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『トヨタ労働者、きのう、今日 ――日本的労務管理と労働者意識の変化』 報告者 :猿田 正機(中京大学教授) コメンテーター :篠田 武司(立命館大学教授) 4月例会は「トヨタ労働者、きのう、今日」というテーマで、中京大学の猿田正 機さんにトヨタ的労務管理について、また立命館大学の篠田武司さんにワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)についてご報告いただきました。 猿田さんが4月例会でご報告された際の中心的な論点は、トヨタ的人材育成のコアとも言える労働者への動機付けについてでした。その第1は、経済的・社会的刺激によるものです。端的に言えば、労働者の生活を保障するということです。頑張っている限り雇用は守られる(終身雇用)、賃金も他社と比べて高い、企業内の福利厚生はしっかりと備えている等、労働者生活の基本的なところをしっかりおさえているわけです。終身雇用は暗黙の了解どころか、会長自らが雇用を守ると明言してさえいます。とはいえ、労務コストの引き下げを行うために、いくらか昇格・昇進・昇給管理の中に能力主義的要素を組み込んでいるようです。ただ、システムの変更はほとんど労働者がわからないような形で行われている点は、非常に巧妙であると言えます。 動機付けの2つ目、要員管理・小集団管理も重要です。特に注目すべきは、「少人化」を行いつつできるだけフレキシブル(柔軟)に仕事をさせることです。人数が少ないから、自分が休めば迷惑がかかるという感覚を労働者に持たせます。また、たえず創意工夫提案を行い、カイゼン活動をさせます(QC方式)。その意味では、トヨタは学習する組織であるということになります。 そして、第3の動機付けとして行動科学的労務管理の利用もあります。企業内教育訓練によってチームワークの育成を行いながらも、常に競争を意識させて労働者を仕事に駆り立てます。職制の教育(中堅技能者特別訓練)については非常に緻密な形でやられており、職制としての役割認識を叩き込む、リリーフ機能を果たすために班内(組内)の仕事をマスターさせる、問題解決能力の向上を図るなど、その内容は多様です。この教育訓練はあくまでも自主的な研究会(自主研)として行われており、場合によっては会合の数が10回以上(時間数にして40時間ほど)ほどにもなります。 猿田さんはこれらの動機付け管理について、確かに見事なシステムではあると認めておられます。しかしながら、結局のところこのような人材育成のあり方が、例えば長時間過密労働に自らを投げ込み、時には過労死するまで働く人がいることや、なんとかきつい仕事に耐えて定年退職した労働者の中には、老後はやることがないので他の会社に再就職すると言い出す人もいることに象徴されるように、トヨタ的会社人間を作り上げていると批判されます。終身働き続ける人生はいかがなものかと嘆いておられた猿田さんのお言葉が、大変印象的でした。 次に、篠田さんからはヨーロッパでのワーク・ライフ・バランス論議を前提として、スウェーデンを例としながら日本(特にトヨタ)における仕事と生活の調和=労働時間短縮の可能性についてお話いただきました。 ヨーロッパでは様々な観点からワーク・ライフ・バランスが論じられています。 中でも注目すべきは、経営の立場からの視点が提起されていることです。スウェーデンなどでは、労働者の突発的な欠勤やズル休み(アブセンテリズム)が頻繁に起きており、ストレスによる中長期的な病欠も近年増加しております。そのような中、労働時間を短縮させてワーク・ライフ・バランスを達成し、労働者が生活を謳歌し楽しめるように企業が配慮することによって、労働者の勤労意欲を引き出すといった政策提言がなされているわけです。 それでは日本はどうか。残念ながら、日本における議論は経営と折り合うというよりも対抗的である場合がほとんどなのです。長時間労働や過密労働の問題が、主に過労死という形で問題として提起されている。それではワーク・ライフ・バランスは達成されない。トヨタ自動車が2交代制のシフトにあらかじめ残業を組み込んでいるような状況を打破するには、仕事と生活の調和=労働時間短縮が経営側にもメリットとなることを引き合いに出すような議論を展開しなければなりません。そうでもしなければ、スウェーデンのような先進的な休暇制度(長期にわたる年休、サバティカル制度、教育休暇、両親休暇など)や厳格な残業規制に近づくことはできない。 篠田さんは、トヨタは無論のこと、日本全体でワーク・ライフ・バランスの議論が盛んに行われ、経営と労働が共同で取り組むことこそが最も有効な形であると主張されておりました。 最後のディスカッションでは、女性労働とトヨタシステムの関わり、若年者の離職、労働者の悩み(コンピューターを使った労働)、創造的と言われながらもゆとりがないことの矛盾、障害者雇用などについて話し合われました。その多くが、トヨタ労働の「影」についてのものです。トヨタ生産システムや協調的労使関係が多くの企業から絶賛されている反面、労働者の人権に関わる問題は極めて多い。そのことを参加者全員が改めて認識した例会でした。
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