってよく楽しませてくれた。
ダ1000(1-2-1-3)ダ1200(0-0-0-8)
ひとハロン長い・・・馬だった 

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