人権擁護推進審議会の「答申案」に対する見解
部落解放同盟中央本部 1999年6月18日
1、はじめに
本日、人権擁護推進審議会が「諮問第1号・人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深める
ための教育および啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本事項について」と題する「答申
案」を発表した。答申案は、人権教育・啓発の重要性とその推進を基調としているが、人権問題
に精通した複数の委員の発言は無視され,その内容は官僚の作文で塗りつぶされおり、とうてい
評価することが出来ない。
まず何よりも、審議会の設置に至る経過が無視されている。審議会は、1996年の与党三党の協
議の中で誕生したものだが、その協議では「教育・啓発の推進に関する法的措置を検討する」こ
とが確認され、その確認のもとに人権擁護推進審議会が設置されたのである。この一連の経過と
合意事項が無視されている。
第2は、法的措置についてまったく触れられていないことである。審議会には、その経緯を十
分に踏まえ、答申の中に法的行財政的措置の必要性を明記することが強く求められていた。また
それが人権教育・啓発の在り方を検討し、政府に対して政策を提言するために設置された審議会
の本来の任務であった。答申案では、ようやく行財政的措置については触れたものの、それを裏
付ける法的措置については、それがまったく示されていない。
第3は、国の責任を棚上げにし、国民や地方自治体、企業、民間団体などに責任を転嫁してい
ることである。審議会に求められていたものは、国の責任を明確にすると同時に、人権擁護のた
めに国は何をするのか、どんな政策や事業を行うのかを検討することであった。しかし審議会は、
肝心のこの問題を棚上げにしてしまっている。
第4は、人権教育・啓発を推進する政府の体制整備の検討を除外していることである。人権教
育・啓発は、政府全体で取り組むべき課題であり、その所管は政府全体の総合調整機能を持った
省庁――省庁再編では新たな内閣府が所管するべきである。この重要な問題を審議会は、まった
く検討対象から除外している。
このほか、答申案には、次のような問題点が含まれている。
・「公権力の人権侵害」を審議対象からはずしている
・被差別の立場や自主的運動への理解と連携の視点がまったくない
・「人権の共存」「相互理解」に名を借りて人権団体に圧力をかけている
・人権に関する国連勧告や国際条約を踏まえていない
・人権侵害の実態を把握していない
・差別や偏見の原因究明を行っていない
・同和教育50年の成果を踏まえていない
審議会はこのあと1か月間、パブリックコメントを受け付け、7月末には「最終答申」を発表
する予定となっている。そこで部落解放同盟として次のように問題点を指摘し、答申案に対する
見解としたい。
2、人権擁護推進審議会「答申案」の基本的問題点
1)審議会設置の経過を無視している
答申案の第1の問題点は、人権擁護推進審議会の設置にいたる一連の経過を無視していること
である。よく知られているように、この人権擁護推進審議会は、地域改善対策財政特別措置法の
期限切れを迎えた1996年の国会での与党三党の合意の中から誕生したものである。当時、与党を
形成した自・社・さきがけ三党の「人権と差別問題に関するプロジェクトチーム」は、地対財特法の期限
切れを迎えて、環境改善や高校奨学金制度など15の事業に関して5年間の経過的措置を行なうこ
とを決定するとともに、「差別意識の解消に向けた教育及び啓発の推進、人権侵害による被害の救
済等の対応の充実については、‥‥審議会の設置等を含む所要の法案を次国会において内閣から
提出する」ことを決定した。この決定にもとづいて同年12月に人権擁護施策推進法を提案、かく
して審議会が誕生したのである。この一連の経過の中では「教育・啓発の推進に関する法的措置
を検討する」ことは前提とされており、「法的措置の検討」が審議会の重要なテーマであることは、
自明のことであった。
また同様に、同和問題が審議の中心テーマであることも、一連の経過からして自明のことであ
った。もちろん同和問題だけが審議会の対象ではないが、それが中心的なテーマであることは、
誰しも確認済みの話であった。事実、この審議会の設置法案である「人権擁護施策推進法」の提
案理由の中で、政府は「(人権教育・啓発の)施策について、あらためて十分な検討を行うことが
必要であり、これが同和問題の早期解決のために不可欠と考え、この法案を提案する」とのべ、
この審議会が今後の同和行政をどうするのかという議論の中から誕生したものであり、同和問題
を中心テーマとしながら広く人権教育・啓発の在り方を議論するものであることを示した。しか
し答申案には、これらの経過がまったく反映されていない。これではなんのための国会審議であ
ったのか、国会でのせっかくの審議も法務省の官僚によって完全に無視されてしまっている。
2)法的措置が盛り込まれていない
第2の問題点は、もっとも強く期待されていた法的措置が盛り込まれていないことである。こ
の審議会の設置法案である「人権擁護施策推進法」の採択のさい(1996年12月13日)、衆議院
法務委員会は「人権擁護推進審議会の答申等については、最大限に尊重し、答申等にのっとり、
法的措置を含め必要な措置を講ずること」という付帯決議を行っている。4日後の参議院でも同
様の付帯決議を行っている。審議会には、この経緯を十分に踏まえ、答申の中に法的措置の必要
性をに明記することが強く求められていた。またそれが人権教育・啓発の在り方を検討し、政府
に対して政策を提言するために設置された審議会の本来の任務であった。ところが法的措置につ
いては、それがまったく示されていない。これでは何のために設置された審議会であるのか、そ
の存在意義が失われてしまっている。
ところで5月25日に提示された「答申素案」では、まったく触れなかった行財政的措置につい
て、今回の答申案では、かろうじて「政府が速やかに所要の行財政措置を講じることを望む(お
わりに)」とその必要性が盛り込まれた。これは地方自治体やわれわれの声を無視できなくなった
ためであろう。一歩前進として評価したい。しかし、どのような行財政的措置が必要であるか、
ここでは踏み込んだ提言はされていない。一般的にいって行財政措置は、それを裏付ける法律が
なくては、十分に確保されない。この点から言っても、法的措置を提起しないこの答申案は、大
きな問題を残している。
行財政的措置に関して言えば、答申案は、「各実施主体」というかたちで地方公共団体や学校、
企業、民間団体、社会教育施設、各種施設、マスメディアなどの役割の重要性を繰り返し強調している。
たとえば、隣保館もその一つとしてあげられ、「その取組を一層充実させることが望まれる」とさ
れている。もしこれが本心であるなら、人材確保や財政支援を明示しないで、どうしてそのこと
が可能となるのか。審議会は、地方自治体などが実施する人権教育や啓発活動を積極的に育成す
るための財政支援の具体策を明記するべきであり、かつまたその行財政措置を裏付ける法的措置
を明記するべきだ。それが審議会の本来の任務である。
3)国の責任を棚上げし、国民や各実施主体に責任を転嫁している
第3の問題点は、国の責任を棚上げし、国民や地方自治体、企業、民間団体などにその責任を
転嫁していることである。審議会に求められていたものは、人権教育・啓発推進における国の責
任を明確にすると同時に、人権擁護のために国は何をするのか、どんな政策や事業を行うのかを
検討することであった。しかし審議会は、肝心のこの問題を棚上げにしてしまっている。
国の責任についていえば、この審議会の設置法案である人権擁護施策推進法の第2条には「国
は、‥‥教育及び啓発に関する施策‥‥を推進する責務を有する」と明示されている。人権教育・
啓発は、わが国の同和問題をはじめとした人権問題と分かちがたく結びついており、国がその責
任を明確にしないで、国民に理解と協力を呼びかけも説得力を持たない。
ところで答申案は、「人権教育・啓発の効果的な方策を各実施主体に提案する」として、地方公
共団体、企業、民間団体、人権啓発センターの役割を強調し、なになにを「期待する」とか、な
になにを「求める」「望む」というように注文をつけている。これはまったく責任転嫁というほか
ない。審議会に求められていたのは、国が人権擁護のために何をするのか、どんな政策や事業を
行うのかを検討することであったはずだ。
4)人権教育・啓発を推進する政府の体制整備の検討を除外している
第4の問題は、人権教育・啓発を推進するための政府の体制整備の検討を審議対象から除外し
ていることである。政府はこれまで、たとえば就職差別は労働省、いじめ問題は文部省、エイズ
問題は厚生省、同和問題は総務庁、女性問題は総理府というように人権問題については幅広く各
省庁が担当し、それぞれが課題に即して人権教育に取り組んできた。このように多くの省庁が人
権教育に関与するのは、人権教育が「意識の問題」だけでなく現実に生起している差別、人権侵
害の問題と一体の問題であるからに他ならない。したがって人権教育・啓発の推進は、政府全体
で取り組むべき課題であり、その所管も政府全体の総合調整機能をもつ省庁――新たな省庁再編
では内閣府が所管すべきである。この点、内閣総理大臣を本部長に5つの省庁の大臣が副本部長
におさまり、22省庁の事務方のトップが参加している「人権教育国連10年推進本部」は内閣官
房内政審議室に設置されている。ところが審議会は、この重要な推進体制の検討、すなわち人権
教育・啓発はどこが所管するのがもっとも適切であるのか、推進のためには行政機構はどう整備
されるべきかというもっとも肝心な問題については、これをまったく検討対象から除外している。
除外した上で、人権教育は文部省、啓発は法務省という縦割り分担を行ない、この二省だけに教
育・啓発を収斂させようとしている。
事実、答申案は、法務省の数少ない事業を自画自賛する一方、法務省が描く人権擁護委員を中
心に据えた自省中心の人権教育・啓発体制を実現させるためにかなりのスペースを割いている。ま
た固有名詞を挙げて紹介されているのは、人権啓発フェスティバルや人権の花運動、人権啓発活
動ネットワーク事業など法務省関係の事業だけであり、今後の施策として具体的に提起されてい
るのも、自省の関係する人権擁護委員会の人権啓発活動ネットワーク事業と(財)人権教育啓発
推進センターの関連事業だけである。現在、人権教育・啓発に関しては、政府の関係だけでも130
近い事業が文部省、法務省、厚生省、運輸省、自治省、人事院、外務省、郵政省、総理府、労働
省、農水省、警察庁、総務庁、通産省、北海道開発庁、環境庁で実施されているが、こうした事
業の充実についてはほとんど無視している。この答申案は、法務省の省益にもとづいたものにな
ってしまっている。人権教育・啓発を推進するためには抜本的に推進体制を整備するべきであっ
て、それが全省庁にまたがった課題である以上、総合調整機能を持った新たな内閣府に設置され
る以外にない。
なお、この答申案では、人権教育・啓発については今後法務省がその「中心的役割を果たすべき
である」との提言が行われており、これに関連して「法務省人権擁護部門の整備」と国レベルでの
「連絡協議体制の整備」の必要性が数度にわたって提言されている。また、具体的施策として法
務省に「啓発推進指針の策定」と人権ネットワーク事業の拡充、人権啓発事業の拡充が提言され
ている。法務省が、今後法務省人権擁護局および人権擁護委員会をたて軸に、いったん頓挫した
「人権擁護推進本部」のような連絡協議体制の復活を狙い、人権教育・啓発の体系化を図ろうと
していることはほぼ間違いない。人権教育・啓発は、全省庁にまたがって進められるべきであり、
私たちは、人権教育・啓発の法務省単独所掌には強く反対する。
2、人権擁護推進審議会「答申案」の個別的問題点
1)「公権力の人権侵害」を審議対象からはずしている
第1の問題は、公権力による人権侵害をはじめから審議の対象からはずし、人権侵害を国民相
互間の問題に矮小化していることである。公権力による人権侵害については、審議会自体、「我が
国の人権に関する現状については、国の内外から、国の諸制度や諸施策そのものの在り方に対す
る人権の視点からの批判的意見も含めて、公権力と国民との関係や国民相互の関係において様々
な人権問題が存在すると指摘されている(第1の1)」」と述べ、わざわざ「注1」に、昨年の国
連規約人権委員会の最終見解と子どもの権利条約に関する委員会の最終見解をあげている。事実、
昨年の国連規約人権委員会の最終見解(=勧告)の大部分は、入国管理事務所での人権侵害や刑
務所での人権侵害など、公権力による人権侵害に対する指摘であった。ところが審議会は、そう
言いながら「検討の対象となるものは、様々な人権問題のうち、‥‥国民相互の理解が深まるこ
とによって、解消に向かうと考えられるもの」というように限定し、この「公権力と国民との関
係」をいっさい検討の対象からはずしてしまっている。これではあまりにもご都合主義ではない
か。在日韓国・朝鮮人問題、アイヌ問題、障害者問題、同和問題、女性問題、HIV問題などどれ
ひとつ取ってみても国家の政治責任や政策責任が問われない問題はない。公権力の人権侵害(そ
の大半は法務省)をあらかじめ「検討の対象」からはずし、もっぱら国民相互の問題に限定する
審議会答申案は、法務省を代弁しているとしかいえない、と非難されても仕方ない。
2)被差別の立場や自主的運動への理解と連携の視点がまったくない
第2の問題点は、被差別者の立場の理解や自主的な運動への理解と連携の視点がまったく抜け
落ちていることである。人権教育とは、確かに「基本的人権の尊重の精神が正しく身に付く(第
1の1)」教育活動である。しかし「基本的人権の尊重の精神が正しく身に付く」とは、どう言う
ことなのか。それは角度を変えて言えば被差別者の立場を理解することであり、また被差別者の
自主的な運動を支援することではないのか。実際、「基本的人権の尊重の精神」を正しく身につけ
るというのは、障害者や在日韓国・朝鮮人やアイヌやHIV感染者など現に差別を受けている人び
との差別の痛みや辛さ、悲しさを理解することである。またそれらの人びとが差別からの解放を
願って自主的に進めている運動を理解し、支援することである。知識としての人権問題や法制度
のみを理解することではない。その意味で、人権教育・啓発を進める場合、そうした被差別者の
立場の理解や自主的な運動を理解することは不可欠である。しかし、答申案ではそれがまったく
抜け落ちている。むしろ被差別団体との連携を一切排除したうえで人権教育・啓発の推進を考え
ている点に、この答申案の特徴が見られる。民間団体(NGO)や非営利団体(NPO)と公的機関が
一体となって問題解決に当たるというのが国際的な潮流となっている現在、被差別者の立場の理
解や被差別者の運動支援の視点を持たない教育や啓発が成果をあげることは出来ない。
ところで答申案では、人権教育・啓発の推進上、「自由な意見交換を行うことができる環境づく
り」が必要なことが強調され、それに関連して「行き過ぎた追求行為」が非難され、「人権擁護に
あたる公的機関」が適切に対処することが提言されている。これが何を指しているかは不明だが、
かりに部落解放同盟の確認会や糾弾会を非難したものであるとすれば、その指摘は的外れであり、
とうてい承服しがたい。確認会や糾弾会は、すでにさまざまな機会に部落解放同盟としての見解
を表明しているように、話し合いにより当事者が部落問題解決に向き合う重要な教育の場である。
その解説は省略するが、審議会が公的な立場を利用して運動団体の運動の在り方を批判するのは.
明らかに越権行為であり、政治的干渉以外の何物でもない。自由な意見交換の名による糾弾の否
定については抗議しておきたい。
3)「人権の共存」「相互理解」に名を借りて人権団体に圧力をかけている
第3の問題点は、「人権の共存」や「相互理解」に名を借りてさまざまな人権団体に「他人の権
利にも十分配慮」せよ、とか「権利の行使に伴う責任を自覚」せよなどと圧力をかけていること
である。答申案は、わざわざ「第2の1」に「人権尊重の理念」という項目を設けて「人権尊重
の理念を‥‥人権の共存の考えととらえる」と規定し、「人権の共存」をことさら強調している。
一見聞こえのよいこの「共存」という言葉は、「自己の権利を主張する上で、他人の権利にも十分
配慮することが出来ない者も少なくない」とか、「自分の人権のみならず他人の人権についても正
しく理解し、その権利の行使に伴う責任を自覚し」と言うように人権を「主張」する人びとに向
けられているのである。人権を主張する人びととは、いわゆる人権擁護団体に他ならない。審議
会は、「人権の共存」に名を借りて「他人の権利への配慮」とか、「権利行使の責任の自覚」など
と説き、人権擁護団体に自制を求めているのである。
また答申案は、「国民相互の人権問題には、‥‥二つの場合がある」として、「不当な差別のよ
うに一方的な人権侵害の場合だけでなく、往々にして人権と人権がぶつかり合いとなり、相互の
人権を慎重に調整する必要が生じる場面もある」と問題提起したうえで、人権教育・啓発を推進
するために「国民の相互理解」を強調している。この「国民の相互理解」という言葉も、「共存」
と同様に「権利の行使に伴う責任を自覚」出来ていない人権団体に向けられている。
これは部落解放同盟だけに向けられた言葉ではないが、この際、一言いっておきたい。われわ
れ部落解放同盟は、日本国内で「人権の共存」をもっとも現実的な課題として取り上げてきたと
いう自負を持っている。事実、障害者問題、在日韓国・朝鮮人問題、アイヌ問題などを積極的に
取り組んできた。また最近では、国際的次元で人権運動を精力的に進めている。審議会が、「人権
の共存」や「国民相互の理解」に名を借りて人権団体に自制を求めたり、圧力をかけることは許
されない。
4)人権に関する国連勧告や国際条約を踏まえていない
第4の問題点は、「国際人権規約」や「女性差別撤廃条約」「子どもの権利条約」「人種差別撤廃
条約」など日本政府が締結した人権に関する国際条約や国連の人権規約委員会の勧告を踏まえて
いないことである。たとえば、国連の人権機関から「人権教育を体系的に学校カリキュラムに導入する
ための適切な措置を取るよう勧告する(98・6子どもの権利委員会勧告・44項)」とか、「裁判官、
検察官や行政官に対する研修‥‥を強く勧告する(98・11国連規約人権委員会勧告・C32)」とい
うような勧告が行なわれている。人権問題を議論する審議会が、このような国際的な人権問題に
関する諸条約や勧告を踏まえないことは、「我が国が、世界の人権擁護推進に寄与し、国際社会で
名誉ある地位を得るためにも(「はじめに」)」という審議会の趣旨にも沿わない。ひいては日本政
府がこれらの諸条約を無視しているとも見られ、国際的な信頼を失うことにもなりかねない。
5)人権侵害の実態を把握していない
第5の問題点は、人権侵害の実態が十分に把握されていないことである。人権教育・啓発の原点
は、人権侵害の深刻な実態の把握、あるいは認識に置かれなくてはならない。しかし答申案では、
その前提になる人権侵害の現状把握が極めて一般的で表面的になっている。私たちは、審議会に
対して同和地区視察やアイヌ集落の視察などを要請してきたが、結局それは実現されなかった。
しかし人権教育や啓発の在り方を語るものが現実を知らないでどのような教育・啓発を論じるこ
とでができるのだろうか。たとえばアイヌ問題に関して「アイヌの人々に関する課題として、結
婚や就職に際しての差別問題のほか、差別発言などがある」――たったこれだけの分析しか行な
っていない。これではアイヌ問題の現状について何も言ったことにならない。人権問題を論じる
審議会としては、あまりにもお粗末ではないか。
6)差別や偏見の原因究明を行っていない
第6の問題点は、差別や偏見の「要因」をいくつかあげているが、その原因や背景がほとんど
掘り下げられていないことである。人権教育・啓発の方法を考える場合、大切なことは、差別や偏
見がどのような歴史的社会的背景の中から生まれるのかを分析し、その原因を掘り下げて考える
ことである。審議会の答申案には、それがほとんど見られない。確かに、「人々の中に見られる同
質性・均一性を重視しがちな性向や非合理な因習的な意識」とか、「ものの豊かさを追い求め心の
豊かさを軽視する社会的風潮」など差別や偏見の「要因」の分析が行われてはいるけれども、な
ぜ同質性重視なのか、因習的なのか、心の豊かさ軽視なのか、これらの点についてまったく掘り
下げられていない。それでは真に有効な教育・啓発の施策を打ち出すことはできない。
7)同和教育50年の成果を踏まえていない
第7の問題点は、同和教育50年の取り組みや地方自治体の人権教育・啓発の成果を踏まえて
いないことである。すでに述べたように、この審議会は、何もないところから突然生まれたわけ
ではない。戦後50年以上におよぶ同和教育や、同和行政の取り組みを踏まえ、今後同和行政を
どう進めるべきか、という議論の中から設置された審議会である。したがってまず何よりも50
年以上にわたって営々と積み上げられて来た同和教育や同和行政の成果をしっかりと踏まえるこ
とが大事だ。1996年の地域改善対策協議会の意見具申でも、人権教育・啓発の推進については、
「今後、差別意識の解消を図るに当たっては、これまで同和教育や啓発活動の中で積み上げられ
てきた成果とこれまでの手法への評価を踏まえ」と、同和教育や啓発から学ぶことを指摘してい
る。しかし審議会は、これらの成果から真摯に学ぼうとしていない。
答申案は、同和教育の成果に学ぼうとしていないだけではない。地方自治体の人権教育や啓発
活動からも学ぼうとしていない。全国の都道府県や市町村は、今日まで同和教育を契機にさまざ
まな人権教育や啓発に取り組み、大きな成果をあげてきた。またその内容や方法には、政府が参
考にすべき豊かな経験や手法が蓄積されいている。人権擁護推進審議会は、この成果や経験を大
胆に取り入れるべきである。しかし答申案では、「その内容は、まさに地域の実情等に応じて多種
多様である」と述べるにとどまり、地方自治体の努力と実績をほとんど無視している。
3、おわりに
5月25日に提示された「答申素案」では、法的措置どころか行財政的措置すら触れなかった審
議会であったが、今回の答申案では、かろうじて「政府が速やかに所要の行財政措置を講じるこ
とを望む(おわりに)」と行財政的措置の必要性をこれに盛り込んだ。地方自治体やわれわれの声
を無視できなくなったためである。しかし、もっとも期待されていた国への政策の提言=「法的措
置」については、依然としてこれを無視している。これでは審議会への国民の不信を増幅させるだ
けである。
事実、人権審議会に対して「法的措置」を求める声は、さまざまな分野から要請されている。
同和地区を抱える全国36府県と9政令指定都市で組織されている全日本同和対策協議会は3月
30日に、「同和問題をはじめとする人権問題に関する教育及び啓発活動を一層推進するための拠
り所となる法的措置等必要な措置について、総合的に検討されたい」とする要望書を審議会に提
出し、法的措置の必要性を訴えた。また全国市長会も昨年7月、「法的措置を含めた適切な措置を
講ずこと」という要望書を提出し、全国町村会も12月の大会で「差別意識の解消に向けた教育及
び啓発推進のための法的措置‥‥を講じること」という決議文を提出している。人権教育・啓発
を現場で直接担う地方公共団体としては当然のことであろう。
今年に入ってからも、大阪、福岡など全国の地方自治体から審議会や法務省に対してつぎつぎ
と法的措置を求める要望書が送付されている。また「日本労働組合総連合(連合)」も、「人権教
育・啓発を推進するためには、国・地方における全国的な取り組みが必要であり、それを統括・推進
する体制の整備、それを裏付ける法律が必要である」と要請文を提出している。こうした世論を
審議会が無視しているのは、きわめて政治的であると非難されてもやむをえない。われわれはあ
らためて審議会に対して、こうした現場の声に素直に耳を傾け、最終答申にそれを反映するよう
強く訴えるものである。