フランスの日々・その1

1997年1月から1998年2月まで、約1年間フランスに留学し、グリーンツーリズムの専門学校に通いました。バカンスの度にフランス各地の友達の家や別荘に遊びに行き、いろんなフランスを歩きました。感動を忘れないうちに、デジタルカメラで撮った写真でページを作ります。私の“フランスの日々”です。

 

お金がなかったので、フランス留学と渡航の手続きはすべて自分でやりました。出発前は準備に走りまわり、息つく間もないほど。大韓航空でフランス入りし、パリで数日休日を過ごしました。写真はホテルの最上階、屋根裏部屋の窓から見た、1月のパリの街です。3日後、20キロのスーツケースをひきずって、TGVでグルノーブルのホームステイ宅へ。語学学校とグリーンツーリズムの専門学校で学ぶ、1年の留学期間のスタートです。
留学前半はホームステイしながら語学学校へ。当たり外れが大きいといわれるホームステイで、私は大当たり。一人息子は独立し、猫と二人暮らしのマダム・ミッシェル宅です。息子や親戚の友達など、みんなから慕われてるミッシェルの家は、いつもにぎやか。ワイワイディナーを食べたり、ピクニックに行ったり、思い出がたくさん。写真は、ミッシェルと猫のタイスです。
“フランスアルプスでスキー”。贅沢な夢がフランス留学で叶ってしまいました。レザルクという大きなスキー場で、モンブランの白い頂を眺めながら滑りました。青い空、回りきれないくらい広いゲレンデ。スキーを借りに行ったレンタルの窓口で、おせっかいにもフランス語の発音を「そうじゃない、こうだ」と正されたり、ゲレンデでデジタルカメラを使ってると「何それ」と興味を示さたり。写真はスキー場の頂上でデジカメに寄ってきた二人組。
留学の目的、グリーンツーリズムの人材養成校、AFRAT。しかしパンフレットには入学条件の一つとして「フランスもしくはヨーロッパ国籍を有する」という一文があるのです。れっきとした日本人の私。でもどうしても勉強したい、と校長先生に直談判して受験許可を頂きました。実はこの時、強力な助っ人が私を支えてくれたのです。校長先生へ談判の当日、車で1時間かかる学校への訪問を付き添ってくれた、ホームステイ先のマダム・ミッシェル。彼女との予行練習のかいあって、受験資格をもらい、この後の試験を受けて、なんとか入学できました。
週末は郊外へ。いつもの生活圏・グルノーブルの街を抜け出して、丘を走り山を越えて車を走らせます。友達を誘ってピクニックやキノコ採り、湖水浴、山を散歩など、お金をかけなくても楽しい遊びがたくさん。おひるごはんもフランスパンにハムや卵ををはさんでサンドイッチをつくり、水も家から空き瓶に詰めていく徹底ぶり。週末にお財布を開けることがほとんどありませんでした。つくづく日本は消費大国だなあと、フランスで暮らしてみて思わされました。
フランス人は山が大好き。フランス人、というのが語弊があるなら、アルプス地方のフランス人。日曜日、ほとんどのお店が休んでしまう事情もあってか、みんなが向かうのは郊外の自然の中です。ハードに山登り派から森林浴派まで、好きな度合いもさまざまですが、日本と比べて、靴屋さんの山歩き靴コーナーは品揃えも充実。私も一足買って結構使いました。写真は山歩きクラブの取りまとめ役・ロベールと語学学校の仲よし・台湾人のヤッチンです。
グリーンツーリズムの学校の授業の一環で、EU本部の視察へ行きました。同時通訳ブースがズラーと並ぶ国際会議室でEUの今後の政策について、話を聞きました。私たちフランス人の団体に応対してくれたのは、スペイン人の事務次官女性。スペインなまりはあるものの、フランス語はフランス人並みに使いこなしてました。でも、いろんな国の人が一緒に働くここでは、それも当然。国際社会ってこういうことなんだ、としみじみ実感。
グリーンツーリズムの学校の授業で、観光事業に取り組む実例を見学するため、グループで田舎を3日間巡りました。乗馬民宿に泊まったときのこと。馬のせいなのか、「こりゃないでしょ」というぐらい臭うのです。雪の降る冬にもかかわらず、全員一致で窓を開けて寝ることに。シャワーの床もヌルヌルして気持ち悪かったし、衛生管理はきちんとしなくちゃね、とみんなで反面教師を見た思いでした。
リヨンの南の小さな村にサンマルスランというチーズの産地があります。オフィスドツーリズム(観光案内所)に併設したチーズ博物館では、そのチーズの歴史や製造法を展示物やビデオを使って紹介しています。案内人3人は、退職者のボランティア。おしゃべりで陽気なおじいちゃんが、ここのチーズはこんなに素晴らしい、とばかりに丁寧に自慢げに説明するのがいかにもうれしそう。リタイアした人をガイド役として採用している成功例を見た気がします。見学コースの最後には試食のチーズが用意されていて、「これは一段とまろやかだから」なんてどんどん切り分けられて、食べるのが大変でした。
ワインの生産国フランス。フランス各地にワインの生産農家がたくさんあります。一般客を受け入れている農家も多く、ワイン農家を巡るガイドブックもあります。日本でも時々見かけるコートデュローヌのシャプティエのカーブを訪ねました。ここは驚くことに英語ドイツ語はあたりまえ、なんと日本語のビデオテープも揃えて、自分達のワイン生産の様子を紹介するのです。ちなみに、有機栽培のうえ機械に頼らず、昔ながらのやり方でおいしいワインづくりをめざしているとか。でも「栽培方法でなく味で選んでもらいたい」というモットーから、ラベルに有機の表示はなし。感心してよくよく聞けば、実は、フランス人はいくら有機でもおいしくないワインは買わないので意味がない、というのです。納得。
民宿連合ジットドフランスの民宿のタイプの一つに「ジットパンダ」という、国立公園もしくは地方自然公園内にあって自然環境を楽しむという主旨のの宿があります。その宿には、植物や動物など周囲の自然環境について書かれた本や望遠鏡などが置いてあり、宿泊客は自由に使えます。この宿も、木箱の中にそれら自然グッズがありました。
専門学校の同級生・アニエスが民宿とレストランを経営する村・サンベラン。イタリアとの国境にあって、標高2,040メートル。ヨーロッパで一番高いところにある村です。昔の村の風景が今なお残る、小さな小さな村でした。あちこちの家の壁に日時計がたくさんあったのが印象的です。この写真は1月末に撮影。雪が積もってました。
免許を持たない私の移動手段は、電車・バス・もしくは友達の車に便乗、いずれかです。写ってるのは専門学校の同級生・セシル。学校の寮から外出するとき、愛車に何度となく乗せてもらいました。ちなみにフランスは左ハンドルで車線は右側。日本と逆です。いつも右の助手席に乗っていて、やっとそれに慣れた頃日本へ帰国したので、しばらく車に乗せてもらうたびに混乱気味でした。
アルプス地方のくるみ農家を訪問しました。若い後継者がくるみの加工品(くるみジャム、くるみワインなど)をたくさん作り、倉庫を改装して生産の様子をビデオで見せたり、商品を味見させたりして、小グループから観光バスの団体客まで積極的に呼び込んでいます。もちろん通販のパンフレットも完備で、商売商売。来てくれた観光客へのもてなしの気持ちから、地域のお年寄りに周辺を案内しながら散歩してもらうコースを作ったら、それがまた人気なんだと息巻く後継者。…帰り道、友達がひとこと。「でも、ジャムもワインもあんまりおいしいもんじゃなかったね」。
アルプス地方の田舎町のレストラン兼民宿です。古い民家を改装して、そのまま使っています。昔このあたりでは冬の寒さ対策として、一階に家畜を飼い、その家畜の熱で温めた二階で人が暮らしていたそうです。だから動物がいた一階の天井は、熱がこもりやすいようにアーチ型なんだとか。この写真にもその天井が写っています。今、その一階部分は宿のレストランとして使われています。そんなに広くなくて、会話が少し響く部屋。もちろんいたって清潔でした。
田舎町の、そのまた田舎。細いジャリ道を延々奥に入ってたった5軒の集落に、一軒の農家民宿がありました。庭もキャンプ地として開放しています。左の女性がオーナー。手作りのパンとはちみつが人気なんだとか。「日本人も来たのよ」とノートのメッセージを見せてくれました。山梨からの視察グループご一行のよう。「みんなカメラ構えて、何でも写真に撮るんだからびっくりよ、だってトイレまで写してたのよ、まいったわよ」熱心な視察ぶりもすっかり笑いのネタと化してました。
夕方、アルプス地方の田舎の小さな村の中を友達と歩いていると、ザク、ザク、と雪を踏みしめて向こうから牛の行列が歩いてきました。いくら村の中とはいえ、車も通る一般道なのに、、、(ほとんど通ってないけど)。他に何の音もしない中、ザク、ザク、と見知らぬ人間に見向きもせず、きれいに並んでそのまま歩いて行ってしまいました。誰も尋ねられる人も見かけないし、「多分牛も家に帰ってるんだ」と友達と勝手に解釈。しかし、この雪の中、、、。散歩? まさか、、、。

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