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●2002/2/12 SiemReap



                        

この日は、旧正月の新年が明ける日。ハノイでは一体どんな光景が見られるんだろう?
さて、カンボジアはというと、お正月は4月の半ばなんだって。4月の年明けって初めて聞いた。
でも華僑系の住民もいるし、そういえば昨日も爆竹音があちこちで。そういう日だから、この
土地の寺院も、お参りする人で混み合うとのこと。



         
『バンテアイ・スレイ』・・・967年 ラジェンドラヴァルマン2世・ジャヤヴァルマン5世 
               ヒンズー教(シヴァ派)
「女の砦」という意味を持つ。
遺跡を取巻くラテライトの塀以外の建築物は、殆どすべてが貴重なバラ色の砂岩で作られ、
アンコール全遺跡の中でも独特。気品と美しさをたたえた女神デバター像は、‘東洋のモナリザ’
と呼ばれ、魅せられた作家アンドレ・マルローは思わず盗掘、国外に持ち出そうとして逮捕
されてしまったとか。
数年前までは、実はこの地域は治安が悪い危険地帯で、デバター像を見ることはできなかった
そう。それから残念なことに、私が行ったときにはデバター像の外側にロープが張られていて
近くでじっくり見ることはできなかった。双眼鏡持っていって大正解!ヒンズー教神話を描く彫刻
は、彫りが深くて本当に美しい。この遺跡も、今回の旅行で絶対に見たかったハイライトの一つ。



         
『ニャック・ポアン』・・・12C末 ジャヤヴァルマン7世 大乗仏教
「からみあうヘビ(ナーガ)」よいう意味を持つ。
仏教信者であったジャヤヴァルマン7世が、病める貧しい人々に観世音菩薩の慈悲を分かち
与えるために建造し、事実多くの病人が訪れて聖水を使ったとか。中央の大池と四方の小道
とが接するところに庵のような石屋が建てられ、その下の、中央池の水を小池に導くための水道
に、象、獅子、牛、人の首が付けられ、その口から水が流れ出る仕掛け。
似たような形の寺院をたくさん見たところで、こういう「仕掛けもの」?の建造物を見るのは新鮮。
人の首の水道口は、映画「ローマの休日」の一場面を思い出させる。


            
『プリア・カン』・・・1191年 ジャヤヴァルマン7世 大乗仏教
「聖なる剣」という意味を持つ。
ジャヤヴァルマン7世が、チャンパ軍との戦いに勝ったことを記念して建てたもので、
王の父を祀った菩提寺。木造建築の構造をそのまま石造とした2F建ての石造見物が有名。
タ・プロームにあったような巨大なスポアンが、またここでも覆い被さっている箇所があって
またしても見とれてしまった。


『タ・ソム』・・・12C末 ジャヤヴァルマン7世 大乗仏教
崩壊が激しい小さな寺院でひときわ目を引くのは、野生イチジクの根にからみつかれて
悲鳴をあげているような東塔門が印象的。



・・・↑この半日だけでも、暑い中歩いて結構ヘトヘト。。いかにハノイで歩かないグウタラ生活を
送っているかということを思い知らされる。しかも、カンボジアの水が合わないのか、私はちょっと
胃腸の調子が朝から悪くて。一度ホテルに戻って、ビュッフェでおなかにやさしいものを食べて、
お昼寝して、午後の部は14時からスタート。でも、結果的にはそうしなければ途中でバテていた
だろうな。ああ、情けない!



      
        
『バイヨン』・・・12C ジャヤヴァルマン7世 大乗仏教
「仏教または神像を安置する場所・または王の安息用寝台を安置する場所」という意味を持つ。
‘アンコール・トム’(=大きな都という意味で、これ自体は寺院ではない!。。寺院だと勘違いして
いたのは私だけ?。。)の、中心に存在するピラミッド型の仏教寺院。本堂屋上の中心塔の高さは
45m!中心塔を取巻く形の多数の塔にはジャヤヴァルマン7世が信仰した観世音菩薩の四面像
が刻まれていて、その数はなんと計196面!!!!顔・顔・顔・・・・・∞
こんなに四面仏がたくさんあったなんて、これも私の予想外(本当に何も知らなかった私)!
それから、必見なのが回廊の壁画。クメール軍と敵軍の戦いの様子や、当時の生活の様子を
描いたレリーフの浮き彫りが素晴らしい。印象に残ったのは、闘鶏・闘犬、市場での物売りと買い手
の様子、そして産婆が立ち会う出産のシーン。



           
『バプーオン』・・・11C半ば頃 ウダヤディティヤヴァルマン1世 ヒンズー教(シヴァ派)
「隠し子」という意味を持つ。
三層から成るピラミッド型寺院。かつてはバイヨン寺院より高かったともいわれる。
現在は修復工事中で、辺りには1つ1つにNO.が打たれた遺跡の欠片が散乱していて
見ているだけで気が遠くなる。遺跡の裏側には14C以降に造られたという巨大な寝釈迦像が
かろうじて分かるかな?という感じで横たわっていた。



『ピミアナカス』・・・11C初頭 スールヤヴァルマン1世 ヒンズー教
「天上の宮殿」という意味を持つ。
この遺跡の周辺の草地の中にある広大なプールのような男池・女池が印象的。
男女それぞれの沐浴場だったそうだ。(やっぱり大きい方は男用だって。)その池の囲い、
階段状になった淵の内側の女神デバター像などのレリーフに感動。



『象のテラス』・・・12C末 ジャヤヴァルマン7世
王族達が閲兵を行った王宮前にあるテラス。300m以上も続く象のレリーフは壮大!



『ライ王のテラス』・・・12C末 ジャヤヴァルマン7世       
三島由紀夫の戯曲でよく知られたテラスだとか!1996年にフランス極東学院によって本格的な
修復が完成している。修復前・後の両方を見ることができる。

『プリア・パリライ』・・・12C初頭 ヒンズー教  
ジャヤヴァルマン7世の造営した寺院に様式はよく似ているが、詳しいことは分かっていない。
ジャングルの中にひっそりとたたずんでいて、突然現れてびっくりした。またしても木に圧迫
されている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ〜〜〜足マッサーした〜い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう、本当に疲れた。こんなに歩いたのは、何年ぶりだろう?と思うほど歩いた。

それから、シェムリアップ一高級なホテル「グランドホテル」の売店へ。
泊まるには手が届かなくても、売店にはとても素敵な品々が揃っているとの噂をハノイのマダム
から聞いていて、どうしても立ち寄ってみたかった。このホテルは、かのラッフルズ系列。
一足中へ入って、その荘厳な雰囲気に押しつぶされそうになる(大袈裟?)。売店も、とても
じゃないけど手が出ない!ハノイアンの私には恐ろしいほど高い雑貨の数々。信じがたい値段。
勿論それなりに素敵なんだけど、場違いのような気がしてそそくさ退散。。。このホテルの中に
一度足を入れてしまったら、ソフィテルはなんて庶民的なんだろう?とさえ思ってしまう。

バカボンが、お土産センターに連れて行ってくれた。そこにベトナムのバチャン焼きのような
お茶セットがあった。ニコニコしてしつこく金魚のフンのように私の後を追ってきた日本語が上手い
店員の女の子に「これ、ベトナムのバチャンじゃないの?」って言ったら、超怒って「ちっがーう、これ
カンボジアのー、ベトナムよりもずっとキレイっ!」。・・・・・反ベト感情逆なで!確かに似てるし、
バチャンの方がずっと素敵だと私は感じたんだけど、真相は???

ホテルに送ってもらい、ガイド終了。
バカボンはさすがガイド、へっちゃらな様子。でもはっきり言って、バカボンのガイドはいまいち
だったのだ。東南アジア独特のスーパー分かりにくい英語!バカボンの説明の後に、地球の
歩き方で確認をする、そんな感じ(笑)。だから、日本人観光客の団体に同行の日本語ガイドの
説明にはよく耳を傾けた。でもバカボンの一生懸命さは伝わってきたから、もちろんチップも
払って笑顔で別れた。別れて、ホテルの部屋に戻る前にすぐ気がついた。あ!あのヘンな顔の
パスポートはバカボンのポケットの中・・・・・・・返してもらうの忘れた!もう使うことはなかったの
だけれど、なんとなく欲しかったのに。


                           ☆余談☆
●いくつもの遺跡の前のいる、笛売り・ポストカード売りなどいわゆる物売りの年齢層が低い。
 4歳くらいからかな。そして、日本語がすごく上手い、結構しつこい。・・というのはハノイの物売りと
 比べると、そう思ってしまう。
●歴史上、カンボジアはたびたびベトナムに侵攻されてひどいメにあっていて、その反ベト感情
  の原因には根強いものが様々あるそうだ。だから、彼らの前でベト語話したり、ましてやベト旗の
 Tシャツ着るなんてとんでもない!との思いでいた。でも、カンボジアには、タイかベトナム経由で
 入る観光客が多く、欧米人にはベトナムTシャツ着て寺院を訪れている人が結構いた。バカボンに
 ベト人をどう思うかと聞いたら、「嫌い」とキッパリした答えが。
●遺跡を訪れる前にちゃんと、ヒンズーの神々のこと、インド神話の架空の動物(ナーガ・
 ガルーダなど)のこと、そしてインド叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」の話を理解しておく
 べきだった、と思った。そうすればもっと面白く彫刻を読み取れたのに。



     ・・・細かい。すごい。各遺跡について、詳しく書かれたサイト←是非見てみて・・・