理論で与太馬最強馬計画(完成は何10年先なんだろう)

ヨタリロン1.01

1.00:2000/11/3
1.01:2000/11/7

ヨタリロンとは、筆者(与太郎16歳(^^;)が今までの競馬人生をとおして、どんな馬が「強い馬」だろうかを突き詰めるべく日夜(11/2の晩と11/3の昼)研究に研究を重ねてあみ出した究極の理論(今朝の段階で(^^;)である。
これはVol1.00とし、優柔不断な筆者は、読者のご意見を参考にさらなるヴァージョンアップをすでに考えている(^^;


**その1**(定義)
与太理論とは、単純に「どんな馬が強いのだろう?」って自分なりに定義付けることが出来るのか、シチー生活も長くなってきたし部分的に考えて、いまはじめてまとめる理論である。

ここで言う「強い馬」とは着順にはほとんどこだわらない。ただ着差はこだわる。例えば今春のダービーのフライトとシャカールは同じように強い馬。って感じ。

**強い馬の定義(どんな馬が強いのか)**
1.鞍上の指示どおりに走れる
2.その指示に応えるスタミナ、スピードを持っている
3.ここで言うのは、一着になる馬ではなく上位入線(着差のあまりない)する馬である
(1.は、ここでは「賢い馬」と言う表現を使う。)


で、よくよく考えた結論。「競馬はわからない」(^^;
この「競馬はわからない」が大前提として成り立たそうとしているので、細部にかなり不備がある。
まぁ、競馬おやじの独り言程度に読んでなにか感想でもいただけると嬉しいです。


**その2**(競馬・競走馬)
野生馬が敵から逃げるのには生命の危機脱出という理由がある。ほぼ能力(相手の能力差も意識し)で走ることだろう。
場合によってはペースは関係ないサバイバルなのかも知れない。
競走馬が競馬をするとき、危機感があるのだろうか?たぶん無いと思う。学習により「しんどいのは今だけ」と覚えてしまうのが自然だと思う。
いろいろな理論で言われていることであろうが、私は一着になるということは基本的に競走馬の意識とは別次元の話だと思っている。
たとえば、逃げ馬の意識の中で後ろから迫る馬群に恐怖を感じ逃げ切ろうとする。または、追い込み馬の意識で、前の馬群を全部抜き去ろうとする。みたいな意識はあるだろうが、それは競争に勝とうという意識ではないと考える。
あくまで鞍上の意識のもとにゴール板を一番に通り過ぎるよう走らされている。と考えるのが自然であると考えるからだ。

前述(野生馬と競走馬の走ることへの意識の違い)より、競馬において、競走馬の全能力の個体差も競争能力差とまったく無関係とは言えないが実際の競争ではその何%を競争で使用することができる馬かが加味され競争能力差が生まれる。
たとえば、個体の能力120の馬が能力の80%を競馬で発揮するなら、競争能力84pt。能力100の馬が85%で競馬すれば競争能力85ptで逆転できる。

個体の能力の高い馬とは、すべてとは言えないが俗に一族がエリートを出しているとか母が結果(競争・産駒)を残した馬だろう。


**その3**(賢い馬)
賢い馬とは、一言で言うと人間に従順な馬であると考える(定義1)
賢い馬は、その成長の環境の中で言うと、下記の要素が占めるのではないだろうか。
1.良い教育機関(厩舎・育成牧場)での学習・環境
2.よい教育者(厩舎、育成場では特に厩務員・生産者・母馬)との愛情あるふれあい
3.持って生まれた天性のもの

その1.2.は我々サイドである程度予測可能な要素であると思われる。
3.に関しては、生産牧場で実際に触れ合うことで「なんとなく」ではあるが「こいつ賢いんちゃうかぁ」って思わせる光景に出会える。
あと私はまったくの不得意分野であるが血統からも「賢い馬」というのがありそうな気がする。


**その4**(スタミナ・スピード)
競馬で使うスタミナ・スピードに関しては(その2)で書いたように、もともとの個体差は当然あるがその何%を競馬に生かすかがポイントとなる。
そしてその強化は調教・育成によって養われる。
とある調教助手によると、どんな馬でも自分の考える調教に故障せずついてこれれば1勝は必ずあげさせる。と豪語します。

さて、故障しない、病気しない馬はどこから出来てくるか・・・
1.生産牧場の環境(運動場、カイバ)によるもの
2.育成以後の環境(体力アップの効果的指導、カイバ)によるもの
3.もって生まれた天性のもの

この1.2.もある程度牧場、育成場をまわればわかりそうな気もするが、どうしても素人から見ると「見た目」のウエイトが大きく、見た目にごまかされると判断を誤ることがあるから注意しないと・・・
1.は、見た目では広い整備された運動場をそなえ青いカイバを豊富に与えられているところになるが、不整備だからこそ強靭な体力がつくかもしれない。
2.も見た目では、広大な運動場、コース、広いきれいな厩舎、だが、それは人間の価値としてよく見えるだけで、何が馬にとっていいかは育成方法のほうがウエイトが大きいと思われる。
3.は(その3)以上に血統(特に母馬)からくる要素が高いと思うがいかんせん不得意分野(^^;
一言で言うと、丈夫な馬が適切な育成された状態とでもいえるだろうか。

**その5**(まとめ1)
ということで私は、強い馬は個体が競争するために使う能力がどれだけあるかがほとんどだと思っている。(あたりまえか(^^;)
その(その1)で述べた健康な状態で出走した場合、競争能力のポイントを1pt伸ばすも落とすも鞍上次第(乗り方次第)とも言える。

大きくは何も変わったことは書いていないつもりだが、与太理論の大きな特徴は「競走馬は一着になりたくて走っているのでなく、鞍上が一着になるように走らせている」ということである。
その結果が、明らかな格下相手に取りこぼすことも起きるし、あっと驚く激走もすると考える。
激走はなぜ起きるかを突き詰めようとすると、与太理論にたどりついたわけである。
見ている側からすると「激走」だが、決してそれは火事場の馬鹿力ではなく、走っている本人(馬)にすれば、いままで能力の50%で走っていたのがたまたま90%出ただけと考えるとツジツマがあってくる。
逆にいうと、激走する馬は「賢くない」だけの馬かも知れない(^^;
と、これが賢い馬が強い説明。

**その6**(まとめ2)
ところで与太理論では馬体について触れていない。それは「出資基準」がベースにあり、馬券ベースの理論でないからだ。
よく聞く話で、「脚がまがっていたがこんな活躍馬になるとは・・・」とか生産者がおっしゃってます。馬体は成長過程で作られる部分がほとんどと言うのが与太理論と解釈してください。

G1クラスまでのぼりつめた馬たちは、当然能力差があったのではあるが、たまたま賞金の高いレースで馬にしてみれば、たまたま一着でゴール板をとおり越したために、そのレース数が抑えられ故障を起こす機会が少なかっただけと考える。
と、これは丈夫な馬が強いってことの説明でした。(体が弱い馬もG1級に上り詰めることがある)

500万900万クラスまではある程度ごり押しでも理論で解釈できるかも知れないが、それをとおり越す馬は「個体が爆発」しただけ。と考える。
ようはお金を積めば、ある程度期待できるクラスがそのあたり。それを通り越す馬は、高いも安いも関係ない。


**その7**(例外(^^;)
最近、シチーに与太理論を覆す馬が出現している。サンフォードシチーだ。
かれは「賢い」は当然だが、その「賢さ」とは人に従順でなく自分でレースをしている。返し馬からしてそーだ。
彼は、本馬場入場して自分がその気になるまで鞍上が何をしようと、どこへ行こうとしてもすべてマイペースだ。自分の走りたいタイミングで返し馬に入り、自分の行きたい距離だけ走り行きたい方向へ曲がる(^^;
レースもしかりだ。鞍上の手の動きには関係なく控えるときは控え、行くときは行く。先頭の馬との距離を見極めスパートする地点も自分で判断しているかのように見える。
今後はこの解明もしなくては・・・(^^;


**その8**(出資基準?)
さてせっかくの理論だ活用できるか?
理論とは確率の話だと思う。もし正確な理論が存在しても単に理論抜きより「確率が高い」程度に考えておいたら罪がなくていい(^^;

与太の出資基準はあちこちで述べているので、簡単にしか書かないが「気に入った馬」(ほとんど見た目)へ出資する。
その「気に入る」基準はペットに近いと思う。「わぁこの子かわいい。買って買ってパパァ〜」と同じと考えていい。
いまのところ与太理論に限らず、「活躍しそうな馬」(理論・結果は別)に出資する気はない。出資した馬が活躍することは当然願っている。

そこを曲げて(^^;理論で出資すれば、(その2.3)で述べた血統のことを少し勉強しないとまだまだ実践することが出来ない。
なんとなくの勘ではあるが、この血統抜きで60%くらいの判断基準になるのではと思っています。そしてこれに血統が加わると75%くらいに判断できるのではないかなぁ・・・
程度に考えています・・・が、結果はあくまで別問題。体質からくる故障はかわすことがある程度できても不慮の故障はどうしようもない。

いろいろ考え書きました。「そーだそーだ」の意見も嬉しいし、批判してもらえるともっと励みになります。とくに自分と全然違うぞ!ってところへのメッセージお待ちしております。


1.00 初版 2000/11/04
1.01 タイトルを「ヨタリロン」に改める。誤字訂正 2000/11/07
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